第五話 ごめんなさいと、少しの勇気 前編
病院でもらった薬を飲んでしっかり眠ったおかげで、夕方には随分体が楽になっていた。
朝には三十八度近くあった熱も、平熱ぐらいまで下がっている。しかし薬の副作用なのか、頭はぼんやりしたままだ。
爽からメッセージでも来ているかと思いスマホに手を伸ばそうとして、気付いた。
「……お腹空いた」
病院に行った後、とりあえずの栄養補給としてコンビニで飲むゼリーを買って食べた(飲んだ?)が、それ以降は何も口にしていない。そのせいで猛烈に空腹だった。
「……何か作るかな」
私は頬を軽く叩いて気合いを入れると、ベッドから降りてキッチンへ向かった。一応病み上がりなので軽いものがいい。そうなると、やはり定番のお粥だろうか。完成するには少し時間がかかるけど……まぁ、それぐらいは我慢しよう。
手鍋で準備していると、突然チャイムが鳴った。
「……? あ、爽かな」
今朝のメッセージを見て、お見舞いに来てくれたんだろう。
ほんの一瞬だけ、深山さんだったら凄いのに、とか思ってしまったが、さすがにそれはありえない。あれだけ露骨に私のことを避けているんだし。
私はへいへいと呟きながら玄関に向かい、念のためにスコープを覗き、
「……? は!?」
ガチガチに緊張している深山さんの顔を見て、思わず驚きの声を上げていた。
ドア越しに私の声が聞こえたのか、深山さんがびくっと肩を震わせる。
慌てて鍵を開け、恐る恐るドアを開く。
「っ……」
深山さんはまるでそこに見えない境界線があるかのように、ドアから少し離れた場所に佇んでいた。中に何が入っているのか、大きな白いビニール袋を提げている。
顔を出した私を見た深山さんは、一瞬安堵の表情を浮かべ、しかしすぐに「あの……」と呟き気まずそうに目を逸らした。
「……え、と……。ど、どうして深山さんが……?」
どうにか搾り出した声は、驚きで喉が渇いてしまったせいで若干掠れていた。
「……お見舞い、に……」
「お見舞い?」
オウム返しをする私に、深山さんが小さく頷く。
深山さんがお見舞い。ついさっき私が考えたことが、そのまま現実になっている。もしかしてこれは夢なのか? 実はまだ私はベッドの中で眠っているとか、そういうオチだったりするんだろうか。むしろその方が、よほど現実味がある。夢に現実味というのはおかしいけど。
私が驚き過ぎて固まっているのを見た深山さんが、心配そうにこちらを覗き込むように首を傾げた。
「栗原さん……大丈夫……?」
「あ……ごめん。うん。熱はもう、下がったし……。と、とりあえず……どう、ぞ……?」
半開きだったドアを大きく開く。語尾が疑問形になってしまった。情けない。
深山さんは少し逡巡した後、「……ありがとう」と呟いて、ようやく玄関へ入ってきた。
先に深山さんをリビングに通した私は、意味もなく音を立てずにドアのカギを閉め、細く長く息を吐いた。
何だこれ? なぜ深山さんがお見舞いに? あれだけ私を避けていたのに。
それにどうして私が体調を崩していることを知っているんだろう? 私が連絡したのは学校と、待ち合わせをしていた爽だけ。深山さんが爽に聞いたとは思えない。となると、先生か?
あれこれ考えたせいで、下がった熱が再び上がり始めた気がする。
いったん疑問はわきへ置いておきリビングへ向かうと、キッチンの方を見ていた深山さんが私を振り返った。
「……ご飯、作ってたの?」
「あ、うん。ちょっとお腹空いて……。まぁ、作ってたというか、作ろうとしたところに、深山さんが来たから、まだ全然……」
「そうだったんだ……ごめんなさい」
「いやいやいや! 全然、気にしないで! 本当! ……そ、そうだ! その袋は何?」
「あ……これは」
深山さんが手にしていたビニール袋をテーブルに置き、中身を一つずつ取り出し始めた。
プリン、ゼリー、スポーツドリンク等々。お見舞い品としては定番のラインナップが、テーブルの上に並んでいく。
「ああ……わざわざ買ってきてくれたんだ。ありが――ん?」
コロッケ、みたらし団子、たこ焼き、たい焼き……各種惣菜に、バナナ、リンゴ、桃……小さ花束――。
何だろう……これは……。
プリンやフルーツ、花束はともかく、他のはお見舞いではなくお土産といった方が正しいと思うんだけど……これも買ったんだろうか……?
……まぁ、内容はともかく、それだけ気を使ってくれたという事実は素直に嬉しいけど。
「……い、色々、ありがとう深山さん」
「え? ……あ、ち、違うの。私からは、プリンとか、コンビニに売ってるのだけで……。他のは全部、商店街の人達からの……」
「え、商店街?」
「うん……。ここに来る途中、商店街を通ったの。そうしたら、お店の人に声をかけられて……。栗原さんの具合が悪いって知ったら、皆が心配して、あれもこれも、って……」
「ああ……なるほど、そういうこと」
商店街のおじさんおばさん達が心配している顔が目に浮かび、私は思わず小さく噴き出してしまった。これは体調が良くなったら、すぐお礼に行かないと。
「お、多いよね? 貰わない方が良かった?」
「そんなこと――」
私が言いかけた直後、深山さんのお腹が『くぅぅ』と可愛らしく鳴いた。
深山さんの顔が一瞬にして赤くなり、その顔を私から隠すように俯いた。
「……深山さんもお腹空いてるの?」
「……」
「お昼は? ……まさか、食べてないの?」
「……あんまり……。栗原さんが、心配で……」
恥ずかしいのか何なのか、深山さんの声は今にも消え入りそうだった。
それでも、私の耳にははっきりと聞こえた。
「そっか……。んじゃ、せっかくだし一緒に食べる? ていうか食べてよ。コロッケとかたこ焼きなんて、明日まで残してたら味が落ちるからもったいないし」
「でも、これは栗原さんへの」
「気にしない、気にしない。……とはいっても、私は病み上がりだから、油ものとか重いのは遠慮して……」
深山さんが買ってくれたプリンを手に取った。
「これ、貰うね」
深山さんは「あ」と声を漏らし、恥ずかしそうにコクリと頷いた。
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