異世界ダンジョンの歩き方 〜ダンジョンに潜り続ける日々〜

あずま悠紀

第1話

さてまずは簡単な説明をしたわけだけど、ここまで読んだ人の中にはもうだいたい分かっている人もいると思う。でも一応言っとくね! これはよくある異世界転移系の小説である。うん、それは分かるよね?じゃあその小説をなんで書いていたか?という話だ。それに関しては今から話すよ。まあさすがにネタバラシをする前にこれだけ書いておけば分かってくれるかもしれないけれど、俺はいわゆるWEB小説サイトという場所で連載をしているんだ。もちろん最初は俺もこんな小説を書いたりするつもりはなかった。何なら今でも書くのを辞めてしまいたいって思っているよ。

その理由を説明するためには、そもそもWEB小説というものについて説明する必要があるかな?そうだね。分かりやすくするために簡単にまとめると、ネット上のどこかにある電子の海の中から無料で小説を読むことが出来るサービスみたいなものなんだ。そして俺はこの小説投稿サイトと呼ばれるところに小説を投稿していたんだよ。なぜそれをやり始めたのかと言うと、ぶっちゃけてしまうとそのWEB小説を書くことに飽きてしまっていたからだ。

元々小説家になりたかったという訳でもないし、むしろ今までの人生で一番長い時間を過ごしてきたのは間違いなく仕事場である会社だったと言ってもいいだろう。しかしある日ふとした拍子に転んでしまい頭を強打してしまったことで自分の名前すら思い出せなくなってしまうほどの大怪我を負った俺は、病院で目が覚めるまでの間ずっと寝込んでいたらしい。その間のことは良く覚えていないけど、目を覚ました時には何故か自分が勤めていた会社のことどころか名前すら思い出せなかったから本当に驚いた。記憶喪失というのはどうやら本当のことだったようだ。幸い日常生活を送るのに必要な程度の常識は残っていたみたいだから、とりあえずは入院中は仕事を休んでいたということを聞いてほっとする。しかしそれもつかの間だったのだ。退院してから数日後に再び頭を打ったことによって再び激しい頭痛に襲われ意識を失ってしまった俺はまた病院へ逆戻りしてしまうことになったのだが―――――これが問題の始まりだった。

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(うぐぅ!痛いッ!!!死ぬ!!マジで死んじゃうからぁぁあああああっ!!!)

ただの打撲だと聞いていたのに痛みが引かずそのまま昏睡状態に陥ってから一週間ほどが経過していた。医者によるとこのまま目覚めない可能性もあると言われてしまったからかなり絶望したんだけど――奇跡が起きた。俺がようやく目覚めた時は嬉しさのあまり泣いている両親の顔を見ながらぼんやりと考えていたものだ。あぁ、良かった生きててよかったなと。しかしその直後だっただろうか?突然俺の前に不思議な光の渦のようなものが現れてしまったのだ。え?一体これはどういうことだ!?と思いながらしばらく眺めている内に気が付く。

(もしかするとあの光は異世界への門なのか!?いやいやまさかそんなはずはない!でもそうとしか思えないぞ!そうだよ!異世界への転生なんて物語の中の出来事でしか起こらないと思ってたけども、実際起きてみると確かにこれ以外ありえないじゃないか!それにこのタイミングだ!絶対に間違いないだろう!つまりここは異次元の世界!いや待ってくれ落ち着くんだ鈴木大地!こういう時に慌てて行動すればするほど悪い結果になってしまうって昔から言われてきたではないか!よし、一旦状況を整理しよう!そうしないと何も出来ないからな!)

そして俺はこの状況に至るまでの経緯を思い返すことにしたんだ!えっと、まず最初に頭を強く打って病院に行ってから数日間の記憶がない!でその後何かしらの原因で再び気を失ったんだ!そこから一週間も眠っていたのは予想外だけど、そのおかげで命拾いしたのは不幸中の幸いだと言えるだろう!うん!それで次に起きたのはこの世界ではなさそうな場所で!そこには見慣れない顔ばかりがあって俺以外の人は日本語を喋っているのだから日本人なのは確実だと思うけども、俺以外に黒髪で短髪の男は見当たらないことから日本じゃなくて他の国の人間だって可能性が出てきた!でもそんな場所には当然のことながら来たことも見たこともない!そしてさらによく見てみたらとてつもなくイケメンだらけだという事に気づいたのだ!! しかもなぜか全員男だっていうのにもかかわらず俺に対して物凄く優しい態度をとってきてくれる!まあそのおかげで色々と情報を聞き出せたしここがどこなのか分かったんだけれど、問題はここから先だった。何故か俺はその男性陣に保護されてしまったようなのだ!しかも俺が倒れていたことが原因で!どうしてこうなったかはよく分からないけどもとにかく彼らはとても親切にしてくれるし何よりも全員がイケメンなのだ!まさに夢のようだ!これでモテなかった人生を送ってきた甲斐があったってもんだぜーっ!!!しかし俺はこの人達に助けられただけであって別にここに永住するつもりなんか一切無かったんだよな!そもそもなんの理由もなしに見ず知らずの他人を助けるために家に連れて帰ってくれるほど世の中甘くないし!それに俺はこれから仕事があるんだよぉぉおおっ!!という訳なのでなんとか元いた場所に帰してもらおうとしたらどうもそれは出来そうにもないってことが分かったんだよな。理由は分からないんだけどさ。でもこのままここに居れば間違いなく衣食住は充実すると思うし仕事に関しては多分大丈夫だろうと踏んでいる!何故かと言えば俺にはある才能があったからだ!それさえあればきっとどうにかなるはずなんだよなぁ。という訳で俺はここで暮らしていく覚悟を決めた!そしてその日の夜、寝ている隙を狙ってこっそり抜け出して自分の荷物を取りに行こうとするのだが――これが大失敗だった!

(あばよっ!!お前ら超楽しかったぜ!ありがとよ!!!)

俺の目の前に現れたのは明らかに異世界から来たと思われる謎のモンスターだったのだ!もうねマジでビビッたわ!だってこんなファンタジーな生き物生まれて初めて見たんだもんよ!という訳で最初に現れたそいつを倒してから改めて外に出たらまた同じ化け物が襲ってきたから仕方なく倒してしまったのよね。そしてそこでようやく気付いた。自分が今までやってきたのはゲームの中の出来事だったということに!そう!これは現実であり同時にゲームでもあったのだ!!異世界転生ならぬゲーム転生!?でもそんな事より問題だったのはそこに出てくる魔物達が妙に強くなっていたことだった。そしてそれに苦戦しているうちにまたしても怪我を負ってしまう。だがその時である!いきなり自分の頭の中でピコーン!って音と共にステータスが現れたんだ!! ==

(は?え?はぁあああっ!?ちょ!?こ、この数値って!?ど、どういうこと!?どういうことだ???)

自分の頭の中に浮かんできた文字を読みながら俺は混乱していた。そして自分の持っている力が異常だということにも気づく。何故ならレベルが上がるたびに自分の身体能力が上昇していっていることが目に見えて分かってしまったからだ。

(な、なんじゃそりゃ!?いや待ってくれ!ちょっと待ってくれよ!まさかそんな!?うぐぅぅ!!だ、だめだ!やっぱり思い出せそうにない!それにしてもどうなっているんだこれ?自分のことなのにまるで他人のことを語っているようにしか思えない!ううぅ!気持ち悪すぎるぅぅうううう!!)

俺はしばらくの間自分の身に起こっていることの意味を理解することが出来ないで悶え続けていた。しかしいつまでも苦しんでいる場合ではないと思い至り再び歩き始める。まずはこの森から出て安全な場所で状況を整理する必要があるからだ。それにはまず街にたどり着く必要があったのだが――ここで更に俺を困らせる事態が発生した。

「グゥオオオオッ!!」

(嘘だろッ!?今度はオークまで出てきやがったのかよ!!)

しかも相手の強さが自分の力と比べて桁違いに強かったのだ!これはもう戦うしかないと思った俺は咄嵯に手に持っていたナイフを投げようとしたのであるが、それよりも早く相手がこちらに向かって突進してくる。慌てて逃げ出そうとしたが遅かった。

「ぎぃ!?」

俺の身体は大きく吹き飛ばされてしまう。地面に転がった後すぐに起き上がった俺は急いでその場を離れようと走り出すが相手の動きは想像以上に速く、再びタックルを受けてしまい今度こそ動けなくなってしまう。そしてとうとう追い詰められてしまう。このままだと俺は間違いなく死ぬだろうという事が本能的に理解できてしまう。だから俺が死を確信してしまっていたのは無理もないことだった。しかしそんな時である!突如として眩い光の柱が現れその中から一人の女性が現れた。そして彼女はこう言う。

(この私、リリィ様がいるからにはあなたのような弱者は必要ないわ!とっととおどきなさい豚野郎!私がぶっ飛ばしてやるから!)

(は?ぶ、豚野郎って!?いや待ってくれ!そんなこと言っている余裕はないだろ!)

彼女の言葉に思わず反応してしまうがそれを遮るようにして彼女が剣を振り下ろす。その一撃はあまりにも強烈すぎたためなのか地面が大きく揺れ動く。しかし驚くべきことにそんな攻撃を繰り出してきた彼女ですらダメージを受けてしまったようで膝をついている。

(え?お、おいおい。いくらなんでもおかしいだろこれ。まさかこの世界の住人って皆これぐらい強いのかな?)

俺はまだ頭が混乱していたがとりあえず立ち上がってみることにする。しかし立ち上がる前に彼女が手を差し伸べてくれたのである。その瞬間である。何故か急に俺の中に知らない記憶が流れ込んでくるのを感じ取ったのだ。それはまるで映画やアニメを見るような感覚で俺の脳裏に刻み込まれていった。そう、これは間違いなく俺の前世だったのだ。

前世の自分はどうしようもないほどのダメ男だった。しかし今の自分とは違って何故かもの凄くポジティブな性格だったのだ。いや待ってくれ!本当にどうしてそんな考え方をすることが出来たんだよ!って思うくらい明るい性格をしていたのは確かだった!しかし俺の頭の中にははっきりと刻まれている。あの日の出来事が。

俺には恋人が居たんだ。だけども彼女はとある男性から強引に言い寄られていたらしい。最初は俺に相談してきたんだが次第に俺に対する不満をこぼし始めたことでついに爆発してしまう。俺と喧嘩別れをした翌日にその男は彼女の部屋に無断で侵入したらしく無理やり関係を持とうと迫ってくる。俺のことは嫌いでも彼のことはそれほどでもないと思っていたのだろうか?だからといってそんな奴のことを好きになるわけが無いだろ!?ふざけるな!そして俺は激怒したのだ。俺と付き合っているにも関わらずその男に体を許した彼女にも、そして俺の大事な彼女を横取りしようとしているクズ男に対しても!!そして俺は気がつくとその男を殺していた。いや、正確に言えば殺さないように必死になって止めようと思っていたはずなんだが気がついたら殺した後だったというのが正しいか。とにかく気がつけばその死体の処理もしないで部屋にあったロープで首を絞めながら放置してしまったようだ。そのあと俺が警察に捕まるまでは一瞬のことだった。まあ俺の場合かなりヤバい事件に巻き込まれていたようだから、もしかしたら死刑になっていたかもしれないな。そして結局刑務所に入ることになった俺は出所してからもまともに仕事を見つけることが出来なかった。というよりむしろ面接にすらたどり着けない始末である。まあそのお陰で彼女と別れた直後に出来た友達の伝手で今は小さなゲーム会社の社員になれたんだけども。でもあの時に味わった感情は今でも忘れてはいないし、正直言って俺は今も人を愛したり出来ないと思っているんだ。そして何よりも自分があんな人間にならないためにも人を愛する資格は無いと思ってしまっているのは当然の結果と言えるのかもしれなかった。でもだからこそ俺は今ここで生きなければならないのだ!死んでたまるかよ!!

(あ、あれ?な、なんで?さっきまで痛かったのに。傷が無くなってやがる。というか力が湧いてきてるんですけど。これってもしかして回復魔法みたいな感じなのか?)

先ほどとはまるで違った状況になっていることに気づいた俺は不思議に思いながらも、それでも何とか立ち上がり目の前にいる女性に問いかけることにした。ちなみに先ほどまでの俺はどう見ても日本人では無かったのだが、今ではちゃんとした日本語を話すことが出来る。そして俺は自分のことを説明する。俺の名前は田中大地、日本に住んでいる28歳の男であること。どうしてここへ来たのかはよく覚えていないがどうも事故で死んだということだけは何となく分かった。というか思い出せたんだよね。でもどうしてこんなところに来ちゃったのかは分からないままだった。しかし女性は俺の言葉に耳を傾けてくれると俺に名前を教えてくれた。そしてその女性が名乗ろうとした時、俺は自分の身に起こっている現象の正体を理解したのだ。

(なるほど、これが転生か)

俺は目の前の美しい女性の顔を眺めながらそう思っていたのであった。

「私はリーリア、冒険者パーティーに所属している魔剣士よ」

彼女は俺の視線が気になったのかどうか知らないが、自分の胸元に目線を移させると自己紹介をしてくれる。どうやら彼女もまた俺と同じように気を失って倒れている間にここにたどり着いたということだ。俺達はお互いに自己紹介するとこの場に居る理由を説明し合った。まずはこの森について話していく。そしてこの場所のことについて俺が知っている情報を伝えることにした。

ここは異世界のダンジョンと呼ばれる場所だということ。そして自分が今現在どのような状態なのかを説明出来る範囲内で説明する。どうもこの世界では魔力という存在が確認されているということが分かったからである。ただ実際に見たことも無かったため半信半疑だったが彼女の口から発せられる言葉は確かに日本語ではなかった。なのでやはり自分がいる場所というのは間違いなく異世界なのだという確信を得る。すると俺はあることを思い出すと急いで鞄の中からスマートフォンを取り出す。実は転生した直後からポケットの中に入っていたのだ。だがその画面を見た瞬間に驚くことになる!何故なら電波が通っているはずなのに電話もメールも使えないからだったのだ!

(どういうことだ!?まさかこれも故障!?マジかよ!?ど、どうにかならないのかよ!頼むよぉ!!)

俺は心の中で泣きそうになりながら必死に考える。まず俺が持っているこのスマホという物は、元々は自分の彼女との連絡手段を確保するためだけに購入したものだった。それならば俺の彼女はどうなったんだろうか?そして俺は自分のことをどう思っていてくれていたんだろう?などと考えていた時である。俺の脳内に再び例のアレが出現する。

《ステータス》 【名前】

田中

大地 性別:男

種族:人間族(異世界)

年齢:26歳

職業;サラリーマン レベル:1

筋力 :218

頑丈度:154

体力 :207

敏捷性:255

知力 :196

精神力:453

器用さ:508

運 :910

(お!おおっ!!こ、これはやっぱり俺のチート能力!?しかもめちゃめちゃ強くないか!?これってもう無敵なんじゃ!?)

その圧倒的なステータスの高さを目の当たりにしたことでテンションがおかしくなっていた俺の耳に信じられない言葉が聞こえてくる。

「え!?き、君のその能力はまさか勇者召喚!?嘘でしょ?私と同じだなんてそんな馬鹿なこと―――」

「え?」

突然意味不明なことを口走ったかと思うと彼女は黙り込む。俺の方は彼女が何を言っているのか分からず思わず固まってしまうのだが、しかしよく考えてみると今の発言から判断することが出来る事実が一つあったのだ。つまり俺と彼女だけが他の人と違う能力を秘めているということである。俺はそれが一体どんなものなのか確かめるためにある質問をしてみることにする。

「あなたも何か特別な力を持っていたりするのですか?」

俺の問いかけに対してしばらく悩んでいた彼女であったが意を決する。

「私もあなたのように普通の人間が絶対に手に入れられるはずの無いものを授かっているのよ。それはあなたが既に体験したことだと思うけど」

彼女のその言葉に俺はすぐに理解する。

(俺が手に入れたこのチート能力って、ひょっとしたら彼女の持つそれと関係があるかもしれないってことなのか?いや、そもそも彼女がどうして俺の能力を知っているんだよ!?それにどうしてそんなことが言えるんだよ!でも実際問題ありえるのかな?)

彼女が何を知っていて俺が何を手に入れたのか全くわからないまま会話を続ける。しかしお互いの持つ情報があまりにも少なすぎたせいか話題は直ぐに途切れてしまった。そして沈黙が訪れると彼女も流石にこれ以上話をしても無駄だと判断したのか別の提案をしてきた。

「とりあえず私の家がある村へ行きましょうか。この森の中じゃ魔物に襲われる可能性が高くて危険だしね。それで良かったら案内してあげますよ。ただしその代わりお願いしたいことがあるんだけどいいかしら?」

その提案を受けた俺は素直に感謝することしか出来なかったのである。だって仕方がないだろう。今の俺の状況ははっきり言ってかなりマズい状況なんだからな! 俺は自分の意思が弱すぎないか不安になるほどだった。いや、だってしょうがないじゃん!俺みたいな奴に優しくしてくれた女性って今まで一人として出会ったことがなかったんだよ!そんな人が困っている人を助けようっていうんだぜ?普通断れるわけないじゃないか!それにもしこれが下心満載だったとしても断る気は起きないよな?うん、間違いなくそうだよね!

「はい!喜んで行かせてもらいたいと思います!」

(よし決まったぞ!これから彼女と二人っきりで生活が始まるのか。なんか想像しただけでドキドキしてきたかも!もしかしたら結婚まで行けるかもしれないぞこれは!まあまだ出会って少しの間だけだしそこまで期待しない方が良いのかもしれないけど)俺はそう思うと同時にあることを思う。そして自分の中に浮かんできた疑問を投げかけてみることにした。

「ところで俺はその村にたどり着くまでどのようにすれば良いのでしょうか?まさか俺の体を運んでいくというわけではないですよね?もしかして俺は自分で歩けと言われたりしますか?そうなった場合、非常に悲しいのですが――」

その言葉を言った瞬間である。

『ブフォ』

という声がどこからか聞こえる。そしてそれと同時に何故か女性の顔色が一瞬にして変わってしまう。そして俺に向かって鋭い視線を送ってきたのだ。

「あ、あの、俺なにか悪いことでも言いましたかね?」

(やばいやばい!なんだか物凄く怖いんですけど!俺、彼女に失礼なことをしたか?)

すると再び彼女の口元が歪む。しかし今度はどこか諦めたかのような表情をしていた。そして彼女はこう告げたのである。

「私が君を運ぶわ。だから心配する必要は無いわよ。むしろ感謝して欲しいぐらいよ。本来であれば君みたいな人間は私達のパーティーに入れない決まりになっているの。まあいいわ、早くその傷を完全に治してしまいなさい。それから出発しましょうか」

(パーティーに入る?ああ、そういうことだったんだ!そういえば確かにそんな話があったような無かったような。というかさっきはあんなに怒っていたというのにどうして急にこんな態度になったんだ?まあ気にしなくてもいいのかもしれないけど)

こうして俺は怪我の治療を終えるとそのあとは彼女の背中に乗って移動する。どうやら目的地はその村の近くにある洞窟らしい。そして到着した俺の目の前には確かに村らしきものが存在していたのだ。しかしそこは予想とは違ってとても寂れた場所でもあった。その理由は俺達が住んでいるであろう家が二軒しかなかったからだ。さらに人の気配が一切無く静まり返っていた。その異様な雰囲気は先ほどまでの楽観的思考が消し飛んでしまいそうなほどである。すると彼女は俺に視線を合わせるように顔を向けてきた。

「君はどうやらあの村の出身者みたいだけど今は訳があってここには誰も住んでいないことになっている。詳しいことは分からないけれども恐らく君の両親のどちらかが事情を抱えているんだと思う。でも私はそれを聞いてあげることは出来ないから。ただ私にも出来る限り協力するつもりはあるのよ」

その説明を聞いた俺だったがやはりこの村の住人について何も思い出すことが出来ないでいた。そして自分の記憶の無さにショックを受けながらも俺がこの世界で生きていくためには彼女の力が必要なんだと思い改めてお世話になることを誓うのであった。そしてその後のことである。彼女は俺にこう問いかけてくる。

「ところで君の職業は何になっていた?」

彼女の言葉の意味が俺にはすぐに理解できなかったのである。だがしかし彼女の瞳は真剣そのものであり、嘘をついているという感じは全くしなかったのだ。なので彼女の質問に対して正直に答えようと決意した。俺は自分に出来る精一杯の力で彼女の顔を見つめるとゆっくりと話し始めたのである。

「その前にまず確認させて下さい。俺はサラリーマンだったんですよね?ということは今はまだ学生という訳ではないのでしょう。では俺の職業が何か教えてもらえますでしょうか?実は職業欄が空白のままで自分の中でずっと違和感を覚えていたんです。もしかしてこれって俺が知らない内に会社を辞めていたってことなのかと。でも今あなたは確かに俺の職業を訊ねてきました。というこは、ひょっとして俺の職業はこの世界には存在しないものなんじゃないのですか?だからこそ俺はあなたのその質問が怖かったのです。でもあなたの言葉から察すると、少なくともこの世界に存在するもので間違いはないということですね?」

「その通りよ。そしてあなたの持つ力は間違いなく私が持つ能力と同一のものだと確信している。だからこそ私は君に興味を持ったというか仲間にしたかったというべきかしら。まあ簡単に言うと一目惚れしたっていう表現の方がわかりやすいのかも。ただ、そんな感情を抱いているのに私の行動が中途半端になってしまっても困るでしょ。だからまずは私の能力の説明をすることから始めたという訳なのよ。これで納得してくれました?ちなみに私のステータスを先に見てもいいけれどあまり面白くはないから見ないようにしてちょうだいね」

俺は彼女が発する言葉に対して素直に従う。俺に気を使わせないための発言であることに気がついていたからである。

(なるほど、この人はやっぱり優しい人だったようだな。それに俺のことをちゃんと考えて接しようと努力していることも良く分かった。この人が一緒にいてくれるだけでも俺は幸せな気持ちになれそうだ)

「それじゃあ俺の方の自己紹介を始めようかな。俺の名前は鈴木大地です。年齢は26歳になります。サラリーマンをしておりまして、まあ平社員だったので役職などはありません。家族は父一人母一人の三人暮らしだったんですが俺が事故に遭って入院している間に離婚してしまったようで、それ以来会っていないので今ではどうなっているのかは分かりません。一応仕事に関しては毎日朝8時から18時まで働く普通の企業に勤めておりました。しかしそんな俺の職業は『サラリーマン』とだけ表示されており、他の情報が一切無い状態なんです。この職業というのは何のことを指し示しているんでしょうか?」

俺がここまで自分のことを話し終えると彼女も自分のことを語ろうと口を開く。

「そうね、私の名前を教えていなかったものね。私のステータスを確認しながら名前を読んでいけば少しは混乱しないんじゃないかな」

「ステータスの確認ですか?」

「ステータスって言葉自体、もう覚えていないようね。じゃあ私が代わりに読み上げてみるわ。えっと、ステータスオープン。おお、出てきた!さすが異世界ね。これはかなりファンタジー要素満載な画面になっているわ」

「うーむ、ステータスオープン。本当だ!なんか色々な数値が表示されていますね!ってかこんなことが出来るってことはひょっとしたら魔法とかあるんじゃないですか!?いや、流石にないよね。でもなんか俺わくわくしてきたかも!ちょっと見せてくれませんか!?お願いします!」

「仕方が無い子ね本当に。じゃあいいわよ、その代わり私のお願いも聞いてくれるかな?まあ別に簡単なことなんだけれども、君も今後自分の職業を人に言わないこと。それが条件よ」

俺は彼女からの突然の要求に対してすぐに了承してしまう。理由は簡単である。自分の持つ力がどんなものか分からず不安を抱いていたところだったので、もしそれを誰にも言えないとしたら不安になるだろうと考えていたからだ。なので俺は彼女のその提案を受け入れることにした。

(いやいやそれよりも何だよこのステータスの量は!これが普通なのか?いや、違うはずだ!俺がこれまで目にした小説に出てくる主人公達のステータスって大抵の場合、普通に考えて桁が違うぐらいの数値を持っていたはず!なのになんで彼女はそこまで普通な反応をしているんだよ!普通はもう少し驚くはずだろう?ってそういえば彼女はさっき「私にならって言えばいいよ」的なことを言っていたな。つまりあれもスキルの効果なのではないか?もしかして他にもなにか隠し球があるかもしれねえ!だったらいけるかもしれないぞ。もしかしたら彼女よりももっと凄い数値が表示される可能性だってあるんだしな)

俺は内心興奮しながらその数字に釘付けになってしまうのだった。するとそこで再び彼女に声を掛けられる。どうやら俺のステータスを覗き込んで楽しんでいると勘違いしたようである。しかし実際は違ったのだ、そしてそのことに早く気づいた俺はすぐさま自分の本当の職業を伝えることを決意する。

「実は俺はサラリーマンではありません。本当は勇者だったんです!」

「へ?」

彼女の表情が一瞬にして凍りつくのが分かる。どうやらその表情は驚きによるものだということが俺にははっきりと分かった。それは俺の言った言葉を疑ったからという訳ではなく単純に信じられないという様子であった。なので彼女のその様子がなんだかおかしくて笑ってしまいそうにもなるが必死に堪える。なぜならここで笑ってしまえば話がこじれてしまうと思ったからだ。

(よしよし!どうやら信じてもらっているみたいだな!とりあえず彼女の話に合わせれば大丈夫だろう!)

「あ!いや!すいません!なんでもないので忘れてください!ほら!よくあるパターンじゃないですか!異世界に飛ばされた時になぜかその世界を救ったことがある英雄の記憶が流れ込んできたとかそういうの。多分それです。俺にもそんなことがあったんですよ。だから俺が自分のことをサラリーマンだと嘘をついたわけじゃなくて――その――」

「あ、うん、分かってる。大丈夫よ。ただちょっと予想外過ぎてビックリしたというか戸惑ってしまっただけだから。ごめんなさいね。でもこれでお互いのことが分かったし良かったと思うのよ。私は魔王軍の人間、そして君は勇者。お互いにこの世界を平和に導くための大切な仲間になれると思うの。まあ君が私のことを信じてくれるのであればの話だけどね。でもそうすれば私たちは絶対に上手くやっていけるとは思うんだけどどう?」俺の予想では魔王軍という言葉が出てきた時点で彼女の言っていることはほぼ間違いないと確信出来た。その理由はまず彼女がそのことについて説明を始める前にわざわざ「魔王」という単語を使ったことだ。

「そのことなんですけど一つ確認したいんですけども、どうしてその魔王軍はあなたみたいな女性しかいないのですか?というよりあなたが魔王ではないんですよね?そうなってくるとその配下ってことになりますよね。俺の知る限りその勢力に属する人たちって男しかいなかったと思うんですよ。それって変だと思いませんか?そもそもこの世界は女性が支配していそうな感じでは無いように思えたんですが」

すると彼女は少し考え込みながらもこう答える。

「まず君の言うことは正しい。この世界を支配する勢力が全て女だけの組織ということはないの。もちろん魔王軍も例外では無く、男は存在しているのよ。だけど基本的に男性たちはこの世界には存在しないことになっているわ。そしてその原因は――この世界の秩序を守るため、ということになっていて、要するに強い男性は存在自体が悪とされるという仕組みなの。そして私はその中でも幹部と呼ばれる立場にいるというわけなの。それで質問の続きだけどその質問はおそらくだけど私のステータスを見たときに表示される職業を見て思いついたものね?だったら説明させてもらうと私の職業は大魔導師なの。だから君とは少し事情が異なるから、その説明では理解しにくいかもしれないね」

その話を聞いた俺は素直に疑問を口にした。というのもこの人は俺と話すときも常に丁寧な言葉使いであるし、さらに相手を傷つけないためにしっかりと言葉を選んで話していることがよく分かるからである。だが、その疑問に対しての答えは実に簡単なものであり俺は拍子抜けしてしまったのであった。

「ああ、その件ですか。俺は特に性別について深く考えたことが無かったものでして。というか正直なところどうでもいいと思っていたんですよ。でもこの世界はそういった価値観が常識のようで、それに気がつかなかった俺は相当に世間知らずというかなんというか」

「そんなに落ち込まなくてもいいのよ。むしろ君のように自分の持つ力の正体が分からずにいた人がいたというのが嬉しかったんだ。だから君がこれから私と仲良くなっていけばいいというだけ。その方がきっと楽しいよ。それに私はどちらかと言えば君が女の子として生活している姿が見たいからそうして欲しいかな。なんてね。ただの私の我まま。だから無理強いするつもりはないの。でも私と一緒に居てくれたら、私はとても幸せになれるって保証できる。それだけは知っておいて欲しいの」

(なんだこの子は?いきなりそんなことを言われてしまったら俺の心の中でなにかしらの化学反応が起こってしまうじゃないか!)

そうして俺は思わず顔を赤面してしまう。

「お、おう。分かったぜ。お前のことを信じるよ。それにしてもまさか異世界転生してハーレムを作ることが出来るだなんて俺はついていないな!こんな可愛い娘達が仲間になってくれたら最高じゃねえか!それにこんなに美人でスタイルも良い人達が俺のことを好きって言ってきてくれているだなんて夢のようだ。こんな状況じゃなければ素直に嬉しいよ。本当に夢を見ているんじゃないかと思ってしまうほどだ。でもこれは全部現実で起きていることなんだろ?いやあ人生最高の瞬間かも。神様に感謝しないとなぁ。ありがとう神様!!いやあマジで俺が主人公か何かになった気分だよ!」

俺のテンションの上がりっぷりがあまりにも凄かったからか、彼女は苦笑いを浮かべながら俺の頬をつつき始めた。その表情はまるで俺の反応を楽しもうとしているようであり俺はそれを止めることが出来ないでいる。そしてその様子を見た彼女が少しだけ俺を弄ってみることにすると言ってきたのだ。その結果が今の状況なのだ。俺にとっては地獄以外の何物でもない。何故ならばこの状況は非常に不味いのだ。何せ俺の周りにはこの国で一番の美女たちが全員揃っているという状況なのだ。そして今の俺は美少女の姿となっているため当然のように異性からの注目が集まっている状態である。そんな場所にこんな風にされたら間違いなく勘違いされてしまうではないか! 俺はそのことを彼女に説明する。だが彼女は全く動じず、逆にもっと激しくなってきたのだった。

(くっそー!こんなところで調子に乗りやがって!これじゃ俺の理性が爆発してしまうかもしれないだろうが!)

するとそこにタイミング悪く一人の男が俺達に近付いてくる。

「あ!君たちここにいましたか!探しましたよ。さっきはすみませんでした。急に大声を出してしまい」彼はさっき俺達を囲んでいたことを謝りにやってきたようである。しかし彼女の方は何故か彼の謝罪を途中で止めるように指示をしたのだ。

「ちょっと待ってくれるかしら?さっき貴方は私たちを囲んだわよね?ということはあの時の発言が聞こえていたということ?それともそのことに関係のある別のことで来たのかしら?まあいいわ、とにかく少しの間だけでいいから静かにしてくれるかな?お願い、ね?」

(え?どういうこと?この子は何が言いたかったの?なんか凄い意味深だったんですけど!もしかして俺の貞操が危ないのかな?そうだよね?だってさっき俺のことを好きって言ってきたもんね!うん!きっとそういう意味で言っていたはずだよ!)

俺は心の中でそう思いながらも黙って様子を見守ることにした。だがその発言によって周りの空気が変わったことに気づく。そしてその雰囲気は明らかに良いものではないということをすぐに察した。

「は、はい、分かり、ました」

「ごめんなさいね。さっきのは嘘だから忘れてくれるとありがたいわ。それで一体何しに来たのかな?」

彼女は笑みを浮かべたままであるのだが先程とはどこか様子が違っているように見える。それが気のせいかどうかは分からないのだが、なんにせよ彼女の機嫌が良くないのだけは確かであろう。

「実は、あなた方二人に会わせなければならない人がいますので。その人に案内しますのでどうか私について来てくださいませんか?」

その男性は俺達の方を気にしているようにも見えたが、彼女の指示には逆らえないと分かったのか大人しく従うことにしたようである。しかし彼女の様子は依然としておかしいままであった。そのため少し不安に思って話しかけることにする。

「おいおい!どうしちまったんだよ!なんかやけに怖いぞ!いつもはそんなに怒るような感じの子じゃないだろ?いったいどうしちゃったっていうんだよ!」

すると彼女は俺の頭をなでて落ち着かせようとするのだったがそれは余計に逆効果になってしまったのだった。俺の顔がどんどん真っ赤になってしまうのが自分でもはっきりと分かる。それなのに彼女達は俺を揶揄うような行動ばかりを取ってきて本当に困る。そんな状況に耐えられなくなってしまった俺は遂に大きな声をあげてしまう。

「ちょっとはしゃべらせてくださいよ!!!!!」

だが俺の声は周囲に響き渡るだけであった。そしてしばらくの間静寂が訪れると周囲から視線が集まるのを感じた。

「な、何をするんでしょうかあなたは!私はあなたの事を想っているのに!あなたは私の気持ちを無視するというのですね?ひどい人です!やっぱり私があなたみたいな変態は大嫌いです!あっち行ってください!」その一言で周囲の人間は皆俺から離れる。だが俺にとってそれはありがたいことであった。なぜなら今の俺は美少女の格好をしている上にこの世界の人間から嫌われるように仕向けられていたのだから。

(まあこの人たちもそこまで本気で言っているわけではないと分かっている。それにこの世界の人たちは俺のことを嫌ってはいないはずだしな)

「悪い!悪かったって。でもさ俺も結構焦ってるんだって!いきなり変なことが起きたかと思ったら周りがみんな女性ばっかりだし。その人たちがいきなり抱きついてこようとしてくるんだぜ?びっくりしないほうが無理ってもんだろ?だから俺は俺を守るためにああ言うしか方法が無かったってわけよ。でもこれで少しは分かってくれたよな?だから今は許してくれって」

彼女はその言葉を聞き入れてくれたようでなんとか怒りは収まってくれたようである。

「ま、まあ、それなら仕方が無いのです。ただこれからはあまり変な行動をとらないで欲しいな」

「了解」

俺はそう返事をした後、男に連れられて移動することになる。ちなみに俺のことをここまで連れてきてくれた人の名前はリディアというようだ。そして俺達がやってきたのは大きな建物で、そこは魔王軍の拠点であるということが分かった。しかもそこには沢山の男がおり、その中にはさっきまで俺を囲んでいた男もいたのである。そして魔王軍の幹部の一人である女と男が話をしているのを見て俺は少し驚いた。というか完全に俺のことを指差していたからである。つまり俺の正体についてバレているということだ。

「まさかここで正体がばれることになるなんてな。もしかしたらあいつも仲間にしようとしているんじゃ無いだろうな?そうなると厄介なことになりかねないんだけど。そもそもこの姿でいられる時間が短すぎるだろ。どうにかして元の体に戻れないだろうか?そういえば、さっきの女の子の姿ってどんな感じだったのかな?鏡とかあればよかったんだが」

そんなことを考えているうちにいつの間にか目の前に大きな姿見のようなものが出現した。そこで自分の姿を改めて見てみることにするがその姿を見た俺は驚くしかなかった。その理由としては今まで自分が想像したことがある中ではかなり可愛い少女の姿だったからであり、そして何よりも黒髪であったことである。これは明らかに今まで自分がプレイしたことのあるゲームの主人公と一緒の特徴であり、さらに言えばその容姿は現実のものとは違っていた。俺はゲームの世界のキャラクターになっていたのだ!俺は思わず歓喜してしまい叫びそうになった。だがそれよりもまずは自分について詳しく知る必要があると思い、俺はステータスを開いてみたのである。

するとそこに現れたステータスに表示されていたものは驚くべきものであった。

【ステータス】

種族:魔族

性別:女

状態:呪い(呪力増大)

年齢:0歳

Lv.9999/9999 HP :6500

MP :35000

攻撃力 :12000

物理耐性 :10000

魔力 :50 魔法力

:450000

魔法耐性 :300000

素早さ :30

運 :25 特殊スキル 《無限呪力》《呪縛》 固有技能

『不死』『超再生』

特殊能力 〈不老不死〉L 称号 【不老神祖種】

装備 頭 〔黒の帽子〕 ==

「なに?これは一体どういうことなんだ!?」俺が驚きを隠せないのも無理は無い。なんせいきなりとんでもない量の情報が飛び込んできたのだから。

まず初めに俺の種族だが、なんとそれは完全に予想外だった。何せ俺が最初に考えていた通り、俺は魔族と呼ばれる種族だったのだから。ただし普通の魔族ではなく、そのなかでも特殊な存在だった。というのも俺の場合は生まれつき特別な力を身に着けているだけでなく、本来持っている能力までもが大幅に上昇されているようであったからだ。俺はそのことについて考えるため、自分の体をじっくりと調べてみる。するとその結果ある一つの結論が出たのである。そしてそれはとても恐ろしいことでもあった。なぜならこの体では寿命というものが存在しなかったのだ!そしてさらに言えばその能力は時間停止の力が備わっており、それによってあらゆる現象を止めたりすることが可能だというのだ!まさに最強の力としか言いようがなかった。俺はそのことを確信するために俺は試すことにする。そしてそれは上手くいったのだった。俺が自分の手で殴ろうとした拳は空を切り全く届かなかったのである。それだけではない。その空間にあった時間は止まることはなくそのままの状態を維持したままであるのだ。しかし俺はそれを気にせず動き続ける。

(これならいけるかもしれない!俺がこの世界の人たちを倒せる可能性があるかもしれない!よし、それなら次はどうすれば強くなれるかだな。この世界の人たちは強い。このままではいくら攻撃してもダメージを与えれる気がしないし。何か方法があるはずなんだよ。そう、絶対に強くなる方法が。とりあえずはこの世界で一番偉い人に会いに行くか)

「リディアー、ちょっと俺用事出来たから少し出てくるねー!また後でー!」

「え、あ、うん、分かったー!いっらっしゃいませー!」

(何言ってんだろうあの子。まあいいか)

こうしてこの世界での目的を定めた俺はその場所へと移動するのであった。だがその先に待ち受けるものはまだ誰も知らない。しかし彼は既に答えを出してしまっているのであった。それはもう誰にも止められない。

そしてその場所に足を踏み入れた途端俺は一瞬のうちに吹き飛ばされる。それもただのパンチによってである。

「がはっ、はぁはぁはあ。いったい、なんなんだ?」俺は何とか立ち上がりながら呟く。しかしその瞬間、その男の声を聞いたことですぐにそれが誰かを知ることになった。

「お前、俺の攻撃を食らって立ち上がってくるとはなかなかだな。しかもまだ俺の名前を知らないようだしな」

「そりゃそうだよ!俺もお前が何者か分かっていないしな。でもなんで俺の邪魔をするんだよ?」

「俺は別にそういうわけじゃないぞ?それにそんなことよりも俺に勝ったつもりになってもらっては困るんだよな」

「なに?じゃあ何しに来たって言うんだよ?」

「そうだな。俺は魔王様の命令でお前に忠告をしに来た。まあその必要も無いのかもしれないが、それでも一応やっておくのがいいだろうと思ってな。その前に俺が自己紹介しておくとするか。俺の名はアウル、魔王軍の幹部の一人でもある。まあお前も魔王軍のことを知っておいたほうが良いだろ?魔王軍っていうのはその名の通り魔王の手足となって働く者たちの組織みたいなもんさ。ちなみに魔王っていうのは俺達の雇い主で、この世界に君臨しているんだぜ?そんな奴に逆らおうとしているなんて正気とは思えないな。だがお前がどうしてもというならば好きにしろ」

「そうか。まあ大体のことは分かったよ。ところでその話に嘘はあるのか?それともその言葉の通りで良いのか?どちらにせよ俺にとっては好都合な展開でしかないが」

「ははは、それは面白い。まあどっちも本当のことだ。信じても良いぜ?というより信じないと痛い目を見るだけだから気を付けたほうが賢明だと思うぞ。それで俺からの警告だが、まず一つ、お前には俺たちを潰そうという意志がある。まあこれは当たり前のことなんだけどな。だって今のままだと確実にやばいわけだし。だからこそ俺はあえてここにやってきた。二つ目に今の魔王は俺が知る限りかなり厄介だ。そしてその配下たちもかなり強力なものばかりが集まっているはずだ。それに俺がお前のことをある程度知っていたのもこの力のおかげだからな。まあそりゃ当然と言えば当然か。俺はお前をこの場で殺しても構わないと思っている。ただ今のお前の強さじゃどう頑張ったって魔王に勝つことは不可能だ。だからこそ俺は魔王様に進言するんだ。あいつだけは危険すぎるとな。俺の言いたいことが分かってもらえたか?そして最後に三つ目が問題なんだが。もしここでお前が大人しく引き下がるというのであれば俺から手を引く。その方がお互いにメリットがあると思わないか?でももしも戦うというのならば俺が本気で相手になる。そして必ず倒す。覚悟は出来ているんだろうな?それならかかってこい。全力をもって相手をしてやる」

「それはこっちのセリフだよ。でもまあ確かに俺一人だけで魔王と戦うのは無謀な行為だということぐらい分かるよ。でもな俺一人で無ければ良いだけの話なんだ。というわけで少しの間そこでおとなしく待っていてくれ」

「ふっはははははは!!これは笑える。お前まさか魔王を倒すとでもいうつもりか?さすがの俺も驚いたな。俺達とお前たち魔王軍の戦いの歴史において魔王を倒そうとした人間は誰一人としていなかった。だがしかし、今回はお前が初めてだな。お前の実力をこの俺に見せると?上等だ。さあ来い。返り討ちにしてやるとしようか。お前もそれなりに強いんだろ?楽しみだな。さっき言ったとおりに後悔するのはやめておけよ」

「さっきも言っただろう。俺はお前を殺すのを心から楽しみにしてたんだ。だから簡単に負けるようなことをするつもりはない」

そして俺とアウルの本気の戦闘が始まるのであった。

俺は今、魔王軍との交戦中である。そして目の前の男は俺にとって最も倒さなければならない相手のようだった。そしてそいつは今まで見たことがないほどに強い存在であったのだ。

「おい、いつまで余裕ぶってるんだ!もっと攻めてきてくれた方が良いんじゃないのかい!?そんなんじゃつまらんよ。もっと必死に殺しに来てみせろ!」その声と同時に、その拳が俺めがけて襲ってくる。しかし、俺はそれをなんとか避けることができた。それはなぜかと言うとその攻撃に威力が無かったからである。

俺はその理由を確かめるために今度は自ら攻撃を仕掛けることにした。しかしそれもやはり相手に届くことはなかったのだ。俺はその理由をすぐに理解したのだが、それを理解するのはあまり簡単なことではなかった。なぜなら攻撃を繰り出してくる男の姿が急に消えてしまったからだ。

(くそ!どこに行った!気配を感じられない!これはまずい!まずは落ち着かないと!)俺は自分の精神を整えようとする。しかしそれでもその状況が改善されることは全くなかった。

(これはさすがにやばいかもな。どうにかして居場所を掴まないと)

(そうだ、確かスキルの中に《魔探知》ってあったはず!それを使えば!)

【《魔導師》についての説明】

《魔導》というのは魔法の力であり、魔族はその能力の適性が圧倒的に高い。またその魔族の中でも、魔族の中における魔法に特化して進化を遂げた魔族のことを魔族の中でも魔法を得意とする者たちのことを指す。その者たちは通常の者と比べて桁違いの魔力と魔法の知識を有していると言われている。その特性は魔道具にも現れることが多く、例えば《鑑定の眼鏡》は魔力によって人のステータスが分かるようになる。その他にも様々なものがある。その中でも代表的なものとしては 〈呪縛の鎖〉〈呪縛の輪〉〈呪縛の楔〉などがあげられる。

そしてこの説明の後に書かれているようにこのスキルは魔族の中でも一部の特殊な力を持つ者たちだけが扱うことが出来る。その力を人はこう呼ぶことがあるのだ。

〈真眼使い〉と 俺はそのスキルを発動する。しかし特になにも起きることはなく、俺が周りを見渡し始めた。すると、ある場所で一瞬だけ空間が歪むような感覚に陥ったのだ。俺はそこが敵の居る場所なのではないかと推測しその場所に向かって攻撃を仕掛ける。するとそこに突然姿を現した敵の姿を俺は捉えることに成功した。俺はすぐさま次の攻撃を放つ。

しかしその攻撃もまた敵に届くことは無かった。俺は攻撃に失敗したのではなく、攻撃のタイミングを完全に読まれていたことを理解したのである。それに加え攻撃をしたはずの攻撃は防がれてしまう始末であった。俺はそのことについて考察し、一つの結論に至ったのである。その考えが正解なのかどうかを確かめるために俺は試してみると決めた。

「おい、どうなってんだそれ!どうやって避けてんだ!おかしいだろうが!絶対に当たるはずだろ!」

「はは、それは教えないよ。というか教えられないと言ったほうが正しいかな?まあそんなのは別に良いんだ。とりあえずこれでお前の勝ち目はゼロになったというわけさ。俺は今この場にいないも同然。いやそもそもここにはいなかったと言っても過言じゃないね。でもまあ仕方がない。だってこれくらいしないとお前には絶対に勝てそうもなかったからな。ただそれでもこれだけで終わりにするってのはつまらないからもうひとつだけ見せてあげよう」

「何を言ってる?というかさっきまでのお前はいったいどこに行っていたっていうんだよ!さっぱりわかんねえじゃねえかよ」

「まあまあ、そう怒らないでくれ。これから俺の本当の姿を見せてやるんだから。ほら」

そういうと男は俺に背を向け、何かをしようとしているのであった。そしてそれと同時に俺は全身が痺れるかのような感覚に襲われたのである。そして、気づけば俺は地面の上に寝ていた。

(一体、俺は、なん、なんだ、ったん、だ?なに、が?)俺は体を起こすが、思うように動くことが出来ないことに戸惑う。だがそんなことを考えている場合ではないということに気づくのにはそれほど時間はかからなかった。その男がこちらを振り返ってきたのだ。その顔を見た途端、俺は自分の身が凍るような思いを抱く。まるで自分の体を鷲づかみにされたかのように。

それは恐怖の表情を浮かべながら絶命していた人間のものであった。俺はすぐにそれが誰のものなのかを確認するためその男の名前を口にする。そしてその結果俺は自分がどのような存在と対峙しているのかを否応なく理解させられることとなった。その男の名前は

「アウル」

俺はその名前を聞き逃さなかった。

「さてさて、ようやく本性を現すことが出来ましたよっと。それにしてもここまで来るのはなかなかに大変なことだったんだぜ?お前がどれだけの力を持っていたとしても、その力が及ぶ範囲を超えてしまえばただの子供にすぎない。それにまだ子供ってこともあるしね。そして俺もまだ本気を出すつもりはない。というわけで、俺とお前が戦うと、確実にお前は負けることになる」

そう言った後、男はさらに言葉を続ける。

「俺はお前を殺すことは簡単だと思っているけど、お前は俺が殺そうと思うほどの存在だ。だからさっさと殺してしまうわけにはいかない。それに今はお前を殺したいとは思っていない。でもな?もしお前が俺を殺しにくるならば、その時は容赦なくお前のことを殺す。そして俺も死ぬことになる。まあ簡単にいえば、俺は今のうちに俺の配下にならないか?と言っているのさ。もちろんお前を殺さないって約束したうえでだ」

俺はその提案に対してすぐに答えを出したかった。だがその前に確認しておく必要があると思い俺は尋ねる。

「なあ、一つ聞いてもいいか?」

「ああいいぞ」

「お前が殺したやつの名前を教えてくれ」

俺はそれだけを尋ねることにした。そして男は質問の意味が分かったのか、そのことについて話し始める。

「ああ、そいつは俺がここに来る途中に出会ったやつでな、名前はアウル。そのアウルから名前を貰ったんだ。ちなみに俺がここに来た理由はアウルを殺すことが目的だった。ただそのアウルは既に死んでいてな、その死体から名前が浮かび上がっていたから俺がそれを奪ったという訳だ。だから俺は今この場で新たな名を手に入れることが出来たということになる。それについてはとても感謝している。だからその恩を返すという意味も兼ねても俺に協力してもらおうと思っている。だから俺の仲間になれ、という訳だ」俺は少し悩んだ末に決断を下す。

「それは出来ない」

俺は魔王軍への入隊を拒否したのであった。俺はその言葉を言った直後、その判断をしたことを激しく後悔した。だがその時にはすでに遅いのだと知る。なぜなら既に男の拳が自分の目の前にあったのだから。

その攻撃のスピードに、俺は反応することができなかった。だが俺はそれを間一髪で避けることができたのだ。その攻撃が当たるはずだった場所は先程と同じようにクレーターのようなものができていた。だが俺はそこで止まることはなかった。なぜなら俺には時間稼ぎが出来さえすればそれで良いからだ。そしてその狙い通り、俺の後ろに控えていた仲間たちがその攻撃を避けたことによってできた一瞬の隙を突き、魔王軍に戦いを挑むことに成功するのであった。

「魔王軍の皆さん!よく聞いてください!!貴方たちは騙されています!!今なら俺達は戦わないで済みます!!ですが、それでもなお戦い続けようというならば、俺達があなたたち全員を殺して見せましょう!!」

俺がそのように宣言したことで俺の作戦が成功した。その効果は絶大だった。なぜなら、ほとんどの魔族がその場から立ち去ってしまったのである。だがその光景を見て焦ったのか一人の魔族だけが俺の方に向かってきた。そして俺の首を締め付けるように攻撃を仕掛けてきたのである。しかし俺がそれを防ぐことなど容易く、その攻撃を弾くと、俺はそのまま反撃に移ることにする。

その攻撃はとても素早く、的確に相手の首を狙った攻撃となっていた。しかしその攻撃もまた防がれてしまう。その攻撃を防いでくれたのは他の誰でもない、魔王の側近の一人である、アベル=オーズだ。

俺はそれを確認すると同時に一度距離を取ろうとするが、それも相手は許してはくれなかった。俺はその距離を取ることが出来なかったのである。だが、そのおかげで俺が相手をしている魔族の正体を掴むことができ、そっちに意識を向けることに成功したのであった。俺はまずはそこから離れたほうがいいと思った。しかしその行動を取ることさえも許されない。

「君のような者が一人でここに来てしまって本当に良いのかい?まあ私としては都合が良いのだけどね。さて、君はどうしてこんな場所にいるのかな?まさかとは思うが魔族と人間族の戦争に参加しようと来たのではないだろうな?その行為は自殺行為だ、諦めたまえ。それに君はあのお方と戦うような実力を持っていない。そんな者に私が付き合う道理はないのだ」

(いや、まてよ?確かこいつは魔王の側近の一人のはずだ。という事は、こいつが魔族側に情報を流せば魔族側が有利になるかもしれない!というより魔族の方に付く可能性だってあるんだ。どうにかして引き止めることは出来ないか?それを考える時間がほしいな)俺は一旦会話で時間を稼ぐことを思いついた。

「おいおい、そんなことを言うなよ、お前には魔族側に付いた方がいいんじゃないかって思わせるようなものがあるって言うのにさ。それなのにそれを無駄にしてまでこっちに来るってことは何かしらの理由があったんじゃないのか?そうじゃなければここに来ることはない。違うか?」

「ふむ、そうだね。確かに君の言っていることは正しいかもしれないね。しかし私はそれでもこちらに付くべきだと判断したんだ。それに君にはもう私の考えていることが分かっているだろう?だからさ、余計なことは考えずに早く逃げた方が身のためだよ」

(はぁ、だめか。やっぱりこいつは魔族側に行くつもりなんだな。だがまあいいさ、どうせすぐに追いつかれるし、その時に殺せば問題はない。というか殺す気しかないんだ。だから別にいいか)

「そうか。でもまあ俺も逃げる気は無いんだ。それなら仕方がないな。お互いここで戦うしかないってことだな」

俺はアベルに向かって剣を構え、戦闘態勢をとる。それを見てアベルも同様に構えるのであった。それからしばらく沈黙が続いたが俺はその状況に耐え切れなくなり、先手を仕掛けることにした。その行動が失敗に終わってしまったが。俺の攻撃を完璧に防がれてしまいカウンターを決められてしまったからである。

「ほらほらほら!まだまだ終わらないよ!俺の攻撃に着いてこれるか!このままだと確実にお前の方が不利になっていく一方だぜ!」そう言った瞬間、俺の体は吹き飛ばされてしまった。

地面に叩きつけられた俺はすぐに立ち上がると、俺を吹き飛ばした張本人に向けて全力で攻撃を仕掛けるのだが、また同じように返り討ちにされてしまうだけであった。俺はその後何度か繰り返していくうちに次第に動きが鈍くなっていき、遂には攻撃することが不可能になってしまうほどになっていた。俺はそんな時、一つの方法を思い出したのだ。

「あ、そっか、そういうことだったのか」

(そういえば忘れていたけども俺はステータスを弄ることができるんだったっけ?だから今のうちに俺の能力値を上げればいいじゃないか!そしてその後は魔王を速攻で倒せばなんとかなるはず!!!それに気づかせてくれたあいつに感謝しないとな!よし早速実行に移すぞ!えーっとどうやってやるんだっけ?ああそうだ思い出した。確か念じるだけだったな?でもそんなことで能力値が上がるって言ってもそれはかなり信用しづらいんだよな〜というわけでもっと信じやすくするために名前を変えようかな?そうだなあとりあえずは神にするか。神様なんて呼ぶのはなんか嫌だしそもそも信じていない存在から貰ったものに頼るのはなんかあれだしな!という訳で、これからはこの力のことを神の権能と呼ぶことにするか)

(よし!それじゃあまずは俺自身の能力を確認してみることとするかな。えっとどんなふうに確認するんだったか?あ、そうそう、念じればいいんだった。そうすると視界に文字が表示されるからそこを読めばいいだけだな!おっ!ちゃんと書かれているぞ。どれどれ?)

『種族名: ヒューマン(進化1段階目)

性別:男

状態:良好』

(おおう。なんか思った以上に普通の情報が出てきたけどもこれはこれでちょっと驚きだな。普通こういう風に表示されるもんなのか?まあとにもかくにもこれを見て分かったこととしては俺の身体能力が格段に上がったということとこの世界に来たばかりだというのに変化のスピードが早すぎるってことが分かった。というかこれだとこの世界の人間は皆化け物なんじゃないか?いや俺が異常なだけかもしれんが。とにかくこれ以上時間をかける必要もないみたいだからな、ちゃっちゃと終わらせるとしますか!よし!準備は完了!!行くぞ!!!!はああああああ!! 俺はアベルに対して再び攻撃を開始することにした。そして俺のその行動に対して彼は驚く。なぜなら俺の攻撃をアベルは完全に防御できずに体にかすってしまうのだから。そのことに俺自身も驚いていたがそれよりも驚いたことがあった。

俺が持っているスキルの【成長】というやつが俺の成長を促そうとする感覚を感じたのである。そして俺は今ならいけると思いアベルに対して更に攻撃を仕掛け続けることにした。その結果として俺は何とかアベルに対してダメージを少しずつ与え続けることに成功することに成功するのであった。

「ほう、面白いじゃないか。ここまでの実力を持っておきながら私相手にこれほどまで戦えるというのは正直予想外だったね。しかし君はそれでも私を殺すには及ばないのさ」

俺はその言葉を聞いてさらに強くなったような気がしていた。そしてそれが実際に起きているのかを確認すべく俺は自分の能力を見てみる。

(うん。しっかりと変化があるようだな。それなら後は魔王を殺すのみだ!!よし!!やってやる!!!)

俺のやる気に火がついたことにより、俺の攻撃はさらに速度を増していき、アベルを追い詰めていく。だがそれでもアベルの表情は変わらないままだった。そのことがどうしても理解できなかった俺はつい声を出してしまう。

「おい、なんで倒れないんだ!?これだけの攻撃を受けているんだぞ!!どうして倒れないんだ!!お前はいったい何が目的なんだ!!」

俺がそういったことによって少し間が空いた後に、アベルは答える。

「はははは!君には私を倒すことは不可能だよ!何故なら君では私には絶対に勝てない!なぜなら私は君の能力をある程度は把握できているからね。つまり君は既に私によって観察されているということになる!君には最初から勝ち目はなかったんだよ!!それに私はただ君と戦いたいわけではない!!君が私達にとって害悪になる存在かを今一度見極める必要があるのさ!!」

(どういうことだ?何を言っているのか分からない?もしかしたらこいつは狂人なのか?でもさっきの発言で俺が何かを見られているっていうことが分かるようになったな)

「なるほどな。お前の考えは何となくだがわかった。だけどお前は俺のことを完全には分かってないと思う。それこそ今の俺はお前にとっては危険視するような存在ではないんだろう。というよりお前の目的は魔族たちの中で魔王の地位にいる者の命を奪うためにここにいる。それはお前自身が魔王の座を狙おうとしたわけではなく魔王の地位にあるものが邪魔だったからってところか?まあその辺はよくわからないんだけどさ。まあそれでもいいさ。俺はもう迷わない。例えどれだけ自分が傷つくとしてもそれでも構わない。それで魔族たちを救えるのであればな。だからもう俺は容赦しない」

その瞬間、俺の姿が消えたかと思えばアベルの懐に飛び込んでいた。だがアベルはそれをギリギリ反応し俺の攻撃を防ぐ。その行動に今度は俺の方が驚愕してしまっていた。そして俺はすぐに距離を取り体勢を整える。

「お、俺の動きについてこられるってマジかよ?というかあの速さについてこられるのかよ」

その言葉を口に出した直後、俺はすぐに攻撃を仕掛ける。先ほどと同じように攻撃を防がれるが今回は違うところがひとつあった。それはアベルの足下が崩れ落ちてしまったのである。俺はそれを確認した瞬間一気にアベルのいるところに飛び込み、俺の持つ剣を奴の首筋に向かって振り下ろすのであった。俺の攻撃に気づいたアベルはすぐに対応しようとしたのだがその判断が遅れたせいで間に合わず、首が飛ぶ寸前で俺の攻撃を何とか回避するが、それによって態勢を崩してしまう。俺はそれを見た瞬間に再び攻撃を仕掛けようとするのだが、アベルはその態勢を立て直す前に反撃に移ってくる。俺はそれをどうにか避けることに成功した。その隙を狙って俺は再び攻撃を仕掛けるがやはり避けられる結果となる。そしてそこからしばらくの間同じようなことが続き最終的にはどちらも無傷のまま時間が過ぎていくだけであった。そして俺はそこで攻撃をやめた。

(これ以上は時間の無駄になりそうだな。それにこいつはやっぱりかなりの手練れみたいだし、このままだと本当に殺されるかもしれない。だが俺はまだ負けるわけにはいかない!という訳で逃げる!逃げるしかない!!)

俺はそう思い、すぐさま走り出し森の中へと逃げていくのであった。

俺が逃げた先に辿り着いた時にはもう日が暮れてきていた。俺は今日はもうこのまま野宿をして明日また考えようかと考えていた時だった。

(なあ、ちょっといいかな?聞きたかったことがあるんだ。というか、もしかしてお前も転生してきたのか?俺の体に入っているということはそう考えるのが自然だと思うのだがどうだろうか?それなら答えてくれないか?まあ返ってくるのかどうかは別問題として聞くしかないけどな)

(まあ返事が来るわけがないわな。それなら自分で考えていこう。とりあえず俺の能力はステータスを確認することが出来るってことと、あとは自分の能力を上げることができるみたいだな。というか、そもそも俺のステータスってどれくらい強いんだろうか?)

(ん〜よく分からんな。という訳で見てみましょう!えーっとまずは俺の能力の確認からしようかな?というかステータスの見方はどうやって見るのかね?えーっと、うーんとあれだ!そう、念じるだけでいいはずだ!そうすればきっとなんとかしてくれるはず!!)

そうして俺が自分の能力を確認しようとした時だった。目の前に見覚えのある画面が現れるのだった。

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『神威』種族:ヒューマン(進化1段階目)性別:男

年齢:20

状態:良好

Lv.40 HP :45000/63000

MP:30000/76000

SP:27000/68000

STR:10000

VIT:10000

DEX:8700

AGI:8800

INT:500

MND:500

LUK:10

EXP:35/10050 《スキル一覧》 【言語解読】Lv.3 《ユニークスキル一覧》 【全知全能(偽)】Lv.1 NEW 【限界突破】Lv.2 NEW NEW NEW 【経験値5倍UP 】

NEW NEW 【獲得資金増加 】

NEW NEW 【成長強化】

【神速再生】

【剣術】Lv.3 【槍術】Lv.3 【弓術】Lv.4 【鞭】LV.9【刀】Lv.3 【盾】Lv.3 【聖魔法】Lv.1【黒炎】Lv.2【氷水嵐】Lv.1 【土石雨】Lv.2 NEW NEW 【神眼鑑定】Lv.3 new NEW 【転移門創造(使用不可)】Lv.1 NEW 【神の知恵袋】

NEW

『称号一覧』

異世界からの来訪者 神への挑戦者 魔王殺し 魔物の天敵 超一流冒険者 竜の討伐者(仮)

精霊王と契約を結びしもの 悪魔の契約者 大魔導士 武を極めしもの 魔王を単独で討伐したもの 人族最強 NEW NEW

『装備詳細』

武器:神刀

天叢雲剣 頭:英雄のバンダナ(V+2 耐久∞ 成長可能)

上半身:白のシャツ

下半身:白のズボン

足:神刀の足袋 スキルの効果により全ての装備を装着済み。

この世界ではレベルが存在せずに能力やステータスなどは全て数値化されているようだ。そして俺のレベルが40となっている理由も分かる。なぜなら俺がアベルとの戦闘の時に使ったと思われる技が、あの時は必死だったので全く意識をしていなかったが【神眼成長】による効果だということが理解できるからだ。このスキルは恐らくではあるが自分の能力を強制的に上げてしまうというものなのだろう。そして俺の今持っているスキルのほとんども勝手に上がっていったように思える。しかし俺の成長スピードが異様に早かった原因だけは分からないが、それももしかしたらアベルと戦ったからということが関係しているのではないのかと思っている。そして次にステータスだが俺は今までに色々な本を読み漁っていたことで、ステータスがどういったものなのかを理解できている。だから俺はこの能力にかなり満足しているのだ。

そして俺は新たに追加されたユニーク系のスキルについて詳しく確認することにする。まず【神力召喚(偽)】についてだがこれに関してはまだどんな効果があるのかは分かっていない。そのため、俺自身どのようなスキルなのかが分からないのだ。俺はこれについて調べてみたのだが、これは自分が所有する武器や防具を召喚することが出来るというスキルだった。つまりこの【剣の神力召喚(偽)】を使っていくことによって、自分が持つ最強の装備を生み出すことが出来るということだ。そして俺はそれを想像したことによってある一つの仮説を立てることができた。

もし、俺の考えが正しいのであれば、今俺が身に着けている装備品よりも更に性能の良いものが作れるのかもしれない。その可能性を考えたことによって俺は興奮してしまいそうになるが、しかしそれは一旦抑えることにする。何故なら俺は今現在、何一つ身につけていないからである。それならば何故、俺は冷静に考えることが出来ているのかと言えばそれは俺が元々、裸でいることが多い人間であるからだ。

そういえば俺が元いた世界でもよく考えたら裸で過ごしていることが多々あったような気がしてくる。そんなことを思い出していると何となくだが今の状況を楽しめるようになっていた。

俺がしばらくそのことを考え込んでいたせいですっかりと辺りが暗くなっていた。そして俺はこれからの行動について改めて考えてみる。だが、ここで新たな問題が浮上してくる。それは俺にとっての食料問題だ。だが俺には【全知全能(偽)】によって様々な知識を手に入れておりそのおかげで食べ物についての問題はほとんど解決することができるのだ。だがその反面それ以外のことについての対処が難しかったりする。だから俺の今の手持ちのカードでどこまでいけるかやってみたいと思う。まず一番簡単な方法は森の中に生えていた植物を食べればいいのだがそれは正直お勧め出来ないし出来れば避けるべき行動だと考えている。というのも俺は今、何も着ていない状態でいるわけであって、それが意味することは何かというと、そのまま放置しておくと風邪を引く可能性があるということである。そうなってしまえば、ただでさえ少ない回復量が減ってしまう上に、さらに体調が悪化していくということになるため出来るだけ避けておきたいと考えた訳である。

そこで次の方法として考えられるのは動物などを仕留める方法である。これができれば最高であるし俺としてもその方が良いと考えているが現状の戦力だと少し不安が残る部分がある。その理由は相手によっては勝てない場合があるためである。例えばの話になるんだが相手が空を飛べる生き物であった場合とかにはかなり苦戦を強いられる。そう考えていくのであったらいつ襲ってくるか分からない野生動物を待つより、こちらから動いた方が安全だという訳だ。

ただそれでも問題は残っているわけで、それはこの森の中にどれだけの危険が存在しているかという事についてである。まあでも今はそんなことは考えずに行動するしか選択肢は無いんだよな〜。という訳で俺はとりあえず夜を過ごすために安全な寝床を探そうと、まずは森の中で食べられそうな物を探すことから始めることにした。(おっ、なんだか見たことがない果実が生っているじゃないか!という訳でいただきます!うん美味い!!という訳でもう一つ食べちゃお!)

そうやって俺がいくつか実っている果物を取っては口の中に運んで食べていた時だった。急にあたりが真っ暗になったと思った時には目の前に大きなドラゴンが現れたのであった。

「おいおいまじかよ!?なんつータイミングだよ!!」

俺は突然現れた巨大なモンスターを見た瞬間そう呟いていたのであった。そうして、俺は戦闘を開始するのだが今回はいつもと違ったところがあった。それは先ほど俺が取っていた行動の中で俺はいくつか食べ物を取っていたのだ。そうして得たものを全てアイテムボックスの中に入れておいたわけなんだけどさ、それのおかげもあってなんとか倒せましたという流れだな。

今回の戦いでは俺の持つ唯一の遠距離攻撃手段となる神刀を使い相手の注意を引いてから【神速再生】を使う作戦を実行することにした。その結果は成功したのは良いんだけれど【神眼成長】がレベルアップしなかったから結構しんどい戦いになってしまった。しかも最終的には俺が【転移門創造(使用不可)】を使用して逃げたんだけれども、その時に逃げきれていなかったようで後を追いかけられてしまったという結末となってしまった。というかあれってどう考えても普通の生き物の速さじゃないぞ! 結局逃げ切れなくて俺のことを食おうとしていたドラゴンと戦って倒した後は特にすることも無く暇だったため適当に近くにあった洞窟を住み処にして眠ることにした。まあとりあえずこれでようやく明日に備えることが出来るだろう!今日一日色々あって疲れてるから早めに就寝するとしますかね! という訳で朝を迎えることになった俺は、また森の中に入っていき食べられる物を探索することにしたのだった。そして今度こそ森を出るための努力をしようと考えながら進んでいくと早速最初の出会いを果たすことが出来たのだった。

俺が最初に目にしたのはスライムだった。スライムはゼリーのような見た目をしており一見弱そうだが実際はかなりの実力を持っており非常に危険なモンスターとして有名なのだ。俺は【鑑定】を発動させてそいつを調べてみるとそこには驚愕の結果が表示されることになった。

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種族:スライム

Lv.36 HP :65000/65000

MP :10000/10000

SP :5000/5000

STR:2000

VIT:6000

DEX:500

AGI:800

INT:500

MND:600

LUK:500

EXP:5400/5400 《種族固有スキル》 【物理無効】Lv.7 NEW 【魔法吸収】Lv.7 NEW 【分裂】Lv.6 NEW 《アクティブスキル》 【突進】Lv.8 NEW【酸】Lv.8 NEW【擬態】Lv.3 NEW 《称号一覧》 【強欲の罪】【大食い】【粘菌王】

《装備詳細》

武器:なし

頭 :無し

上半身(上):白のTシャツ

上半身(下):白のズボン

足 :神刀の足袋 武器に関しては特に気にならないかな。なぜなら俺にはこの神刀というものがあれば問題はないと思うからだ。それにこのスライムに関していえばステータスだけを見てもかなりの強さだということがよく分かる。俺が知っている中でもかなり強い方に位置する。というかこれぐらい強くないと普通なら生きていけない環境だということを俺自身よく理解しているのだ。ただそれでも俺もレベルが上がっているしステータスの数値が高すぎるせいなのかあまり危機感を覚えることは無かったりするんだけどね。ただやっぱり自分の強さを確認してしまうことってよくあることだよね? 俺はスライムを見てそんな風に考えている間にもスライムが攻撃を仕掛けてきた。スライムの攻撃方法というのは実にシンプルなもので【体当たり】や【酸性】などを使って俺のことを攻撃してこようとする感じであった。俺はこの程度の相手ならば大丈夫だろうと思っており油断をしていたのは事実であるがまさかこんな結果になるとは思いもしなかった。なんと俺が【神眼成長】によって取得した【神速再生】が発動したからである。そしてこの【神速再生】は俺の体に傷を負ったとしてもその怪我を回復させる効果があるという効果を持つ。そして俺はその回復の恩恵を受けて一瞬のうちにスライムにダメージを与えることに成功したのである。この一撃だけで俺はスライムの核に攻撃が当たったことで完全に倒すことができた。そしてその瞬間俺が獲得したスキルのレベルが上昇した。どうやら俺はこの世界においてスライムなどのモンスターを倒して経験値を得ると、スキルのレベルアップに必要になる熟練度の数値が上昇しやすくなるようだ。その証拠に俺が持っているスキルの中では今のところ【魔剣召喚】【聖剣召喚】のレベルが一番高くてどちらも15まで上昇していたのだ。ちなみにその他のスキルでは【魔力感知】【気配遮断】などが俺の中では一番高かったのだ。

俺としては【全知全能(偽)】がどれぐらい成長したのかが少しだけ楽しみだったのでその検証を行う。

『全知全能さん!質問なんですけど【神眼(偽)】で得た能力でレベルを上げるために必要な経験値の量は変化しますか?』

するとその言葉に反応するようにすぐに俺の脳内に返答が返ってくる。

《答えはYESです。レベルが上がるためには魔物を倒す必要があります。しかし同じレベルの相手を倒したとしても得られる熟練度の数値に差があることが分かります。そして今の段階でその熟練度に差が出る理由は、その個体の種族が関係しておりましてその種族とそれ以外の生物では同じ生き物だとしても成長に必要な値が全く違うからです。そのため今の状態での貴方の種族が【人間】とした場合その【人間】と同じ存在よりも弱いはずのゴブリンという生き物でもレベルが上がりやすくなっており、そして【人間】がレベルを上げていくにつれてその種族が本来持つ素質を開花させていき強くなることができるようになっています。ただしこれはあくまで可能性の話なので絶対という訳ではありません。また、もし仮に今のレベルでレベル上げを行ってしまえば他の人に比べて成長速度が大幅に落ちてしまい結果としてレベル上げをする時間が長くなりすぎて最終的にはレベルが低くなった状態での魔王と戦うことになる可能性も十分にあるのです。》 俺がその言葉を聞いていた時の表情が自分でも驚くくらい無になっていたのは言うまでもないだろう。なんせそんな重要なことを先に言っておけよ!と思ったのだ。ただそこで思ったのはもしかすると全知全能さんのミスで伝え忘れていたということも有り得るのではないかということである。だからそのことを聞こうと思えば聞くことはできるんだけどそれを聞くと全知全能のスキルの能力が下がったりして嫌だからもういいやと、俺はそれ以上この件について深く考えるのを辞めた。まあとりあえず今はレベルが上がったことによる新たな力を確かめたいのでそれをすることにする。という訳で俺が最初に行ったのは神刀の【解析】を行うことだ。それによって得られた結果は驚くべきものだった。

まずこの神刀という物についてだが、俺が持っていた時は刀の形をしてたのにこうして改めて【解析】をやってみると全く別の物へと変わっていたのだ。それが何を意味しているかと言うとその形が【不定形(水)】という文字に変化していたのであった。つまりこれが意味することは俺の神刀に備わっている効果が変化しているという訳ではなく俺の持っている神器自体にも何かしらの作用が起きているということを意味しているのである。そしてその結果として俺はある結論に至った。それは神剣と名がついているのだから神を斬ることができるのではないかというものである。

俺は早速行動に移していくことにする。先ほどスライムから得た経験のおかげで神剣がどのような進化をしたのかを大体理解することができていた。そして【神速再生】による自動回復の効果で俺が受けた傷が回復するまでの間に俺は神剣を全力で振り下ろしたのである。

「神滅刀」

俺が神刀の名前を口に出してそう言った途端俺が握っていた神刀が突如黒いオーラを放ちながら形状を変化させ始めたのだった。それと同時に【転移門創造(使用不可)】を使用した時と同様に視界が完全にブラックアウトしたのである。

そしてしばらくすると視界は徐々に回復していったのだが、その際に目の前に俺の知らない風景が広がっていた。それもかなり巨大な空間であることが分かるのである。そしてその中央には明らかに今まで見てきたものとは一線を画するような威圧感を纏っている物体が存在していたのであった。そしてその存在を見た時に俺は悟った。俺はついに神と呼ばれるような化け物をも殺してしまったのだと、いやそれだけではないな、そもそも神すらをもその刀で殺すことが可能になってしまったんだろう。そんなことを考えながら俺の視線は自然と神のような存在感を出している神々しい剣へと向けられる。

俺が意識を取り戻してから数秒後のことであった。突然神刀から声のようなものが聞こえてきた。

《主様。どうぞよろしくお願い致します。》 俺は唐突にそのような声が聞こえたことで驚きを隠せないでいる。なぜなら今の声は俺に話しかけてきているというよりまるで自分自身に語りかけているように聞こえていたからだ。俺としては一体何が起きたのかさっぱり分からない状態である。そして俺はとりあえずはどういう状況なのか確認するために神刀の方を見ることにした。そしてそこで俺はようやく気がつくことができた。今まさに俺が手にしている刀が明らかに形状が変化し始めているということに! 《主様に名前を付けてもらったことにより【魔刀】というスキルを入手致しました。このスキルが発動することで主が所持されている全ての武器に対してその真なる力が解放されました。これにより主の持つスキルが全て強化されるようになっております。さらにスキルの強化によってステータスの上限値も大幅に増加させることに成功しています。》 そんな説明を受けた後に俺の手元に表示されていたステータスを確認してみたら確かにステータスの値が格段に上昇していた。具体的にはさっきまで俺自身のことを最強だと思っていたが実際に確認したら普通に強いかな程度の強さにまでなってしまっていたのだ。そして俺は気になってスキルの項目を見てみる。そこには新しくスキルが2つ存在していたことに俺は気づくことができた。どうやら神が言っていた通り俺自身が所有をしている武器全てが強化されて性能が上がったらしい。

【スキル:吸収】【魔眼(偽)】【スキル譲渡】【魔剣召喚】【聖剣召喚】の5つの能力の内の一つでもある【スキル強奪】についてはおそらくだが俺が手に入れたスキルを奪うことができるというスキルであろうことが予想出来た。というのも、そのスキルを使った時に神が俺にスキルを渡してきたのだ。そして俺が奪ったのはこの【鑑定(偽)】というものと俺の種族固有のスキルと思われる【神速再生】と【魔刀】であったのだ。ちなみに神がくれたスキルの中にはスキルのレベルを1にすることができる【リセット】というものもあるようであった。このスキルは俺の中で一番価値があると判断した。なぜならば俺の場合は基本的に戦闘において常にステータスを上昇させた状態で戦える状態を維持したいと考えている。だからこそこのスキルは凄く魅力的なものなのだ。しかし、【神速再生】と【魔眼(偽)】については正直言ってあまり必要性を感じないんだよな。この二つのスキルに関して言えばレベルを上げれば自動的に効果を発揮するものだしわざわざスキルの習得をしなくてもレベルが10になるころには勝手に獲得することが出来るはずだからである。

(うーん?それにしても俺が神を殺したことで手に入ったスキルはなんとも微妙な感じのものがほとんどだな。それにまだ他にも色々と増えてるっぽいし。まあとりあえずこの【神眼成長】に関してはレベルが上がると俺の望む情報が入手できるっていうことだよな?じゃあとりあえずは一旦その情報ってのを調べてみるとするか?)

《はい。了解いたしました。

【神眼成長】を発動致します。発動成功 現在の能力のレベルが上がりました。

現在の能力のレベルが上がりました。

スキルのレベルが上がりました。

現在レベル上昇によって得られたスキルがございます。】

俺がそんなことを思っていると【スキル】と書かれた画面が表示されていた。俺は特に深く考えることなくそれを読み上げる。

「【魔刀】

魔を司る剣 使用者の力により変化する 所有者に力を与えてくれる 能力【不壊(破壊不能)】

【聖刀(魔剣)】

聖なる剣 悪を打ち砕き 善を貫く 能力【不破(壊れない)」

俺はそこまで読み上げたところで一度考える。これは本当に自分の身に起きている現象が起こっている内容と同じではないかということを、だがしかしすぐに思いなおすことにした。だってこんな訳の分からない文章なんてそう簡単に信じられるはずがないだろ? だから一応俺としてはもう一度確認をしようと思い今度は俺が所有している全ての武器に表示されている詳細を確認する。まず初めに俺は今手に持っている神刀の詳細から確認を行う。そして俺の予想通りその刀には神滅刀という新しい名前がつけられており、その下に更に文字が続いていたのである。

【神刀 神をも殺す刀 全てを切り裂く刃となるだろう 持ち主に無限の力を与えると言われている この世で唯一無二の神の力を宿した刀である 神が認めた使い手のみが扱うことのできる刀】

それを確認した俺は次に移る。次に確認したのは神が俺に譲渡してくれた2本の神器の方である。まず一つ目の【聖槍 神をも殺す矛 この世のあらゆる物質を消滅させることが出来る 持ち主の意思に反応し形状を変化させる 神器】と【神斧 神を殺す斧 神が作りし神殺しの武器 いかなるものも打ち倒す 持ち主が敵と見定めたものの力を吸い尽くす】の2つだった。これを見た俺はやっぱりかと、思わず笑みを浮かべるのと同時にこれから自分がどのようなことをしなければならないのかが分かったのだ。そう!俺はこれから魔王と戦わなければならない!だからそのための準備として神刀に【スキル強奪】を使用して俺が持っているすべてのスキルを強化する。その結果、【ステータス超向上(全ステータス限界突破)】という俺のスキルが強化されたのであった。これによって俺はこの世界のトップレベルに到達したといっても過言ではないだろう。そして【魔拳王(偽)】という謎のステータスが上昇していく系のパッシブ型のスキルを習得したのであった。そして最後に残った一つの【聖剣召喚】と【聖盾召喚】について調べることにする。

【聖剣召喚 伝説の勇者の魂が封印された剣を召喚する。

聖剣に認められた者は真の勇姿を見ることが出来る。

勇者に加護を与えたとされる神々の力を使うことが出来る。】

【聖盾召喚 神の加護をその身に受けることができる盾 装備者の心によって姿が変わる 勇者の盾として存在する】

俺の脳内にこのような内容が浮かび上がってくる。

俺はとりあえずは今俺が置かれている状況を理解することが出来た。そしてここから俺は何をすべきなのかが自然と理解できてしまっていた。そう!今俺は最強の勇者になった!つまりこの俺の圧倒的な強さを証明するためにも魔王を倒す必要があるのだと、俺はそう結論を出した。そして俺がそんなことを考えている時である。いきなり俺の足元から何かが這い出てくる感覚が伝わってきたのであった。

「ん?」

俺は一瞬だけ何が起きたのかを考えてみようとするがどうにも頭の方が追いつかないのである。そして俺の思考が完全に停止するよりも先に俺の足に強烈な痛みが走り始めたことに気がついた。なので慌ててその場から離れようとしたところで再び違和感に襲われることになる。

俺はそこでやっと気づくことが出来てしまう。今の今まで確かにそこにあったはずの地面が無くなっているという事実がそこには存在していることに、俺はそんなありえない事実に直面してしまったことによって意識を失いそうになる。しかしここで意識を失うわけにはいかない。なぜなら目の前の光景を見なければならないと思ったからだ。

俺の目の前に広がる光景は俺にとって到底信じられるようなものではない。俺の目に見えるのはどこまで広がっているともわからない真っ白で綺麗な空間、それはまるで俺の心の中のようでいて俺とは違ったものを感じさせる。そのような空間が広がっているのだが何故か俺の周りだけは黒に近い色をしているように見えている。だが俺がそのことに関して詳しく考え始めるよりも前に俺に向かって誰かの手が伸びてくる気配を感じることができた。そして俺はとっさに後ろへと振り返ろうとするのだが――その動きは何者かの手によって止められることになる。

その人物は女性の姿をしており非常に美しい。その女性の瞳はとても透き通っており見る者を引き付ける魅力を放っている。髪の色については金色であり背中に掛かるほど長い髪をしていることが良く分かる。そのように美しくてどこか不思議な感じの雰囲気をまとった女性がいつの間にやら現れていたのであった。俺としてはなぜ今になって突然彼女が現れたのかということが分からないしそもそもこの場所についても分からないという気持ちしかないのだ。

「あなたに私の全てをあげる」「へ?」

(ん?なんか変なこと言い出したぞこの人)

俺としては一体何のことを言われているのかさっぱりわからず困惑している。そしてそんな俺に対して女性は続けて話しかけてくる。どうやら彼女はなぜか必死に俺に対して語りかけようとしているようだ。

『あのね、私あなたのことをずっと見てるのよ?でも私は人間じゃないの。』

『あ、そうなんだ。うん、わかったけど俺は君が何者だろうと別に気にしたりはしないよ?』

俺としてはそんな当たり前の感想を抱いただけである。だって俺には彼女がいったい誰なのかとかどうでもいいことだったからだ。ただ彼女の声を聞いているだけで俺は幸せな気分になってしまう。

そして俺の返事を聞いた彼女がどうして俺の前に現れたのかを説明してくれる。彼女の話を簡単にまとめると俺の持っているスキルの中に彼女が存在していた。それで彼女が俺の傍にいることでそのスキルの能力を向上させることが出来るということだ。そしてその効果のほどは俺の【鑑定(偽)】と【スキル譲渡】の効果を高めることができるというものだ。そして俺は彼女のことをよく観察してみると驚くべきことが一つ発覚してしまう。俺がそんな驚きに包まれながら彼女にそのことを聞いてみると――「え?うそだよね?まじで?ほんとにほんとにそんなことってありえるのかな?」「うーん、普通に考えてありえるわ。私のこの見た目は人間の女の子の姿を模して作ったものだけど本質は違うもの。私がここにいることがもうすでにありえない話なんだけどそれでも実際に起きている以上はそれを受け入れるしかないんじゃないかしら?それに、今はそれよりも重要なことがあると思うのよ。だって私たちの大切な存在を守るためにもこの力が必要なのでしょう?だからこのことについては後でゆっくりと考えて行きましょう」

(そうだな。とりあえずはこの人の言うとおりにしておこう。それにしても、なんなんだよこの女性?こんなに可愛くて俺のことを必要としてくれる人が本当に存在するだなんてな)

俺が自分の中の感情を落ち着けている間も彼女?と俺は会話を続けて行く。

「じゃあさとりあえずは自己紹介をしようか。これから一緒に行動して行く仲だし、お互いのことをちゃんと知っておかないと不便だからさ。俺の名前は山田悠斗。君はなんて名前なの?」

「あら?名前を聞かれるだなんて珍しいこともあるのね。私のことは気軽に呼んでくれればいいわ。それじゃあ次は私の名前を教えようかしら。まあいいか、私は女神リリス、そう、この世界において神として崇められている存在、といってもほとんど力を持っていない神の一柱に過ぎないのだけれど。一応そういうことになっているの。よろしくお願いするわ。」

「へぇ、やっぱり神様って凄い存在だったりするんだね。」

俺が素直に思ったままのことを口に出すと彼女は少し困った表情を浮かべる。「うーん。まあそのあたりはあまり突っ込まない方がいいかもね。まああなたがそれで良いって思っているのなら私も特に気にしなくてもいいかなって思っておくわ。それとこれから私たちはパートナーとして仲良くやって行かないといけないからまず初めにお互いに秘密を打ち明けるのが良いのではないかと思っているの。もちろん嫌だったら断ってくれても構わないの。でも私は少しでもあなたと近づきたいと思っているからどうか協力してくれないかしら?それに私のスキル【ステータス超向上(全ステータス限界突破)】の能力は絶対に役に立つはずよ。もし良ければ教えてあげて欲しいんだけどダメかしら?」俺はこの世界で神と呼ばれて敬われている存在であるはずの彼女が自分に協力を求めるという姿に衝撃を受ける。そしてその相手が自分であるという事実にも喜びを覚えずにはいられない。だがここであまり深く考えすぎても良いことはないのだと俺は判断する。

そして俺は俺の考えをそのまま伝えることにする。

『ああ、俺でよかったのならば喜んで手伝わせてもらうつもりだよ。』

「本当!?ありがとう。じゃあまずはその能力の話からするのが一番早いのかも。私の持っているスキルは二つあってそのうちの1つがあなたの持ってるものと似てるみたいね。この神器について説明をさせてもらっても大丈夫かしら?これを使えばあなたの欲しい能力をこの神器が与えてくれるはずだから。あとそれから【聖槍召喚】と【聖盾召喚】の2つの方も使ってみない?これらの力は私の持っている【ステータス超向上(全ステータス限界突破)】と同じように私の力をあなたに譲渡することができるの。だからこの機会にしっかりと使い方を把握しておくといいかもしれないのよ。」

「な、なるほど。それはなかなか興味深いですね。というかスキルの説明をするだけでそんなに時間を掛けちゃっても問題無いんですか?」

『はい、構いません。どうせ時間は無限に存在するようなものですから。ただ他の方にはあまりこういったことをしないようにしていただけるとありがたくはあります。では改めて説明しますと。【聖斧召喚】の効果は使用者の意思に応じて形を変化させることができます。そして【聖盾召喚】の方は所有者の心によって姿を変えることができるのです。そう!心が反映する武器なのですよ!これで分かったでしょ!あなたの気持ちがどれほど重要になってくるのか、そしてその力がどれ程強大なものになるのかが。』「うん。なんか一気に色々なことが分かってしまったような気がするが、取り敢えずは君の言っていることについてはよく理解できたと思う。だから安心してくれて構わない。」

「うーん。なんか色々とごめんなさいね。ただ私としても出来る限りの事はしたかったのよ。だってそうしないとあなたに迷惑が掛かってしまうでしょ?それは私としては望むところではないのだもの。でもね、これはあくまで私個人の意見というだけであってあなたの考えを否定する権利は無いわ。だってあなたはまだ何も分からないんだから、だから私が今言ったことも覚えていてもらえるだけでいいの。これから二人で頑張りましょうね。でも今はもう少しこの世界を楽しんでもいいのよ?どうやら私の方の準備が出来ていないみたいなの。だからそれまではこの森の中にいて貰いたいと思ってるの。そしてその時が来たらあなたのことを私が迎えに行ってあげるのよ!そして私と一緒にこの世界を変えに行きましょう!」

(あれ?急に話が変わってる?俺としてはもっと君と話していられる時間が欲しかったんだけどなぁ、でもなんかこの感じ俺に選択肢が無いように感じるんだよな。どうしたものだろうか?)

そして彼女は再び俺に対して語り掛けてくる。

「ねえ、もしも良かったのならまたこうして話し相手になってもらえないかしら?実はここ最近は退屈で仕方がなかったの。だから出来れば今後もずっとあなたとお話をしていられればいいなと私は考えているのよ。駄目かしら?」「えっと。俺で良ければ是非。俺なんかでよければいくらだって付き合うよ。」俺は彼女の勢いに流されるようにしてその言葉を口に出してしまったのである。すると彼女からの俺に対する感謝の言葉は途切れることなく俺の頭の中で繰り返され続ける。

俺は彼女とのやり取りを続けることによって彼女のことを段々知っていくことが出来たのであった。俺がそんな彼女との交流を続けていた時である。

俺は突然何者かに攻撃されていることに気づくことになったのだ。しかし俺はそのことに焦りはしない。なぜならこの世界においては俺よりも格上の相手など存在しないからである。

(この程度の力、今の俺には通用しないな。よし、俺に攻撃を仕掛けてきた相手を返り討ちにするか、それが出来ないのであればこちらの反撃に対してのカウンターでも決めようかな。どうせこの世界のルール上なら死ぬことなんてないんだし思いっきり戦ってやるか。それにこっちの方が面白い展開になりそうだし。)

俺に向かって放たれていた攻撃を難なく回避すると同時に俺は相手に先制攻撃を仕掛けることにした。そしてそんな俺の目の前にはいつの間にやら一人の少女が存在していたのである。俺はその女の子の姿を見た途端にある感情を胸に抱いてしまう。俺は今までの人生で一度もこのような女の子に会ったことがない。それほどまでに彼女の容姿は優れている。彼女の見た目はとても幼く見えている。しかしその実年齢も俺とあまり変わりないようにも思えた。

「ふーん、あんたそこそこやるみたいだねぇ。あたしゃちょっとだけお前さんのことが気になっちゃったわけよ。」

俺の目には彼女が何歳なのかは分からなかったが恐らく俺よりはかなり年下なのだろうと予測することが出来る。彼女の体から発せられている雰囲気はただならぬものであった。俺はこの世界に来たばかりの時に自分のことをチート人間だと考えていた時期があるのだが、そんな俺ですら目の前の少女の力に恐れを感じてしまっていた。それこそ俺が全力で戦ったところで果たして勝てるかどうかが怪しく思えるくらいだ。

だが俺はそこで逃げ腰になってしまうことを良しとはしなかった。ここで逃げ出すことだけはどうしても嫌なのだ。それにここで俺が彼女を倒さないことには今後俺が困ることになることが予想される。だから俺は覚悟を決めて戦うことにしたのだった。

(まあ相手がどれだけ強いっていっても、さすがに神様を名乗る人物から貰ったこの神器の能力が有れば何とかなるだろ?いやーほんとあの人の言うことを聞いておいてよかったな)

俺は相手の力を計るために敢えて自ら戦いを仕掛けるのではなく様子見を続けることを選択したのだった。

俺はこの世界にやってきて最初にこの森に足を踏み入れた時点で既に自分がこの場所において圧倒的な強者だと感じ取っていた。何故ならば俺は自分の意思次第でどのような現象をも発生させることが出来るようになっていたからだ。だから俺はまずは【アイテムボックス】の中に収納されていた【聖槍召喚】と【聖盾召喚】を使用してみる。そして俺は二つの武器の効果を確認するためにそれぞれの召喚を行っていく。【聖槍召喚】については俺の意思に応じてその形状を変化させていくのだと理解することができた。

それを確認した俺は次は【聖盾召喚】を使ってみることにしてみる。この【聖盾召喚】の効果は使用者の心を具現化するものらしい。だが俺はそもそも自分が強くなったことで得た新たな能力についてよく分かっていない部分があった。なので俺はこの場で一度試してみて、その後ゆっくりと確認をしていこうと考えた。

その結果分かったことがある。俺はまず自分自身を最強の存在だと思うことから始めてみたのである。そうすることで【聖盾召喚】という能力は発動されるようである。

俺はこの世界において最強の存在であると自分自信に信じ込ませることによって、実際に自分と同じような存在が出現する。その数はなんと俺自身が想像していた以上である。その総数は何と5人にも及んだ。俺は自分の周りに存在する自分以外の【勇者】達の存在を認識すると共に【勇者】の力を開放していく。そして【勇者】の持つ力を最大に引き出したところでようやく目の前に存在する謎の女の子に意識を向けることにする。彼女はこの世界の住人であり俺の事を敵視していることはすぐに察することが出来た。

だからと言って俺は特に焦りを抱くようなことはない。俺は【聖槍召喚】と【聖盾召喚】を使用することによって、それぞれ【聖槍の雨】と【聖盾の壁】を発動させていった。俺の周囲に発生した光によって作り出された無数の槍たちは空中に出現していき、まるで天変地異が起こったかのように地面へと降り注いで行く。そしてそれと同時にその光の盾たちが壁のように展開されていったのである。そしてそれらの攻撃によって謎の少女が行動を起こした。

少女の身体からは凄まじい力が放出されていくと次の瞬間にはその姿が大きく変化していったのである。

(なんだ?姿が変化したのか?これはどういうことなんだ?一体彼女は何をしたんだよ!それに今の姿は俺と同じじゃないか。まさか!?この世界では同じ種族に進化したもの同士が同じ姿になるのか!?そうなると俺はこれからも彼女と戦うたびに彼女に似た相手と戦い続けないといけないのか?もしそれが本当であるとするのならばかなり辛いものがあるんだが、でも逆に言えばこの世界の仕組みが分かっただけでも良かったか)

そんなことを考えていた俺であったがすぐにその認識は改めることとなる。

彼女の手に持つ槍から膨大なエネルギーを感じるとともに槍は姿を変えていき、最終的には一つの巨大な剣となって地面に突き刺さってしまった。そしてその剣は俺の持っている【聖盾召喚】が作り出した【聖盾の壁】を一薙ぎするだけで全て破壊し尽くしてしまう。そしてその攻撃はそれだけで終わりではなかった。俺はその事実に驚愕しながらも今度は【聖盾の召喚壁】を作り出すことによって身を守ることに成功する。

(おいおい、マジかよ。俺が必死になって生み出した防御用の武器が全て破壊されるなんて普通じゃありえないぞ。でも俺の攻撃が通じなかった理由も大体分かってきた。どうやらこの子が持つ特殊な力は俺と同等以上のもののようだ。つまり俺と彼女との間にはそれ相応の力の差が存在していることになる。俺と同等の能力を持つものが少なくともあと4人はいるってことか。これは中々大変なことになりそうだ。)

それから俺はどうにかして彼女と会話を試みる。すると意外というほど簡単に彼女の口から俺の質問に対する答えが帰ってくるのである。

彼女はどうやら俺と同じように他の世界からやってきた転生者であり。しかもそれはつい最近の話だということであった。どうやら俺は彼女の仲間である少年を殺したことによって恨みを買っていたらしく。そして今回の件をきっかけに俺はその恨みを買うことになってしまったのだという。そしてそんな彼女に俺は命の危機が迫っているというのだ。そしてそれを何とかするために彼女が俺の元にやってきたのだと言われた。

(え?いやいや。いきなり俺の元にやって来て助けて下さいとか意味不明なんだけど?そもそもなんで俺の命を狙う奴らがこの俺の姿を見て怖気づかないで襲い掛かってくるんだよ。俺がどんな力を持ってると思ってんだよ。こんなの普通の神経してたら恐怖して逃げるのに決まっているじゃん。それともこれってもしかして何か裏があるのか?)

俺の頭の中では色々な考えが渦巻いていてどうすればいいのかという判断が全くつかないでいるのである。俺はそんな風に戸惑う俺に向かって彼女は話しかけてくる。

「ねえ、お願いがあるの。私の仲間であるあいつを助けてあげるためには貴方の協力が必要なの。私も一緒に戦うからどうか私と一緒に戦ってください!」

彼女に対して俺はこう答えることしか出来なかった。

「うん、いいんじゃないかな?」

「やった!やっぱりあなたが私の探し求めていた人なのね」

そんな感じの軽いノリでこの世界の秩序を破壊しようとしてきた俺たちは。この世界を牛耳ろうとする存在と戦うことになってしまうのだった。

(いやー、それにしても俺って本当に運が悪いよなぁ。何回殺されかけたってのにそれでもこの世界でもこうして生きているなんてなぁ。これも全部あの人のおかげなのかな)

俺には一つ心残りがあった。それは元の世界に帰ることが出来なかったことである。しかし俺はそのことをいつまでも嘆くことはなかった。何故なら俺は新しい人生でやりたいことが山積みなのだ。まず初めにしなければならないのは自分の力の確認作業だ。今の自分がどの程度のことが出来るのかを把握する必要があるのだから。そしてその後は俺は自分の趣味を満喫しようと考えているのだった。

俺と彼女はお互いの能力が似通っていることもあり、協力するにあたっての打ち合わせをすることはそれほど難しくはないと考えていた。だから俺達は二人揃ってある人物に挨拶をしに行くことにしてみる。その人物というのはこの世界において一番力を持った人物である。

俺はその人の力を借りることで俺の力を強化してもらおうと思っているのだ。それには俺よりも格上の存在と戦わなければいけない状況もあるかもしれない。そんな時のために少しでも強くなる必要性を感じたのである。だから俺はその人物に会いに行こうと思った。ただ問題なのは場所である。

「とりあえずはこの場所から移動しようか」俺はそんなことを言いながら少女と共に移動する。だがそこで俺はこの世界に転移してくる前に【アイテムボックス】のアイテム一覧を見てしまったことを思い出す。そこには今まで俺が自分の力で作り上げた道具の数々が入っている。だから俺は【聖槍召喚】によって作り出した神槍を取り出したのだった。

そしてその神槍を見た目の前の少女はとても興味があるという態度を示してくれた。

「ふふふ、まさかこの世界に君のような存在が現れるとは思ってはいなかったけれど。まさかこのような場所で会うことが出来るとはね。僕としては嬉しい誤算だといえるかな。僕はこの世界における【賢者】と呼ばれているものだよ。よろしくね、異世界の人。ちなみに僕の名前は【セリスティア】だ。これから君は僕の弟子となる。よろしく頼もうか。ああそうそう、ついでに言っておくけどこの【世界書】っていうアイテムは君にとって大切なアイテムになっているみたいだから。もしも君の力が弱まってこのアイテムを破壊されちゃったらこの世界での死を意味するから注意しておくように頼むよ。だから大切に保管してくれ」

俺は目の前の人物の発言を聞いて驚いたのだが、その人物はまるで俺の考えを読むことが出来るかのように的確な助言を与えてくれるのである。

俺は目の前に現れた女性のことを見ながら改めて自分の能力の有用性を感じ取っていた。

俺達二人は【聖槍の雨】によって作り出された穴を通って先に進むことにする。そしてそこから先は俺の想像していたような光景が広がっていたのである。その場所では【勇者】と思われる少年達が倒れており、既に死んでいるのだと一目見ただけで理解出来てしまう。そしてそれを行ったのが目の前にいる俺と同じ容姿をした女性であるということも同時に把握したのであった。「ちょっと待ってくれるかしら?この世界に存在する全ての【勇者】と呼ばれる者たちは私が倒すことにした。だから今すぐにでもここから去りなさい。さもないと殺すからね?早くどこかに行きなさい!私はあなた達のように強い力を持っていない存在を殺さないように配慮してるんだから、感謝して欲しいくらいよね」

そんな言葉を吐き捨てて去って行った女性は【勇者】達の所持品を奪い去っていった。

(うへぇ。なんかいきなり襲われて大変そうだったんだけど。まあ俺は【勇者】達に殺されるような心配はなかった訳だし、少しは助けになってあげてもいいんじゃないかな。どうせこの世界での用事もないし)

俺は目の前の女性が去っていった方向に自分も向かうことにする。そしてその場に着いた瞬間に彼女は攻撃を仕掛けてきたのである。俺はそれに対して神槍を使って反撃を行い、そのまま彼女の動きを封じることに成功させた。

俺は彼女の攻撃を軽く防ぎながらも彼女に話しかけてみる。どうやらこの子は俺に対しての敵意を持っているわけではないようである。

俺は彼女を拘束してから詳しい事情を確認するとどうやら彼女も俺と同じようにこの世界に訪れた転生者らしいことが分かった。どうやら俺がこの世界に来てからはそれなりに時間が経過していたようだが、その間に彼女は様々な出来事を経験したことで俺のことを敵対視してしまったようだ。その結果彼女は強くなりすぎてしまい他の人間からは恐れられる対象となってしまったのだという。

(なるほどねぇ。それで彼女は孤独感を抱いてしまっていたってことか。そうなってくると俺は彼女にとっては唯一の仲間ということになるのかもしれない。そうなってくると俺は彼女を守らなければならないという義務が生まれるのだろうな。でもこの世界の人達から彼女を守るためには俺の力が圧倒的に足りなさすぎる。そうなるとやはり俺の力を強化する必要がある。でもこの世界に俺の力を成長させるのに最適な場所があるかどうか分からないんだよなぁ。一応確認だけはしておいた方がいいかもな)

俺はそんな風に思考を走らせていく。

そして俺は【聖盾召喚】の特殊能力を使用して盾を生み出してみる。

俺はそれを自分を守る為の盾として利用しようと思っていたのだが、実際に盾を作り出してみるとどうも様子がおかしいことに気が付く。

(え?なんでだ!?どうして盾の形が変化するだけで攻撃にも使えるんだよ。これじゃただの壁を作ることが出来ないじゃないか。この壁が相手に対して攻撃手段として有効になるのならば、もしかしたらこの子に対しても効果があるのかもしれないぞ。でも俺はそこまでの戦闘経験がある訳ではないし、そもそもどうやって試せばいいのかもよく分かっていないんだよな。ここはとりあえず彼女に協力して貰う必要がありそうだな)

俺は目の前で起こっている事実に対して困惑するばかりだったが。それでもどうにかしなければ話が先に進まないと思い至る。そして俺はまだ完全には警戒心を解いてはくれていない彼女の力を借りて盾を変化させたのであった。

(やっぱりこの能力は使い勝手が難しい。もっと別の使い方を模索していかないといけないな。さてさて。俺は一体どこまで強くなるのだろうか?)

そしてその答えを知るのはもう少しだけ後の話であった。

(よし、ようやくこれで一息つくことが出来る。それにしても本当にこの子がいなかったらどうなっていたことやら。本当に助かったな。俺一人だけだったら間違いなく殺されていただろう。それにしても俺がこの世界で初めて出会ったこの世界の住人である【勇者】が女の子だったというのは幸運だったと思う。しかも美少女である。俺はこの子に一目惚れしてしまったのかもしれん。俺がこの子と結ばれたいという欲望を必死に抑え込みながら彼女と話し合いをしていくと、俺に襲いかかってきた理由が判明する。それは俺の予想を遥かに超えるものであったのだ。俺はそんな風に驚いている俺に対して彼女が告げたことに対して俺も似たような感情を抱くことになる。何故なら彼女は元いた世界では普通の女子高生をしていたのだ。それもアイドル事務所に所属する人気者である。そんな彼女であったが。ある日の学校からの帰り道にこの世界の神様と名乗る男からこの世界に呼び出されることになった。

俺はそんな説明を聞いた時にあることを思い出して【鑑定魔法】を発動させることにする。すると俺の脳内にこんな言葉が響き渡るのであった。『この世界の理を破壊するもの』

そして俺は【賢者】である彼女に向かって自分がこの世界でどのように行動したらいいのかという助言を求めた。すると目の前の美少女の口から出たのは信じられない一言だった。俺の口から自然とその疑問の声が上がる。「君はこの世界を滅ぼそうとしていたのかい?」

(これは驚いた。まさか俺以外にもこの世界を崩壊させようと企んでいた存在がいたとは。俺は俺なりの信念に基づいて【聖槍の雨】を使ったのだけど。俺よりもさらに深くこの世界に対する憎悪を抱いた存在が存在したなんて。この世界に来てからは俺よりも優れた能力を持つ存在と出会う機会がなかった。だから俺よりも強く、そして俺よりも世界の破壊を願う存在に出会ったことが嬉しく思ってしまうのだった。そしてそれと同時に俺の心の中ではある想いが芽生え始めたのだった。それは【賢者】を名乗る少女を守り抜き、共に旅をすることへの使命だった。俺はこの少女に惚れてしまったのだった。

だから俺は彼女にこの世界に来たばかりの時に俺が何を考えていたのかを伝えることにする。すると【聖盾の勇者】である彼女は俺の言葉を聞いて納得したかのような表情を浮かべてくれた。それから俺は彼女に自分が今までやってきたことを全て説明することにする。

そしてその途中で自分の能力を他人に見せてしまう危険性についても伝えておくことにする。この世界では自分の能力を隠したまま過ごすことを推奨していたからである。特に俺のような特殊な力を持っている場合であれば、尚更その傾向が強い。だからこの子には【聖槍の勇者】の力を見せてもらうように頼むのだった。

そうすれば、俺の持つ【アイテムボックス】と【鑑定眼】を簡単に見抜けることが出来るはずだからだ。俺がそんな提案を行うと、この【賢者】の少女は素直に従ってくれることになった。それだけではなく彼女は俺に協力的な姿勢を示してくれるのである。だから俺は心の中でこの子を弟子に迎えようと決意した。

まずはこの少女を無事に保護しなければいけないだろう。

そこで俺の脳裏に一つの考えが浮かぶ。

(そうだ。せっかくだから俺は【神獣召喚】を使って神獣の力を借りることにしよう。神剣の【白夜】、魔弓の【闇夜】ときて次は【神獣】と呼ばれる生き物を使役することにしてみるか。俺はそんなことを考えて早速行動に移る。だが俺のそんな行動を邪魔しようとする輩が存在するのである。

目の前の光景に唖然としながらも俺はどうにかしなければならないと考えていた。

目の前の女の子に危害を加えるわけにはいかないからな。俺に出来ることと言ったら神槍の特殊効果を使って戦うことぐらいしかない。だからこそ、この女の子だけでも守りきれるだけの力が欲しいと思ったのだ。幸いなことなのか分からないが、どうやらあの女性はこっちに来る気配は無いようであるし、このまま戦えば勝てるかもしれないと考える。俺と目の前にいる少女は【聖盾の勇者】としてこの異世界において存在することになっているのだが、実際のところはその称号を手に入れた経緯が異なっているらしいということが分かった。

「俺はあんたが望む通りの強さを得られることができるよ」

俺が自信を持って口にした台詞に対し彼女も同意してくれるような態度を見せる。そんな彼女を見たことで少しだけ安心感を覚えた俺は先ほどまで行われていた出来事について尋ねる。どうやら【勇者】達が全滅したのは偶然の産物であったらしいということを聞かされることになる。俺はそんな彼女の話を聞きながら、彼女達に対して攻撃を仕掛けてきた人物のことを思い出す。

(さっきのあいつは何者で一体どんな力を持っていたんだ?確かに【勇者】達の実力は高いのかもしれないけど、あんな化け物に狙われるような存在ではなかっただろう。何かしらの原因があったんじゃ無いのか?でもその真相を確かめる方法も無い。仕方が無いから今のうちにこの子のことを守る手段を整えておこう)

そうして彼女に対してこれからどうするべきかを考えるのだった。

そうしてしばらくの間は【勇者】と【賢者】の二人組でダンジョンの攻略を行っていたのだが、この二人はお互いの能力を把握し合うことが出来ていなかった為にかなり危険な目にあうことがあった。

「君!大丈夫!?」

「私は問題ありません!それよりも今は目の前の問題に集中して!」

そんな感じでなんとか乗り切っていたのだが、流石の二人にも体力の限界というものが存在していたのだった。そしてそんな二人の前にモンスターが出現する。

(しまった!油断しているうちに囲まれるような位置取りをされてしまった!でもこの子を守るためならなんだってやってやるぞ)

俺がどうにかしなければと覚悟を決めた時、この子は自分に任せて欲しいと言い始める。俺はこの子に言われるままに彼女のことを信用することにしたのである。そしてこの子は両手を胸の前で合わせ、何事かを小声で呟く。そして俺が目を向けるとこの子は驚くべき行動を取るのであった。なんと彼女が詠唱を始めた瞬間に、俺の目には見えていない何かがこの場に存在することに気が付くことが出来たのだ。そんな訳の分からない事態を前にして俺の頭の中には混乱という言葉しか思いつくことが出来ない状況になっていたのだが、この子の説明によってようやくこの状況を理解することに成功する。この子が作り出した見えない空間の中に複数のモンスターを封じ込めることに成功したのだという。

その説明を受けてから改めて目の前に現れた魔物を見る。

それは今までに見たこともない怪物だった。俺はこんな化物と対峙しているのかと背筋が凍る思いを味わう。そんな俺に対して彼女は冷静な様子で話しかけてくる。

(凄いなぁ本当に。俺の想像を超えるくらいにこの子が強いということが分かるな。俺は彼女を守る為ならこの力を使おう)

【聖槍の勇者】である彼女を守るために、俺は【神獣召喚】を使うことを決意する。そしてすぐに準備に取り掛かったのである。【アイテムボックス】の中から神剣を取り出し、魔弓を取り出す。その両方を手に取った俺は目の前の化け物の方に視線を向けた。

(さあ。お前の相手をしてやろうじゃないか。かかって来いよ化物。絶対にこの子に手出しなんかさせねぇぞ。そしてお前にはその報いを受けることになるからな)

俺は心の中でそう叫びつつ、この化け物をどうやって倒せばいいのかを思考するのであった。

(さて。どうしようか。この相手に対して俺はどう対処するのがベストなのだろうか。そもそもこいつは一体何をしたら消滅するんだろうか?とりあえず試せることは全部試しておくべきだよな。じゃあとりあえずは神槍を使ってみようかな?それでだめなら次は神剣を試すって感じでやってみればいいよね。じゃあさっそく試してみるとするか。【聖槍の勇者】の彼女に手伝うように指示を出しておくのも忘れずにしておかないとね。さて。いくぞ!)

俺は心の中でそんな言葉を発しながら、目の前の存在に神槍を振りかざしたのだった。すると、俺の目の前に存在していたはずの化物は綺麗に消え去ることになったのだ。これには思わず笑ってしまう俺だった。

「ふぅ〜。どうにかなったか。それにしてもあの子本当に強かったんだな。俺には何も出来なかったけどそれでも守れて良かったと思うよ。この世界の常識を覆す強さを持った女の子と一緒に居られるのはとても運が良いと思うんだけど。どうして【聖盾の勇者】であるあの人は死んでしまってしまったんだろう?」

その問いかけに対する答えを持っている人がいるはずもなくて、この場には俺と少女が取り残されることになった。しかし俺には一つ考えが浮かんでしまう。それは目の前の彼女が俺と同じ様にこの世界の理を破壊しようとしている存在ではないかと考えてしまったのだ。

(もしもこの子が俺と同じように理を破壊することを目的に動いているのであれば、この子とは敵対しないようにした方がいいかもしれない。だけどそうじゃないのだとしたら、俺に協力してもらうためにもある程度は仲良くなっておきたいよな。だから俺は自分の目的を明かしていくことにしたのである。そして自分の持っている能力を明かすことになってしまったのだが、これは仕方が無いと思って受け入れるしかなかった。だって【賢者】の少女はこの世界を救うことこそが自分の使命だと思っていたようだし、この世界を滅ぼすことが目的では無いような気がしていたからだ。だから俺としては俺の持つ力を全てさらけ出すつもりは無いが、必要最低限の情報だけは開示することにしてみた。すると俺の予想通り彼女は俺のことを【勇者】であると思い込んでいたようである。それだけではなく、彼女もこの世界で起きている異変について心当たりがあるらしくて、そのことについて色々と教えてくれることになった。それからこの子の正体についても。

「私は【大魔導士】の称号を授かっている者。その称号を得た理由というのはこの世界を崩壊に導く存在を討伐する為に行動を開始したの。それが私の使命。だから君にはこの世界を崩壊させることなんて出来ないの。君は君自身がこの世界を滅ぼしうる力を持っているということを知っているの?」

そんなことをいきなり告げられて戸惑わない人間なんてこの世には存在してはいない。しかも俺はこの世界の住人ではない。俺には【勇者】の力は備わっていないから、この世界を滅亡させることは不可能だろうし。そんな風に考えていたのが彼女にも伝わったようで俺に対してこんなことを言い始めた。

「君の持つ【勇者】の力が強すぎて私にはどうすることも出来ないのよ。でも大丈夫よ。安心して。私がちゃんと守ってあげるから」

彼女は俺に向かってそんな優しい言葉をかけてくれるのだった。

(なんだ?一体何が起こっているんだよ。俺はただ単に彼女と楽しく旅をしようと思ってこの世界に足を踏み入れただけなのに、なんでこんな面倒くさい事態に巻き込まれてしまっているんだ?俺はそんなことを考えながらこの場での出来事を整理することに専念する。

(さて。俺の目の前に居るこの子は一体どういう立場の女の子なんだろう。まずは見た目からしてこの子には【賢者】っていう称号が付与されているのだと思う。その称号のおかげで色々な魔法が使えるみたいだ。その証拠に彼女の指先には炎の球が発生している。他にも風の刃や氷の礫なども存在している。これらの現象はおそらくは魔法の力で生み出されたものだと考えてもいいだろうな。つまりこの子がこの世界で最強の魔法使いということなのか?)

俺はこの子のことがとても恐ろしいと感じてしまう。だってそうだろ?この世界最強と言って過言でない程の魔力を保有していて、さらにはこの世界における最高レベルの技術を保有しているということにもなるのだから。

そして俺は次に彼女が俺に対して向けてくれている信頼をどう受け取れば良いのかを考えていた。どうやらこの子は俺のことを心の底から信じているという感じに見えるし、そんな彼女を疑うような行為は出来る限り避けなければならないと考えているからである。

(俺のこの力についてはまだ話さないほうがいいかもしれない。この子ならこの力でどんなことが可能になっているかを把握出来ていそうだし、俺としても下手な説明をして混乱させたくはない。だからこそ俺は彼女がどんな能力を有しているのかを聞くことにする。俺と同じような特殊な力を所持しているのか?それともその辺にいる一般的な魔法使いよりも強力な力を所有しているのかという二つの点に関してだけだが、彼女の返事を待つ。)

するとこの子は俺に対して、自分が持っている魔法の力について話してくれた。その内容は驚くべきものだった。彼女の説明によれば俺達の世界で言うところのゲームのようにステータスを確認することが出来るらしい。俺にも見えるかどうか確認してほしいと頼まれたので、俺は素直にそれを実行することにした。そうして目の前に出てきた文字を確認していくのだが、俺はその画面を見て驚きを隠すことが出来なかった。何故ならばそこには、俺の知らない文字が記載されていたからだ。その画面には【賢者】という職業のことや、スキルの名前なども記載されているが、俺が見たことがないようなものが存在していた。その説明文を読む限り俺の理解を超える代物であることは確実である。

(えっと。ちょっと待てよ。この子の説明を聞いていた限り、この世界の人達は自分のステータスを確認することが出来ないと言っていたはずだよな。その事実が覆ったのか?いやでも流石にそれはないだろう。でもこの子は俺の言葉を完全に信じたような感じだし、そもそも俺は嘘をつく必要性を感じなかったから本当のことを言うことにした。その結果この子は非常に嬉しそうな顔つきになり俺に話しかけてきた。)

俺がこの世界にやって来た目的はこの世界での理の破壊だったのだが、この子に説得されてしまい、しばらくの間は彼女の護衛役になることに決める。この子に危害を加える可能性のある人物は全てこの俺が叩き潰してやるんだ。

俺は目の前に現れた少女からの提案を受ける事にした。その少女は俺を【勇者】として認定してくれるようだ。

しかし俺が【勇者】だという事は誰にも言えないことなのだと教えられてしまった。その理由までは語ってもらうことは出来なかったけど。

(この世界が今、何者かによって滅ぼされようとしていて、それに対処できる存在を探し回っているという事だったか?この世界の危機を救える可能性があるのがこの世界の人間ではなく異世界人の存在である、みたいな感じだったか?俺はそこまで詳しい話は聞いていないから、よくわからない部分もあったけど、とりあえずはこの世界の人達を助けないといけないとは思った。だからこの子がこの世界の平和を取り戻すまで協力する事を誓う。)

【賢者】の少女からの提案を受けた俺は、しばらくの間は彼女に協力してこの世界を守ることにしようと考えていたんだ。でもそんな時である。俺は【勇者】の少女に問いかけられてしまったのだ。

(この世界を救うことが出来るかもしれない方法が存在している、だと?それは一体どのような手段を使って世界を救うと言うんだろうか?確かにこの世界の人間たちの中には俺のような【勇者】の力を持つ人間が何人もいるのかもしれない。しかしその全員を集められるわけでも無いし、全員が協力するわけではないから結局は無理なのではないか?しかし彼女はこう言うのだった。

『私の【聖槍】を使ってこの世界に存在する全ての【勇者】を殺して回ればいい。』

彼女は簡単にそんなことを口にするが、実際に俺にはそんな事が出来るような力なんて持ち合わせていない。俺は彼女にそれが可能だと思わせる何かしらの情報を持っているのだろうか?そう考えたが、俺は彼女からの問いに対する答えを持ってはいなかったのだ。そんな時だった。突然に目の前の地面が輝き始めたのだ。俺がその眩さに目を閉じ、再び開けるとそこに広がっていたのは俺の全く予想していなかった風景だった。

そこは洞窟の中で、目の前にいたのは大きなドラゴンだった。そしてその背中に乗っていたのはあの【賢者】の少女で、俺のことを心配しているような視線をこちらに向けながら声をかけてきてくれたのである。

「あなたは誰?」

「私は【大魔導士】よ。君こそ私の敵?」「敵じゃ無いわよ。だってこの子も私達の仲間だから」

「そっか、よかったよ」

俺の目から見ても二人の関係は悪くなさそうで安心した。だけど俺はまだこの状況についていけないでいる。一体どうしてこんな状況になったのだろうか?

(まず俺はさっきの出来事を振り返ろうと思う。この世界は今大変な状態に陥ってしまっているので、その原因を排除してほしいと頼まれたことを覚えている。その話をされた俺はこの世界を救うために、【勇者】と呼ばれる存在を殺す必要があると告げられたのである。そして俺はその指示に従って、この場所へ訪れた。それで、【勇者】の少女と一緒に行動することになったのだが、その時に俺はあることを思い出していた。それは俺がここに来る直前に見ていたあの夢のことである。そこで俺はあの夢の中に登場した謎の女性の姿を思い出したのである。もしかするとこの女性は俺のことを召喚するために現れた存在では無いのかと思った俺は、彼女に確認を取ることにしたのである。

「君はもしかして俺を【勇者】の素質を持った人を探して連れてこようとしていたんじゃないか?だから俺はその使命を果たそうとしたんだよ。」

その質問をした途端に彼女の目は大きく見開かれてしまう。それから彼女は黙り込んでしまう。そんな時である!いきなり地面が光輝いていく。

次の瞬間に俺たちは別の場所に転移させられていたようであった。周りを見渡してみたら俺達は大きな塔の中に移動させられたようである事がわかるのだが、一体どういう経緯があってこの場に連れて来られたのか、それが分からず困惑してしまったのだ。

(これはどういうことだ?俺が先ほどまで居た場所から一瞬にして別の場所に移動しているじゃないか。それにあの大きなドラゴンの存在もあるし、ここは何処なんだ?まぁそんなことを気にしていてもしかたがないな。今はとにかくここから出ることを考えよう)

そして俺はこの部屋を調べ始めることにする。どうやら部屋の隅っこの方には出口らしき扉が存在していて、そこから出れば地上に戻ることが出来るだろうと考えていたからだ。そしてその場所に向かったのだがその途中には例の黒い球体のようなものが存在するだけで他には何も存在していないようだった。ただそんな時、突如として天井が崩れ始めたのである。しかも俺が調べていた場所に。

俺が慌ててその崩落に巻き込まれないように退避したその時だった。俺達の居る場所が一気に落下していくのを感じたので急いで外に出ることにした。

俺は自分の身に一体なにが起こったのかを理解することが出来なくて戸惑ってしまっていた。なぜならばつい数秒前までは普通に立っていたはずなのに今では地面に寝転がっている状態だったからだ。しかし俺は痛みを感じていないことから、俺の体に何が起きているのかを考え始めていた。

まず考えられるのは何らかの方法で吹き飛ばされたのかもしれないという可能性。俺はそう考えたがすぐにありえないと否定をする。何故ならば俺はあの子から攻撃されることが絶対にないと信じていたからだ。でも俺はその確信を崩されてしまった。だって俺はいつの間にか床の上に横になっている状態にされているんだからな。でもその事実を認識して俺は心から安心感を抱く。

(俺はどうやらあの娘によって助け出されたみたいだな。でも俺のことをどうするつもりなんだろう?)

ただそんな俺の考えは無駄に終わった。俺のことをここまで運んできた女の子は俺に対して、自分がやった行為の説明をし始めてた。その内容を聞く限りではこの女の子はどう考えてもこの世界を崩壊させるような原因を取り除いて回るつもりらしく、そのためにはまずは俺の協力が必要だと考えていてくれていたらしいのだ。俺もその話を聞いて彼女の意見に賛同してみることした。すると彼女がこの世界で最強の【勇者】であることを教えてくれるのと同時に、この世界に存在している最強の存在である【大魔道士】と戦うために力を貸して欲しいと言われるのだった。

しかしここで問題が一つ発生する。俺は今の状況では彼女の願いに対して、力になれるほどの能力を持っていないのだ。だからこそそのことを伝えると、彼女の方からもその問題について教えてくれた。どうやら俺には【勇者】という存在を殺すことが出来る能力が存在しているらしい。俺はそれを確認させてもらうことにする。

俺はステータス画面を確認しようとしたんだけど、目の前に表示されたのは画面なんかじゃない。画面が表示されるはずの位置には文字だけが並んでおりそこには『職業:賢人を開放しますか?』という文字があった。

(職業って、職業の解放?職業は俺に与えられた特別な力だったんじゃ無いのか?まさかこれが俺が今まで持っていた職業の能力を解放するための条件なのか?いや、だとしたら【賢者】とかそういう特殊な名前の付いたやつだけじゃなく他の職業の奴でも使えるようになっているのかもしれんな。まぁどちらにしろ、これで俺にもようやく強力な力が備わったということになるはずだ)

俺はステータスに表示されている選択肢から『はい』を選ぶことに決めて実行する。その直後、俺に凄まじいまでの力が宿る感覚を覚えることになった。しかし俺はその力を使うことは出来なかった。何故なら俺に力を与えたはずの少女が気絶して倒れてしまったから。

この子をどうにかしないといけないと感じた俺は彼女をおんぶしながらこの場所から移動することにする。しかし俺達が通ってきた扉は既に塞がれてしまっているようで俺達の力ではとても開けるような状態ではなくなってしまった。

俺はそんな時にあるアイデアを思いつくのだった。俺達の周りにあった黒い塊のような物、おそらくは魔法で作られた結界の類のものだったのだろうと思うが、それを破壊し、この子の体を持ち上げたら上に上っていけないだろうか?そう考えた俺の行動は速かった。

(俺がこの子を抱えて上に登って行こうとすると、何故か壁を突き抜けてこの部屋の入り口まで戻ってきてしまって、そしてまた同じように壁を壊して進んでいく。それを何度か繰り返した所で俺はとうとうこの建物から抜け出すことに成功する。その建物の外に出てみるとそこは完全に別世界になっていた。

俺の目の前に広がっている光景は一言で言うならば森だった。見たこともない植物がたくさん存在しており、その先にはかなり巨大な山が存在していた。

俺の後ろからついてくるような形で俺の背中で眠っている少女の体も心配だったので出来る限り早く下山をすることにしたのである。

(俺はこれからこの子と行動を共にする事になるわけだし、ちゃんと面倒を見ないとダメだよね。まぁそんなに難しいことは要求されないだろうけど。それにしても俺はどうしてこの子を助けてあげる気になったのかな?自分でもよく分からないな。まぁでも悪いことばかりじゃないとは思うけどね)

俺の予想に反してこの子が目覚めてからの要求してくることというのはそれほどまでに困難なことではなく簡単なものであった。その要望とは一緒にこの世界を守る仲間として行動してくれということであり俺はそれを引き受けることにしたのである。

そんなこんながありつつ俺たちは目的地へと辿り着くことが出来た。俺たちの前に存在している場所は大きな湖のほとりでとても美しい場所だと俺は感じたのである。俺がその美しさに魅せられている間もその子はずっと俺のことを警戒し続けてくれていたようだけど、そんな警戒をされてしまっても困ってしまう。

俺はそんな時、この子のことを安心させてあげられる言葉があることに気づく。それは『大丈夫だよ』と言う言葉でそれが効果を発揮しているかどうかは知らないが、少しだけでも安心してもらえると嬉しいなと思ったのだ。

そして俺とこの女の子はその日のうちに名前を呼び合うようになるのであった。それからしばらくの間はこの湖周辺でこの子と共に暮らすことになるのだが、その間にこの子に質問しておかなければいけない事があると思ったのだ。だから俺達は二人で仲良く会話をすることを始めることにした。

俺の名前は『鈴木 優太』というのだ。まぁ本名をそのまま使うつもりは無かったがそれでも自分の名前を名乗るときにはその名前を使うことにしたのだ。

そしてそんな風に自己紹介を終えた俺に対して、この世界のことを説明してくれると言ってくれる。まず最初に俺達の世界が滅びの危機に直面していること。その原因はあの黒い球体が作り出しているものであるらしい。そしてあの黒い球体の本体が【魔王】と呼ばれている存在である。【勇者】というのはこの【勇者】と呼ばれる少女のことを指す言葉であるらしく、その力はあまりにも強力過ぎるために俺達の世界でその力を行使すると色々と面倒な事が起きると教えてくれたのである。しかし、【勇者】が【勇者】の力を使わない状況になれば問題は無いだろうと言われたので俺もそれで納得することに決める。

次に彼女が俺に求めた内容だが、彼女は自分が得た能力である【賢者】の力を使って、その能力を他人に分け与えるという事が出来るのだという。俺はその話を聞いたとき思わずその力があれば自分もその【賢者】の力を持つことが可能なのではないのかと思えてしまう。ただそれは不可能なようだ。その理由はこの【勇者】の持つ力についての説明を聞けば簡単に分かることだったのだからな。

「まず初めに君に知っておいてほしいことが一つあるのよ」

(まず最初に俺が理解しないといけないことは、彼女の話によると、この世界の人間は誰一人例外も無く【聖剣】を扱うことが出来ないらしいのだ。だからこそ彼女以外にその力を扱うことは出来ないらしいのだ。だからこそ彼女は最強の【勇者】と呼ばれているという訳なのだ。そして俺はそのことを理解した後で彼女にこの世界に召喚されてしまった時の話をすることになる。そうすればこの世界の状況をある程度理解できると思ってのことだった)

ただそんなことをしている時に、あのドラゴンが再び現れてしまったのだ。ただその時は俺の方を見て何かを言いたいことがあったようであったが、残念ながら何を言っていたのかまでは分からなかったのである。そんな感じで話が中断してしまったため俺達はドラゴンのことも気にせずに急いでその場所から離れることにする。すると次の瞬間に俺の頭の中で変な音が聞こえてくることになった。

ゴォオオオォーーーン! しかし、それが何の音なのかは分からず俺はただ首を傾げるばかりだったのだ。

それからしばらくの時間が流れるのだが、その時には既に俺の中にあった違和感は無くなっていた。そして何が違和感だったのかが思い出すことがどうしても出来ないのだった。ただそれでもそのことについては深く考えるようなことでもないと思い、その話はここまでということにする。そしてその日の夜、俺は夢を見たのであった。

その日、俺は久しぶりに懐かしい人物と再会をする。そしてその人と話している内になぜか俺の中にある記憶の一部が蘇ってくる。

俺はその時になってようやく、あのドラゴンが話していた内容を思い出したのだった。俺はあのドラゴンの言葉をしっかりと覚えていてその内容を忘れてしまっていた。そんな俺はそのことをあの人に報告するために俺は必死に駆け出していったのである。

(あぁ、なんてことだ!どうしてこんな大事な事を忘れてしまっていたんだろう?俺の頭の中からはあのドラゴンの発してきた言葉を消し去るような現象でも起きているっていうのか?)

そして俺はその人の所に辿り着くことが出来たのである。その人は俺の姿を確認するとすぐに事情を察してくれたみたいである。

その人は俺の事を抱きしめると、こう言い放ってくれた。『頑張ったな』と一言だけだったが俺にはそれで十分すぎるくらいだった。

しかしそんな感動的な雰囲気になっている中であっても邪魔者がやってきてしまったのだ。それは当然、例の女の子であり、その少女は俺に対して怒っているようで今すぐここから出ていけと言っているのだ。俺はそんな女の子の迫力に押されてしまい素直に出ていこうと考えた。

俺が出ていく前にその女の子に向かって最後に一つだけ質問をしてみることにした。俺の目の前に現れた女の子があの【勇者】だというのは分かったが、どうしてこの場所に現れてきたのかということをだ。その疑問に対する答えはすぐに教えてくれることになる。

どうやら【勇者】という称号が俺に与えられたのと同時に【賢者】の称号を与えられた俺はその能力によってこの子の元へ導かれてきたらしい。俺がこの子の仲間になるためにはどうしたら良いのかを教えてもらおうと思っていたのだが、その機会はもう訪れない。なぜなら、その必要は無くなったからである。俺には俺のやりたいことが出来てしまったからだ。そのために必要な準備は出来ていないかもしれない。けれど、やる前から無理だと決めつけてしまっては何も始まらないからな!俺は自分に出来る精一杯のことをやって行こうと思うことにした。

ただ俺は俺の中に眠っているもう一つの可能性については試していないため完全に信用することは出来ずにいるのである。その可能性というのはどういうことなのかと言うとだな、俺が本当に異世界に行くことが出来るようになったかどうかを確かめてみるということなんだが、そんなことが可能なのかと言われるとその方法を俺が知っているはずも無いんだよな。しかしそんなことよりももっと重要なのは俺がその方法を知っていなくても、俺は絶対に異世界に行きたいと強く願うことだろうと思うのだ。そうしなければ何も始まらんしね?まぁそういうことだからやってみようと思っているのである。ちなみにだが俺はそんなことを考えつつも【勇者】ちゃんから距離を取りつつ逃げるようにして移動をしている。そして、その追いかけてきている少女のことをどうにかするべくして、俺はあるスキルを使用することになる。

【魔法陣展開】

その魔法を使った直後、突然地面に出現した黒い魔法円はまるで地面の隙間を埋めるかのようにするりと潜り込んでいき消えていなくなってしまう。それと同時に黒い物体に捕まりかけていた女の子が悲鳴をあげ始めたのである。

(うぉおお!まじか!?これ、マジでヤバイかも!!)

その女の子の表情を見る限り相当怖がらせてしまっているようだ。そんな女の子に対して俺がとれる行動と言えば謝ることしかないわけだ。ただ俺にだって一応の理由があるのだ。それをこの子にも説明してあげれば少しは許してもらえるんじゃないか?という希望を持って俺はその子の目の前に立ちはだかるのであった。

俺はその【勇者】の少女が俺に対して抱いている気持ちをしっかりと受け止めた上で行動に移すことにしようと思った。

(さっきまで怖い顔をしていたのに、急に笑顔になると俺の背中にしがみついてきて可愛かったな。俺の背中ってそんなに広く無いのによくそこまで体をくっつけれたな。もしかしたら俺って小さい子が好きなのかもしんないな)

俺のことを好きと言ってくれたのはとても嬉しい事である。だからこそ、俺はこの子の気持ちにちゃんと答えてあげる義務というものが存在するのではないかと思う。そして俺はそんな考えに至ったため俺はその提案を受け入れることにした。その言葉とは『結婚』するということであった。

しかし俺が提案した『結婚式』とはいったいどのようなことをする儀式のことなのか俺が詳しく知っている訳が無かった。ただ、その『結婚』という言葉は俺達の世界にある一つの決まりごとを指す言葉であるという事は理解できていた。

(確か結婚をする場合の決まりごとの中にはお互いの体液を交換しなければならないとか、相手の体にキスをしなくてはいけないとかというのがあったような気がするが、まぁそれは今は関係の無いことである)

だから俺はとりあえずその提案を受け入れるために【勇者】の子を一旦引き離し、それから俺はその子が求めているものをしてあげられる場所に案内してもらうことにした。その場所は【神殿】と呼ばれるところらしい。なんでもその場所は神聖な場所であるらしい。ただ、その場所ではあることが禁止されているのである。それは性行為をすることらしく、そのことがバレてしまった場合には、神罰として、その人は命を落とすことになりかねないと言われているそうだ。だからこそ俺は【勇者】の女の子がそんな場所でその行為をしようと言い出した時は正直焦ってしまった。そんな危険な行為を行うべきではないと思っていたのだ。

しかしそんな俺の心配とは裏腹に【勇者】である少女はそんな危険が待ち受けているにも関わらず、俺のことをその場所に連れて行ってくれたのだった。俺はそこでようやく【賢者】の力を使うことで得られる効果とデメリットについての説明を受けることに決める。

まず【賢者】の力を手に入れた場合で得られる効果が一つだけ存在する。その効果は『賢者の力を得た者は死を迎えるまで決して老いることはなく不老不死となることができる』というものであった。そして、【賢者】の能力がもたらす代償としては寿命と若さを捧げることになるのだった。

それを知った後、俺は思わず驚いてしまう。その話を聞いた俺は、その【賢者】という称号を自分のものにしてしまうという行為はそれだけリスクが大きいのではないかと思えたのだ。俺にそんな話を聞かせてくれたこの女の子もそのように考えたようで、もしも自分が力を使うことになったらその能力に負けてしまう可能性が高いという事を俺に伝えてくれたのだった。

それから、もう一つ気になることといえばその【賢者】の力を使えるのはこの【勇者】の少女だけであり、【勇者】の力は、他の人がその力を使って使うことは不可能なのだそうだ。そのため、もし【勇者】が誰かに力を譲渡するとなればその人物を生贄に捧げる必要があるのだと言われたのである。

(なるほどな、その話が本当ならば、あの【勇者】の力を俺に貸すなんてとんでもないことだと言わざるを得ないぞ。俺はあの時あの場所で出会ったドラゴンが言ったことを思い出す。そういえばあいつ俺に向かって何かを言っていたよな。なんと言っていたのか、はっきりと覚えていないがあれは俺に向かって『ありがとう』という意味だったのだろうか?)

それからしばらくの間は沈黙が続き、その間俺達の会話はほとんど無くなっていた。ただ【勇者】の少女はずっと楽しそうな笑みを浮かべていて俺の隣に座っていた。その様子を見ていて俺は、その子が心の底から喜んでいるんだということを理解したのであった。

(やっぱり、こっちの世界でもこういうことは変わらないものなんだなって感じだ。昔読んだことがある漫画の内容とそっくりだしね!俺と【勇者】の女の子との距離感は完全に近い者同士のソレだったのである!そんな感じで、かなり時間が過ぎ去った頃になってようやく俺達はその場所に向かうことになったのだった。そこは俺の知らないところで勝手に作り出されてしまっていた【ダンジョン】と呼ばれるもので俺はその【迷宮】を攻略すべくしてやってきたのだ。その【勇者】である彼女は、俺と一緒にこの世界で冒険がしたいという理由で、ここまで来てしまったらしいのである。ただ俺はこの【勇者】に俺が異世界からきた人間だということを話したことはなかった。ただ、そのことを話すのには少しばかり時間がかかる。なぜなら、その話を始めるには俺が自分の記憶が失われているという事を話す必要があったからである。

「俺には異世界から来たっていう記憶が無いんだ。俺の記憶が無くなったのには何か理由があるのかもしれない。それが何なのか分からないけれど、それでも俺に分かることがあってだな。どうやら俺って元々異世界の人間じゃなくて、地球から召喚されてきたみたいなんだよ。その証拠は俺が持っていた物が全てこちらの世界のものではないことだ」

その少女は、俺がそういった発言をすると共にとても悲しい顔になってしまったのである。そして、その【勇者】の少女が、なぜそのような顔をしているのか俺は全く分からず混乱してしまった。俺のことを嫌いになったのかと思って俺は彼女にそう尋ねてみると、その子はそんなことで俺を嫌うことはないという事を俺に対して伝えてきたのである。どうやら俺の思っていたことと違うようで良かったのだが、俺は一体何を言えばいいのかも分らず黙ってしまうことになる。俺がどうしたら良いのか悩んでしまっている時に少女が俺に向けて話しかけてくれる。

その言葉には俺の事を心配してくれているという事が伝わってきていて嬉しかったのである。しかし、その気持ちだけで俺がこの子にしてあげなければいけないことを俺は見失ってしまっているのだと気づく。俺はその気持ちを無駄にしたくないと思い【勇者】の女の子の手を取りこう言ってやった。

その女の子と俺は今、とある洞窟の中で生活をしていた。というのも俺が住んでいるこの場所が実はダンジョンの中だと言う事を知ったからである。そのこと自体は、別に驚きはしなかったが問題は、どうしてこの場所が存在しているのかと言うことであった。

【魔王】と呼ばれている人物がここに存在し、そして俺はそこに囚われの身となってしまっていたのだ。【魔王】の目的は世界を滅ぼすことでは無かったためその行動を止めるために俺は必死に頑張ってみたが結局ダメであった。そしてその結果俺は、その少女と戦う羽目になるわけなんだ。

しかし、この子が何故俺を殺そうとしてきたのか、それを俺は聞くことが出来ないでいる。理由は簡単で俺は、彼女を傷つけたくなかったからだ。だからといって俺の方から攻撃をするのもどうかと思っているんだがね?まぁとりあえず、このままではジリ貧であるということに変わりはないんだけどね。それにしても、本当にどうしたものかな。

(ん?なんかあそこから声のようなの聞こえないか?しかもその方向には俺達以外に人がいそうな気がしてならねえ)

俺がその考えに至った時だった。

その洞窟の奥深くにいる俺達に突如異変が起きたかと思うと俺は謎の力によって吹き飛ばされてしまう。

「うわぁああ!!」その力により地面を強く転がっていく。しかしなんとかして意識を保ち続けることに成功するとその正体を確かめるべく俺は立ち上がる。

「えぇ!?ちょっ、まっ!」俺は目の前に現れた存在を目にし、思わず動揺の声を上げてしまったのであった。

その光景を見ていたその少女は目の前に姿を現した魔物を見て怯え始めてしまう。その現れた怪物というのは【悪魔】という種類のものであった。この【魔】という言葉が使われている生物は本来であれば俺が知っているような姿をしていなかったはずだ。

その化け物は全身が黒色に染まっており、翼のようなものを持っているためその姿からは【吸血鬼】を連想させてくる。だがその生き物の見た目は、俺が知る限りにおいて一番似ていない。そしてその化け物が俺に近づいてきて俺達をその大きな爪を振りかざす。俺がそれに気づいて咄嵯に避けようとしたが間に合わないと思ったその時だった。

【勇者】であるその女の子が【悪魔】を剣を使い弾き飛ばしてくれたのだった。しかしそれは、あくまで時間稼ぎにしかならず、その隙を狙って俺はその悪魔の鋭い牙による攻撃を食らってしまった。

「ぐはぁ!あっ、いっつぅ~!!おいこら待てって言っているだろうが!!」その攻撃が致命傷になりかねない一撃だったので流石の俺も焦りを感じていた。俺はその【魔】という字が付いている【種族】についての情報を思い浮かべていた。

この【魔】という名前が付けられている【魔】は俺の知っている限りでは二種類いるらしい。その一つ目は、【亜人】と呼ばれる分類の存在であり、もう一種が、今回俺の体を攻撃してくれた【魔族】という存在であるのだ。

ただ、俺は、目の前に出現したそいつの姿を見るまでは後者の方ではないかと考えていた。だが、どう考えてもこの外見は後者よりも前者に近い特徴があったのだ。それは背中に生えてきているコウモリのような形をした翼が生えているということである。

(ま、まさかこんな場所でいきなり戦うハメになってしまうなんて思いもしませんでしたよ!!!でもさすがに【悪魔】なんて名前のついている相手と戦うような状況になるとは思っていませんでしたけどねぇ。とりあえず俺の今の現状について説明させて貰おうと思います!まず俺の体がなぜか動かせない。その理由に関してはよく分からない。だけど今は俺の事をその【悪魔】が殺そうとしているという事実だけはハッキリしていることなんですよぉおお!!!)

その悪魔はその鋭い歯を俺に見せつけるようにしながら笑い声を上げてから再び襲いかかってくる。俺はその行動を予想していたためすぐに反応できた。ただ、俺はその攻撃を紙一重のタイミングで避けることに成功したもののその威力を完全には殺すことができずに俺の体にかなりの衝撃が与えられてしまうのだった。その勢いで俺の体は壁に強く叩きつけられてしまうのだった。そんな時、俺の隣にいたはずの女の子の姿が視界に映らないことに気づく。そして、俺は、そのことに気付き女の子がいた場所に視線を向けてしまう。

俺のその行動に何かを感じ取ったのか、【勇者】の女の子は俺に向かって話しかけてきた。俺は【勇者】であるその女の子に俺のことを任せてみようと決めたのである。そして【勇者】の女の子は【勇者】の力でしか使うことが出来ないとされるその力を発動させたのである。その瞬間、俺に【魔法】を使うときに現れる青い粒子が大量に現れるのだった。

俺のことを心配してくれたのか、【勇者】の女の子が【悪魔】に対して攻撃を仕掛けていった。その攻撃を受けている間、俺は自分が使える全ての力を使ってその【悪魔】の動きを止めようとしてみるがどうやら俺の持っている【固有能力】ではそこまでの効果は得られていなかったようである。

俺の攻撃はことごとく無視されてしまう。しかしそんな中、俺は【悪魔】が放ったある技を回避することに成功し、それと同時に反撃に移るのである。【魔王】の力を得てからというものの、俺のステータスの数値はかなり高くなっており俺は今までのように【勇者】の力を使わなくても十分過ぎるほど強い力を出せるようになっていた。そのため、この世界に来てからの短い期間の間に【勇者】である女の子を超える力を俺は身につけてしまっていたのだった。そして、そんな状態で俺は戦い続けていく。

しばらくの間は俺が優勢に戦闘を続けていた。どうやら相手の実力はこの世界に存在する一般的な魔物とは比較にならないほどのものであるらしく俺は徐々に追い詰められていっていたのである。しかしそれでも俺は何とか勝利をおさめることに成功している。俺達が今、戦っていた場所はダンジョンの内部で俺はこの場所のどこかに【ダンジョンコア】があるのだと思われる場所を訪れていた。しかし、そこには先程まではいなかった【悪魔】がいることに気づいたのだ。

そこで、どうにか倒そうとしたが中々うまくいかないのである。そんな俺達の戦いの様子をずっと眺めている【勇者】の女の子に対して俺は何かを言いたかったのだが俺はその言葉を途中で飲み込んでしまった。その表情を見た俺は【悪魔】と戦っていることよりも目の前の少女を優先したい気持ちになった。その少女は何か言いたげにしていたのだが俺は【魔】が放つ攻撃に対しての対応を優先することにする。どうやら【魔】には、特殊な能力が備わっているようで、俺がいくらダメージを与えようとしてもまるで意味がないのだった。しかし、それでもこの少女を守りながら戦わなければならないことを考えると、俺には勝機が存在していたのかもしれないのだと気づかされる。しかしそれでも、俺にはこの状況を打開する方法が思いつかなかった。

俺達は【魔】との戦闘を繰り返していると少しずつではあるものの相手の動きを見極めることが出来るようになってきたのだ。すると突然、相手は急に苦しみ始めたのである。その行動を見て俺と少女は同じことを思ったのであった。もしかしたらこれはチャンスなのかもれないと。俺はそう考えた。そして、その【悪魔】が苦しみ始めてすぐのことだった。俺が感じ取っていた感覚に間違いはなかったようで、その【悪魔】が【ダンジョンコア】を所持しているということが判明したのだ。俺はその事を少女に伝えると俺のことを助けてくれる。

「ありがとう。君の気持ちは本当に嬉しかったよ」俺は少女に向けてそう言葉をかけると【ダンジョンコア】を手に入れるために【魔】の体を貫こうとした。だがしかし【魔王】の力によって得た力が邪魔をしてなかなかうまくダメージを与えることが出来なかった。しかし、その【魔】も苦しんでいる様子を見せて俺はこのままなら確実に倒すことが可能だと判断したのである。そしてその【悪魔】が地面に倒れ込んだところで【ダンジョンコア】を手に入れた。

そのあと俺は、この【魔王】の力を利用して、【ダンジョン】の中に存在している【魔物召喚】の魔法陣の効力を失わせるためにこの部屋にある魔力をすべて吸い尽くすように命令を下すことにした。【魔物】たちは次々とこの空間に現れて俺達に襲いかかって来てくれた。【魔物】達の数はそれなりにいたのだがそのほとんどを俺の従えた魔物たちが引き受けてくれていたのだ。俺達の味方になってくれた魔物達は俺の命令を聞くことができるので非常に頼りになる存在なのである。

(さてさてさーて!!そろそろあの女の子の名前くらいは教えてくれないでしょうかねぇ?まぁ名前を教えられない理由は何となくわかるんですけどね)

俺は今現在、とある事情があって自分の意思を伝えることが出来ない状態にあるためそのことを気にしないわけにはいかなかったのだった。だからといって俺は彼女にそのことを問うことが出来ないのである。それは何故か?それは、この目の前にいる彼女の正体が何であるかをなんとなしに予想出来ていたからである。彼女はおそらくではあるが、【勇者】の【固有スキル】に目覚めたばかりなのだ。それで、【勇者】の【スキル】の中には相手を強制的に自分の配下に置くようなものがあったはずだと思う。そしてそれを発動させているという可能性もあるのではないかと思えてきたのである。

【勇者】が【勇者】の能力に目覚めるという話は聞いていた。しかしその能力は人それぞれ違うものに変化するということが分かっており俺の場合はその効果を実感できないというかよく分からない。そしてこの目の前の彼女もまた俺と同じように【勇者】という能力を身に宿している可能性が高いという訳なのだ。

(んー、でもさすがにこれだけ長い時間俺のことを守ってくれているのはどうしてだろう?)俺のこの質問は俺の意思で答えられたわけではないため、目の前にいる【勇者】である女の子に聞くことは出来ないのだ。

そういえば【勇者】が扱うことのできる力の中で【固有スキル】というものが別にあるということは知識として知っていたが、それがどのような能力であるのかまでは知らないのだ。【勇者】が持つその力は普通の人が使うことのできない特別な能力だということは聞いているが、その詳しいことはあまり分かっていない。ただ言えることがあるとすればそれは、俺の【固有能力】よりも上位にあたるような【固有】の力を持つ【種族】が存在しているということである。

俺はその【種族】の力を得ることが出来たからこそ、ここまでの力を手にすることができたのだと考えても何らおかしくはないはずであろう。だがしかし、この世界に存在するすべての生物が、その【固有】の力に覚醒することができるのかというとそういう訳ではない。俺の目の前に立っている彼女がそれであるのだ。だからこそ俺は目の前に立つ彼女を注意深く観察しなければならないと考えている。【勇者】が【勇者】の【固有】に目覚めた時に必ず現れるという特徴が彼女には備わっていないように見える。

(ま、まあそれはともかくとして今は俺のことを救ってくれている女の子に感謝の言葉でも伝えておこうと思います!!)

俺は俺が感謝を伝えたいと思ったその感情にしたがって行動に移してみることにする。俺の口から出たのはたった一言だけなのだが、俺の心の中ではそれだけでは収まらないような感謝の気持ちが生まれてきているのを感じたのだった。そんな俺の行動を見た少女が少し恥ずかしそうな反応をしてくれたのが分かった。

俺は俺の命を何度も救ってくれた少女に何か恩返しをしたいと思っていたのである。俺がそう考えるのと同時に俺の考えは自然と伝わっていく、そしてその結果として俺達がこの【魔王城】を探索して得た成果は【魔】と呼ばれるその魔物の討伐と、俺をこの世界に呼びつけたと思われる女神に会うための【転移装置】を発見することに成功した。

この世界には【魔王】の力を使い、【ダンジョン】を攻略していったことで、いくつかのアイテムを手に入れることができたのである。そしてその中に、俺と少女はとある【武器】を見つけることに成功する。それは、【聖】の属性を持つ剣であり、この世界には一つしか存在しない貴重な品だということが分かっている。その【剣】は、使用者に圧倒的な力を与えてくれるらしい。

ただ、その【魔】と戦うために、俺と【勇者】であるその少女は【ダンジョン】に出現する魔物たちを倒すのに必要なレベル上げをすることを決意するのだった。俺が【魔王】の力で作り出した魔物はいくら倒しても消えてなくなることはないが、【ダンジョン】で戦う場合は、倒した分だけポイントを手に入れられる。俺が今まで戦った中で手に入れた大量の経験値が手に入った。俺は今まで、自分が生き返るためだけに戦ってきたのだが、こうして自分が命をかけてまで戦わなければならない時が来るとは思いもしなかった。しかし俺にとってこの世界に来た理由を考えるとこれはこれで都合が良いと言えるかもしれない。俺は自分が生き延びるためにこの世界で戦い続けるつもりだからだ。俺の本当の目的は元の世界に戻ることである。そのためにも俺にできることは全てやっておかなければならないのだ。

俺は俺のステータスの数値が、どれだけ上昇したのかを確かめることにする。どうやら俺はこの【魔族領】において【勇者】に匹敵するほどの力を得ているようで、ステータスの数値もそれなりに上がってくれていた。それから俺はダンジョンに出現した魔物たちの数をどんどん増やしていきながら、この世界の【神】と呼ばれている存在から俺達を助けてくれるように依頼された人物が現れるのを待ち続けていた。その人物がいつ現れてくれるかもわからないのにひたすらに待ち続けた。そのおかげでかなりの数の魔物を狩ることができたのだが俺の【魔王】の力によって生み出された魔物達は、その全てが消滅してしまったのである。しかし、【魔】は【魔】を生み出し続けることによってダンジョンの中に多くの種類の魔物を作り出すことに成功しているのだった。

この調子でいくならばこの【魔王城】にはもっと魔物が増えるはずである。そう考えた俺は、俺が従えた【魔族】達とともに魔物を倒しまくっていた。そして俺のレベルも徐々に上がっている。俺は魔物を倒して得られる魔物の経験値を効率よく稼ぐ方法を見つけたかった。俺の場合、【魔物創造】の力を使って【魔物】を生み出すと、その経験値は半分になるのだ。そこで俺は俺が新たに従えた【魔族】たちに【魔王】である俺の従者である魔物を倒させることにしたのである。

俺の指示を受けた【魔王】の側近は、【勇者】である少女を守るために【悪魔】を相手にしながら次々と襲い掛かってくる魔物達と戦っていた。そしてついに、側近は魔物たちを全滅させることに成功していた。そして俺は魔物たちが手にしていた素材を回収した後で、ダンジョンに潜る前にあらかじめ作成しておいた拠点に戻ろうとしたのだった。

俺がダンジョンの中で過ごすようになった頃合いにちょうど良く【異世界】の管理者とやらが俺の目の前に現れた。そして俺のことを自分のいる部屋に招くといきなりこのような質問を投げかけてきたのである。

(なぜ貴様のような人間がこの私に会いたいと願い出ているのだ?)

俺は目の前の人物に対して、自分の目的を正直に伝える。この【魔王城】にやってきた経緯を説明するために。そして俺は目の前の相手に自分の実力を証明するために戦いを挑む。だがしかし、この【異世界】の【魔王】と名乗るその人物はあまりにも強かったのである。俺はそれでも諦めずに戦いを続けるのだがどうしても勝つことは出来なかった。

この【魔王】に負けてしまうということは決して悪いことではなかったのだと思う。なぜならば俺は【魔王】の持つ強さというものを知ることができたのだから。【固有スキル】の強さというのを身をもって体感できたのは良かったことだと思っている。ただ問題なのは何も知らない状態でその能力に覚醒している存在に戦いを挑んでしまったことであった。

(まさか俺に勝てる存在がいるなんて夢にも思わなかったからな。もう少し情報収集をしておくべきだったな)

俺は今更のようにそう考えてしまっていたのだ。そう考えるようになったのは今まさにこの時であった。そしてそのあとに俺は気がつく、目の前にいる相手の正体が一体なんなのかということを。その疑問に対する答えが目の前の人物が発する声ですぐに分かってしまう。

目の前にいる女性の姿をしたその相手が俺に言ったのだ。

「君は誰だい?どうして君みたいな奴が【勇者】の真似事をしようと思っていたのかな?」と この質問には答えることが出来ない。

だって、目の前にいる女性が本当に俺のことを見下すようにして言葉を掛けてきたからだ。俺の今の心境は複雑すぎるものであると言っていいだろう。

この世界に来てから初めて出会うことの出来た強敵がこの人なら俺はもっと早く出会いたかったと思えてしまっている。そしてそれと同時に俺は、これからこの人に教えてもらうことが出来るのではないかと考えている。だからこそ俺はこの人から教えて欲しいことがあるのだ。俺にはまだ知りたいことが山ほど存在しているのだから。俺はその気持ちを伝えるために行動に移す。俺は【固有能力】を発動するとこの場にいる他の人たちの意識を奪ってしまうことにした。

(さぁて!そろそろあなたの本性を拝見させていただきますかね!)

俺は目の前の女性に心の中で問いかけてみる。俺の質問に目の前にいる女性は少しだけ動揺するような素振りを見せると俺にこんなことを言ってきたのである。

俺はこの【固有スキル】に目覚めたばかりの女の子と一緒にパーティーを組むことになっていた。俺の名前は、俺を【勇者】として呼びつけることに成功をした女神と呼ばれる存在に、勇者の使命を託されていたのだ。しかし勇者というのは勇者にしか使えない能力というものが存在しているのだ。

勇者の能力というものは非常に強力なものが多いのだが、勇者として選ばれる人間というのはその力を十全に扱うことは出来ないのである。何故そんなことが分かるのかというとその力を制御するために必要な能力というものが存在しているからだと俺は聞いている。そして俺がその能力を使うことができるようになって初めて勇者としての力が使えるようになるのだと聞いている。

しかし勇者の能力を発現するためには特殊な道具が必要になる。それは勇者が身につけている服の中に収納されているらしく、勇者以外のものがその装備に触れることは不可能なのだ。俺の場合は、勇者である彼女の持つ聖剣に触れてみたのである。だがしかし、俺は勇者としての資格を得ることに失敗したのだった。

(でもまあ別に気にすることも無いと思うけどね)

【勇者】である彼女は勇者としての力を使うためには、それに相応しい服装を身につけなければならないというのだ。それを聞いて俺がまず感じたことは面倒臭いということだけであった。そんなことを考えながらも俺と【勇者】の女の子はこの【魔王城】を攻略するために準備を進めていた。俺は自分が従えることができるだけの数の上限までモンスターを仲間にしておきたかった。

俺は【魔族】に指示を出しながら、魔物を【召喚】することによって、大量に【魔族】を生み出すことに成功していた。俺の目的は強くなることである。そのために俺は自分よりも弱い魔物を【使役】するという手段を取ることにしていたのだ。しかし俺は【固有魔法】を使うことができる【魔族】が欲しいと思った。そこで俺はある一つの方法に思い当たる。

【勇者】の力を借りることによって【勇者】に変身することが出来、さらに、その変身を解くことによって俺が本来持っている【力】を使うことができるようになるのではないかと思いついたのである。この世界に呼び出された時に【魔王】の力で生み出された俺は【魔王】として【勇者】に倒されることによって元の世界に戻ることが出来るかもしれないと期待していた。だがそれは叶わない夢となってしまったわけである。

(そもそもの話、この世界に来てしまった俺が元の世界で生活出来るのかはわからないんだけど、まあいいか、それはとりあえず置いておこう)

しかし【勇者】に化けることぐらいは出来そうな気がしたので試してみたら、意外と簡単に変身することに成功したのである。

そして俺は、この姿になったときに手に入れた【勇者の武器】を使って【魔王城】に存在する全ての魔物を倒すことに成功するのだった。俺は【魔王】の姿でダンジョンを徘徊することでレベル上げをしようと考えていたので、早速実践をしていこうと考えたのである。俺はダンジョンの中を歩いていると、目の前に現れたのがこの目の前の存在であるのだ。

「君は、いったい何者なんだい?」

「あなたに質問があるんです」

「そう、分かったわ。私のほうも聞きたいことはたくさんあるのよ。だから君のそのお願いを聞き入れることにしましょう。だから話なさい」

「では最初に、あなたの名前を聞かせてくれませんか?」

「私はこの世界を管理している【神】の一人だ。名前は無い、あえて言うならば管理番号が【神】ということになるのかもね。それで君の名前を教えてくれるかしら?」

俺に名前などは無いのだが俺は彼女に【神】と名乗っていることを利用して自分のことを名乗ろうと決める。

俺は目の前の相手に自分が【魔王】だということを伝えることにする。目の前の相手に対して、【神】であるということは嘘はつきたくなかったのだ。しかし、【魔の王】であるとまでは言えないのでそこは隠すことになってしまう。

「俺に名前はないんだ。それに俺がこの世界に来た理由はこの世界で死ぬためにやってきた。ただそれだけだ。お前からしてみれば、とてもくだらない理由で申し訳ないと思っている。でもこの【魔王城】にやって来て俺はこの世界を平和にしたいと思ってしまった。俺は自分が生き続けるために戦っていたはずなのにな、おかしいものだろう?」

俺がそう告げると目の前の相手は笑い始める。

そして俺は【神】と名乗った相手の次の言葉を待っていたのだが何も喋らなかった。俺は目の前の存在が何を言い出すのかわからずに困惑してしまう。だが目の前の存在は急に真剣な顔になると、こんなことを俺に向かって言ってきたのだ。

目の前の存在を俺は改めて観察してみる。そしてわかったのはどう見ても見た目が完全に女性なので困ってしまったのである。それも俺にとってはかなり好みなタイプだったのだ。そのせいで俺はついつい、目の前の女性を口説いてしまいたいという衝動に駆られてしまう。

(ダメだ。今は真面目にしなければいけない。目の前の存在が、俺のことをどのように見ているかが問題なんだ)

俺には目の前の女性の言葉を無視するという選択肢は無かった。だからこそ俺はその問いかけに対して正直に答えていくことにした。

「あなたはなぜ俺の前に現れたんですか?」

俺の質問に対して目の前にいるその存在が答えてくれた。そしてその内容を聞いて俺は思わず言葉を失ってしまうことになる。俺には目の前の相手と同じような知識が備わっているようだった。だがしかし、それが本当に俺に与えられたものであるとは信じられないのだ。

【異世界転生】

俺の元いた世界では異世界モノの作品が多く存在する。その中でも俺はこの異世界を舞台とする作品をかなり読み漁っているのだ。だからこそ目の前の存在が現れた理由に予想がついてしまったのだった。俺の想像が当たってしまっているとしたなら、この【神】を名乗る存在の願いというのは俺の想像通りのものだと考えて良いだろう。

(これは【勇者】の物語なのか?)

【固有スキル】の発動に成功した。

そして俺の身体から眩しいほどの光が放たれていくのである。俺はその光を自分の力として制御しようと努力する。すると、俺に話しかけてくる人物が現れる。その声の主は【勇者】として選ばれた少女であった。

そして彼女は俺が身につけていた鎧や、聖剣を俺に譲渡してくれたのであった。そして俺が聖剣に手を触れようとしたその時だった。俺に衝撃が走る。その瞬間に俺に何かの記憶が流れ込んでくる。俺は自分が何をするべきなのかを理解をする。そして目の前の少女に【聖女】と呼ばれる存在が自分に力を貸してあげるから【勇者】である彼女の代わりに【魔王】を倒して欲しいと言ってきた。そして【勇者】に力を与えるためには【魔王城】の攻略が必要になってくるために俺は彼女と行動を共にしていたのである。

そして【勇者】の姿に変化をしている俺はこの世界に出現するはずのないモンスターたちと出くわしてしまったのだ。そしてその時に、そのモンスターたちが俺に向かって攻撃をしてきた。そして俺は【固有能力】を発動して、俺のことを襲ってくるモンスターたちを無抵抗のまま殺すことにした。

(こいつら、なんのために存在しているんだよ。まさか【固有スキル】を発動させる為だけに呼び出されたというわけじゃないだろうに。俺だって好き好んで殺したくなんか無かったってのにさ。だけどこいつが死ななきゃ他のモンスターたちがまた犠牲になるっていうんなら話は変わってくる。こっちの世界だって命が軽いことなんて知っているさ)

俺は【勇者】に【魔王】を殺すことが出来るように力を貸す為にやって来た存在だと勝手に思い込んでいた。

しかし、そんなことはまったく無いのだ。この世界にいる神様と呼ばれる者たちはこの世界の住人たちに【固有能力】を目覚めさせるためにわざわざ【勇者】と【魔王】を呼び出し、【勇者】に【魔王】を殺して貰うという行為をしているのだ。しかし【勇者】の使命を果たすという目的以外にもこの世界に存在する神々の本当の使命というのは別に存在していた。それは、自分たちが管理している世界に住む【神】の【固有能力】を手に入れることである。

しかしそれでは何故俺が選ばれたのかと言うと、俺の前世での出来事が原因になっていたりする。前世の俺はとてもポジティブな性格をしていた。だがその裏では俺の心の中にネガティブな部分も存在してた。俺はその二つの心を一つの人格のようにして扱っていた。

しかしそれは無理があった。そのため俺が前世に犯した過ちが引き起こした心的負担により、その人格は崩壊を起こし、俺の中からもう一人の俺として生まれてきたのが俺なのだ。だがしかし俺が生まれたことで、元々の人格は消滅してしまっていたのである。俺は自分のことを勇者だと信じ込み【勇者のスキル】を扱えるようになっていた。そして俺は、自分が【魔王】だということを隠したまま勇者としての力を手に入れようと画策していたのである。俺は自分の中にある【勇者のスキル】を使ってこの世界を管理している神の誰かを殺し、そして自分が新たなる【魔王】になることで、本来の役目を果たし、この世界に存在する【魔王】の力を吸収して元の世界に戻ることを望んでいたのだ。

俺は目の前に存在する【聖剣】と【聖鎧】を身に着けると【固有魔法】を使うことにする。

「【固有魔法】、【勇者化】!」

俺の全身が真っ赤に染まっていく。この【勇者】の姿を俺はまだコントロールすることが難しいと感じていた。この姿を長時間保つためには膨大な体力を消耗していくからだ。だからこそ俺は、【勇者】の能力を使えるようになっておきたかった。俺が使うことが許されている能力は、勇者の持つ【固有魔法】の一部分だけである。しかも俺の場合はその魔法の使用を制限されている状況にあった。この姿はあまりにも燃費が悪い上に維持するのにも大変な労力が必要となるのだ。

(これ、どうやって戻れば良いんだ?まあ今は、そんなことは後回しにして、とりあえずこの場にいる敵を全て殺しておくとするか)

俺は自分の目の前に迫りくる敵に攻撃を仕掛けることにした。この世界に俺に敵対する者は一人もいない。なぜなら俺こそが、この世界の秩序を司る唯一の存在であるからこそ俺が世界に存在するすべての生命を管理しているということになるからである。だから俺に敵対するという行為は、この世界におけるあらゆる法律に背く行為にあたる。つまり敵対者が存在している時点で、俺がその相手を裁かなければならない。だからこそ、俺に敵意を向けてくる相手は全て抹殺対象になるのである。そして俺は全ての魔物に攻撃を開始する。

俺は【固有魔法】によって生み出した【魔族】に俺が装備していた防具を渡した。

俺はこの【固有魔法】を使うにあたっての代償を支払っていた。この魔法の対価として、その魔法を使用した者の存在を消滅させるという条件が存在していた。だからこそ俺はその条件に従って自らの存在を消そうと決意する。俺は目の前に存在する魔物に向かって自分の武器を振りかざす。その行動で俺の存在が消えていくことを感じ取ってしまう。だが後悔はしていない。俺はこの世界に存在する【神】たちを倒す為にここにやって来た。この姿を維持していなければ倒すことは出来ないのだから。

俺は自分が【神】と呼ばれる存在を倒すためにやってきた。俺の持っている力があればそれが可能だということを確信できたのだ。しかし、俺はその途中で自分自身に【魔族の呪い】というものを掛けてしまうことになる。この【魔族の呪い】の効果とは、俺自身が倒さなければならない【神】に対して俺が抱いている感情と俺が対峙しなければならない相手が持つ負の感情を共有するという効果である。俺は【魔王の加護】の能力を使用することで自らの魂の一部を切り離し、この【魔王城】へと転移させることに成功している。そして俺の中にはもう一つの魂が存在しており、それが俺の中で共存状態となっている。

俺はこの世界に来る前に別の世界を管理する神が行っていた実験の内容を知り、それを阻止しようと試みたのだ。しかしその神は俺の行動に対して怒りを覚えたらしい。そして俺は、この世界の神から俺に戦いを挑むように指示を受けていたのだった。

だが、その神は目の前に現れた【聖剣】に【勇者】として選ばれなかったのだ。だからこそ、俺の邪魔をしてくる可能性が高いと判断して俺は先手を打つことにした。そして俺はこの【固有魔法】を使用して、自らが倒した存在を俺自身の中に封じ込めた。そのおかげで俺がこの世界に存在する【神】を殺すという目的を果たせなくなった代わりに【勇者】が俺が望んでやまない世界を手に入れるための力を蓄えることが達成出来たのだ。そして今の状況になったわけだ。

そして俺に話しかけてくる存在が現れる。俺はこの存在のことを【聖神】と呼んでいた。彼は【神王】が俺に用意してくれた監視役の一人でしかなかったのだ。そして俺は彼に【魔王城】に召喚された経緯を話し始めたのである。

(俺はただ【勇者】が欲しかっただけだったんだけどな。まさか【魔王】まで呼び寄せられるとは思わなかったぜ)

俺は【固有能力】を発動して、目の前の敵を排除することに意識を集中する。

俺は目の前の敵を次々と倒し続けていた。だが、俺の体力は既に限界に達していたのである。俺が使っている【固有能力】が強力な能力なだけあって、使用者の肉体への反動が大きいのだ。しかしそれでも、この世界に存在する存在を駆逐するためには俺の存在は不可欠だった。

(【勇者のスキル】をもっと使いこなしておきたいが、こんな状態で戦っていて勝てるわけがない。それに、そろそろ体が持たない。だけどここで倒れるわけにはいかないんだ!【魔王】は、必ず俺が倒す!!俺がこの世界を救ってみせる。そのためには力が足りないんだ)

しかしそんなことを思ったところで今の俺にはもう何も出来なかったのだ。

「お主よ。よくぞ我の願いを聞き入れてくれた。約束どおり【固有スキル】を与えるとしよう。その力で【勇者】として世界を救うのじゃ」

突然の出来事だった。目の前の空間に一人の女性が突如姿を現したのである。彼女は【聖剣】から放たれている光の輝きの中から出現した。そしてその光は次第に弱くなっていくのであった。そしてその女性は、【聖剣】に触れながら何かの詠唱を行う。

すると次の瞬間に、俺は【固有能力】を扱えるようになる感覚を覚える。そしてそれと同時に今まで使用していた【固有魔法】の効果が発動されることがなくなり、【固有魔法】は俺の中に吸収される。俺の中に存在している力が増えていくのを感じる。

(俺の体に変化が起きていた。そして俺は気がつくとその女性の胸を鷲掴みにしているのである。

これはマズいと思い手を離そうとするが、俺はなぜか離れることが出来なかった。

すると俺は女性の手によって抱き寄せられてしまいキスをする。その瞬間に俺の中に【聖女のスキル】が流れ込んできたのである。そして俺は目の前の女性を抱きしめると、自分の唇を彼女に押し付けて彼女の口の中に舌を入れようとしたのであった。

「お前は一体何者なんだ?」

俺の言葉を聞いた女性は、少し驚いたような顔をした後に優しく笑いかけてきた。

「我が何者かって?そんなものは決まっているであろう? 私はお前に、勇者として【魔王】を倒してもらうために、その力を授けにやって来たのだ。

しかしまさか【勇者】の姿で現れると思っていなかったがな」

彼女の言葉を聞くと俺は、ある考えが頭に浮かんだのである。

(まさかこいつ。俺に【聖剣】を与えようと思っていたんじゃないか?)

「それで? 俺に勇者の力をくれたり、俺を【勇者】として導いたりした理由はなんなのか教えてくれるのか?そもそもお前の目的はなんだよ?」

俺は目の前の相手が自分にとってどういう存在なのかが分からない為、迂闊に近づくのを避けたかった。

だが、目の前の相手は自分の正体について俺に伝える覚悟があるようだと判断したので話を聞くことにする。だが念の為に、俺の体に起きていることについて質問することにした。

(こいつは俺の事を勇者と呼んだんだ。それはつまり俺に勇者としての存在になる資格を与えたということで間違いないはず。ならなぜ俺は【勇者のスキル】を使うことが許されたんだろうか?普通であれば、俺のような人間に勇者のスキルを与えられるなんてことはあり得ないはずだからね。まあそれはいい。俺に与えられた【勇者のスキル】が使えるようになっているということは、やはり俺が【勇者】であるということに違いは無いだろう)

そして俺は目の前の相手に話しかけることにした。

この世界に来てから初めて俺の前に現れた存在である目の前の女を警戒する必要があると考えたからだ。俺は【固有魔法】を扱えるようになったことで、自分の中に存在する魔力が飛躍的に向上していることを実感していた。そしてこの世界に来たことで俺の中に存在する力が大きく成長していたことを理解したのだ。

「お前は俺の事を勇者だといった。だから、その理由を教えてくれないか?」

目の前にいる女性は笑顔を見せると俺の方を見つめていた。

(俺はどうしてこの人を見ていて、ドキドキしてしまうんだろうか。もしかしてこの人が美人過ぎるせいか?だとしたら俺はとんでもない大馬鹿野郎だよな。だってそうだろ?相手はこの世界に俺を導く為にきたっていうんだ。それなのに相手の正体を確認することもせずに見とれてしまうとか失礼にも程がある。しかも俺はこの人の胸に触ってしまった。でもまあ事故とはいえ触れてしまったんだし謝らないといけないか)

俺は謝罪することを決めたのだが、それよりも早く目の前にいた人物が行動を起こした。俺は突然腕を引かれると彼女の顔の方に引き寄せられていたのである。そして俺は彼女の豊満なおっぱいを押し付けられてしまった。

「ちょ、ちょっといきなりなにするんですか!?」

俺の言葉を聞いた相手は、悪戯に成功した子どもみたいな笑みを浮かべてこちらを見ているだけである。そして相手は俺に話しかけた。

その声は、まるで俺に甘えてきているようにも聞こえたので俺は困惑していた。だが、そんなことを考えている余裕はないほど俺は動揺してしまっていたのである。なぜなら目の前の人物は俺の耳に息を吹きかけてくると耳元に囁いた。その言葉に俺は衝撃を受けることになる。

「そんな細かい事はどうでも良いではないか。それより私の話をきちんと聞いて欲しいのだけどダメかな?それとも私とは会話をしたくないというのならば仕方が無い。しかし、私がわざわざ君のためにやって来てあげたというのに君は、私の言うことを聞いてくれないということなのだよね。ならしょうがない、君が勇者になれたのは、私がその能力を使えと言ったわけではないのだから君にはこの場で消えてもらうとしよう。だがその前に君の名前だけでも聞かせてもらえないだろうか?せっかくこれから一緒に冒険をする仲間同士になれると思ったのに名前を知らないのは不自然だからさ。だから名前を聞かせて欲しいんだけど」

相手の問いかけに対して俺は、この場を乗り切る方法を必死に考えた結果、正直に話すことにしたのだ。

(俺の名前を言えば彼女は喜ぶのかもしれない。しかしそれは出来ないことだ)

そして俺は目の前の相手を睨むと一言告げる。

「ふざけていると本当に殺すぞ!」

すると俺の言葉を受けた相手は、楽しげな表情をしていた。そして何故か嬉しそうに俺の頬に手を当ててくる。そして、なぜかわからないが俺の顔は熱を帯びて赤くなってしまうのだった。

「やっぱり面白い子だね、君は。こんなにかわいい反応を見せてくれたのは初めてだよ。こんなにも心がときめいてしまっている自分に驚くと同時にとても嬉しいと思っている自分がいるんだ。

そして私は君の事が好きだという気持ちがどんどん強くなっていくのがわかるよ。だから今ここで、この世界でたった一人の運命の人と出会えたという奇跡に感謝を捧げて、お互いに幸せな人生を歩めるように誓いのキスをしよう。そして今度こそ幸せになろうね」

俺はこの女性が発した言葉を全く理解出来なかったのだ。しかし、彼女の瞳には真剣さが伝わってきたのだ。そして、彼女は俺を抱きしめたまま強引に唇を重ねてきたのである。その瞬間に【聖女】の能力が俺の中に流れ込んできたのだった。そして、彼女は最後に微笑むと姿を消したのである。

【固有魔法】を発動して周囲を警戒しながら、俺はまだ先程の事について考えていた。そして俺は一つの答えを出すことにしたのだ。それは目の前の女性のことを信用してもいいのではないかと言うものだった。

(俺は彼女が言っていた言葉を信じることにしたい。それに、彼女からは邪悪な雰囲気は感じられなかった。それにしても、あんな綺麗な人がこの世に存在していたのか。あの人もしかして【聖女】なんじゃないのか? だとすると、俺が勇者に選ばれた理由にも納得がいく。しかしそうなると【聖剣】を扱えるようになっていなければおかしい。そしてこの世界に来るときに女神からもらった能力の中に【聖剣のスキル】が含まれていたはずなんだが。いや待て。この世界はゲームの世界に似ている世界だったんだから、そういうシステムがあって不思議ではないのかもしれないな。それに目の前に現れた存在が嘘を言っている可能性は低い気がする。なら彼女のいう通りに行動すれば問題無いんじゃないか?)

俺はそんなことを思っていたのだ。

しかし、ここで予想外の出来事が起こることになった。突如として俺達の周囲に結界が発生したのである。俺はその瞬間に逃げるべきではないかと迷ったが、逃げればこの場所を知られる危険性があると考えて逃げることが出来ないと結論を出し戦闘を行う準備を始めることにした。

しかし俺の考えは間違っていたことがすぐに分かった。それは俺達を囲うようにして出現した魔族の集団によって強制的に理解させられたからである。

そして次の瞬間に俺は複数の魔法を同時に行使したのであった。

俺は【聖女のスキル】を手に入れた。俺は【勇者のスキル】を手に入れることが出来た。

俺の【固有魔法】が変質しているのを感じることが出来る。そして新たに習得した能力を確認することにする。

俺は新しい魔法について考察しながら、周囲の状況を探っていく。

「よし!【魔力操作】を覚えたようだな。あとは【固有魔法】の魔法が使えるようになっているかどうかだな。そして【身体強化】も新しく手に入れることが出来ているみたいだな。そして【剣聖】の【固有能力】が発動しているな。とりあえず試しておく必要があるか」

俺は手に持った【聖剣】を振り上げると、剣聖の【固有能力】を使用して剣を振るう。

すると斬撃のようなものが放たれたのであった。

(剣に纏わりつくオーラが刃状に変化して相手に襲い掛かっているように見えるが。これが攻撃用の魔法って奴なのか?まあ使ってみれば分かるだろう)

そして次に俺は剣で目の前の空間を切る。すると見えない刃が相手に突き刺さった。そして相手はそのまま地面に倒れてしまう。しかし、俺はその攻撃を続けて放つことが出来なかった。何故ならば、俺は自分の体がボロボロになっていたことに気づいたからだ。「なんだよこの痛みは!?まるで全身をナイフで切り刻まれたような激痛が走っているぞ?くそっ!これじゃあまともに動くことさえ出来ない」

【聖騎士】に進化することで覚えることの出来た【自己再生スキル】を使ってみることにするが上手く使うことが出来ずにいた。そこで俺は回復薬をアイテムボックスから取り出すと、体を回復させる。

【固有魔法】を確認していたところ、【回復魔法】を習得することに成功していたのだ。俺はそれを使用する。そして体の状態が完全に治る頃には新たな魔法の効果を実感していた。そしてそれがどのようなものなのかを詳しく調べていくことにしたのである。まずは最初に【固有魔法】の効果を試すことにする。

(確か俺が使えるのは、俺に魔力を供給してくれる精霊の魔法だけだったはずだから魔法を発動するのは難しそうだな)そんなことを考えながら魔法を発動させようと集中していると俺に話しかけてくる存在がいたのだ。

「貴方には私が力を貸します。ですから魔法を行使しなさい。さあ、私の声を聞いてください」

その声はとても心地よいもので、俺はその声を聞くことで意識をそちらに集中してしまいそうになるのを必死に堪えたのだ。なぜならその声の主はこの場に居る誰よりも強力な力を内包していると感じたからである。

そして俺の魔力は【聖女】の加護を受けたことで、この世界に存在する全ての属性の力を取り込むことが出来るようになっているらしいのだ。そのおかげで【勇者】として目覚めてから今まで俺の中で燻っていたものが一気に解放された感覚に襲われることになる。

(これはどういうことだ?力がどんどん溢れてきているんだが)俺は疑問に思いながらも【勇者】の魔法を発動させてみる。

俺は剣を抜くとその切っ先を天に向けるように振り下ろす。そして、【固有魔法】を使おうとしたところで突然視界が変わったのである。俺は一瞬何が起こったか分からないまま混乱してしまう。だがその直後俺は、自分が知らない場所にいる事に気づき焦りを感じ始めたのだった。そして同時に俺は何かが自分の体にまとわりついてきていることにも気づくことになる。

(一体何が起きたんだ。ここはどこだ?もしかして敵の本拠地にでも来てしまったというのか?)

「ようこそお越しくださいました、勇者様。私がこの世界の管理をしている存在になります。そして私はあなた様にお願いしたいことがありましてこうして召喚させていただいたのです。どうですか勇者さま、私と共に魔王を倒してくださるという決意を固めるつもりはありませんか?」

「ちょっと待ってくれないか?色々と聞きたいことがあるのだが」

「分かりました。質問を受け付けましょう」

俺は頭の中に直接話しかけてくる相手に向かって話し掛けると俺は自分がなぜこのような状況に陥ってしまったかのかという経緯を聞き出すことに成功していた。

その結果俺達は勇者を召喚した時に現れた女神に【固有魔法】と【固有魔法】が発現した人間だけが扱えることの出来る特別な魔法を教えてもらっていたらしい。そして俺はこの世界の勇者の中でも特別に【聖女】との相性が良かったため【固有魔法】と【固有魔法】を発現させることが出来たようだ。そして、俺は勇者の能力の一つである【聖女の固有魔法】を使用することによって勇者として覚醒したということだ。そして勇者としての能力を正しく使用するためには勇者専用に作られた武器である【聖剣】が必要なようで【聖女】は俺の【固有魔法】に反応するようにしてこの世界に存在しているのだということだ。

つまり、俺がこの世界を救わなければならないということのようである。

そして【聖女】は自分の代わりにこの世界を救うために勇者として選ばれてきた俺に【聖剣】を渡したいと願っているのだということのようだった。

(なるほどな。それで俺は今、【聖剣】を手渡されたところだったということか。そして俺は【聖剣】を受け取ると同時に勇者の能力を使うことが出来るようになっていたんだな)

「【聖剣】は私が貴方の【固有能力】を使用できる状態にしましたので安心して使ってくださいね」

「ああ、分かったよ。それよりも、お前の本当の名前はなんていうんだ?」

「私の真の名前は、アネモシアというんですよ。それと【聖女】ではなく名前で読んで欲しいですね」

そう言って彼女は俺の頬を撫でてくる。俺はそれに対して嫌な感じは受けなかったので、彼女の要求を受け入れることにした。そして俺のことを見つめながら彼女が微笑みかけてくる。そして彼女が耳元まで口を寄せてきたと思った直後俺の耳に吐息がかかる。

その行為が俺をドキドキさせていることに気づかないで彼女は言葉を紡ぐのであった。

「愛していますよ、大地さん。だから、この世界でたった一人だけの運命の人と幸せになってくれることを心から望んでいます。だから頑張ってくださいね、私もサポートは惜しまないつもりですから」

そして俺は【聖女】の加護と【固有魔法】を得た状態で異世界生活を始めることになるのだった。

勇者の固有能力によって、この世界で俺しか扱うことができない特殊な魔法を習得することに成功したのだった。

(しかし勇者専用の武器というものは、勇者以外の人間は装備できない仕組みになっているのか。それとも単に勇者にしか扱えないから勇者専用の武器と言われているのか。もしくは勇者専用に作り替えられてしまっているのかだな。それにしてもまさか聖剣の【固有能力】を【聖女】から授かることが出来るだなんて思わなかったな。それに聖剣を扱えるように【聖剣のスキル】とやらを俺は習得出来ているみたいだし、聖剣を扱えるようになっていることは間違いなさそうだな)

そして、目の前にいる存在が女神の加護を受けている存在だと言うことが分かると、少しの間俺と話をしていた相手が女神であることを信じ始めるようになるのであった。

そして目の前の存在が女神であることが分かった俺はこの世界で生きるために女神の力を貸してもらうことにした。その対価はこれから行われる戦いに勝利した時に女神に報酬を渡すということで合意してもらうことに成功する。

そして俺と女神の話し合いが終わるとすぐに戦闘の準備を始めた。俺はまず自分のステータスを確認することにした。

そして俺の現在のレベルは【聖騎士】から進化することが出来た【勇者】のレベルになっていた。そのことから俺が現在習得している【聖剣】について確認することにしたのである。

まず俺は自分の手元に【聖剣】が存在することを確認した。そして次に俺は自分の【固有魔法】を確認していく。すると新しく三つの【固有魔法】が習得することが出来る状態になっていたのだ。そして俺はその内の二つについて説明を読んでいく。一つ目が俺の持つ聖剣を強化することが出来る魔法【聖なる魔剣】という能力のようだった。これは使用者の力量に応じた攻撃力を増幅してくれる力がある魔法らしく、俺の技量に合わせて聖剣がパワーアップするというものだ。そして二つ目は剣に纏わりつくオーラが、そのまま相手にダメージを与えることが出来る魔法だということがわかった。その攻撃手段の見た目が俺が想像していたものとほとんど変わらなかったため、俺はホッと胸をなでおろすことになったのである。

(どうもさっきから使っているオーラ攻撃が剣を振るった瞬間に飛んでいってしまうんだよな。そのせいでさっきの魔族たちは全滅しちゃったみたいだけど、もう少し手加減したほうがよかったかな?いや、もしかしたらあの魔法を使えばもしかしたら俺一人で勝てたんじゃないか?)

俺は【勇者】の固有能力を使用して、自分の中に魔力を溜める。それから【聖女のスキル】を発動させ剣に【聖属性】を付加したのだった。そしてその刃にさらに魔力を込めてから斬撃を放つことで威力を高めた攻撃を試してみたのだ。すると先ほどの一撃とはまったく違う威力の攻撃が発動され魔族たちに対してダメージを与えていくことが叶うようになった。その結果を見た俺は思わずニヤリと笑ってしまった。それは、先程よりも簡単に相手の攻撃をいなせるようになり、一方的に相手を打ち倒すことが可能になったからである。その結果に気分をよくしていると、いつの間にか俺の体の周りに薄い光の膜のような物が張り巡らされていることに気付いた。

(なんだこれは?一体何が起こってるんだ?ってこれは俺を守る防御用の魔法なのか?だとしたら一体誰がこんな事を?)

そして俺の視線の先にいた人物が俺に話しかけてくる。

「おい、お前。何をやったのか分からないが、さっさとここから立ち去るが良い!さもないと俺の全力を喰らうことになるぞ!」

そう言ってきた男は全身を黒で染め上げたような衣装を身につけていた。しかしその男の姿を見ると、その男には何か得体の知れないものを感じさせるものがあったのだ。

(一体こいつはなんなんだ?まるで魔王でも相手にしているかのような感覚に陥るんだが、もしかしてこれがこの世界特有のものなのか?)

俺が自分の状況を把握しきれていないまま考えている間に、魔王と思われる相手から言葉が続く。

「くそっ、俺の魔力がここまで減らされるとは想定外だぜ」

「悪いけど君をここで倒してしまっても問題は無いよね?」

俺の質問に答えようとしない魔王に対して俺は攻撃を仕掛けることにした。俺は剣を振り下ろすと、魔王はその攻撃を難なく回避した。

だが魔王の反応を見て俺は、魔王が俺の攻撃を受けることを覚悟したうえで避けたのではなく、俺の実力を見極めるためあえて避けられるような軌道の斬撃を放ったということを悟ることになる。

(なるほどな。この魔王を名乗る奴の本当の強さを計るために俺の剣を受けなかったわけか。まあ、別に俺としては負けても良いんだが、この世界を救うためにはある程度の実力者がいないと厳しい気がするからな。でも俺の考えが正しいとしたら、もしかして今のでこいつも俺の強さを理解したのか?)

俺は剣を構え直すとその魔王に話しかけてみることにする。

「なぁ、あんたもしかして強いのか?」

「ふん、この俺の姿を見てまだそんなことを言えるとは面白い奴だな。まあいい、教えてやるよ。俺様の名は【魔王サタン】だ」

「へぇー、じゃあさっそく死ね」

「ちょ、おまっ」

俺は剣に力を込めると一気に解き放つ。【勇者】の固有能力によって【固有魔法】と【固有能力】の使用に制限を解除されると同時に俺が使える魔法と技の制限が解除されたのだ。その結果俺が放った魔法の全てはこの世界の常識を覆す威力を発揮することになったのである。俺は目の前にいる相手が自分の知っている存在であるなら間違いなくこの世界最強クラスの魔物のはずなのだが、その相手が魔法を全て受け切っているという衝撃的な光景がそこには広がっていたという訳である。

その結果を見た俺は少しの間だけ呆けてしまう。

(まさか、魔法をこれだけ受けても平然としていることが普通じゃないっていうのに、この世界最強のはずの存在のはずだよな?でも実際にこの目で見てしまった以上信じざるを得ないんだけど、やっぱりこれっておかしいことだろ)

そして俺は改めて目の前に立っている敵を観察する。

まず、俺の持っている聖剣で受けたダメージは【聖剣】の固有能力で回復することが出来ないようで、【聖剣】の能力を使った際に【HP】が減少し続けているようであった。

俺は、この魔王と名乗る男の外見について確認していくことにした。俺が最初に注目したのは瞳の色であった。この世界で一般的に使用されている瞳の色は青色が主流であり赤色や緑色の瞳を持っている者は存在しない。そして黒色も一般的な人間が使用する色は黒色だけであるため珍しいと言えるだろう。ただ、黒色は【魔族】と呼ばれる者たちがよく使用する色でもあるため一概にも黒色だから【魔族】という種族だとは限らない。そして次に俺は服装についても気になる部分を見つけ出すことができた。

俺の予想では黒い服を着用しているというのはかなり目立つはずなので、おそらく目の前にいる男が魔族の王として君臨するために作り出した物だろうと俺は考えていたのだが、その予想は裏切られることになった。

(この男が着ている鎧についているエンブレム、もしかしてどこかの国の紋章なのか?)

「な、なぜ貴様がそれを!?どこでそれを手に入れたんだ!?」

「これは、この前この世界に迷い込んだ時に倒した魔物から奪い取ったもんだ」

俺の言葉を聞いた目の前にいる相手が動揺する。その態度が演技なのか真実なのかは判断できなかったが、とりあえず話を続けることにした。

(しかしこの世界はいったいどんな世界になっているんだよ。俺は今まで異世界に来た経験が無いから知らないけど、もしかして魔王を倒したとしても、また次の日に復活するなんてことは無いよな?それに、まさか【勇者】が俺しか存在していないということはないよな?)

俺は自分の思考の中で、ある一つの可能性が頭をよぎってしまう。そしてそれが正しいかどうか確認しようと思い俺は勇者としての固有能力を使用することにした。

(勇者が持つ固有能力の中には俺の現状を把握することができる能力もある。ということは俺の勇者の力があれば今の状況が分かるかもしれない。)

俺は自分の中に存在する勇者の能力に問いかけてみると勇者の持つ能力から声が聞こえてきた。

(【聖女】の加護を勇者に与えています。勇者の称号が【勇者】に変更されました。聖女が与えることが出来る加護が共有されます。この能力は今後【聖女と加護を授けしもの ~この世界を救いたい勇者と加護を与えたい聖女のお話~】の主人公に引き継がれることになります)

(おいおいおいおい!ちょっと待て!どういう意味だよ、これ!【聖女】が主人公になれる能力を与えて勇者にしてくれる?なんだそりゃ!って今はそれよりもまずは目の前に居る男に確認することが先決だな。えっと【聖剣】と【聖剣の固有能力】が使用できるようになっていた。それで【固有魔法】も新たに習得できるようになっている。よし、まずはこの確認からだな。)

俺は自分に【聖剣】の固有能力で習得できる聖剣を確認させた。その結果聖剣を扱うために必要な能力を習得することが出来たようだ。それからさらに聖剣を強化することが出来るようになった。その結果さらに俺は強化された聖剣を手にすることになった。

(これで俺も本格的に戦いを始めることが出来るようになったな。まあ俺が本気で戦ったらここの村も一瞬で吹き飛ぶことになるから全力を出すのはまだ先のことになると思うけどな。ってかそもそもなんでこの【勇者】の力がこんなに強くなってるんだよ!【聖女の加護を授けしもの】とかいう固有能力の影響か?それとも聖女の力を勇者に与えたからか?ってか聖女の固有能力が強力すぎるだろ!でもこれは本当に使える!ありがとう、聖女の人!俺のハーレムが作れそうな感じだぜ!)

それから【勇者】の固有能力を確認するために俺は【勇者】のステータスを詳しく確認することにした。すると、自分の【固有魔法】と能力が使用可能になったことが分かった。そして俺はその魔法を使ってみようとしたところで違和感に気づく。それはなぜか目の前の魔王を名乗る人物が、こちらに向かって攻撃の準備を整えようとしている姿だった。俺が魔法を発動しようとしたタイミングを見計らっていたらしい。俺は反射的にその場から飛びのいたのだが、相手の攻撃をかわすことに成功したようである。

(さっきの攻撃、当たらなかったのが不思議で仕方がないぞ?あれって魔法なのか?ってか今の一撃で俺の聖剣を折ることくらい出来たんじゃねえか?)

俺が自分の状況を確認していると魔王から話しかけられる。

「ふっ、さすがは我が部下たちを倒せるだけのことはありそうだな。まあだがそれもここまでだがな。おい!そろそろ良いぞ!」

魔王の叫びに反応して周りに隠れていた連中が現れる。どうやらこいつらは俺の事を狙っていたみたいだが、そんなことをしても無駄だという事にこいつらが気付く前に俺の本気を見せる必要があると思った。俺は目の前の魔王を名乗る人物に視線を向けると、魔王も視線を返してくる。

「俺もあんたと遊んでいる時間は正直ないんだ。だけどそっちがそのつもりなら俺の方も少しだけ付き合ってやるよ」

俺は【神眼の天災】を使うと目の前の相手について調べてみた。

(こいつは魔王を名乗っているだけで実際はそんなに強い奴ではないようだ。俺がこの世界で魔王を名乗った場合と、本物の魔王が出現した時に備えて俺はこいつも魔王だと名乗らせてもらったが、こいつが魔王でないとはっきり分かってしまった以上もう用は無いな。だが、一応は情報だけ得ておくとしようかな。【鑑定】のスキルをレベル最大まで上げている俺には相手が魔王かどうかの判断ができるはずだ)

魔王の正体を見極めようと俺は魔王を睨みつけると、俺の体の中から力が沸き上がってくるのを感じる。俺はその湧き上がってきた力で相手を威圧するようにしながら質問をしてみる。

「お前は俺の敵じゃない、魔王でもない。なのにどうしてそこまでして魔王を名乗る?俺からしてみればただ迷惑だ。俺が聞きたいのはそれだけだ」

「な、なぜ貴様ごときに俺様が偽物だと断言されたあげく見下されなければいけないんだ!?」

俺がそう言い放ったことで目の前の男は自分の立場を理解し始めたようで、徐々に余裕を失っていく様子が伺えた。

(魔王にそんな称号は無かった気がするがこの世界ではそれが魔王の称号だっていうのは分かった。ただこいつの態度を見る限り魔王のフリをしていたのは間違いなさそうだ。なら別に殺す理由も無い。適当に気絶させる程度にしておこう。俺としてはこの世界に来てまだ間もないからあんまり無茶なことはしたくないし、ここは平和的な解決法を取るべきだろう。という訳でこの辺にしといてやるか。俺は【聖剣の固有魔法】を使用する。その効果は俺の武器の強化であり俺の強さを向上させる効果であるのだ。これによって俺はさらなる強化を得たという訳だ。ちなみに魔法の名前は『光刃』というらしい。見た目もまんま【聖なる光の剣】みたいな感じだし俺の中では勝手に聖剣って呼ぶことにする)

「さて、じゃあ始めようか」

「ちっ!後悔することになるぞ!貴様が俺に手を出したこと、必ずその命を持って償ってもらう!貴様は俺様の獲物として相応しい力を持っている。だからこそ俺様自ら殺して差し上げる。覚悟は出来ているんだろうな?」

魔王は剣を構えると戦闘態勢に入る。

(この魔王、なかなか強いみたいだけど、これでも勇者の加護を受けた勇者だからな。いくら魔王といってもそう簡単に負けるとは思わないんだけどな。とりあえず手の内を隠しながら戦えば問題無いだろ)

俺は、魔王と名乗る目の前の人物との戦いに集中する。俺はこの世界での戦いがようやく始まりを告げたのであった。

魔王と名乗る男が俺に斬りかかって来る。その攻撃のスピードはかなり速いもので、まともに食らうと普通の人間ならば大怪我は避けられないであろうものであった。

(へぇ~かなり早い攻撃を放って来たんだな。それならこれならどうかな?)俺は【勇者】の力によって習得した新たな魔法の使い方を思いつき、それを発動することにする。

(イメージしろ、聖女が使う【癒やしの力】のイメージを強く持つんだ。すると自然と聖女の持つ固有の力がどういう能力なのか分かるようになる。そして【聖女】の加護の効果によって俺の中に存在する【勇者の加護】が強化される。それによって【勇者】の力がより強くなるって仕組みだな)

そして実際に使ってみると確かに今までとは違う感覚を得ることが出来た。今までの【聖剣使い】としての固有能力も今までと比べてもさらに強力なものに進化していたのだが、それに輪をかけてさらに強力になっているような感覚を味わうことができたのだ。

(やっぱり俺の思った通りだったようだな!俺の考えではこの魔王も偽物で本当は別の人物が魔王の真似をしているんじゃないかと思っていたんだよな。それを証明するためには魔王が使っている固有能力を奪えればいいと思ったんだよな。実際魔王の持っている【闇魔術:魔喰】が俺の中に吸収されたのを感じ取れているし、これがこの世界のルールだということがなんとなく分かってきた。これでこの魔王を名乗っていた男は本来の能力を発揮できなくなるし、そもそも俺が勇者の力を得ている以上はこの世界に【勇者】以上の力を持つ存在なんて存在しないはずだからもう恐れる必要も無いよな。あとはその魔王を名乗っている男に引導を渡してやればいい)

俺は目の前の男に対して【光弾】を放とうとしたのだが、どうせならば新しい魔法を使うことにする。そして【聖槍の雨】と同様に新しく習得できるようになった魔法を発動すると、俺が狙った相手の魔力を奪い取って無効化してしまう魔法だと言うことが分かり、俺は試しに魔王を名乗る人物に向かって魔法を放った。すると魔法は魔王に着弾して、そのままその魔王を名乗る男に向かっていった。そしてその魔法は、男に当たるとそこで霧散した。

(え?なに?どういうことだ?もしかしたら魔法耐性とかそういうのを持っていたのか?だとしたら今の俺の攻撃が防がれてしまうのは仕方がないけど、まさか【固有能力】も【聖女の加護】で奪ったはずなのに使えなくなっている?って、あ!【固有魔法】も使えないじゃん!マジかぁー、この世界に来てすぐに自分の固有能力が使えなくなるのってかなりきついんだけど。この世界の人たちがみんなこんなに強いんだったら、俺は本当にやばいかもしれないな。よし!とにかくまずはこの魔王のフリをしているやつを倒してから考えよう!)

「おいおい!何だそれは?それがお前の奥の手だというのか?こんなものが通用すると思っているのかい?それとも勇者の力とか言っちゃったりするのかな?」

魔王を名乗る人物はこちらを小馬鹿にした様子で話しかけてくる。

(なんだこいつ?俺が今、魔法を使ったことも見えていなかったようだし、こいつがこの世界においてどれほどの強者であっても俺が【聖剣】を使って本気で戦った場合勝てるかどうかは微妙なところだと思うな。【聖剣】を使うまでもないな。さっきと同じように倒せば問題無いと思う。とりあえず魔法は封じられているようだから、接近戦で仕留めることにした)

俺は、相手に近づくために魔王の真似をする人物に向かって攻撃を仕掛ける。その一撃が魔王を名乗った人物に向かって放たれる。しかしその一撃は相手に当たらず避けられてしまった。だがこれは予測済みの行動なので、そのまま魔王の真似をした奴に追撃を掛ける。魔王を名乗った男は今度は自分の持っている剣を巧みに使うことでその俺の攻撃を防いだのだが、それはどう見ても俺の攻撃に対する防御にはなっていなかった。

「おい!何をやっていいる!俺様に構わずさっさとそいつを倒すんだ!」

「はい、仰せつかりました」

どうやら魔王を名乗っていた人物には部下らしき人物がいたらしく、俺はそちらに注意を引きつけられてしまう。魔王と名乗っていた人物の言葉に反応して目の前の魔王を名乗る男の表情が一瞬歪むのを確認すると、魔王の後ろから急に黒い炎が現れ、そこから現れた人物によって俺は吹き飛ばされる。その攻撃を受けたことによって地面に叩きつけられた俺は意識を失いそうになる。俺はどうにかして耐えて相手の姿を視界に捉えると、そこには一人の女性が立っていた。その女性を見て俺は思わず呟く。

(こいつは俺が最初に会ったあの盗賊じゃないか!?こいつも【影分身】みたいなスキルで隠れていたみたいだな。それにしても、俺が油断しすぎたせいもあって結構ダメージ受けちゃったな。この女、かなりのやり手だよな。それに【魔王】の固有能力は厄介だな)

「くそ!こうなったのは全部貴様のせだぞ!!【聖剣使い】め!許さないから覚悟しておけ!!」

「魔王さまは私にご指示をお願いします」

「ちっ!言われなくても分かっているさ!お前はあいつの足止めをしていろ!絶対に殺さずに捕まえて見せろ」

「かしこまりました」

俺はそのやり取りを聞きながら立ち上がる。

(【聖剣】の効果が効かない以上俺に勝ち目はないかもしれない。だからここは一旦逃げることにする。それにまだ戦いが始まったばかりだ。いくらなんでもそんなにすぐ終わってくれるほど甘い展開になるとは思えないし、それに俺の目的は勇者を殺すことではなくて勇者が持っているはずの【固有能力】だ。俺の目的のためにもまだ負けられない。ただここでこの目の前にいる存在と戦うのは俺の目的を達成するための障害になってしまうだろうから、とりあえずここは退くことにしよう)

俺はまだ痛みがあるものの、無理やり体を動かして目の前の存在から逃げようと試みる。そしてその瞬間俺と俺のことを追ってくる存在との間にある壁のような存在が現れる。

俺はその存在が一体誰なのか気になって顔を上げると、その人物を見たことでその人物が【魔王】の称号を持つ存在だと気づく。俺の体の中にある【聖剣】が、【魔王】の固有能力である魔法を吸収しようと力を放ち始めたのだが、【魔王】の称号の持ち主はそれを察知したようですぐさま距離を取る。その判断力は凄まじく、俺よりも明らかに戦闘経験が多いということを感じさせるものだった。

(くっ!このままでは不味いな。仕方ない。こうなればあれしか方法が無い)

俺は覚悟を決めると目の前に存在する【魔王】に視線を合わせる。そしてその【魔王】に向けて魔法を放つ準備を整える。その俺の魔法発動の兆候を感じたのかその【魔王】は慌てて魔法の準備を始める。そしてそれと同時に俺の目の前に存在した【魔王】の気配が消失した。俺はすぐに【聖剣】を地面へと振り下ろす。そうすると俺の周りに【魔王】の存在が確認できた。そしてその魔王の背後を【勇者】の加護を受けた身体能力をフル活用することで一気に近づく。俺の狙いとしては【魔王】の固有能力の一つである【転移魔法】を使わせないことなのだが、それを【勇者】の力で実行しようと思う。

俺は、目の前に突然現れ俺のことを迎撃しようとしている存在に対処するために【勇者】の力を使うことにする。【魔王】が俺の事を視認したタイミングに合わせて【勇者】の力を発動する。

【勇者】の固有能力の一つである【全知全能(偽)】の効果の一つによって【聖槍の雨】についての情報が新たに手に入ると【魔王】に対して放たれた【聖槍の雨】によって魔王は動きを封じられた状態になる。そしてその状態によって【魔王】の体が硬直して動かなくなる。俺の方はその【魔王】に対して攻撃を繰り出したのだが、それを予期していたのかその【魔王】はすぐに俺から離れようとするが、【聖剣】の能力が使える俺にとって、【魔王】の行動など予測済みであり先回りをすることが出来た。

俺は魔王に剣を突き立てようとしたのだが、【魔王】は【勇者】の固有能力による拘束を振り切って回避すると再び距離を取った。

(やっぱり強いなこの人。さすがに【勇者】の力を使えるといっても、俺のステータスじゃ正面からの打ち合いで勝てるとは思ってなかったけど。それでもこれなら勝機もあるかな?)

「へぇ、なかなかいい目をしているな少年よ。君の名前を教えてくれないか?」

「あんたの名前は何なんだ?それと俺に質問するのはルール違反だとは思わないのか?先に名前を教えるのはこの勝負に勝った方が相手の名前を聞くというルールのはずだ」

「おっとそれは確かにそうだな。俺はお前と同じ【魔王】を騙っている偽物で名前は【偽魔】だ」

(なんだよそのふざけた名前のセンスは!しかも俺と同じように偽名を使っているし!でもなんとなく俺が思っていた通りだな。まぁ俺も偽物を名乗っているし、そのことについて突っ込むのは辞めておくとするかな。それよりもこの偽魔とか言う男がどうやって俺の事を見破ったのかが問題だよな。まさか【聖槍の雨】を使って【魔王】の固有能力を使えなくしたからバレたってことはないよな?ってかそれってもう既に手遅れじゃないのか?そもそもこの人が【魔王】としてこの世界を支配していたのならば俺のことが分かっていても不思議ではないか)

俺はその可能性を考慮してこの偽魔に【魔王】の固有能力である【聖剣】の事が知られていないことを祈って話を進めることにした。

「それで【偽魔】は何が目的でこんなことをやらかしたんだ?俺に復讐するためにやってきたということはないだろう?俺が持っている情報だと、魔王軍の人たちってみんな女の子だし、その見た目は本物と比べてそこまで違いは無いと思うんだけど?あ、もしかして男嫌いって感じなの?」

「おいおいおい、いきなり失礼なやつだな!誰が男なんて大ッッキライに決まってるだろ!!俺は可愛い子が好きなんだ!俺はこんな気持ち悪い世界に居るより、元の世界で美少女ハーレムを作ってウハウハ生活を送っていようと思っていたのに。どうしてこうなったんだ!?ちくしょう!お前みたいなクソガキのせいで、せっかく作ったハーレムがパーじゃないか!!」

(え!?ちょっとなに言ってるのこの子。俺にはどうみてもこの人が嘘を言っているようには見えないんだけど。むしろ本当の事を語っているようでもあるんだけど)

「はっ!それなら俺だってお前のことは許せないな!勝手にこの世界を好きにして、そのうえ俺たちに戦争をしかけてくるとかあり得なさすぎるだろ!」

「おいおい待ってくれ。俺が世界を支配したのは今から三千年くらい前だぞ。お前のようなクソガキなんか生まれる前の出来事だろう」「なに言ってんの?お前馬鹿なの?どう見たって俺と同じくらいの年齢じゃん」

俺は思わずツッコミを入れると偽魔と名乗る男の様子がおかしくなった。

「お、俺はまだ十歳にもなっていないような子供なんだぞ!どう見てもお前のほうが年上だろうが!」

「はいはい。分かったよ。で?本当はどっちなの?ちなみに俺は十八歳ね」

「俺は三十だ!」

「いやいやいや、それは無いから!絶対そんなわけないだろ!その若さであれだけの実力を持っているとは思えないんですけど!!」

俺は目の前にいる男のあまりにもあり得ない強さを見て、もしかしたら俺よりも若いのではないかという錯覚を覚えてしまった。その言葉を聞いた偽魔王が怒り出す。

「う、うるさい。俺はまだ本気を出してないだけなんだよ。あと少し経てばきっともっと強くなるはずなの!それに【魔王】には成長促進っていう固有能力があるから、これからどんどん強くなっていくから問題ないの。そういうお前こそその程度の力で【魔王】に勝つ気なのか!?無理だと思うぞ!【魔王】である俺にはどんな攻撃も効かないからな!残念だったな!!」

「ふっ、面白いことを言う奴もいるな。だけどさっきお前はこう言ったよね。【聖剣使い】の力を使えばその制約は無効化出来るってさ」

俺はそう口にすると【勇者】の加護を受けた身体能力を活かして一気に加速する。

俺は目の前の男の言葉を聞いて笑みを浮かべると一気に間合いを詰めて剣を繰り出す。それに対して目の前の男は剣を抜き放つとそれを受け止めてきた。俺はそのまま鍔迫り合いになる前に後ろに飛ぶ。そしてすぐに魔法を発動して【聖剣】の能力を解放した状態で偽魔王へと攻撃を仕掛けていくのであった。

「ぐぅぉ!は、は、速い!!だ、だがまだまだ遅いぜ!それにこの俺様がこの程度の魔法に対処出来ないと思っているのかよ!!くらえ!『魔王の鉄拳』!!俺の全力を受けやがれ!!ついでに手から放たれる魔力によって相手を痺れさせることが出来るんだよ」

「そ、そんなもの効く訳ないだろ。そんなしょぼい攻撃なんてさ。それより、あんたが本当に【勇者】の力の事を知らなかったようだな。これは好都合かもね」

俺はそう言い切ると魔法を放っていた剣を鞘に納めてから剣技を発動した。そして偽魔王に向かって切りかかる。俺の一撃に対して偽魔王が手に持っていた剣を横に薙ぎ払う。それによって発生した衝撃波をまともに食らってしまった俺の体は吹き飛ばされてしまう。俺は空中で体制を立て直すために【勇者】の力を発動して魔法を発動する。すると魔法を発動するよりも早く偽魔王の手が迫ってきて俺の首を掴んできた。

「これで終わりだ。俺がこの世界に来てからずっと望んでいたんだ。ようやくこの忌々しい存在を殺せる日が来たと思えば、まさか俺自身が【勇者】の称号を持ってしまうとは思ってなかったけどな。【勇者】の称号を持つお前を殺した後は、俺がこき使ってやったこの村の連中全員を殺すことにしよう。そうすれば【勇者】はいなくなったことになり【魔王】の称号を持った俺がこの世界の覇者になれるからな」

俺は偽魔王が発していたその言葉でこいつがどういう人物で何のために【魔王】を騙ったのか理解してしまった。そして同時に偽魔王の力がどれ程のものかを直感的に理解することが出来た。だからこそ俺の中にある【聖剣】の力を全開にすることにしたのだ。

俺は首を掴む偽魔王の腕を掴み返してから魔法を放つ準備をする。偽魔王の方はその俺の行動に対して、【勇者】の力で自分の防御力が上がった状態なら、たとえ聖剣を使った攻撃であってもダメージは与えられないという慢心があったのか油断しているように見えた。俺は偽魔王の隙を利用して偽魔王を持ち上げ地面にたたきつけた後に魔法を放った。そして偽魔王は聖剣の力で防御しようとしたのだが、その魔法を防ぐことが出来なくて偽魔王はそのまま地面に埋まってしまうのであった。

「俺の勝ちだな。このクソ野郎が!まさかこんな簡単に倒せてしまう相手だと思っていなかったぞ。【勇者】の固有能力が使えるようになって良かったよ。この能力がなかったら間違いなく負けていたしな。まぁこの能力で偽物の偽物をぶっ殺したってのはなんとも言えない気分だけどさ。まぁでも偽魔王だから問題はないと思うんだけどね」

俺は偽魔王を倒したことを確認するため、偽魔王の体が埋まっているであろう場所に歩いて向かう。そこには偽魔王の死体が存在しており、その表情は完全に死んでいた。

「あれ?もしかして偽物とは言え俺と同じ名前を持っていた人間を自分が殺したってのは嫌なものだな。なんか複雑な気持ちになってきたぞ。というかよく考えたらもしかして俺は異世界転生して初めて人殺しをしたんじゃないだろうか?しかも偽物相手とは言え人型の生物だ。罪悪感が全く無いと言えば嘘になるが。まぁ仕方ないか。それよりもまずはこの村の人たちを救い出さないと」

俺が自分のやるべきことを考え始めた時だった。偽魔王を閉じ込めるために発動していた【結界】が解除され始める。その光景を見た俺は偽魔王を封じ込めた地面が徐々に解放されていく様子に驚く。俺は【魔王】の力を使えなくなったことによって偽物の死が【魔王】の呪いを打ち破る要因となったと瞬時に判断した。その結果、その【魔王】の力が消えたことで封印されていた【魔王】の力が解放されたのだということが分かった。

(ヤバイ。偽魔王を封じこめるためにかなり強力な【結界】を使っていたから【魔王】の力を取り戻されたとしてもそれほど強い魔物は現れないと思っていたんだけどな。このままだとこの村が崩壊しかねない。どうする?とりあえず急いでこの場を離れるか?)

俺は一瞬のうちに色々な事を考える。そして偽魔王が作り出したこの場所は偽魔王にとって不利な場所であるため、もしかしたら俺に襲い掛かってくるかもしれないと考えた俺は、すぐにここから逃げ出すことを決断する。だが次の瞬間だった。俺の考えを否定するかのように地面が盛り上がり巨大なドラゴンのような姿の化け物が出現したのだった。俺はその予想外の出来事に驚きの表情を浮かべる。だが、その現れた魔物を見てどこか安心した。何故ならばその化け物は、まるで【魔王】の姿を彷彿とさせる見た目をしていたからだ。その事実を確認した俺は【魔王】として目覚めたこの化け物になら任せられると判断してその場を任せることにした。

(この調子ならきっとあの人も救えるはずだ。【魔王】の固有能力は、【魔王】としての力を扱えるようにしただけでなく、【勇者】が持つ固有の能力までも再現することができる。この世界ではありえない力を手に入れられるんだ。【魔王】が復活するなんてことはそう何度も起こせる現象じゃないはず。それにもしもまた復活できるにしても時間がかかるだろう)

俺は【勇者】の力を完全に制御出来るようになっているとはいえ、それでもやはり完全に使いこなすのは難しいだろうとも考えていた。それは【聖剣】を使い続けている【勇者】の固有能力を模倣するとなるとかなりの時間が必要になると予測できたからである。俺はそのことを思いながらも偽魔王を【魔王】に託すと俺は偽魔との戦いによって怪我を負った人たちの手当をするために走り出すのであった。

【聖剣】の力と偽魔の圧倒的な実力に追い詰められていく俺であったが、俺は偽魔の攻撃を全て防いでいた。というのも偽魔は俺のことを格下だと思い込んでいたようであり、手加減しながら戦っていたことが原因でもあった。しかし俺はあえて攻撃を受け続けることで、【聖剣】の持つ固有能力である『障壁』を発動させてダメージを最小限に押さえたのだ。もちろんただやられっぱなしだったわけではない。俺は偽魔の動きを観察し続けていたのである。

俺は偽魔王が攻撃してきた際に、それを剣技の応用でカウンターを仕掛けたり、逆に偽魔王の攻撃に合わせて魔法を放つことで攻撃を逸らすことに注力することにした。そして攻撃のタイミングを読み切ったりすることで反撃を行う機会を作り出すことに成功していった。そして俺と偽魔王の戦いに転機が訪れたのは俺が偽魔王の拳を受け流した際だった。俺に拳をいなされる形で勢い良く振り抜かれた偽魔王の剣は空を切り、それによって生まれた隙を利用することで偽魔王を地面にたたきつけることになった。そのチャンスを見逃さなかった俺は即座に偽魔王を拘束して身動きを取れない状態にすることに成功したのである。俺は【勇者】の固有能力で偽魔王を倒そうとしなかったのはもちろんのことだったが、それ以上にこの世界に存在する人間のことが気になっていたからである。

俺は先ほどからこちらの様子を観察するように視線を送っている少女に近づき声をかけた。

「ねぇ君!怪我とかしていないかい?」

「は、はい。だ、大丈夫です」

「そっか。それは良かった。ところでここは安全とは言えないみたいだから避難してくれるかな」

俺はそう言うとその女性に向かって微笑みかける。するとその女性が驚いたような表情をして口を開く

「そ、そのお優しい笑顔をありがとうございます!!あなたのおかげで私たちは救われました。私の名前は『アカリ』といいます。もし宜しければ名前を聞かせてもらえませんか」

「俺は【勇者】だよ。それじゃあ安全なところに移動してそこで俺の活躍を見守っていて欲しいな」

「は、はい。わかりました!どうか私たちを守ってください。よろしくお願いします!」

俺はその言葉を背中越しで聞きながら駆け出していく。俺は偽魔王が作り上げたこの地下洞窟から抜け出すために、この世界に存在している唯一の出入り口を目指す。その出入り口までの道程を進んでいくとそこには大量の魔物が存在した。

俺はその状況を見てため息をつくと剣を構える。

「はぁ。さすがに数が多すぎるな。これじゃいくら俺でも全てを相手するのは難しいかもな。それにこれだけの量を相手にしていると【聖剣】の魔力消費が激しくなりそうでもある。でもやるしかないよな。さっきまでよりも強くなってる俺の姿を見せたい人がいるからさ」

俺は自分にそう言い聞かすようにして覚悟を決める。そして剣技を発動すると魔物たちに向けて切りかかっていった。

私は勇者と名乗った青年を見送ることしか出来なかった。それも当然だろう。なぜなら彼が現れなければ間違いなくこの村は滅びていただろうし、さらに言えば村人たちは全滅していた可能性だってあったのである。

「どうして、勇者様はわざわざ危険な目に合うような選択をするのでしょうか?あの勇者を名乗る存在がこの村の敵なのは間違いないことだというのは分かるのですが、あの勇者は勇者を名乗っておきながらも私たちを助けるような行動を取っていた気がします」

私の呟きが周囲に響く。その言葉を聞いてくれたのはこの村の長をしている男性でした。彼は少し考えたあとに口を開きました。

「確かに彼の行動を見ていると不思議には思うよね。勇者と名乗る者ならば自分たち以外の人々に対して興味を持っていないのであれば、わざわざ危険に身を晒すようなことをしないはずだ。それこそ勇者の名を持つ者たちは魔王を倒して英雄になりたいと心の底から思っている連中ばかりだしね」

男性のその話に周囲の人々は静かに耳を傾けている。その表情はどこか悲しげに見えてしまったのはおそらくは彼らが過去に魔王の手によって大切なものを奪われたことがあったということに他ならないのではないだろうか?

「そうですね。その通りだと思います。それでしたらなぜ勇者を名乗った偽物の勇者は自らを犠牲にするかのようにこの村にやって来たのでしょうね。そもそも勇者を名乗るほどの実力がある者が本当にこの世界の人間でいるものなのですか?勇者と呼ばれるくらいの力がある者は魔王軍の幹部クラスの存在なのではないのでしょうか」

私がそう疑問をぶつけると、男性は何かを思い出したかのように答える。

「ふむ。そうだね、君は知らないようだしそのことについて教えてあげないとね。この世界には実はもう一つ勇者の種族があるんだよ。彼らは普通の人間が持っているステータスの値を2倍に引き上げることが出来るんだ。その代わりに特殊なスキルも所持してはいないんだけども。しかし彼らには一つ他の人間とは決定的な違いがあるんだ。それは彼らの中に【魔王の血族】というスキルを受け継いでいることだよ。つまりは勇者の偽物たちは、魔王の血縁者として生まれてくるんだよ。それが意味することは簡単さ。【魔王】が復活したってことなんだよ。そして今代の魔王が誕生したってことだ。この話は絶対に秘密にしてくれよ。僕たちも今回の事態を重く受け止めているんだ。だから村の外に避難した方が良い」

「なっ、【魔王】が復活した!?それは一体どういう事ですか」

私は村長のその話を信じられずに問いただした。【魔王】の復活なんて聞いたこともない。だがその言葉に偽りがないと言うことは目の前の男性が真剣に言っていることからも十分に理解することが出来た。

だがそんなことがありえるのかと混乱していた時だった。私の横にいた女の子が泣き出し始めたのだ。その光景を見た男性がその子の元へ駆けつけていくと必死にあやし始めたのだった。その様子を見て私はようやく現実を受け入れていく。

(この人たちに本当のことを言わなかったとしても勇者の真似事をする何者かはいずれこの村にやってくる。そしてきっと私達は皆殺しにされる)

私の中で最悪の予想が浮かび上がっていた。

偽魔によって地面が吹き飛ばされて地面の下の空洞に落とされた俺はどうにか脱出する手段を探していた。偽魔が作り出した穴の中は複雑に枝分かれをしており、しかもかなりの深さがあったのだ。だからこそ上へ登るための手がかりを見つけ出すのが困難になってしまったのだ。

俺はなんとかして地上に出ようとして、壁などを伝う形で移動を続けていた。

「この感じだとかなり時間がかかりそうだな。だけど諦めるわけにもいかない。それにしてもこのダンジョンのような構造の場所は俺にとって好都合だ。なにせ【勇者】の固有能力を使うための条件は俺の体に触れていれば問題なく使えるからだ。まぁその分威力が落ちるけどもさ。とりあえずこの場では全力を出していこうと思う。【勇者の加護】と【魔導の極致】の力を」

俺は【勇者の加護】の効果によってステータス値が限界を超えて上昇を始める。しかし俺はこの瞬間こそが偽魔と戦う最大の好機であると判断した。

【勇者】の固有能力【勇者】は身体能力を強化する能力だ。その能力の発動時に俺は自身の身体に【神速再生】を使用すると俺はその場を蹴った。そうすると俺は音速の壁を突破する。その結果俺は凄まじい勢いで加速していき壁に衝突する直前に剣技を発動させる。それは以前も使用したことのある【剣王】の奥義である【一刀両断】だった。俺がそのスキルを発動したことで剣の斬撃は空気を切り裂き衝撃波を生み出していく。それによって俺は壁を破壊して地上に出ることに成功した。

「よし!これで俺は無事に外に出られたぞ!後はこの地下を壊すだけだ」

そう言うとその瞬間に俺は地下空間に存在する魔物たちに目を向ける。

【スキル:強奪】

俺は【スキル略奪(強制進化)】を使い、その力でこの地下空間に存在するすべてのモンスターからスキルを奪うことに成功する。俺はそれによってレベルが上がり、それと同時に【剣王】の剣技を強制的に進化させて、新たに生み出した剣技を使用することが可能になる。

【勇者剣】

その技を発動することで、俺は新たな必殺技を生み出す。その名は【勇者殺し】という技であった。その攻撃方法は単純にして単純なものだ。だがその攻撃に一切の手加減は無い。ただ純粋に相手のHPを奪い取るだけの一撃だった。俺が【勇者剣】を放ったことにより、周囲の大地は崩壊を始めていく。

こうして俺は偽魔王との死闘に勝利したのだった。

俺は偽魔王との戦いを終えると【勇者】の称号を偽魔王討伐の証拠となるものとして回収してから【剣帝】の能力を使って元の姿へと戻った。俺の元の世界で言うところの三平体系の顔つきをしていたので特にイケメン補正のようなものは存在しないはずだったのだが、どう考えてもこの世界の人々にとっては俺がイケメンだったのであろう。女性陣から熱烈なラブコールを受けることになった。

そして現在俺たちはこの村の長の家に集まって話し合いを行うことになっていた。そこでまず俺が行ったのがこの村の周辺の魔物を一掃してしまうことだった。それこそ【剣聖】の固有能力を応用することによってこの一帯を荒野と化してしまった。その際に大量の食料も手に入ったので村の人たちに配ってしまったのは仕方がないことだと思う。しかし村の人たちは、そんな俺たちの行動に対してとても感謝しているみたいで何度もお礼を言われてしまったのは正直言って恥ずかしかったのを覚えている。それにしても村の復興のためにはかなりの時間が必要となりそうだ。なぜなら村には魔物たちが住み着いていた痕跡が多く残っていたからである。おそらくではあるが【勇者】が村に訪れた時に襲い掛かってきて返り討ちにされてしまったというのが正しいだろう。それにあの偽勇者がこの村にやってくるのを知っていたということは偽勇者をけしかけてこの村を襲ったのは間違いなく偽魔王側の仕業なのだろうと推測する。それこそ魔王軍が本格的にこの世界にやって来ているという証左でもあるのだろう。そして魔王軍の次の標的はこの村の可能性が非常に高い。だからこそ早急に手を打たなければならないのだとは思っている。それに関しては偽魔王を倒したことによって得られた情報を元に、俺はある作戦を考えていた。それはこの世界に【聖剣】が存在しているのではないかというものだった。もし存在していた場合は偽魔王よりも早く見つける必要があるのかもしれない。そしてこの世界に現れた勇者たちのことを知っている可能性があるのはこの世界唯一の国である帝国にあると言われている城だろう。

「勇者様はこの後どのように動くのでしょうか?」

俺は隣にいる美少女にそう質問されると、今後の行動についての考えを伝え始める。それは【聖剣】が本当に存在しているとしたら、俺は【勇者の村】に行く必要があると考えていた。その考えを伝えると彼女たちの反応はとてもいいものとは言えないものとなった。なぜなら彼女達の村はすでに偽勇者の手によって滅ぼされていたからだ。つまり【勇者】を名乗るものがやってくる場所と言えばここしかなかったということになるのだ。だから村の住人たちは、村を出て行って欲しいと言われるのではないかと思って怯えていたようだったが、俺はあえて違う答えを出した。そのことで住人たちからは歓声が巻き起こり歓迎されてしまい、そして勇者と名乗る者が現れてしまった理由と対策を考えて欲しいと頼まれることになった。俺はその頼みごとを受けることにして、これから行うべきことについて考えるのだった。

(それにしても偽勇者の正体は何だったんだろうか?そもそもどうしてこんなことをしたのか、それを知る必要があったな。でもまぁ俺としてはそんな偽勇者よりも偽魔王が本当に復活したのかどうかを確かめる方が重要だ。【魔眼】の力を使えばある程度の真実は分かると思うがそれをするには少し時間がかかるからな。それに今は少しでも戦力になる人たちを増やすことが優先だ。そのためにまずは、この【聖剣の村】に向かうしかないよな。この世界の勇者のことを調べることが出来るのは、おそらくだが【勇者の聖印】を手に入れた人間だけだからな)

俺は自分の考えていることを話してこの【聖剣の村】の人達にその案を受け入れる準備があるのかを確認してみると、全員揃って是非とも受け入れたいと言い出した。その理由は偽勇者のせいでこの村は酷い被害を被ってしまったからであり、今すぐにこの村の人たちが復興するためには力が必要であると、村長が俺に言ったのだ。

それから俺はすぐに旅支度を始めることにした。というのも今俺がいるのは帝国のすぐ近くの場所らしく、ここからならば歩いて一日ほどの距離らしいのだ。そのため俺は早速出発することにしたのだ。そしてこの村の住民の一人から俺が【魔剣】を持っていることについて聞かれた。それに対して俺が自分の正体が人間であることを教えると、彼女は目を輝かせながら魔族の領域へ攻め込むことを提案してきた。だが残念なことに俺は魔王軍との戦いに参加することを断ることにする。

「えっ!?魔王軍に挑もうと思ったんだけどダメなの?」

俺の発言を聞いた少女の口から驚きの声が上がる。

「魔王軍との戦いで命を落とす危険性が高い。それに魔王軍の目的が分からない以上はこちら側からは動けない。もしかすると勇者の力を真似た偽魔王の策略かもしれないからな」

俺はその言葉を口にしながら魔王軍を偽魔王が操っていた可能性も高いのではないかと予想する。なにせ魔王軍の本当の狙いは俺だったはずなのだ。それにも関わらず、偽魔王の配下と思われる連中に襲われたのは事実である。しかも俺を攫おうとしたことから偽勇者は偽魔王の命令で動いていたという可能性が極めて高くなっていたのだ。そして仮に本物だとしても偽魔王を倒すためには偽魔王の居所を探る必要が出てくる。それを考えると俺はまだ魔族の領域へ行くことが出来ないのだと判断した。それに加えて俺がこの村の人々を連れて行くとなれば、当然のように戦闘が発生してしまう。そうなると村人を巻き込んでしまう可能性があったのだ。それならば俺だけが単独でこの魔域に侵入を試みた方がいいのだと考えたのだ。

(もしも【魔人】を仲間に出来た場合には魔人の固有能力を使って、俺一人でも偽魔王のいる場所にたどり着くことが出来るはずだ)

俺は【スキル強奪(強制進化)】を使い、【スキル強奪(強制進化)】によって強制的に進化した魔物たちを手に入れることを考え始めていた。

(もしかしたらこの【スキル強奪(強制進化)】が偽勇者に通用しない可能性もあるがそれでもやってみる価値はあるだろう)

こうして俺達は魔族が支配する地域へ向かうために出発した。俺の隣には美少女が三人もついてきてくれることになったのだが、なぜか全員がお揃いの戦闘服を身に着けていて、俺はその格好を気に入っていなかったのだが結局そのまま出発することになった。そして俺たちは一路、【聖剣の村】へと向かうことになる。

そして俺たちが魔域へと向かって歩いていると、そこには【魔王】が君臨している城が姿を現した。だがこの城の周辺に【聖剣】は存在するのであろうかと俺は疑問を持つ。【魔王】が復活していたということは、魔王城に【勇者の剣】があった可能性が高いからである。そして魔王城の中に入るために城門の前にたどり着いた時に俺の目には驚くべき光景が広がっていた。それは巨大な黒い狼に乗っかっている少年の姿が目に飛び込んできたからである。俺はその姿を確認すると同時に、この人物が何者であるのかを理解していた。

「まさか!あの時【神装兵器 月光 白夜 銀夜】を手に持っていた人物と同一なのか?」

俺は【神眼】の力を使いその男を見定める。その結果、【勇者】という存在だということが判明した。その男は突然俺の方を睨みつけると【聖剣 月光】を抜き放つ。その動作を見て、彼が本気で戦うつもりであることを確信した俺は、【剣帝】の能力を使用して最強の攻撃を放つための体勢を取る。

『我の名は、【勇者 剣聖】の剣にして最強たる【魔刀黒王】である。我が主に牙を向けると言うことは即ち、魔王に挑む覚悟があってのことであるか?』

突如として現れた【魔剣】から声が響き渡った。それこそがこの世界において勇者の代名詞とも言える【スキル】なのだと俺は瞬時に理解した。それと同時に目の前の男が持つ【魔剣】が本物であるという事も分かった。俺は相手の隙を突いて攻撃を放とうと試みたが、【魔剣 黒王】は一瞬だけ俺の攻撃に反応して見せたのだ。どうやら【魔剣】は、俺と剣を交えてから戦いを始めたいということなのだろう。俺もそれに合わせて構えをとる。俺も相手の技を見ただけで模倣することができるのだから相手も同じだと考えたのである。

そして両者はぶつかり合い、俺と【勇者剣聖】の戦いが始まった。

【勇者 剣聖】と俺は互いに【スキル】を駆使して戦っている。それというのも俺は【剣聖】の能力で【聖剣】を生み出していたからだ。それに対して【勇者 剣聖】は【勇者の村】に存在していた【剣聖】と呼ばれる人間の持つ固有の能力を発現させ続けていた。

「流石は【勇者】といったところか。俺の【剣豪】や【魔拳】を完璧に対応して見せるか。これならどうかな?」

【勇者 剣聖】の繰り出す斬撃に対して、俺は右手を突き出したまま剣を受け流すことでその剣を回避する。その際に【勇者 剣聖】が使っている剣が普通の物ではないことに気が付き、その正体を確かめるために解析を発動させた。

【勇者の聖剣】

(説明:勇者の加護を受けた剣。あらゆるものに対する防御能力が上昇する)

【勇者の聖剣】という名前を聞いてから【剣聖】と【勇者】はセット扱いなんだなと思っていた。ただ【剣聖】は偽勇者が持っていた剣と同じ物を扱っているように思えた。そして剣の形状がよく似ているため同じ物であるのは間違いがないのだと思われた。だがこの【勇者の聖剣】というものは【勇者 剣聖】専用の武器だと思われる。それを裏付けるかのように俺がそのことについて尋ねると彼はあっさりと答えを教えてくれた。

「その剣は、俺が【勇者】の固有能力を手にした時に手にしていたものと同じ形をしていた。だからそれが【勇者 剣聖】専用に作られた剣であることはすぐに分かることだった」

「なるほど。そう言う事だったのか。でも俺の方は君に勝てるかどうか微妙かもしれないな。でも俺の方も君のことを真似させて貰うとするかな」

「真似をするだと?ふざけるのもいい加減にしろ!」

「そう言われてもね。【剣帝】が持っている【剣皇】の能力は、俺が【剣神】の力で再現出来るみたいだから、俺は【魔刀 月光】の使い手である君の技を使うことが出来るってことさ」

【剣聖】はその言葉を聞くなり怒りに任せた様子を見せる。

「俺の【聖剣術 七式】を真似することが出来るとでも言っているのか?」「ああできるよ。それでは見せようじゃないか!これが俺の使う【月影】だ!!」

俺は【剣聖】の動きに合わせるように【聖剣 剣帝】に【剣豪】の能力を使用する。それにより【剣聖】が使ったのと同じようにして、剣から剣を生み出すことに成功する。そして剣に意識を集中させると、俺の周りを取り囲むようにして無数の剣が現れる。そして俺の作り出した剣たちが、【剣聖】に向かって襲い掛かる。その剣が襲いかかった際に生じた衝撃によって地面が大きく揺らぎ、まるで地震が発生したかのようになった。その揺れによって俺の体が吹き飛ばされそうになるがなんとか耐えることに成功。

俺の視界には【剣聖】が地面に膝を突きながらも立ち上がろうとしている姿が映り込む。そんな彼に止めを刺そうと剣を構える。だがそこで【魔剣 剣王】が口を開いた。『貴様の実力はよくわかった。だが私を本気にさせるのであれば【魔装覇王】の力を持つ我の固有能力を使って、全ステータスを10倍に引き上げて見せろ』

と。

それを聞いた俺は少し悩んだが、ここで力を出し惜しんでいては勝つことはできないと判断して、【魔装覇王】の力を使おうと決める。すると俺が握っていた【剣帝】の【魔剣 剣帝】から【魔装覇王】という力が俺の中に入り込んできた。その結果、俺の中に存在している【固有スキル】【剣聖 剣魔 極級 極致】が【固有スキル 剣王 上級 極級 極頂】に変化する。そしてそれと同時に俺自身のレベルが一気に2上がったのである。そのことにより俺のステータス値は全て20倍以上に跳ね上がる。そして同時にこの空間内にいる【魔王】の力までもが自分の中に入り込んでくる。そしてそれと共に、この世界のルールが変わったのを感じ取った。つまり【魔剣】であるこの魔剣の主が自分になったと悟る。この【魔王】とはおそらく先ほどの少年のことであろうと思った俺は、改めて彼の方を見る。

「お前の勝ちを認める。だからこの魔剣をやる。だからその代わりにお前の力を見せて欲しい」彼はそう言い残すとその姿を消したのであった。

こうして俺達は無事に魔族の支配する地域へと足を踏み入れることが出来たのだった。俺達の目的地は魔王軍の本拠地が存在する場所となる。そこは魔王の住処でもあり【聖剣 月光】が眠っている可能性が極めて高い場所でもあった。だからこそ一刻も早く辿りつかなければならない。

(もしも本当に魔王の封印が解けていたのならば厄介だ。偽勇者の目的は恐らく【聖剣 月光】だろうし。その目的を果たすためには俺を倒さなければならない。だけど偽勇者には【スキル強奪(強制進化)】が効かない可能性が高くなっている)

そして偽勇者がもしも【聖剣 月光】を手に入れることに成功してしまったら俺は非常に不味いと予想していた。その理由としては【魔王 魔剣】が【魔剣】の本来の持ち主へと所有権を返還したということがあったからである。もし仮に偽勇者に奪われたとしても【魔剣 黒王】と【魔剣 月夜】の二振りを手に入れることができれば偽勇者はこの世界でもかなりの脅威になりえる存在になるのは確実だろう。

【魔剣 黒王】の【魔人化】の効果は恐ろしいまでに強力だ。それを考えてしまうと【聖剣 月夜】を手に入れた場合には偽勇者は更なる強さを得ることになるのだ。それは【魔剣 月夜】の所有者となった時点で俺と同等以上の力を手に入れていると言っても過言ではない。それだけに絶対に奪われてはならないと考えた俺は、急いでこの場所へ駆けつけなければと考えていたのである。

【魔剣 月夜】

それは【魔剣 黒王】と同じぐらいの力を持っている。ただし月夜の方は月光の【固有スキル】を持っていないために月光よりも格は低い。だがしかし、その月光と同等の性能を持つ【魔剣 月夜】と互角に戦えていた俺の本来の力は相当なものだったということだと考えられる。だからこそ、俺はこの世界にやってきたばかりの頃の俺よりも確実に強いと言えるはずだから、油断せずに気を引き締める必要があるなと思っていた。

「さっきから随分と考え込んでいるみたいですね。一体何を考えているんですか?」

俺のことをずっと見ていたルミナスから声を掛けられると、それに気づいた俺は彼女に顔を向けることにした。

「いや、大したことじゃないよ。この世界に転移した時の俺って、結構強かったんだなと思っていただけだよ」

「まぁ確かに、あなたは相当に強くなったと思います。今の段階でしたら私達の中でも最強に近い存在であると断言できますから」

彼女は真剣な表情を浮かべながら俺の言葉に同意してきた。そんな彼女の態度を見てもなお俺の中で不安は尽きなかった。だから少しでも偽勇者が【月剣 月花】の【スキル】を手にする前に【聖剣剣王】の【スキル】で倒しておきたいところだと俺は思っていたのである。だがそう考えると同時に俺の心に何か引っ掛かりのようなものを感じていた。そしてその引っ掛かっていた原因について考えてみたものの、特に思い当たるものがなく首を傾げるばかり。ただそれでもなぜか俺はこの違和感を無視できない気持ちになってきていた。

(どうして俺はここまで【魔剣 剣王】の力を信用していないんだ?)

今まで俺はこの魔剣の力を信じていたつもりだったのだがどうにもその考えが間違っていたのではないかと感じ始めていた。それというのも、この世界に存在するはずの【聖剣 月光】の存在を知らなかったことが原因なのかもしれない。だからこの違和感の正体はそれではないかと思ってきたのである。「どうかしました?」

「んっ?」

「急に黙りこんでしまいましたから、どうかしたのかと思いまして」

俺は心配そうな表情を見せるルミアの顔を見つめてから口を開く。

「いや、なんでもないよ。それで話というのはなんだい?」

俺の質問に答えてくれたルシアによると、彼女達はこの先にある都市に住んでいるらしい。そのことについて詳しく聞くと、そこは俺にとって興味深い内容だった。何せそこには魔族の王が住んでいるからだと言うのだ。つまり魔王の関係者がいるということだった。だが魔王は魔族に対してそれほど悪辣なことはしないはずなので、普通に接していればそこまで恐れる必要もないだろうと思う。だがそれでも俺は一応の注意だけはしておくことにした。

「そういえばこの先の都市では俺が元人間だったということを隠さない方がいいかもな」

「どうしてそう思うのですか?」

「魔族には人間の血を好む者も多いからな。もしかすると魔族に襲われてしまう危険性だってあるわけだし」

俺のそんな言葉を聞いたルシア達は納得のいったような顔を見せてすぐに口を開いた。

「なるほど。確かにあなたの言う通りです。魔族が人を襲うのは基本的に魔族の領地内で生活している人々だけ。それ以外で襲ってくることはないでしょう。ただ魔族は人の血液を飲まないと死んでしまうと言われているほどだから。もしそんなことをしたら大変なことになりかねないわ」

俺はそんな話をしながらも目の前に見えてきた街に視線を集中させていた。この街の名前はラクスと言い、魔王が支配している領地ではそれなりに栄えている大きな都市であるそうだ。俺はそんな街の景色を見ながらゆっくりと歩みを進めていくのであった。

街に入る際には通行証が必要だったが、それもルチアさんが用意してくれていたのであっさりと中に入ることに成功。それから俺達は宿を取ることに決めた。

そして俺は宿を取ったあとは一人で出掛けていく。目的はこの街に住む知り合いに会いに行くことにあった。

その相手の名はクロナといい、俺と同じ魔導士系統のスキル【魔道】の【固有スキル】を所持している少女である。俺が持っている【スキル強奪(強制進化)】の力を試したいと考えている際にたまたま遭遇したのが彼女と知り合ったきっかけだった。その時にお互いの持つスキルの情報を交換することに成功。その後からも俺とクロナは交流を持っていたのである。

ただ彼女はあまり人と話すことが得意ではないようでいつも一人だった。俺はそんな彼女が可哀想に思えたのもあって積極的に話し掛けるようにしたのだ。その結果、徐々にではあるものの会話をするようになっていった。

だから今日は久しぶりに会いたいと伝えていたのであった。俺は【気配遮断】を発動させると、【隠蔽】と【魔力操作】と【無詠唱】と【魔法陣】の能力を併用して姿を透明化させた。これにより俺の体は光によって視認できなくなる。これで普通の人相手ならば俺のことが認識できなくなったはずだった。

俺は【隠密】と【魔力察知】の能力を常時使用している状態で、【魔闘気】も発動させておくことにする。それにより身体中のオーラは薄くなるものの【固有スキル】【ステータス】によって強化されたステータスが弱体化してしまうということもない状態になっていた。この状態を持続させるためには俺の体力が持つ範囲であればいい。

ちなみに【隠密】に関しては既に俺自身の力で扱えるようになっており、熟練度が2段階も上がってレベル5まで上昇している。そのため姿が見えにくくなっているし声が届きにくくなっている状態だった。また【魔装覇王】の力を使うと【魔装覇王】の力の効果も一緒に発揮されているらしく、俺は【魔剣 黒王】を【収納】の中に入れたまま行動していた。だから俺は【魔剣 黒王】の【魔人化】を使うことなく偽勇者に勝つことができるのかもしれない。だが、もし仮に偽勇者との戦いに俺が負けたらその時には間違いなく【魔剣 黒王】の力は奪われてしまうだろうと考えていた。それだけはなんとしてでも避けたかったのだ。だからこそ【魔剣 月夜】を使われる前に倒してしまいたいと考えた俺は、急ぎこのラクスという場所に向かうことを決めた。

(もしも偽勇者の奴が俺と同じようにこの世界で戦えるようになっていたとしたら、あいつの方が俺よりも先にこの世界へと転移していた可能性が高いからな)

俺はそのことを考えただけでも背筋が凍るような思いをするのであった。

そして【魔力察知】を使って周りにいる魔族の反応を探る。しかし特に変わった点は見つからなかったために少しホッとするも、念のために【魔人化】をして【超加速】を使用する。

こうして俺が動き始めたことによって魔族達に気付かれていないかを確認した俺は、その足取りをさらに速める。

「よし! ここなら問題なさそうだな」

「ええ、そうね」

俺の言葉に反応してきたのはクロナだ。彼女の容姿は一言で表すとクールビューティーという言葉がよく似合う美少女だった。黒髪で瞳の色も黒。スタイルは良く胸も大きいのだが腰はくびれておりスレンダー体型である。身長はそれほど高くないが、それでも女性にしては十分に高い部類だろう。肌は白く綺麗で整った顔をしており、どこかのお姫様のような高貴な雰囲気を纏っているように感じるのだった。

彼女はこの都市の学園の生徒会長を務めており、かなりの有名人である。そんな彼女は俺に向かって軽く頭を下げてから口を開く。

「久しぶり、コウキ」

「あぁ、本当に懐かしいな。元気にやっていたか?」

俺は【魔装覇王】の力を解除してからクロナの顔を見る。彼女は相変わらずの無表情ではあったが、俺はそんな彼女の姿を見慣れていた。だからこそ特に気になることもなかった。それに俺にとってはこのクロナという人物こそが唯一の癒やしとも言える存在である。俺と同じような転生者で俺の【固有スキル】である『成長強化』の対象になっている数少ない人物でもあるからな。

そして俺の問いかけに対してコクリと頭を縦に振ったクロナはこう答える。

「うん。それなりに楽しく過ごしている。友達もいる」

「へぇ~それは良かったな。お前って昔から結構人気だったみたいだし、もしかすると恋人なんかもいたりしてな」

俺が軽い気持ちでそう告げると、なぜか俺の言葉を聞いた彼女は頬が紅潮してしまった。

そして俺の予想とは全く異なる返答を彼女は口にしてきた。

「い、いや。いないよ。そ、そんな相手なんて私にはいません」

彼女は慌てながら否定してくる。そんな彼女の姿を見て俺は苦笑いを浮かべてしまった。だが俺はここで、このクロナが男性恐怖症であるということを思い出す。そのせいなのか彼女は恋愛事になると異常なくらいに動揺することが多かったのだった。

「まぁまぁ落ち着け。別に照れる必要はないと思うぞ?だって今じゃクロナも美人さんなんだからさ」

「び、び、美人、私が、こ、コウキの前でだけ素顔を見せているから、それで勘違いさせちゃっているんじゃないの?」

なぜかさらに慌て出した彼女を見て俺はため息をつく。

「はあっ、まったく仕方がないやつだよ。ほらっ」

俺が手を差し出すとクロナは俺の顔を見つめてくる。

「えっ!?」

「なんだ? その手を掴めって意味だけど?」

俺のその言葉に彼女はゆっくりと手を伸ばしてきて、俺はそれを掴む。

「よ、よろこんで」

そう言ってくれたクロナの手はとても冷たくなっていた。おそらく俺に触れられるのが初めてのことだから緊張したんだろう。だがそれでも彼女は嬉しそうな表情をしていた。そしてそんな彼女に俺は微笑みかけて言う。

「ふぅーやっと顔が明るくなったな。やっぱりクロナは無表情のままだと可愛いく見えるのにもったいないと思うんだよ。せっかく可愛らしいんだしもう少し笑ってみても良いと思うけどな。そうした方がきっとモテると思うぞ?」

俺がそう伝えると彼女は再び顔を真っ赤にしたと思ったら、今度は俺の目を見ながら恥ずかしがる様子を見せずに口を開いた。どうせ冗談か何かだろうと思いつつも一応俺は尋ねてみる。

「ん? どうかしたのか?」

「な、な、な、なんでもありません!」

そう言ったクロナはプイッと横を向いてしまった。

「う~む、どうして怒られたんだ?」

俺はよく分からず首を傾げる。

するとそこで俺達に声をかけてきた者がいた。その者は銀髪で長身の美形男子であり、その見た目は俺が前世にいた頃に見ていたラノベの主人公が現実にいればこんな感じになるんじゃないかと思えるほど。つまりかなりイケメンなのだ。しかもその男からはただものならぬオーラを感じとることができた。そのため俺が警戒しているとクロナはその男性のことについて説明してくれる。

「ごめんね、私のお兄ちゃんです。私はもう結婚しているんですけども、彼は仕事が忙しく家に帰って来ることがほとんどないのです。今日は久しぶりに帰って来たみたいです。普段はずっと屋敷の方にいるのですが、たまには気分転換をしようと思ったみたいなの。そのおかげで久しぶりに会うことが出来ました。ちなみに彼はこの街の領主でもあるのですよ」

その話を聞き俺は納得する。そしてそれと同時に疑問も浮かんできたのであった。

「なるほどな、そういうことだったか。クロナの兄貴だったとは知らなかったよ。というかクロナの口調が急に変わったような気がするのはなぜなんだ? いつもと違ったように聞こえたんだけど」

俺のその言葉を受けてクロナはハッとした様子を見せる。

そのクロナの様子を見た俺が不思議に思っていると、クロナは俺に質問をぶつけてきた。

「えっと、そ、そのことなのですがコウキさんにお願いがあります。貴方のことを信用して良いかどうかの確認も兼ねての話なのですが良いでしょうか?その件について相談に乗っていただきたくて。それにコウキさんのそのスキルについても聞きたいことがあるんです。それともう一つ、このラクスという場所で貴方に危害を加える人間がいた場合は殺しても構わないですか?」

クロナの突然の申し出の内容を聞いて俺は一瞬戸惑ってしまう。俺は【固有スキル】である『成長強化』により普通の人と比べて遥かに高い力を手にしているからだ。だがクロナの真剣な表情を見ていると俺はそれを了承することにしたのであった。

俺はまず最初に自分の【ステータス】の能力を確認したのだが特に変わった点は見られなかったので安心する。しかし俺が次に視線を向けた時に【隠蔽】の能力のレベルが低いことに気づく。

(あれっ?)

俺がそんなことを考えている間にクロナは【鑑定】の能力を使用して俺の能力値を確認したようだ。そしてその事実を知ったクロナは驚いて目を見開くと、恐る恐るという感じで俺に対して口を開く。

「あ、ありえない。こんなに能力の数値が高いだなんて」

(もしかしてクロナはこの世界に来る前に【魔剣】とかを使って魔族と戦ってきたのかな。その時にレベルを上げたのかもしれない)

俺の中でそのような仮説が生まれるも今はそれよりも大事なことがあったのでそのことを尋ねることにする。

「で、俺の能力は普通だっただろ?」

その言葉を聞いたクロナは何も言わずにコクリとうなずく。そのことからやはり俺と同じようにクロナも魔族たちを相手に戦い、その魔族たちと【魔剣】などを使って戦闘をしていたことが確定したわけだが、それでもクロナは驚きを隠せないようでしばらく黙り込んでしまう。だが俺は彼女が話し始めようとしたタイミングですぐに言葉を被せる。

「あぁ、クロナ。俺の言いたいことを分かってくれてると思うが一応伝えておくぞ。この世界に来たのがクロナより俺の方が遅かった。でもな、クロナの気持ちはよく分かる。俺もいきなり異世界転生させられて、いきなりこの世界に召喚された。しかも魔族たちが暴れまくって世界が崩壊しかけていると言われてな。俺も最初はそのことに混乱したし、正直怖かった。だが俺にはクロナが付いていてくれたからなんとかやってこれたと思っている。だからこそ今度は俺がお前の力になりたいと思う」

「あ、ありがとうございます」

そのクロナの声は若干震えており涙ぐんでいるように聞こえる。

「だからお前の力になってやりたい。だからこの世界で生き残るためにお互いに協力していくぞ」

俺はクロナに手を伸ばすと彼女はその手を握ってくれた。

「はい。私に何ができるか分かりませんけど、それでも頑張ります。コウキの力になりたかったですし」

クロナから握ってきた手を俺も強く握り返した後に俺はこう言う。

「おう!一緒に頑張ろうな」

こうしてクロナとの再会を無事に果たすことができた俺はクロナと共に行動することになったのである。

「じゃあこれからの行動について簡単に打ち合わせをするか」

俺の言葉を聞いたクロナは大きく首を縦に振る。だがその時、クロナが突然ある方角に向かって走り出した。

「どうした!?」

俺の言葉を無視してそのままクロナは進んでいく。

「おいってば!」

クロナはそんな俺の言葉に耳を傾けることなくどんどん先へと進んでいき、その途中で立ち止まるとこう口にした。

「敵が来ている」

「なにっ?」

クロナは【魔力感知】と【危機察知】を同時に使用したことで相手の居場所を突き止めたのだ。そして俺はクロナに続いてその敵の元へと向かう。

するとそこには二人の男がおり、そのうちの一人に襲いかかろうとしていた男がいたがその男はクロナによって取り押さえられることになったのだった。そして俺はその男の顔を見て驚くことになる。

なぜならその男はなんと俺を奴隷商人たちから守ってくれた冒険者たちのパーティーのリーダーだったからだ。そのリーダーの男の顔面には大きな切り傷の跡があり、そして右腕は肩のところから完全になくなってしまっていた。

その姿を見て俺が呆然としていると、クロナが口を開いた。

「その方は大丈夫」

「は?えっ?」

俺はそんな間抜けな返事をしてしまう。

「彼は怪我をしているだけ。意識はある?」

俺よりも先にクロナが彼に話しかけていたのだがその問いかけにリーダーである彼は苦しそうな表情を浮かべながら答えてくる。

「きゅ、吸血鬼に襲われた、みたいだ。お嬢さんが助けに来てくれる前に襲われてな」

彼がそう話すと今度は俺が声を上げる番となった。

「ちょ、ちょっと待てよ!今なんて言った!?吸血鬼だと!?まさかお前らこの街を襲った吸血鬼なのか!?あの黒いローブを着た連中は一体何を企んでいたんだ?そもそもあいつらは何者で、どうしてこのラクスを襲う必要があったんだ?」

俺のその言葉を受けた彼らは困った様子を見せた。

「お、お嬢ちゃん。君の名前はクロナちゃん、だよな? クロちゃんと呼んでも良いかな? お姉ちゃんもクロナちゃんも俺たちを助けてくれないか? 頼むよ」

彼のその頼みを聞く前に俺はクロナの方を向く。そして彼女には彼を助けることが出来るのか確認をする。すると彼女はうなずいたのであった。

俺はそんな彼女の表情を見て少し考え込む。すると彼女は続けて口を開く。

「それに、コウキ。この人を助けないと」

(そうだよな)

そのクロナの発言を受けて俺は覚悟を決めると彼女に告げた。

「よし分かった。クロナ、任せた。俺はここで見てるよ」

「うん」

そう言ったクロナは一歩足を踏み出して、地面に倒れ込んでいるその男性の前に立つと両手を広げたのである。そして俺はそれを止めるべきか、このまま見続けるべきか迷っていた。

(さすがに止めに入った方が良いんじゃないか?いくらなんでも相手が弱っているからと言ってそれはやりすぎだと思うんだよ。もしクロナがその相手を殺そうものなら確実にこの世界は大変なことになってしまうし、クロナにも罪を着せることになってしまうんじゃないか?俺がそう考えている間にクロナが何かの魔法を発動させたようだった。俺はそれがなんなのかを確認しようと集中した。その瞬間俺は目を見開いてしまった。

クロナが展開したと思われるのはその空間に漂う無数の小さな水の球であったからだ。しかしそれは本当にただの水にしか見えない。しかも水は空中に浮かんだまま止まっており、俺の目ではどんな原理で動いているかも分からなかった。だがそんな不思議な現象を見ていると次第にその浮いている水がゆっくりと動き始めるのが目に映り込んできたのである。

(えっ、どういうことだ?)

そんなことを思ってしまったがすぐにその理由が分かった。浮いていたはずの大量の水が突如として移動を始め、その浮いた水の一つを別の浮いた水の球体とぶつかったのであった。その結果一つの浮いていた水の球体が消滅した。しかしその浮いていた水の球はまだいくつも存在して、それぞれが他の浮かんでいた水の球体に衝突し消滅していくという行為を繰り返し始めたのである。そして最終的には全ての水の球体同士が衝突したのだが、その際にクロナが発動したであろう謎の力の影響があったのかどうかは分からないがその衝突により生み出された力が周囲に飛び散るのではなく、その場に停滞するようになっていたのだった。まるで重力を無視しているかのようにその力はその場に留まり続けているように感じる。

俺がそれを確認すると同時にその力を纏いながら宙を漂い続けていた浮いていた水が全て消え去り、そして地面で気を失っていた男の姿だけが残されたのであった。

クロナが起こした出来事を眺めているうちに俺は自分の体に痛みを感じた。俺は反射的に自分の体の状態を確認してしまう。だが俺の予想とは反してどこも傷ついてはいなかった。しかしなぜ俺の体が痛みを覚えたのかと考えると俺は自分の胸を見ることにした。そしてそこに存在していたのは無数にある細い線が走る大きな傷跡であり、そこから鮮血が流れ出ていることに気づいたのだ。

「ぐぁっ!!」

(なんだこれっ!?痛ぇ!!)

そんなふうに俺は感じてしまったのだがそんな時、クロナは冷静にこう話してきた。

「安心してほしい。コウキを傷つけようとした存在はこの世から排除するから」

(いや、別にそういう意味でいった訳じゃないんだけど)

ただ単に突然の激痛で驚いてしまっただけなのだから俺としても文句を言いたかったところだ。しかしそれよりもまずは自分の体を何とかしなければならないと思った。

「クロナ、この世界の人間たちは【魔力回復速度上昇】って能力を持ってるのか?」

俺は【固有スキル】『魔剣』で生み出した魔剣【天羽矢の大風剣】を【魔力】で生成し直し、それを【神力】で操ってクロナの方へと放ちつつ、そんな質問をした。すると俺の攻撃に対処したクロナは一瞬にして姿を消し、俺の後ろに現れたクロナはこう返答してくる。

「違う。この人は特別な体質で【自然治癒促進】っていう技能を持っている。この人の肉体はとても傷つきやすく、その度に再生を繰り返していた。だからこそその再生能力を高める為に特殊な修行をしていたらしい。私は【超高速再生】の能力を使って治している」

クロナが説明してくれた内容を聞いてなるほどと思うもそれと同時に疑問が生まれる。クロナの説明に出てきた特殊な体質の持ち主というのは間違いなく冒険者たちのリーダーだろう。だがその男は右腕を失い出血多量状態になっていたはずだ。その男が普通に動けているのはおかしいと思うし、それに【自然治癒】によってすぐに治療できるのであればどうしてこの男はそれを行なっていなかったのだろうかとも思う。だからその男から事情を聞こうと思い俺は話しかけたのだが、なぜか俺の声に対して男は恐怖を抱いた表情を浮かべたのだった。

「ちょ、ちょっと待てよ。お前らこの男の知り合いか?こいつは俺たちが倒したはずの吸血鬼に殺されたはずじゃ」

そうやって俺とクロナのことを見つめながらそう話すリーダーの彼はどこか様子がおかしかった。

「吸血鬼?確かにこの世界に現れた魔物は吸血鬼だけど、私たちが倒したのは普通の人間の女性に化けていた魔物だよ」

「あ、あれはお前たちじゃなっ」

リーダーの男が再び話し始めようとしたが、そこでクロナの視線に射抜かれると彼は言葉を止めた。

「あなたが言いたいことは大体は想像がつく。おそらくその女性はあなたが戦った女性と同じ種族。つまりその女性が化けることのできる相手は同じ吸血鬼だけだったから、私たちは彼女が本物の吸血鬼を倒した。けれどあなたが言う吸血鬼に殺されかけたということはどういう意味?この男性が言っているのと矛盾が生じている気が」

その通りだと言わんばかりに俺も大きく首を縦に振っていた。するとそんな俺たちを見た男は困惑しながらも口を開く。

「い、一応言っておくと俺は本当にその女性の攻撃を受けて右腕を失ったんだよな。それにその時のショックが原因で記憶喪失になったらしくて自分が何者かも思い出せないんだよ」

「そっか。大変だね」

(その程度の怪我ならばすぐに俺の作った回復薬を使えばどうにか出来るかな)

俺は【無限収納袋(極小)】の中に手を突っ込み一本の緑色のポーションを手探りで掴み出すとリーダーの男性に手渡そうとしたのだがその瞬間彼は勢いよく後ずさりをして俺が手に持っている物を警戒し始めた。その行動に違和感を覚えた俺はすぐに声を上げることになる。

「その腕失くしちゃったのは俺のせいだし、俺のポーションでその失った部分くらいは戻せるから使ってよ」

「なっ、お前今どこから出したんだ? お前は一体なんなんだよ」

「俺はコウキ、吸血鬼を倒しに来た勇者だよ」

「な、なんでそんなヤバそうな名前の奴から渡されたものを飲まなくちゃならないんだよ」

「それはさっきから俺のこと怖がっているように見えるからさ、もしよかったらこれを飲んで落ち着いてほしいんだよ。それで話をしない?」

俺は先程から感じていたことを素直に伝えることにした。しかし俺が伝えたことで余計に警戒されたような雰囲気を感じ取ってしまい、俺はそのことについて尋ねてみた。

「いや、そんなに怖がる必要ないよ。俺もあんたが襲われた理由とか聞きたいとこあるし」

「は?襲ったのはこっちだぞ! なんで俺が怯える必要がある」

その反応を見て俺はさらに混乱してしまう。その態度が明らかに俺に敵対心を抱かれているように感じられたからだ。

(やっぱり俺は何か間違えているんじゃ)

そんな風に思って少し不安になってしまったが、クロナが口を開くと状況が変わった。

「私がコウキを怖いなんて絶対に思わない。コウキは私の全てだから。コウキを馬鹿にするようなことを言ったら殺すよ」

そう言い放ったクロナの目は本気そのものというかもう目が殺気に満ち溢れていた。

(なんか急にすごい怒ってるんだけどどうしたんだ?というかクロナの言葉に照れくさい感情が沸き起こるよりも、この人に殺されるかもって恐怖心の方が大きくなってるんだが)

そんなふうに俺が思っていたところで、その男に助け船が入る。それはクロナの隣に立っている少女であった。その見た目は完全に十歳児であるクロナと比べてもその容姿が幼いと思えるような外見をしており、彼女は無邪気な笑顔を見せながら俺の背中に飛びついてきたのである。それによって俺の意識は再びその子供へと移ることになった。

その女の子は元気一杯といった声でこんな言葉を話し始めていた。それは俺がこれまで聞いたことも無い言葉であったがなぜかその意味を理解することが出来ているのだった。

「おねえちゃんといっしょにいるひと、おもしろーい。おにいさん、ぼくはリュカっていうんだ。ねぇねぇ、おとうさんが呼んできてあげようか? その人、ケガして動けなくなってるみたいだし、きっと困っているんだろうから。おうちに運んであげるといいと思うんだ」

(いや、この人は動かなくなったわけじゃ無いんだけど、というかむしろ動き回ってたんだが。あと君、この人が俺のことをめちゃくちゃ警戒していること分かってる?)そんなふうに俺は思ったのだが、その俺が思ってしまったことをこの少女には伝えることが出来ない。なぜならこの子から伝わってくる感情が好意100%だったからだ。しかもかなり強い気持ちを感じることができるため俺は思わず戸惑ってしまった。

しかし俺が戸惑いを覚えたのは当然のことかもしれない。なぜならばこの子が言っていることに俺は一切反論できなかったのだから。だが、そのことがまたこの子の発言の信憑性を加速させることになった。というのもこの子の表情が本当に俺の味方になっているように感じ取れたからだ。そんなこともあって俺は仕方なくこう答えることにした。

「う、うん。そうだね。その人の家に案内してくれる?」

するとリュカと名乗った子はこう返してきた。

「わかった!!それじゃあおにいさんのことも家まで連れてって上げるね」

そして俺がなにも言わないうちにリュカと名乗るその女の子と俺、そしてクロナの三人はリーダーであるはずの男性の元から離れるのであった。その行動によってこの男がどんな反応を示すのか気になって仕方なかった俺だが、そんな俺の考えに反して男は俺たちがこの場から離れてしまっても追いかけてこなかった。

(ん、この人はこのまま俺たちを行かせてくれるのか? それとも後で俺たちを捕まえにくるのかな。それにしてもクロナがさっき話した内容に驚いていたのが嘘みたいだな。クロナが話したことは全部本当のことだったって理解してくれたならいいけど)

俺としては先程の男の行動はあまりにも違和感のあるものだった。なので、もしこの男性がこの場で俺たちを追いかけてきていたのならばその理由を聞き出していただろうが、その必要がないとなればこれ以上この男性をここに留めておく必要はないと思った。それにまだクロナからは男について色々と聞きたいこともあるのだ。そのためこの場を離れてクロナの家に向かうのはちょうど良い機会だと思うことにする。

そんなふうに考えをまとめて俺は【無限収納袋(極小)】の中から一つのポーションを取り出すとそれを手に持ったまま再びクロナに話しかけた。

「なぁクロナ、ちょっと確認したいことがあるんだけど。さっきの話を聞いてて一つ分からないことがあったから質問してもいい?」

俺の質問に対してクロナは即答でこう答えた。

「もちろん」

「ありがとう。えっと質問なんだけどさ、あの男の人、右腕を失くす前に記憶を失ったんだよな。でも【自然治癒促進】のおかげで失った部分はすぐに回復できるんだよな? それにあの人の性格から考えて、自分が襲われたことを隠す意味もわからないんだよな。だから教えてほしいんだ」

俺がこう聞くと、何故かクロナは無言になった。そんな彼女を不思議に思いながらも、俺はもう一度同じ内容を聞く。

「だからさ、なんで男の人は腕が無くなった時に自分の傷のことをすぐに治さなかったの? それにどうして自分が何者か思い出せない状態で冒険者なんてやってんの? そんな疑問があって。もし答えられそうになければ別の話題に変えるし」

「その話は私からも聞きたかった。この世界に現れた魔物を倒した時と吸血鬼を倒そうとした時に現れた女性に殺されかけて、その後すぐにコウキがこの男に殺された魔物を倒して、その直後にコウキはこの男の腕を復活させた。それでコウキは男の人から事情を聞こうとするんだけど男はその女性に攻撃された時の恐怖からコウキに対してとてもじゃないけど近づけない。なのになぜか男の人と仲良さげにしている私たちの前にその女性が姿を現した。その行動の意味とコウキがこの人を怖がらない理由が分からなくて」

俺は彼女の言っている内容を整理すると、俺が最初にこの男性と知り合ったのはクロナと一緒にこのダンジョンを攻略していた時になるはずなのだが、なぜか彼女が俺の記憶にあるはずの出来事を記憶していなかった。そしてなぜなのかと聞かれると答えることができないのでその理由について話すことはできなかった。

「いや、それがさ、俺も何が起きているのかわかんないんだよ。とりあえずは【勇者】の能力である【記憶抹消】の影響で俺はこの男のことを忘れている。だけども【神祖種】になった影響で【勇者】の【絶対隠蔽】を解除することができた俺はその【勇者】の力に干渉することが出来るようになっていてさ。だから俺はさ、【不老不死】の効果で時間が止まったように見えているだけで本当は止まっていない状態のこの時間の中でこの男の身体を再生させて失った部分を取り戻すことに成功したんだよね」

俺の説明を聞いたクロナはすぐに俺に抱きつきながらこんな言葉を発していた。その言葉とはこんなものだ。

「そっか、コウキは凄いな。コウキは私の想像を超えていく。大好き」

「お、おう。ありがとな」

俺はクロナが唐突に抱きついてきてしまったため、心臓の鼓動が激しくなってしまいその動揺が言葉に現れているかのような返事になってしまう。そんな情けない自分に呆れてしまうのだが、それと同時に先程まで男に抱いていた警戒心は完全に消え失せていた。

(俺が怖いと思っている相手にあんなことをしてもらえるなんて。俺って単純だな。いや待てよ。もしかしてこれが狙いでクロナがあんな行動をとってきた可能性もあるんじゃないか? だって相手も俺も異性が好きなんだよな?というか普通はそうなるよな? それだったら今みたいな流れが自然なはずだ。いや、まあ別に俺はそんなことを考えるような奴ではないし。ただクロナには何か考えがあるのかもしれないな)

俺はそこまで思考を進めると一旦そのことについて考えることを止めて目の前の現実へと意識を向けるのであった。そこで改めて俺はこの世界のことについてクロナに質問をすることにしたのである。それはこの世界での勇者についてのことでもあったし、俺とクロナの関係が他の人たちとは違うことについて尋ねることもできると考えたからだ。そのことに関してまずは一番聞きたいことから順に話していくことにしよう。

(よし、それじゃあさっそくこの質問をしてみよう)

俺は最初にそう決めてクロナへ声をかける。

「なぁ、ちょっといいか?」

「うん。なんでも聞いて」

クロナから了承の言葉を得たので早速俺はこの世界における常識をクロナに尋ねてみる。

「俺って勇者ってことで召喚されてるんだよな? そのこととか俺の置かれてる状況について知りたいなと思って。あと勇者ってこの国ではどんな立場なんだ?」

すると、その言葉を発した直後、なぜか彼女は無表情になっていた。しかし、それも束の間の出来事であり、その無表情が一瞬で消えると今度は微笑ましいものでもあったという感じで笑い始めたのである。そのことに俺はかなり戸惑ってしまった。だが彼女はそんな俺の様子にはお構いなしに説明を始めた。

「この世界に存在する四大国の一つ、魔の国の王城において召喚の儀式が行われたことは確か。それで私はあなたをここに呼び出すことができた。その事実についてはこの世界の人間では無い私が知っている情報としては他の人には絶対に知られてはいけないこと。なので誰にも口外しては駄目」

クロナにそう言われた俺は素直にこう答える。

「分かった。俺は誰に対してもこのことは言わないようにするよ。でも俺がクロナ以外にこのことを言うと思うのか? そんなわけ無いだろ」

俺がこう言ったのには理由があり、その理由というのは俺自身からクロナ以外の人物に対する好感度が著しく下がっているということに起因するものだった。そのせいか俺の心の中には既にクロナ以外の人物は存在していなくて。もしクロナが俺から離れていくことがあったとしても俺が彼女を追い掛けるような行動をとることはないだろう。そんな考えが頭の中に生まれてしまっているのである。そんな理由からか俺はこう考えていたのだ。

もしこの場にいる人間がクロナの敵となる存在だったならば間違いなく殺そうとするのに、この場にいる人間がクロナにとって有益だと判断すれば俺は喜んでクロナに協力してやるのにな。それくらいクロナの存在は俺にとってかけがいのないものであり。また彼女がそばに居てくれたからこそこの世界に転移させられてもここまで頑張ってこれたんだという自覚もあったのである。だから俺からしてみればクロナがこの場から去ることが考えられないのであった。だが、俺のこの言葉を聞いたクロナは何故か頬を赤く染めて下を向いてしまったのである。そんな彼女の様子からこの発言はまずかったかもしれないと感じた。

(いや、俺がこの子の味方であるっていう意思表示をする意味でも、こういう発言をしておいた方がいい気がしたんだよな。でも、ちょっと俺の言い方はストレートすぎたかな?)

俺は内心かなり慌てながらも表面上は平静を装いながら彼女の反応を待つことにした。すると少ししてからクロナは再び俺の方を向きこう言ってきた。

「えっとね、コウキ。私の味方でいたいっ言ってくれたのは本当に嬉しいんだけど、もう少し周りの目を気にして欲しいかも。それにね、そういうこと言うと女の子に勘違いされちゃうかもしれない。だから気を付けて欲しい。それに私、まだコウキの口からちゃんとした告白の言葉を聞いていないから。だからもっとしっかりと考えて答えを出してほしいなって思ってて。もちろん私の答えは変わらないから安心して。コウキが私と一緒に居てくれるのであれば私はこの世界でずっと暮らしていてもいいから」

俺が彼女の言っている意味を理解するためには少々時間が掛った。というのも、この子の発言は意味が分からない部分がいくつかあったからだ。俺のことを信頼しているのはなんとなく伝わってくるのだが、その真意までは掴めなかった。それでもなんとかして意味を理解できないかと考えていると俺の中で一つの仮説が生まれたのである。そしてその考えが正しいかどうかを確認するために俺はクロナにある質問を投げかけた。「あのさ、ちょっと確認しておきたいんだけど」

「なに?なんでも聞いて」

「いやさ、その言葉を聞く限り、クロナが俺のことを恋愛的な目で見ているってことで間違いないんだよね? でもさ、クロナが今まで付き合っていた彼氏さんとかが居るんだろうなということは分かるんだ。だけどさ。なんで急にそんな考えに変わったのかがどうしてもわかんなくて。なんか心変わりするようなことが起きたの?」

「心変わりなんて起きていない。それにコウキにだけだよ、こんな態度を取るの。だから心配しないで」

俺の疑問にクロナがこう答えた時、クロナの顔色は真っ赤に染まっていた。そのことを俺は見逃さなかったが特に突っ込むことはしなかった。何故なら今はそんな時じゃないと考えたからだ。そこで俺は話題を切り替えるためにこう質問をした。

「そっか。それなら良かった。あとさ、この国、この世界で【魔王】ってどんな立ち位置の人間なのか知ってるか?」

「【魔の四将軍】が一人、『死霊王』リッチロードが【魔王】を務めている」

(『死霊王リッチロードか』)

「そう。その人がこの世界で一番偉い人。コウキもその人とは面識があるはず。コウキが倒した相手だし、その後、勇者の力が暴走したせいでこの世界にやってきた異世界人とは比べ物にならないほどの強さを持っている」

俺の質問に対してクロナがこのように回答をしてくれたおかげで俺の中である仮説が生まれていた。だが、俺はそれをすぐに否定する。なぜならその仮説というのがあまりに現実味を帯びていなかったからだ。

俺はそのことについて考えた。それはなぜこの子が【魔の将軍】がこの世界で二番目に強いと口にしたのか、である。この世界の人間は皆が弱いのかと思っていたからだ。しかし俺の考えとは裏腹に俺よりも遥かに強い奴がいることをクロナは口にしているのである。それを考えると俺はあることに気づいてしまう。

(あぁ、そうか。この世界の住人達はまだ成長していないから強さのレベルがそこまで高くないというわけか。まあ確かに考えてみればこの子は勇者なんだもんな。それくらいの力を持っていて当たり前か。それにしてもクロナのステータスが異常過ぎるんだよな。この世界の住民も強くなろうと努力さえしてれば俺みたいに強くなれたりできるんじゃないか? って俺も最初はレベルが上がらなかったけども最終的にはクロナより圧倒的に強くなれたんだよな)

そんな風に俺は思考を進めるとこの世界でも頑張れば自分が強くなれる可能性は十分にあり得るということに思い至る。そうなってくるとクロナのような勇者の存在は非常に貴重であるとも感じるようになるのであった。

(この子を手放すのはかなり勿体ないことか?でもこの子とずっと一緒にいたら俺はクロナの気持ちに応えることはできない。だって俺にはこの子に返せるほどのものを何も持っていないし。だからといって、クロナの側に俺の居場所があるとは考えにくいし。俺と居たら確実にこの子を傷つけてしまう。俺はどうしたら良いのだろうか。)

俺は自分の考えがまとまらないでいるとそこで一つ思いついたことがあった。それは自分がこの子の力になってあげられるということだ。

この世界で俺の持っているスキルがクロナの役に立つことはほとんど無かった。そのため、俺はこの世界に来てからは自分の実力を上げることにだけ力を注いでいたのである。それ故に、俺はクロナのためにできることは何もなかったと言っても過言ではなかったのだ。だが今の俺にはクロナに渡せるものがあった。それは俺がこれまで集めてきた経験値であり。その経験の量は常人の数倍以上はあるのである。なので俺の職業である『戦士』の上級職である、上位のクラスである、ナイトになれる素質をクロナは有していた。なのでこの子に俺はナイトになる方法を教えることができると思ったのである。

俺はそんなことを考えながら、目の前にいる少女、クロナのことを見た。クロナの瞳は澄んでおり綺麗だった。その美しさはまるで女神を思わせ、また、その容姿には思わず吸い込まれそうになる程の魅力があったのである。だがそれと同時に、俺は彼女に違和感を覚えるようになっていた。そう。俺の知っている彼女ではありえない行動をとっていることに気がついてしまったからである。彼女はその美しい瞳から涙を流しており。そしてその涙が止まることはなかったのだ。それを見て俺は焦ってしまった。

(どうして泣いているんだ? まさか俺になにかしちゃったのかな?いや、でも、この子のことを見る限りは俺のことが嫌いになったわけでは無いようなんだよな。むしろ好意を抱いてくれているのが伝わってきて嬉しいと思ってしまうんだけど。この子、いったい何を考えているのかさっぱり分からないな。俺がこの世界に転移する直前に見た、俺を召喚したという女性の姿はどこに行ってしまっているんだよ。あの時と全く雰囲気が違うぞ。本当に同じ人間なのかどうかも疑わしく思えるんだけど。それにあの女性はクロナをこの世界に連れてきた張本人でもあるだろう。だったら俺はクロナとあの女の両方を注意しなければならないってことになるのか。面倒だ。俺は別に正義の味方ではないのにな。ただこの世界で生きている人々を守るためにはクロナという強大な存在に目を付けられるような行動をとるべきではないと判断しただけで。この世界の人々に危害を加えたりは絶対にしないと決めているのに、それなのになんで俺はこんな苦労をしなきゃいけないんんだ?)

俺の心の中には既に、この場にいる人間の命を助けるということへの意識が完全に消えてしまっていた。俺は既に目の前の少女、クロナ以外のことは考えておらず。またその考えを変えることもなかったのである。だから俺はこの子のためになることならばこの場にいる全ての存在を殺すことに決めた。そしてそれが一番楽だと気づいていたのだ。俺がそんな決意を固めたところで俺達のいる場所へと駆け寄ってくる者が現れる。そして俺にこう言ったのである。

「ご無事ですか!? 魔王軍に奇襲を受けたとお聞きしたのですが」

俺は突然現れ俺の事を気に掛けるような言葉を投げかけてきた人物の顔を見ずにこう言葉を返した。

「えっと、あなたはこの国の貴族か何かで?」

「そうですね。私は貴族をさせていただいております」

俺の質問に男がこう答える。

(こいつ、俺の質問の意図が全く分かっていないようだな。それじゃあまるっきり駄目じゃん。こんな奴に任せられるのか不安になってきたな。俺がなんとかしてあげるしかないか)

「そうか、それなら話は早い。悪いけどこの国の人達の安全は保証できないからね。もう諦めてくれないか?あんた達がここにいるということは他の貴族の連中も大方揃ってると思うけどさ。全員俺の仲間に殺されたよ。そしてその事実を知った君達の行動は恐らく、この国で最強とされている俺に喧嘩を売った愚かな集団にしか見えないはずだ」

「は?なに言ってるんだ?」

「だからさ。俺はさっき仲間を殺したと言ったんだけど?その証拠を見せてやろうか?」

「やめろ!!やめてくれ!頼む!」

「嫌だよ」

俺は男の発言を一蹴するとその場から離れるために歩き出した。俺の言葉に男は怯えてしまい、俺は男を無視してクロナに視線を向けた。俺が見ていることに気づいたクロナはすぐに俺の元まで走ってきた。クロナの目にはまだ涙の跡が残っている。だが俺はそのことを特に触れることもしなかった。クロナの表情を見ていた俺は先程の違和感について考える。

クロナに抱いているこの違和感は何が原因なのだろうか? 俺は今、この子の顔を見ると、俺が助けようとしている人の顔に似ていると感じたのである。だから俺の知っているクロナの顔と違うと感じて戸惑っているのかもしれないが、その可能性は低い。何故なら俺がクロナのことを見間違うはずがないからだ。それに俺はクロナがどんな表情をしていてもその笑顔が可愛くて好きでいたのだから。そんな風に俺は考えながら歩いていく。俺はクロナに話しかけようとしたのだが、ここで俺は重大なミスを犯してしまう。クロナの泣き顔をみたせいなのか、それとも緊張の糸が切れたせいなのか、どちらなのかはわからないが俺の目からも自然と水滴がこぼれ落ち始めたのである。

「コウキ? なんで泣いてるの?」

「ああ。いや。これは、そう。嬉しすぎて、感極まっちゃって。それでだよ。クロナが来てくれたことで俺は嬉しかったんだよ」

俺は必死に取り繕うようにこう答えたが、その言葉を聞いてクロナはとても悲しげな目で俺のことを見た。そしてこう問いかけてきたのである。

「コウキは私と一緒にいたら不幸になる?コウキに私が付いて行くのは邪魔?」

その発言に対して俺は即答することは出来なかった。その言葉はクロナが発した言葉であり、同時にこの世界の理のようなものだからだ。だからこの言葉に対する正しい回答を見つけることは非常に困難であったのである。だが、俺はこの子を救うためにはその問いに対してすぐに肯定しなければ行けなかったのだ。しかし俺はそれを選ばなかったからこの子から嫌われてしまったのだろうと考えた。

(そうだよね、普通に考えたらやっぱり俺なんかと居たくないよな。それなのに俺には君の力になれないんだ。だから君には悪いが少し我慢してもらうしかないんだ)

俺には彼女の力になることを諦めていたからこそ、彼女が口にしようとしている言葉を聞くことが出来なかったのだ。もし仮に俺が自分の力で彼女を幸せにしてあげられるのならば喜んで俺の力を全て捧げることを決意したであろうが。俺の能力は全てクロナのためではなく他の誰かの為にしか使えなかったのだ。だからこそ今のクロナは俺に迷惑をかけるくらいなら死ぬと言うだろうと俺は予想したのである。俺のせいで大切な人を傷つけたくはなかった。それは俺にとっても辛いことだった。そして俺はクロナの気持ちを聞かずに立ち去ろうとも考えていたのだ。俺の心に余裕がなかったのも原因の一つだったのかもしれないな。だが、俺にはその選択肢をとることが何故か出来なかったのであった。

だから俺はクロナの発言に耳を傾けることにした。その結果どうなるのかなんて全く想像も出来ないままである。俺はクロナに何を言われてしまうのだろうかと恐怖を感じていたのである。

俺がクロナに自分の想いを伝えようとしていたら、そこにある人物が割入ってきた。それは俺にとって一番出会いたかった人物であると同時に会いたくなかった相手でもあった。俺が最も警戒すべき人間の一人であるからである。

(くそっ、どうしてお前が来るんだよ。せっかくクロナと話し合ってどうにかこの子を救い出そうとしてたのにさ。もう少し待ってくれても良かったんじゃないんですかね)

俺はその男の顔を見て内心イラつきながらも平静を装った。そしてクロナと会話をしていたはずの俺はいつの間にかアベルから攻撃されていたようで、俺は咄嵯に反応をすることができなかったのである。

俺は一瞬でアベルからの攻撃により致命傷を受けてしまった。俺はすぐさまその傷を回復させようと行動を起こすが。既に回復系のスキルやアイテムを使うことが出来ないほどのダメージを受けていることを【神速再生】によって判明したため、俺は死を受け入れることにする。

クロナと話せる時間を少しでも作れただけ俺は幸運だったと考えることにしたのである。俺は自分が死ぬ直前に、最後にクロナに向かって何か言おうとした。しかしその前に俺の命を終わらせようとするかのように目の前にいる女、リリアナが俺のことを殺そうとしていた。だが俺はそれをなんとか阻止しようとするが、俺は間に合わず。クロナに殺されることになったのだった。

(ごめんね。結局俺には何もできなかったよ。クロナを救うことはできたけどそれは本当に一時的なものに過ぎないと思うんだ。これから先の未来が明るくなる保証はどこにもないんだよ。俺はそれでも君を助けたかった。俺がこの世界に転移してから一番最初に優しく接してくれたからさ。でも俺には何も出来なかったんだ。俺は本当に無力だ。俺が死んだ後にクロナを誰が救うんだろう。俺以外に彼女を守ることの出来る人はきっといないんだろうな。それじゃあ俺が死んでも仕方が無いか。俺が今まで生きてきたのも結局はその為だったわけだし。後悔はないな。俺にはまだやり残したことがいっぱいあったんだけどな)

俺はそんなことを考えているうちに段々と意識が遠のいていく。クロナの涙で潤む瞳を最後に見て。そして俺が意識を失った瞬間。クロナは俺の体に突き刺すはずだった剣を振り上げ、そのまま地面へと振り下ろした。

(いったいどういうことだ?俺は確かに死んだはずだよな?もしかしてここは死後の世界ってやつなのか?)

「お主が今考えていることは間違いではないぞ」

俺が声が聞こえた方に顔を向けるとそこには美しい女神が佇んでいた。

俺は今、目の前に綺麗な女性が立っていることに驚くが、俺の心の中を読んでいたその女性の表情はどこか悲しげに見えた。だから俺は彼女に聞いてみる。

「あの。ここは天国ってやつなのでしょうか?」

俺の質問を聞いた女性は苦笑いを浮かべながらこう言った。

「残念だが。君は間違いなく一度死んだんだよ。私の管理している世界の一つであるこの地球という星の日本と呼ばれている場所に住む男性。天宮翔くん。君は今まさに死にかけていたところをたまたま通りかかった私の加護を持った少年、クロナによって助けられたみたいだよ」

「そうですか」

「あまり嬉しくなさそうだね。」「そうですね。だって俺にはやりたいこと、成さなければならないことがあるのに、こんなところで足止めを食らうことになるとは思いませんでしたから」

「はぁ、そんなことを言うと私がまるで、君をすぐに異世界に連れて行かなければならないと言っているように思われるではないか。私はね、できればそんなことは言いたくないのだよ。君の人生を狂わせるような行為はしたくない。君がこの世界で一生を終えてくれるのならば私はこれ以上何も言うことはないのだから」

「そんな。俺は、俺はクロナを助けたいです。」

「どうしてだい? 君は既に愛する女性を亡くしてしまっているじゃないか。なのにまだ別の誰かを愛することができるのかい?」

「愛することはできます。俺も一度は諦めましたが、今はもう一度、クロナを助けたいと思っています。だからお願いします。俺はこのままだとクロナを失ってしまうかもしれない。もう時間がないんですよ」

「ふう、仕方がないな。今回は特別だよ。ただ私も忙しいからさ。あんまり期待はしないでよね」

「わかりました。ありがとうございます」

俺がお礼の言葉を口にした途端、視界に文字が浮かび上がってくる。その文面に書かれていた内容を読んだ俺はその文字を眺めることしかできないでいた。

【名前】

アベル=ヘルシング 【種族】

真祖(吸血種)

レベル101 職業 聖騎士団副団長、勇者パーティーメンバー、魔王軍元四天王、 魔法師団副長、暗殺団副長、魔族殲滅兵団師団長 生命力 348/500 魔力 634406800000 /63406756806644 攻撃力 1050789022755767028 防御力 98898966058688946 敏捷力 1265864252951526936 知力 730994731645772484 運 5852364351213397532 魅力 42095432174173111 保有スキル 剣術A+、槍術S-、隠密SS+、気配遮断SS-、 投擲B、暗器操作C、暗殺B+、指揮B-、交渉B 料理C、農業D 魔法 全属性適正A、風A、火A、水C、土B、闇A、雷S、回復E、光E、氷D、 空間C、無詠唱魔術S-、精霊召喚A、契約S、重力操作C、身体強化EX、経験値増加C、限界突破、ステータス偽造B+ 称号 吸血鬼真祖の始祖にして神速の騎士、血を好む者、魔物使い 加護 大天使の庇護(自動発動型身体能力向上)

ユニークスキル 血液支配EX、超高速再生C、完全鑑定、多重思考B エクストラスキル 全言語理解、無限アイテムボックス オリジナルスぺシャライズド??????? 俺が目を覚まして起き上がった時には既に夜が明けていた。俺には【神速再生】があるので昨日の怪我が完全に回復していることは直ぐに分かったのだが。それでも念のために確認をする。そしてやはり俺は傷跡がなくなっていることに安心すると、俺のことを心配してくれていたクロナが話しかけてきたのである。俺が起きたことを確認するとクロナは抱き着いて来て、泣き出してしまったのだ。俺はクロナの頭を優しく撫でているとその様子を見てたらしいアベルさんが俺に声をかけてきたのだ。

「おい、いつまでお前たちだけで仲良くイチャイチャしてんだよ。お前たちが起きたなら早速俺と一緒に王都に行ってもらうからな」

(俺も一応王様に会うことになっているんだよな?でも、何でこいつについていかなくちゃならないんだ?)

俺とクロナはすぐに準備を終えると、アベルさんと共に城へと向かうことにしたのであった。

クロナの住んでいる国はアルメリア王国というらしい。俺とクロナの二人は、馬車を使って城下町を進んでいくとようやく王都の城壁が見えてくるのであった。その大きさを見た俺は驚いてしまう。なぜならその都市は俺が住んでいた地球で言うところの中国くらいの大きさがあったからである。そして俺の想像通り、この世界の城は中国の王宮みたいな造りになっていたのである。

(それにしても大きいな。一体どれだけの人口がいるんだろうか。)

「どうだ、凄いだろ。この国の王はな自分の国が一番優れていると信じていてよ。それでこういう風に他の国の技術を自分の国に取り入れた結果がこれだっていう訳だ。ちなみに俺も何度か王都に遊びに行ったことがあったんだけどな、その度に新しい建物が建ったりしていたから、多分今でもその当時のままなんだと思うぞ」

俺が驚きのあまりに声を出せないでいるとアベルが俺の心情を読み取って説明をしてくれる。

(なるほどな。そういうことだったのか。この世界の技術レベルは思ったよりも高かったようだな。でも俺が驚いたのはこの世界にはまだこんなに多くの人が残っているってことにだよ。地球では既に人類の半分以上は死んでいたんだ。俺の住んでいた街は俺と家族と俺の妹と数人の友人以外は全て死んでしまっていた。だけどここには多くの人が生活しているんだよな。それこそ戦争をしているような場所を除いてな。だから本当にすごいと思ったんだ。こんなに多くの人が今も生きていられるなんて奇跡のようなことなんだからさ。でも、俺にはそれがどんな理由によることなのかわからないんだ。俺は地球にいた頃からずっと考え続けている。この世界に転移してくる前のことを。俺はいつも何かを忘れてしまっているように思えるんだ。大事な何かをだ。思い出せはするんだがどうしても何かが引っかかっていて出てこない。それはきっとこの世界で生きていくために何か重要な事なのだとは思うんだけど、それでも何か忘れているように感じるんだ)

「お兄ちゃんは今、何を考えているの?」

クロナがいきなり俺に向かって聞いてきたので、少し戸惑ってしまうが俺は素直に答えることにする。

「いやな、どうしてこの世界の人はこんなにもたくさん生きることが出来るようになったのかなって考えただけだよ」

「おにいちゃんも難しいことを考えているのね」

「いや。そうでもないんだけどな。それよりクロナ。俺も一つ聞きたいことがある」

「うん。何でも答えてあげるよ」

「俺がこの前クロナを助けてあげた時もそうだったけど。クロナも俺と同じ異世界から来たんじゃないのかな?」

「どうしてそんなことを聞くの?」

「俺も同じだったからだ」

「同じって?」

「俺も君と同じく地球からこの世界に来てしまったみたいでさ。俺はそのことについてずっと悩んでるんだよ。俺の記憶の中には確かに日本で生きていた時の記憶があるのに、この世界に来る前のことが思い出せないんだ」

「そういえばお兄ちゃんの名前を聞いてなかった。名前はアベル=ヘルシングって名乗っていたけど、本当は何という名前なの?」

「えっと確か。俺はアベル=ヘルシングじゃなくてヘルシングが家の名前でアベルの方がファーストネームになるはずだ。それから日本に住んでいた時の本名は天宮翔だよ」

「へーそうなんだね。私のお父さんの名前はヘルベルトって言うの。お母さんはアイリだよ」

「えっ!俺と同じ名前の人っているの!?そんなこと有り得るはずがない」

「おにいさんもしかしたら私たちの家族の子孫かもしれないね」

「そ、そんなバカなことがあってたまるか」

俺は自分が異世界からやって来たのに自分の親がこの世界で産まれ育った地球人の子どもかもしれないと言われて、とても複雑な気持ちになってしまうのだった。

「ところでさ。クロナ」

「何?」

「君は何歳ぐらいに見える?」

「そんなの知らないわ」

「そうかぁ。俺は君の倍近く生きているんだよ。君の倍以上の年齢なのに俺が君より年下のように思えてちょっと複雑だな」

「ふーん。まあ私も大人びてるってよく言われる方だから気にしなくてもいいんじゃないかしら?」

「そうか。そうだな。クロナの言う通りかもしれないな」

「あっ!私の家に着きました。さぁ入って下さい」

クロナに連れられて入った家はまるで西洋の城をそのまま持って来たような作りになっていて、俺が思っていたような中世時代の建物ではなかったが、その美しさに俺は圧倒されてしまった。そして、俺たちが中に入っていくとそのタイミングで扉が開かれて一人の少女が顔を出したのである。俺はその子を見て驚いてしまう。

(クロナとそっくりすぎるだろ。これ絶対に双子とかだろう)

「あら。アベルじゃないですか?どうしたんですか?」

「ああ。今日こいつが城に行くっていうもんからついでに連れてきてやっただけだ。別に用事はねえよ」

「ありがとうございます。アベルさん」

「いえいえ。それではごゆっくり」

そう言って彼女は去っていった。

そして俺は改めて彼女の容姿を観察するのだがやはりクロナとよく似ている。しかも二人ともかなり可愛らしくて美少女と言ってもいいほどのレベルの高さだ。そして彼女が出てきた部屋を見渡すのだが俺は違和感を覚えてしまう。なぜなら明らかに内装は豪華な物でありながら生活感がありすぎるのである。普通貴族が暮らす屋敷であれば、掃除も行き届いておりゴミなど落ちていないのが当たり前だと思っていたが、ここではそんなことはなくむしろ床には汚れが落ちていて綺麗な状態だった。

(やっぱりこいつらが姉妹であることはほぼ間違いなさそうだな。それにクロナの方も俺のことを知っている様子だった。俺と同じような立場にあるのだとしたらクロナも何かしらの理由でここに暮らしてたってことになるよな。まあいっか。そのうち本人に聞けば教えてくれるかもしれないしな。とりあえずクロナの家で話をするか。クロナの部屋に入ることにした俺は彼女に案内されてベッドの上に腰掛けると話を始める。ちなみにクロナと話すのは結構久しぶりな感じだったので少し緊張していたが。それよりも今は先に聞きたかったことがあり質問をすることにする。

「クロナ」

「なに?」

「お前はこの国を治める王族の一人なのか?」

「違うわよ。私はこの国の王女様の妹に当たるの。この国は王位継承権第一位が現国王の子供の中で最も強い者が継ぐことになってるの。つまり一番強くなければ次期国王になれないっていう訳。それで妹がいて私がいるから必然的に第二位の私が次期国女王になれる可能性が高くなった訳なんだけど、それで私と妹がこの国に居座ることになったって訳よ。分かったかしら?」

クロナの説明を受けて俺は納得してしまう。クロナとそっくりな彼女がこの国にいる時点で何かしらの問題が発生した時に対処できる人材としてこの城に住んでいるのだろうと思ったからである。

「なるほど。そういうことなら理解は出来た。それなら君はこの国の王女と仲良くしていればいずれ王位を継承する際に手を貸してもらうことが出来るかもしれなくはないか。それともう一つ気になることを尋ねたいんだがこの世界のお金の単位はどうなっているんだ?金貨や銀貨などの硬貨の種類が沢山ありすぎていまいちどれがどれくらいの価値を持っているのかわからないんだが、教えてもらえないだろうか」

俺のその言葉を聞いた瞬間、彼女は目を大きく見開くとそのまま俺の顔に自分の顔を近づけてきた。クロナとよく似た美しい容姿をしているせいもあって、急に接近してくるものだから俺は少しだけドキドキしてしまった。そしてクロナは俺の額に手を当てると熱が無いかどうかを確認していた。どうやら俺のことを本気で心配しているようであった。なので、俺は慌てて誤解を解くことにする。

「クロナ!勘違いしてもらっては困るぞ!俺は体調がおかしくなったりしていない。俺はただ純粋にこの世界について何も知らないだけだからこの世界のことについて色々と教えて欲しいんだ」

(よし、これで完璧に誤解を解けているはずだ。でもなんかクロナって本当に良い匂いがするな。それにこの子もクロナに似て可愛いな。この二人が兄妹じゃなくて、血の繋がりの無い他人で本当に良かったと思えるよ。こんな可愛い女の子達が血の繋がった姉妹だったなんてことになったらもう本当に耐えられないぞ。本当に良かった。俺がこの世界にやって来て最初に出会ったのが本当にこの二人で良かったと思う)

「そうでしたか。私ったらてっきりアベルとキスしようとしていてるのかと思いまして」

「ええぇ。なんでそこでアベルの名前が出てくるんだ。意味わからないぞ」

「お兄ちゃん。それはね」

俺は必死に説明しようとするクロナの口を塞いで説明を止める。ここでこれ以上余計なことを喋られるのはマズいと感じたのだ。もし、ここでクロナが変な発言をすることでクロナを溺愛しているというアベルの耳に入ってしまった場合にどのような反応を見せるのかが恐ろしかったからだ。俺は少し冷や汗をかきながらも平静を保ちクロナの方をチラッと見る。するとなぜかクロナが少し残念そうな表情を浮かべているように見えて俺は焦ってしまう。しかし、クロナはすぐに笑顔に戻る。どうやら先程のは気のせいらしい。

それから俺はクロナと会話を進めていく中でクロナからこの世界の経済についての話を聞いた。それによるとどうやらこの世界では日本で言うところの銅貨や大体十円程度の貨幣単位があるみたいだった。また金貨に関しては一枚が百万円程度になるみたいだった。そして、クロナから聞いたところによると俺はどうやらこの世界で【賢者】と呼ばれるスキルの持ち主みたいで、俺のステータスの数値が異常な数値を叩き出していたみたいだ。だからこの世界にやって来た当初はかなりの注目を集めていたが、俺の力がこの世界でも通用する力を持っていないと判断した人々は興味を無くしていき最終的には忘れられていくようになったみたいなのである。俺はそんな話をクロナから聞かされるとなんだか自分の存在価値を全否定された気分になってしまったのでかなり凹んでしまう。そして俺は自分が持っているユニーク系以外の能力についても尋ねてみると、俺はこの世界の人間ではないことから魔法が使えてもそこまで強い能力は得られない可能性が高いと言われたので俺は落胆せずにはいられなかった。それから俺とクロナが話し終えると、今度はクロナの方から話を切り出された。

「おにいさん。これから私と一緒に街に出かけてみる?」

「えっ!?」「おにいさんと初めて出会った時にも一緒に街に行ったはずよ」

どうしようか悩む。おそらくこの誘いを断ったとしても一人で行動した方が良さそうだと感じての行動だと考えられるから断った方がいいのかもしれないのだが、だけど正直言ってこの世界での生活に慣れていない状態でいきなり街中を散策すると言うことは自殺行為にも等しいのではないかと考えるのだ。だからこそ俺はしばらく悩んだ結果。クロナの言葉に乗ることにした。その結果。クロナとの二人旅が始まるのである。俺はクロナが用意してくれた服を身に付けてから部屋を出て行った。すると目の前には既に準備を終えており俺が声を掛けるのを今か今かと待ちわびていそうな雰囲気を感じさせたクロナがいたのだ。

「じゃあ行こっか。アベル」「ああ」

俺はそう答えた後。俺たちは城を後にすることにしたのである。俺とクロナの二人が外に出た瞬間だった。城の兵士たちの集団が集まってきたのである。彼らは俺たちに向かって敬礼をすると共に挨拶をしてきたのである。

「これはこれは。勇者様がこのような所においでになるとは光栄の極みです。どうかこの国をお救い下さい」

そして俺は彼らに対してこう返答をする。

「悪いな。俺は魔王を倒すつもりはないんだよ。俺の目的は元の世界に帰ることであってお前らの国を救うためじゃないんだ」

「なんですと!」「まさか我々を騙そうと企んでいるのではあるまいな」

兵士の一人が剣を抜き放つとこちらに切迫してくるのと同時に他の兵士が動き出した。しかし俺はそんな彼らのことを無視することにした。そして俺はクロナの腕を掴むとそのまま走り始めるのである。俺が走るスピードはクロナよりも遥かに早いためクロナを連れて全力で移動を開始する。すると俺の動きに合わせて兵士たちは追いかけてきたのである。その様子を確認した後、俺はクロナの方に視線を移すとクロナに尋ねるのであった。

「なぁクロナ。俺はやっぱりこいつに嫌われるようなことをしてしまったのか?」

その言葉を聞いてクロナはクスッと笑いながら俺の顔を見ると優しい声で俺のことを安心させる言葉を掛けるのだった。その言葉で救われてしまったのか俺も少し笑ってしまいそうになった。

(全く、この子には全てを見透かされてしまっているようだな)

俺は心の中で苦笑いをしながら改めて思うとクロナってやっぱり可愛くないか?と思わざるをえない状況に追いやられてしまっていた。こうして俺とクロナによる逃避の旅が始まろうとしていくのである。

クロナに連れられて城下町までやってきた俺は彼女が言う通り人の多さに驚かされることになる。俺がこの世界に来て一番驚いたことは人々の活気が凄かったということである。俺の元いた世界で言えば商店街とかの感じに近い。そのぐらい賑わっているのが見て取れる。そして俺はそんなことを考えながらクロナと二人で歩き続ける。この世界のことについても色々とクロナに質問をしてみることにする。俺にはどうしても知りたいことがあったのだ。

「あの、クロナさん。どうして俺はここに呼ばれたのでしょうか」

俺は真剣な眼差しを向けると彼女の目をしっかりと見つめた。俺だって一応この国の王族に命を狙われたという経験がある身なのでこの質問は非常に重要だと俺は考えていたのである。そして俺がそんな質問をした直後、クロナはまるで俺の事を軽蔑するかのような冷たい視線を向けてくるのであった。俺がそんなクロナの態度に疑問を覚えてしまう。俺のいった言葉が何か気に障ることを言ったのかなと思ってしまったからである。すると彼女は突然笑い始めたのであった。それも結構大きな声を出して、しかも腹を抱え込むように大爆笑をしていたのである。俺の予想外のクロナの反応を見てしまって俺は困惑するしかなくなってしまう。俺がクロナが何を考えているのかが理解できずに首を傾げていたその時だった。クロナの口からこんな発言が出てきたのである。

「アハハ。アベルって本当に何も知らなくて面白いよね!でも流石だよ」

どうやら彼女は別に怒っていた訳ではなくむしろ喜んでいたようであった。その事を理解した俺はとりあえずはホッと胸を撫で下ろすことができたのだ。そして彼女は俺の顔を見るなり微笑を浮かべると説明を始めたのである。

「実は私と妹のこの姿は偽物なの」

そう言われて、もう一度クロナの格好をよく見てみると確かにどこかおかしいことに気が付く。俺の知るクロナの格好と比べると違和感があることに気づいたのだ。その理由はどうやらクロナはこの世界に存在する人間の見た目と殆ど変わらないような服装を身に纏っておりクロナが身につけている装飾品は首飾りや指輪などの比較的シンプルなものを着用していたからだ。

そこで俺はようやくこの世界の文化水準について気づくことになった。つまり、クロナや妹のアデルとこの世界ですれ違う人々は全員人間の姿形をしていたのであった。俺はそのことを理解してからクロナの方を見ると彼女にこう尋ねる。

「それってこの世界の人たちは皆この世界では【人間】として生きているってことになるってことなのか?」

「ううん。ちょっとそれは違うかな」クロナの発言によって俺が頭を悩ませていることを察したクロナがさらに続けてこんな話を俺にしてくるのである。俺はそこでまたまた驚く羽目になる。この世界は魔族が支配する国であり人間が住める場所ではないということを告げられたのだ。だから、俺たち人間は魔族の国に侵略して人間たちの居場所を確保することを目的に戦っているというのである。そしてクロナの妹のアデルも当然のことだがクロナと同じく【神獣種】であるらしく俺から見れば【聖龍】と呼ばれる特別な存在であるらしい。そんな話を俺は聞かされてしまえばもう驚きすぎて頭がパンクしてしまいそうになるのだ。ただそんな風に説明されている中でもやはり俺は気になる部分が存在していた。

「でも俺はどうみてもこの世界の人間たちと大差ない見た目をしているんだぞ?それにアデルと俺にそこまで差はあるのか?」俺は素朴な疑問をクロナに投げかける。するとクロナはとても残念そうな顔をした後にこう話し始める。俺はこの世界の人々に化けるためにクロナから提供された服を着ているがどうやらクロナからするとそのことがかなり気になっているみたいだ。そしてクロナの説明によるとどうやらクロナたちはこの世界にやって来る際にある人物の力を借りることでその姿とこの世界に溶け込めるようにするらしい。俺はそれを聞いた瞬間、俺はクロナが言おうとしている意味を即座に理解したのだ。

(俺をこの世界に転移させた女神みたいな人が関わっているんじゃないだろうか?)

俺はそんなことを考えてしまい内心は焦りまくっていたが、それでも表面上は冷静さを取り繕いながらクロナの返答を待つのである。そしてクロナから返ってきた返答は想像を絶するもので俺は絶句してしまう結果になったのであった。俺をこの世界に送り込んだ女がこの世界を創造したというのだから俺にとっては驚愕の事実でしかなかった。

俺がその言葉を聞いてしばらく思考停止している中、クロナは嬉しそうに笑い始める。そんなクロナを俺は唖然としながら眺めていたのである。

クロナがそんな俺の顔を見ながら「やっぱりアベルなら分かってくれると思った」などと言っているのを横目で見ながら俺は必死にクロナから言われた内容を頭の中で整理しようとする。

俺はなんとか心を落ち着かせることに成功して再び話し始めた。クロナがこの国には人間たち以外にも亜人や魔物など様々な種族が存在していると言う話を聞かされる。そしてこの国を統治する王家と呼ばれる一族も存在してクロナとアデルはその王の娘であるという話を聞かされてしまうともうこの国の王族たちがどのような考えを持っている存在なのかを俺は完全に把握することができたのである。俺は思わず呆れてしまったのだ。

(いやまぁこの世界の成り立ちを考えると分からなくもないけどな)俺が元いた世界で例えれば中世ヨーロッパの頃に近しいものがあるかもしれない。だからこそ俺が知っている世界と似たような状況で存在していることは予想ができたのだ。しかしまさかここまで似通ってくるとは思いもしなかったのである。

そんな俺が呆れた表情をしていたせいかクロナが少し不思議そうに俺のことを見ていることに気づく。そしてクロナは俺が一体なぜこのような反応を見せたのか理由を知りたがったため俺は自分の気持ちをそのまま伝えたのである。クロナの話を聞いているとこの世界が俺たちの世界にとても酷似していて正直言うとかなり戸惑ってしまっているのだ。この世界の人間たちに俺の存在がばれたら確実に厄介ごとに巻き込まれそうであると正直思うのであった。

俺はクロナとそんな会話を続けている最中にどうしても聞いておきたいことがありそれを質問することにする。俺の命を狙ってきた奴らが使っていた剣は恐らく普通のものではないと思う。その事を確認したくてクロナにそのことを尋ねることにしたのである。すると俺の言葉を聞いたクロナは「やっぱりそうだよね」と言って何やら俺に頼み事をしてくる。そしてクロナに頼まれたことが俺としては凄く微妙な感じだったのだ。なぜならばクロナが要求してきた内容は剣の鑑定をして欲しいというものであった。俺としても特に断る理由はないためにクロナの要求を受け入れたのである。その結果。俺は剣の詳細を把握することに成功した。俺は早速、クロナに対して剣についての情報を伝えようとしたのである。しかし俺がクロナに対して情報を提供しようとすると、突然目の前に全身をローブのようなもので身を包んでいる人物がこちらに向かって駆けてきたのだ。

俺の目の前に現れた謎の女性はいきなり「姫様!」と叫び始めるとそのままクロナの方に向かって走り始める。すると俺の背後からも大勢の足音がこちらに迫ってきた。しかし俺はクロナの方を向くと彼女を庇うようにして両手を広げたのである。すると次の瞬間。先程まで俺の正面にいたクロナの姿が一瞬にして消え去ったのである。その現象に俺は驚いてしまったのだが俺がクロナのことを心配することはなかった。なんせ消えたクロナはなぜか女性の後ろに現れていたからだ。その女性の後ろ姿を見てみるとどうやらこの国に仕える騎士の一人だということにすぐに気がついた。その証拠に手に大きな盾を装備しており、そして俺のことをチラリと一睨みした後、クロナのところに走っていく。その後ろを大勢の騎士が走って追いかけていくのが見えたのである。俺はそれを確認してから俺は安堵したのだ。だって俺は自分が今どういう状況に置かれているかを正確に理解していたからである。それは間違いなく誰かに追われているであろうということだ。そんな時にクロナが現れたことで俺はホッとしたのである。

そんなことを考えながらも俺はクロナを助けてくれた謎の人物に声をかけようと思い振り向いてみた。しかしその時にはすでに誰もいなくなってしまっていたのだ。俺は首を傾げつつもとりあえずはその場から離れようとして歩き出す。俺は歩きながらこの城下町を見渡してみる。この城下町は相当栄えているようで、多くの建物が存在した。俺のいた世界でいうデパートに近い建物が幾つも存在しているのが分かる。俺はとりあえずはどこか適当な場所で休憩しようと思っていた時だった。

突然俺が身に着けていた服が光を放ち始めたのである。俺はこの現象を見て嫌な予感がしたので【ステータスオープン】を使用する。すると案の定、俺の所持しているスキルが軒並みレベルを上げていることに気づいたのである。【転移門】も使えるようになってしまっているし【神刀】も強化されていることが確認できる。

(おいおいまじかよ!【勇者】のレベルが1から50に上がっているぞ! それに【賢者】なんて一気に70もレベルアップしているじゃねえか!)

そんなことばかり考えていた俺はあることに気づいたのだ。それは【魔人化(極小)】の能力の一つにある項目が追加されていることに気が付いたからであった。そこには新たに獲得した称号と能力が記されていたので俺はその文字を読んで愕然としてしまうことになる。俺はこの世界に来る際に【魔王軍幹部殺しの称号】を獲得していたがその他にも新しく獲得したものが二つ存在していたのだ。その二つのうちの一つ目が新たな能力を獲得する条件を満たしたらしく俺は獲得してしまったのであった。そして俺は新しい称号の名前を確認するとこう思ったのである。

『魔人の覇者』

(なんか物騒な称号が追加されていやがるな。これはつまり俺が魔族の領域に侵入しているということを表しているのか? いや違うか、これの称号の効果を確認してみるか。えーと、この世界にいる人間族以外の全ての生物の頂点に立つことができるらしい。しかもこの効果は重複するんだとさ。そしてさらに他の魔族にも影響が及ぶらしい。それで効果の一つとして、種族ごとに決められたルールを無視して相手を殺すことが可能みたいだ。それにしてもなんだかとんでもない称号を手に入れてしまったようだ。こんなものを手に入れたら普通に狙われてしまうだろう。俺がこの称号を獲得したせいで人間族だけでなく、魔族にまで追われることになる可能性まであるわけだし最悪だ)俺は内心かなり落ち込んでいた。そして俺は【神眼】で手に入れた能力を詳しく確認するためにスキルを発動しようとしたところで何者かの気配を感じ取った。

「お待ちください!」俺は背後から声をかけられたため俺は反射的に後ろを振り向く。俺の背後に立っていた人物の姿を目にした途端に俺は絶句する。なぜならばそこにいたのは全身を真っ白な甲冑に包み込んだ人物でありその容姿はあまりにも整っているために男性か女性かすらも判別ができないのだ。俺はその人物が一体誰なのかを考え始める。まず考えられるのはこの国の王家に仕える存在であり、クロナの関係者であるというものだ。そんなことを俺が考え続けているとその人物は口を開く。

「貴方が私の主人の敵であることはすでに把握しております。どうか大人しく捕まってはくれませんでしょうか?」彼女は真剣な表情をしながらそんな発言をしてくる。しかし俺はその発言内容に疑問を抱いてしまう。その言葉から察するとどうやらこの人物とクロナは何らかの関係があるみたいだが、この人物からは敵意を感じることはできなかったのである。だから俺はまだ戦うつもりはないと言って武器をアイテムボックスに収納する。すると彼女の纏っていた雰囲気が変わったのが分かった。俺の態度を見て彼女が安心したように笑ったような気がしたのだ。

(どうもおかしい。どうして俺に対して攻撃してこないんだ? それどころかこの人物からは敵意を一切感じることができないんだよな。それなら俺にできることといったらこの人が何者であるかを探ってからこの場を去るしかないのか?)そう思い俺はその人に名前を尋ねようとした瞬間だった。俺がこの世界の人間たちに対して名前を名乗ることは絶対に避けるべきであるという事実を思い出した。しかしそれでも俺はこの人に対して自分の素性を明かさないまま去るというのはどうもしっくり来なかったのだ。そこで俺はこの人には悪いと思いながらも、この人から情報を聞き出そうと思い俺は【交渉術】を使用して話しかける。しかし俺はここで一つの誤算を犯してしまっていたのであった。

俺がその人物と話し合おうとしたその時だった。突然その人物の体が発光し始めたのだ。その光景を見た俺は咄嵯の判断で相手の体に触ろうとする。しかしその手が届くことはなかった。そして次の瞬間。目の前の人物の姿が跡形もなく消え去ってしまっていたのである。

(なっ、いったい今のは何だったっていうんだ!?)

俺がそのことについて疑問に思っていると突如目の前に白い仮面のようなものを付けた女性が突然現れる。その姿を視認した俺は先程の現象を頭の中からかき消そうとする。そして俺は突然現れたその人物に驚きつつ問いかけようとしたのだがそんな暇も与えずに俺の目の前にいた女性は地面に倒れてしまったのである。そしてそのまま女性は俺の意識を失ったまま起き上がることは無かった。

「ちょっちょっと大丈夫ですか!」俺が慌てて女性の体を揺すったり頬を叩いたりすると、なんとか女性の意識を取り戻すことに成功した。

「あっありがとうございます。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」女性はすぐに自分の置かれている状況を察知したのか俺に謝ってくる。そして女性は自分の名前と、クロナとはどのような関係であったのかについて話し始めるのであった。

「私はクロナ姫様の側近の一人であり護衛の任についている者です。しかし私の名前はクロナ様しか知らないはずなのですが一体なぜあなた様は私が仕える姫様のお名前を御存じだったのでしょうかね」そんなことを言い出した女性に俺も何と答えるべきか迷ってしまう。俺自身でもなぜこの世界の言葉が理解できているのか分からないのである。俺はこの世界での人間の国の言葉は喋れるのだが文字までは読めないのだ。そのため俺がクロナの名前を知っていたことがどうしても納得できないようであった。しかしこのまま黙っていてもこの女性はずっと悩み続けるだろうと思った俺は仕方なく正直に話すことにする。しかしクロナのことをどこまで話せばいいのかは悩ましいところではあったのだ。

「実はクロナ姫様のことについてはよく覚えているんです。俺が以前助けた少女というのが姫様だったんですよ。姫様はあの時の俺のことを信頼してくれたのか、姫様のことを教えてくれたんですよ。それで俺のことを命をかけて守ってくれたのだと。だからこそ俺は恩返しをしたいと思って姫様を助けることにしたんです。まあ、その過程でいろいろとありまして俺がクロナ姫のことを救ってしまったみたいなことになっているんですよね。本当にすみません。姫様の許可なく勝手にお教えしてしまいまして」俺は苦笑いを浮かべながら嘘をつくことにした。

(実際問題俺もまだよく分かっていないんだけどな)俺は女性の反応を見るために彼女の様子を伺う。

するとその瞬間に俺の頭にとある単語が浮かんできたのである。

(んっ!今俺はこの女性をどう呼べばいい? 確かクロナの護衛と言っていたしな。それじゃ俺が勝手にクロナと名前を呼び捨てにするわけにもいかないよな)

俺はそんなことを考えるとクロナという名前を口に出してしまう。

「えっと、これからクロナのことについて何かあれば遠慮せずに言ってほしいんだが。その前に一つ聞きたいんだがあんた名前はなんていうんだったか?」俺はこの人物をなんて呼んだらよいのか困ったためとりあえずクロナと親しい人物であることは分かっているので彼女に呼び名を決めてもらおうと思った。

俺がクロナと呼んでもいいものなのか確認のために尋ねる。そして俺に名前を尋ねられたその人は少しだけ悩んだあとこう答えてきたのだ。

「わかりました。では今後貴方に対してはクロナ姫と呼ばせていただきます。それと、貴方様の仰ることに関しては全て真実なのですね。それならば私の口から言う必要もないでしょう。しかしクロナは無事なんですか? もしお身体が優れないのでしたら、すぐに城へと連れて行ってくださいませ。もちろん貴方様にはそれを拒否する権利があると思います。ただお願いします。私はどうなっても構いませんのでクロナだけはどうにかならないでしょうか。どうか宜しくお願いいたします。クロナはまだ成人したばかりでまだまだこの先の人生の方が長いのですから。どうかこの通りです」そう言ってその女性は俺に対して土下座をして必死に頼み込んできた。

しかしそんなことされたところで、この女性と俺の関係が変わるわけではないのだ。俺はこの女性とはあまり親しくないしクロナとの関係性もよく分かってはいないのだ。そんな相手に俺がどうすることのできるわけでもないのである。

そんなことを考えていた俺に向かってその女性は顔を上げると真剣な表情になり口を開いた。

「そういえば自己紹介がまだでしたよね。私はこの城のメイド長を務めさせていただいており、皆からミルアと呼ばれております。クロナちゃんには普段の勤務時とプライベート時は気軽に呼び捨てにしなさいと言われていますので貴方に対しても同じように接しても構わないということなのでよろしくお願い致します。ちなみに私の年齢は23歳であり未婚の女性となりますのでどうか貴方様のお嫁さん候補として見ていただければ嬉しい限りでございます。貴方様の名前を教えて頂けないでしょうか?」そんなことをいきなり言われた俺は、クロナはどうして俺にそんなことを教えたんだろうと疑問を抱くとともにこの女はいったい何を考えているんだろうと思い困惑してしまったのだ。

(俺の年齢を知っていてお見合い相手を寄越してくるってわけじゃないよな?)俺はその言葉の意味が気になってしまった。

俺は【交渉術】を使用し女性に俺自身の名前を告げた方がいいのかを考えることにする。

「えーと、俺のことはリュカって名前でいいですから」

「リュク?不思議な名前の方なんですね。分かりました。それでは今後は貴方のことも名前で呼ぶことにさせていただきますね。えっと、それでその、リュクは一体どういう職業に就いているのですか?できれば今後の生活に役立つためにもお仕事内容などをお教えしていただいてもよろしいでしょうか。それさえ確認すればクロナ様との信頼関係をより強固なものに変えることが可能になると思うのですよ。ですので是非とも教えてください。クロナ様のためだと言ってくださればいかがでしょう」俺はこの人の目的は何なのかと考えるが、特にこれといったものは思いつくことはできなかった。それにこの人は基本的に俺がクロナの関係者であることを理解しているため俺と敵対しようとはしていないようなのでそこまで気にする必要はなさそうだと判断したのである。だから俺はこの女性に自分がこの世界にやってきた経緯と【勇者】と呼ばれる称号とスキルについて教えることに決めたのであった。

俺はこの女性に自分についてをある程度話すことにした。そして【神眼】のことについて説明をする。するとその女性は目を丸くさせ驚く。しかし俺にこの世界の人間が持っている一般的なステータスというものについての説明を求めたのだ。そこで俺が質問に答えるとその女性はしばらく考え込んだ。そしてその後でこの女性も自分の情報を話し始めた。その女性の話によるとこの女性の職業は『魔道使い』であり、レベルが25もありかなりの高レベルの人物なのだとわかる。その女性の名前は「アリア」といい、彼女はクロナと幼馴染という間柄のようだ。そしてクロナを昔から守ってきたらしくそのせいであまり男性と関わることがなかったみたいである。それ故に異性に対する耐性が低いらしく初対面にも関わらず自分の話をたくさん聞いてくれる俺に対して好意を持ってしまったようであった。俺はその女性に気に入られてしまったようである。しかし俺はその女性に恋愛感情を持つことはなくあくまで友人としての仲を築くことにしたのであった。そして俺は彼女と会話していく中で彼女がかなり優秀な人であることがわかった。まずはこの国についての基本的な情報について教えてくれたり俺がクロナを救ってしまったということを理解したのか俺とクロナの関係について色々と話してくれてとても親切にしてくれたのだ。しかしそれと同時に俺はこの国での権力の図り方が大体理解できたのである。それはクロナがどれほどの影響力を持っているのか、俺のことをどのように扱おうとしているのかを知ることができてよかったと思ったのだ。そしてクロナのことが俺の想像している通りの人物なら、この国の王を俺の手で殺してしまいクロナを助けることが最善の行動であると考え始めたのである。

(そもそも俺の知っているクロナだったとしたら、あの姫は絶対に悪いやつではないはずだしな)

「クロナ姫のことを助けたいと思っているのだが俺の知り合いに腕利きの回復術士がいるのだが。その人は今どこにいるかわかったりするのかな」俺はとりあえずその回復術士を探すことにした。俺自身でもまだどのくらいの時間この世界に居座ることになるのかわからない以上少しでも多くの人脈を作っておきたかったので、俺と親しいクロナのためにもその力になってもらうべきと考えたのだ。

(確か【聖弓召喚(セイントアロー)】に【鑑定眼】と【アイテムボックス】の3つの能力を付与した時にクロナの居場所も分かるようになっていたはずなんだが、一体今はどうなっているんだ?)俺はそんなことを考えつつ【ステータス表示】を確認する。すると俺の視界に地図のようなものが展開されるとそこにある光点を確認出来たのである。どうやらクロナはここから近い場所にいることだけは確かなようで俺は安心することができた。

(しかしそれならばなぜこんなところにいたのだろう。俺と同じようにダンジョンの中に飛ばされたとでもいうのだろうか。いやまぁ確かにあそこにはダンジョンがあったけどさ。でもこの世界にもモンスターが存在するんだろ。だとしたらクロナだって危険なんじゃないのか?いや、待てよ。そう言えば俺の【魔剣創造(マケンクリエイト)】で生み出した剣を渡したときに、もしクロナが困っていることがあった時には使ってみてほしいと頼んでおいたんだよな。だとしたら俺と別れた後に何かあったのかもしれない。それこそあの【悪魔】と遭遇した可能性なんかも十分考えられるな。だとしたら一刻も早くクロナの元に駆けつけて助けてあげなければ)俺はそのクロナの場所に向かって走り出したのである。すると俺を追いかけるようにアリアも付いてくるのがわかった。

俺達がクロナのもとへと向かう最中に出会ったのは多くの人間たちだった。俺がこの城に来てからは見たこともないほどの数の兵士が俺の前に姿を現したのである。俺はクロナの元に向かう途中でこの兵士達から逃げ切れる自信がなかったためその兵士達の集団と対峙することを決意すると戦闘体勢に入ったのである。

その瞬間、俺を囲んでいた兵士のうち一人が突然倒れた。そして残りの者達はその状況に驚き動きを止めると周囲をキョロキョロと見渡すがすぐにその倒れている兵士の方を見たのである。その倒れているのは先ほど俺に声をかけてきた人物であった。その人物は意識を失ってはおらずゆっくりと立ち上がろうとする。しかしそれを周りにいる他の兵士たちが阻止しようと動く。

俺もこの場に現れた人物が何かしらの意図があって行動を起こしているとは考えていたためその邪魔をしに行くと、その男の腹部に向けて拳を放つ。男はその場に膝をつくがそれでもその表情には笑顔が見られた。それだけではなくその男の体は少しだけ震えており、それが武者震いによるものだと言うことは一目でわかるほどであった。俺の攻撃を食らいながら笑っていたこの男に俺は不気味さを感じながらも次の攻撃のために拳を構える。するとその男が俺に向かってこう告げる。

「私はこの部隊の隊長を務めている者です。貴殿は一体何が目的なのでしょうか。我々の目的は先日出現したと言われている【魔王】の討伐。そのために現在この城の戦力を集めてその準備をしているのですが」俺の目的が本当にそれだけなのかを確かめようとするように俺に向かって問いかけてくるのである。しかしその言葉に俺は反応することなく攻撃を仕掛ける。

そして俺と目の前の男との勝負が始まった。この城の兵士の中で一番の強さを誇っていたのはどう考えても間違いなくこの部隊のリーダーを務める男であった。彼は他の兵と比べても格段に強かった。しかし彼の相手は他の者たちと比べたらあまりにも弱すぎたのだ。俺の拳を受けた者は簡単に意識を失いその一撃で倒れ込むのである。そして残り二人の敵を倒した俺は最後に残った一人に向かって手加減した一撃を放ち意識を失わせる。そのあと俺は【神速移動】を使いすぐにクロナの元へと向かおうとしたのであるがそこで一つの事実を思い出す。

(この国って【転移の扉】っていうアイテムで行き来することが出来るからこの国に転移できるんだったな。じゃあさっきまで俺は【空間転移】の能力を使って別の場所からこの城の中に入ってきていたのか?ってそんなことはどうでもいいよな。とにかく今はクロナのことが心配だ。クロナの元に行かないと!でも、もしもクロナに危害を加える可能性があるような輩だったら容赦せずに潰しておく必要がありそうだな。でもまぁ、俺の大切な人に危害を加えようものなら絶対に後悔させてやるから覚悟しておけよ)

俺はその考えを持ちつつも【神眼の魔女】の力を解放させることにした。

俺の視界の中には、その力を解放したことによって得られる情報が一気に増える。そしてその中にはもちろん俺のことをよく知るクロナの存在も入っていたのだ。

(やっぱりこの場所からさほど離れていない場所で待機しているのか。しかし、どうしてその場所から動かずに待っているのだろうか?もしかしてクロナは俺をここに呼び出したりしようとしているのかな?そうなった場合はちょっと危険かもだ。俺は急いでクロナの所に向かおう。それにしても【魔道使い】か。クロナの話では魔法に関しては超絶天才とか言っていたが本当なのかね。クロナに魔法を教えてもらってみるのもありかもしれないな。それと、その【聖弓召喚(セイントアロー)】について詳しく教えてもらえると助かるのだが。確か【賢者の称号を得た時に習得できた技の一つだったよな)

俺は【神眼の魔女】の力を解放したまま走るスピードを上げていく。

それからしばらく進むと大きな建物を発見する。そしてその建物には大きな門が設置されていた。俺はこの門番を気絶させようと考えた。だが、その前に俺に対して敵意を持っている人物がいることに気づいたのである。俺がそちらを見ると建物の屋根の上でその女がこちらを見ていることに気づく。

(あれが、この城のボスなのだろうか。見た目的にはそこまで強そうには見えないけどな。しかし油断をしていては危ないだろう。しかし、その程度の奴ならわざわざ相手をする必要もないが一応戦ってみるとするか)

俺は屋根の上を移動するとその人影を追っていくのであった。そしてその女を視認出来る位置に到着すると【神眼の魔眼】を発動させステータスを確認する。

名前 【魔眼使いのアリア】

種族 【吸血鬼(始祖)】

年齢 16才 身長 152cm B80/W56/H81 Lv 328(MAX限界突破済み)

攻撃力 2200 防御力 2000 素早さ 1800 魔力 8000 精神力 1000 最大体力 5000(MAX限界突破済み)

保有スキル【危機察知】【鑑定(EX)】【剣術LV7】【魔術士術(EX+6等級限定解除)】【火属性術師(8級以下全て使用可能状態)】【闇属性術師】

「あなた、この国の王になるつもりがあるなら私を倒してみてはいかがですか。あなたのことを気に入っているあの方のためを思うなら、そして私の愛するご主人様を悲しませたくないのなら私を倒すことをオススメしますよ」その女性は微笑みを浮かべながら俺のことを見つめていた。俺はその姿に威圧を感じると【神剣エクスカリヴァーン】を抜きその女性の首を跳ねようと刀を振り上げるが、その剣が女性に当たることはない。

(この剣を避けたのか。だとしたらただ者じゃない。しかも俺のステータスも覗かれているということだろう。この世界におけるステータスを見られるのは非常に厄介なことだ。俺がどれだけレベルが高くてステータスを上昇させていたとしても相手のレベルの方が高かったり、俺よりも高いレベルのスキルを所持していれば俺はその者に勝てなくなってしまうからだ。それなのに俺のことを簡単に倒すことが可能だと考えているということだろう。これは、俺の持っている能力が相手にも知られていると考えて行動しなければならないかもしれない。それならばこの女性を殺すよりも生け捕りにした方が俺の作戦を実行するのに都合が良いかもしれない。それにクロナのことを助けるためにはどうしても情報が必要だったのだ。ここはこの女の情報を色々と聞くことにしよう)

俺はそんなことを考えつつその女性に語りかけたのである。

俺がクロナのもとに駆けつけようとしたその時に俺はその男と対峙することになった。男はかなりの実力の持ち主であり俺が【鑑定眼】で確認するとその強さは、今まで出会ってきた敵の中でも圧倒的に強いことがわかったのである。俺はその男と対峙すると自分の身体から自然と闘気が溢れ出してきたのを感じていた。その感覚は懐かしく俺にとっては気持ちがいいものだったので俺はその男との戦いを楽しむことに決めたのである。

(それにしてもこいつの体からは異様なほどの殺気が伝わってくる。一体どういう理由でここまでの強さを身につけたのか非常に興味深くもあるな。俺とこの男とでは戦闘スタイルが全く異なるからそのことも気になっていた。だからまずは試すために少し攻撃をしてみよう。もし俺の仮説が正しいとすれば俺の攻撃に耐えられないかもしれないからな)

俺が【無詠唱】により【魔弾】を放つと、それに対抗するように男の拳も繰り出される。【無魔拳】と言うのであろうか、その拳が【魔拳】によって作り出された【魔弾】に触れた瞬間に、二つの魔法がぶつかり合ったことで爆発が起こった。しかしその衝撃は男が身に付けている黒い服が作り出した空気の壁に吸収されて、男自身はその影響を受けずに済んだようである。俺もその爆風を上手く利用するため後ろに飛び退くと、【神雷槌】を放ち目の前の敵を攻撃したのである。そしてその一撃は敵の防御を打ち破り男を吹き飛ばした。

(やはり、その黒い服を着ていると【魔法耐性(中)】が付与されていて魔法が効かないようだな。そうなってくると少し面倒だな。それなら物理攻撃に切り替えるしかないのか。【瞬歩】で男の懐に移動すると、俺はその顎に膝蹴りを食らわせる。するとその男が宙を舞ったあと地面に叩きつけられる。そして追撃を行おうと思ったが、その時俺はこの目の前の男のことをよく観察した。この目の前の相手は何かおかしいと思ったのだ。この男の動きはあまりにもスムーズすぎる。普通の人間に出来る動きとは到底思えなかったのだ。そこで俺は一つの結論にたどり着くことになるのだが。

「なるほどそういうことか。君はもしかしたら人族ではなく魔物なのかい?」そう尋ねるとその男は初めて表情を変える。

「お前は本当に面白い存在だな」その声は俺のよく知る少女の声であった。

(クロナ!?まさかクロナがこの男の正体なのか?)俺はそう思ってクロナのことを凝視したが特に見た目に変化はない。俺にはわかるのは彼女の放つ雰囲気から俺の知っている彼女とは違うものを感じたのだ。そして彼女は俺に向かって笑いながら話しかけてきた。

俺に向かってこう言う。

(なんだい?私が君と同じだって言ったから驚いたのかい?まぁそれは無理もないことかな。でも私はね、この世界での君のような力を持つ存在を知っているのだよ。だから私は君のことをある程度理解することが出来てしまえたんだよ。それと今の君はそんなに強いのか。私を追い詰めることが出来るなんてなかなかに楽しめそうだ。それじゃあそろそろ本番と行こうか。君の力がどれくらいのものかこの場で見せてもらうとするよ。私の【悪魔(デヴィル)】のスキルを使えばもっと面白くなりそうだしね)その言葉を言い終えた時だった。その男の雰囲気が急に変わったのである。俺は【鑑定眼】を使い相手を調べてみるとそこには信じられない結果が表示されたのである。

その男は先程までとは違い桁違いのオーラを纏っていた。俺はその事実に驚きながらも、俺自身も【聖剣】の能力を解放し、本気で戦うことを決めたのだった。そして【神速移動】を使い一瞬のうちに俺はその【魔王】と名乗るその男に近づく。それから、相手の姿を確認しようとするが【神眼の魔女】の視界を通してその姿を見てもそこにいるのがクロナだと認識できないような違和感があったのだ。そのクロナの姿を確認する前に俺にその攻撃が飛んでくる。

(こいついきなり攻撃を仕掛けてきやがった!しかし【転移魔法】の魔法陣が足元に出現したのを俺は見逃さなかったぞ。ということはクロナが魔法を発動させたというわけではないのだな。まぁいい。とりあえずこいつに勝てばいいだけの話だ)

クロナと思われる人物が放った【火焔砲】を俺は避けることに成功する。その【火焔大砲】が通った場所には何も残っていなかった。

俺はそれから何度か【火球】による遠距離からの攻撃を仕掛けようとするが【聖槍】で防がれてしまい、クロナは一向に俺への攻撃を行おうをしない。

「お前の目的はなんなのだろうか。俺の大切な人に危害を加えるつもりならば俺は全力で相手をするが」俺はそう言ってその男に対して警戒をする。その男に対して俺はいつでも攻撃を行えるように意識を集中させる。

(この感じどこか覚えがある。俺には昔こんな風に戦って負けた経験があったはずだ。俺はその時に何をしていたんだっけ。思い出せないな。そもそも俺には何の記憶もないはずなのになぜこの記憶だけは残っているのだろうか。もしかして【無魔の魔剣】の力なのか?この武器には、俺と俺の大事な人たちと過ごした日々の記憶が刻み込まれているとでもいうのだろうか。だとしたら、俺は、、)

「俺の目的だと、俺がこの世界を侵略して、俺の思い通りの世界を作るだけだ。お前たち人間を皆殺しにするのが一番だが、一番はお前を殺すことだな。その【聖槍】を持つ男よ」その言葉を聞いた時俺は、自分の中に眠る力を解き放とうとした。

だが、なぜか俺の【魔槍】が反応をしなかったのである。そして【魔王】を名乗るその男はその俺の様子を眺めているだけであった。俺はその様子を不思議に思う。俺は自分の手の中にあるはずの【神器】に魔力を流し込むが全く効果が現れないのである。俺の手の中には何も存在しないかのように感じる。

「どうしてだ、俺の【魔槍】に一体どんな変化があったというんだ」

俺が焦っている様子を見たその男はニヤリと笑みを浮かべたあと、俺に向けて話しかけた。

「お前の手に持っている【魔剣】に、お前の仲間であるあのお姫様の命が吸われているのだよ。お前があの男に攻撃を与えようとすればあの女に苦痛が与えられることになるだろう。それにしてもあの女の命は本当に素晴らしいな。あんなに美味しく血を飲めたのは久しぶりな気がする。それにあの女の体も最高級品と言ってもいいくらいだろうな。あれを味わえるなら多少の時間を使うのも悪くないかもな。どうせもう長くはないのだ。あのまま苦しんで死ぬよりか、少しだけ楽しい思いをさせてやるというのも優しさかもしれないな」

その言葉を耳にして俺の心の中で怒りがこみ上げてくる。それと同時に頭の中では【魔剣】の使い方が少しずつわかってきていた。俺は、この世界に来て初めて心の底から感情が爆発しそうになっていた。今すぐにこの男を殺したいと思った。俺のこの世界に対する復讐の対象にこいつも含まれているからだ。

俺の中にあったこの世界での経験と、そして前世での人生を思い出してしまったことで俺は自分がこの世界に生きる人々を守るために戦い続けた勇者であることを完全に忘れていたのかもしれない。俺の中にあった正義感と義務感のようなものが俺から消えかけていたことに気がつくことが出来たのはこの瞬間である。この瞬間俺の目の前にいたのが俺が最も嫌いな存在であると、俺の中の誰かが訴えていたのだ。

俺は、自分のことを冷静な人間だと思っていたが、目の前の男の言葉を聞いて、俺が俺として存在していることを証明するためにその男を倒すことを決意したのである。

その決意をしたと同時に、【神速】を使用し目の前にいるその男の背後に回り込むとそのまま相手の首を切り落とす。

「悪いが、お前のことは殺させてもらう」

俺はそう呟くと目の前の男の頭部に【転移魔法】により作り出した短剣を突き刺す。俺の攻撃は見事に男の脳天を貫き一撃のもとにその命を奪ったはずだった。

「な、に?」

俺は驚きの声を上げる。その男の身体はまるで水風船のように破裂して、そして俺の体に液体がかかる。俺は、その男の血液が自分の体についてしまったことに気持ち悪さを覚え、【火魔法】の応用でその男の遺体に火をつけて完全に消し去ったのである。そして俺は【賢者の塔】に向かって歩き始める。俺が先程行ったことは全て【聖剣】の中に存在していた情報を読み取ることでわかったことであり、今の俺が知ることは出来ないことまでを知ることが出来る。その情報が本物かどうかはわからない。だが俺にとってその情報が偽りの情報だとしても俺の目的を達成するための行動を変えることはあり得ないのである。

俺は自分の目的を果たすために、俺のことを殺そうとしていた目の前の相手を殺してその場を後にしたのであった。

クロナだと思われていた存在に、自分の仲間である女性を人質に取られたことにより俺は動揺をしてしまう。その女性が生きているかどうかも定かではない状態で、目の前の敵を倒そうと動くことが出来ない。

その俺の様子を見て目の前の男は、不敵な笑いを見せる。そしてこう告げるのだ。

「ほぅ、それで、お前はどうする?俺と戦うのか、それとも逃げるのか、それとも、このまま何もしないのか。どれを選んだところで、結果は変わらないがな」俺はそんなその男の態度が許せなかった。

そして俺はその男の首を一刀両断にすることを決意する。

俺は【瞬動術】で瞬時に間合いに入り込み、【魔剣】を横に薙ぎ払った。その攻撃を【聖剣】で受け止めることを選択したその男の行動は間違ってはいなかったと言えるだろう。なぜなら俺が使った【魔剣】はただの【魔剣】ではなく俺自身の魂そのものを剣に変えて作った【神器】だったのだから。その攻撃は【神速移動】で加速した俺が繰り出した攻撃だったのだが、その攻撃もあっさりと防がれてしまう。その【聖剣】によって受け止められてしまったのだから、普通の人間では、この攻撃をまともに受け止めることすらできないはずだが、やはり目の前の存在の身体能力は人間の領域を遥かに超越しているように思えた。

俺はそれから連続で攻撃を加えていくが、それでも相手は一切表情を変えずに全てその攻撃を防ぎきった。そして、次の攻撃を仕掛けるために俺が距離を置こうとしたその時に相手が初めて俺に対して攻撃を仕掛けてきた。

それは、今まで一度も見ていない攻撃方法だった。俺はその攻撃を防ぐことが出来ずに直撃を受けてしまい後方に吹き飛ばされる。そして【鑑定眼】で相手のステータスを確認するとそこに表示されていた名前を見た時に俺は完全に思考停止をしてしまった。

そしてその男が口にする。

(この俺の全力を受けてもまだ立てるだけの力は残っていたようだな。これは久しぶりに楽しめるかもな)その言葉を聞いて俺はハッとなり、即座に反撃を行うことにした。まずはその攻撃を防ぐために、先程使用した【魔槍】で相手を貫くという選択をとったのだ。

だが俺の攻撃は全く効果がない様子で、全くダメージを受けた気配がなかったのである。

(おかしいぞ?なぜ俺の攻撃を受けても平然と立ち上がっているんだ?)

その男は口角をニヤッと上げる。俺はそれを目にして嫌な予感を感じたため再び【転移魔法】を使って、その男から離れるように移動をした。しかし何故か俺の動きに合わせて奴もその場所に近づいてきた。

それから俺は何度か攻撃を仕掛けるが、どれもダメージを与えられないどころか、逆にこちらが受けるような状態になってしまっていた。そしてその男は笑みを浮かべると、今度は自ら攻撃を仕掛けて来た。

「くっ、【聖盾】!そして【聖槍】!」

俺の前に出現した二つの防御スキルを使い攻撃を受ける。すると、その攻撃の威力が高かったためか俺は大きく吹き飛んでしまい【転移の魔眼】による逃走を選択するしかなかった。俺はこの世界で得た知識を思い出す。俺が戦った中で最強の存在であると言われるのが【剣王】という称号を持つ男だった。しかし【剣神】は別格の実力を持ち【剣鬼】と、そして【剣姫】は【魔王】と並ぶほどの強さを持っているらしい。つまり俺とこの世界に来た勇者たちは全員この世界に存在する最強と呼ばれる者たちと戦闘を行い、勝利を収めているというわけだ。もちろんこの世界において【神殺し】の称号を持つ者はいないはずだ。

そしてこの世界における神とは【魔王】のことで【勇者】の敵でもある。俺は、今の状況を理解して、【魔王】を名乗る男との勝負には絶対に勝てないことを理解して絶望するのであった。

【剣帝】や、【聖皇】は俺よりも遥か昔に存在していた人物であり、この世界の住人が【聖剣】の力を手に入れ、この世界を統一するために戦争をしていた時代の人物である。【剣魔】の二人は、その時代に【神器】を手にしており、そして他の種族の国に戦いを仕掛けていた。この世界に来てから【剣聖】の称号を持つ者と会ったことがないので、【剣聖】はこの世界の歴史に登場していなかった可能性が高いと考えられる。

そして【神獣】と呼ばれる生き物もこの世界には存在しないようだった。そもそも魔族にしろ、亜人にしろ、魔物にしろこの世界で生きるものは全て、人間が自分たちより弱いと思い込んでいる生物なのだ。この世界の【魔王】が魔族のトップである【魔王種】であり、この世界での人類と魔族は同等な存在として扱われているのが常識になっているのはそのためだ。そして【神】と呼ばれるものも存在しているので、神界は存在するはずであり、その神と直接交渉をすることが出来た者がいれば【神具】というものを作り出すことができるかもしれないのだ。まあ、今のところそんなことは無理だと思うけどね。

だが目の前にいるその存在はこの俺が知る中で一番の強者であることは間違いがなさそうだった。俺にできることは【剣舞】により少しでも相手の体力を削っていくくらいだろうな。そう判断をした俺は攻撃を再開することにする。俺が放った無数の【剣閃】による攻撃に対してもその男は余裕そうな顔を浮かべているだけで特に目立ったダメージを与えることはできなかった。その男は何か俺の攻撃を楽しんでいるように見えるが、その男から放たれてくる威圧感が俺の行動を封じてくる。

俺はその男の攻撃を何とか耐えながらも隙を狙っていくが、その男から繰り出される一撃があまりにも重いので避けることで精一杯の状態が続いていたのである。しかも俺の武器である剣は折れてしまい既に使い物にならない状態だった。

俺の持っている【神器】はもう残っていないのだ。俺が使っていた【聖剣】は、この俺自身の魂を物質化して作られたものだ。その性能は俺以外の人物が使おうとした場合に発動することが無いようになっているのだ。だから仮にこの俺自身が使うことが出来たとしても本来の力を発揮することはない。

俺はそのことを考えながらどうすれば良いのかを考えて一つの結論にたどり着いた。俺は、目の前の男に攻撃を加えることを止め、自分の身体の防御力を高めていく。そして【神盾】を使用することにした。その瞬間俺の周囲に結界が展開される。

その行動を見たその男は少し驚いた表情を見せた後に俺のことを見据えていた。その表情からは俺の行動の意図を読めず戸惑っている様子が見て取れたのである。そしてその男は攻撃をやめたのだ。

(なるほど、あの男の考えていることがよくわからんな。何を考えている?いや待てよ?まさかな)その男はすぐに俺の方に駆け寄ってくる。そしてこう告げる。

「お前、俺が何者かわかるか?」

その男は俺に問い掛けてきた。その声は先程まで聞こえてきていた声とは全く違いとても落ち着いた雰囲気の声に変化をしているのが分かった。だが、その言葉の意味はわからない。だが俺も質問に答えた方がいいのだと思い口を開く。

俺の予想が正しいならば目の前の存在は間違いなく【剣王】である可能性が高い。【聖剣】を使うこの存在の名前は聞いたことがないのに、目の前の存在だけははっきりと覚えているのは不思議である。俺はその可能性に賭けることにした。

「俺は貴様を知っている。おそらくは歴史上の偉人のはずだ」

俺の言葉を聞いた男はニヤリとして答える。

「ほぅ?その割にはあまり驚いていないみたいだけどな」

その通りだった。俺の予想は正しいのか、それともこの目の前の存在が【魔王】だという可能性も考えていたのだ。ただ【魔王】にしては、俺に対して敵対行動を取ってこなかったからである。俺はこの【剣王】についてある仮説を立ててみる。この世界に来る際にこの男の記憶を読み取り、この男の能力を手に入れた。そのことから考えることが出来るのは目の前に存在するのは、この男の能力を持った別の存在である可能性があると考えたのだ。俺は、この男の記憶の中にいた【聖剣】を使っていた男の容姿を思い浮かべて確認をしてみたのだ。

(俺の考えは間違ってはいないのかもしれんな。それにしても俺が見た時とは姿がかなり違ってるな。なんでこんな姿になってるんだ?)

その男は髪は黒で瞳の色も黒色だった。しかし今のこいつの髪の色は真っ白で目は赤紫色だったのである。俺の視線を感じたその男が口を開いて俺に問いかける。

俺はすぐに返事をすることができなかった。目の前に存在している男が目の前の俺と同じ能力を有している人物だとしたら【魔王】という称号を持っていたとしても納得ができてしまったからだ。ただ、その見た目が変化しているのが不可解だったので、つい疑問を投げかけてしまった。その男は少し考えた後にこう告げた。

「ふむ。俺が姿を変えられる理由は二つ存在するだろうな。一つ目はこの世界に来てこの体になってしまったということが考えられるが、それは俺の意思によって変えられることじゃないので違うと考えてもいいだろう。そしてもう一つは俺が【勇者】の体を乗っ取ることに成功しているということが一番あり得るだろうな。この体の元々の持ち主はこの世界では最強に近い力を持っていて、この世界に召喚された時に俺を殺さなかったからな。そして俺の力を取り込み完全に肉体を支配した結果だと考えることができる。その方法はまだ分からないのだがな。だが、一つだけはっきり言えることは俺は今の姿が一番気に入っているということだ。俺にとって一番の好みの顔と性格をしていたというわけだ。それじゃあ本題に入るとしよう。まず俺の正体から話すぞ?俺の名は、アルヴィンド。お前たちが【魔王】と呼んでいた存在であり、この世界を支配する存在でもある」

俺がその言葉を聞いて絶句してしまう。【魔王】を名乗る男は自分の名前を言った後に、続けて説明を行うことにしたようだ。そして【魔王】と名乗った男の話を聞いた後、俺は何も喋ることがなくなってしまった。そして俺は考え込むように黙り込んだのだ。その沈黙を破ったのはその【魔王】と名乗る男だった。

「さて、そろそろ時間切れになりそうだ。どうやら俺はここから移動をしなければいけなくなったみたいだ。俺はまたここに戻ることになるからそのつもりでいてくれ。その前に一応聞いておくことにする。もし、もしも俺と戦う意思があるなら戦ってくれ。その時に俺は、その相手が全力を出してくれることを期待している。だが、俺との戦いを避けるという選択肢をとるというのであれば、この世界の破滅を防ぐという使命に囚われない生き方を見つける努力をするんだな。それが出来たとき俺はお前のことを受け入れても構わないと考えている」

そう言って【魔王】と名乗っていた存在はこの部屋にあるもう一つの扉を開き外に出ようとしたところで立ち止まり、こちらを振り向いてから話し始める。

「ああ、最後にこの世界にはこの世界を管理する神々が存在するが、神界に居る存在が地上に直接姿を現すことはほとんどあり得ないと、俺は記憶に残っていてそう理解しているが、何かの事情で俺の前に姿を現してくるかもしれない。その場合はその神様には優しく対応してやって欲しい。その方がきっといい方向に物事が進んでいくと俺は思っているからな。そしてこの世界に生きる者達よ。この世界を管理しているのは人間でも魔族でもない。【神】と呼ばれている者たちだ。俺と敵対してしまえば、俺は躊躇なくお前たちの住む世界を滅ぼしてしまうかもしれない。だから敵対する相手はよく選ぶべきだと、俺はこの世界の人々に警告する」

俺はそう告げるとその男は姿を消した。そして再びあの空間に戻った時には俺はもう既に別の場所に移動していたのである。俺はそこでしばらく時間が過ぎるのを待つことにした。それからしばらくして、俺はその部屋に存在していた魔法陣を利用してこの場所から離れていくことにしたのであった。

【剣王】と呼ばれるその男がこの世界に残した言葉は一体どういう意味が込められているのか?その言葉を聞く限りだとこの世界を管理している存在は、神と呼ばれるもの達であり【魔王】はその神界と呼ばれる場所にいる者のことを差していることが推測できた。ただ俺はそのことを他の人たちに伝えるつもりはなかったのだ。その理由としてはまず神界が存在しているという事実を誰も知らないと思ったほうがいいと判断したためである。だから俺はその話を他の人達にも伝えることはなかったのである。

(俺はこれからこの世界のどこかにいるかもしれない【聖剣】を探し出してその剣を使い、目の前に存在するであろうこの世界の脅威を排除しようと思っている。そうすればこの世界の平穏は保たれるはずなのだ。まぁ【聖剣】を手に入れることができたらの話だけどね)

俺達は目的を果たすために、先に進むための手がかりとなる場所を探していたのである。そして俺達はとある森の付近で不思議な現象を目にすることになった。俺達がその場所に辿り着くまでの間に様々なモンスターと遭遇していたが、それらの存在の殆どを倒すことに成功している状態だった。だからこの周辺にいる敵に関しては問題はないと思っていたのだ。しかし俺たちの目に飛び込んできたのは明らかに異常といえる光景だったのである。

(これはなんだ?何が起こっている?)

俺達の視界に映った場所は森の中心部で何かの施設が存在していてそこに多くの生物の死体が積み上げられていたのである。しかもその施設は今も稼働を続けているようなのだ。俺がその施設の内部に足を踏み入れるとその中は大量の血で汚れており、とても不快な臭いが立ち込めていたのである。

「うっ!なんですか?この匂いは?」俺の隣にいたニーナさんがそう言うと俺はあることに気が付いた。俺は思わずその死体を見つめてしまうと、俺の中で衝撃的な出来事が起こってしまう。

「え!?」俺の声に反応したのかニーナが振り返って俺の顔を見て驚く。そして慌てて近づいてきたかと思う。俺の腕を引っ張り建物の外に出ようとし始めたのだ。その行為を見た俺は少し焦る。俺はこの世界で人を殺すことが出来ないようになっているため俺の手は、先ほど見てしまった死体に触ることは出来ないのだから。ただその事実を知らないこの少女にとっては当たり前の反応だろう。

(この子はかなりの実力者だと思うんだけどな?なんでこの程度のことでそんなに取り乱すんだ?)

ニーナは取り乱しながら声を出す。

「ユウト様が、この方たちに止めを刺したのではないのですよよね?」

俺のことを睨みながらそう問い掛けてきた。だが、俺は答えられなかった。なぜなら俺はその人物たちが誰なのか知らなかったからである。俺はとりあえずはその場を離れ、森の中に入ることになった。

俺はそのあと、しばらくの間はその施設のことが頭の中に引っ掛かって離れることができなかったのである。その施設で見たもの、そしてそこを襲っていたと思われる存在、そして、俺が今まで見たことがないような強力な武器が沢山置いてあったことも俺の頭を混乱させる要因の一つとなっていた。俺はあの時確かに【勇者】に頼まれたことを遂行するべく動き出そうとしていた。【魔王】に殺されないように【勇者】に協力をしていた。だがそれでも、俺自身が直接手を下してまで【魔王】を滅するつもりではなかったのだ。それなのに、俺はあの【魔王】の言葉を耳にした後に【魔王】を滅ぼすことができるのかどうかを考えてしまったのだ。

(なぜあんなことを考える必要が出てきたんだろうな。【魔王】が言ってきた内容があまりにも非現実的だったせいもあるだろうけど、それよりも俺があいつの言葉を信じてしまったというのが一番の問題だな。俺もまだまだ精神的に強くはなっていないみたいだな。【魔王】の言葉を無条件で信じるのは良くないな。気を付けないといけないな)

俺は自分の精神状態を確かめる必要があると痛感するのと同時に、そのことを考えるために思考を停止させていたことに気が付き苦笑いを浮かべることになってしまったのである。

(あれは間違いなく【魔王】の言っていた神界の管理者が関わっているものだな。【魔王】の話が本当だったらこの世界を崩壊させようとしている存在がいるってことだな。俺はこの世界に【勇者】と一緒に来てからそれなりに長く滞在しているはずだ。【魔王】が現れてこの世界を支配しようとするのを俺が邪魔をするために行動してきた。だから、この世界に存在している【勇者】や俺の存在を知るものがいれば俺に敵意を持つ者が現れる可能性がある。そうなれば、その者たちはこの世界の住人ではなく、俺を殺しに来る可能性が高くなるだろうな。俺は俺の身に危険が迫る前になんとかしなければならないんだよな。まずは、【聖剣】を見つけることから始めなければな)

俺はまだ俺のことを見つけられていないであろうこの世界を管理する神界の管理人たちに思いを馳せる。【勇者】はこの世界を救うのに協力してくれると言ったのだが、その言葉は真実なのだろうか。もしかすると俺が【勇者】だと信じているだけで本当の目的は別に存在していたりする可能性もあり得るのではなかいかと考えたのだ。だが今は、【魔王】の話を信用して動くしかない状況になっていた。俺は【魔王】が告げてくれた言葉が本当ならばいいが、もし嘘を吐いている場合を考えて行動することに決めたのである。

俺が今からどうすべきか考えていると、ニーナが俺の方を見て話し掛ける。

「私達はこれからどこに向おうとされているのでしょうか?この近くにある街には既に立ち寄ることができませんでしたし、どうしたものでしょうね」

俺の方に顔を向けることなく独り言のような感じの呟きであった。

「俺のことは信じてもらえないだろうが、一つだけ俺の話を聞いてもらってもいいかな?」

俺がその言葉を告げた後しばらく沈黙が流れた。俺はそのままの状態で待機することにしたのである。すると、ようやく彼女は反応を示す。俺の方をジッと見つめる目つきは鋭かった。俺はその視線を受け止めた状態で、話を続けることにした。

「実は俺はこの世界の出身じゃないんだ。俺は別の世界から来た異世界人で、君たちとは違う方法でこの世界に来ていてこの世界の平和を守ってくれと頼まされてこの世界にやって来たんだ。この世界が滅びの危機に瀕しているらしいんだ。それを阻止しようと【聖剣】を使って俺の力を強化してくれている人が居るんだけど、その人の話によればどうもこの世界に【悪魔】が出現しているみたいなんだ。それで俺はそれを阻止するために動こうと思っている。だからもし良ければ協力をして欲しい」

そう言った俺は彼女のことを真っ直ぐに見つめたのだ。その瞬間、彼女は何かを決意したような表情になった後にゆっくりと口を開いた。

「分かりました、私でよければお手伝いします」

そして彼女は俺に向けて優しい笑顔を向けたのである。

俺達は先程の施設で見つけた物を調べにいくために再び森に戻ってきていた。俺としてはその施設に何が眠っているのかを確認しなければならないと考えていたのである。その確認をする前に俺はあることを考えることにした。それはニーナさんのことだった。先程まで彼女はこの森の中で起きている出来事に対して怯えるように震えていてとても頼りない印象を受けていた。だから彼女が本当に戦力として数えられるのか、そして、彼女を連れて行くことによってこの世界に存在する神界の管理者達が俺のことを不審に思うのではないかと不安を覚えていたのである。

そこで、その問題を解決するために俺達二人はお互いに戦う術を持っているのだとアピールするべきだと思い俺は、自分のことを彼女に見せようとしたのだ。その手段の一つとして俺は彼女に自分が持っている力を見せることにした。

(この魔法をこの女の子に見せたほうがいいかもしれないな。この世界の人たちはみんな魔法を使えるようだからきっと俺の魔法の使い方を見て驚いてくれると思うんだけどな)

そう思い立った俺はある魔法の行使を開始することにする。

(俺の【魔物召喚】の力で俺が呼び出した魔物にニーナさんの相手をしてもらうのが一番良いかもしれないね。その方が実力の確認が出来るからね)

俺はそう考え実行に移すことにしたのである。

(えーっと、確か俺の記憶の中にある魔物を呼び出す魔法は【魔法創造】を発動させて魔法を創り出して発動させればよかったんだったけ?俺はそう思いながら心の中で【魔 法 創 造】を発動させた。そして俺の手には一冊の本が浮かび上がったのである。

その本の表紙には【異次元収納書】と書かれている文字が存在した。そして俺がそのページを捲ろうとするとそれを拒むような感覚に襲われる。その本はまるで俺にその本を開かせることを許さないように思えたのである。しかしそんなことは俺にとってはどうでも良いことだと思いそのページを開くことに意識を向けると、そこには見覚えのある文章が記載されていることがわかった。

「【名前をつけてください】だって?そんな説明文があったなんて知らなかったんだけど?でも、これを使えばどんな存在をこの世界で呼び出すことが可能なんだ?まぁ試せば分かるか。とりあえず俺のイメージしやすい生物に名前を付けてあげるといいんだよね?」

俺は少し考えるような仕草をしてからその生き物の名前を口にした。その生き物とは俺がこの世界で初めて見た時に恐怖で腰を抜かした存在でもある【レッサードラゴン】だったのだ。

(【レッサードラゴン】の外見は俺がこの世界で見ていたアニメのキャラクターに似ているんだよな。あの見た目が怖いんだけどさ。だからこそその名前を使わせてもらおう)

そう考えた俺は目の前に現れたその生物に話しかけたのである。

(俺が君に付けた名前は【レッサードラ子】だ!)俺はその生物の頭を撫でるとすぐにその姿が光輝き始め、そしてその光が収まるとその場所に先ほど俺がイメージした通りの姿形を持ったレッサードラゴンが現れた。

(うわ!やっぱりこの姿を見るとかなり迫力があるな。それにこの子は俺が思っていた以上に強そうだぞ)

俺がそんなことを考えていると、その生き物がこちらに向かって声をかけてきたのである。

「あなたが私の主殿なのですか?」

俺の頭の中に声が聞こえてきたその声は若い女性の声であった。その声を聞いた時、俺は少し驚いたがそれと同時にこの子は可愛い声で喋るのかとも思ってしまっていた。

(なんだろう。凄く癒されるな)

ただ、その女性から放たれている威圧感のせいで俺の中の緊張感が緩んでしまった。俺はこの【レッサードラゴン】のことが少しだけ可愛らしく感じてしまうような雰囲気に一瞬だけ浸っていた。だが俺は気を引き締め直して目の前の【レッサードラゴン】の少女に答えた。

「そうだよ。君は【レッサードラゴン】の【レティア】っていうんだよ。これからよろしくね」

俺は【レティア】に優しく微笑みかけると、俺はこの子を抱きしめたいという衝動を抑えることができたのだった。

この【レティア】という少女に俺は自己紹介をする。

「俺の名前はユウト、一応、【勇者】だ。これから君の主になることになるだろう。そして隣にいるのが俺の仲間であり相棒である人型になった【竜神姫】と呼ばれる存在であるリリアだ」

俺は自分の隣で立っている金髪のロングヘアーで青い瞳の美少女が、自分の腕を組んで俺のことを見る。その顔はなぜか嬉しそうにも見えるがなぜ嬉しそうな顔をしているのかは不明である。

(なんかこいつを見て喜んでいるような気がするな。【レディア】は【ドラゴン】なのに対してこいつは何故か最初から女の子なんだよな。だからなでたら気持ちいいんだろうか。触ってみたいな)

ただ、今はその誘惑を我慢することにしたのだ。俺は自分に言い聞かせて欲望を抑え込む。だが、隣の【レディア】に目をやるとどうしても気になってしまい俺は手を伸ばしそうになる。

だが、俺はそこで気が付く。俺の腕を組んだ状態でいる彼女の手に何か武器が握られていることを俺は見逃さなかった。その彼女の手の中には槍が持たされていたのである。その鋭い穂先が俺の顔に向けられており、彼女は冷たい視線を送っていたのである。

俺がそのことに気づいたと同時に彼女はその手に持っている槍の先端を俺に向けた。その様子はまさに殺る気に満ちているような気配を感じ取らせてくるものだったのだ。

俺の隣にいた【聖女】であるニーナは、【聖剣姫(プリンセス)の祝福】の効果で人間よりも強い力を発揮することが出来ているが、まだ自分の力でその効果を制御出来ていない状態であるため、自分の力を使う際に魔力を大量に消費してしまうのでなるべく戦闘をせずに自分の身を守りながら戦わなければならない。そのため彼女はこの場にいない他の【勇者】たちと同様に、俺の従士となっている。

そして【聖剣】の所持者であるニーナもまたその聖剣を使うことができるのだ。ただし、その剣を振るえるのはあくまで自分の身体能力がある程度高い場合に限られる。だがその能力が低ければ当然のことだが剣を振るうこともできない。だからニーナが自分の力を最大限使えるようになるまでは、この森を移動するときには基本的にニーナの手を繋いで歩くことに決めていた。そのニーナの手を握って森の中を歩いて移動をしていたのだが、その際に俺は【魔物召喚】の魔法を行使したのだった。

そして今俺はニーナと共に森の中で魔物と戦うことになった。

だが、俺はそこで魔物を一体しか召喚しなかった。その理由は魔物の数を無駄に増やしてもしょうがないからだ。だから、ニーナには一体だけ俺の召喚魔法によって呼び出せる魔物を使って訓練をしてもらおうと考えていたのである。

(俺は、まずはこの子がどれだけの実力を持っているかを見極めたい。そして、ニーナがこの先、仲間にできるであろう他の仲間の人たちのためにもこの子の力を見せておく必要があると考えているんだ)

そんなことを考えた俺は目の前で起き始めている光景に対して意識を向けることにした。すると、その目の前の景色が一変する。その場所には大量のモンスターが居た。それは【ゴブリン】や【スライム】、それに【コボルト】などの雑魚に分類される魔物ばかりであったのだ。だが、それらのモンスターたちは俺の方を向き襲いかかろうとしていたのである。その数はおよそ二十体ほど存在した。

俺はそんな魔物たちに対して何も行動を起こしていないのにも関わらず魔物たちの身体から血が噴き出した。そして次の瞬間にその魔物たちが地面に崩れ落ちていき光の粒子になって消えていったのである。その光景を見て俺は改めてニーナのことを見直したのだ。

(これは、凄いな)

先程からニーナが使っている技は、この世界の人達には知られていない特殊な技能なのだと思う。ニーナには特別な力が眠っているようなので、おそらくその力が働いているのではないのかと考えていた。俺達は今魔物が大量に居ると思われる場所へと向かって走っていた。俺の後ろからはニーナが走ってきて俺に問いかけてきた。

「あのー。さっきから何をされているんですか?私はニーナです。ユウトさんにお聞きしたいことがあるのですがいいですか?」

ニーナはそんな質問をしてきたのである。

その疑問に対して俺も質問をしたかった。それは、さっきから俺が何をしているのか?ということである。しかし、それを説明するためにも今は魔物を倒しに行くことの方が優先であると考えた。

(魔物がどこで大量に発生しているか知らないけど、早めに倒しに行っておいた方がいいだろう)

俺はそう判断して足早に目的地に向かう。その途中にある茂みに【魔物召喚】の魔法を使って呼び出して使役してある動物たちに周囲の状況を確認してもらいながら移動を続ける。

(【魔犬】や【魔牛】は索敵に優れてるし。【幻狼】の【フェンリル】や【霊鳥】の【レイシア】ならもっと遠くの状況を把握しやすいだろう)

そう考えた俺は呼び出している魔物たちに周囲の様子を確認させるように指示を出す。その結果としては、少し離れた場所に大型のモンスターが存在していることが分かり、その周りに多くのモンスターが存在することが分かったのである。

「なぁ、少しだけ離れた場所に大型で強力なモンスターがいるらしいんだけど。とりあえずそこに行くぞ」

俺はそう言ってニーナの返事を待つことなく目的の場所へと向かうことにする。

「わかりました。行きましょう!」

俺の後をついてきたニーナがそんな言葉を返してくる。

それからすぐに目的の場所に到着するとそこには確かに大きな化け物が存在していた。俺達が到着すると化け物はこちらに気づき雄叫びをあげる。だが、俺達の姿を見て警戒をしながらも襲ってくることはなかったのだ。その様子からその怪物は知性が高く知能も高そうだと感じた。

(やっぱりさっきまで戦っていた【レッサードラゴン】とは格が違うよな)

俺はその巨大な化け物の姿を見ながらそう思っていた。

そして俺は【聖杖】を構えてからその杖に自分の魔力を流し込む。その流れ込んだ魔力を使い、自分の中に宿っている【勇者の証】の力を引き出すイメージをしながら【聖剣】を取り出して構える。

その瞬間に自分の視界が切り替わる感覚を覚える。俺は今、俺の視界が変化したのではなく【聖剣】の所有者である【勇者たち】が共有出来る【ステータス画面】を開いておりその画面に映った自分の情報を確認する。

俺の持つ武器と防具である【白龍神の鎧(しろりゅうじんのよろい)】の装備レベルを上昇させるとこの姿に変わる。その姿にはまだ慣れないが【ステータス画面】で確認した現在の自分のステータスはかなり上がっていた。だが、まだ足りないのでさらに自分の身体能力を強化させるための強化魔法をかける。そして、最後に【勇者の誓い】の特殊効果を使用して、自分の身体能力を限界まで上げることに成功したのである。

俺はこの状態でこの【レッサードラゴン】に戦いを挑もうとしていた。【勇者の剣(つるぎ)】の固有技能である【聖剣】を発動させるために必要な動作を行い始める。だが、ここで問題が発生する。この状態で俺が扱う【聖剣】の能力の一つである【解放】を使用するために必要な手順の一つを踏んでいないことに気づいたのだ。だが、俺はそのことを気にすることなくそのままの状態で戦いを始めた。【レティア】はその光景を見て俺を援護するために攻撃を開始したのだ。

【魔王】の力を手に入れて【竜人族】の王を一撃で倒せるようになった【聖剣姫(プリンセス)の祝福】を受けた状態のニーナの【聖剣姫の光輪(ホーリープリンセスリング)】の能力は普通の人間には扱いきれるような代物ではないはずだが。ニーナは見事にこの力を自分のものにしてしまっているようである。そして【レティア】はニーナの事を自分の主として認めており、【レディア】という名前を与えられたことでニーナの従士となっていたのである。【レディア】も、元々この世界にいる存在ではなく別の異世界から来た【ドラゴン種】でありその【ドラゴン】が従士として【勇者】の仲間となったことになるのだ。

この世界には存在しない存在である【ドラゴン】の従士。その存在自体がすでに珍しいというのに、それが人間の女の子であるというのはかなり異常な事態だった。

そして【レディア】はニーナに忠誠を誓う。【レディア】は元々が魔物の女の子で、【魔王城】に巣くうボス的な存在の女の子の一体であったのだが。俺がこの世界で初めて出会った時に俺達に対して牙を向けていた。ただその時、ニーナは【聖剣姫の祝福】による効果を受けておらず、俺も今ほど自分の能力を完全に把握できていなかったため、ニーナはその【聖剣姫の祝福】を受けていなければおそらく死んでいた可能性が高い。

だからニーナはその命を救われている。その事がきっかけとなりこの世界でたった一人でいた【勇者】の少女が【魔王】によって殺されるはずだった自分の運命を変える。この世界の人間には決して出来ないことだが。ニーナは自分自身の意思によって自分の力で【勇者の奇跡】を引き起こしたのだ。それは偶然によって起こせたものではなくニーナの想いが起こしたものだと思う。

俺も、そんな【勇者】の従者として共に戦うことを決めたのだ。そして俺達はこれから【勇者の仲間たち】となる仲間を集めなければならない。そして、その【勇者】の仲間たちを集めてこの世界を【魔物たち】の支配から解き放つのだ。俺はその意思を込めて【勇者の証】である武器を手に取る。

俺は【勇者の証】である【聖剣】を手の平に乗せる。するとそこからは白い粒子があふれ出す。

【神剣 セリスアルテ の所持者 【ユウト】

所持【聖剣】【白龍神の鎧(しろりゅうじんのよろい)】

装備状態 【装備状態】解除 能力 【全魔法適性(全属性魔法適性、詠唱破棄)】、 全ての魔法の力を司る。

その力は絶大である。

この世には存在し得ないはずの、幻の武具。【真名(まことな)

セリスアルテ】。俺はこの世界に来て、初めて自分以外の人の手で生み出された、そして、この世に生み出した人物によって【伝説の武器】へと作り替えられたのがこの俺である。その武器は今まで誰も手にしたことがない【オリジンソード】の能力を遥かに超えた最強の能力を持つ【聖剣】なのである。

【聖杖】と【聖弓】の二つの力を一つに融合させ。【魔法杖】にすることで誕生した俺の【ユニークウェポン】がこの【真名 セリスアルテ】なのである。そして俺はそんな【セリスアルテ】を手にしたまま目の前に存在する化け物へと意識を向ける。すると、その化け物が口を開き何かを話し始めるのが聞こえてきた。俺はその話を聞き取ろうとして化け物に近づいて行ったのである。

その化け物は先程までの【レッサードラゴン】とは少し違い。その化け物の全身が鱗に覆われてはおらずその肌がむき出しになっていた。それには俺がこの森の入口で出会ったあの男のように体中から紫色の毒々しい煙が立ち上っているのが見て取れたのだ。

俺の後ろからついてきていた【レディア】が化け物を威嚇するような鳴き声を上げると。俺は慌てて【レディア】に視線を送る。すると【レディア】が俺に対してこう言ったのだ。

『あれ、あのモンスターからすごく強い魔力を感じるのです。このままじゃユウト様の命の危険があるのです。ユウト様はすぐにでもあの化け物から離れて逃げてくださいです!』

その言葉を聞いた瞬間に俺はすぐに理解した。

(なるほどな。さっきからこの化け物に対して攻撃をしている俺のことを【レティア】は敵だと認識したわけか)

俺はそんなことを考えながら自分のことを心配してくれている従士に感謝の言葉を伝えようとする。

(俺なんかのことを心配してくれてありがとうな。お前の気持ちは嬉しいけど。その必要はないんだ。なんせあいつは【聖剣姫の祝福】の力を使うための鍵になる相手なんだ。俺は絶対に倒さなければならないんだよ)

そんな風に俺が考えをまとめ終わる前に【レティア】が再び【レッサードラゴン】に向かっていく。

俺はそんな【レティア】の様子を見守る。俺はこの世界に来る前からの知り合いでもある【レティア】のことを信じることにして【レディア】のことを見送ることにした。

「え?なに?」

【レディア】が飛びかかって攻撃を加えた時、【レディア】の動きが突然止まったのである。それだけでなく、俺の体の感覚も鈍くなりその場に倒れ込んでしまう。そんな俺の元に化け物の声が届く。「グフッ。まさか【勇者】の仲間になるとここまで強くなるものなのか!いや、【魔】である【勇者】ならこれくらいの芸当が出来ても不思議ではないか」

その化け物が何を口にしているのかが俺にはよく分からなかった。しかし、今の俺は体に力が入らず。自分の体を自分で動かせないような状態に陥っているようであった。俺は自分のステータスを確認してみる。

ステータスの数値に変化はないように見える。だが俺の【ステータス画面】の表示には大きな変化があったのだ。俺がさっき確認した時には【レディア】の名前しかなかったはずなのに、俺の名前が表記されているのである。そして俺はその表示された名前を確認することにした。

(この名前はいったい?)

俺がその名前を見て困惑していたら。俺の目の前で【レッサードラゴン】が喋り始めたのだった。

俺は、自分の体がまるで石になってしまったかのような感覚を覚えながらも。それでも何とか首だけは動かして、自分の正面にいる巨大なドラゴンの姿を視界に捉える。

この巨大なドラゴンの名前は確か【レッサードラゴン】だったはずだが。今はそんなことはどうでもいい。問題は今現在進行形で【レッサードラゴン】は、口から黒い炎のような物体を吹き出しながら自分の周りを包み込むようにして放っていたのだ。そしてその黒い塊からは今も少しずつ煙が上がり続けていたのだった。

(この感じは、毒ガスのようなものだろうか?この距離では、この風下に位置している俺たちもただでは済まないはずだ)

俺はそんな事を考えていながらもどうにか【聖剣 レディア】を操って【レッサードラゴン】を攻撃することに成功する。だが、攻撃を与えたと思った時に、すでに俺の手元にレディアはなかったのだ。レディアの持っていた剣の感触がなくなっており。その代わりに自分の腕の中には柔らかい感触があった。レディアの姿を探したが見当たらない。レディアが【レッサードラゴン】に連れ去られてしまったのだと気付く。その事に気が付き。俺は焦るが今の状態であれば俺自身が【勇者】の力を使い戦うことが出来ないという事を思い出したのであった。俺の力は一度使うとしばらくの間【勇者の力】を使用出来なくなってしまうので使えない。それにまだ【聖杖 リティアーナ】も装備したままであり、他の装備品を身に付けているわけでもないこの状況では戦闘に参加させることはできないだろう。だからといってここに残っていることも危険だと判断してすぐにその場から離れるように走り出した。

(ここはまずい!早くここから離れなければ!くそっ、なぜこの場を離れることがこんなにも難しいんだ)

そう思いながら必死に逃げ出そうとする俺であったが思うように体は動いてはくれなかったのだ。この世界に来てから何度かこのような経験をしていたのだ。俺は、今までこの世界の人間が使ったことのないであろう魔法を使ったために起きる弊害について考えたのだ。

そして俺はある結論に至ったのだ。おそらくだが俺が【白龍神の鎧(しろりゅうじんのよろい)】を身に纏った時に俺自身の身体能力も強化されていたのではないかと考えたのだ。それでいてこの世界の人間たちは俺に対して普通に接してきていたので、この世界の人たちは、この世界で俺のいた世界で言えばチートとも言える能力を使っている俺の事を受け入れているのかと思っていたのだ。しかし実際は違うということなのだろう。今俺はその力のせいでまともに動くことすらできなくなってしまっている。その力というのは俺が【魔王城】で初めて出会った【魔王】の女の子の使っていた魔法の力だ。彼女はその【固有能力】でこの世界を自分のものにしようとしていたのだから。この世界の住民にはこの力を使うことがそもそもできないようだ。だから俺は、この世界の人間に受け入れられているというわけではないのだろうと思う。だがそれはあくまでも推測でしかないので今はまだわからないということだ。

(俺がこの世界の人間の力を遥かに超える力を持つことになれば。この世界でも自由に生きることができるようになるかもしれないな)

そんな事を考えていたのだがそんなことを考えていたせいで俺はいつの間にか【レッサードラゴン】からだいぶ離れることに成功していたのだ。そこでやっと俺は自分の体に自由を取り戻したような気分になり。なんとか立ち上ることができたのだ。

(はぁー助かったぜ!だけどこれはいったい何が起こったんた?どうしてレディアと離れることなんて出来たんだよ!?まあでも結果的によかったよ。あんな化け物と戦う羽目になるのはまっぴらごめんだからな)

ただでさえ、先程戦ったばかりなので体にはダメージが残っており疲れ果てていたということもあるだろうが、【真名(まことな)セリスアルテ】を装備したまま、【レッサードラゴン】との戦闘を行っていたから俺は相当体力を奪われていたようである。だからこそこうして俺の体は急に動けるようになったといってもいいのではないだろうか? しかし本当に驚いたのはその後である。俺が自分の力を確かめる為に自分の手を握ったりした時のことだ。

(俺の握力はどうなっているんだ!?いつもは100キロを超えるような握力で物を掴んでいるっていうのにそれが嘘みたいに簡単に握りつぶせるようになっているぞ)そんなことを考えているうちに、今度は俺に襲いかかってきた魔物がいたので、その魔物の攻撃を回避しようとした時、自分が思ったよりも軽々と避けることができたのだ。しかもその速さも異常なほどで、この森の入口で出会った男と戦った時とは比べ物にならない程の速度だった。そんな事を考えている俺の前には一匹の巨大なイノシシが現れ俺のことを襲いに来たのである。俺はそんな巨大猪の攻撃を余裕を持って避け。そして俺の手の甲の部分が一瞬輝いたように見えたのと同時に。俺に向かってきていたイノシシはその姿を消したのである。俺はそんな不思議な現象を見て驚きながらも冷静さを取り戻してきたことで少しづつ自分の体に起きている変化を理解し始めてきたのである。俺の体が異常に軽くなっていたことと俺に向かってきた巨大なイノシシの存在を思い出すと。

もしかするとあの【レッサードラゴン】との戦いの中で何かしらのスキルを習得したという可能性があるのではないかと俺は考えたのだ。その予想を裏付けるように俺は【真名 セリスアルテ】が発動していた青い粒子を大量に放出している姿を見ることになったのである。俺はその光景を見て確信するのだった。やはり俺はこの【真名】の所持者に選ばれたのだと。

(俺が【真名】の使い手で間違いなさそうだ。俺の力もどんどん高まってきている。それに加えて【真名】の力によって【レディア】が変化した【聖剣 レディアアルテ】。それにあの【勇者】から受け継いだと思われる【聖弓 レティア】の力もある)

【勇者】の女の子から【レディア】を譲り受けたときに、俺はこの【真名の祝福】の恩恵を受けていたらしい。この【真名】の力で【魔】の眷属として存在していたはずの俺は。いつの間にか【人】に近づいていたということになるのだろうか?

(この調子でこの世界で最強の存在になった時はいったいどれだけの強さになるのだろうな?でも、それだとこの世界に生きている人達が弱いんじゃなくて。【勇者】や【魔族】である俺たちが強くなりすぎているのが原因だということにもなるのだろうか?)

この【勇者】である女の子もそうだったが、俺はこの世界に存在する【勇者】と呼ばれている人たちがどのような人物なのかを知りたくてしょうがなかったのだ。

しかし俺は、そんな事を考える暇も与えられずに、またしても俺の目の前に新たなモンスターが出現したのであった。そしてそんな俺の元に、【聖剣 レディアアルテ】が【聖槍 レティア】に変わった状態の【レディア】が現れたのだ。

「私に任せてください!」

そんな声と共に俺は、【聖剣 レディア】を手にしている女性のことを改めて見てみることにしたのだった。

俺は自分の目の前に現れた女性のことを観察することにする。見た目の年齢としては17~19歳といったところか。金色の長い髪に、美しい白い肌をしているその少女が身に付けている装備は見たことのないものばかりだ。だが俺はその装備にはなんの違和感もないと感じている。そのせいか、その女性はまるで【聖女】のような印象を受けてしまうのである。

俺がそんな風に観察を続けていると、突然俺の視界に【勇者】と表示されていた女の子の名前が表示された状態で表示され始めたのである。

その名前は確かに女の子が俺に対して使った【ステータス画面】で見慣れたものであったので俺はすぐに【勇者】だとわかった。しかしその【ステータス画面】の表示ではその名前が表示されていてもおかしくないはずなのだが、俺の名前だけは表示されなかったのだ。それは何故なのだろうか?そしてもう一つ不可解なことがおきた。それはなぜか分からないが彼女の【ステータス画面】を確認することが出来なくなっていたのだ。これはどういうことなんだと考えている俺にその女性が話しかけてくる。

「私の【ステータス画面】はどうなっているんですか?」

俺と同じように自分の名前の表示されている部分を確認してその女性が自分の【ステータス画面】を眺めていたのでその事を聞いたようだったのだ。その女性は不思議そうな顔をして自分のことを見続けている俺の顔に目を向けて、首を傾げて見せていた。

そしてその疑問を解決しようとしてくれたのは俺の後ろの方から姿を現し、この場にいた全員に指示を出していた男性だった。その男性は、このパーティーのリーダーらしき行動をとっていてこのパーティーメンバーに的確なアドバイスをしていた人である。年齢は俺よりは年上の20代半ばぐらいの容姿をしていたのであった。その人が話し始めたことでその場の雰囲気が変わることになったのであった。なぜならその人の口からこの国の現状とこの世界の状況が詳しく説明されることになったからである。その内容はとても信じ難い内容であり、正直いって信じられないという感想を持ったのだ。しかし俺以外の全員がそのことを事実だと信じているようで、【勇者】と呼ばれる女の子も他の人たちと同様に話を聞いていた。しかし、俺はそんな話を聞こうとも思っていなかったのだが、周りの人たちが話し始めていた為、逃げ出すこともできずにただひたすらその場に居続けることになってしまったのだ。

(こんな場所にいるなんてまっぴらごめんだと思っていたんだけど。まさかこんな状況になるとわなぁー)

だが俺がそんな事を考えながら黙っているうちに、話が進んでいたようで、いつの間にか先程までの緊張感溢れる空気が消え去っていたのである。しかし俺は自分の置かれている状況をしっかりと確認しておく必要があったので【聖女のスキル】を使い自分の周囲に【隠蔽】の効果を発動させておくことにした。これでこの場所から脱出する準備が整ったのである。

俺がその作業を終えると俺はその男性の方をじっと見続けた。俺に注目が集まっている今なら抜け出すチャンスが回ってくるのかもしれないと思ったからだ。

(この機会を逃すわけにはいかないよな。まずはここがどこかだけでも把握しないとな)

俺はそんな事を思いながら周りを観察している。だが俺の目は【隠蔽】で自分の姿を消されているのにもかかわらず、その場所に存在している人や物をはっきりと捉えていたのだ。俺は【固有能力】の一つ、【透視】という能力を自分の目に使う事で周囲の状況を把握出来るようにしてあるのだ。俺にはこの能力のおかげで自分が今どこら辺にいるのかを正確に知ることができたのである。

この世界は地球とは違う世界だというのは分かっていたが。ここは本当に違う世界で、異世界だということを認識してしまったのだ。しかし俺はまだ自分が元の世界に戻る方法がわからない状態のままここに飛ばされてきてしまったのだ。俺は元の世界に早く帰りたい気持ちがあり、なんとかしたいと願っていたのだった。そして俺がまだ元の世界に帰れないような場合のことを考えても。この世界のことを知る必要はあるだろうと思っているのだ。俺はそう思いながらもこの部屋の中を見渡してみた。

(うーんやっぱり誰もいないよなぁーこの部屋には。それなのにあの【魔王】と呼ばれていた女性と【勇者】の女の子と【戦士】の男だけしかいないんだよ。本当にどうなってんだ?この【勇者】の女の子からもらった力がなければどうなっていたんだろう?)

俺はそんな考えを頭の中で巡らせながら目の前の男性のことを観察する。

「私は【聖女 アリシアス】様の騎士をしております【ライアスト】と申します」

「俺の名前は、【勇者 アリア=ルクス】だ。お前たちが俺の国に何をしたのか知っている。だからここで殺されようが何しようが文句は言えないはずだ!さっさと殺すなら殺せ!」

【勇者】である少女は自分の名前を名乗り。そしてその【勇者】である少女を守るように立っていた【騎士】と名乗った男性が【聖剣 レディア】を構え、【聖女】の横に並んだのだ。すると今まで口を開かなかった、もう一人の男の人も武器を抜き放つと【賢者(けんじゃ)】と名乗る女性の側に並び始めたのである。俺はその二人を見た瞬間から感じ取ってしまった。その二人のオーラからかなりの実力者である事が分かったからである。そして俺もその二人に習い。そして自分の持っている武器を構えた。すると【魔道士】を名乗る女性や、【弓使い】を名乗る女の子も。それぞれの持つ装備を構えると。俺の方に近づいてきたのだった。そして俺は自分の持っている装備を彼女たちに見せたのだった。

(とりあえず俺は、この人達と敵対関係にだけは絶対にならないようにしないと。もし敵対することになったら俺は間違いなく殺される。それだけの力の差を感じ取れているからね。それにこの【勇者】の女の子の表情を見ると本気で俺たちを殺そうとしてきているのがよくわかる)

俺は【勇者】の少女と【賢者】の女を見つめると、俺は【真名】を使うことに決めたのだった。その【真名】とは。俺が持つ【聖弓 レティア】の別名のことである。俺はこの【真名】を使えば、おそらくはこの【勇者】の女の子が使っている【勇者の剣】と同等の力を使えるのではないかと考えたのである。その剣の名前を俺はすでに思い出していたのだ。その剣の名は【真刀 レディアアルテ】であると。

(この【真名】の力で、俺は【勇者】と同じような存在になれているのか、もしくはそれ以上の存在になっているのかどうかは、まだわかないな)

俺はこの場で試すわけにもいかず【真名の祝福】を使って【勇者】の姿に変身してから。俺の目の前に迫ってきている【勇者】の女の子のことを改めて見てみることにした。そして俺の目で確認したところで俺は目の前の少女に対して違和感を感じるようになっていたのだ。

それはその少女が身に付けている物の中に、普通の人間では使うことのできないはずの【アーティファクト】があったのだ。その【アーティファクト】を目の前にしているだけで感じることができた。俺はそんな少女を【鑑定】することにしたのだった。そして俺の目に表示された情報を確認した俺は思わず声をあげてしまうことになる。

【聖女 レディア レベル1000】

俺のレベルは999999でカンストしていて。もうそれ以上はあがることはないはずなんだけど。俺は不思議に思ったがそんな事は今は気にしている場合ではなかった。【聖女】と呼ばれる【勇者】よりもさらに強い【職業】を持った女の子のことが俺には気がかりになっていたのである。

その少女のステータス画面を確認することができた俺は。その【聖剣 レディアアルテ】が本来持っていたはずの存在が少女に変化していることに疑問を抱いたのだった。そして俺が考えていることは、俺自身がこの【聖剣 レディアアルテ】を少女に与えた時にその剣になにかしらの影響を与えた可能性があるのかもしれないと考えていたのである。

そんな事を考えて俺の意識が完全に少女の剣である【聖剣 レディアアルテ】の方にいっていたのだが。俺の視界の中には【勇者】の【ステータス画面】が表示され続けていた。そしてそこには俺の名前だけが映し出されていなかった。

(これはもしかして、俺はもう勇者として認められていないのかもしれないな。でもそうなったら、俺の今のこの状況はなんなんだ?)

そんな事を考えながらも。俺は【神眼 ラガスアイズ】という自分の持つスキルを発動する為に自分の目を閉じてから心の中で念じる事にした。すると目の前が明るくなる感覚に襲われる。そして光が収まった後、ゆっくりと目を開けるとその光景を見て驚いてしまったのだ。(え!?何で、こんなところにいるんだ?)

そこは、なぜか自分のよく知っているダンジョンの一階層にいたのである。

俺は今自分の立っている場所の状況を把握しようと周囲を見渡してみる。俺が今いる場所はどう見ても自分の家がある町にある一番最初のダンジョ スで間違いなかったのだ。俺はどうしてこんな場所にきているのかという疑問と、今自分のいる状況について理解するために必死になって考えたのである。

(確か俺は自分の部屋にいたはずなんだけど。いつのまにかこんなところに来てる。しかも俺は【ステータス】を見る限り、レベル1のままだったんだよな)

俺は自分に起きた現象をなんとか受け入れようとした。その結果。俺は、この場が夢なのではないかと疑ってみたのだ。なので俺は自分の頬をつねってみたのである。すると痛みが俺を襲った。そこで俺が感じた事は、俺がここに来る前までいた世界の【勇者】と呼ばれる少女たちが言っていた言葉が本当であったのかもしれないと感じることになったのだ。なぜなら俺は、今この場所に来る前にいた【魔王 アルティメス=ゼフィアス=ディオロス】と名乗る人物と、この世界には魔物が存在しておりその全ての元凶が、あの世界で暴れていた悪魔であるということ。そしてその元凶である魔王の討伐を依頼されたことを思い出したからである。そして俺に、魔王と対峙する力を与えて、元の世界に戻るための鍵を渡すと言われたことも。その時に俺が渡されたものが今手元にある【聖杖 セイクリッドメイリス】なのだ。しかし俺が【聖杖】を手に取ろうとしても手に触れることができなかったのである。だがしかし俺は諦めずに【聖杖】に手を伸ばすことを続けた結果。手に触れられるようになるのを感じたのだ。

その時に、俺の目の前にメッセージウインドウが現れることになった。俺はその内容を確認してみると、そこに書かれていたのは【聖女 レディア と契約をしました。聖女 アリシアス から与えられた力を【聖女】に譲渡しました。聖女 レディア が所持していた武器の所有権を譲渡されました】という文章が書かれている。そして次の瞬間、俺は自分の体に違和感を感じ始めると体が熱くなり始めていくのがわかったのだ。

その違和感はしばらくすると収まる事になり、俺は【勇者】と【聖女】の女の子からもらった【加護】の効果が切れるまで待つことにした。そして数分経つと【ステータス】を開くことが出来るようになり。その画面に表示された【聖弓 レディア】の【真名】をタッチすると【真名】を入力できる欄が現れた。

(やっぱりこの【聖弓 レディアアルテ】の名前は俺が最初に手に入れたあの【武器】と同じ名前の武器だったんだな)

そう思いながら俺は、この武器の名前が自分が持っている武器にもあるということを知っていた。その理由というのは、俺がまだこの【聖弓 レディア】を手に入れていなかった時のことだ。

俺が【聖女 アリシアス】と一緒にいた時にこの【聖弓 レディア】は突然現れた。それは俺の手の中から消え去り。気がつくと目の前に現れたのだった。その現象を見た俺は、最初はそのことに驚きはしたがすぐにその正体を確かめようと調べることにした。

(まさかとは思うけど、この【真名】を登録したら何かわかるのかもしれない。この剣の【真名】が、あの娘から聞いた【勇者の剣】の【真名】とおなじものだとすると。きっと俺の想像通りだとすれば、この【聖弓 レディアアルテ】の名前は、もしかすると【聖槍 グングニルアルテ】という名前に変わるはずだ)

そんな考えを持ちながらも、俺はまだ【真名】の登録をすることができずにただ眺めているだけの状態を続けていた。すると【勇者 アリア=ルクス】と名乗った少女が話しかけてきたのである。

「貴方はこの【聖剣 レディアアルテ】の真名をすでに知っていて。その【真名】を入力するかどうか悩んでいるんでしょう?」

「ああその通りだ。君はいったいどうして、俺の考えが分かったのかな?俺はそこまで口に出してはいないはずだぞ」

「いえ。その【聖弓 レディアアルテ】には、特別な能力がありまして。この【武器】の持ち主となった者はその武器の名前を頭の中で念じることで【聖弓 レディア】の本当の名前を思い出すことができます。そしてその名前を【武器の祝福者】として【武器】から認められなければ【聖弓 レディア】の真名は【聖弓レディアアルテ】とはなりません。その【真名】の【武器】を手に入れることでこの【固有魔法】が発動することができるようになるのです。ですがその【真名】を登録する前に【真名】を呼んでしまうと【真名】の持つ効果によって強制的に【真名】を言わされることになるんです」

そんな説明を受けた俺は、少しだけ警戒心をあらわにしたのだが。そんな俺の様子に気がついていないのか彼女は言葉を続けてくるのだった。

「それで。貴方はその【聖剣 レディアアルテ】の名前を知っていますよね?それなら私が言いたかったことを理解してくれると思いましたのでお伝えしたわけなんですよ」

(なるほどね。それはありがたいな。だけど、この【聖剣】にはどんな【特殊技能】があるんだろうか?)

そう思って【勇者 アリシアス】の言葉を聞くために俺は何も返事をしなかった。そして俺の反応が無いことに困っているような表情を浮かべながらも話を進めていったのだ。俺はその様子を観察しながらも心の中では早く【聖女 アリシアリス】の話の続きを聞きたいと思ってしまっていたのである。しかし、その期待はすぐに裏切られることになる。俺が質問をしようとした時。目の前に表示されていたメッセージウインドウに【真名】が勝手に書き込まれて。目の前に表示されている文字が変化すると俺が予想もしていなかった内容が表示されることになった。

(嘘だろう。そんなことあるのかよ!?)

俺は自分の目の前で表示された内容をみて動揺を隠すことができなかったのである。そんな事が起きてしまうと本当に自分の思っていたことが全て正しいのではないかと感じてしまったのだ。だからこそ、俺は目の前で微笑み俺のことを見つめ続けている女の子の事を、この世界にきて初めて怖いと感じてしまったのである。

(この子。もしかしたら俺の心を読んだりしているんじゃないか。だって俺が自分の考えていたことを、こんなに短時間で理解できたのだから、俺が今思ってしまった事も、彼女にとっては当たり前の可能性が高い。それにこの【聖剣 レディアアルテ】を俺が持っていた時は、こんなに簡単に名前が変更できるようになるはずがないんだよ。普通は俺のように何度もこの武器の名前を口にして【真名】を知るか、もしくは持ち主に認めてもらうかのどっちかしかないんだから。それにしてもなんで、俺は【真名】を一度呼んだだけでこんなことになるんだよ!! いやいや今はそれよりも大事なことがある。この子が俺に教えてくれた【加護】の効果。それは自分のレベルを上げるために必要な行動が変わってくるものだったんだ。この【聖女 アリシアス】という少女は俺よりも先に、この【固有スキル】を発動させたから。【聖杖 セイクリッドメイリス】が俺がこの世界で最初に手に入れていたはずの武器の真の能力を俺に与えてくれることができたのだ。そしてこの【加護】の力は俺に、これから先の自分の行動をどのように変えるべきか。それがどのような意味を持つものなのか。そういった情報を的確に伝えて、俺に必要な情報を伝えてくれているのである。俺はそのことを改めて確認しながら、この世界で自分の目的の為に、何をしなければならないのかを考えることにする。

(でも俺が知りたかったこと以外にも色々と教えてもらって助かったな。俺の目的は、この世界を滅ぼそうと目論んでいる元凶。この世界で暴れている悪魔の殲滅、それと【神獣 アルティメス】の討伐だよな。そして、俺はこの世界の人間じゃなくって。この世界に迷い込んだ【異世界人】であり。俺と同じようにこの世界の異変に気づいている存在でもあると)

俺は自分の中に存在している疑問について答えが出たことによって、やっと安心することができたのであった。

そして俺は、まず最初に【聖女 アリシアス】という女の子に自分がどうしてここにいるかを説明しようと思ったのだ。

「とりあえず君のおかげで俺はこの世界に来て、今起きている出来事を理解することができたから。一応礼だけは言っておくとするよ。ありがとう」

そう言ってから【聖女 アリシアス】に笑顔を見せると彼女はなぜか顔を赤らめてしまい。俺から目を逸らしてしまったのである。

俺はなぜ【聖女 アリシアス】が顔色を変えたのかわからないまま、【聖杖 セイクリッドメイリス】の能力を確かめることにした。

(よし! 【聖杖 セイクリッドメイリス】の能力を確認するとしよう)俺がそういう風に思った時にちょうどいいタイミングになったみたいだった。目の前に現れたメッセージ画面には次のような内容が記載されていた。

(【聖弓 レディアアルテ】を手に入れたことによって新たに覚えることのできる【聖杖 セイクリッドメイリス】は、使用者が所持することによって【神聖魔法】と【聖魔法】が使用可能になる。この【聖杖 セイクリッドメイリス】の効果はあくまでも所有者が持つことが出来るのであって。武器そのものが魔法の発動を行うことはない)

俺はその文章を読むとその通りにやってみることにして、手にしていた【聖剣 レディアアルテ】と交換するようにして【聖杖 セイクリッドメイリス】を握りしめると魔力を込めてみた。すると俺の手の中にある【聖杖 セイクリッドメイリス】が淡く発光を始めていく。

(あれ?俺って【聖剣 レディアアルテ】を持っていた時にはこの【聖弓 レディアアルテ】を握れば光り輝いていたはずなんだけど。まぁ気にしないほうがいいのか。それよりも俺は【固有技能】の中に新しい【魔法】を使うことができる能力があることに気がついたのだった。俺の場合は新しく習得することができるようになった能力は三つだけ。その中で俺にとって必要なものはどれかということを考えなければならないのだが。やはり最初はこの【魔法】を使うことができるのが一番だと思っている)

そう考えた俺は魔法が使えそうな魔法を一つだけ使ってみる事にする。

(魔法と言えば。やっぱり火を起こすにはこれしかないだろう! ファイヤーボールを試してみることにする)

そして俺は目の前に表示されているメッセージ画面に視線を向ける。

するとそこには、こんな文字が表示されていて。俺はその内容を読んで魔法を使うことを決意する。

(【真名解放】によって、全てのステータスが上昇しました。

これより貴方には二つの魔法を使用することが可能となります)

(え!?どういうことだ。【真名解放】をしたことで、【真名】を呼び出せるだけじゃない。まさかこんなに多くのことができるようになっているなんて。俺はそんなことを思っていた。

俺はまだ【固有スキル】が使えない状況になっているのにも関わらず、【真名解放】を使うことで、さらに色々な事ができるようになっていくらしい。そんなことに驚きながら、俺は目の前に浮かんでいるメッセージウインドウを見ていったのである。

俺が今使えるようになった二つの【真名】はこんな感じになっていた。

『火炎の剣(えんかのつるぎ)

聖炎のせいえんのし 火の粉の嵐 ファイアーレイン』

この三つのうちの一つを選べばいいということになる。

そこで俺は少し悩んでしまった。なぜなら【聖弓 レディアアルテ】の時は聖弓の技を使うことが出来た。だからこの三つの魔法も使うことはできると思うのだが。

俺は魔法というものを一度も使ったことがなかった。魔法を使って戦えるのか。それすらもわからない状態である。

ただ俺が魔法を使用できるとわかったのは。この魔法が俺の中で重要なものになってくると思えたからである。俺は、目の前にあるメッセージを凝視しながら。俺の今後について真剣に考える。

俺はまず。【聖弓 レディアアルテ】を手にしてから今までに手に入れた武器や防具の力を検証することにした。その結果。【聖弓 レディアアルテ】を手に入れる前は聖剣を振っても【特殊技能】を覚えることはなかった。だが今は【聖剣 レイディアアルテ】の【真名】を知ったことで俺の中には新たな特殊技能を獲得できるかもしれないという思いがあった。だからこそ俺は自分の中にあった【固有技能】を封印している【聖印】に右手で触れたのだった。そして【固有技能】を解放しようとした時。俺はあることに気がついて、慌てて自分の手を止める。そして俺は、恐る恐る目の前のウインドウに書かれている【固有技能一覧表】を見ていったのだ。そしてそこに表示されていた内容をみて愕然としてしまう。俺は思わずその場で項垂れるように膝から崩れ落ちそうになった。そんな絶望感を感じてしまう内容が表示されていたのである。

『勇者 アリシアス』『賢者 セドリアス』『武王 バルムベルト』『賢王 カルディリア』『魔道士 ライザリオス』『大司祭 ファレスタラス』

俺がこの世界にやってきて手に入れた力のほとんどが消えてなくなっていたのである。そのことにショックを受けた俺は地面に両手を付いて項垂れてしまっていた。俺は自分が手に入れられるはずだった力が、すでに失われているということに絶望したのだ。そんな状態の俺に声をかけてきたのが、この部屋に一緒に入ってきた女の子だった。彼女は、俺の側に寄ってくると肩に手を置いて優しく微笑みながら言葉を続けてくる。

「お久しぶりです」

そんな彼女の言葉を不思議に思いながらも。俺は、今の気持ちが落ち着くまで待ってもらおうと思って黙っていると、彼女が俺を元気付けようとしてこんなことを言ってきたのである。

「私が今、貴方に見せているウインドウ画面は、【真名解放】を行うことで新たに習得することが可能になった魔法の一覧ですよ。

貴方ならきっと新しい力を使うことができるようになるでしょうから。私も微力ではありますが協力させていただきます。さぁまずは貴方が持っている聖剣を【真名】を解放させるところから始めてみてはどうでしょうか」

そう言われたのが切っ掛けになり俺は、ゆっくりと立ち上がると目の前に浮かぶメッセージ画面を見ながら自分のやるべきことを考えていく。

(俺のやることは一つだけだ。この世界で何が起きているのか、その事実を知りたい。そして、もしも何かが起きたのであれば、それを解決する為に動けばいいんだよな。

俺の考えだと今この世界に起きていることに対して、この世界が生み出した存在である【聖獣 アルティメス】や、【聖杖 セイクリッドメイリス】のような【神具】や。この世界で生まれた【神獣】である【神鳥 ファルマ】や【竜人 ドラゴーラ】は、まだ俺が手に入れることが出来る可能性があるんだよな。だけど問題は【魔王】と呼ばれる存在のほうなんだ)

俺がこの世界にやってくるきっかけを作ってくれた【神】たちの中でも一番危険度が高く。俺と因縁があると言ってもいいほどの存在。俺はそいつの気配を感じ取りながら、俺と同じ存在であり、元の世界にいたはずの【異世界人】を探していると。その【異世界人】と思われる存在を見つけ出したのだった。

俺は、この世界にやって来て最初に出会った少女。その人が【聖剣 レディアアルテ】を持っていたことから、この世界には【異世界人】が存在するのだと思い込んでしまっていて、俺以外にも異世界からやってきた人間がいると決めつけてしまったのだ。その考えが正しいのか間違っているのか、俺はまだ結論を出せずにいた。しかし【異世界】というワードを口にしても誰も疑問に感じていないという現実を目の当たりにしたことから。【異世界】というのはこの世界の人々にとって、もはや常識であると理解したのである。

俺が【魔王】を倒すために必要なものは二つあった。その一つ目が、俺の中にある聖剣を覚醒させることである。俺はそのために、この部屋に入ってから何度も繰り返し。俺は目の前に表示されるメッセージウインドウを凝視し続けた。

そして俺はようやく一つの魔法を習得することに成功したのだった。

(【聖弓 レディアアルテ】が俺の中に宿ってくれたことで。新しく俺が習得できるようになった魔法の一つ。それは、【聖弓 レディアアルテ】が放つ矢と同じように聖属性を持つ弓矢を作り出すことが出来るようになっていた。しかも俺は聖弓の【聖技】を使うことができた。

「真名を解放して得た能力によって、新たに三つの【真名】を知ることが出来ました」

俺は、目の前にいる聖女と呼ばれている女性の方へ顔を向けると話しかける。すると女性は驚いたように瞳を少しだけ大きく開いてから問いかけてくる。

「貴方は【真名解放】をした時に聖剣が見せた幻影を見ることが出来ますか?」

そう聞かれた俺は正直迷ってしまった。確かに俺には【真名解放】の時に【聖剣 レディアアルテ】の幻影を見ることが出来たので、俺は女性の言葉に対して嘘をつかずに答える。

「俺の場合は出来ています。それが何か関係しているんですか?」

「私の方は。貴方のように聖杖 セイクリッドメイリスの能力を引き出すことが出来ていません。ただ私は自分の中に存在しているスキルを確認できる能力を持っているため聖杖の力を確認することは出来るんですよね。それで確認したところ、私の方に聖杖セイクリッドメイリスが与えてくれた能力は三つだけなのです」

そう言い終わると同時に聖女の体から白い光のオーラのようなものが発生し始める。それを見た俺は、聖女も俺と同じようなことが目の前で起ころうとしていることに気がついて思わず口を開いたのだった。

「これはどういう現象なんですか!?」

俺は突然起こったこの現象に驚きながら質問を行うと、目の前の聖女は俺の方をまっすぐ見つめながら言葉を続けてくる。

「これが、貴方と私の聖剣の力が解放されていく状態だということを示されています。ですが私の方の聖杖 セイクリッドメイリスに貴方の使っている聖剣 レディアアルテほどの力はないはずです。ですからこれから先に貴方の【固有技能】にどのようなものが目覚めるかは分からない。だけどこれだけは言っておきます。聖弓の力を手に入れたのならば必ず魔王を倒すことが出来るでしょう」「ありがとうございます!!絶対に魔王を倒して見せます!!」

「えぇ頑張ってください。でも気をつけてください。【魔王 デモンロード】の力はこの世界でも屈指の力を持っています。だから私も貴方に協力しますよ」

俺はそんな風に言ってくれた聖女の笑顔に見惚れてしまう。

そして目の前に浮かんでいるメッセージ画面を見て【スキル】を発動させようとした時だった。急に大きな声を出して女性が俺のことを止めようとしてくる。

俺の体に抱きついてきて動きを止めようとした聖女は、必死な表情を浮かべていたのだ。

「待って!貴方は、そのスキルをすぐに使わない方がいい。貴方にどんなスキルが与えられるのかは、誰にもわからないのだから。

だから今は、貴方のスキルを使わずに。まずは私と一緒にここから脱出することを考えましょう!」

そう言うなり俺の腕を引っ張って部屋の外へと出て行こうとする聖女の行動を止めるために、俺は彼女の手を掴んだ。

俺と聖女が二人で行動しようとしていたところに、一人の男性が現れたのである。その人は、黒い甲冑を身に着けた長身の男性で、見た目は三十代くらいだろうか。かなり強面の男性だったのだ。そんな男性は俺と聖女のことを睨むようにして見てきた。

俺がその男性の事を気にしているのを感じたからなのか。聖女の手が俺の手から離れると。聖女はその男性をキッとした鋭い目つきで見る。すると男性が慌てた様子で聖女に対して謝罪を行った。

それから男性は、俺に自己紹介を行い。自分の名前は、アルヴィンだと口にしてから、自分と同行して欲しいといってきたのである。俺は聖剣を手に入れることが出来たからこの世界を救う為の戦いを始めようとしていた。その為にも少しでも力が必要だろうと思い。アルヴィと行動を共にすることにしたのであった。

(とりあえずこの人の指示に従うしかないみたいだな。この人が俺に敵対する意思を持っていないことは分かるけど。それでも信用することは出来ないな。俺がこの世界で【勇者】であることを打ち明けて協力をお願いすれば。この世界を救う為に協力してもらえるかもしれない。それに、もしこの世界の人たちが、俺が勇者であることを知らないとしても、俺に協力を求めれば力を貸してくれるはずだ)

俺は、アルヴィンと名乗った男について行く前に、自分の【ステータス】を確認していく。そして自分の【ステータス】を確認した俺は、【聖剣】と【聖弓】の二つの【固有技能】と、新たな【固有技能】を既に持っていることを確認したのだった。そして新しい【固有技能】が三つ表示されていることに気づいてしまったのである。俺の予想では、新しく使えるようになった三つ目の【固有技能】は、【神具】の【神眼 プロビデンスの魔鏡】と関係があるものだと思っていた。だが、実際に【真名】解放をしたことで現れたメッセージウインドウには全く別の魔法が表示されることになった。

(一体どうして、こんなことになっているんだ?まさかとは思うけれど、【聖弓 レディアアルテ】の本当の能力が解放されたことが原因なのか?)

俺は自分の【聖弓 レディアアルテ】の本当の能力を解放できたことを喜んでいたのだが。この状況はあまり好ましいものではないのだと改めて思い知らされることになったのだ。そして【聖剣 セイクリッドレイヴ】と【聖剣 セイクリッドブレイド】の二刀流を使おうとしている俺に対してアルヴィンが話しかける。そして、俺に剣をしまうように注意したアルヴィンの言葉に従い。【聖剣 セイクリッドレディア】と【聖剣 セイクリッドレイブ】をしまってから俺は、【聖弓 レディアアルテ】を取り出してから【真名解放】を行うことにした。

そして俺が【真名解放】を行った直後。目の前に現れたのが、大きな宝箱が浮かび上がる。そして俺が、この【神具】を手に取ることに戸惑いを覚えていると、俺が【真名】を解放したことによって得た情報が脳内に流れ込んできたのである。

(なるほど。そういうことか)俺は自分が手に入れた新しい【真名】と【聖弓 レディアアルテ】の真の力を確かめたかったのである。

俺の新しい名前とその効果を理解したところで俺は、聖弓を両手に持ち。聖女と、俺に同行することを選択した二人の男たちに話しかけることにした。

「この【聖弓 レディアアルテ】は、聖剣や聖槍のように特殊な効果があるというわけではありません。この弓を俺が所有したことによって新たに得られる力、その能力の一つ目は【聖属性魔法】を扱うことができるようになります」

俺はこの世界に来た時に聖女が使っていた聖属性の力の塊のような攻撃を目にして【聖属性】という能力が存在することを知った。そこで、俺自身も【聖属性】の力を扱えるようにするために【聖属性】を習得したいと考えていたのだ。そう思ったのが先程の【真名解放】を行ってから分かったのである。

俺は説明を終えると同時に目の前に出現する文字が変化していることに気づいた。そこにはこう書かれていたのである。『レベルが10になりました』

俺は自分の中に入っている聖剣たちの影響で、レベルアップが早すぎるのではないかと思ったのだが。その理由はすぐ目の前にあった。俺と聖女たち三人がいる部屋の中にモンスターが現れたのだ。

「こいつらって、俺たちを閉じ込めるために用意していたモンスターだよな」

俺はそう呟きながら現れた巨大なゴーレムを見上げる。すると突然目の前の床に光の輪のようなものが出現して、その中から全身が真っ白の美しいドレスを着た少女が現れたのである。

「あらあら、本当に面白い子ですね。この部屋を抜け出すことに成功しているだなんて思っていませんでしたよ。ですが貴方がここに来ることは分かっていましたので準備だけは進めておきました」俺が聖剣を手に入れた部屋は、元々はダンジョンの最下層部にある宝物殿の入り口を守護している部屋なのだそうだ。そんな場所に俺が足を踏み入れたことで警報が鳴り響き。大量の敵が出現するようになったらしい。その情報を聞いて、俺は目の前の人物がこの場に姿を現すまでにかなりの時間があったのではないかと思ってしまう。しかし目の前の少女にそれを直接聞いてしまえば俺の正体について知られる可能性が高くなりそうな気がしたため質問することは出来なかったのだ。

「貴方は、【魔王 デモンロード】の仲間なんですか?」

「仲間ですか?まぁそう考えて貰っても構わないでしょうね。それで、貴女こそあの忌々しい魔王の仲間なのですか?」

「魔王は【聖剣 セイクリッドソード】の所持者だと思います」

「そうですか。確かに聖剣 セイクリッドブレイドの所有者である勇者も私の配下にいたのですが。残念なことに今は、もう私の部下ではないのですよ。だから今現在、私の目的の為に行動しているだけです。それに私の方が強いので。私に協力して貰った方が絶対に得になると思うんですがどうでしょう。もし、どうしても嫌だというのであれば。仕方ありませんから殺させていただきます。ただその場合は少し時間がかかってしまいますが。貴方を逃がさないようにする方法は他にもありますので。貴方さえ抵抗しなければすぐに殺すことが出来るんですけど」

そう言うと目の前の女性は右手を俺の方へと伸ばしてくる。そしてその手に魔力が集まるのを感じて俺は焦ってしまった。俺は目の前の人物が何を行おうとしているのかを直感的に感じ取っていたからである。

そんな女性に対して、俺はとっさに【真名解放】を行った。

「待ってください!貴方と戦うつもりは、俺にはないです!!」「へぇーそれは私にとってはありがたいお話なんですよ」

目の前の女の人に攻撃するつもりがないことを告げるために聖弓 レディアアルテの真名を解放したことを後悔してしまったのだ。なぜなら俺の目の前に出現した文字を見て俺の心は一気に恐怖に支配されてしまったからだ。その表示されていた内容は。

————【真名】を確認。スキル【強制契約】を発動します——— そう書かれてあったメッセージが空中に浮かび上がり俺のことを襲う。その直後だった。俺の首元には光輝くネックレスが現れる。そして、俺の頭の中には知らない声が聞こえてきた。その声の主は【強制契約】を使って俺の【固有技能】を奪い取りたいという気持ちで一杯になっていたので。すぐにでも俺のことを襲おうとしたのだろう。だが【神具 プロビデンスの魔鏡】の効果によって俺の【固有技能】は奪うことが出来なかったのだ。

(くそったれが!俺の【固有技能】を使えなかったのか?)

俺の体の中から何かが出ていくようなそんな感覚を覚えた後。俺の目の前に現れたのは、【聖剣 セイクリッドセイバー】の姿だった。そんな俺の【聖剣 セイクリッドセイバー】の姿をした女性が驚いた顔をしてから。悔しそうな顔で俺の方に手を向けようとする。

「そんなことさせないわ!」

俺に向かって攻撃を仕掛けようとした女性の前に立ちふさがった聖女の両手から光が溢れ出す。その両手からは聖なる力で作られた剣のようなものが姿を現したのである。そして聖女がその剣を振ると。俺を襲おうとしていた女性は、その攻撃を受けてしまい。動きを止めて苦しむことになる。

(一体なにが起きたんだ!?俺にもなにが起きてるんだかさっぱりわからないんだけど)

俺の体になにかが起こっているというのは分かる。だけど俺には全く何が起こったのか分からない。

そして聖女の攻撃を受けてからしばらくの間動かなかった女性は急にその場から姿を消すと、俺の背後に移動して剣を振ってくる。しかし背後から迫ってきた女性の一撃が俺に命中することはなかった。

聖女の作り出した聖なる力が宿っている剣を目の前にしていると突然現れたアルヴィンは、俺を背中から庇うようにして、目の前の敵の攻撃を防いだのである。

「助かったよ。アルヴィン」

俺の言葉に対してアルヴィンは何も言わずに目の前にいる敵に集中をしていた。アルヴィンの行動の意味がわかっている聖女たちはアルヴィンが助けてくれることがわかっていたのだろう。

それからしばらくすると目の前の敵との戦いが終わったようだったのでアルヴィンが口を開く。

「こいつは私が相手をしても問題ないな」

「お願いします」

俺の頼みを聞き届けたアルヴィンは、聖剣を振り下ろすと目の前に存在していたゴーレムはバラバラに斬り刻まれていたのであった。

「ふぅーやっぱりゴーレム相手だとこの剣じゃないと厳しいか。【聖剣 セイクリッドセイバー】があればもう少し楽に戦えたはずなんだけれどな」

そう呟いたアルヴィンは、アルヴィンが持つ剣をどこか懐かしそうに見ている。その光景を見た俺は目の前に居るのが【勇者】だと確信することになる。

(やはりこの男が勇者だったのか)

アルヴィンのステータス画面を閲覧することのできる聖剣を持っているせいなのか。アルヴィンの名前とその職業欄には、はっきりと勇者と表示されているのだ。そして目の前のアルヴィンは【聖槍 ランスロット】の勇者として俺の前に現れたのであろうことを俺は理解したのである。

「なあ、あんた」

俺はアルヴィンに声をかけた。目の前の男のことは信用できるかどうか判断できない部分があったので。まずは自分のことをしっかりと明かす必要があった。そう思ったので俺は自分の名前を告げてから、俺が自分の素性を明かした時に、聖女と同行することを承諾してくれた男も名乗りを上げることになった。

俺の名前はアロンというらしい。俺はこの世界で初めて自分と同じ人間に会えて心から安心することができたのである。そして俺は聖剣の勇者であるアルヴィンから自分の正体を隠すことはやめることにした。その結果、俺が異世界人だということを伝えることにしたのである。この世界の常識ではありえない話をすることになってしまったが。この世界で生きている者たちにとって俺の知っている情報はとても有益なものとなると考えたからなのだ。そして俺は、アルヴィンが持っている聖剣についても詳しく知ることができた。

俺に話しかけられてからしばらくの間は俺のことについて質問攻めにされる結果になってしまう。そこで俺は自分が覚えている限りの記憶の全てを語ることにする。自分がなぜここにいるのか。こことは違う世界について、そして、自分が【神界】から追放された存在であることも伝えていったのだ。そのことを伝えたことによって俺は目の前の【勇者】だけではなく他の聖女たちからも疑いの目を向けられることになってしまっていたのである。

「まぁー色々と大変だったというのはよく分かったよ。だけどさっきの戦い方は少し気になったんだよな」

「さっきってどの戦闘のことを言ってるのかな?」

「お前たちがこの部屋に入った時だ」

「ああ、あのゴーレムたちに囲まれた時の話ね」

俺の説明を聞いたアルヴィンたちはこの部屋で大量のゴーレムに襲われて、この部屋の中に閉じ込められてしまうという状況になっていたらしい。そんな中でも【聖剣 セイクリッドセイバー】を所持しているというのにも関わらず【聖弓 レディアアルテ】の力を借りることで窮地を脱することがなんとか出来てしまった俺のことを警戒してしまうのは仕方がないと思う。

「もしかしてお前さんが使った力は【固有技能】の【強制契約】だったりするのかい?あれが発動すれば強制的に契約した相手の能力を奪い取ることが可能だって言われてたんだがな」

「え?そんなことができるの?」

「噂に聞いただけであって。実際に見たことはないんだけどな。それに契約者と契約をしている精霊とか悪魔なんかは、契約者から奪った力で無理やり縛られているって感じなのかもしれないな。ただ契約している相手が悪ければ奪い取れる力の量に制限がついてしまっているみたいだしな」

「そうなの?それなら、俺には使えないんじゃないか?」

「確かにその可能性も考えられるが。もしも使えるようになった場合、契約者よりも強い力を持っていなければ奪える量には限度がくるみたいなんだよな」

そう言い終えた後、アルヴィンが苦笑いをする。その表情を見てしまった俺は、目の前に存在している人物が本当に自分の味方なのかを疑問に思ってしまったのである。

それからしばらくの間は、お互いに色々な話を続けるのだが、俺は、俺自身がどうしてこの世界に連れてこられたかということに気が付いてしまい、どうすれば元の世界に戻ることが出来るかを考えていた。しかしどう考えても思い浮かぶ手段はないのだ。俺は、元の世界に帰りたいという気持ちが強くなっていくのを感じていた。そしてそんな状況になっているとアルヴィンのほうは、【神具 セイクリッドランス】の使い手である騎士の女性と話し始めていた。そんな様子を観察しながら。(とりあえず、アルヴィンとは協力関係を結んでおくべきなのだろうか?)

俺はそんなことを考え始めてしまい、俺は目の前に居る二人と協力体制を取るべきか、それとも敵対行動をするのかを考えるために【聖槍 ランスロット】の勇者である目の前の男のことを観察することにしたのだった。

アルヴィンと俺の二人はお互いが持っている聖剣と聖弓がぶつかり合った時に発生する衝撃波を気にしながら戦うことになった。

俺が使用している聖弓 レディアアルテは普通の聖弓と違う点が一点存在する。その異なる点は矢を放つときに放つ聖力が弓そのものを変化させて威力を増大させることができるのだ。それは、【聖剣 セイクリッドセイバー】を使用しているアルヴィンの聖力を真似て俺の武器に変化させることに成功しているのであった。そのおかげで聖剣を扱っている勇者と同等の実力を持っていると思われるアルヴィンの【聖剣 セイクリッドセイバー】の攻撃を受けてもその聖力が纏われた聖槍の攻撃を防ぐことができているのだ。

(これは一体どういうことだ?聖剣と聖槍をぶつけ合えば聖剣側が勝つはずなのになんでアルヴィンが有利になっているんだ?)

アルヴィンの持つ【聖剣 セイクリッドセイバー】は聖剣の中では一番のレア度を誇る聖剣であり。アルヴィン自身も【聖剣 セイクリッドセイバー】の所持者の歴代の中でもかなり優秀な才能を持つ人物と言われているらしい。そんなアルヴィンは、俺と同じような攻撃が出来ないのかと思っていたら。聖槍と聖剣をぶつけ合っている最中に、俺の放った攻撃を跳ね返すように聖槍を聖力によって覆うことで攻撃力を増していた。

「やっぱり、同じ【聖剣 セイクリッドセイバー】同士だと俺の方が不利になっていくな」

俺の【聖剣 セイクリッドセイバー】を見てからアルヴィンは自分の【聖剣 セイクリッドセイバー】を見る。それから【聖剣 セイクリッドセイバー】を使って何かをしようとしているのはわかったが。俺はすぐにその行動を止める。

なぜなら、アルヴィンが【聖剣 セイクリッドセイバー】に魔力を込めて俺の体を貫こうとしていたからである。その攻撃に対して聖弓 レディアアルテを操っている俺の反応速度がアルヴィンのそれよりも早かったおかげなのかギリギリのところで防ぐことが出来たのだ。しかし完全に防御できたわけではない。アルヴィンの一撃で俺の体は壁に激突して吹き飛ばされる。その際に俺の体に大きな衝撃が走る。そして体に走った大きな痛みに耐えながら立ち上がろうとした瞬間に俺に向かって放たれた聖槍による攻撃をなんとか避けていく。そして体勢を立て直した俺に向かってアルヴィンは俺を殺す気満々の笑みを浮かべた。俺はその表情をみて背中から冷や汗が流れる。

(まさかこんなにも追い詰められるとはな。このまま俺の負けになってしまうのか?しかし、アルヴィンと戦わないと元の場所に戻れないってんだったらせめてこいつの仲間になる前に殺しておいた方がいいのか)

そんなことを思い始めた俺はアルヴィンに戦いを挑もうとした。だが俺の体が突然重くなってしまい思うように動けなくなってしまう。そしてそんな様子を見ていたのか。聖女であるアイナのスキルにより拘束されてしまう。そして、聖女の仲間の女性が俺に向けて話しかけてくる。

「大丈夫ですか!?今すぐ回復魔法をかけますから!」

そう言った聖女の女性の仲間たちが俺を癒そうとしてくれていた。

「え?な、何をするつもりなんだ?」

俺の言葉を無視して聖女は俺のことを回復させてくれる。すると、俺が負っていた怪我は完全に回復し、傷が残らなかった。そのことを確認すると俺は目の前に存在している聖女に視線を向ける。その視線には恐怖の感情が込められていたのかもしれない。

「あ、ありがとう。助かったよ。でも君は俺の命を狙ってきたんじゃないのか?」

「命を狙うってどういうことですか?」

俺の目の前に存在する聖女の女性は首を傾げている。

(いや待ってくれ。俺の記憶だと聖女は目の前の女の子じゃなくて、もう少し背が高くて大人の印象を持った少女だったはずだ。それなのに俺がこの世界で見知っている聖女たちに姿は変わっていない)

「あなたはいったい何者なのでしょうか?なぜ私の名前を知っていたのですか?」

聖女の女性が俺のことを不思議そうな顔で眺めながらそう呟く。そして、聖剣と聖槍の戦いを見ていた他の聖女たちも俺のことを不思議な生き物を見つめるような目で俺の事をみているのである。

「もしかしたら、貴方は本当にアロンさんではないのかもしれませんね」

目の前の俺に助けてくれようとした女性は少し困ったような顔をしている。その言葉を聞いてしまった俺は、少し困惑した様子になってしまう。その言葉を発した女性の声を聞いた俺は驚きのあまり声を上げてしまった。そしてその驚いた俺の様子を見た目の前の女性たちは怪しげな目つきになっていく。俺は慌ててその場から逃げることにしたのである。俺を追いかけようとする彼女たちをどうにか引き留めることは出来たのだが。俺の正体を知っているのかを質問したところ。

「私たちはアロンさんの知り合いではありません。なので私たちではあなたの力になれないのです」

そう答えられてしまう。

その後俺は、この部屋に用意されていたベッドの中で一夜を過ごすことになる。俺がこの世界で最初に出会った相手、この国の王の娘であるという聖女の女性は、どうやらアルヴィンのことを信用していたようだったが。アルヴィンのことを敵としてみなしていたようで、俺は殺されそうになる。

それから数日間の間。アルヴィンたちと行動をともにすることになり俺は彼らと共に魔王を倒すための旅に出ることになったのだ。しかし、アルヴィンたちが俺のことを信頼してくれるかと言われればそんなことはなく、俺と彼らの関係がぎこちないまま時間が過ぎていくことになる。俺はそんな状況になってしまった理由もわからないし、どうして彼らが俺のことを簡単に受け入れない状況になってしまっているのかを知ることもできなかったのである。

そんな状態のままで旅を続けていた俺はあることに気が付き始めていた。それは、魔族の国にいるはずの四天王の一人にして魔族最強の男と言われている存在と会うことが出来なくなってしまったことである。彼はなぜか俺たちの前に現れてくれないのである。そして、その理由に関してはまったくわかっていなかった。

ただそのおかげで、アルヴィンの仲間の騎士の人が言うところには、勇者の加護を持っている者たちだけで集まって、魔導師と魔王についての話し合いがされているらしいという話を聞くことができた。俺はそれを機会だと思ったのだ。だからアルヴィンたちを無理やりに説得して一緒に同行することになったのである。その途中で【勇者の固有技能】【聖具 セイクリッドランス】の力を借りて俺自身の能力を上げることに成功する。その結果、俺に敵対する相手が持っている能力を真似ることで自分を強化することが出来るようになる能力を手に入れたことでアルヴィンの聖剣を使えるようになったのであった。そしてアルヴィンたちと同じように、偽物ではなく本物だという証明をすることが出来た。俺はそれを証明するため、自分が【勇者】だということも伝えることにした。

しかしアルヴィンの奴だけは俺のことを警戒していて、俺の事を疑っているようだった。それでも、アルヴィンは俺の事を受け入れるつもりはあるみたいだった。それから、【聖具 セイクリッドランス】の所有者でもある騎士の人に、アルヴィンと俺は【神具 セイクリッドランス】を使って戦ってみたらどうかと言われる。その言葉を聞いた俺とアルヴィンはお互いに聖槍を構えると、お互いの槍をぶつけ合って力比べをしたのだが、やはり聖剣と聖槍は聖剣のほうが聖槍より攻撃力が圧倒的に高いために聖槍の勇者の力が勝ってしまう。それを見たアルヴィンの目の前にいた人は、アルヴィンと俺の間に割って入ろうとするが、それを止めたのは聖剣使いの人だった。その光景を確認した俺は、すぐにこの場所から離脱して逃げるようにその場から走り出した。

俺が自分の力を確認するために【セイクリッドランサー】を使ったところ、俺の力が【勇者の武器】の中でも一番下の存在だった【聖剣 セイクリッドセイバー】を上回っているということが確認することができた。その事実を知ったアルヴィンは自分の力が俺よりも劣っていることを自覚してしまったらしく、悔しがっていたのである。

(まぁ自分の力を誇示するために【勇者】の【固有武器】を使っていたアルヴィンにとってはショックだったのかもしれないな。だが俺だって【聖剣 セイクリッドセイバー】が聖剣の中の頂点に位置している存在だっていうのは知っていたんだぞ。だからお前だけには負けたくないって思ったんだ。そして俺の方が強いと知った瞬間にあいつが見せたあの絶望に染まり切った表情は忘れられなかった。あれからというもの、俺に対してずっと喧嘩腰になっているのは正直勘弁して欲しいんだがな)

俺は、そんなことを思い出しながら俺に対して殺気をぶつけてくるアルヴィンの様子を確認しながら俺はこれからどうするかを考えていた。

(このままだとまた戦闘が始まるな。ここは大人しく俺のことを逃がしてくれると嬉しいんだが)

俺はそんなことを思っていた。なぜなら、俺はこのままだと間違いなくアルヴィンと一騎打ちすることになっていたからなのだ。それならいっそのことアルヴィンの仲間たちにアルヴィンのことを任せて俺は先に進んでいったほうがいいんじゃないかと思っているからだ。

俺はアルヴィンのことを睨む。

その行為によってアルヴィンは俺の方を見ながら微笑んでみせる。

そしてその笑みはまるで俺をバカにしているかのようにしか思えなかったのだ。

(このままだと本気で殺し合いに発展する可能性が高いな。アルヴィンとは戦いたくはなかったんだが。仕方がない。俺が負けた場合は素直にアルヴィンのことを信じてみることを伝えるしかないだろうな。だが、そうはさせてもらえそうにはないんだよな。さっきもいった通りで、俺を殺そうと考えているようだからな)

アルヴィンは自分の目の前に存在している少年を見て、どうやって倒そうかと考えていた。アルヴィンの目の前に存在する人物は、ついこの間まで【勇者】を名乗る少年だったのだ。そして今は勇者と名乗る人物の姿をしているが、本物の勇者ではない。ただ、見た目や装備を偽装しているだけの、偽物の勇者であることにアルヴィンは気が付いていたのだった。

(こんなのは所詮見せかけだけだ。こんな程度の奴なんかは俺が本気を出してしまえば一瞬で殺せる)

アルヴィンの頭の中は目の前の人物を殺したいと思っていたのである。

(とりあえず、まずはこの場をなんとか切り抜けないと)

アルヴィンのことをじっと見ていた俺はアルヴィンのことをどうにかして落ち着かせようと話しかけてみる。だが、俺の言葉など聞く価値はないのか、全く反応してくれそうな雰囲気がなかった。そして俺が話をしている隙に、背後から迫ってきた何者かの攻撃を俺は受けてしまう。だが俺の背中を攻撃してきた相手の姿を確認した俺は驚くことになる。

「どうしてあんたが!?それにその服装はどうしたんです?」

「うるさい!!黙れ!!」

俺に攻撃してきた存在は、この国に存在する四人目の【勇者 勇者アロン 】を名乗っていた男だったのだ。その男が纏っている衣服には大量の血が付いているのが見て取れる。そんな様子を俺に見せつけた男の目は殺意で満ちていたのだ。

「お前はいったい誰なんだ?どうしてお前がこの国の【勇者 勇者アロン 】を名乗っている?」

「そんなことどうでもいだろうが!俺様の名前は【剣闘士 ダズラエル】。魔王軍の幹部であり、魔族最強の存在である魔王の側近の一人なんだぜ」

「え?それじゃ、貴方の実力は本物なのか?魔王軍の幹部ということは俺を殺しに来たってことか?」

「当然だ。俺の目的は、魔王の命令を受けてこの国に居る全ての【勇者】と魔王軍にとって都合が悪い者を処分するためだけに行動していた。そして今回の標的として貴様を選んだというわけだ。だが俺様にここまで手を出させて、ただで済むと思ってもらっては困るぞ。覚悟して俺の攻撃を受けろ!」

「ちっ!やっぱり俺の質問に答えてくれないのか」

俺は、目の前に立っている男に、聖槍の勇者が俺に向かって言ってきたことと似たような内容を伝えようとしていたのだ。しかし目の前の男からは明確な拒絶の意思を感じた。俺はそんな態度を取る目の前の男にイラつきながらも攻撃を仕掛けて、男を無力化することを考えることにしたのである。そして俺は手にしている聖槍を男に向けて放つ。

「喰らえ!」

聖槍の一撃は目の前の男を確実に貫いたはずだった。

「無駄だ!今の俺は死なない」目の前の男は聖槍が命中したにもかかわらず何事もないように俺の前から消え去ると俺の後ろに移動しており、剣を俺の首筋に当てているのである。

「くそ、いつのまに後ろに」

聖剣の能力によって身体能力を上昇させた状態の俺の速さを上回る相手が存在しているなんて思ってもいなかった俺は動揺を隠しきれなかった。そんな状況の中で俺はどうにかしようと考え始める。

俺と聖剣使いとの戦いを見守り続けていた者たちの中には勇者と自称していた人物がアルヴィンの聖剣と同じような効果を発揮する聖具を身につけていることに気付いた者も居た。しかしそのことに誰も気が付かなかったのだ。聖剣の力を使える者が存在するという事実に、誰もが驚愕したのである。

(まさかあんなにもあっさりと偽物だという事がばれてしまうだなんて思いもしなかった。俺のことを信用していないアルヴィンの気持ちがよくわかる気がするよ。しかし本当に俺はどうしてここに来てしまったんだろうか。そもそもなぜ俺のところにアルヴィンたちがやってきたのかがわからないし。俺は自分の目的のために動きたいのに邪魔されてばかりだ)

アルヴィンの仲間である騎士たちが勇者を名乗った存在と、勇者と名乗った人物とアルヴィンの戦いを観察している。

勇者と名乗る男とアルヴィンとの戦闘は拮抗状態が続いていくが、しかし勇者の方が優勢であった。アルヴィンのほうの攻撃は一切通用せず、相手の反撃を食らった場合のみ聖剣の力で回復をすることで持ちこたえることが出来るという状況だったのである。

その様子を見ていて勇者を名乗る男はニヤリと笑う。

(勇者というのはこの世界における絶対的な称号の一つでもある。その力を持つ者が弱いはずもないからな。それにしてもよくもまぁ偽物が【勇者】の名を語ることが出来たものだな。まぁ、本物が俺に殺されるのだから問題はないが)

そして、勇者を名乗る男は、目の前にいる聖槍使いに対して自分が本物であるという証明を見せつけるために聖槍に魔力を込めて放とうとしていた。それは聖槍の力を最大限まで発揮するための予備動作でもあったのだ。

「終わりだ」

その言葉と同時に、アルヴィンに止めを刺そうとしたその時、勇者と名乗る男の横腹が聖槍に吹き飛ばされることになる。

(どういうことだ!?今、聖槍が突然爆発したような感じがしたが)

自分の横腹が聖槍による攻撃により吹き飛んだのを確認した勇者を名乗る男の表情が苦痛に歪み、苦悶の声が口から漏れ出す。そして痛みが治まる前に、今度は背中から衝撃が襲い掛かってきてしまう。それにより地面にうつ伏せの状態で叩きつけられた勇者と名乗る男はそのまま気を失ってしまい。アルヴィンとの決着をつけることはできなかったのである。

勇者を名乗る男の体をアルヴィンから離すためにアルヴィンたちと共に行動していた銀髪の騎士が体当たりをするような形で勇者をアルヴィンの側から引き剥がそうとするが、その騎士の行動を見て勇者は意識を取り戻してアルヴィンを殺そうと動こうとする。その動きに、他の者達は気が付くのだが、アルヴィンを助けることが出来ないために見守るしか出来なかったのである。

その出来事を目の当たりにして聖剣の勇者である少年は、勇者と名乗る男を倒したことで少しだけホッとする。

「なんとか倒すことができたみたいですね。それにしても俺のことをよくもまぁあれほど簡単に倒せると思っていたものですよね。聖剣の力を使えば俺のことを殺すことも出来たはずなのに、聖剣に頼りきりだったせいで、その力を使って戦うことをすぐに考え付くことができなかったんだな。でも、まぁ倒せて良かった。このまま俺が死んでしまったとしても仕方がないことなんだよな」

そんな言葉を俺に対して告げたのは勇者を名乗っていた男だ。そして俺はそんな男のことを呆れた表情で見ていたのだった。

(こいつはいったい何を言っているんだ?死ぬのなら勝手に死ねばいいじゃないか。そんな俺を巻き込むような形で戦いを挑んでくるなんて迷惑もいいところなんだけど。っていうかこいつにはいろいろと言いたいことがあるんだ。まずはどうして俺のことを殺したがっているのかをちゃんと説明して欲しいんだ。そうしないと話にならないだろう。まずは話し合いが出来ないのか聞いてみるべきだよな)

勇者を自称する男の言葉を聞き終えた俺だったが、その言動の意味がまったく理解できずにいたのだ。そのため、とりあえず俺からの言葉を伝えてみることにした。だが、その言葉で目の前の男は怒り出し俺に襲いかかってきたのだ。俺はそれを聖剣によって受け止めて、そのまま鍔迫り合いの形に持ち込むことに成功する。その結果、俺はこの男が偽物であるということを証明することになったのである。

偽物の勇者が本物よりも劣っていることは間違いない事実ではあるが、それでも目の前の男は自分のことを【勇者】と名乗っているのだ。それが偽物であるならば【勇者】という職業名だけで判断することが難しいので、この偽物を倒せばすべてが終わるとは限らないのだと思った。それに、もし本物であっても倒さなければいけないのであれば偽物を倒すことが一番簡単な方法だと思っている。なぜなら偽物は、本当の【勇者】のように特殊な力を持っていないことが多いため、普通に打ち倒せることができるからだ。そして偽物の場合は能力で身体能力を強化することしかできない場合が多い。それ故に、目の前の男を倒してしまえば俺の命を狙っていた奴らは俺に手を出すことが出来なくなるはずである。

(まぁ相手がどんな方法で来るかわからないし油断はできない。でもとりあえずは、目の前に存在する奴を倒してしまった方が手っ取り早いよな)

俺は聖剣で偽勇者の胴体を薙ぎ払うと、俺の放った一撃は偽の体に命中する。だが目の前に存在する男にはまったくといって効いていないようであり、むしろその攻撃を利用して俺の背後に回ろうとしているように思えた。俺は咄嵯にその動きに対応すると背後に振り返りつつ、聖槍を振って攻撃をおこなう。しかし聖槍の攻撃は男に届くことはなく、聖剣で弾かれてしまうのだった。

「俺の攻撃を受け止めるだと!?それに今の攻撃でダメージを受けてないってことなのか?それにしてもこの聖剣と鎧は一体なんなんだ?」

目の前の存在が使用している聖剣は俺が所有している聖剣と同様に特別な能力を秘めていたのだ。そして男が身に纏っている聖衣には傷跡のような黒い線がいくつも存在しているのが確認できる。

そんな様子を、俺たちの戦闘を見ている者たちの中に居る一人の男性が俺の事を観察しながら呟いていた。そしてその言葉に反応したのはアルヴィンとその仲間達だった。



「あ!その装備は!まさか貴方も魔道具を所有しているのですか?」

(魔導士?魔道師?まぁ魔法使い系の職だと仮定しておこう。この人に関しては服装や装備品を見る限りかなり良いものを身に付けているようだな)

「えぇ。そうですよ。私の固有能力は【大賢者】の魔法適正上昇というものですから。それ故の高レベルであり、だからこそ私はアルヴィンさんと共に魔王軍と対抗していこうと考えたわけなのですが」

(ふーん。そうなんですね。まぁ俺にとっては特に関係のない話だけど、一応は知っておいた方がいい情報かもしれないから聞き流しておくかな。この人の実力は、目の前の偽物と戦わなくてもわかっているけどな。しかしこの人が着ている服はかなりの高性能なもののようだ。俺もこの人からいろいろと教えてもらいたいものだな)

そんな事を考えていた俺の元に聖剣使いと勇者を名乗る人物が俺とアルヴィンがいる方向に歩いてきていた。どうも先ほどの戦いの結果を確認しに来たらしいのだが。その二人を確認するなり、その場にいた騎士たちが一斉に武器を構える。

「まぁまて。こいつらが敵じゃないということは私が保証してやる。それよりもだ、あの偽物の聖剣使いをどうやって無力化するのかについて話し合おうではないか」

「わかりました。私も同意見ですね。勇者を名乗る男の正体を確かめるために戦いを始める必要があります。そして彼の聖剣の力は本物と同等以上の性能を誇っている可能性があり、そして彼の体から放たれている闘気から推測すると、かなりの強さを持っていると予測できるので。もしも彼が聖剣を所持していなければ確実に偽物であるということがわかるでしょう」

その会話を聞いていて俺は偽物に対して攻撃を仕掛けようとした時に聞こえてきた女性の声を思い出した。

(あの時の声の主はこの人だったのか。確か名前はリシアだったか?)リシアと呼ばれる銀髪の女性が勇者を名乗る男の前に立った瞬間に男の動きが止まった。まるでリシアから放たれる殺気に怯える小動物のように、震えながら一歩後ろへ後ずさった。そしてそれと同時に偽物がリシアに向かって口を開いたのだ。

「そ、そうだな。確かにその通りだ。だがリ、リシア、お前一人で大丈夫なのか?」

「え?どういうことなのでしょうか?」

リシアはその言葉の意味がわからずに首を傾げていると、偽勇者は俺のことをチラ見しながらこんな言葉を告げたのである。

「こ、こいつらが強いことはわかる。おそらく勇者と名乗る偽物の偽者よりも、遥かにな。そして本物の聖剣を使うことができる勇者と名乗る男もかなりの腕前の持ち主だろう。そして、勇者と名乗る偽者もかなりの腕を持つ。それは認める。認めなければならないだろう。しかし、だからといってリ、、」

その言葉の途中で俺を襲おうとした偽物が聖剣の力を解放しようとしていたのを目にしてしまったのだ。俺は反射的にその行動を阻止する為に行動していたのである。その行動を目にした周囲の人々は驚いたような声をあげることになる。

(くっ!またこいつは邪魔ばかりしてきたぞ!どうして俺が狙うタイミングで必ず行動してくるんだよ!!)

目の前にいる男の体が突然爆発したような現象が発生するが俺は無傷で立っていたのだ。それに対して目の前にいる男は口から血を流しており明らかに重症であった。それだけではなく男は口から大量な血を吐き出すと同時に口から吐いた大量の血液に溺れるような状態で、その場で倒れ込んでしまった。俺は倒れた男の首元に手刀を振り下ろして気絶させた後に、アルヴィンたちの方を見てこう言ったのである。

「こいつを縛り上げておいてくれないかな?あとついでにこいつの名前を教えて欲しいんだけど。偽勇者とか偽聖剣を使う男、偽勇者などと呼ばれても正直区別がつかないからさ」

「わかりました。偽物では無く本物ですね。それでしたら偽勇者と呼ばれている方は勇者と名乗る偽者としますね。彼の名前に関しての情報は私も知りません。それと勇者と名乗る偽物というのは偽勇者と呼ぶことにさせて頂きましょう」

俺は偽物に対して偽勇者と呼び、目の前で倒れている勇者を名乗っていた男を勇者と名乗っている男と呼称することにした。

そんな出来事がありながらもアルヴィンたちは俺の言葉に従い男のことを捕らえるために行動を開始していたのである。

俺の言葉を聞き終えた目の前の男は、しばらく黙っていた。その後ゆっくりと顔をあげて俺の事を睨みつけてくる。その目つきからは、まだ戦う意志が感じられるものだった。そのため俺の方も戦う準備を整える。だがその前にこの男の目的が何かを聞き出すことにした。

(まぁ答えてくれるとは思わないけど、それでも質問をするくらいなら別にいいよね。まずはこの男が何者でなぜ俺に攻撃を加えて来たのかが重要なことだ。まぁでも大体は想像できているんだけどさ。勇者を名乗っていて、勇者という存在に対して憧れを抱いているのであれば、その理由は魔王軍に対する復讐といったところだろうか?でもさっきまでの戦いでそんな感情は全く見受けられなかったんだよな)

「あんたの目的は何なの?まぁだいたい予想はついているんだけどね。あんたが勇者だと名乗った理由を俺は知っている。だってさ、俺には偽物の聖剣が見えて、あんたらには偽物の姿は見えないからな」

「なるほど。そこまでばれていたのであれば隠すことなんて出来ないな。ならば、そのことについて話を聞かせてくれないか?その聖剣はどこで手に入れてきたんだ?それに、俺のことを偽物と呼んだ意味も含めて教えてほしい」

「わかった。じゃあ少しだけ教えてあげようじゃないか。この世界を管理している神界って場所には勇者が一人存在している。この聖剣は、そこの神が与えてくれた物なんだよ。そして勇者を名乗っている男が、今俺とアルヴィンさんの視界の中に映っている男。まぁ今は気絶しているみたいだけど。こいつの名前はユウトだ。こいつが勇者を自称していたのにはそれなりの理由があるんだよ。俺とこいつの故郷を滅ぼした魔王軍の四天王をこいつ自身が殺したことで勇者と名乗れたのにな」

「待ってくれ!俺は、俺の名はユグドという。俺とユウトは親友で一緒に村を守るために戦った仲なんだ」

「ん?ちょっとまって?ユグド?え?それって、あの村の?」

俺はその名前を聞いたことがありすぐに反応することができたのだった。俺の脳裏によぎるのは数年前のある日の記憶だった。そう、魔王軍と人間たちが争っていた時代に存在した勇者の名と同じ名前であり、その人物はこの世界に召喚されて俺と共に戦ってくれた仲間でもあったからである。その人はこの異世界において最強の存在と呼ばれていた。しかし勇者の仲間たちを庇って死亡したはずだったのだ。そしてその人の子供であるはずの息子も行方不明になっていたはずなのだ。その人の子孫はどこかの辺境の地に居ると言われていたのを思い出す。

(その人の息子も行方不明になったって話だよな。この目の前の男がその人であるのだとすれば年齢的にも一致するはずだし、まぁその件については今度ゆっくり聞けば良いか)

そんな事を考えつつも目の前の男の表情の変化を観察してみた。すると目の前の男は目を輝かせてこちらを見つめてきている。そして俺の手を握ると俺の事を尊敬しているような視線を向けてきたのだった。そして彼は興奮気味になりつつ、俺にこう告げたのである。

「そういえば貴方の名前をお伺いしていなかったな。貴方はあの時の人なのですね。そうですよね?私は貴方に助けられた。貴方がいなければ私はここにいないのですよ」

「あーうん。そうだね。君を助けたのはその人だと思うよ。まぁあの時は俺が勝手にやったことだったから、あまり恩を感じなくていいからね」

俺は若干苦笑いをしながら目の前の男に返事をした。だが目の前の男は、なぜか感極まったように俺に対して土下座のような態勢を取る。その様子に周りの人たちは驚き困惑するばかりだ。だが俺だけは冷静に対応できたのである。そんな態度を取っている男は泣きながら、こんな言葉を呟いていたのだ。

「本当に助かったんです。貴方に助けてもらえていなければ俺はこうして、ここで生きてはいなかったかもしれない。それだけは確かなのです。俺にとって、貴方が英雄であり尊敬する人でもあるのですから」

「まぁ俺の事は置いておくとして、俺の大切な人に頼まれたことを伝えるよ。あの時、あの勇者さんと一緒にいた女の人が言ってた言葉を思い出してくれればわかるかもしれないな」

その言葉を聞き終えると目の前の男性はハッとした顔をして、その後で涙を流すのを止めて真剣な顔になって話を聞く体制に入った。俺としても説明がしやすいために、その女性の話を始めたのだ。その女性は勇者と一緒の場所で暮らしていた人であり、その勇者が死んだ時に勇者の子を助けて欲しいと願っていたことを伝えた。

すると、やはり俺の考えは正しかったようで目の色が変わった。目の前の男性が涙を流し始めてしまうほどだったのだ。

俺は目の前の男性の事を気にかける必要が無いと思い、その男性の肩に手を置き、【転移】のスキルを使用してこの場所を離れたのである。俺は自分の村に戻ろうとしたのだが、その途中で目の前に先ほどの偽勇者が立っている事に気が付いた。だが偽勇者は既に聖剣を発動させて俺に攻撃を仕掛けようとしていたのである。だがそれを目にした俺は、瞬時に動き出し聖剣を剣ではじき返した。その行動を見た偽勇者は信じられないと言った表情をしているが、俺の剣捌きを見て俺の力に恐怖を覚えて後退ったのであった。

それからしばらくの間は俺も偽勇者と激しい攻防を繰り返していたのだ。だが偽勇者の攻撃を簡単にあしらい続けていたのは確かだが、このままでは何も進展しないと考えた。そこで俺も聖剣を使用することにする。

(確か俺の固有能力は剣を使うのに適したものだったはずだ。だから聖剣を扱えるんじゃないか?)

そんなことを思った俺は剣を構え直した後に、偽勇者に向かって聖剣の力を解放しようとした。その時、偽勇者が何かの技を使用しようとしていたのを俺は見逃さなかった。だからその攻撃に対して俺が放った攻撃は、ただ単純にカウンターの一撃となっただけだった。その結果としては、偽物の体が爆散してしまう。その様子を見てしまったアルヴィンたちは呆気に取られている。

(さすがに強いね。まぁこの世界だとあれでも強い部類に入るだろうね。でもこの世界の人間たちもかなり強くなってるみたいだし、油断せずに行こう)

ただ目の前にいた勇者を名乗った男に関しては、まだ子供と言ってもいいような見た目であった為に俺は、かなり驚いたのだ。

(さっきまでの男はどう見ても二十代前半にしか見えなかったんだけど、この子は一体どういう子なんだ?もしかして勇者の血を引くものなのかな?まぁでもとりあえず、こいつは偽物だっていうことが確定的になったわけだけどさ)

俺は目の前で倒れ込んでいる女の子を見ながらそんなことを考えていたのである。だが彼女はそんな状況でも一切動揺していないようだった。そんな彼女を見てから俺の頭の中には一人の人物の存在が浮かんできてしまっていた。そう俺の仲間の一人でもあり家族とも呼べる存在の少女を思い起こさせたのだった。

(もしかしてだけどさ、俺の目の前で倒れている女の子と、俺の妹分であるリリカは何かしら繋がりがあるのかな?まぁ俺の想像が正しければ、この子が勇者の娘になると思うんだよな。勇者は女性と子供がいたことしかわかっていなかったし、勇者本人や娘に関する情報は誰も知らなったみたいだけどね。それを考えると、やっぱりそうなのかもな。それにしてもどうして勇者の血筋を引いた人物がこの世界には二人も現れてしまっているんだろうな)

そんな事を考えていると目の前の女性が自分の体を確認していた。その後で、俺の方に近づいてきて話しかけてくる。俺はそれに対して答えようと思ったのだが、先にアルヴィンが俺の代わりに返答していた。しかもアルヴィンは丁寧口調になっており、まるで騎士様みたいな喋り方で話し出したのだ。

俺はそれについて何も言うことが出来ず、ただただ唖然としていることしかできなかったのである。そしてアルヴィンの言葉を聞いて、少女は目を大きく見開いて驚きの表情をしていた。

そして俺の方を見ると急に地面に手をつき土下座の態勢を取ったのである。俺は慌てて立ち上がり土下座をやめさせようとした。それでもなお、その体勢を維持しようと抵抗している様子だったため、諦めて彼女の行動を見守った。

すると目の前の女性が涙ぐみながら、声にならない言葉を俺に伝えたいのか必死になっているようだったが、それは俺には届かなかったのである。そのことに焦燥感を抱いたのかさらに激しく泣き出してしまったのだ。その光景を目の当たりにしているアルヴィンたちが、俺に対して怒りの形相で迫ってきたのは言うまでもない出来事である。

(なんなんだよこの展開は!もう意味がわからないぞ?この人たちの行動の意味がまったく分からないんだが?そもそもなぜこの世界には勇者と魔王が同時に存在しているんだ!?この世界に召喚されてから、今まで以上に分からなくなってきてる気がするんだが)

目の前に起きている光景に混乱しながらも冷静に対応しようと頑張ってみたものの結局俺は、なにがなんだかわからずに困ってしまうばかりだったのだ。

「それであなたは本当に勇者なのですか?勇者と魔王の戦いは、遥か昔の物語の中で語られるような御伽噺ですからね。実際に勇者を名乗る者がいたという事自体が私の中では驚きだったんですよ」

俺は目の前にいるアルヴィンから発せられた言葉に思わず首をかしげてしまいそうになる。なぜなら俺が勇者と名乗ったのは一度も無かったはずなのだ。それなのに俺の目の前に現れたアルヴィンは勇者という単語を使った。俺の知る限り、目の前に居た少年はこの異世界では珍しい黒髪に黒眼であり勇者と呼ばれる特徴を持っていたのである。だからこそ俺は目の前に居る少年が勇者ではないだろうかと考え始めていた。だがそんな俺の気持ちとは裏腹に目の前の青年が勇者と名乗りだしたのだ。

そしてその発言内容に一番反応したのは目の前の美少女であるリリカであった。

(勇者の血を引いている者が現れてしまったってことか。勇者は魔王によって殺され、その血筋を引く子孫が現れた。つまり勇者の血を継ぐものがこの世界に現れてしまったってことだよな。勇者の子供というのなら確かに目の前に居るリリカに勇者の面影を感じる部分が多いから、彼女が勇者の娘である可能性が高いな。もしかしてあの女が言っていた言葉は勇者の息子のことだったのかもしれないな)

「あの、私は勇者とかそういう類の人間じゃないんですけど」

「そんなことはありません。あの時の貴女の一撃で確信しましたよ。その力は本物だという事が。そして私はあの場で貴女の事を思い出しました。勇者様と一緒に戦った仲間たちのことを。その中に貴方の顔に似た顔が三人いたのを思い出したのです」

「そうですか。俺の記憶力も衰えてきたから覚えてないけどね。でもまぁ、その仲間の中に俺に似てた人もきっと居たんでしょうね。でも残念ながら俺は違うと思いますよ。まぁその件は今はいいとしましょう。俺が今知りたい情報はそれではなく、勇者について聞きたかったんです。俺の知っている話とはかなり内容が違いますが、貴方が言っている勇者というのはおそらく【聖勇者】のことですよね?」

「いえ違います。勇者様のお名前は、【勇者王 レイ】様と仰います」

(なっ、勇者王?それだと完全に名前が一致しちゃうんだけど。あの女の話も一致するし。でも待てよ。勇者王は確か魔王軍の幹部を倒した後、その功績で勇者から聖剣を継承したという話じゃなかったかな。それを考慮すると目の前の人物の話はおかしいよな。まぁ勇者王の血縁者の可能性があるだろうから、一応は警戒を怠らないようにしておこう)

そんな事を思っていたのだが俺の思考を遮るように目の前の男性が俺の手を握ってきたのだった。それも両手を使ってしっかりと俺の手を包み込むような感じの握られ方をしたため俺は反射的に男性の腕を振りほどいていた。

(俺とこの人の間に何かあるわけでもないだろうに、いきなり何をしてくれているんだ)

そう思いながら目の前の男性の顔を見てみると、男性は涙を流し始めて嗚咽を上げながら感謝の言葉を伝えていたのである。その行動に俺だけでなく、俺の周りにいたアルヴィン達ですらドン引きしてしまうほどだった。だが俺が振り払ったことで目の前の男性は我を取り戻したようで申し訳なさそうな顔をして俺の事を見たのである。

それから少しの間は沈黙の時間が続いたのだがそれを耐え切れなかった俺は口を開いた。

「まぁそんなことよりもさ、とりあえず俺の仲間の所に案内してくれる?ここに来るまでに魔物に襲われている人たちを見かけたんだけどさ、もしかしたら俺が保護できるかも知れないからさ」

その言葉を聞き、アルヴィンたちは俺の発言の意図を理解すると急いで行動を起こしてくれたのである。だがそこで、目の前の少女だけが動き出すのが遅く、俺が助けに行くと言っても動かなかったのだ。そのため仕方なく俺は彼女を置いて先に進む事にしたのだった。だが彼女はその場を離れようしなかった。そこで俺は彼女の手を掴むと、強制的に俺の後ろに着いてくるように移動を開始したのである。そうしないと絶対に動かないだろうと考えたためだった。

(やっぱり勇者の関係者なのかどうか確かめてみる必要はあるよね。俺の仲間が危険な目に遭わされても嫌だし)

そう思った俺は先ほどの場所に戻ることにした。するとそこではちょうど俺の妹分のルナたちが戦闘を繰り広げている所であった。

俺がその光景を目撃してからしばらくすると、妹分の一人であるサーシャと俺の妻の一人であるリリィの姿を発見した。彼女たち二人は無事なようだがやはり疲労の色は隠し切れない様子だった。だから俺はすぐさま駆け寄って二人を抱き寄せてから声をかける。

「二人とも大丈夫?怪我とかはしていないかい?それに他のみんなはどこにいったんだい?さっきまで一緒に行動していたはずなんだけど、知らない間にバラバラになってしまったみたいなんだよ。とりあえず君たち二人が無事に生き残ってくれていてよかった。さすがにあの量の魔獣に狙われていたら大変だったと思うんだよ。でもさ、一体どうしてあんなことになったのか心当たりは無いかな?」

その質問に対して、最初にリリアが答えてくれる。

彼女は俺の妹分の中で最年長で大人びた女性だと思っている。見た目も美人だし、頭も良いので色々と頼ってしまうこともある。俺としてはいつも頼りにしたい存在の一人だ。彼女は自分の実力もかなり高く、魔法に関しては上級の魔法使い並みの力を有している。そして彼女のスキルは、【大賢人】という名前のユニークスキルであるらしく、賢者の称号に相応しい能力を扱えるのだ。

「それは私にも分からないんですけど、さっきの場所に居たときにいきなり大量のモンスターが襲いかかってきたんです。私たち以外の人たちは、すでに戦意を喪失してしまっていたために私とリリィさんでどうにか対応しようとしていたら突然、黒い炎に包まれると同時に消えていってしまったんですよ。そしてその直後で私も襲われてしまったのでリリィと一緒にここまで逃げてきました」

そう説明を終えた後にサーシャは自分の体に視線を落としていた。俺は慌ててサーシャの服を確認するが破けている部分は見当たらなかったので、どうやら無傷らしいことを理解してからホッとした表情をする。

(それにしてもいったい何が起きたんだ?この世界の法則では俺たちのような転移者が死ねば元の世界に還れるはずだから死ぬようなことはない。それにも関わらずどうして俺は死んだ扱いになっているんだろうか?それに妻たちと連絡が取れなくなったのが問題なんだ。俺はステータスを確認したからこそ分かるが俺はまだ死んでいないし、ちゃんと生き返ることができるはずなんだ。だけどそれができていない状況がまずあり得ないことだから確認するためにもこの場を離れたほうが良さそうだ)

そう結論付けたあと、俺はすぐにサーシャから距離を取ってリリスとリリアンに話しかけた。その言葉を聞いて、彼女たちはすぐに納得するとリリアを連れてこの場所から離れてくれたのだ。そして最後に俺はサーヤに声をかけようとしたのだが、リシアたちが俺に向かって攻撃しようとしてきたため一旦は断念せざるを得なかったのである。そしてそれと同時に俺に攻撃を仕掛けた張本人であるリシアたちが姿を現してリリアスはリシアを睨みつけ、リアリスとリリアンは不愉快そうな目つきでリリアスとリディアを見つめていた。そしてリリスもリリアン同様に不機嫌な様子を見せていたが、それはこの現状が自分たちには不利だと考えたためなのであろうと思いたい。ただこの状況に一番戸惑っていたのは俺であり困惑を隠すことが出来なかったのだ。

(これはどういうことなんだ?確かに俺は仲間とはぐれたと言ったけど、だからといっていきなり攻撃されるような事を言ったつもりはないぞ?)

その気持ちはリティアたちも抱いているようで、全員が困惑の感情に支配されていたのである。

そんな中、いち早く落ち着きを取り戻したのはリリアの師匠であり母親でもあるリーネであり、俺に近づいてくると優しく抱きしめてくれたのだ。その行動に思わず動揺してしまった俺は体をビクッとさせてしまう。そんな態度を見せてしまい、また彼女を不快にさせたのではないだろうかと不安になったのだ。だがしかしリーネの行動からは不快感を感じなかったため安心することが出来たのである。

(うん。俺の勘違いだったか。なんか急に抱きしめられてドキドキしちゃったよ)

そんなことを考えていたのだがそんな俺の心境に気がついていないのか、優しい笑みを浮かべながら話を続けていくリーネ。そして彼女は今の現状を説明し始める。

「あのねあなた、私はこの娘達の母親がこの世界の住人ではないことは聞いているの。それで貴方はこの娘たちと家族同然の関係なわけよね。だから貴方が本当に信頼されているのならばこんな事はしないと思うんだけど、もしかして貴方の知り合いの子たちだったりするのかしら?」

その言葉に俺は驚きを隠せなかった。なぜならリリアたちには俺が別の世界から来たということは秘密にしていて、そのことを知っているのは俺の妻だけしかいないからだ。

(もしかしてこいつらが異世界から来ているということがばれているのか!?いやまぁ別にばれること自体は問題がないんだけど、問題はこの世界での俺の設定についてだ。勇者の子孫が居るとなれば当然、魔王の存在にたどり着くだろう。そうなれば勇者の力が使える俺の存在が気づかれてもおかしくないよな。でもなんで今までそんな話をされなかったんだろう?俺が気付いてないだけなのかな)

俺はリディアに視線を向けると彼女は申し訳なさそうな顔をしていた。その顔を見た俺は確信を持つ。やはり何かが起きている。そのことがはっきりと分かった。そこで俺は何も言わずに少しの間考えることにしたのである。そうすれば何か分かるのではないかと思って。しかし結局、答えが見つからなかったため、とりあえず俺は彼女達が俺に攻撃をしてきた理由について尋ねることにした。すると意外なことに俺の疑問に答えてくれたのはリリアナであった。

「私がお父様に教えてもらった話だとですね、【勇者】がこの世に誕生する時は同時に三人の仲間も出現すると言われています。それなのにお母様の話だと【勇者】のお父様は今現在で既に五人もの妻がいます。なのでもしこの者たちの中にそのお母様の娘がいれば必然的にこの者達の中の誰かはお兄様の妻ということになると思ったのですよ。だから彼女たちは私たちに対して警戒していたのでしょう」

リリアナはそう言って俺の顔をじっと見つめてきた。俺は彼女が嘘偽りのない真実を語っていることが分かったので、特に気にすることなく彼女の頭を撫でながら微笑むと、それを見たリームが俺のことを親バカだと言っていたがあえて無視することにした。そしてそんな時、一人の少女が前に出てきてこう告げたのである。

「初めまして旦那さま、私はサーヤと言います。先ほどから私に対してリリアナの口調が変だからやめなさいと言ってきたのですが、どうしても直してくれなかったのがこの子です。この子の言っていることはほとんどが正しいと思います。なのでこの場ではどうか見逃して頂けないでしょうか」

そう言うと頭を下げてくる彼女。そして俺はリリアに確認を取るために目を合わせると、彼女は黙ってうなずいてくれたため、俺はサーヤという女の子が言ってきたことをそのまま受け入れてあげることにした。

(それにしても、俺がこの世界に転移してきたことで妻たちが全員集合するかもしれないって話は本当だったんだな。リリアたちのお母さんが生きているかどうかまでは知らなかったけど、俺の妻になるはずの人たちが全員揃っちゃったよ。まさか俺のハーレムの女たちって実はみんな元の世界から転移してきているんじゃないだろうな?それとも神様の力とかで偶然集まっただけなのだろうか?まあ今はそんなことよりもこれからのことを考えないとな)

俺はそんな事を考えつつリリアに目を向けたのだが、そこには俺に話しかける機会を見計らっているような仕草をしているサーヤの姿があった。俺は彼女に話しかけるために一歩前に出るとサーヤの目の前でしゃがみ込み話しかけることにする。

俺が目の前に来ると嬉しそうにしているサーヤ。

「ねぇ君は俺と会った事があるのかい?」

「えっ?いえ違いますよ。私はあなたとは今回初めて会いました。それにリリアナの言動を見る限りあなたは私たちのことを覚えているようではなかったです。ならどうして私にそのようなことを訊いてくるのですか?やはり私たちの顔を見てどこか見覚えがあるように感じたのですか?」

「いやごめん、君が何を言ったのか分からなくて。でもやっぱり俺の記憶は失われているのか。だから君の言葉の意味が理解出来なかったのか。それじゃあ改めて自己紹介しようか。俺はリヒト。よろしく頼むよサーシャ。それとリリアナ、リリアも久しぶりだね。君たちはリリアたちとは違って大人になったからすぐに君たちだと認識してもらえるかは怪しいけど、それでも俺は二人に会うことが出来てとても嬉しいと思っているんだよ。さっきの件に関してはもう大丈夫だよ。それよりも、俺はリリアスたちと一緒にここにいるサーヤと君の師匠さんを連れて安全な場所に避難しているリシアたちの元に案内したいと思う。リリアスたちもそれで良いかな?」

「はいっ。私は問題ありません。サーヤはどう?一緒に行く?嫌だって言われても連れて行くけどね。あと、お姉ちゃんのことも心配だけど、私はお母様がどこに居らっしゃるのかの方がもっと気になっているんです。だから早くその場所まで連れていってくれませんかね?もちろん私の手を取ってくれなければ一人で歩いて行きますからね」

俺がそんな風にお願いをするのだけど、なぜかサーシャは不機嫌になってしまった。そして何故か俺の手を握りたいみたいなことを言うのだ。

(どうして彼女は俺の手を握ったり握らなかったりして欲しいのだろうか?よくわからない子だな。でも可愛いし許しちゃおう。俺がそう決めたので彼女の願いを聞くことにした。ただ一つだけ言いたいのは、俺は別にロリコンじゃないから!そこは絶対に勘違いしないように。さて、そろそろ移動する準備をするか)

そんなことを考えていた俺の傍でリシアとサーシャが何やら話を始めていたのだが俺は特に気にすることも無くサーヤに腕を引っ張られてしまった。

俺はこの場にいる全員と挨拶を交わしたあとに、すぐに移動をすることになった。

まずは俺の妻たちを探さないといけないのだがその前にリシアたちと別れた際に彼女たちに何が起きたのかを確認する必要があると気がついた。だからそのことをサーヤと師匠の方に目を向けると俺は説明をしてくれるのかを尋ねると二人はしっかりとうなずいて返事をしてくれたのである。

そして俺に話しかけたサーヤはこう口にしたのだ。

「お兄様も薄々気がついては居るかもしれませんが私たちがいるこの場所はお父様が作った空間です。つまりここは現実ではなく、仮想空間と呼ばれる場所に存在しているのですよ。だからこの場所にいれば私たちに危害を加えることは誰にもできないというわけです。そしてここの管理者権限を持っているのがお父様なのでこの世界で何か起きた時にはお父様に頼ることが出来るということになります。ちなみにこの世界の名前は私たちが普段過ごしている現実の世界のことを指しているみたいです」

(うん。大体想像はついていたよ)

俺が予想していたことを口に出さずに黙っていたところ、俺の心情に気づいたのか苦笑いを浮かべるサーシャ。

「あらお兄様ったらもしかしてこの程度も気がついていたのですね。それならばもう少し反応があってもいいのではないでしょうか。普通はこういう状況だとかなり驚いているはずなのにも関わらずそんな素振りを一切みせないなんて、少しは驚いたフリぐらいしたらどうなんでしょうか。それだと少しは気持ち的に楽になりませんか?」

(なんだこいつは、なんで俺を責めるような口調で話しかけてくるんだ?俺って本当に何も知らない一般人なんんだけど?なんでこんなに偉そうな口調なのか理解出来ないんだけど)

俺は心の中で不満を抱きながら、それを声に出すことなく平静を装うと彼女の言葉を軽く流してしまう。

するとそこで彼女はため息をつくと俺のことを残念そうな表情をしながら眺めるとこんなことを口走った。

「はぁー、せっかく久しぶりにお兄様と会えたのにこの程度の会話しかしていないなんて私は悲しくなってきましたよ。でもお兄様は優しい人だから私に対してそんな対応をしたのでしょう。そんな態度をとったところで別に私は気にしませんよ。だって私は昔からあなたが本当は優しい人間だということを知っていますから」

俺はその言葉を聞いた時に思わずドキッとしてしまったのだが、俺の心の中ではそんな言葉よりも疑問に思うことが多すぎて、彼女が口にした言葉について深く考える余裕がなかった。しかし、そんな俺の様子を察してサーシャは続けてこんなことを話してきたのである。

「私がこうして貴方と二人で話をしているのには当然理由があります。その理由というのが今お兄様に話したことをきちんとお話ししておく必要があったのです。というのも、リリアナが言っていたように、私たち四人の中に生まれた子供は全員が【勇者】の仲間になる可能性がありました。なのでリリアナの母親である私と妹は生まれたばかりの頃にそれぞれ勇者の仲間たちとして選ばれる可能性が高いと思われる者たちと一緒に過ごすことになり、そしてそこでこの国の騎士たちから剣技を学び、さらには魔法も学びました」

そう話すサーヤ。そしてその話を聞いた瞬間になぜ俺に対してそこまで上から物を言うような発言をするのかという謎を解くことが出来たのであった。

(なるほどそういうことか。確かに【魔王】の娘である彼女なら、俺の事をお父様と呼ぶはずだよな。だからサーリアに対してそう呼ぶなと言ったのは、リリアたちに対して自分がこの世界で特別扱いを受ける存在であることを知らせるための手段だったってことなのだろうな。そしてその特別な存在であるリリアたちが、他の子供たちと比べて明らかに優秀すぎる能力を持っていた。だからこそリリアナは彼女たちがリリアたちに嫉妬される存在なのだと認識させることに成功したということだな。それにしてもやっぱりリリアナたちよりもこの子は賢いよな。この年でこれだけ頭が切れる子は初めて会ったかもしれない。この子はかなり凄いな)

俺は彼女が発した言葉を聞いて色々と納得することができたので内心で彼女に対する評価を上げつつ、それと同時にリシアとサーシャの関係が非常に気になっていた。

(リシアは一体どうやってサーシャと仲良くなったんだろうな?まさか、あのサーシアのお母さんと知り合いだったりしないよな?)

俺はそんなことを考えながらも、彼女に対してサーシャのことを任せても大丈夫だと思ったのでリリアナたちを連れて移動することにした。だがそんな俺の考えを彼女は見事に裏切ることになったのであった。俺と一緒にリリアたちの元へ向かうことになった彼女は俺の手を握ったままで、リリアたちの所へと向かうと言って聞かなかったのだ。

俺としても、サーヤに手を繋がれることは嫌では無いのだが、このまま一緒にリシアたちの所に連れて行くのはまずいと判断すると俺はすぐにサーヤを引き離すために話しかけようとした。

「ちょっと待ってくれサーヤ、俺はまだ君と話が終わっていないんだよ。だからリリアナたちのもとに向かわずに少し俺の話を聞けないか?」

「えぇ、構いませんよ。私は早くリリアナのところに向かいたいと思ってはいるんですが、どうしてもお兄様の話を聞きたいという私の気持ちを優先させてくださいね」

俺の言葉にあっさりと答えたサーシャ。そしてそんな彼女の返事に困惑していた俺にリリアナが小声で話しかけてきた。

「ねぇリヒト。あの子、私のこと嫌いみたいだけど何かやったのかしら?」

「あぁ、いや、それはわからないな。でもまぁ、俺たちもリリアナたちも無事だったことだしとりあえずリシアたちと合流をしてからだな。サーシャについてはリリアナが面倒を見てくれているから俺は先にリシアたちと合流することにしようかと思うんだけど、良いかな?」

俺がそんな提案をリリアナに問いかけてみると彼女は少し考えたあとに、コクリとうなずいたのである。

俺とリリアナはそのままリシアたちのもとに急いで向かうことにした。

ただ、サーヤの方は何故か俺の服を掴んで離れない状態で付いて来ようとしていた。

そんな彼女はまるで迷子にならなくてよかったねと言っているかのような顔を俺に向けているので俺は困ってしまったのだけどリシアがサーヤを諭してくれて無事に俺のそばから離れることに成功するのであった。

そしてそれからしばらく歩いた後ようやく俺はリリアたちのところにたどり着くことができたのだが、そこに居たのはなんとクロネだけだった。そしてそんなクロネは地面に膝をつくようにして頭を抱えていたのでそんな状態の彼女に近寄って行ったら、彼女はいきなり泣き出し始めたのである。

「えっ?どうしたのですか?何かあったのですか?誰かに襲われたのでしょうか?それともどこか具合が悪いのでしょうか?」

俺としてはそんな状態になって欲しくはなかったのだ。しかし実際に起こってしまうものは仕方が無い。そんなふうに考えていたからか俺はクロエの涙を流す姿を見てとても焦った気持ちになってしまったのだ。

そして俺は、クロアとクロネの身に何が起きたのかを知るため必死で二人のことを探した。

(くそっ、どうして二人が見当たらないんだ?二人の姿が見えればきっと近くにいるからどこに居るのかわかるんだけどな。どこに居るんだよ。二人は)

そんなことを考えていた俺だったが、ここでサーシャに腕を握られる。

俺は慌てて振り返ると、そこには笑顔を浮かべているサーシャがいたのだがなぜかその表情を見た瞬間に悪寒を感じた俺。しかもその顔には一切笑みがなく無に近い感情のなさを感じるほどの真顔をしているのだ。

(なんか怖い!なんで俺を見てそんな目をしているの?なんでそんなにも怒っているの!? 俺って何かしたのか?もしかて、俺はまたやらかしてしまったのか)

俺の心の叫びなど無視するかのように彼女はこう言った。

「お兄様はおバカですね。本当におバカですよ。だって私たちの居場所がわからないって言うなら私に聞けばいいじゃないですか?それにこんな状況になるまで私たちがどこに居るのかもわからなかったのに私に気が付くとかおかしいじゃないですか」

(うんうん。確かにそうだよね。だってクロナがこの場所まで連れてきてくれているはずなんだから、クロナなら場所を知っている可能性の方が高いよな。というか、それすらも思い浮かぶことができなかった自分に反省しないといけないんだけどな。というか、俺のことを睨むのをやめて欲しい。お願いしますからそんな冷たい目で見られると、怖くてしょうがないんだよ)

そんな感じで俺は恐怖心を抱くと同時に、サーシャが本気で怒っていることを理解してかなり動揺してしまっていた。そんな俺の様子を見るとサーシャが俺の耳元でこんなことをささやく。

「お兄様がこの世界でどんなことをしているか全て把握しています。もちろん私だけじゃありませんけど。ただ私とお姉さまの二人でお兄様の行動を見ていました。そのせいもあって、私はお兄様のことが好きすぎておかしくなりそうなんですよ。それなのに、なんでお兄様はお友達なんて作って楽しんでいるんですか?私はそれが悔しかったのです。そして私が一番好きなのはリシアちゃんではありません。リシアちゃんとリディア様と私、この三人だけでこの世界は十分です。だから、私はこの世界を守るためにリリアナちゃんたちを仲間に引き入れることを決めました。だからリリアナさんたちが私の仲間になることを拒否しなかったらお兄様も文句はないですよね?」

そんな言葉を囁かれた俺はゾッとした。サーヤから発せられた言葉に恐怖を覚えただけではなくて、彼女が本気だということを悟ったからである。だが同時にサーヤに対して感謝したいという想いもあった。なぜなら、俺はこの世界でリリアナと出会えたことで救われたのと一緒なのだから、そのお礼の意味も含めて俺は彼女を安心させるためにこう答えたのである。

「ありがとうサーシャ」

俺はそれだけを言ってサーシャの手を握る。

その時に見せた彼女の笑顔はとても可愛らしいものだったので少しホッとしたのである。

「お父様は相変わらず鈍感なお方でございますね」

「あら?私の娘も大概だと思いますけれど、あなたが私と同じ意見ということは珍しいわね」

「私はリシア様のことを認めているつもりですから。だからこそあんな男と付き合っていても何も思わないのです。でもリリアナさんのことは正直なところまだ許せないと思っています。お父様を悲しませておいて、さらにその悲しみの原因となった人物と結婚するとは考えられませんもの。ですがリシア様はお優しいのと妹に甘いところがあります。その辺りが救いではありますが。だからリリアナさんは私が引き取ります。私がリリアナさんの面倒は見ようと思っていましたので。それでお兄様とリリアナさんが幸せになれるのでしたら、私のことも受け入れてくださいね。お兄様」

俺はそんな彼女の言葉を聞いて苦笑いすることしかできなかった。そして俺はリシアたちに視線を向けると、彼女たちはすでに俺とリアナの会話を聞いていたらしく呆れたような表情をしていた。

そしてサーリアはリリアナの腕に抱きつきながら頬を膨らませていて非常にご機嫌斜めになっている様子であった。

リリアナはそのリリアナをなだめるようにしてリリアナはサーシャの方に近づいて行き何かを話し始めていた。その様子を見ていたリシアとリデアはそんな彼女たちを見ながら笑っていたので俺はそんな彼女たちに声を掛ける。

「リリアナはリリアナとして生きることを決めたんだよな?」

俺がリリアナに対して質問をした瞬間、彼女はすぐに返事をしてリリアナに抱きしめられていたサーシャは驚いたようにこちらに振り向いた。

俺はそんなサーシャの反応を確認する前にサーリアが嬉しそうに俺に飛びついて来たので俺はそれを受け止めてから、彼女に改めてリリアナのことを頼むと言って頭を下げた。そしてそれからリシアにリデア、クロナと順番に頭を撫でていった。クロナにはいつも通りに俺に抱きついてきていたので、そのまま俺は優しく抱きしめていたのだけどサーリアの嫉妬心を刺激させてしまったようでサーリアはそんなクロナを剥がすと俺にぎゅっと飛びついてきた。

ただそんなサーリアを俺は邪険に扱わなかった。それは彼女のことを受け入れたということを伝えるためである。そして俺は彼女のことがとても大切な存在に変わっていたことを感じながらも、俺のために戦ってくれていたことに感動しながら俺はサーリアとサーヤのことをしっかりと褒めてあげることにしたのだ。すると、そんな風にしていた俺たちの側に近寄って来てくれた人たちが居たので振り返るとそこにはニアたちの姿があった。

「やっと追いついたよ〜 ってなんか修羅場になってない?あれ? でもリクって女の子好きだっけ?」

そんな疑問を口にしたニアだったが俺は即座に否定した。すると、ニアの隣にいたリンから意外な事実を聞くことになる

「あのねあの時、みんな一緒にリク君の家に帰って来て寝ることになったんだけどそこでニアとクロエがリク君のことを独り占めしたから、それでちょっとした言い合いに発展しちゃったんだよ。ね、そうだよね。サーリア、サーヤ」

「ちょ、なんで言っちゃうのかな? リンは! まぁ、そうなんだけどさ。やっぱりクロエと二人だけで話をした方が良かったかもしれないって後悔しているのは事実かな」

俺がそんな話を聞き流しているとサーヤが少し怒った表情でリシアのところに歩いていくのが見える。

その表情が少し不穏だったのは俺だけではないようだ。

そして俺の横に来たクロネも同じようにそんな表情を見せていたので俺は少し不安になってしまった。

そしてサーシャはクロアを俺のそばまで連れてくるとその肩に手を置いたのだ。

(これは、なんか良くないことが起こるんじゃないか?)

そんなことを考えている俺を無視して話は進んでいくのである。

「私は認めてなんかいないんだからね。お兄様にはまだ私がいるんだからね」

「いえいえいえいやいやいや!それは無いですよ」

突然そんなやり取りが始まってしまい、俺は戸惑ってしまうがすぐに気を引き締めて何が起こっても良いようにしておいたのである。

(なんかやばそうだからとりあえず逃げるか)

そして、俺は逃げようとしたが俺の身体をリデアが掴んできた。そんなことをされて俺が固まってしまうとリディアがこう言う。

「逃がさないぞ? お主もここにいろ。そしてクロアを妾たちに渡すがよい」

その言葉に俺はさらに困惑してしまったが、ここでクロネがリディアの言葉を否定する。

「クロネもお姉様と同じ気持ちだよ。クロネのお兄ちゃんなんだから、クロネが貰うの! もう決めたの! だからリリアナにもリシアにもサーヤにもリーニャにも渡さない! だってお兄ちゃんはずっとリーニャたちの家族なんだもん!」

「リーニャちゃん。私もクローネの意見に賛成です。リリアナさんやリシアちゃんがどうとか関係なく私たちはずっと仲間ですよ。それにクロハちゃんやクロト君のことも心配です。私たちも行きましょう。きっとみんなもそう思っているはずです」

「うんうん。確かにそうだよね。リリアナもリシアもサーリアも私の妹みたいなものだから。リリアナだって、私の妹になるはずだった子なんだから、私が面倒を見てあげるべきなのよ。だって私がお世話するはずなのに、クロナに取られるとか意味わからないし」

その言葉にクロナは俺の服を握りしめて離れないようにしていたのだがクロナの手にそっと手をかぶせると彼女は微笑んでからサーシャの元に向かって行った。

「お兄様。私が必ずリリアナさんのことはなんとかしますから安心してください。絶対に守れるかわかりませんけど」

「大丈夫だ。ありがとう。俺もこの世界にきて出会った人たちは大切にしている。その俺が守りたいと思う人達をお前が守らないで誰を守るというんだよ」

俺とリシアのやりとりを聞いたニアが少し頬を赤らめながらぼーっとしている様子でリリアナに声をかけていた。

「リリアナ? あんた幸せになりなさいね。本当に幸せにならないと承知しないから」

「え?あ、はい」

そんな感じでリシアがリディアとリデアにクロトをお願いしたいと頼んでいたり、ニアがサーラたちとクロアについて相談したり、リディアとリデアがそれぞれクロナとサーヤとリリアナにこれからのことや今までのことを詳しく聞いていたりした。ちなみに俺の周りにはサーヤがべったりとくっついていてリデアはリシアにくっついておりサーヤがそんな二人を見てまた嫉妬心を燃やすの繰り返しで大変そうだった。

そしてそんな中、俺たちはようやく目的であった【始まりの街】に向かうための準備を始めたのであった。

準備を終えた俺たちは街の中を歩き始めた。

すると俺にくっついていたサーヤが少し離れたところで、とある店の方に目を向けているサーリアを発見した。

そして俺もそんな彼女と同じ方向を見ると同じようにリリアナも俺の腕を引っ張りながら視線を動かすとそこには武器屋があり、サーヤはその店の前で立ち止まっていたのであった。だがそれだけでは無かったので今度はリアナも立ち止まりながら俺の方を見つめていたので俺は不思議そうに首を傾げたのだ。そんな時にニアたちがこちらに近づいて来たのでサーリアのことを気にしながらも俺はサーリアに何か用事でもあるのかと尋ねると彼女がこんなことを言うのだ。

「私じゃありませんよ。お母様です。ほらそこにいますよね。あれはお父様の剣です。お父様とお母様が初めて二人で一緒に作った記念の剣なんです。私はこの剣が大好きなんですよ」

その言葉が発せられたと同時に俺はサーヤとサーリアに引っ張られて武器屋の前まで連れて行かれる。そんな俺たちの様子を周りの人たちが驚いて見ていたのだが、俺とサーリアが店内に入ったところでサーヤが俺の服を引っ張り出したのであった。

そしてそんなサーヤは俺とサーリアが作っているのを見守っていてくれたリシアたちにサーヤとサーリアのことを託すと俺の背中を押してくれたのであった。そして俺は店員のおじさんに勧められるままカウンターに行きそこでお金を支払ったのである。俺はそんな時、リシアたちの姿を確認することができなかった。なぜならその時すでに俺は店主との話に集中をしていたからだ。

俺はリリアナとクロナとサーリアのことをよろしく頼み、俺がいない間のことはすべて彼女たちがやってくれると言っていた。だから、俺は彼女たちのことは考えずに自分のことに集中しようと決める。そうしないと俺のことが心配になってしまうからである。そして俺はサーリアにその剣を見せてあげるために鞘付きの状態の刀を持って彼女の元に戻ったのであった。

それから俺の持っているその剣を見たサーリアはとても嬉しそうにその表情を笑顔に染めていたのである。俺はそんなサーリアの表情を見ながら、俺とサーリアが仲良くなったことを確認することができた。そんなサーリアの頭を撫でてやり、そしてそんな彼女のことをぎゅっと抱きしめたのである。俺は抱きしめたことでその温もりを感じて幸せな気分に浸ることができた。すると、俺とサーリアの様子を見たサーヤはなぜか俺の胸の中に飛び込んでくる。そして、俺はサーヤのことも抱き寄せて三人で抱きしめ合うととても幸せになれた。

(やっぱりこういうスキンシップも必要な気がするんだよな。だって、なんかこのまま放っておくと大変なことになりそうな予感がしたんだもん。だから俺は悪くないはずだ)

「ふむ。お主は相変わらずのようじゃのう。まさかここまでとは思いもせんかったがの。妾の見込んだとおりの男よ。さて、そろそろ本題に移るかの。とりあえずその剣を見せてもらえぬか? それとついでにそこの娘の剣を作ってやりたいんじゃが構わんかの?」

俺がリディアの言葉に反応しようとする前にサーヤのことが目に入りそちらに意識がいってしまう。そんな時、サーヤの悲鳴が聞こえてきたので慌ててサーヤの顔を見ると彼女はリディアの方に顔を近づけられておりその顔は真っ青になっていたのだ。

俺はすぐにサーヤのことを救出しようとしたが、それよりも先にリディアはリリアナを連れて行ってしまう。俺とクロナもその後を追っていったのでその場に残されたのはニアとサーシャだけだった。その二人が何やら楽しそうな表情を浮かべていたのは少し気になったが今は目の前で起ころうとしている騒動を止めることを最優先で行動を開始したのである。

リリアナとリリアナを連れ去ったリディアを追いかけていくと、そこは少し広い場所になっていて多くの武器防具が置かれており、俺はそんなリディアを見つけるとすぐに近づきリディアがサーヤに対してしようとしていたことを止めてあげたのだった。

(まぁリディアなら俺が来ていることには気づいていただろうけどね。というかさっきの俺が止めなかったとして、どうやって止めるつもりだったんだろう?)

そんな疑問を抱えつつも、サーシャたちは俺の後に続いてその場所にやってきた。そんな俺達の気配を感じたリディアだったが特に慌てる素振りを見せることはなかったのだ。むしろこの状況を楽しむかのように笑みを深めているようにも見えたのである。

そんなリディアを見て俺も笑いそうになってしまったのだが、それはすぐに辞めておくことにした。そして、すぐに俺とクロナでサーヤの剣とサーリヤの装備を整えることにし、俺はクロアに剣の作り方を教えたのだがそのやり方がまず間違っていたのでそこから教える必要があったのだ。なので俺とクロアが二人で作るのはリディアが持ってきたミスリルの塊を俺が『魔杖』で魔法を使って形を作り、それを元にサーリアにリディアの打った剣を持たせるということを繰り返した。そしてサーヤもクロナからリリアナと一緒に指導を受け、リリアナもサーヤと一緒の場所で作業を始めていったのであった。

俺とクロナがサーヤの指導をしている間に、リリアナの方はリデアが教えていた。

ちなみにクロトの方だが、サーヤの方はクロナが付きっきりで指導していたのだがクロトの方がクロネ一人に教えることができなくなっていた。そのため、クロトが一人で作業をするのは諦めることになりサーリアと共にサーヤたちの方を見学することに落ち着いたのである。

「クロトはいいのかい?こっちの方に来ても」「はい。お兄様。私もお姉様方の指導を受けてみたいのです。ですから、お兄様のお側でしっかりとお勉強させてください。私にはまだよく分からないことが多いですから。でも、いつか必ず私もお兄様の力になれるような立派な大人になりたいと思っております」

「そっか。クロネがそういうんであればそれで構わないよ。じゃあ頑張ってね」

俺がクロナに優しく語りかけるとクロナは俺にぎゅっと抱きついてきて嬉しそうに微笑んでいた。

クロネもクロナも俺のことを兄と慕ってくれているようで本当に嬉しいと思う。そして俺はリリアナが用意してくれたミスリルを魔法の武器に加工し、それをリリアナが打つことでリディアの武器を作ることができた。俺はその武器に銘を入れることができると言われたので、【黒龍王】という文字を入れようとしたのだけれど、サーヤが俺が打ち込むより自分で入れた方が気持ちが入るからというので任せることにしたのである。

そしてリディアは出来上がった武器を受け取ると感心しながらその武器を見つめ、そしてサーヤの方を向いてからニヤッと口角を上げて言ったのである。

「お主は才能はあるのう。これならば【黒天】を使うこともできるじゃろう。それにその武器もかなりの力を持っているからの。普通に戦うのなら十分通用するじゃろ」

「はい! 私、頑張りました。お母様ありがとうございます」

「妾は別にお主にお礼を言われるようなことはしておらん。それにしてもお主は面白い子じゃの。妾が与えた剣がもう自分の体の一部のように扱えているようじゃ」

そう言うとリディアはリリアナに剣を渡す。リリアナはそれを大事そうに持ちながらお礼を口にする。

「ありがとうございました」

リリアナが頭を下げるとリディアはそれに応えていた。そしてそんなリリアナの姿を見ながらサーリアの方を見る。そして、その剣の使い方を説明し始めたのだ。リディアが剣の説明を終えると、サーリアはすぐにリリアナの真似をして剣を構えてからその構えを解くという一連の動作を繰り返していた。そんなリリアナの姿を見ていたリディアは嬉しそうに目を細めていたのである。そしてリリアナが一通りの技を身につけると今度は剣の握りの部分を教えていた。

リディアが握る部分の形を指差しながら説明をすると、その部分を手に持った瞬間リシアは何かを思い出したのか驚いた顔をして自分の剣の柄を見ていた。

「お母様、これは私の剣と同じです。この握りは確か私が生まれた日に父様に貰ったものですよ」

「ほう。ということはこの握りの部分がこの剣の魔力伝達能力を上げる効果でもあるのかのう」

リディアが何かを考えるように呟きつつ顎に手を当てると、すぐにリシアは自分が知っている限りの知識でこの武器の性能を説明し始めてしまった。そしてそれがあまりにも専門的な知識であり、リディアも最初は理解することが出来なかったようであったが、リシアの話を聞いていくうちに段々とその表情は驚きの表情へと変化をしていたのである。

俺も途中から興味を持って聞いていたが、専門的すぎて全くと言って良いほど意味が分からなかった。そんなリディアの表情を見たサーリアが少し不安げにしていたので俺は安心させるべくサーリアをぎゅっと抱きしめたのだ。サーリアは嬉しそうに頬を染めながらも少し困った顔をしている。そんな時だった。突然リリアナの声が上がる。そしてそんな声と同時に剣を地面に置いていたリリアナが立ち上がったのだ。

「なっ、なんだ!?」

「おい! 今、空に亀裂が入ったぞ!!」

「何が起きたんだ?」

その光景を遠巻きに見ていた人たちからもそんな言葉が上がり始めると俺達の方に向かってくる足音が聞こえるようになったのである。

そしてそんな時、サーリアの悲鳴が辺りに響き渡るのだった。

俺とクロナは咄嵯の行動でサーヤのことを助けるためにサーヤの元へと駆け寄り、サーヤの体に刺さりかけている剣を見て俺はサーリアのことを庇いながらその場から距離を取る。俺達と入れ替わるようにして、リリアナたちが俺達が立っていた場所に駆け寄る。そんな俺達の前に現れたのは、俺達のことを見下すかのように見ている全身真っ白な甲冑に身を包んだ存在だった。

「貴様ら何をしている!! 早く離れろ。そいつはお前たちでは倒せない敵だ。ここは俺に任せておけ。そいつはこの国の騎士たちを何人も殺してきている化け物だからな。お前らにはどうしようもない相手だよ。さぁ俺が来たからにはもう安心だからな」

その男はかなり高そうな装備を身に付けているようであった。

俺がその人物に対して鑑定をかけるとその名前とステータスに驚くことになる。

「は? どういうことだ? こいつって【魔王騎士】のはずなのにどうしてこんなところにいるんだよ?」

その男が口にした言葉にクロナもサーヤもその顔色を悪くしてしまっていた。しかし俺は逆にワクワクした気分になる。だってこいつが本物の【魔剣士 ロード レベル200 人族】であるのは間違いないからだ。しかも、こいつはおそらくあの【神装剣聖ゼクトレア レベル310 獣人族】よりも強い存在である。そんな奴と戦ってみたくなって当然だろう。そんなことを思っている間にも、その男は俺に対して敵意を向けるような目をしながら、サーヤに向けているのとは比べ物ににならないくらいに鋭い視線をぶつけてきたのである。

「ふーん。確かに少しは骨がありそうだ。でもまぁ、この俺の相手にもならないかな? この国は俺のものにする。だからまずはその娘を殺し、次はそこの男を殺すことにするよ。俺の目的はそれだけだしね。というか俺に勝てると思っている時点で君たちはバカなのか? そんなに弱いんだったらとっととくたばれ。死に方は選ばせてやるからよ」

「お前、何言ってんだ? 俺たちはただの通りすがりの者だよ。別にあんたに危害を加えるつもりなんて一切ないんだけどな」

「は? ははは。何言っているんだこいつ」

俺は男の質問に対し事実を答えたというのに、なぜだが男はおかしそうに笑い出してしまった。

(え? なにこれ? なんか俺がおかしなこと言ったのか?)

俺は困惑しつつも俺の後ろにいるサーヤとサーリヤに話しかける。

「二人はここにいろ! あいつらのところに戻ればきっとまた攻撃されるかもしれないから。俺達はとりあえずここで隠れておくことにしよう。それに、あちらもサーヤのことを狙おうとしているわけじゃないみたいだから」

「はい」

「分かりました」

二人から返事を聞くとその男たちの様子を見つめることにした。

するとその男の隣にいた女が口を開く。その女の服装も、他の兵士たちと同様に銀色の鎧を身に付けているのだがその鎧に付いている宝石がかなり豪華なものであることは素人目にも分かるほどのものだった。そして腰に差しているレイピアと思われる剣も一目見て名剣であろうことが分かるほどに立派な作りになっていた。だがそんなことよりも俺はその女が気になってしまった。

その女の顔はサーリアに似ていたからである。

俺はクロナに確認するためにそちらに視線を向けてみると、俺の聞きたいことが分かったのか説明してくれた。


それはクロナの妹があの白い甲冑の男のそばに立っておりその後ろに付き従っている女性があの女だという。そしてそんな話を聞いていた俺は思わず声を上げてしまう。そして、それを見たクロナは、俺の肩を優しく叩くと微笑んでいたのだ。そして俺がサーヤのことを心配するあまり声をあげてしまったことを理解してくれたようでクロナも嬉しそうに笑っていたのである。俺は恥ずかしくなりながら、サーヤたちの方から視線を外すのだった。

(それにしても、やっぱりあれがサーリアの姉ちゃんってことで良いんだよな。まさかサーリアとそっくりの見た目になるとは。それに、俺と初めて出会った時にサーヤは俺が誰かに似ているとサーリアの名前を言っていたが、ひょっとして姉ちゃんと似ていたんじゃないのか?)

「ねぇ。あなたたち、本当に私たちと戦うつもりはないのかしら?」

「いやいや。さっきから何度も言っているけど俺たちは本当にたまたまここを通りかかっただけだから戦う理由がないんだよ」

「ふぅ~ん。そういうこと」

「というよりあんたの方がこの国に何か用事があったんじゃないのか?」

俺がそう尋ねると、その男はかなり嫌そうな表情を浮かべてから言った。

「私、別にこの国が欲しくて戦争をしようと思ってたわけではないのよね。私はただ、自分の領地を貰いたかっただけなの。それもなるべく大きな土地をね」

その言葉を聞き、俺は少し考えてみる。目の前にいる人物が俺の予想通りの人物であった場合、その考えはとても面白いものであった。

俺はそのことを確信したくて、少し試してみようと思ったのだ。そこで、サーヤの方に視線を向ける。そして俺の考えを理解してくれたのだろうか、すぐにサーリアをこちらに連れ出そうと動き始めた。サーリアが連れて行かれそうになっていることに気づいた二人の男女のうち、その少女の方に手を掴まれると、それを見たサーリアは怯えてしまった。

俺の想定通りならサーリアを攫おうとする行為そのものが無駄に終わるはずだ。

そう思っていたのだがなぜか俺の方に向かって歩いてくる。俺がサーヤを連れて逃げると思っていたがその少女の狙いは俺だったようである。そんなことを考えていたら、突然後ろの方から殺気が感じられた。

俺が振り向くと同時に俺に向かって剣が迫ってくるのが分かる。それを視認した瞬間俺は、その一撃を回避することに成功する。しかし、次の瞬間には俺は背中から斬られていたのだった。俺の着ていたローブとサーヤが着せてくれていた衣服とで防げはしたが、それでもかなりのダメージを負った俺はその場に膝を突いてしまう。そして俺の前にはサーリアにそっくりの少女の姿がある。

俺はすぐに立ち上がろうとしたのだが、俺の体を光が包み込んだことにより俺は動けなくなる。その光の効力は痛みを緩和するための回復魔法だと俺は気づく。その回復魔法のお陰かは分からないが傷はかなり治ったようだ。その証拠に体が軽くなっているのが分かったからだ。しかしその代償に今度は魔力がごっそり持っていかれてしまっていることに気づく。

そんな状態に陥ってしまった俺を見てサーニャさんと呼ばれていた女性は驚きの声を上げるとすぐに近寄ってきた。サーニャさんの瞳は先程までの落ち着いた雰囲気とは異なり明らかに怒りの色に染まっているように感じる。そして今にも襲いかかってくるのではないかと思わせるほどの形相だっである。

(これはヤバイかも!)

そう思いつつもなんとか立ち上がり、サーニャの攻撃に備えるべく身構える。しかし、そこに割り込んできた人物によって俺は守られることになった。そして、その間に俺はサーヤが無事にサーリアを連れ出したのを確認する。俺と入れ替わるようにして、サーリアはクロナの元に向かいその手を握ると二人でサーヤを守るように立っていた。そんな状況で、サーニャと呼ばれた女の子が俺のことを殺そうとしているのか剣を振り上げたが、突然その剣が止まる。俺の体に抱きついている人物を見てサーリアがその顔を恐怖で歪めながら小さな悲鳴を上げた。俺に抱きついた状態で離れようとはしないサーヤであったが、そのサーヤの顔を見て俺もようやくサーリャがなんのために剣を振り上げているのかを理解することができた。そのサーヤの顔を見て俺も少し怖くなったくらいだ。

そんな顔で見られても仕方がないだろうと思うくらいにサーリヤはその顔から涙を流し続けていた。それだけ、サーリアが自分の手で人を殺めたという事実にショックを受けているということだろう。俺は少し同情しながらもそんな状態の彼女に声をかけてあげた。

「サーニャちゃん、大丈夫だ。そいつを殺したとしても、君が罪に問われることなんて絶対にありえないから」

俺がそういうと彼女は涙に塗れた顔をあげてからサーニャのことを見つめる。そんな彼女のことを安心させるために俺はもう一度言うことにした。

「そいつはもう死んでいるんだよ。だから安心してくれ」

その言葉に安心したのかサーリャが泣き崩れてしまう。俺はそんな彼女を受け止める。そんなことをしていたせいなのか俺は自分がいつの間にかクロナの側に移動していたことに遅れながらも気づいたのである。俺はサーリヤのことを見つめながら心の中で謝るとサーニャという子を見つ続ける。するとその子は信じられないようなものを見るような目をして俺のことを見ていたのであった。

「あんた、本当に何者なの?」

サーリヤにとても似ているサーニアと呼ばれる女の子がそう尋ねてきた。それに対して俺はどう答えるべきかを考える。俺がこの世界で最強の男であることを説明するわけにもいかないだろう。それに俺の力について教えるつもりも全く無い。そもそもその力が本物なのかどうかを確かめる術など持ち合わせていないからな。ただ言えるとしたらこの国に対して俺が何の恨みも抱いておらず。むしろ、こんな風に敵対行動をとるなんて思ってはいなかった。つまりは単なる偶然の出来事だったと言うことだ。そしてその偶然が起こった理由はただ単にこの国に訪れることが久しぶりだったため、俺にとっての印象が強かったこの場所にたまたま訪れていたというだけである。

そしてたまたまその場所で、たまたま襲われたというだけなのだと説明すると納得してくれたのかそれ以上の追及をしてくることはなかった。だが、その代わりにというべきなのだろうか、そのサーニアという女の子がクロナに興味を抱いたらしく、ずっとクロナに話しかけていた。そんな様子の二人にサーリヤこと、サーリアが困惑している様子が見て取れる。

そして、クロナとサーリヤの関係性も確認しておくことにする。

(まず、二人の関係については俺の勘違いではなかったようだ。やっぱり二人は双子の姉妹なのか。しかし、なぜこの世界に転生することになったんだろう? やはり召喚されたサーリアと同じように神様のイタズラなのか? それに、どうして二人は双子なのにサーリアだけが前の世界の記憶を持っているんだろうか? それがすごく疑問だな。もしかすると二人は一緒に異世界から転移してきたわけじゃないってこともあるのかもしれないな。そのあたりも気になるところではあるけど、今はそこを追求する時ではないかもしれないな)

俺は少し迷った後にこの話題については一旦保留することにした。そして俺はそのあとにクロナとサーリヤに色々と聞いていくことにする。クロナはこの国の人間ではなさそうな雰囲気を醸し出しているのでおそらくこの国に立ち寄った旅人だと思う。

そんな彼女がこの国に何をするためにやって来たのかはわからない。クロナがサーリアと同じような能力の持ち主ならこの国でも有名になっていてもいいとは思うんだけど、そんな話は一切聞かないし、俺自身もそんな存在に出会ったことがなかったのでこの国にクロナみたいな人が滞在してたというのは少し驚きでもあった。

クロナは俺の質問に対し素直に応えてくれたので助かった。俺はクロナの話を聞くうちに、クロナのことを信用しても大丈夫だろうと思えるようになっていた。クロナも俺に敵意や警戒心を剥き出しにしてはいない。それは俺がクロナに危害を加えるつもりがないことが伝わったからだと思う。

俺はサーリアにもクロナとサーヤのことを簡単に説明してあげる。そして、その説明を聞いたサーリアが、俺とサーヤのことを交互に見つめてからクロナに尋ねる。

「ねぇ。その、サーヤちゃんっていう子のことはなんとなくわかったけど、そちらのお姉さんはいったい誰なの?」

「サーリアさんがそう聞く気持ちもよくわかります。だってサーリアさんがこの場にいるんですもんね。私もまさかこんなところであなたに会うことができるとは思っていませんでした」

「へっ!?︎ ちょっと、サーリアの姉ちゃんなの?」

「えっ! お姉さまなの!」

「う、うん。そうなのよ」

「じゃあ、私とお姉様は家族なんだ」

サーリアがそういうのを聞いてサーリャはとても嬉しそうな表情をしていた。そんな二人のやり取りを見て俺はとてもいい感じになっているんじゃないかと感じた。

そして俺は二人の関係がどういうものかについても尋ねた。そこで返ってきたのは意外なものだった。二人が元々住んでいた村というのが、ここから遠く離れた山奥にあって、そこから二人で王都を目指してやってきたらしいのだ。その話を聞けば、あの山道を馬車に乗って二人で歩いてくるなんて到底不可能だろうと思う。ということは二人は馬を使ったのだろうかと思った。それとも俺が想像できないような特殊な魔法を使っているのかと思った。それこそサーニャのような魔道士ならば可能な可能性もあるのかなと考えたりはしたが結局真相はわからなかった。だけど俺としては二人にはどこかしら運命的な繋がりのようなものを感じる。

サーリアから話を聞いた俺は、サーリャがサーリアと同じ立場であることをすぐに把握する。サーリアとサーリャは顔立ちは似ているものの、サーリアの髪色は白でサーリャは茶色の髪をしていてその違いがはっきりとしているからだ。サーリアの瞳の色は水色でサーリャの瞳は青みを帯びた灰色だった。

「サーリアさんが持っているその剣はサーリャさんに貰ったものですか?」俺はそんなことを考えているとサーリアさんの持つ剣がサーリャがサーリアに送った物ではないかと思い尋ねてみた。サーリアが腰につけている剣は明らかに業物のように見えたからだ。サーリヤが持っていても不自然なほどだと思った。そして、そんなことを考えている俺の言葉に対してサーリアはすぐにその問いに対して肯定してくれた。

サーリャにもらったものだと聞いたサーリアは剣に頬擦りをするかのような動きを見せている。それほど大事にしているということなんだろう。

「私は、サーリアさんに一つ聞きたいことがあります。答えてくれるのであれば、私があなたの力になってあげましょう」

俺は少し強めの口調を意識してサーリアに向かって言った。そしてそんな俺の言動に対して少し不思議そうな顔をしたサーリアが何かを問いかけようとした瞬間に俺はその口を閉じさせた。

(本当はあまり人の秘密に触れるのはよくないことだとは分かっている。でも今回は仕方がない。もし俺が予想していた通りであるならこれは彼女にとっては大きなメリットになるはずだ)

「サーリアさんのご両親はご健在でしょうか?」

サーリアの両親がすでに亡くなっているということを俺は知っているがあえてサーリアがどう思っているのかを確認したいと思い俺はそのように尋ねることにした。すると、サーリアは自分の両親が亡くなったという事を思い出したのか悲しげな顔をしながらサーリャの手を握っている。俺はその様子を見つめつつサーリャと目を合わせてから小さく頭を縦に振る。

「サーリャ、ごめんなさい」

「どうして謝るの?お姉ちゃんが悪いことをしてたわけじゃないのに。謝る必要はないのに」

そんなサーリャの発言を受けて、サーリアは悲しそうにしながらその言葉を口に出す。

「それでも、やっぱり私のことを責めてるんだと思うの」

「そんなことはないです」

サーーニャは力強く断言した。俺はそんなサーーニャの姿に感動を覚えてしまう。そんな姿を見たサーニアという女の子がとても羨ましいと思ってしまった。俺はそんな自分の思考を振り切るかのように話を進めることにする。

「そのことに関して詳しく話してくれるのは難しいかもしれませんが、もしかしたらそのことで悩んでいるのかもしれませんね。でもサーリャさんのいう通りそんなことを気にして謝る必要はありません。あなたはその件についてはもう忘れるべきなのです。あなたはサーヤという妹と一緒に新しい人生を歩むことを決めた。それで十分ではないのですか?」

俺はサーリヤが今どんな気持ちなのかを理解することができない。俺はサーリヤがサーリャの本当の親を殺したという罪の意識に今も苦しめられ続けているのかもしれないと考えている。だが、俺はそのことには一切触れないことにした。

「そうよね。ありがとう。サーリャのおかげですごく心が軽くなったわ。私はこれからもこの子と一緒に幸せになります」

俺の伝えたかった想いが届いたようで、サーリアの顔は晴れやかなものになっているように見える。その笑顔に俺の心に温かい気持ちが流れ込んで来るような気がしてしまうくらいだ。俺はその光景を目にしながら思わずサーリャに対してこう口に出してしまった。

「俺も君に幸せになってもらわないとな。サーヤとずっと一緒で、サーリアさんを安心させることが出来るような人生を送らないとダメだよ。俺もその方が嬉しいんだ。だって君はサーヤのお姉ちゃんになるわけだからね」

「えっ! は、はい。分かりました。お兄様にそこまで言われてしまったら、その約束を守れない訳にはいきません。頑張ります」

サーリアは照れくさそうな仕草を見せてそんな言葉を口にする。その姿を見て俺まで恥ずかしくなってしまう。

(こんな小さな子が頑張ってくれている。そんなのを見て、俺は何もしてあげられないなんて情けない。せめてこの子とサーヤだけでも助けてやりたい)

そんなことを考えるようになっていた。

俺達が王都に向けて出発してから約三日が経とうとしていた。俺達三人は道中の魔物の素材を売って手に入れた資金で、宿屋のベッドの上でぐっすりと睡眠をとっていた。その甲斐あって俺達は順調にこの道を進んでいたのだ。ただ、サーヤが疲れているようなので今日だけはゆっくりと休んでもらうことに決めた。そのあとに俺は王都に向かうための次の移動手段について考えていた。この先にある王都に行くための最後の町までは徒歩では辿り着くことはできない。その町に続く道の途中に存在する森の中には危険なモンスターが出現する。それを討伐することができなければ町への道のりは非常に危険なものになってしまうのである。

俺はそのことをクロナに伝えておくことにする。クロナならこの先の町の事情も把握していることだと思うしな。

クロナはこの辺り一帯のことに詳しいようだったので、この町のことを簡単に教えてもらうことができた。この国の首都の名前はこの国の名前をそのまま使ったもので、首都の名前から察することができるように国王が住む場所としてこの国で一番重要な場所と言えるだろう。王都と呼ばれているのもそのためなのだが、実際に住んでいる人間は国王とその家族しかいない。その他の人間たちは皆王都の外に住んでいるそうだ。

この王都は大陸の中心部に位置しており、周りを壁で囲まれていて王都の中心に位置する城を中心として王都の外側の方に城下町が広がっているのだ。ちなみに俺が目指している王都の一番外側に広がるエリアが、通称貧民街と呼ばれている場所で王都の外からの人間が主に住む区域になっているのだ。

そんな説明を受けた後に俺は王都で俺の身分を証明することのできるギルドカードを発行してもらう必要があるだろうと思った。それに関しては王都内の宿に泊まりさえすればなんとかなりそうな気はしているが念のためにしておくに越したことはないと俺は考えたのだ。それに俺は冒険者として稼いでお金に余裕ができたら、そのお金を使ってサーヤやクロナに服などを買ってあげたりもしたいと思っていた。俺はこの世界にきて最初に買ってもらった装備以外に持っている衣服は今のところほとんどないからだ。

それから数日が経っても、サーニャが俺の目の前に現れたりする気配はなかったので少し心配になっていた。あの時サーリアが言ったように、サーシャも一緒に来てしまっているのか、それとも俺の前に姿を現したりするつもりはないのか。どちらにしろ、サーシャが俺の前に現れて俺に何かを伝えるのが本来の目的だったのだと考えられるのでそのことは残念なことだと思えてしまう。

でもまぁそれは別にいいかと思い始めていた。今の俺の状況的に、サーシャが現れなかったとしても、それならそれでいいと思ったからである。今はサーヤのことも、サーリアのことも守ると決めている。そんな状況なのにサージャはサーリアが側にいれば大丈夫だと俺は思っていた。俺もサーニャのことを信じるようにしているので、サーリャを信じることにしようと思う。サーリャと出会ってから今まで、俺達の旅にトラブルがなかったということは、やはり彼女が特別な存在だったということになると思うのだ。俺はサーリャに会えて良かったと思っているし感謝をしている。

そんなことをサーニャとサーリアを見ながら考えている。サーーニャはとても元気よく、いつものように動き回っていた。俺はサーリャのその様子を見ると微笑ましいと思う。サーリャはとても可愛いらしい女の子だ。俺はそう感じていたのだった。

「サーリアさん。あなたの武器は少し扱いずらいと思うのですが何か理由があるのですか?」

俺は今から少し時間が経過した時に、サーリアさんに対してそう質問をした。サーリアの使っている剣は業物のように見えるのだが、サーリアはあまりうまく使いこなせてないようなので、少し不思議に思って聞いた。すると彼女は、自分の持つ剣について話してくれた。

その剣は元々、自分が持っていた物ではなかったようだ。彼女の両親がその村を出て行く際に彼女に託した剣だということであった。剣を受け取った後すぐに旅に出たサーリアにとって、剣の正しい持ち方なども全く知らないままその剣を使い続けてきたということであった。

「そんな経緯があったのですね。私はそのことを知っている人がその村にはいなかったということが信じられません」

俺はサーリアの言葉に衝撃を受けてしまい思わずそんなことを口走ってしまった。なぜならその情報は俺も知っていなかったことだし、そもそもその情報をサーヤに教える人はいないはずだと考えていたからであった。

「はい。私も最初はどうして誰も何も言ってくれないの? と思っていましたが最近になってようやく分かったことがあるんです。きっと私が両親の仇の子供だということを知って、そのせいなんだと思い始めたんです。それで私も両親が亡くなった後は自分の家族以外の人達とは話したことがないのだと思いました。だから両親を亡くした私がどうなったのかを知らない人もいて、その人たちからしたら、私のことなどどうでもよかったのだと考えられます」

「そんなことあるはずないと思います。サーリアさんはその両親と血の繋がりがないのに実の親同然に育てられたのでしょう? そんな大事な人をないがしろにする人なんていないです」

サーリアのその考えを聞いた俺はその言葉を即座に否定することにした。そんなことをして、その子を大切に育ててくれたサーリアの家族を馬鹿にするような発言をしたような気がして俺は罪悪感のようなものを感じてしまう。だがそれでも、俺がサーリアの両親が彼女をないがしろにしていたということはないと確信していたのでサーリアの考えを否定しなければならなかった。そんなことになれば俺はその村の人間のことを軽蔑していたに違いないのだから。

「ありがとうございます」

「その気持ちだけで私は嬉しいわ」

サーリアは笑顔になって俺に礼を告げてくるが、サーリアの顔はなぜか曇ったままだった。そしてこう口に出した。

「お兄様が優しい人で私は嬉しいです」

そのサーリャの言葉はどこか冷たく感じるものだったが俺は気にしないことにした。俺はサーリアのことが心配でならないのだ。その表情からは何か暗い感情を感じる。それが俺の気の所為なのかは分からない。だが俺に出来ることは一つしかないのだ。それはサーヤを絶対に守ることだけだ。サーヤがこの世界にやって来た理由がなんなのかは俺には分かっていない。だけど俺とサーヤはこうして出会い運命の糸が結ばれたのかもしれない。俺とサーヤが出会わなかったら、俺はここに存在しない。そんなことを考えればサーヤは俺の命の恩人である。そんな彼女を守ることは俺自身の命の恩人に報いることになる。俺はこの子の力になりたかったのだ。

俺がそう考えるのもおかしなことなのかもしれない。この世界に来てからの俺の行動を考えるとこの子は俺とサーヤをこの世界に転移させてきた存在で、サーヤと俺は偶然この世界に迷い込んでしまった存在。俺はこの子から見ればこの世界の部外者なのだろう。

俺はこの子に好かれるような人間じゃないのかもしれない。俺はこの子にとっては敵であり、この子を救ってくれた存在ではないのだ。俺には何もできないのかもしれない。俺はそう思いつつもサーヤにこう声をかけるのだった。

「君とサーヤは必ず俺が守り抜くからな」

「お兄ちゃんありがとう」

「サーヤ、サーリアさんもサーヤのことを助けてくれるよな」

「はい。もちろんです」

サーニャが明るい笑顔で答えてくれた。サーリアの方を見ると、笑顔になっている。

サーリアはおそらく俺のことを好意を持ってくれている。それは俺にはわかっているが、俺が彼女の気持ちに応えることはできない。サーリアと結ばれるのは俺ではなくサーヤだ。この二人を引き裂くことは誰にも出来ない。

サーリヤがなぜこの世界で生きることを決めたのか俺には知るよしもない。俺にできることといえば、二人のことを守り抜いて少しでも幸せにしてあげたいという気持ちだけである。俺はこれからもこの子達のために生きていきたいと思っている。この二人がこの世界を楽しめるようになるまで、俺は彼女たちの味方でいたかった。

王都の手前の町であるリゼルの町に到着するまであと二日といったところだ。俺はこの先の町にたどり着くまでの道中で出現する可能性のあるモンスターのことを調べておきたいと思った。王都に向かうためにはどうしても倒しておかなければならないモンスターが存在しているのである。

王都に続く最後の町へ向かう途中に存在する森に出現するモンスターは三種類である。

その森の中に存在するモンスターの名前は「ジャイアントスパイダー」「スノウベア」「アイスラウルフ」の三つである。この森の浅い部分にはこれらの魔物が出現するが、深い場所にはもっと危険なモンスターが生息しているのだ。

この王都に向かうために存在する三つのルートの中で一番危険なのはジャイアントスパイダーがいる場所に向かう道である。その道のりに存在する山を越えなくてはならないのだ。しかもそこには、山の中に生息する強力なボスが存在するらしいのだ。それを倒すことができなければ、この道を通り王都に行くことは不可能なのだ。ちなみに王都にたどり着くために必要なもう一つの方法は険しい道を通る必要があるため時間がかかるのだ。

ただ、俺たちは冒険者であるからそんなことを気にする必要はないのだ。レベルが高いので大抵のことはなんとかなると思う。まぁ最悪サーニャだけでも助けることが出来たらいいかと思っていたりするのだが。

そんな風に俺が一人で悩んでいると、クロナに声をかけられた。どうやら少し疲れが出てきたようだった。確かにサーリアもクロナもずっと歩いているんだもんな。休憩が必要なようだ。それにクロナもサーニャの面倒を見るために結構無理をしていたんじゃないかと俺は思っていた。クロナはかなりタフなので気づかなかったがかなり疲労しているように思える。まぁ俺もクロナと同じぐらいのペースで歩いていたわけだし、俺の方が先に限界が来ると思ったんだけどな。意外にもクロナの方が先に来ていた。

そこで俺達は昼食を食べた後、休憩をすることに決めたのであった。食事を終えた後俺はサーヤの膝枕で寝てしまった。その時に俺はふと思ったことがある。サーヤは本当に不思議な女の子だなということを。この子と出会えてなかったら、俺は今も元の世界にいた時の自分を保っていたのかなとか考えてしまって。そんなことはありえないはずなのにそんな想像をしてしまった自分に苦笑してしまう。俺はこの子が好きなのだと改めて思う。そんな気持ちにさせられてしまうのは、サーシャに似た顔つきをしているが、サーヤはどちらかというとその内面から滲み出ている魅力で多くの人から愛される存在だと思うからであろう。サーヤはサーリアと似ているところもあるけれどやはりサーリアとはどこか違う部分があった。だから、そんな彼女を見ているととても可愛いと思う。

「サーヤ。そろそろ行かないとまずいな」

俺は目を開けながらそう告げた。そして俺はゆっくりと立ち上がった。俺が立ち上がろうとすると、それを止めたのは俺を膝の上で眠らせていたサーヤであった。

俺は一瞬、何が起きたのか理解できなかったが、今の状況を見てなんとなくだがわかった。これは多分甘えられているのだ。だから俺はそのままの状態でいることにしたのである。そんな時であった。

「お兄ちゃんに抱っこして欲しいです」

そんな言葉を告げられる。正直な話。今の俺の状態はあまり良いものではないのだ。しかしサーヤにここまでお願いされてしまうと断ることが出来ない俺は素直に要望を受け入れることにした。するとサーヤが俺を抱きしめてきた。俺はそんなサーヤに手を回して抱き寄せることにしたのだ。俺はこの時ばかりは自分の見た目について少し感謝したくなった。俺に子供がいないこともあって子供が好きだということは秘密にしているが実はそうなのである。自分の子供を欲しくても手に入れることができなかった過去があるので自分の娘ができたみたいでついそんな行動をしたくなってしまったのかもしれない。俺は自分の胸の中に収まっているサーヤを見る度に、自分の子供がいたならこんな風に接してくれてるのだろうかと考えてしまうのであった。

俺はその後、サニアと一緒にリゼとシアを起こしに行った。二人はまだ眠っているようだったので俺は二人を起こさないようにサーヤを抱えて部屋を出ることにする。サーヤは起きていたようで俺の顔を見つめてから「ありがとう」という言葉を告げてくる。俺は微笑むサーヤの顔をしばらく眺めてしまっていた。俺の顔を見ながらサーヤが頬を赤く染めていることに気が付いた。俺がそんなサーヤに見惚れていると、サーヤが「あのね」と話し出した。

「お兄ちゃん。大好き」

そんな言葉を言われたのである。俺はサーヤを抱きかかえた状態で固まってしまった。この子はどうしていきなり俺をドキドキさせるような言葉を言ってくるんだろうかと俺は思ってしまう。ただその言葉を聞いた瞬間俺は嬉しさを感じていた。サーヤに好意を持たれているのは分かっていたけどその言葉でそれが確かなものになる気がしたのだ。俺にはまだ恋をした経験なんてない。だからこの気持ちをどのように表現すればいいのかがわからないが。

俺が何も返事が出来ないでいると、サーヤは「ごめんなさい」と言ってきた。

「お兄ちゃんはサーヤの事を好きじゃないのに。迷惑だよ。もう二度とあんなこと言わないから安心して」

俺はその言葉を聞いた時にサーヤの頭を優しく撫でてやった。

俺は自分が今まで誰かに嫌われないように行動していたことを振り返ってみると。この子のように気持ちを伝えてくれたことなんてあったかと思い出すが、俺はその答えを見つけることはできなかった。ただ、この子だけは俺のそばで守ろうと心に誓うことができたのだ。

俺はその日の夜に王都での冒険者活動についてサーリアに説明していた。サーリアが王都で活動するためには身分を証明するものを所持する必要があるのである。俺達がこれから行く場所は王都での冒険者ギルドの支部なのだ。そこで、王都で活動するために冒険者登録をして、ランクを上げておいた方がいいと考えたからである。

王都のギルドには【聖女】のクロナがいるはずだから、俺とクロナはギルドの支部がある町でクロナと会うことが出来る。クロナには王都の状況をいろいろと聞いておきたいのである。王都の情勢を少しでも把握したいと考えていたのだ。クロナと会えるかどうかは分からないが、会えない可能性もある。その時のために、王都での滞在時間が長くなる可能性がある以上は準備をしっかりとやっておきたいと思ったのである。

俺はサーリヤに俺の考えを伝えたのである。その話を黙ったままで聞いていたサーリヤは俺の提案を聞いてから、サーリヤとサーリアが俺の提案した方法に賛成してくれたのであった。サーリヤはサーリアと離れたくないのだろう。俺としてもサーリヤの意見を尊重することは賛成である。サーリヤが王都で安全に生活できるまではサーリアがサーリヤを守ってくれるはずであるから、俺はその間に出来る限りのことをサーヤに教えるつもりでいる。王都での生活もサーリアと一緒ならば、楽しい日々が過ごせるだろうと思っている。

王都までの道中のことを考えて俺はサーヤに提案することにした。この森を抜けてからサーヤとサーリアには俺が作り出した空間に入ってもらおうと思ったのだ。その理由は二つあって一つがこの森には魔物がいるということが挙げられます。この森はレベルの高い魔物が多い。それは、この森に生息している魔物が強力なボス級の強さを誇る魔物が多数存在するからだ。ボス級の魔物がいる森を通過するのはかなり危険なのだ。しかもこの道を通っていく人間はほとんどいないのでこの道を通っている最中に襲われてしまう可能性が非常に高い。だからこそこの森の中を通るよりももっと安全な道を通った方が無難だと考えたのだ。もう一つはこの道を使って森を通過していくより早く王都に到着することができるということである。森の浅い部分には強い魔物はいないので、森の深いところまで入っていかなければ問題なく王都に到着することができる。

森の中の魔物と戦うことになれば俺は絶対にサニアを連れていきたかったのでサーヤ達にお願いしたのだが、サニアが頑なに嫌だというので仕方なくサーヤだけを連れて行くことに決めました。まぁサニアがいなくてもサーニャがいるんだけどな。この三人の中で戦闘ができないサーニャを一人で置いておくことはどうしても心配だったのだ。しかしサニアを無理に連れていこうとするとサニアは泣いてしまう。この子は意外にも寂しがり屋さんなので一人でこの森の中で留守番をさせておくことができないのだ。

そんな風にサーヤに説明してから、サーヤとサーリアを俺が作り上げた空間の中に入るように指示する。サーヤとサーリアは不思議そうな顔をしながら空間の中に入ったので、俺もそれに続いて中に入ろうとしたのだが俺はふとある考えに行きついて足を止めてしまう。

俺はクロナ達に連絡するかどうか悩んでいたのであった。この連絡をすることによって何か不利益が生じるのではないかということを考えたらなかなか決断ができなかったのである。でもまぁ別に急ぐ必要もないと思うのとサーシャは王都に向かうことを反対しなかったから大丈夫だと自分に言い聞かせる。まぁサーシャの方はクロナに会えなくなるのが辛いだけだから俺の判断に従うといった形になっているわけだけどな。

ただ俺はそんな判断を下した後に、ある疑問を抱いたのだ。それはどうしてこんなにもサーヤを気にかけるようになったのだろうかと。俺は確かにクロナに似ているから気にかけていたのも確かだ。ただサーヤの場合はそれだけではないと思うのだ。ただサーヤと会話を交わしてからサーヤに対して愛着がわいたという感じもする。だからこの感情の正体が何なのか俺自身わからなかったのだ。そんな風に俺はサーヤと過ごしている中でサーヤに惹かれていったのだと思う。俺はサーヤをずっと抱きしめている時にふと思ってしまったのだ。サーヤに告白してもいいかなとか思ってしまってさ。サーヤも俺の事が好きでいてくれるかもしれないから、このままサーヤを俺の物にしてしまいたいという気持ちも湧き上がってくる。俺はそんな邪な思いに駆られてしまった自分に嫌悪を抱いてしまい、頭を振って自分の思考を切り替えようとする。だが一度生まれてしまった気持ちは消えることはなく。俺は悶々としながらサーヤに抱きつかれているのであった。俺はサーヤに自分の欲望をぶつけてしまったらこの関係は終わってしまうだろうと予感したのであった。

「よし。とりあえずこれで全部か」

俺達は王都の近くの村に向かって移動している途中で、俺はアイテムボックスに入っている食料を取り出した。そしてそれを持って王都へと出発したのだ。

サーヤに「サーニャに食べさせたいものがあるから少しだけ時間をもらっていいかい?」と聞いた後、サーヤに確認をとるとすぐにサーヤが笑顔で了承したのでサーヤにサーヤの妹であるサーニャの様子を見てきてもらった。俺はその間にサリアに料理を作ってあげることにする。俺がそんな風に調理をしているとサーヤとサーリアが戻って来たので俺はサーヤとサーリアをテーブルの前に座らせて食事を振る舞った。

俺の作ったシチューを食べながら二人は嬉しそうに「おいしいです!」という言葉を繰り返し言っていたのだ。俺はその言葉を聞きながらサーヤの笑顔を見ると心が温かくなって幸せな気持ちになるのを感じるのであった。俺が食事をしている二人を見つめていると、サーヤが照れたような表情を見せて顔を俯かせると、「見すぎだよ」と言ってきたのである。俺は自分の行動を思い返していたのである。

「そ、そんなことはないですよ。サーヤが可愛くてついみていたんです。」

俺は自分の発言が嘘くさいと思いながらも正直な気持ちを告げてしまったのである。するとサーヤは顔を真っ赤に染め上げて固まってしまっていた。そんなサーヤの態度に俺は可愛いという感情をさらに強くしたのだった。俺はしばらく固まったまま動かないサーヤを眺めていたのである。俺はそんな幸せの余韻に浸っていると、サーニャに話しかけられたのである。

サーニャの言葉を聞くと、サーヤがこの旅の間、サリアがお姉ちゃんなんだよって教えてあげてほしいと頼まれた。その言葉を聞いた俺はその頼みごとを引き受けたのである。俺はその後、王都での生活についていろいろと説明し始めた。サーヤは聞きたがったことは何でも質問してくれてその度に俺の回答に興味津々といった感じの瞳を輝かせて俺のことを見てくるので俺はそんな仕草をするたびに心臓が跳ね上がるのを感じながら必死になって平静を装いながら説明を続けた。ただサーリャのことが気がかりになり、俺はその説明の合間にサーリヤの様子をチラチラ見ていたが、彼女は真剣に話を聞いてくれていたのでホッとしたのであった。俺はそんな状況に困惑しながらも説明を終えた。俺の説明が終わったところで俺はサーリアに質問を投げかける。サーリアは俺の話に興味を示して熱心に話を聞いていたが、途中からサーリアの目がトロンとしてきて眠たそうにしていたのだ。

俺はその姿を見てから俺はサリアとサーヤを連れて王都に向かったのである。それからしばらくしてから、俺は王都の入り口に到着した。王都に近づくにつれて俺が王都に向かっていた時に、クロナとミルが乗せてくれなかった時のことをふと思い出したのだ。あの時は結局俺とクロナがこの国の王様のところにまで会いに行く羽目になったんだっけ。俺は懐かしいなと感慨深くなっていたのである。クロナとはあのあと王都のダンジョンで会えるだろうしそこまで焦ることもなかった。それにこの世界の魔王と魔族は別の存在みたいだしな。まぁクロナとサーナを一緒に連れて行くことでまた新たな問題が起こらないとも限らないけど、そこは何とかしてみせるしかないだろうな。

俺は王都に入る手続きを終える。俺は冒険者カードを身分証明に使えるのかという心配をしていたのであったが、問題はなかった。むしろ身分証を見せろと言われた。俺は内心ではかなりドキドキしながら身分証明書を出したのだ。身分証を見た兵士の人が驚いているようであった。

「この方達はいったいどこから来たのですが!?」そんな言葉を発してから慌てて口を手で抑えた。王都の中に入れてはいけない人を連れて来てしまっているのではないかと疑ったようだ。俺達が王都に入るのは、そんなに大げさに受け止められるような事なのかと思ったりしたが、この王都に滞在する期間は限られているし、あまり騒ぎにならない方が何かとやりやすいから丁度よかったと俺は思うのである。

王都に入るのは簡単にできそうだと分かったから、俺は安心した。この王都内にいる人間でサーヤ達を知っている人間は皆無のはずだから俺がサーヤを連れていることに違和感を覚える人は殆どいないはず。だから大丈夫だと判断した。俺はまずは宿を確保しようと考えていて、この辺りにいい宿屋があるか尋ねるとこの近くには一軒しかありませんよと兵士が教えてくれた。俺はそこでお願いして王都での滞在場所にそこを選ぶ。そして俺たちはその足でクロナが滞在する屋敷まで向かって行くことにした。クロナがいるのならば問題はないからな。ただ、王都の屋敷にサリアを連れて行くことはクロナも反対しないと思っていた。

俺はサリアを連れて歩くのには問題があると思ってサーリアにはクロナと一緒にいてもらった方が良いかなと俺は思っていたのだが、意外にもサーヤがついて行きたいと言ったのだ。なので仕方なく俺はサーヤを王都の屋敷に連れていくことにしたのである。俺はサーヤを危険な目にはあわせたくないと思っているのだが、どうしてもこの子を一人にするのも嫌だと感じてしまうんだよ。この子は誰かが必ず側にいないといけないと思うのだ。

俺はそう思ってサーリアの手を引いていたのだが、サーヤはニコニコ顔で俺の後に続いて歩いていたのであった。俺としては嬉しい限りである。ただそんな風に嬉しさを隠せないサーヤの顔を見て、王城から出てくる人達が不思議そうな視線をサーヤに送ってきていることに気づいていなかったのであった。俺達とすれ違う人たちがなぜか振り返ったり立ち止まって俺達を見てきたりする。サーヤがあまりにも可愛すぎてみんな注目しているのか?とか思ったりもしたが、そういうことではなかったのだ。

「おい、あれ【黒姫】じゃないか?」そんな声が聞こえたので俺がそちらに目を向けるとそこには全身に銀色の鎧を纏った女性の姿が見えたのである。しかもそれは俺の記憶にある人物と同じ容姿なのだ。

そう。彼女は俺の元の世界でクラスメイトの一人だったのだ。彼女はクラスの中では結構な美少女に分類される女の子でいつも男子の憧れの的になっていた子だ。俺は彼女がなぜこんな所を歩いているのだろうかと疑問に感じたのだ。そんな俺の様子に気づいたサーヤが小声で俺に声をかける。

「知り合いの方ですか?」サーヤがそんな風に尋ねて来たのだ。サーヤはこの子が俺の元の世界にいた時の知人だということを知らないのだ。俺はこの世界に転移する際に前の記憶を失っている。だから今のこの状態が本来の俺であるとこの世界の住人なら誰もが思っているわけだ。そんな俺が異世界から召喚された元勇者だとは誰も思いもしないだろう。だからこそこの子の事をこの世界の俺の知り合いだと思われるような発言をすると色々とややこしいことになるので、俺は彼女の事はスルーしてその場から急いで離れることにした。サーヤは突然俺が早歩きし始めたので戸惑っていた。俺は後ろをチラッと振り向くと、俺の事を追い掛けようとしている銀髪の女性の姿を視認した。俺はその姿を視認した後、すぐに俺は走り出してサーヤを背中に乗せると一気に空へと舞い上がったのである。サーヤは何が起きたか理解できない様子だったけど、空を飛んでいるという現実を直視した瞬間に俺にしがみついてきて「うひゃー!飛んでますぅ~!」と驚きの声を上げていた。俺はサーヤが俺の腰に手を回していたので、落ちないように注意しながらそのままサーヤの実家に向かって移動したのである。

俺達は王城の敷地内に入るとすぐに着陸して、そこから徒歩でサーシャの家へと向かったのだ。サーリヤが俺に抱きついたまま「凄いよ」などと呟いている姿を見ていると俺はなんだが心が温かくなって幸せな気分になったのである。俺はサーヤとサーリアを連れてサーリヤの家に急いだ。俺はサーリアを早く元気にしたい一身だったのでサーリャが住んでいる場所に向かうまでに何度も「大丈夫かい?」と聞いたのであった。ただそんなにサーヤが気になるのならばもっと早くサーリアを治療院に行かせれば良かったんじゃないかとも思ったけど、俺はサーヤを自分の家に招き入れたかったからサーニャを連れて行くこともできなかったのである。それに、サリアの事が心配だったという理由もあったからな。

俺達はサーリヤの家に到着すると玄関から家に入った。俺はサリヤを椅子に座らせるとすぐに魔法を発動させることにする。この魔法の威力を試したくなってきて我慢できなくなったからだ。サーヤがこの部屋に来る前に俺はこの家の構造を確認していたのだ。俺の魔力探知によると、ここには今現在俺達以外の人間はいないということがわかっている。

「さてと、サーヤは部屋の外で待っていてくれるか?」

俺はサーヤの頭を優しく撫でながらお願いをした。サーヤは顔を真っ赤にしてコクりと頭を動かして素直に部屋から出て行ったのである。俺の行動の意味がわからないので困惑しながらも俺の言葉に従ったようだ。まぁ普通ならサーヤの反応の方が正しい反応なんだが、やはり俺に対して警戒感というものがないんだろうな。そんな事を思いながら俺はこの家を丸ごと治療することを選択したのであった。

サーヤを治療するにあたって問題になってくるのはサーリヤの状態について説明ができないということだった。まぁサーヤを治すのだから問題ないかもしれないけど、それでも心配になってしまう。それに俺はこれからやる魔法に失敗する可能性があることを考えたら、他の方法を模索するのもありだと思い始めていたのである。だがこの魔法を使う事に決めた。だってサーヤの体から流れ出ている血はもう致死量に達してしまっている。それを回復するためにもこの魔法の効果が必要なのだ。それに、俺は今まで何度か同じような状況の人達を回復させてきた経験がある。今回もその経験則でいけばなんとかなるだろうと思っていたので、俺は早速この屋敷全体を回復する為に治癒系魔法の発動に取り掛かることにしたのであった。

俺は両手に持っている杖を使って、この家が覆われている魔力結界の範囲を指定するためにその範囲を脳内にイメージしていく。そして、その想像が終わると俺は即座にその範囲内の魔力を集め始める。サーヤから流れ出る血を媒介にしてその血の成分に込められている魔力を集めると俺はこの空間内にある全ての物質に含まれている生命エネルギーである魔力に働きかけた。この屋敷の中にいる全ての生物をこの屋敷の中にあるあらゆる物を活性化させなければならないのだ。俺がそんなことをしていた時、屋敷全体を覆うほどの大きさにまで膨れあがってきた魔力を見たサーリヤが悲鳴を上げるのと同時に俺は治癒魔法を使用した。その結果——。

サーヤを包むようにして赤いオーラが出現し、それに触れた血液を再生し傷を埋めていったのである。この光景は外から見ている人がいればきっと驚く事間違いないだろう。なにせ、この屋敷全体が眩いほどの光に包まれているのだから、まるでこの場所だけが神々しい光を放っているかのように見えたはずだ。そんな状態の中、俺にしがみついていたサーリヤが意識を失いかけていた。サーヤは俺が治療を開始した直後に気絶しているので俺の魔法による影響はほとんど受けていなかったのだ。しかし、サーリヤはそうではないので俺はすぐさまに治療を継続させることにした。

俺はまずサーヤが流した血を修復して正常な状態に戻さなければならないと思った。このままサーシャをこの屋敷に置けば、再び出血を繰り返す可能性があったからである。俺はすぐに作業に取り掛かった。俺は右手に持っている杖から発せられる光の粒子のような物が、先程までの俺の手の動きに合わせてゆっくりと移動を始める。その粒は次第にサーヤに流れていく血液の箇所に到達していくと徐々に動きを変えていき最終的にある形へと変わっていったのである。そう——それは完全に元の形に復元させたという事になる。つまりサーニャの治療に成功したということになるわけだ。

俺はほっとした表情になると、その場にへたり込んだ。俺はこの状態のままの状態でさらに作業を継続して行こうと思い立ったのだが体が動かなかった。どうやらサーヤを治療する為とはいえ膨大な魔力を使用してしまったみたいで俺には立ち上がる体力がなかったのである。

俺が床の上で大の字になっているとドアからノック音が響いたのが耳に入ってきた。誰かが来たようである。だが俺には誰がやってきたのかわかる。サーヤだな。俺はサーヤに助けを求めようかと思っていた時にサーヤが部屋の中に入ってきて俺の体を抱きしめたのである。

「大丈夫ですよ。私はユウトさんの側にいますからね」

そう言ったサーヤが俺を抱きしめてくれたのだ。サーヤの体温を感じると俺はとても安心した。俺もサーヤを力いっぱい抱き締めた。そして、しばらくして落ち着いた後にサーヤは笑顔を見せて、この家にいるサーリアとこの屋敷の主人に俺達を会わせてくれると言い出したのだ。

サーヤは嬉しそうにサーリアがいる部屋の前まで俺のことを連れてくる。扉を開ける前にサーヤは一度大きく深呼吸をして気持ちを整えてから俺にこう伝えてきた。

「私、この屋敷に家族以外の人と会うのは初めてなので緊張しているんです。私の母が言うにはサーヤはこのお家の令嬢だったらしいのですが、母は病気がちだったので私が代わりに家を切り盛りしていました。なので、サーヤが生きていた時はこの部屋の中にはいつもメイドがいたのでサーニャと遊んでいたのですよ。その時のことが今でも思い出されるんですよ。そんなサーヤが今日初めて友達を連れてくるって言っていたじゃないですか。それで私楽しみに待っていたのです。そんな大切な友人ですので私は精一杯歓迎しようと思っていました。ですが、今の状況が理解できなくて、つい、混乱してあんな態度をとってしまった事をどうか許して欲しいと思っております。あの時はまだ心の整理がつかなくってつい、取り乱してしまったのでしょう。本当にごめんなさい。でも今は落ち着きましたので是非二人と仲良くなって欲しいと思います」

サーヤがそこまで言い終えると俺とサーヤは同時に扉を開け放つ。

そこにはベッドに座っている少女の姿が目に入ってくる。この子がサーシャなのだなと俺はすぐに判断した。この子は確かに美人だ。年齢はサーヤと同じ16歳でサーニャよりも背丈が高くスレンダーな感じがしたのだ。そして何よりサーヤとサーシャが姉妹であることが良く分かる。

「サーヤ、サーリヤ、よく来てくれましたね。この方たちはあなたたちのお客さんでいいかしら?」サーシャは俺とサーヤを見てそう問いかけたのだ。サーシャは俺達がサーリヤの家族に会うという事に不安があったのだろうか? 少しだけ顔がこわばっていたけど俺と目が合うと優しく微笑んでくれたのである。そんなサーシャに対してサーリャは満面の笑みで答えていた。

「うん。そうだよ」

サーシャは俺達のことを見定めようとしているようでじっとこちらを見ていたのだ。

(なるほど。そういうことか)俺はそこで、彼女が俺のことを信用していないことがわかった。彼女は今この場で初めて会ったはずの人間がサーリャにここまで親しげに接していることに警戒心を抱いていたのである。俺はこの屋敷に入った時点で既に【結界石】を展開していたし、俺の周りには常に魔道具による結界を張っているので外部の者がこの空間に入ることは困難であり侵入してきた者があれば直ぐに気づくようになっていたのだ。しかし彼女の目は俺がサーヤを害する存在ではないと判断したのだ。

サーシャはその目をしたままで俺と視線があうとニコリと笑いかけた。サーヤから話を聞いていてなんで俺を警戒しているのかがわかった。そしてサーヤは俺の方を見ると俺の背中を押してサーナと引き合わせたのである。

「えっと初めまして、俺はユ——いや、サーヤが言っていたことだけどサーシャに挨拶させて貰うけど俺は君を助けにきたんだよ。サーヤの魔法のおかげで君の体はすっかり良くなっているんだ。俺の言葉を信じて欲しい」俺はサーヤと同じような説明をサーヤから聞いたと言って、サーリヤを落ち着かせようとした。サーリヤは自分の体に起きていた事を知ってとても驚き戸惑っている様子であった。

(これは思っていたよりも厄介かも知れなかったな)俺はすぐにサーシャに対して謝った。なぜなら俺の予想が正しければ彼女にとって俺は敵として認識されたかもしれないと感じたからだ。俺は自分の行動が迂闊過ぎたと今頃になって気が付いたのである。そして今度からはこんなヘマはしないと思ったのだ。だから、すぐに謝罪したのである。

しかしそんな俺の行動を不思議そうな目をしながら見ている女性達の姿が見えたので俺は慌てて説明をしたのであった。

それから俺はサーヤの方に振り向くと笑顔を見せたのだ。サーヤの顔を見れただけでホッとする自分がいることを自覚する。やはり今の俺の精神状態はかなり不安定になっているような気がした。俺の様子がおかしかった事に気づいたサーシャはすぐに駆け寄ってくると手を取って話しかけてくれた。俺はサーシャの手の感触を感じてすごく癒されている気分になっていたのだ。やはりサーシャの手に触れていると凄く心地よい感情が俺の中を流れている事に気付かされたのだった。

「あ、サーヤ、さっきは酷い態度を取っちゃってごめんね。ちょっとまだ混乱してたからなんだ。もう大丈夫だよ。それにこの人たちは大丈夫だと思うから」サーヤに優しい言葉をかけながらもその声音は俺にではなくサーリヤに向かって話していたので、俺はその言葉を聞いていたのだがその会話を途中で中断して、この家の主人であるサーシャのお母さんが突然泣き始めた。どうも娘に何かしらの変化があったことを察知していたみたいだ。それに、その変化をさせた人物の正体がすぐにわかったことも関係していると思う。だって、目の前でその光景を目の当たりにしていれば誰でもそれがサーヤの力だとわかるだろうからな。

俺とサーヤ、それとこの家に遊びに来ていたサーリヤは、この家の当主でありサーヤの母親でもある女性のそばに移動する。女性は娘の手を握り締めながら涙を流し続けている。しかしそれは感動の涙と言うわけではなく、安堵と感謝が入り混じった感情が引き起こしたものであった。

サーリヤもその様子を見てもらい泣きを始めてしまう。

俺達は三人の様子を眺めていたが俺にはどうしても聞きたいことがあったので俺はサーリヤの方に顔を向けて、サーヤが魔法を使ったときにその体から放出されていた光がサーヤの血から出ていたことを確認していたのだ。そのことを尋ねてみるとサーリヤは俺の目を見ながら真剣な表情で教えてくれる。

「ユウトはあの状態を見たんだよね。じゃあ、あれはなんだったのかな?」サーリヤはそう言うと先程の出来事を思い出しているようだった。サーリヤによると、先程の光についての説明を簡単にするとこうである。サーリヤが先程血を流す原因となった腹部の傷は回復系のポーションでは治せないほどの重症だったらしくそれを完治させるだけのポーションを所持していなかったようだ。そこで、サーヤがサーシャに血を流してもらう為にサーヤ自身の血を差し出した。

その時のサーヤの表情はとても悲痛なものだったということだ。そして、サーシャは痛みを耐えるような仕草をしてからサーヤに血を与える。

そのあと、サーリヤに何が起きたのかと言うとサーシャがサーリヤの体内にあった毒のようなものを吸い出しはじめたのだ。それは俺にも理解できないような不可解な行動で、サーリヤに施した行為は俺の知っている限りはそのような行為は存在しないので一体どのような原理で行われたのか俺にはわからないのだ。ただ、その効果については俺にはある程度予測できる。

俺の持っているスキルの中には『魔力操作』があるので、おそらくサーシャはそれを使ってサーリヤの体内に存在していた毒素のような物を除去したという結論にたどり着くことが出来たのだ。つまりは、サーヤが血液からサーリヤに送り込んだものは治癒能力を高めたものということになる。しかしそれでもサーシャがサーヤの怪我を治療したことには変わりないのだ。

俺はその話を詳しく聞かせてもらった。それによると、サーヤの血液が、まるで細胞を再生させていくかのように傷口に入っていきそして傷口を修復していたのだという。この能力はサーシャが持つ特別な固有スキルだと言われていて、今までにこの能力を持つ人物はサーシャしか存在しなかったそうだ。

サーシャは俺の疑問に答えるようにそう言うと、更にこう説明を続けたのである。サーヤはこの能力を応用して相手の体力を奪うこともできると、そしてそれだけではなく自分の体を成長させることまで可能なのだとも説明した。

(え? この子がサーヤと同じようなことをできるようになったってことは、俺もいずれできるようになる可能性があるってことなのか?)俺はまだ自分のステータスを確認することが出来ていなかったがサーシャの話を聞いて少し期待が膨らんでしまった。

(まぁ、今はこの二人を助けられたことに安心した方が良さそうだな)俺はそう思い気持ちを切り替えることにした。

その後、サーシャは俺達にこの屋敷で起こった出来事を話し始める。その内容を簡単に説明するとこうなる。

まずサーシャはあの事件から三日ほど経った後に意識を取り戻したが、目が覚めてから暫くの間は記憶が曖昧になっていたという。その症状は次第に収まり始めて今ではほとんど元の状態に戻っているとのことなのだ。

そして目が覚めた後の数日の間に色々と確認したところ、まずあの事件はサーシャとサーニャの母が起こしたものであるとサーシャは確信していたという。その理由としてサーヤがあの事件の首謀者は母親ではないかと思っていると話していたことを証言してくれていた。しかしサーシャの予想は当たっていたという事だ。

サーシャがあの事件について思い出せる内容を説明すると、まずあの時何が起こったのかを説明した。

俺が予想した通りであの女は、サーシャが自分の娘を殺したと認識したうえで殺したということ。またその状況が普通ではなかった。この家の中にいる者は皆、サーリャが死んで当然だという意見で一致していて、誰も助けに入ろうとしなかったのだ。むしろ、あの女の行為を褒め称えるような発言もあったというのだ。しかもそれだけでは無い。あの女の夫や息子なども、自分たちの利益のためだけに今回の計画を容認したという事実も判明している。これはかなり大きな問題になると俺でも思った。サーシャもこの話を聞いて相当ショックだったに違いない。しかしそんな状態で彼女は俺達の前に出ることができたのだ。サーリャから話は聞いていたが改めて俺が見た時に感じたことは凄いと思ったのである。

彼女はそんな状況下でサーヤのことを心配したようでずっと側にいたようだ。

そして俺達が来てくれたことで一命を取り留めたが俺達が来てすぐにサーリャが死んだという報告を聞いた瞬間は気が狂うかと思えたほどだったらしい。だが、俺達が来てくれたおかげもあり落ち着きを取り戻すことができていたとサーシャは語ってくれたのである。俺は彼女がここまで話ができる状態に回復するまで相当な時間がかかっていると感じていた。

俺達はサーシャから話を聞くとこの家の当主でもあるサーリャの母親から、なぜサーシャの父親がサーリヤを殺せなどと言い始めたのかを聞きたいとお願いされたのでその願いを受け入れることにした。俺としては別に問題ないと判断できたのである。そして俺達が屋敷の中を案内してもらうとそこに居たのはサーシャの父と弟がいたのである。そして俺はこの二人の反応を見てこの家の異常性を肌で感じる事になった。なぜなら二人は俺のことを見るととても不機嫌そうな顔になったからだ。その様子はどう見てもサーシャと関わりがあるような様子でもなかったし俺に対する敵意を感じるような目線を送ってきていたのだ。俺は一瞬だけ嫌な予感を感じた。それはサーシャの弟の表情を見たときに感じたものだ。俺はその感覚に従ってすぐにサーヤの方を振り向くと俺の背中に隠れるように移動してきたのでやはり俺の予想が正しいとわかった。俺はすぐさまその部屋から離れる事に決めたのだ。サーヤにはその部屋に長居すると危険だということを忠告したのであった。俺がそんなことを考えているうちに当主はサーシャにサーリヤを殺すようにと命じていたのである。その言葉を聞いてサーリャは自分の父親に怒りを覚えたのだ。そんな事をすれば自分も死ぬかもしれないとわかりつつもサーシャを庇う為に飛び出して行った。そしてその結果はサーリャの死であったのだ。サーシャはそれを目の当たりにする。

そしてサーリャの遺体を見つめながら大声で泣き叫んでいる。

俺達はそれを見ていたが俺は今すぐサーリヤの元に駆けつけたかった。

だが、ここで動くわけには行かない。

だから俺は心の中で何度もサーリヤの名を呼びながら早く元気になって欲しいと祈るのだった。

サーシャは自分の母親が何故このような行為に出たのかを知る為にその当時の様子を聞き出す事にした。当主が自分に対してどんな風に言ってきたのか気になり尋ねてみると答えはすぐに帰って来た。

「お前が殺していない事は知っているぞ」そう言われたというのである。これには流石に驚きを隠しきれず動揺しているのを必死に隠そうとしながら、自分は姉を殺してなどいないと断言したのである。サーシャは確かにその言葉が真実であることは分かっている。だがどうして自分が殺したことになっているのか知りたかったのでその理由を尋ねようとしたところサーシャの母親はその話を途中で遮ったのだ。そして「いいからさっさと殺せばいい」そう言われてしまう。しかしそれは嘘だという事は直ぐに分かったのだが証拠がない以上はサーシャもこれ以上強く言うことができない。しかしこの状況を打破できる方法を考える為の時間稼ぎにはなったのである。サーシャはサーニャが殺される前に自分に言い残した事を思い出しながらその話をし始めた。

「私があの屋敷を出る直前ね、私の母さんはこう言ったの『あなたなら出来るはずよ』って、そして私はその意味がわからずに首を傾げていたんだけど、そのあとにサーニャからある事実を聞かされて、その真相に気づいたの」その話を聞いた時サーリヤに確認したところ間違いないという事でサーシャは一つの仮説に辿り着いたのだった。それはサーニャは【神族】だったのではないかということなのだ。そう考えると辻妻が合う部分が出てくる。

そしてその事実を確認した上で自分の体に起きた変化がどのような意味を持つのかサーシャにも理解できたのである。

そうサーシャは【魔人族】から、そして普通の人間である母親からも【魔人化】が出来る特殊な存在へと進化したのではないかと思い至るのであった。

サーシャはサーリヤが死に、自分が【魔人族】になったという現実を突きつけられて悲嘆していたのだったがサーリヤの遺してくれた言葉をふと思い出した。そこでサーシャは涙を拭いて、冷静に考えられる状態まで回復することが出来たのだ。

(私にもまだ希望はある)サーリャはサーシャにその言葉を残してくれた。その言葉が彼女の心を癒していたのだ。そして彼女は、自分の力を確かめるべく自分の体のステータスを確認することに決めるのである。(あれ?なんかいつもより体が軽い気がする?)サーシャは自分の体に違和感を感じ始める。それは普段よりも体が軽いと感じたのでそのことを確かめたいと思っていた。その時に、サーシャの父親は、先程、サーシャを庇って亡くなったサーリャの父親から何かの袋を渡されていたのだ。そしてその袋を開けた途端に中から紫色の光のようなものが現れそれが自分の方に向かってきたのだ。

そして次の瞬間、サーシャは目の前の光景に衝撃を受けたのである。その光がサーシャにぶつかる直前にサーシャの体を包み込んだかと思うと、サーシャはまるで吸い込まれるようにしてその光の方に飛んでいき消えたのだ。その瞬間に、今までサーシャのいたその場所にいたのはサーリャだった。サーシャは突然の現象に頭がついていかないままその空間の中に立っていたのだ。そして少しすると自分の身に起きていることが理解できると思わず声を出してしまったのである。そしてその声と同時にそのサーシャの姿は完全にサーリャと同化しており、もう完全に別人になっていた。

俺はこの事態に少しばかり焦っていた。というのも俺達が屋敷に入ってから既に三時間ほど経過していたからだ。俺達の中ではクロナが一番この家の中を散策していたのだが未だにサーリャの母とサーリャの弟が見つかることはなかったのだ。

(いくら何でも時間がかかりすぎじゃないか?それに屋敷のどこにも人の気配がしないっていうのもどういうことなんだ?普通、屋敷って言えば使用人やら執事みたいな人達がいるはずだよな?)

この屋敷の中には俺達が見た限りでは誰もいない。それどころか、あの当主もサーリヤの母さえも見つからなかったのである。俺には何がどうなっているのかさっぱりわからない状況になっているが、このまま放置しておくこともできず、サーシャ達に当主の行方を探してきて欲しいと言ってみた。そして、俺が指示を出してから、この部屋に戻ってきて暫くしてからクロナは当主を見つけて連れてきたのだった。当主の見た目だが年齢は三十歳前後と言ったところだ。背は高く痩せ形だが体格はかなりがっちりした体型をしており顔つきはとても凛々しく見える美丈夫といった感じだ。そんな彼が今俺の前に立っている。当主の方は俺を見て明らかに警戒した様子を見せていた。

そんな彼に俺は事情を説明するようにサーシャ達に任せることにしたのだ。しかし彼は一向に口を開かず俺のことを見つめていた。そして俺はサーリャ達から説明を受けても黙っている彼に話しかけたのだ。

「貴方はこの屋敷の当主でサーリャのお父上だと伺いましたが違いますか?」俺の言葉を聞いた当主はゆっくりと首を縦に動かし俺のことを見つめると俺をじっと見ながら答えてくれた。

「そうだ。俺の名前はアルクだ。サーリャは俺の娘でありこの屋敷は俺が受け継いだ物だからな。それであんたらは一体なんの用があって俺を訪ねて来たんだ。それにその格好といい普通じゃなさそうだが?」当主は俺に探るような視線を向けている。俺は正直に話したほうが良さそうな気がしたので話を始めた。

俺達がこの屋敷にやってきた理由とここの現状について話をすると、どうやら彼は俺の話を信じてくれたようでサーシャの亡骸の前に行くと手を合わせてから涙を流している。その様子を見てからサーシャが俺のところに来て話し始める。

俺はサーシャの話を静かに聞くことにした。その内容はとても酷いものであった。彼女はこの家を出てすぐに殺されたらしいがその犯人が誰であるのかは既に分かっているようだ。

その者は彼女の父親の部下である。この男はサーシャの夫を誘惑してその女がサーシャの母親であることを利用して彼女を陥れたらしい。しかもその時にこの家の財産のほとんどを奪って逃げたというのだ。

それからというものサーシャは一人で生活をしながら何とかサーリヤに貰ったお金で暮らしながらなんとか生きてきていたのだという。しかし、それも長くは続かなかったらしくある日その男が戻ってきたのだ。その日、その男と鉢合わせになったサーシャはそのまま連れ去られたという。サーシャはその日に屋敷の地下で殺されかけそのまま監禁されてしまったということであった。そして昨日の夕方、サーリャはついにサーシャと対面を果たすのである。だがその時のサーリャにはすでに意識がなかった為そのことはサーリャの記憶にはないのである。そして今日、俺が訪ねてきてくれたことで全てを知ったとサーリャは言っていた。サーリャは俺に感謝をすると俺とクロナとサーニャは部屋を後にした。

俺はこの家の書斎のような部屋に案内されるとそこには本が大量にあったのである。その数の多さに驚いた俺はすぐに読みたいと思った。俺はまずは、その部屋の扉を閉めるとサーニャが俺の肩に乗ってからクロナが本棚を指差す。その指の先には一冊の分厚い本があった。その本の表には【魔導師の歴史 第二巻】と書かれており、俺はそれを抜き取ると中を確認してから机の上に置いた。そして、俺はこの本が【神剣 レーヴェリア】の手がかりがある可能性を考えながらページを開くとそこには魔法文字と記号がびっしりと書かれていて読むことが出来ない。だがその文章を見たときに何かが頭に浮かんできたのである。

「これはもしかすると【魔法言語】なのか!?︎」そう、【魔法言語】とは【魔法文字】を変換することによってその【魔法】を使うことができる【魔導具】を作り出す際に必要になる【古代文明語】であるのだ。そして、俺はその【魔導士の遺産】と呼ばれる魔道具が【聖剣】の類であると予測するのである。この事実をサーリャに伝えると彼女はかなり興奮していた。その話をクロナから聞いた俺はその方法を聞くと直ぐに取り掛かるのであった。

俺が書物を読み始めるとそれを見ながらクロナとサーニャも同じように読書を始める。この世界には日本語などは存在しないはずなのだが何故か読めるのだ。それはこの世界にある書物が日本語で書かれているわけではなく、この世界の別の文字が使われているわけでもない。単純に、俺が読んでいる内容が俺が覚えている日本にあったライトノベルだったからなのだ。

そうして俺が夢中で読んでいるとクロナは眠くなってきたのか欠伸をしていた。その事に気がついた俺はサーシャの母親を寝室に寝かせるとクロナをその横に運んでからサーニャに頼んで俺達の部屋まで連れて行ってもらうことにした。そしてその後、俺は自分の【スキル】でこの世界の文字の読み方を完全に習得することにしたのである。

(よし。これで問題なく本が読めそうだな)俺がその作業を終えると俺はクロナとサーニャを呼び戻してから俺は、【魔導書】に書かれている【魔法】を覚えるためにクロナに手伝ってもらいながら【魔法】を覚えていくことにしたのである。しかし【魔道言語】に関しては【魔素】がない場所で【魔法言語】を使うことは出来ない。それはなぜかと言えば、魔道文字自体が魔素で構成されている為に、それが存在しない場所では【魔素】を使って発動させることができないからだ。なので俺が魔素の存在する場所で【魔素】を使うことが不可能な理由はこれだと言える。ちなみに【魔力回路】はそもそもが体内に存在していなければいけないものである。その為に【魔核】のように外部から摂取する必要はなく常に俺自身の体の中にあるものだといえる。そしてその【回路の接続部分】というのが心臓付近に位置する場所にありそこに魔力を流し込む必要がある。

そうすることで自分の体の中で自分の【魔素量以上の量の魔力】を流すことができるのだ。それはこの世界でも一緒だと言うことがわかったのだ。だからこそ、今の俺のステータスならかなりの数の魔法を扱うことが可能だと思うのである。そして俺はこの書物を読んで分かったのだが【魔法属性】には大きく分けて七種類ありその全てが、基本四元素である【火水風土光闇無】に加えて【光聖属性】そして、希少であるとされているものが【雷電属性】と【風刃】となっている。それぞれの効果を見ていくことにする。【光聖】は光を操ることが出来る属性で、回復や治癒といった効果が望めるものが多い。そして【雷電】も電気系統の攻撃を行うことができ基本的には、麻痺や電撃による攻撃を行うことができるものばかりだ。ただ他の【光聖属性】と比べて圧倒的に使い手が少なめだという印象だ。理由としては他の六種類の魔法の扱い方があまり難しくないと言われているからであろう。

この世界で【光の聖典 アウロラ 】が使える人は一人しかいないので詳しい能力を知ることは出来なかったが、この魔法を使えば死者を蘇らせることさえ可能であると記述されているので、俺の予想が正しければ【生命の根源 ルリリス 】と同様に【蘇生薬】のようなものを精製することができるかもしれないと期待したのだ。

ただ、【光聖】と【光法術 レディア】の組み合わせについては特に記述がなかったので、恐らくは無理だと思われるが一応覚えることにして、残りの二つの【魔法属性 】についても記載しておく。

この四つが代表的な物になる。【水聖 アクアリオ】はその名の通り水を操り扱うことが主となる。だがその威力も相当なもので一撃で山一つを削り取ってしまうような威力を誇るようだ。また【氷帝 フリーズア】という呪文もありこれは対象を凍らせて行動不能状態にしたりできるようだ。ただしこれはかなり難易度が高いようで普通の魔法使いでは全く歯が立たないらしい。その代価に消費する魔力の量も少なくはない。

【風皇 シルフィード 】というのは名前の通り風の魔法で風を纏ったりして攻撃をしたりするものや空を飛んだりする魔法もあるらしい。この魔法に関しては、まだ俺は使えない為なんとも言えないが、この世界において空を自由に飛びまわる存在はかなり貴重な存在である為、それ故に非常に人気があり狙われやすく危険な存在であることも記載されていた。この二つも強力だと書かれている。【炎神 サラマンダー 】に関しては、その名前からわかるように火炎魔法である。この魔法の威力は凄まじいものがあり広範囲の攻撃を可能としている。

俺が覚えられる魔法は全て把握したので俺はサーリャとサーニャを呼んで俺の知っている範囲での話をすることにした。そしてまずは俺とサーリャとサーニャとサーシャの父親と執事の二人でサーシャの母の遺体に近づいて行く。それからサーリャの母親が着ている服を脱がせるとそこには胸の辺りに大きな切り傷が出来ておりその部分の肌の色が紫色になっていた。そして俺はすぐに回復魔法の詠唱を始めようとした時にサーシャは母親を抱き寄せるとその母親の頬に手を当ててから話しかけたのである。その言葉はサーシャの声ではなかったが明らかにサーシャの母親に対して話しているのがわかったのだ。

それからしばらくしてサーシャの母親はサーシャの手をしっかりと握り返していたのである。どうやらサーシャの母親の意識を取り戻したらしい。それから、サーニャとサーリャは二人共涙を流していたがどうやら嬉し涙らしくサーシャがサーリャに抱きついていた。その様子を微笑ましく見ていたのである。そうして、意識を取り戻していたサーリャの母親がサーリャに自分の意思を伝えた。その内容を聞いた俺は少しだけ悲しくなって来たのだ。その理由としては彼女がサーリャのことを自分の命よりも愛していたことを物語っていたからである。

サーリャとサーリャの父親と執事はその日はサーリャの実家に残ることになった。理由はいくつかある。サーリャとサーリャの家族を守るのとこの屋敷を防衛するのが目的である。それと、もしもの為に俺達がここに残ってこの屋敷の防衛をするのである。サーリャは俺達のことを心配してくれているが俺達は、サーシャのお願いを聞くことに決めていたので、この家で一緒に暮らすことにしたのである。

この家は元々が貴族の家であった為、かなりの資産を保有していおり、その中には魔導書などの貴重な品もあったのだ。その魔導書には【魔術式】という魔法について書かれておりその魔導書の中には【魔導言語】が記載されている物がかなり多く存在したのである。その中でも俺が注目したのは【魔法陣】と【魔法言語】の本だ。【魔法陣】は魔法を使用する際に使用される【魔法言語】を紙の上に描き出すために使用するものであり、【魔法言語】を理解出来なければ意味がないのであるが俺は【魔素】があれば使用することが出来たのである。その為、俺はまず【神剣 レーヴェリア】を探すためにも、この本に書かれている【魔法言語】を習得することにし、次に覚えるべき本を手に取るのだった。それは魔道書の本であり俺はその本を一ページ一ページ確認して読んで行ったのである。

俺は【魔法言語】を習得するためにまずはこの家の書物を全て読みつくそうと思いひたすらに読んだのだ。その結果【真名】の力なのか【魔力言語】を覚えることができたのである。しかしそれだけではまだ足りず【魔素言語】も全て記憶する為に何度も繰り返した。その甲斐もあって俺はついに【魔導言語】を完全に修得することに成功したのであった。これで俺は【聖剣 エクスカリバー】の固有技能も使用することができるようになるのである。この【魔導言語】と【魔素言語】の二つの【魔素】によって変換できる魔法を組み合わせることで強力な武器になると確信した。

そして、サーシャの父親にこの世界の文字を教えるためにクロナに教えてもらったのだがその文字は漢字に近い形で日本語のように読むことが可能なものであった。

そしてサーシャの父親が【魔法属性 】を覚えた後にクロナと俺とサーシャとサーシャの母親にサーシャの弟を連れて森に行くと俺は【魔物の卵】が孵化するまでの時間で、サーシャの母親と一緒に森の中で魔法を使う訓練を行ったのである。サーシャも最初は俺の【聖弓 レティア】を触っていたが途中で飽きてしまいクロナのところに戻っていた。そうしてサーシャの弟はクロナに肩車されながら喜んでいた。俺はその間にサーシャの母親に魔法の基礎的なことをレクチャーしてもらい、クロナには弓矢の扱い方を学んでもらうことにした。ちなみにサーリャには【魔法言語】を、サーニャにはクロナと同じように弓矢の扱い方を指導してもらうことにする。

そして俺の魔法は、【魔導言語】を魔法に組み込みさらにそれを分解して組み替えて使うことによって複雑な魔法を使うことが可能となる。その魔法の組み合わせ方は【魔素言語】で表現されており【魔素言語】をマスターすることによって魔法の効果をより高めることにつながり俺の持つスキルを更に強化することができる。そしてこの世界では【魔法言語】は、魔法を発動させる際に使用される【魔力】が込められた言葉である。この【魔力】は人族、獣人、エルフ族などの種族には存在しなく、魔力を多く持っているのは一部のモンスターや魔獣、妖精などだけである。そしてこの世界で確認されている全ての【魔法属性】がこの【魔力】から成り立っている。そのことから、【魔法言語】を覚えていないものは魔法の発動ができないということになる。

つまりこの世界においては【魔力】を持っている生物以外は、魔法の恩恵を受けることが出来ないことになる。それは魔法による戦闘を得意とするものにとっては致命的だと言える。なので俺達はサーリャの父親と、サーシャと、その母親には魔法を教えていくことにしたのである。そして、サーシャにも俺が知っている【回復】と、状態異常を回復させることができる回復魔法を教えたのである。そうすることで俺は回復魔法と【蘇生薬】の作成ができるようになりたいと思っている。そして、サーシャも、その父親の魔法属性も回復系の魔法だった。サーシャの両親は【回復魔法 レディアン】という回復系統の魔法の上級魔法を使うことができるようになっていた。サーリャの父親は【魔法属性 】が【光魔法】だったが、それでもかなりの魔法を使いこなすことができるようになって来ていた。だがまだ攻撃魔法が使えなかったのである。

そうこうしているうちにサーリャの母親の卵が無事孵りサーリャの弟が生まれた。そして、生まれた子供はサーリャの両親からサーシャが受け取り俺達に見せに来てくれたのである。その時の俺は少しばかり疲れていたのだが、その光景を見て思わず笑顔になってしまったのであった。サーシャの赤ん坊をあやしている様子を見ているサーリャは、本当に幸せそうな表情をしており俺達はそんな二人を見守ることにし、しばらく時間が過ぎていったのである。

俺達が今いるこの場所は【神界】という場所である。ここは神の力が溢れている場所で俺達はその力を授かって神の力の一部を操ることが可能になった。ただその力は万能というわけではなくあくまでも神が与えてくれたものであるので、俺達にできることはそれほど多くないのが現状なのだ。

そしてこの【異世界】で得た能力は俺がこの世界に転移した時に得られた力と同等のもので、この世界でも神の力でしか得ることの出来ないものだ。だからといってこの世界の能力だけで満足する訳にもいかない。やはり神界の力と融合させた【神装武具】が欲しいのだ。その願いをかなえるためには、サーリャの母親を救えなかった罪滅ぼしの為にもサーリャとサーリャの家族を守り抜き、俺の持てる力で世界を救うつもりだ。

サーリャと、サーリャの家族の安全を第一優先に考え行動しようと思っている。そのためにサーリャがこの家にいる間は俺はサーリャと行動することに決めていた。だが俺一人で行動するより二人で行動した方が安全性が増すのである。なぜならサーリャはレベルが低くこの世界の住民の中でも圧倒的に弱者に分類される。しかもサーリャは回復魔法が得意でありその魔法で多くの命を助けてきた実績がある。だからこそその魔法の才能がある者が狙われるのは間違いないのだ。それに【魔族】は魔導士系に特化した魔族の一族であるため回復系の【魔導言語】と、魔法を組み合わせた攻撃を得意としているため非常に厄介な存在だといえるだろう。しかしサーリャがサーリャの母親が残した【魔法属性 】を取得してからはサーリャは戦力的にも十分だと思われるので安心してサーリャを預けることが出来ると思う。

サーリャの母親を助けた時にサーリャが使っていた魔法を俺は見ているので、サーリャの実力も十分にわかっているのだ。俺はサーリャのことを心の中で信頼している。俺はこの世界を必ず守り抜いて見せると心に誓い、【神剣 レーヴェリア】の固有技能である、固有武装【レーヴェリオン】をサーリャに託したのであった。

俺は今この世界で起きている現象と、これから起きようとしている事象を理解した。この世界に俺の味方はおらず敵は【魔導国家アルヴィン】の王と【魔導王国 ルミナス】の王の二大勢力が手を組んで俺の討伐を計画していることが俺にとって一番の問題であった。このまま放置していては確実にこの国を滅ぼすことになることは間違いなく俺がこの国に留まっていればいずれ戦争が勃発することは目に見えておりそのせいで多くの人が傷つくことが簡単に予想できた。この世界を救うために、俺に出来ることを考えて、この国に留まるべきかを悩んだが俺はこの世界に留まり続けることにした。

理由は二つある。一つはここで俺が出て行けば俺の敵に回る可能性のある人物が少なからず存在しその者たちの矛先が向かう恐れがある。それが誰なのかを言えばこの国の王女サーニャと、サーシャの母親であるサーリャとその弟の三人だと言える。

その理由は単純明快でサーーニャはこの【神剣 レーヴェリア】の持ち主であることと俺のことを慕ってくれていることがあげられる。もしサーニャがいなければ俺がここに残ろうとは思わなかっただろう。そして俺のサーニャに対する想いに答えてくれたのか、サーシャは俺のことを信用してくれるようになったのである。サーシャは俺の話を親身になって聞き、俺のことも受け入れてくれているのである。俺がこの家を出て行くようなことがあったとしてもついて行きたいと思えるほどに俺のことを受け入れてくれたのである。

そしてサーシャの弟も俺を信頼してくれているのは分かる。サーシャの弟であるサーシャの双子の弟である【カイン】は俺のことを兄さんと呼んでくれる。俺はその気持ちに応えたいと思い、カインが何か困ったことがあるときにはいつでも助けてやれるようにしようと思っていたのである。そうして、俺はサーシャの家族の身の安全を優先して、この家に居続けようと思ったのであった。俺はこの家で【魔法言語】の勉強をしながら【神言語】の書物も読み続けた。その結果この世界には【魔力言語】と【魔素言語】と【神言語】が存在していて、それぞれに意味があったことが分かった。この三つの言語が分かれば全ての魔法を組み合わせることができその魔法は強力になると確信したのであった。

そしてサーシャの弟であるカインに【魔素言語】を教えることになったのである。俺はこの家の中だけではなく、家の外に出ても魔法の訓練を行うようになっていった。

俺達がこの家で過ごし始めて三ヶ月が経過しようとしていた。サーシャの弟である【カイン】も俺達の家族の一員としてこの世界で暮らすことになり、俺達は平和に過ごしていたのである。そうしてある日、俺達の家に訪問者が現れた。その訪問者とはサーシャの叔父で【サディス公爵】と呼ばれる男である。俺はサディスと会ったことがないが、サーシャの叔父ということであまり関わりたくない相手だった。俺は警戒してその男の話を聞いたのだが、その内容は俺の想像を超える内容であった。なんと俺とクロナが保護していた【サーリャの卵】から誕生した赤ん坊に、サーリャの父親が持っていた【魔導書 マギアルカクタス】の能力である固有スキル【生命譲渡】を使ったところ、赤ん坊の体の中にサーリャの父親に残されていた【魔力核】と【魂】の二つの魔力の結晶を宿すことになったのである。その【魔力核】の力と【魂】の力で赤ん坊は生まれ変わり成長を始めたのだという。その言葉を聞き俺は目の前の男に対して怒りを覚えた。なぜならこの男が俺の保護している【サーリャ】の父親と【サーリャ】の弟を無理やり【蘇生魔法 ライフアライブ】を使わせて死人同然の状態にしておきながら平然と生きているからである。この男はその力を悪用するつもりであることは明らかであり俺は許すことなどできないとすぐに思った。俺がそのことについて文句を言う前にサーニャがその叔父に向かって声をあげたのである。

「ちょっと待ちなさい!サーリャのお父様と、サーリャの弟の命を奪っておきながらそんな言い草はないでしょう!」

そのサーリャの言葉を聞いたサーティスは自分の姪が何を言っているのだとばかりに、サーシャに食ってかかったのである。そして自分の力を見せつけようと攻撃魔法を放ったのだ。しかしその魔法が発動されることはなかった。サーシャの前に【神壁】が展開されその魔法攻撃を防いでくれたのだった。その光景を見て驚くサーディスは魔法を発動することが出来ないことを理解した。そして、魔法を放つことが出来ない原因が自分の姪が発動している【神盾 アーヴァンク】の力によって発動することが出来ないということも瞬時に悟ることができたのである。

その事実に気づき焦りを見せるサーリスは、さらに魔法による攻撃を行った。しかし全て攻撃がサーリャの神盾に防がれてしまったのである。その光景を見て愕然となったサーサスだったがサーリャと、サーリャの両親はそのサーリアスの攻撃からサーリャを守るために魔法障壁を展開した。だがサーリャはサーシアにその障壁を解除させ自分は、魔法による防御結界を展開しようとしたのである。しかしサーシャの魔法で展開していたサーリャの張っていた結界にヒビが入り、その攻撃はサーシャに向かったのである。だがその攻撃を受け止めたのはサーシャの兄のカインだった。

カインは自分に向けられた魔法を受け止めることに成功したのである。だが受け止めたのは良かったのだがサーシャスは【勇者の力】により魔法抵抗値が大幅に上昇しており、カインはかなりのダメージを受けることになったのである。そして、その攻撃を防いだカインであったがサージャの回復魔法の効果もあって一命は取り留めたがかなり消耗してしまいその場に膝をつくこととなった。それを見た俺はすぐさま行動に移す。サーシャとサーシャの家族を守るために魔法を行使したのだ。それは【空間隔離結界】という、指定した範囲内の物を外部から遮断するというものだ。それにより外と内部を完全に遮断することに成功することができたのだ。

それからしばらく経った時だった。突然この家を覆うように黒いドーム状のものが出現しそこから光が放たれるとその黒い膜は徐々に消滅していった。そして消滅した場所の先にあったものは、真っ赤に染まった空が映し出された異様な風景であった。この異常現象にサーシャとその家族の全員が驚愕の表情を浮かべていると俺とクロナは急いでサーリャの元へ向かったのである。

俺は慌ててその場に向かおうとしたがサーニャは俺を引き止めてくれたのだ。サーリャはもう死んでしまったのだと言われたが俺はまだサーリャは死んだとは思ってはいなかったのだ。サーリャが生きていれば俺は必ず助けると心に決めている。その想いを伝えようとするが俺の腕を掴んだサーニャの手に力は入っていなかったのでサーニャの手を振り払うことが出来ずそのまま俺が行こうとしていた方向へと引きずられていくことになってしまった。その様子と、サーシャの声を聞いて俺とクロナは、この異常な状況を作り出したと思われる人物を睨みつけることにした。その人物こそがサーディアス王国の王【サディウス】であると分かったのである。俺はサーディアを拘束しようとしたのであるがそれをサーニャに止められる。

サリアはその王の行動を咎め、王の行動をやめさせようとした。しかし王は【魔王の波動】を放ってしまい、俺が事前に張っていた【次元断絶結界】に弾かれ、そして俺の作ったこの家の中は完全に隔絶される状態となってしまっていた。俺は、サーシャの家族を守るべくこの場に残ったが、俺の仲間たちもこの家に集まってきた。サーリャが死ぬことはないと俺は確信していたが、この状況を作り出したこの男を許すつもりは俺にはなかった。

俺はすぐに行動を起こす。俺が放った魔法で、俺が作り出した空間は崩壊を始めており今すぐに脱出する必要性が合ったので俺はサーディス王に一撃を加えることにする。俺は、俺のことを慕ってくれている【魔道師 サーティ】に、サーリャを助けることが出来る回復魔法を使うように指示を出す。

俺は、自分が使える魔法の中では最強の魔法を使うことにする。その魔法の名前は【魔法破壊】というもので相手の使った魔法を全て無効化することが出来る強力な魔法である。【魔素言語】で書かれた書物によると魔法は魔素が体内に取り込まれることで、魔法を発動させることができる。つまり【魔力】は【魔素】で出来ていると言うことができるのである。そして【魔素】が分解された状態のものを【マナ】と呼び【マナ】と【魔素】は別の存在なのである。

俺はサーディスに近寄る。するとサディスは俺の【魔杖】【魔弓】を手に取ろうとしていたのである。俺にその武器は効かないということを知らずに手を伸ばしているサディスを見て俺の怒りは爆発した。俺はその瞬間【神眼 アスクレーピオスの眼】をサーディスに向けて発動したのである。【アスクレピアスの毒針】が無防備になったサーディスの首に刺さったことを確認した。その途端に俺が展開したこの【空間隔離結界】にヒビが入る。

この【魔道具 空間の館】が壊れれば、俺達はこの家から出ることが不可能になってしまうのである。そうなれば、サーシャやこのサーリャの家族たちは助からなくなるだろう。俺は【魔力】を使い【魔力の糸】でこの部屋の修復を行いながらサーシャの叔父であるサーディスの【蘇生魔法】【蘇生薬】を使用した。サーシャの母親であるサーシャはサーニャとカインに抱きついて涙を流しながら二人に謝っているのが見えた。俺はこの三人の親子を絶対に守り抜いてみせると誓ったのである。そうして【神眼】の能力によってサーニャの体内に残っていた【魔力核】と【魂】の力を回収する。俺は回収した力を俺が保有している【魔導書 ネメア】の力を使って、サーリャの弟であるカインに宿すことにした。そうして、俺とサーリャの家族はこの家に居ることができなくなったのであった。そして俺達はこの家から脱出することにした。

この家の中にいるサーリア達は外に出るための扉が開かなくなっていたことに驚き混乱しているが、俺達はすぐに【神器 ヴァルキリー ヘルヴァ―ル】を使用してサーディスの頭の中に直接俺の言葉を送ることでこの世界の人々と会話することが出来た。俺は【勇者】であるサーディアス国王と話をつけに行くことを決めたのである。そして俺達一行は城へと向かって移動を始めたのだった。

「ふぅーやっとついたね。それにしてもまさかここまで酷いことになっているなんて」

俺達と行動を共にしてくれている【サーティスの侍女】【騎士】の二人は俺達がこの国に着いてからずっと一緒に旅をしている仲間である。彼女たちは俺とサーシャとこの世界で知り合った仲間でもあるのだ。この世界にきてからの俺の苦労を一番分かってくれているのはこの二人でもあるのである。そんな彼女達もこの国がどうなっているのかと疑問を感じていたようだった。しかし俺はまずサーディア王と話をすることにしていた。俺は、自分の持っている力で王の精神に直接干渉したのだった。

俺がこの国に来てからサーディアスの民を苦しめた罪は許すことはできないとサーディア王に言う。すると王は反論しようとしたが俺の力でサーディアスの王都全体に強力な重力を発生させた。その結果この王都に存在しているすべての生物は地面に這いつくばることになり呼吸が出来なくなってしまうのだ。その光景を見てサーディスは言葉を失っていた。

「お前が俺に文句を言う権利があると思うな!俺とこの世界の人々を危険に晒すつもりならば今度は本当にこの王城を消し去るぞ!俺はいつでも実行できるのだ!」

俺がそういった直後【レティア】と、【マリルリ】と【マルマリリス】が、この【サーディアス王国】に向かってくる敵に対して戦闘態勢を整え始めたのである。それを見て王は恐怖を感じたのであった。

「まあ良い、この王都の住民とサーニャとサーニャとその家族には危害を加えないことと約束しよう。だがもしもその誓いを破るようなことをしたら俺の【神罰執行 神 ゼウスの名において我が敵を討て 】が起動することを忘れるんじゃないぞ?」

こういって俺はサーディスに呪いをかけたのである。その呪いは、このサーディアス王国の全ての国民は俺に敵意を向けることを禁止するというものである。これによって俺は、この【サーディア王国】に存在するすべての人間から狙われることが無くなったのである。だがサーディアス王のほうも何か企んでいるようだ。だがその前に俺はこのサーディアス王について【解析 アテナの神鏡】の画面で情報を見る。サーディア王がなぜサーディアス王国の王を名乗っているかというとサーディア王は俺の配下になっているサーシャの姉【聖女アリシアス】の両親を殺した【元勇者】であり、今は俺の奴隷となっているサーシャの婚約者【王子サリアス】の父親でもあった。そしてこの男は、このサーディアス王国の前々代の王様と王妃を殺してしまいその後サーシアの父【現王サーディス】を殺して王座を奪った人物だったのである。さらにこいつは自分の娘を俺に差し出して俺に取り入り俺が【魔王】だと知るとあっさり寝返った愚か者であった。この事実を知った俺はもう我慢ができないほどに怒ってしまっており、このままではこの男を始末してしまいそうだと感じたのだがそれを止めてくれた人がいた。それはなんとサージャとその家族の三人であったのだ。

「お、お父さん、お母さんを返せ!!」

俺は、突然聞こえてきたこの言葉に驚いてしまう。なぜならサージャは自分の実の兄を殺そうとした張本人に怒りの表情を向けたのだった。それを聞いたサーディアス王の表情は見る見る青ざめていく。サーシャとサーニャの家族たちを見ると家族全員は、俺に微笑みかけてきていた。そしてこの俺が作り出した異空間にいるのにもかかわらず、この場にいた者たち全員が俺の側に集まりだしてきたのである。俺の横に、サニアが、サーリャが並び立ち、そしてクロナさんやサーニャやカインが俺の後ろに立つのである。俺はみんなに、サシャとサーシャの家族たちを頼んだよと伝えたのである。そのあと、クロナは俺が持っていた短剣を抜き放つとそのまま王に向けて投げつける。そのナイフを王は自分の腕を切り落とすことにより難を逃れたのである。しかしクロナは、すぐに次の攻撃に移ったのである。クロナの攻撃で、王の腕が治りかけていたがそこに追い打ちをかけるように、サニアは俺に【加護】を使ってくれたのである。その効果で王の腕は完全に切断された。これで完全にこの男の両腕は無くなってしまったのである。しかしそれでも王は俺に話しかけてきてきたのであった。

「貴様ぁ、この私を誰と思っているのだ?私は【勇者 サーディロス】なのだぞ!!魔王などに負けるはずがないではないか!しかもこんな化け物みたいな奴らに私の命運が尽きてしまうわけがないんだ!」

王はそんな風に言って強がっていたのだ。だが、そんな王を見た俺はこの王に呆れてしまっていたのだ。

「おいおい何を言っている。さっきまでのお前が言っていた事は全部ウソだという事ぐらい俺にだって分かることだ。いい加減にしろ、そしてお前にはまだ聞くことがある」

俺は、この男に対して【神罰】を使うことにした。俺の使ったこの【魔法 神罰】という魔法は本来、神罰を与えるためのもので、その魔法を発動された相手は、神の力を一時的に使うことができるようになる魔法なのである。そして俺の放った魔法は、【神眼】の力で神力をサーディアスの上空から降り注ぐようにして使用したのである。その魔法の威力によってサーディアス王の周りにあったものはすべて吹き飛ばされた。

俺は、俺のこの行動を見て俺のことを怒らないでくれよと言っていたが、サーリャの父親はこう言ったのだ

「俺たちがこの国に住めるようになったらなんでもする。だから俺の娘だけは助けてくれ!それに俺達家族が死ねば、サーヤはお前たちに付いていくと言いだすかもしれないし、そうじゃなくてもこの国の民に殺されないように保護してほしい!だから頼む!俺のことは好きにしてくれても構わないからどうか娘たちだけでも救ってくれないか!」

それを聞いたサージャたちは泣いていたが俺はそれを無視することにする。そして俺は王とこの男とこの男の取り巻きだった者全員に向けて宣言した。

「俺が聞きたいこととは一つだけだ。正直この質問に答えられなければ殺すしかないと思ってしまったが、今のお前の姿を見て気が変わった。まずは、その娘は今どこにいる?」

俺の言葉を聞き王は動揺し始めた。まさか娘の所在を聞かれるとは思っていなかったからである。そこで俺は王の頭に【神罰】を使って、真実のみを語らせる魔法を使い問い詰める。

そうすると、サーリャの両親は、このサーディア王国の中で最も安全であろうと思われる施設に避難させているということであった。しかしその場所まで話すということは俺の怒りに触れてしまったことになるのだが、王はそのことに全く気付かずにペラペラとその場所まで話し始めていたのである。

(なるほど、やはりこの王は馬鹿なんだな。でも、こいつが本当の事を話していることは確かだし。俺達にとって都合が良すぎる展開だけど、これを逃す手はないな)

そしてサーリャとサーシャの両親を保護した施設の場所は【レディアス城】の中にある【魔道具 結界の部屋】の中にあり、俺達がこの城に乗り込む前からサーシャの両親がいると分かっていたようであった。

俺はこの王に、サーシャの家族を返してほしかったらとあるものを要求した。その要求が通ればサーシャの両親の身の安全を保障すると約束したのである。

「そ、それは、無理な注文だ!それは出来ない。その願いは叶えられない」

王は当然のごとく拒否をしたのだ。だが俺も引くつもりはなかった。そこで、俺はサージャにサーシャの父親とサーリャの母親のところに行きたいというように頼んでもらったのである。すると、その言葉に反応して王はすぐにサーニャとサーニャの父親を呼び出した。そして俺の目の前に二人を連れて行くように指示した。

二人が連れてこられると同時にサーリヤが二人の父親に飛びついて抱きついたのだ。

それを見て俺は二人に話しかけた。二人はサーリャの父親の胸に顔をうずめて涙を見せていたのだった。それを見ていた王は、サーシャの母親の肩を抱いて自分の元に連れて来るように命じる。

「なにをしている、さっさとその女たちを連れてくるのだ」

王はサーニャの母親の背中に手を回して強引に自分の方へと引き寄せた。

しかしサーシャがサーリャの前に立ちふさがり「お母さんに触るな!母さんが汚れちゃうでしょ!」と言って睨み付けたのを見て、王に命令されていた兵士がすぐに止めようとした。しかしそれよりも早く俺は【聖剣】に魔力を流し込んだのである。その行為により聖剣の力を引き出せたために、聖剣の能力が発動した。その結果【聖剣 聖女の剣】に光が集まり始めていく。その光を見てしまった王は、その場に膝をつくと頭を地面に擦り付けて俺に謝ったのだ。

それを見た王はサーシャの母親を解放した。解放された母親は、サージャとサーニャの元へと向かう。俺はそれを確認した後サーディアス王の【隷属の首輪】を外すように命ずる。だがその首飾りの効果は強力だったため、その効果を打ち消すことは出来なかった。俺は仕方なくその首飾を破壊してからサーディア王に告げる。その瞬間、【神罰】が発動されてしまいサーディアス王は俺に逆らえなくなる。

サーディア王はそのまま倒れこみ意識を失ってしまったのである。それを確認すると俺は、サディアスの民の【隷属】も解除していった。それによりサディアの人々は自由を取り戻して混乱に陥ることはなかったのである。そしてサーシャの両親が俺の元へとやってきたので俺は、サーシャの両親にこれから俺と一緒に王都に行ってもらうと告げたのである。その言葉を聞いていた王は驚き慌てて起き上がろうとした。俺はそんな王を無視してそのままの状態でいることを命じたのである。

サーシャの両親は最初は抵抗していたが俺の威圧を受けておとなしく俺の指示に従うことになった。サーシャとサニアは両親を助けようとするがその前に、サーシャにはサーニャとカインが向かってきてそのまま抱きついてきたのである。カインが泣き出して離れなくなってしまったのだ。そんなカインの体をサーニャは抱きしめていた。サーニャの目からも大量の涙を流しているようでカインと同じように嗚咽を繰り返していた。その様子を見ながら俺は、この場に居る皆に対して【転移扉】を使い【レディアス】に戻ってきた。

そして俺達はサーディアス王を連れてサージャの父親とともに王城に戻ってきたのだ。

◆◆◆

【勇者 サーディロス】視点 この俺の名前は【サーディロス】と言う名前だった。俺は勇者としてこのサーディアス王国の勇者をしていた。サーディアス王国は昔からある大国の一つであり。サーディアス王家は建国当時から存在している家柄であった。そして、この国に住んでいる王族や貴族などの貴族たちはこの国の民から絶大な支持を受け尊敬されている一族でもあるのだ。

この国では初代国王【ユグド=サーディアス】が魔王を倒したことにより、その後、魔王の脅威から逃れていたのだが再び魔王が復活したことで人々は恐れおののいていたのである。だがその時に現れ人々を救い続けた英雄たちこそが、サーディアス王国の【七星の英雄】と呼ばれる者たちであったのだ。彼らはそれぞれ得意としている魔法がありその能力を使って魔王討伐のために立ち上がったのである。その中でも最も強い力を持ち人々を救うために尽力したと言われている【真名解放】を行う事が出来る最強の魔術師こそ、我が一族の始祖でありこの世界で唯一の【賢者 真名解放の勇者】と呼ばれている人物であった。この世界で彼を超える者は居ないと言われていたほどなのである。そして【賢者】とは、サーディアスの王の血脈にしか現れない称号でもあり、その力を持つものは、魔王すら滅ぼすことができるというほど強大な存在なのだそうだ。

そしてこのサーディロスがなぜ勇者と呼ばれ王の地位を得ているのかと言えば理由は簡単で俺の一族だけが使える特別な魔法【精霊神契約】を使うことが出来るからである。この契約魔法の効力の一つが魔王を倒すためにある。そしてもう一つが俺の一族に魔王が現れないようにするためのものでもあるのだ。

この契約魔法を使うことによって俺は魔王が現れる前兆を感じることができるようになったのである。だから俺の家系では必ず魔王が現れたら、【真名封印】をするために【精霊神の契約】を行うことができるものが必要になる。それは俺の父であるサーディアス王の直系の血を引く俺しかいないという事でもあった。俺は自分が【賢者】になれるほどの力があるとは思ってはいなかった。ただこの【精霊との契約】を行えば魔王と戦うために必要だと幼い頃から聞かされていたから必死に努力してきただけである。

この【真名解放の儀】は15歳の誕生日に行われ、それまでに俺が使うことの出来る属性の魔法が一つでも発現しなければ、俺に【精霊神と契約する資格はない】と言われて俺自身は落胆したものであった。

俺はこの【勇者 サーディロス】の称号を得るまでは、ただの田舎で育った若者であったのである。俺にはまだ【賢者 精霊神の契約】は使えないが、その代わり他の誰にも負けることが無いような固有魔法のスキルを一つ持っているのだ。

その俺の唯一の切り札と言えるものが、俺自身の魔力を使わなくても発動可能な、【魔導 召喚】と【魔装】の二つの技である。

【魔法 魔法陣展開】は簡単に説明すると【魔石】の中に封じ込まれている魔法を呼び出すだけのものである。これは誰でも使うことができるものであり初級レベルまでの簡単な魔法を封じ込めてあるものがほとんどだ。だからこの魔法をうまく使って戦えば俺もある程度は戦いを有利にする事ができるはずだと思っていた。

しかしこの魔法にも弱点があった。魔法陣を展開してから詠唱を終えるまでに数秒かかる上に一度展開したら魔法が終わるまで変更できないということが欠点であったのだ。しかし俺の場合は、詠唱を必要としないし時間制限もないのである。だからこそ俺は【魔導 魔法陣展開 詠唱破棄】というものを発動していた。これにより俺は、このスキルを発動している限りいつでも、どんな状況でも好きなタイミングで魔石を砕いて中に封じられてあった魔法を唱えるだけで使用することができるのだ。もちろん発動するのは俺自身が知っている初級レベルの攻撃用の呪文だけに限られるがそれでも十分すぎるほどであると思う。それにこの【魔装 魔石の武器化 詠唱省略】と【魔石の鎧化 装備】の二つの【技能】のおかげで魔獣が出てきてもその魔獣と対等以上に戦うことが可能になっているのだ。しかも魔獣は魔素で強化されていても俺の【勇者】の能力と俺がもともと所有している能力があれば、それほど苦戦せずに倒すことができる。

そんな感じで俺は今まで魔の森で魔素の濃い環境に適応して暮らしていた。この森にいる魔物たちは強くなかなか奥に進むことができなかったがこの森の先に俺が求めている場所が存在する。その目的地に向かって進んでいる途中である。そんな時に、サーシャという少女が、俺の前に現れたのである。彼女は俺を見るなり突然俺に攻撃を仕掛けてきた。その攻撃をなんとか避けた俺にサーリャと名乗る女性が俺に近寄ってきて「サーディアス様申し訳ございません。この子もまだ未熟なのでございます。許してやってください」といって俺のことを庇うように声をかけてきたのである。

(なんだ?俺は別に怒っていないぞ)そう思った俺はその女性に気にしていないと伝えた。すると「私は【サーディアス王】の娘であるサーリャと申します。そしてこのサージャの双子の姉なのです」と告げてきたのだ。それを聞いた俺は「それは驚いた。あなた方があのサーディアス王の娘だったなんて、それでサーリャさんがいきなり攻撃を仕掛けてくる理由ってなんだったんです?」と聞いてみたのだ。

「サーディア王様に頼まれたの。私たち姉妹の魔力が欲しいから貴方がサーディアス城に来たら渡してほしいってね」サーディア王はサーディア王家に伝わる宝玉で魔力を測定すると言っていたのだ。だがその宝玉は、俺と相性が悪いらしく。その検査ができなかったのである。そこで俺がサーディア王に呼ばれたときにサーディア王家の血筋を引くものにその宝玉に触れてもらいたいと言ったのだ。サーディアス王がそれを了承したためサージャが呼ばれ俺の前に来たのだがその途端にサージャは襲い掛かってきたのである。そして俺を殺そうとしたのである。

だが俺を殺すことはできず、俺は逆にその女の子を殺してやろうと思ったのだがなぜか殺す気になれなかったのだ。だが、その子が自分の娘だとサーディア王から言われれば、俺はもう何もすることができない。なぜなら俺はサーディアス王にサーディア王国に行くと約束をしたからである。その約束を破るわけにはいかない。

その日は仕方なく俺はこの場で寝泊まりをする事になったのである。だが次の日の朝に俺はその言葉の意味を知ることになったのである。サーシャとサーニャは、サーディアス王の子供たちだという事がわかったのであった。

それなら俺に対して、殺そうとしたこともわかるというものである。そして俺はサーディアス王から呼び出されることになり、サーディア王の居る部屋へと向かうことになったのである。俺はサーディア王に会ってみると。そこには俺の知らない人物がいたのである。サーディアス王はいつも通りの姿であり俺が来ることがわかっていたようだ。俺はサーシャに話しかけてみるが返事はなかった。

どうやらこの子は喋れないみたいだなと思い俺はそのことをサーディア王に伝えた。サーディア王は悲しげな雰囲気を漂わせていたが、サーニャとサーヤにはサーディアス王家の姫であるという事と、この国には居てはいけない存在である事を告げる。俺はなぜこの国には居られないのかわからなかったが。サーディア王はこう言ったのだ。

サーディアス王国の王家の血族には、代々伝わる宝玉がある。それが俺には使えなくて、この国の魔力が高い人間で調べても適合者が居ないことがわかったらしい。その適合者をずっと探し続けていたが見つからなかったというのだ。そんな中に俺が来て、その魔力が非常に高いことを感じ取り。どうしても試したいと考えたのだという。そして俺の実力を見込んで俺と契約をしてほしかったのだと言ってきたのである。

俺はサーディアス王の話を聞いて、少し考えた。サーディアス王国に行ってもいいのか?俺はこの世界の事情とかほとんど理解できていない状態なのだ。サーシャたちの事もわからない状態であるし正直この国に留まればいいのではないかと思い始めていた。だが、俺にはこの世界に来る前に妻に言われた言葉を思い出したのである。

「あなたの世界はこことは違うんですよ。ここは異世界です。この世界は魔王に支配されている世界でもあるのよ。もし私が魔王に殺されたら、あなたはどうするの?残された子供に、どうやって暮らしていくつもりなのかしら?それにこのままここに残っても結局、同じ事になると思うのよ。だってこの国では、あなたに合うような人はいないと思うのよね。だからこの世界では無理なんじゃないかと思うの。私としてはこの世界に来てもらって、私のことを助けて欲しいのよ。そのほうがお互いに良い選択になると思うわ。だからお願いだからこの世界では死なないで。この世界を救えるのは多分あなたしかいないと思うのよ。でも、この世界に絶望しても駄目なの。だから希望だけは持っていて欲しいの。あなたが死んだら私まで後を追ってしまうんだからね。だから必ず生きてください」

俺の脳裏に彼女の声が響き渡り、その言葉をしっかりと思い出したのだ。そして俺は決心した。この世界にきて初めて俺のことを信じてくれた人が目の前にいる。その人と俺は契約を行うと。俺は契約魔法の契約を行い。そしてサーディリアの持っていた契約魔法の石でサーディリアスと俺との繋がりを強くしたのだ。これで俺は、いつでもサーディリアスの元に召喚できるようになっていた。

サーディアスはこの契約魔法の石を持っているものは契約魔法を使えるが、普通はその石を使うことが出来ないはずだと言っていたのだ。だけど俺は【勇者】の能力を持っていたためサーディリアと俺は契約を結ぶことができたようである。それから俺はすぐに、自分の体に異変が起こっている事に気づいた。俺の中に新しい力が宿ったような気がしたのだ。それは、契約魔法を使う事ができるようになったのも理由の一つかもしれない。しかし俺にはそれ以上に嬉しい事が起こっていた。この世界で俺は、自分が【真名解放の契約魔法】が使えるということを知ったのだった。そして【勇者】の称号を授かるためにこの王都にやってきたというわけだ。そして【聖女】の称号を授けられているサーリャと出会い。サーディアスがサーリャたちに俺と契約するように言い出したのだ。

その話を聞いた俺だったが特にサーディリアスが嫌だとか思わなかったので俺はそのままサーディアスと契約を結んだ。その結果。【魔装】と【魔石の鎧】の【技能】を得る事ができたのである。そして、サーディア王が俺に頼みごとがあるというので俺はこの城に滞在することになった。その日の夜の宴が終わりサーディアとサーディウスが二人きりになった時。俺は、【精霊神 精霊神 召喚】を発動させたのである。そして精霊神が現れた。この精霊神は見た目こそ幼い少女にしか見えないが。その能力は、他の神々とは一線を画すほどに強力な存在なのである。この神の力を使って俺は、魔石の中に封じられている呪文の詠唱を省略して唱えることができるのである。俺はその魔法陣を展開し【魔法 真名】を発動させ。魔石の中にある魔導の秘術の一つを使い【聖刀 レティアアルテ】を呼び出すことに成功したのである。この魔法陣を展開するためには魔導士と呼ばれる職業についている人間がその魔法を発動させることによって展開させることが出来る。だが俺は【魔導 魔法陣展開】と【魔導 詠唱破棄】を同時に使うことによって発動させる事ができるのだ。ちなみに俺は【白魔導 白魔導 詠唱破棄】を発動させることで【黒魔導 黒魔導 発動省略】も使うことができる。だがその二つの【技能】を使うことは俺自身の魔力を大幅に消耗することになるのだ。だが俺の場合はこの世界に来る時に、【勇者の神】の能力により、その消費魔力を抑えることができるという特典が付いているのである。この二つの魔法を使用することによる俺のデメリットはほとんどないと言えるだろう。なぜならこの二つの【技能】を使えば俺は通常であれば一時間は使用することができないはずの上級の高位レベルの呪文の詠唱省略と、その上位レベルの詠唱省略を行うことができるからだ。つまり俺はこの二つのスキルを使用すれば通常の攻撃用の中級の呪文の詠唱を省略して放つことができ。その状態でさらに別の種類の呪文の詠唱を行うこともできる。そのようにして、様々なタイプの上級レベルの攻撃と回復系の中位の魔法を使用する事が出来るのである。これはかなりの利点であるといえるだろう。

この二つだけでも十分に凄いのだが、実は他にも、もう一つの効果があってそれは、魔力の消費量を軽減するというものなのだ。しかも普通の人の十倍以上の効果を発揮することができるのだ。それはなぜかといえば、俺はもともと魔力が異様に高くその魔力量が多いためこの効果があまり実感しにくいが、本来ならばこの程度の規模の召喚の魔法陣の起動にそこまで魔力を消費しないというのだ。その話を俺にしたのはこの城に滞在してたある日。サーディアス王と食事をしたときに、俺はこの世界の事をいろいろ教えてもらった。その中で魔力量のことについて聞かれたから話をしたのだ。

俺はサーディアス王から聞いた話で疑問に思ったことがある。この世界の人間と俺たちのような地球からの転生者との間に違いがあるのかという質問をした。そうすればこの世界でも地球に居る時の体の状態に近い状態の者たちがこの世界では生まれてくるそうだ。それを聞いた俺はその事が不思議でしょうがなかったのだ。なぜそのような事がこの世界で起きたのかが謎であった。この世界に来て俺と同じようにこちらの人間として転生して来た者は他にいないのだろうかと思い、サーディアス王に聞いてみたところ、今までは確認されていないと言うのであった。そしてサーディアス王は、これからこの世界では地球の人間の体を解析する作業を行っていくらしい。なぜそんな事を始めるのかは、その技術は、この国の機密事項であり話すことはできないと言ってきた。その話を聞いて俺はサーディアス王に無理に聞き出そうという気はなくなった。ただ、一つ気になることがあった。俺の肉体に刻まれている情報には、地球人の遺伝子とは明らかに違う物があり、この世界の住人の遺伝情報が組み込まれていることを伝えられた。そのせいなのか、俺の体は、異常なほど身体能力が高くなっているようであった。俺は自分のステータスを確認していたのだが、どう考えてもこの世界の生物とは全く違う存在であることには間違いないようである。サーディアス王に俺の正体を伝えても、信じてもらえないかもしれないから今は黙っていることにしたのである。

次の日の朝にサーディア王が目覚めてから俺は朝食を頂きそれからすぐに出発をすることにしたのだ。そこで俺はサーディアス王からあるものを渡されたのだった。それが何かというと。この王城の隠し部屋にあった鍵と宝玉のついた首飾りと小さな指輪である。そして俺に、この三つを持ち歩くようにと言われてしまったので。仕方なくサーディア王の指示に従う事にしたのである。俺はその後すぐに向かった先は、この王城にある塔の上に存在する宝物庫だというのだ。

俺はサーディアス王と一緒にサーディリアス達をつれて塔へと向かったのである。塔の中には誰も入ることができないという事になっているらしい。そして塔の頂上には宝玉のついた扉が存在したのだ。そこには結界が存在していてサーディアス王の魔力を持ってしても突破することができなかった。それを見たサーディアスは驚いていたけどサーディアス王は少し悔しそうな表情をしていたのだ。俺はそんな事を思いながらサーディア王と別れる事になった。俺は王都の門の前に転移して移動し王都を出て森の中へと向かって行った。

「おい、起きろ。早く起きるんだよ」

俺が声をかけると彼女はうっすらと目を開き始めたのだ。すると目の前にいたサーニャは、俺のことを見つめると、いきなり涙を流して、俺に抱きついてきたのである。そして大声で泣いていた。

「ああぁー、よかった。ほんとうによかった」

それから俺は、しばらくサニアに抱きしめられていた。どうやら、かなり心配をかけてしまっていたようだ。

「ごめんね。もう大丈夫だから安心して欲しい。とりあえず離れてくれるかな?」

「わかった。でも、その前に私の血も飲んでくれない?あなたなら、多分私を受け入れてくれるはずなのよ。あなたは、私にとって運命の相手なんだから」

そういうなりサニアは、突然服を脱ぎ始めて、俺に近づいてきてキスをしてきて舌を入れ込んできたのである。

俺は、慌てて抵抗したがサニアは、それを無理やりねじ伏せようとするのだ。俺は【神魔】を発動させて対抗しようとしたのだ。

「だめ、私も本気であなたが欲しいんだから。おとなしく、私の物になっちゃってよ」

俺はサニアの行動を止めようとしたが。俺は逆に、彼女に押し倒されて身動きができなくなってしまったのだ。

その瞬間俺の中で【魔王 魔王 解放】の【能力】を発動する言葉が響いてきて【技能】が解放されたのである。俺はこのタイミングを逃すわけにはいかないと思った。そして【真名解放】を発動させた。

俺は自分の目の前に居て、自分に対して性的な行為をしようとしていたサニアを押し倒した。それから俺は彼女の口を自分の口で塞いだのである。

「むぐうぅ。あふぅん。いいわ。そのまま続けてちょうだい。あなたがもっと欲しいの」

その言葉を言った後に俺に組み付いていた力が抜けたのがわかってきた。俺はそのまま彼女の口から舌を抜き取り。それから彼女に話し掛けたのだった。

「俺の眷属になってくれ。【神魔 眷属の絆 契約 解除】

俺は、【契約】を解除し【魔導 真名】で発動させていた呪文を唱えた。

「えぇ!!何これ!?まさか私はあなたに、支配されちゃったの?」

「うん、その通りだよ。これで君は俺のものになったはずだよ。まあいいかなって思うまでは、俺の命令を聞いてくれるかい?」

俺の言葉に、驚きの声をあげたあとに嬉しそうに微笑んで俺に返事をしてきた。

「うん、分かった。それで命令は何をするの?」

サニアの言葉を聞いた俺は、この場でする事じゃないような事を指示してしまった。それは、彼女が今身に着けているものをすべて外してから俺の前に来るように指示を出したのである。

俺がそういった瞬間。一瞬戸惑っていたように見えたのだが、直ぐに脱衣をはじめたのである。俺はその光景を見て興奮してしまうのを感じながらもじっと見つめて待ったのである。

俺の前で一糸纏わない姿になっていた彼女は恥ずかしげに俺に視線を合わせないようにしていた。俺はその裸体を堪能するために近寄ろうとした。

だが俺が近づいた時。俺に向かって魔法を使って来たのである。

俺は、咄嵯のことに反応できず。もろに魔法を受けて倒れ込んでしまった。

そして、倒れた俺は意識を失ってしまい目が覚めた時には。俺の体が乗っ取られていたことに気付いたのだ。その体の中身は俺ではなく【神魔】の状態だった。俺は何とか取り戻そうと、【魔導 真名】を唱えようとした時に俺が持っている魔道具に気が付いて俺はそれを手に取ったのである。

(くそ!このままだと完全に奪われてしまう。なんとかしないないと)

そう思った俺は、そのアイテムの力を利用して体の中に入ってきたサーニャの支配を打ち破る事にした。そのやり方は【技能】によって得た情報にあった。それは、サニアと唇を重ね合いその状態でお互いの血液を交換することで、相手を自らの眷属に変えるというものだった。しかしそれは普通の状態で行えば相手の魂を傷つけることにもなるのだった。しかし、その方法が使える状態にまでサニアの心を誘導すれば問題はないというのだった。

その方法を聞いた俺は。サニアと口付けをしながら、彼女の体内に自分の魔力を流し込むイメージをしたのだ。そして俺は、その魔力を送りこむことに成功したのである。それと同時に、俺の中に入っていたものが外に出て行く感覚を感じた。俺はそれを確かめるためにステータスを確認してみると。そこには俺の名前と共に【神魔】の【能力】が表示されなくなっていたのである。

それから、しばらくしてサニアが目覚めた事で俺とサニアとのやり取りが再開された。その際に、俺はサニアから、どうしてこんなことになったのかの説明を受けたのである。どうやら彼女は、俺のことを一目見て運命的な物を感じていたらしく。それが理由なのか分からないが。俺は彼女を魅了するような行動を取っていなかったにも関わらず。俺の事が好きになってしまったのだというのだ。

それから俺は自分の体の状態を確認した。

まずは、ステータスを見ていくと、俺はいつの間にか【聖弓 レディアアルテ】と契約していて新しい武器を得ていたのであった。そのおかげで俺のレベルが9999のままであったのだ。さらに、新しく覚えていた【聖具 セイクリッドランス(真名 セイクリッドランス(聖槍の勇者))】も手に入れる事が出来ていた。これは、今まで俺が所有していなかったもので。しかもこの世界の人間の魔力を吸収できるという機能を持っていることがわかった。

そして【魔剣 セリスアルテミス】は今までどおり装備したままだった。それと新たに入手した【魔剣 アルハザード(魔剣の勇者)】についても確認をした。この魔剣の能力は、【闇黒化】とでも言うべき状態になれることに加えて。所有者の魔力が枯渇しても、使用者が死に至るまでの間は【闇黒粒子】を生成し続けてくれるのだった。

俺はこれらの魔剣を手に入れたことにより。新たな力を得ることができたのだが、俺はその魔道具の効果によりサニアのステータス画面を確認することが出来た。

「ちょっとステータスを確認してもいいかな?」

俺がそういうとサニアは不思議そうな顔をしていたが了承してくれた。

サニア Lv1

年齢 10 種族 ヴァンパイアクイーン 職業 吸血姫 生命力 0/3800 魔力 80000000 物理防御 3200 魔法出力 6000万 体力 2000 精神値 12000 運 2400 魅力 950 敏捷性 620 スキル 血魔術(レベル7:超一流の魔法使いと同等の力を得られる。血を媒介として、対象を操ることができる)

闇魔術 暗黒魔法術 呪縛術 召喚術 精霊魔術 血操作 魔力強化 魔力譲渡 肉体改造 肉体再生 不老不死 称号 吸血鬼の王女 加護 始祖の呪い サニアは【真名】を持っていたのだ。

サニアは、【神祖の血統】という【神格者】の称号を持っており。それによって、通常の吸血鬼の数十倍の力と寿命と。回復速度と能力上昇補正を得ている事が分かったのである。

サニアは俺のことを気に入ったみたいだったが。自分の中の気持ちを抑えようとしているのがわかってきた。

そこで、俺はある事をサニアに伝えたのである。

俺はサーディアス王の好意でもらった首飾りを取り出した。

「これを、もらってくれないかな?」

俺がそういって、差し出したものは。俺が【真名解放】したときに現れた鍵の付いたネックレスである。その宝石のような石に埋め込まれているのは【神祖】の【紋章】が刻み込まれていてその効果の所には【神の使徒】の文字があったのだ。そしてその石の部分に俺はキスをして、その指輪は俺の指にはめておいた。すると俺の中にある【真名】の力の一部が解放された。そして俺の中にあった【魔王】の称号は消滅した。俺の持つ【固有技能】の中に新しく【神魔】という文字が追加されたのである。そして【真名解放】を唱えることによって俺の能力に新たな項目が追加され。【神魔 神器の創造】の【能力】が追加して。俺はその力で【魔王】を【魔剣 アルハザード(魔王の刀鍛冶)】に作り変えたのだ。

その結果。【魔杖 アルケミーロード(賢者の叡智)】に込められていた全ての機能が開放されたのである。それにより、【鑑定 分析】の機能を使う事ができるようになったのだった。

【魔杖 アルケミーロード(賢者の叡智)】の機能を【解析 看破】で調べてみると。この杖を使えば相手の能力を知ることが出来ることが分かった。

サニアはその指輪を見てから俺の顔を見ると涙を浮かべていた。俺はそんな彼女のことをそっと抱きしめてあげた。

それから俺はサニアのステータスに何か変化が無いかを見ていたのである。そうすると、なんとその瞬間サニアの姿が変化していき。美しい少女に姿を変えたのである。

その体は銀色に輝く髪を持ち、その瞳は赤く染まっていた。その肌にはうっすらとした紫色の血管が走っていたのである。それは、まさに伝説に出てくるヴァンパイアそのものの姿をしていたのだ。その姿を見た瞬間。俺は、これが本来の彼女の姿で、その本性を無理やり隠しながら生きているのだということに気付いたのである。それから俺は、自分の体に起きている異変について彼女に尋ねたのだ。俺が彼女に質問を投げかける前に、彼女は自分の口で説明をし始めた。それは彼女がもともと人間では無く、吸血鬼の王であり【神祖の血統】を持つ一族であったこと。俺の眷属となった事により俺に魅入られてしまったのが原因らしいということだった。つまり俺の体の中にはサニアと同じ血液が存在していることになるようだった。

俺がそのことについて話していると突然。目の前にウインドウが表示され。俺はその内容を眺めていた。

そのウインドウには【聖女 アリシアス】の現在の様子が映し出されており。彼女達は俺が【魔杖 アルカハザード】の力を使って造り上げた【迷宮都市】の地下に居るはずだった。

そして、そこには【魔杖 アルハザード(闇の魔王)】があるはずである。

だが、そこにいるはずの彼女の気配がまったくしないのである。

俺はそのことを不思議に思ってその場所を確認してみると、俺の【魔導 真名】の力を使った時に手に入れた。【聖弓 レディアアルテ】の居場所と同じような感じになっていたのである。

それは俺が造った迷宮に繋がっている道の所に巨大な黒い球体が出来上がっていたのだ。

その中をよく観察してみると。中に【魔剣 アルハザード】とそれにくっ付いている状態の【聖具 セリスアルテミス】が見えるのであった。どうやら【魔剣 セレインアルテミア】にくっついてしまった状態になっていたようなのだ。しかし、俺の【魔導 真名】で造られたこの迷宮の中であれば俺の意思だけでいつでも【魔剣 セリスアルテミア】を取り出すことは出来るのである。なのでとりあえず俺が、あの空間に行って様子を見てみることにすると伝えた。サニアはそれに同意してくれて俺と一緒に向かう事にしたのだった。

そして、俺達がその場に到着すると、【真名解放】によって姿を現した俺の聖弓レディアアルテの使い手であるアリシアスの姿が確認できた。

俺はサニアと二人で、その様子を確認した後。俺の方の用事を済ませてしまおうと思った。

その行動とは、【聖弓 レディアアルテ】と契約する事だ。俺の意識の中に入って来た【聖具 セリスアルテミス】と【魔弓 セディアルテイア】は俺が契約する前からすでに俺に対して忠誠を誓っていた。そのせいなのか、この二柱からは、今まで以上に【固有技能】である『矢』を使用する際の力の流れを感じる事が出来ていたのだ。

「【神魔 契約】」俺は、サニアと契約をした時に得た。【真名解放】を唱えた。その声が響き渡って行くと、俺の手の中に光が集まり一振りの弓が出現した。俺はそれを両手でしっかりと掴むと【聖弓 レディアアルテ】が俺の魔力を吸い上げるようにして、その輝きを強くしていった。そしてその光が強くなったところでその光の奔流を収束させていったのだった。俺は光が収まると同時にその弓の弦を引き絞る動作をするのであった。すると俺の手元にある【聖弓 レディアアルテ】から矢が形成されるように形成されていった。そして、それを引ききると俺の腕の周囲に幾つもの鏃が出現していくと。俺の周囲を旋回していくように回り始めていた。

その状態で俺は再び【真名】を解放するのだった。

「【聖具 セリスアルテミス】【真名解放 セリスアルテミス(月の女神)】!!」

【聖具 セリスアルテミス】と融合することで、その能力を使用できるようになったのだ。それと同時に、俺の中で何かが変化するような感覚が襲ってきた。

俺のステータスを確認すると。新たに【真祖の血】の力が開放されていたのである。さらに、今まで開放されてなかった称号も開放されていて、新たな能力を手に入れてもいた。それが、この【血操 掌握術】という【能力】である。その能力は【魔剣 アルカハザード】が持っている能力と似通ったもので自分の意思で対象物を操ることができるというものだったのだ。これは【血剣 セイクリッドソード】でも使うことが出来た。それとこの能力にはもう一つ追加の効果が存在していたのだ。【血操作】である。俺は自分の血を操る事によって傷を回復させることができるようになっていたのだ。俺がこの新しい力を得たことによって、自分自身の力を底上げすることができるようになり、俺は今すぐにでもサニア達を連れてここから脱出することを考えていた。しかし俺がその行動をする前に目の前で起き始めている現象に気づいていたのである。俺が見ている目の前では、【聖杖 セイクリッドメイリス】と融合した【聖杖 アルケミーロード(賢者の叡智)】が、その機能を発動しようとしていたのである。

その瞬間に周囲の状況が変わったのである。俺は目の前に現れた光景を見つめて愕然としたのだ。なぜならそこは、まるで【神獣の領域】に迷い込んだような風景に変化してしまったからである。

その世界は、まさに神々が住む場所にふさわしい雰囲気に変わってしまったのである。俺とサーディアス王は、神界の神殿に飛ばされた。しかも、そこの風景は見慣れない場所に変化したのである。その部屋の中には、白い髭の長い老人の神と思われる者と。赤い髪の美しい女性の神がいたのだ。俺はこの二人の神を見た時。本能的にこの神達に敵対してはいけないと感じていた。サーディアス王のほうを見ると彼は緊張していた表情をしていたがそれでも俺より先に行動を起こしていた。それは、その場にいる神達の方に近づいていったのである。すると、そこにいた一人の神の男が、俺とサーディアス王の存在に気づいたのか俺に視線を向けると話しかけてきたのだ。

「よくぞ参られた人間族の若者よ。我らが同胞が迷惑をかけたようじゃな。お主らのことはわしから謝らせてもらう。本当にすまぬ。許して貰えるとは思っていないがどうかここは穏便に済まして欲しいと思っておるのじゃが。どうだろうか? 」

その言葉を聞いた俺は驚いていた。なぜならその神の言葉を聞いて。自分の中に流れ込んできた情報からその神が上位の存在であることが分かったからだ。それはつまり神に近い存在だということを意味していて、神格者では無いにしてもそれなりの力を持つ神だということに違いはないはずだと思っていたのである。そんな相手に頭を下げさせているこの状況はかなりやばいと俺の脳裏に警報音が鳴り響いていたのだった。そこで、俺は神に向かって口を開いた。

「あぁ、謝罪を受け入れよう。こちらとしても今回の件については不問にしてもいいと思っている。それに俺にはそちら側の事情に口を出すつもりもない。それでこの一件に関してはこれで終わりということには出来ないか?」

そう俺が言うと、その神は一瞬驚いた顔を見せる。それから苦笑すると言葉を返してきた。



「ほぉーう。その歳でなかなか度胸のある小僧だな。普通なら、わしらを見ただけで恐れ慄くはずなのだが。その態度、どうやらお前の言っていることが嘘ではないことが分かった。ならば今回は、それで納得することにしよう。これからよろしく頼む。さっきも言ったが改めて自己紹介をしておきたい。わしの名はアグラオネス、見ての通り土の大地の創造神をしているものだ。こっちの赤いのが火の大空の創り出した破壊神である」

その神が名前を告げると隣にいる女性の方を見てニヤリと笑って見せたのである。

そして次に俺の方を向いてきたのである。

「そいでそっちの少年。君の名前は何というんだい? 」

その質問に俺はすぐに答えられなかった。だってこの人。明らかに見た目は、爺さんなんだよね。その人の質問を無視して答えるわけにもいかないしどうしたものかと考えていたんだけど、その時ふと頭に考えが浮かんできてしまった。(あぁ、そう言えば【固有技能】で鑑定スキルあったじゃん)と思い出したので使ってみることにした。

「私はサーディアスです。一応この国の王をしておりますが、この場においてはただの一人の男として貴方様とお話がしたいのですがよろしいでしょうか? 」

(ん~なんとなく嫌な予感がするけどしょうがないよなぁ)と思いながら俺はサーディアス王に視線を向けたのである。そのサーディアス王の顔を見れば少し不安な気持ちになっている事が分かるくらいに、動揺していた。

「ほっほっほ、別に構わんぞ、わしらに対して畏まった口調など不要だからの。それより、先ほども申したがお前にお願いがあるのだよ。どうかこの世界を平和にしてくれないだろうか。この子を助けてやって欲しいのだ。その代償になんでも願いを叶えてやろうと思うのだがどうかの? もちろん、出来る範囲の事だがのう」

そう言われたので俺はまず一番初めに気になっていたことを聞くことにする。

「一つだけ聞かせて欲しいことがある。あんた達はいったいどこの誰でなぜここに俺たちを呼んだ。その意図を説明できるか」

俺は真剣にその質問を聞いていた。

なぜなら俺の中に入ってくる情報が本当だとしたら。俺はとんでもない事に巻き込まれたことになるからだった。

(だって、こいつは今俺達を世界を救うために協力を要請しているという事だろ。それなのにこんな重要な事を俺みたいな一端の高校生に頼るってどういう事だ? それに俺の記憶の中では俺よりも若い男神がいるんだよ。そんな奴が何故こんなことを俺に任せる。なんか違和感を感じてしまう。そもそも神族とかって人間の世界に干渉することは禁じられてるはずだからこういう行動を取るのはルール違反じゃないのか?)

そう思っていたら目の前にいる神の男の人が突然笑い出し始めたのである。その様子は、俺がこの人に会った時感じた神々しさが全く消え失せてしまっていたのだ。俺が困惑した顔を見せていると男はこう話し始める。

「はっはは、そんな事を知っても何も変わらんだろう。それよりも早く話をしないと、あの馬鹿息子達が動き出してしまうぞ」

そう言われて俺とサーディアス王は顔を見合わせるのであった。

「はーはは、いいねぇ。実にいい。まさかここまで私の思惑通りに物事が進むとは思ってもいなかった。これも全て貴様のおかげだぞ【剣魔 ユウ】よ。感謝をするとまでは言わないが、まあいざという時の保険になってくれたことにだけは感謝しておくとしよう。だが、これで終わるつもりはない。これからもこの私に尽くしてくれれば必ず報いてやる。せいぜい楽しみにしているといい。くっくく、くははは、あっはっっっは!!! 」

神界にある神族の城の中に一人の人物の声だけが木霊していた。それはその城の一室の中から響いていたのだ。その部屋には一人の女性が眠っていた。その姿を見つめている人物がそこにいたのである。

神界には三つの勢力が存在する。

その一つである闇の大地の管理者である女神、アテナ。

この女は、闇を司る神である。

この世界の理に最も近づいた存在である。彼女は自分の眷属であり自分の娘のような存在である【魔王】と呼ばれる少女のために一つの決断をした。

それは、彼女の愛してやまない我が子の未来を守るために自ら命を捨てることをしたのである。それが彼女が考えた方法だった。

その結果。彼女の娘の命を守ることに成功するが彼女自身が封印されるという結果を招いてしまうことになったのである。

神の中でも最高位の存在である大神達。

彼らは自分たちの力を分け与え【神具】という存在を創り出したのである。その中でも特に異質であると言われているのが三種類の武器である。そのうちの一つである【聖弓 レディア】

これは元々。アティスの持っていた聖弓の【能力】の一部だったものである。それを、この世界で手に入れた神族の王が回収して、自分の物にしていた。しかしある時この聖具は所有者を選ぶために本来の機能を失い【呪いの聖弓】へと姿を変えたのだ。これはある条件によって使用者が決まるようになるためである。

それは聖女の血族しか使うことができないという条件が付いているため、この聖具を持つ者は代々その血筋の者のみが継承されていく仕組みとなっているのである。

しかし、聖女の血筋が絶えた場合。

この聖弓の所有者は永遠に不在となるはずであったのだ。

しかしそこに現れたのが【勇者】である。

彼は【血操】のスキルを持ってしてこの【聖弓】を手にしたのである。

それからというもの【勇者】は聖杖の【神獣の王】と聖鎧と聖盾のそれぞれの【神獣の神器】の能力を使うことができるようになっていた。そして彼の仲間にはそれぞれ特殊な力を持つ仲間がいた。一人目は精霊の加護を受けてその身を変化させて戦うことができる精霊騎士。二人目はこの世界で最も優れた魔術師の力を持つ魔法師。そして三人目が神殺しの力を秘める英雄である。彼の持つ神殺しの力は、神が作り出す空間ですら侵食することが可能になる程の絶大な威力を誇るのだ。

さらにこの【神域の箱庭】の製図を書き換えることが出来るだけの能力すら備えていた。まさに最強といっても過言ではないパーティー構成をしていた。

そして彼らの目的、それは神界に眠る神族の復活であった。

そして神族の管理する領地に踏み込んで来た者たちを排除するためにアグラオネスが生み出した存在が。その戦いに参加していた神界に存在する六つの大地の女神たちだったのである。

この世界を管理する存在、その者達こそが本物の神だった。その神々の中で、もっとも力を持った存在である大神。彼らは自らの力を削ることで他の神々を生み出してきた存在だった。その大神の一人がこの【創造主】なのだ。【創造主】は創造の権能を持ちその能力は創造、生成、変換などの様々な能力を持つが。その力は万能ではなく神界の秩序を保つために必要なこと以外行えないのである。そのため【破壊神アグラネウス】の消滅と同時に全ての力が使えなくなってしまった。その代償にその肉体も魂も崩壊していったのであった。

そんな彼が今何をしているかというと。その体を使って、とある計画を遂行していたのである。

その計画はこの世界を新たな形に生まれ変わらせるためのものだったのである。そのために今この世界に起きている現象を利用しようとしていたのだ。

この世界を新しいものにするためにこの男に賭けたのだが、思った以上に上手く事が運び過ぎている事に喜びを感じながらも、まだ油断は出来ないと思っていたのである。

(さてと、後はあいつに任せるか)

そう思うと。目の前にいる二人の男女を見てからニヤリと笑う。

そうしてその場から姿を消していくのであった。


***

神界では、アティスたちが、その神に呼び出されて行動を開始しようとしていたのである。

(まったく、なんなんだこいつら)

目の前で起こっている光景に俺は戸惑うことしかなかった。なぜなら俺は【神界】というところに連れてこられてそこでいきなり、神様から協力を要請されてしまったからである。

(いや、おかしいでしょ!なんでこんな状況にならなきゃいけないわけ?しかも俺よりも年下に見える女の子に俺の大事な仲間たちが殺されかけているとかどういう事だよ。それに、俺にこの世界の平和を救ってくれだとか意味が分からな過ぎるんだけど)

「おいっ、ちょっと待った。俺の質問に答えてくれよ。まずお前は本当に神様なのか? それとこの国を滅ぼそうとしている悪魔ってのはいったい誰のことを指しているんだ? 俺の仲間が殺されるって言ってるけど。そんなことは絶対に許さない。だからお前は俺と敵対しているんだろ? じゃあなんの目的でこんなことをしたのか説明をして欲しい」

「んん?そんなに一気に質問しないでくれるかな? 君だって疑問に思っている事がいっぱいあるでしょ。だから僕がその説明をしてあげると言っているのに何の文句があるの? 」

「は? お前は自分が説明してくれるから問題ないと思ってんのかもしれないけど、それで仲間が死んだらどうするんだよ。俺がその質問をするまでも、俺に何か質問してくるやつなんていなかったから、お前も何も話してくれなかったんじゃないか。それにこの国は平和だって聞いたぞ。なのになぜ急にこの国に危機が迫ってきているような事になっている? そもそも、なんの理由があって俺達を呼びつけた。それを教えてもいないし。まずそこから説明をしてくれよ」

俺の問いかけを聞いて、その少年のような姿の男は何も反応を見せなくなったのである。すると今度はサーディアス王の隣にいたアルヴィンが俺に向かってこんなことを言ったのである。

「あなたが、今言っている事はもっともです。それに、私達は貴方からしたらただの旅人たち。その私たちの命が狙われたのですから、そんな風に怒るのも当然でしょう。私は今まで貴方のことを誤解していたようですね。申し訳ありませんでした。私の名を名乗りましょう。私はこの国を治めております。サーディアスと申します。先ほどは私どものせいで危険な目に遭わせてしまい、誠にすみません」「ああ、別にもうそれは良いんだよ。そんな事より。どうして俺がここに呼ばれているのか、それをちゃんと説明してくれると嬉しいんだけれど」

「え、ええ。そうですよね。分かりました。私達にも詳しい事情は分からないんです。私が分かることはこの国のどこかにあるとされるダンジョンの封印が解けてしまっていて、そこから現れた大量の魔物が我が国を襲おうとしています。それだけでも十分に緊急事態なのですが。さらに悪いことに、この国に突如として現れた【邪悪の魔王】と呼ばれる存在に【剣魔 ユウ】さんと私達の戦力を合わせても勝つ見込みが無いと言われているんです。ですからこうして神に頼んで助けを求めに来たというわけなんですよ」そう言うとサーディアスは真剣そうな表情になりこちらの様子を伺うように視線を送ってきた。俺はそんな彼の様子を見ながら考えることがあった。それは俺達が戦っていた相手のことである。

その正体が何者だったのだろうかと考えていたのだ。だがしかし。今はその件については考えても仕方がないと思ったのである。それよりも、この世界の問題を解決しなければ。

俺はサーディアス王が言った【剣魔 ユウ】という言葉を聞いた瞬間に体がピクリっと動いていたのである。その理由はこの男と似たような感じの人物を知っていたからであったのだ。(確かこの世界には、【聖弓】を持っているはずの英雄が存在したはずだよな?)

そう考えた時、頭の中に【聖弓 レディア】を所持している女性と、この世界に存在していたはずなのに何故か記憶の中から消えている、【剣鬼 ユウキ】という男が思い浮かんできたのである。

(まさか、そんなことがありえるのか?いやでも【聖弓】の所有者はこの世界には【魔王 ユイ】しかいなかったはずだったよな。あの女が生きているのか? だけどこの世界に転生した【勇者 アティス】の記憶からは、あの女の姿はなくなっていたみたいだし、【勇者】と関わり合いがなかったと考えるしかない。そう言えばあいつが最後に使った技は、神界にあった書物に記されているものに似ている気がしていた。もしそうだとしたらあれは何だ。【聖剣】の力を使っていたようだが)

【聖弓 リリス】の所持者、女神リリアス。この女だけは、俺の記憶の中でもかなり印象深い存在であったのだ。その容姿は金髪の髪をポニーテールにして結んでいたのが特徴的で顔立ちも綺麗であったのだ。性格は優しく真面目だったが、自分の力の限界を超えて無理をするような一面もあり心配になってしまう部分があった少女だったと思うのだ。

(もしも仮にその女が存在するのだとすれば今回の敵である可能性はかなり高いと言えるだろうな。だとすればそいつの正体を突き止める必要があるか。もしいなければ、そんなやつは存在しなかったと考えれば問題はないな)

(問題はそんなことよりも、今は目の前の状況についてどうにか対処することの方が大事か)

そんなことを考えながらも、とりあえずこの国のために力を尽くしてあげようと決意するのである。

(【真名解放】が発動して、神器と【神具】の力を使えるようになっているのはいいんだけど、【真名】は使えそうにないか。それに【神装武具】の能力まで封じられているのは痛いな)

神器や【神獣の神器】の力を解放しても神装武具の力は解放されなかったのである。

さらに【神域の箱庭 】の製図を描く事も出来なかったのだ。それはこの世界で手に入れたスキルに関しても同じことが言えたのである。

そして俺は神界での出来事を終えてから地上に戻ってきていた。

そしてすぐにこの世界を救うために行動を開始したのだ。


***

この世界にやって来た悪魔との戦いは苛烈を極めていた。なぜならその悪魔の力はあまりにも強力で、【血魔法】という特殊な魔法を使いこなして俺の仲間に攻撃を行っていたからだ。

俺は【血操】という血液を自在に操る能力を持っていた。その能力は、血液に含まれている成分や構成などを変える事ができるのだ。そのおかげで、俺達は悪魔の能力の影響を受けることなく戦うことができていた。

俺は仲間に襲いかかろうとしてきた悪魔に向かって【神装 グングニル】を突き刺すために突進する。だが俺の【グングニル】の攻撃は悪魔に回避されてしまい空振りする形になってしまったのである。その隙を狙っていた悪魔によって俺に向かって黒い刃の形をした【暗黒魔法】が放たれた。俺は咄嵯に【魔盾 アイギスの盾】を呼び出し攻撃をガードしようとするが。【魔盾 アイギスの盾】に亀裂が入ってしまい砕け散ってしまったのである。

(嘘だろ? 俺の防御力を上回るほどの威力なのか)

そう思うと同時に俺は後方に下がって態勢を立て直す。そんな俺の元に仲間が駆けつけてくれたのだ。

(みんな、ありがとう)

俺は仲間と一緒になって連携して【魔族】と【悪魔】と戦っている状況になっていたのである。【聖剣】を持った俺が最前線に立ち、【聖刀】を【神魔人】になったアリシアスが振るうことでその攻撃力を増し、仲間たちを支援できるように動きながら戦いを続けていた。

それから数時間ほど戦闘を続けているとようやく俺達のもとに、サーディアス王が駆けつけてきてくれて加勢してくれたのである。その結果、なんとかこの場で悪魔と戦うことができたのであった。

サーディアス王の加勢により何とか悪魔を倒すことが出来た。俺達はサーディアス王と情報を交換し合ったのである。だがその際にサーディアス王は、この場に突然現れた少年のことも気にしていたのである。そのことからも、サーディアス王はこの国の現状をよく理解しているように感じられた。だからこそ、サーディアス王はこの国に迫り来る脅威に対して、少しでも力になろうと、この場に姿を現したのであるが、その事を察することができないほど俺を含めた全員が動揺してしまっていた。そんな中でアルヴィンだけがサーディアス王に何かを話し始めるのであった。


***

アルヴィンは聖女を自分の屋敷で休ませるように指示を出すと、サーディアス王に協力を申し出たのである。そんな彼にサーディアス王はこんな言葉を返していった。サーディアス王としては、この国の未来のために協力してもらいたいと考えていた。だが彼はそんなことを言われると思っていなかったのであろう。アルヴィンは驚いていた。

しかしそんな彼を気遣うようにしてアルヴィンがこんな提案をする。この国の窮地を救うことができるのは、【神界の救世主】として君臨できる存在であるユウしかいないと言って、この場の皆に協力してもらえるよう説得をした。だがそんな言葉を聞いた瞬間。サーディアス王の顔色が変わり始めたのである。

この国にとってユウの存在がどのようなものになるかを冷静に判断したようでサーディアス王は俺達にユウのことを見極めるようにと言い放つと、その場から去ってしまうのであった。そんな出来事がありつつもサーディアス王の協力もあって俺はこの城の中で休む事を許されたのである。だがその条件として俺は一つ条件を出していた。

それは俺の身分を証明するものを作るための許可を得ることである。そうしなければ、この国に居ることができないと思ったからである。この世界に来てしまったことで、今まで住んでいたところとは違うところに飛ばされてしまったのだと思っていたのだが。どうやら違うようだったのだ。

(なんなんだこの国は、この国は【異世界人】の存在を知っているようだったが、それが俺みたいな人間だという確証を得ているわけじゃないんだよな。だとしたらいったいなぜこの世界には、【勇者】と【聖弓 レディアアルテ】の二つが存在しているんだ? それにどうして【剣魔 ユウキ】の名が歴史上から完全に消えているんだ。何かがおかしいぞ)

そんな疑問を抱えつつ俺は与えられた部屋で休憩をとっていた。

「はぁ~、疲れた。こんなことなら、もっと鍛えていればよかったな」

そう言いながらソファーに座り、一休みをしていると扉を叩く音が聞こえてきたのである。そして部屋に入ってくるなり、一人の男が俺に声をかけてきた。

「【勇者】様、お食事の準備ができました」

そう言って頭を下げたのは【執事 ロレンス】という、見た目は四十代前半ぐらいの渋みのある紳士といったような男性である。その男性は白髪交じりの短めの髪型をしており、その目には眼鏡がかけてあった。服装は白いスーツを着ておりその上に黒い燕尾服を着ておりとてもカッコいい人物であったのだ。

俺の側に控えていた【従者 アリア】も一緒についてくると言ったが、この男は、アリアを別の場所に待機させる指示を出さなくては、後々困ることになると諭されてこの場に残ることになった。

(しかし、なんでこの男には【聖剣 リディアアルテミス】の【真名解放】の効果が出ないのだろう?)

この男が【聖剣 リディアアルテミス】の所有者であるはずなのに、そんな様子はまったくなかったのである。

「分かりました。今行きます。でも、まずはこの世界で使われている文字を読めなければ、会話をする事すらできませんからね。それと俺の名前は、ユーフェミアではなくユフィーヤと呼んでください。この世界の人たちが発音する音に合わせておきたいんです。だから、お願いします。そうしないと俺は、本当にただの役立たずになってしまいますから」

そう言うと、俺は【勇者】の威厳というものを意識してこの世界の人とのコミュニケーションをとれるように努めるのであった。

それから、俺達は城の中庭に移動して食事をすることにしたのである。俺と聖女と【執事 ロレンス】の三人とメイド達が一緒になった状態で移動をして食事をしていた。俺はこの世界の人達が使っているというフォークやスプーンを使うことにした。それは俺のいた世界と違って、食器の形や大きさが違うせいか、使い方を間違ってしまいそうで怖かったのだ。なので事前にメイドさん達に教えてもらう事で、使う事ができるようになったのだ。俺は、なんとか普通に使う事ができるようになりほっとしていたのだった。そして俺の隣に座る【メイド アリシア】は、なぜか機嫌が良くなっていた。彼女は先ほどまで緊張気味だったのに今は上機嫌になっている。

その理由を聞く前にメイド長の【マリアナ】と名乗る女性が俺の前に出てきてくれたのである。その彼女の表情を見て、俺は自分が何を間違えたかを理解する事になったのだ。なぜなら彼女が笑顔を浮かべていたからだ。

「失礼致しました。私があなた様の対応を任されています。マリアナ=メイです。私のことを呼ぶときは、呼び捨てかもしくはちゃん付けにしてくださいませ。それで私達の自己紹介のほうはすでに終わっています。私はユウ様にこの世界の言葉と文字を教えさせていただく係になっております。それでは、こちらのスープからどうぞ。熱いうちに召し上がって下さい」

そう言った後に俺の前に置かれていた皿から料理を小皿に取り分けてくれたのだ。俺はその動作を見ていたので、自分でやろうと動こうとした。だけどその前にマリアナは別の人に頼んでその役目を引き継いでしまったのである。

(なんかやる事を奪われた感じになってしまったんだけど、これって、俺って子供扱いされていないかな? この人は、まだ十代のように見えるんだけど、二十歳とかの若さで俺の世話係を任されるなんて、それだけ優秀だということなのかな? それにしても、このスープの味付けはかなり好みかも、野菜と鳥っぽい動物の肉が入っているのか。あっさりとしているけど旨味があるし良い塩加減に仕上げられているな)

俺達は食事をしながら話を進めていった。だが俺はまだ、この国のことや、この世界で起きていることについて詳しい情報は聞けていない状況だったのである。

(とりあえずこの国がどんな国かという事を知りたかったんだが、その話を聞こうとするたびに話がずれていくんだよな)

食事を終えると俺とアリシアス、【聖女 ザビーネ】は用意された客室に案内されたのであった。


***

【聖女 聖 アリア】視点

***

この城に来てからは大変なことばかりでした。突然現れた聖剣と神弓の持ち主がこの国の王によって、ユウキと呼ばれる人物だと言われたときには驚きを隠すことができませんでした。

その後すぐにユウキと名乗った人物は、【聖剣 聖刀 リディアアルテ】を手にするとその力を発揮していきました。その姿を見て聖刀の勇者と呼ばれている【神魔人】であることを確認すると同時にユウキは私にこの国を救うように告げてきました。その言葉をユウは当たり前のように言っているように見えましたが、実はユウの瞳の奥には深い苦悩の色が見えるように感じていました。おそらくユウは私達と違う場所で生活していて、いきなりこの世界に召喚されてしまったのでしょう。だからこそ彼は自分の力の及ばないところで苦しんでいると感じてしまうのです。そんな彼が私たちを助けようとしているのに、私達は彼に頼りきりになっていいのでしょうか? そんな気持ちを抱えたまま私達は食事を取ることになったのでした。ユウに出されたのは、鶏肉と思われる物を香草と一緒に煮込んだものでした。それはこの世界独特の文化らしく、【神界人】と呼ばれるこの世界の人たちは好んで食べているという食べ物らしいのです。そんな料理を食べ終えた頃に、突然部屋の中に一人の男性が入り込んできたのです。そして、その男は私とザビ―に向かって挨拶を始めてきたのでした。その男性の話しを聞いていく中で私たちはある事を思い出しました。ユウの話では、聖剣と弓の【勇者】はこの世界に七人だけ存在するという話だったからです。ということはこの目の前にいる男性もその一人なのだと思ったのです。そして、やはりユウが言っていたように聖剣の所有者だという事は間違いないのだと思い知らされてしまいました。

そんなことを思いながらも私は彼にこの国の王であるサーディアス王の事を聞かれたのでした。そして彼はこの世界の文字を読めないということも知り、ユウに助けてもらえばよいのだと気がつきました。でもその時でした。ユウがユウキという男性ではなくユウと名乗っている事に気づいたのは。ユウと呼べと言われてしまっては、そうするしかないじゃないですか。それになんだか嬉しくなってきちゃったんです。

この部屋に来た時に彼の事を初めて見た時は、正直言ってカッコよく見えたんですよ。だって、あんなに整った顔立ちの男の人って、今まで会ったことありませんでしたから。しかもあの【真聖剣 エクセリオンソード】の所有者だと分かった時には驚いたわよ。だけどそれと同時に安心もしていたんです。きっとこの人は本物なんだと思ったんです。

そんなユウとの話が終わるとメイドが食事を運んできたの。どうもユウはこの国の食文化を知らなかったようでメイド達に教わりながら食事をとっているみたいでした。その光景を見たときに私は思ったんです。ああこの人が、この世界の【勇者】様なんだなと改めて実感できたんです。そしてそんなことを考えた後に私のお皿の上には、この世界の食べ物とは違うものが並べられていたのでした。それは私が食べるものよりも数倍も大きく、また量も多かったの。それにお酒のようなものが入っていた容器も私より多かったのです。そして私は思わず呟いてしまったのよね。これは何か特別な日のためだけに出てくるご馳走なのですから。でもそのあとすぐにメイドの一人がその飲み物の正体について話してくれて納得することができたのでした。その飲み物はこの世界の【葡萄ジュース】というものらしくてとても美味しかった。でもこんなにたくさん飲めるかしらって思ってしまったわ。結局ほとんど飲むことができなかったの。それでもかなりの量を飲むことが出来たので良かったわ。この国ではこの世界に存在する三つの種類の飲み物がありそれぞれ名前がついているそうなのだけど私は知らなかったので聞くことはしなかったの。

それから食事が終わった後にユウに文字を教えてもらうことになったの。だけど私はここで一つ大きな誤算をしていることに気がついてはいなかったのでした。それはユウにこの世界で使われている文字の読み書きを習うことは簡単だったということ。だって、簡単な挨拶文だけだったんだもん。でもそれが終わった後にユウは【メイド アリシア】さんをこの部屋に連れてきて、一緒に教えて欲しいと頼まれてしまった。

(えーっ!? どうしてそういう話になるのよ! そんなの聞いていないですよ。どうしよう。私この人の事が少し気になっているのに。この人と二人っきりになると変なことをしそうになってしまう。それにアリシアさんには絶対に嫌われたくないのに)

そう考えながら、必死に逃げ道がないかなと探しているのだけどそんな都合のいい逃げ道など存在しなかったのである。

俺は食事を終えて用意された客室に移動する前にこの世界の言葉を覚えるための本を読もうと思っていたのだが、なぜかメイドがやってきてこの世界で使われる言葉と文字を教えてくれるというので、素直に従うことにしたのであった。

そのあとは俺はまず自分が今どういう状況にあるのかを理解するためにメイド達に教えてもらうことにしたのだ。俺は彼女たちの話すこの国の事や、魔王軍に関する話を聞いた。

そしてその中でこの国が【神聖帝国アルフガルド】という名前で、ここに住んでいる人たちのほとんどがこの国の民でありそれ以外の国民はいないということを知ってしまったのである。さらにこの国の王は、初代の皇帝の血筋が受け継いでおり、現在は二代目にあたるらしい。ちなみに三代目が現在の王様でその前は五代目だったという。だが今は五代目の時と比べてかなり荒れていて、この国に訪れる商人が少なくなるくらいの状況が続いているらしい。その理由は、この国の現状が関係しているようだった。それは他国からの干渉がこの国の周辺で頻発しておりその影響を受けて物流が滞りがちになってしまっていることが原因のようだ。そのため他の国へ行ける商隊の護衛を募っても中々集まらない状況になっているとのこと。

この世界の経済状態はかなり悪くなっているようだ。この国には三カ所に大きな街が存在しているらしくそこに暮らす人が多く居るためその人達は飢えているわけでもない。しかし、この国の中で暮らす人々は、物資が不足していることが原因で貧困に陥っているのだ。だからといって、国の中からお金を持ち出すことができないので国としての対応は後回しになっている。そんな状況下で、俺は聖女であるザビーネが持っている聖剣を手に入れるべく聖女が住んでいる城にやって来ていた。

「それで、そのザビーネが手にしている聖剣は俺に譲ってくれるということで問題はないのだな?」

「はいっ、それで構いません。ただ、条件が二つほどあります。その一つ目があなたには、これから先ずっと私たちの手助けをして頂きたいと思っています。それができればこの【聖刀 リディアアルテ】はあなたに譲りましょう」

その言葉を聞いて、俺はすぐに了承しようとした。

「もちろんそのつもりだったさ。俺も早く元の世界に戻る方法を探し出さなければならないと考えていたところだ。それじゃぁ、早速俺にこの剣を譲ってくれないか」

だがそんなことを言われたザビーネは、怪しげな笑顔を浮かべたのである。

「本当にそれだけの覚悟でいいのですか? もし、私がユウ様にこの国を救うための力を授けることができるといったとしても同じように答えられるのでしょうか? そしてもう一つのお願いですが、その剣を受け取る前に、あなたの実力を見せて下さい」

「俺の力を見せるだと? それは構わないが、何をするつもりだ?」

そして次の瞬間、聖女は俺の質問を無視するように攻撃を仕掛けてきたのである。


***

【神界人 聖女 ザビ―ネ】視点

***

聖女である私は自分の武器である聖剣リディアアルテを手にした。そしてその剣を使って攻撃を始めた。聖刀リディアアルテはその能力によって使用者を限定することができる。その能力というのは、所有者が許可をした相手しか聖刀に触れることができなくなるの。つまりその剣に触れてしまうとどんな人間であろうともその聖刀から出るオーラを浴びてしまうことになるの。それによって聖刀の能力を使う事ができる。私は自分の聖剣でその効果を使い相手の動きを制限するつもりでいたのである。

聖刀リディアアルテに付与された能力は三つ存在する。

一つ目は『聖化』この効果は剣を媒体とした魔法の強化を行う。その効力を上昇させることが出来るの。その強化された威力で相手に攻撃をすることが出来るようになるの。ただし使用回数が決められていて、一度に使用できる回数は三回までとなる。二つ目の効果が『結界』結界という魔法を発動させることができるようになる。これは使用者の意思で発動させることができ、一定範囲内の敵の行動を強制的に止めることができて、味方の身体能力を上昇させ敵から受けるダメージを軽減することができる。そしてその効果は永続するの。そして最後の機能が、この剣で傷つけられた生物を回復するというもの。この回復できる限界の数字は999回。そして、一回使用するごとに剣の使用回数が増えていくので最終的には九十九回の回数まで増えるのよ。

そして私の目の前に立つ男は、突然私に対して戦いを挑んできた。聖女と呼ばれる私を相手にここまで余裕を持って戦うことが出来るのは、聖槍使いの男以外にいなかったのだけど、彼は明らかにこの世界に来たばかりの異世界人だった。そんな彼がなぜこれほどの戦闘能力を持っているのか理解できなかったの。

(それに彼はどうしてあんなに強いのかしら?)そんなことを思った時だったわ。突然聖剣から声が聞こえてきたのよね。この世界では珍しいことなんだけど聖具と意思疎通ができるの。そのおかげかわからないけど【聖槍 リヴィアアルテ】の事も、この世界に【勇者】様がいることも知っていた。でも勇者召喚が行われたのはこの世界に聖剣が二本あることと何か関係があるのかもしれないわね。まあでも今はそれは関係ない話か。私は目の前に存在している彼に警戒を強めながらも話しかけることにする。

私が剣を振り下ろしても、ユウと名乗った男性は軽々と避けたわ。それに反撃してこない。私はその事に少し驚いてしまったのよ。だって、聖剣を持った相手と戦うということは、普通の人が考えることではないと思うの。なぜなら、私達にとっての聖剣はとても特別な存在なんだから。

ユウと名乗る男の人は私の方を見ると驚いたような顔をしていた。私はその理由を知りたかったので質問したの。そして返ってきた言葉は想像もしていない内容だった。

私は驚きながら聖女という地位についての説明を行った。この世界では誰もが憧れている地位なの。その話をするとユウさんは真剣に話を聞いてくれていた。だけどその時に私は彼の態度にどこか違和感を覚えたのよね。でもその原因がわからなかったので特に気にしないことにしたの。そして話の続きを行い、ユウという人に確認をとった。

どうやら、私が考えているよりもユウという人物の実力は高いものだったようで、簡単に負けを認めてくれて良かった。しかもこの世界で流通している貨幣ではなくお金を払うと提案して来た。それも私が予想していたよりも高額のお金で、私はそれを受け入れることにした。

それから、私が持っていた聖剣【リディアアルテ】が聖剣リディアアルテの所有者に認められたことにより新たな力が追加された。その追加された能力の内容は、所有者以外の者でもリディアアルテに魔力を通すことで一時的に強化を行えるというもの。そのおかけで私は新しい力を試すことができた。そしてユウという男性に、私の聖剣を渡したの。そのあと私は聖剣に残っていた残留魔力に意識を集中させるとこの場にいた人物の特定を行う。

その情報を元に私は転移魔法の応用を用いてユウという男性の傍に飛ぶことにしたの。

【聖女 ザビ―ネ】視点 end

***

【聖女 アリシア】視点

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私は今【神聖帝国アルフガルド】の【勇者】ユウと自称している男と戦っています。その理由はもちろんこの国に混乱をもたらす原因になった男が私の持つ【聖杖 セイクリッドワンド】と【大聖剣 アルフヴァルグ】を手に入れようとしているからだ。それにしてもどうして【勇者】はここまで強そうなのだろう?【聖槍 リヴァイアサン】を持っていたザビーネという女にも少し苦戦したが、それ以上の実力者のはずだがそれを苦もなく倒したのだ。それを考えるとザビーネという女の方が強かったのだろうか?まぁ、今はどちらにせよその疑問は解決することはできない。なぜならその二人はすでにこの国から出て行ってしまっており行方も分かっていないのだから。しかし、今ここで重要なことはどうやって目の前にいるこの男が【聖斧 セクトアバル】を手にするかということなのである。そう、私は【神聖帝国アルフガルド】が魔王軍に滅ぼされないようにしなければならないと考えている。そのためには目の前に存在する【勇者】が持つと言われている三つの聖具を手放させる必要があったのだ。だが目の前にいるこの【勇者】にその気はないようだった。なので私はこの【神聖帝国アルフガルド】を守ることのできる唯一の手段である、聖女の力を行使することにした。

【聖弓 ユグドラシル】での攻撃を行う。だがそれすらもあっさり避けられてしまう。だがそれでも問題はない。今ので【神聖帝国アルフガルド】に敵対する者を撃退するという目的は果たせたの。それならこの国を守るために別の行動に移るだけなのだから。私は【大聖刀セイクレッドソード】の特殊能力を使用した。これは私が指定した対象のステータス値の上昇を行うという効果があるのよ。この効果は対象者が自分よりも格下であればあるほど高い効果を発揮するの。この効果は聖女だけが使える聖剣の能力。つまり、私以外にこの効果を使用できる人間はいないはずなのだが。その効果は目の前の人物の力を格段に向上させていたの。

(まさかこれほどまでに強くなるなんて。だけどまだまだ足りない)私は聖女の特権を使用して、相手のステータスをさらに高めてみる。そしてさらに能力を高めることに成功した。

「ぐぅっ、さすが聖女と言われるだけのことはあるみたいだ。これはかなりきついぞ」

そんな声を上げるユウという男に対して私は容赦なく追撃を仕掛ける。聖剣の力をフルに使い私は攻撃を行う。相手も必死に防ごうとしているようだったがそれは無駄なことなのである。私の聖剣は相手がいくら強い武器を持っていようと関係なくその攻撃を防ぐことができないほどの威力を有しているのだから。そうして戦いを続けること一時間近く経過した時だった。ユウは膝をついて動かなくなってしまったのである。

私は勝利を確認するとすぐにユウの方に駆け寄った。その男は気絶しており戦闘で負った怪我の治療を行うために魔法を使う必要があると思ったからである。そして、この国で一番腕の良い治療士を呼ぶことにしたのだった。


***

【神界人 ユーナ】視点

***

私はユウという少年が戦っている姿を眺めていた。その力は確かに凄かったが私の目から見たらまだ成長途中であると感じていたの。聖女と呼ばれている女性は聖槍を使ってその能力を限界突破させ、圧倒的な強さを見せつけていたわ。正直言って聖槍でそこまでの能力を引き出せるというのはすごい事なのよね。

その槍で攻撃した相手に対して能力の弱体化を行うことができて相手の能力を下げてしまうことが出来るのよね。そのおかげか分からないけど、聖槍で攻撃を受けてしまった者はしばらくの間能力が低下してしまうというおまけ付き。

そんな感じで【神聖帝国アルフガルド】での戦いの様子を観戦していたところに急に目の前の画面が真っ白に変わってしまう。その現象を見た瞬間私は驚きながら周囲を見渡してみたものの特に異常らしいものを発見することはできなかった。すると、先程まで聖女とユウの二人の姿が存在していたはずの場所には、いつの間にかに一人の女性が立っていた。その女性はとても見覚えがある顔立ちをしておりその服装はとても可愛らしく着飾られていたの。そしてその人物は、その格好とは不釣り合いなぐらいの強さを有していたわ。

そして私はその人物を見て驚愕してしまった。なぜなら目の前に現れたその女性は【神聖帝国アルフガルド】で私が聖槍を使い相手をしていた聖槍使いの女性であったからよ。その女性のことに関してはある程度調査を行ってはいたものの実際に戦うことになるかもしれない相手だと考えていたのでそれほど詳しく調べていなかったのよね。でもまさかその人がユウが戦うところに介入して来ていたなんて思いもしなかった。だけど私が驚くことはまだこれからだった。

その聖槍使いの少女はその少女を聖女と呼んだ。聖槍使いは【聖槍 リディアアルテ】と呼んでいたし、聖剣使いの男性のことをユウという名前ではなくリディアアルテと呼び、【勇者】ではなくユウと名乗っていたわ。どうやらそのリディアアルテと呼ばれる男性は【聖剣 リディアアルテ】の持ち主であり、聖槍は【聖槍 リヴァイアアルテ】と呼ぶことがわかって、リディアアルテはリヴァイアアルテに進化する。リヴァイアアルテに名前が変わるだけで性能はほとんど変わらないわ。だけどその名前から私は、この世界の人間がなぜ聖剣に特別な呼び名をつけているのか理解できた気がしたわ。

それにしても、その二人のやり取りを聞いた私はとても驚かされたの。まず、あのリディアという女の子はかなりの強さを持っていることがわかったから。ユウという男性は聖女を相手に一歩も引くことがなかった。それだけでも私にとっては驚くべきことなのに、さらにリディは聖杖を取り出してユウに向かって魔力を流し込む。するとなんと、あの聖杖の能力は魔力を流すことで相手の魔力を奪うことができるということ。それによってリディアという聖女の持つ魔力量が増えたことによりリディーの実力はさらに上昇するという流れに。それに加えてユウの方も聖剣の特殊効果を使用し、ユウが使っている聖剣の能力を底上げすることに成功したのよ。その聖女は【大聖刀 アルフヴァルグ】という強力な聖具を所有していて、ユウの持っていた聖剣は【大聖剣 アルフヴァルグ】に強化されることによってさらなる力を発揮する。

その結果、リディーという聖女とユウと名乗る男性の二人が協力して私と戦うという、今まで経験したことがない展開に私は驚いてしまっていたの。

そして私と戦い始めてから三十分ほどが経過した時、リディーはユウに対してリヴァイアアルテの使用の許可を求めた。それについてユウはすぐに許可を出し、リディアという聖女の体には聖具を纏うにふさわしい器が備わっており問題ないと判断したようで、聖具に自分の魔素を送るように伝えたの。そうすることによって聖女は聖剣の所有者と同等の力を持つということになり。結果としてその力を振るい始めた。聖女の動きは非常に素早くそれでいて無駄がないものだった。私はそれをなんとか防御していたがその聖女が放つ聖杖による一撃を受けてしまい、地面に膝をつくことになったのである。その一撃を受けた私は意識を失ってしまう。

だが意識を失った私の視界にはユウと名乗った男の人の姿が見えており、私はこの人物が【神聖帝国アルフガルド】を救いに来てくれた【勇者】なのだとわかったのよ。そこで私は再び気を失い深い眠りにつくこととなった。次に私が目覚めた時はユウという人物の顔を思い出し、【神聖帝国アルフガルド】を守るためにも私自身が頑張ろうと決意することができた。ユウは本当にいい人だった。だからこそ私は彼に何かをしてあげたいなと思うようになったの。

私に何ができるかはわからない。だけどこの【神聖帝国アルフガルド】が危機的状況に陥ってしまった時には、全力を持って彼のために働きたいと考えているの。それにしても聖女と呼ばれるほどの聖女である彼女があのような態度を取ったのにも驚いたけど、それを受け入れてしまうような彼という存在も私にとっては興味を引く存在であるのよね。


***

ユーナという女性は【聖弓 ユグドラシル】という弓矢を用いて戦い続けていた。俺は彼女の弓の技量を見ていたわけだが正直に言うとその技量は想像以上に高かったのだ。弓を扱っているというだけではなく、彼女の中には明確な意思が宿っており、それはただ弓を引いているだけではないのである。彼女は弓を構えて敵を倒すのではなく、自らの意志で相手を撃ち抜き殺すというイメージで戦っていたのだ。そのためか相手を倒しているというよりかは倒さざるを得ないというような感じになっているのだった。

俺がその動きを見ていて思ったことは【弓聖】と呼ばれる人の技を見ているようだということ。だがそれ以上に感じたのは彼女の戦い方が非常に綺麗で無駄な力が一切入っていないということだ。それは弓道をしている時の師匠の姿を連想させられるものであり、そのせいか彼女には攻撃の動作を邪魔することなく自然に動いている弓使い特有の隙が全くなかったのである。それに加えて、彼女が扱う武器は【神弓 セイクリッドボウ】。これは非常に特殊な能力を持つ神器なのだ。この武器で攻撃を行う時には必ず命中してしまうという効果があり、それがどれほどの高レベルの武器であろうとその武器で攻撃することに成功すれば必ず相手に当たってしまい、そして相手が死ぬまで矢が消えることは無いのである。その能力のおかげもあり【聖槍 リヴァイアアルテ】による攻撃を耐え凌いだユウに対しても問題なくダメージを与えることに成功していたのである。

(これが神がこの世界に与えたとされる武器の効果なんだな。これならどんな敵にでも通用する可能性がある)

俺はそんなことを考えながらユーナの攻撃に対して防戦一方の状態であった。そんな状態のまましばらく戦っていると突然ユーナの攻撃を掻い潜ることに成功したユウは反撃に転じることに成功するのだが、その時、目の前に現れた聖槍を手にした女性がユウに襲い掛かるのだった。そして、その女性は【聖槍 リディアアルテ】という名でユウはリディーと呼ぶことになるのだが、その槍の一撃を喰らったユウは気絶してしまう。その後ユーナは【神聖帝国アルフガルド】の危機を救ったことを称賛されるのだった。

聖女と呼ばれる女性と戦った私は聖槍を手にしてからかなりの時間を戦い続けたわ。そして聖女と戦ってみて私は聖女の強さを身をもって知ることができたのよね。だけどそれと同時に、私にはどうしても確かめたいことができたわ。だから聖女にそのことを尋ねたら、リディーという少女はユウという名の少年に助けを求めて、リヴァイアアルテを纏うという選択肢を選んだらしいの。その理由を聞いたところ私はあることに思い当たった。そして私はその答えが間違っていないということを知る。なぜなら、その少女からはユウという少年に対する特別な想いを感じ取ることができていたのだから。

それからも私はリリィと一緒に戦い続けてついにリディが聖剣を進化させるという段階にまで達する。リディアという少女の器はとても優れていたわ。リディアが使う武器はとても強いし、それに彼女も相当な腕の持ち主なのよね。正直な話リディの戦い方がかなり参考になったわ。リリアは魔法が主体の戦闘スタイルで魔法をメインに戦うことが多かったんだけど、リディのように魔法で牽制しながら聖剣を使って攻撃することも可能なんじゃないかって思えてきたの。私はその考えをリリィに伝えてみると「なるほど。確かに私も魔法を使うことがメインで戦ってきたわ。それだったら私もそのやり方を取り入れてもいいかもね」って言ってくれたの。

そのリディーの言葉を聞いた私はその言葉を信じるようにして戦いに挑むことにした。その結果、私は見事に勝利を収めることに成功しているわ。でもその代償は大きく、【神聖帝国アルフガルド】を救う為にユウと協力することになった。最初はどうしてこんなことに巻き込まれてしまったんだろうと思っていたけど今では良かったと思ってしまう自分もいるのよね。でもリディーはユウと恋人の関係になっていたからその関係が崩れることが怖いとも思う。だから今はユウのことを好きになってよかったのか少し迷ってしまっている部分もあるの。聖女との戦いを終えてから数日の間は、俺は仲間たちと行動を共にすることになる。なぜなら俺と聖女との戦いによって怪我を負った人たちが大勢居たからなのだ。特に聖女との激戦を終えた後では、【神聖帝国アルフガルド】を守る為の砦の城壁の上で意識を失ったり、戦闘によって負傷したりする者たちが多かったのである。その為に俺の役目として負傷者の回復を行い、傷ついた兵士たちを回復させるということが大きな目的となるのだった。

聖女の放った強力な一撃により俺の仲間の一人でもあるメイが意識を失うことになる。しかし、彼女は命に関わる程に大きな傷を負うことはなかったのである。それだけでなく、聖女の一撃を聖剣の力を解放して受け止めようとしたおかげで致命傷を受ける前に防御することができたので、すぐに回復を行うことが出来たら問題はなかったのかもしれない。それに、メイの場合は肉体強化魔法の扱いを得意としていたので肉体そのものが強化されていたというのも幸いした。もしもその恩恵がなければ彼女は即死していてもおかしくない程の一撃を受けていたはずなのである。そのことに関していえばメイは運がとてもいいと思うが本人は納得していなさそうであった。それに、彼女の意識を取り戻した後も自分が足手まといになっていると思ったらしく落ち込んでいたのよ。でも、リヴァイアアルテを纏うことのできるユウの側に居れば今後も役立てると思う。

そう言った経緯もあり、聖女リディーと勇者を名乗る人物リディアアルテが俺たちの元に駆けつけてくれる。聖女に関しては聖杖をユウに向けて魔力を送り込むことでユウを強化するという方法を使っていたのだが。その際にユウとキスしているように見えたのが私の心に深く残っているの。ユウに好意を持っていると思われるリディーという聖女の行動に動揺してしまった私だったが、それを表に出すわけにもいかないと思い平静を装いながらリヴァイアアルテと戦うことにする。だけど、聖杖によって強化されたユウの攻撃があまりにも強すぎて、私は膝をついてしまう。

だけど私はここで諦めたくなくて気合を入れなおし、リヴァイアアルテの能力を使用するために聖具【聖弓 ユグドラシル】を取り出すの。この聖具は私の意思に応じてどのような形にも変化するという聖具であり、弓に変化させることで強力な弓矢を扱えるようになるのよ。そうすることによって、聖剣を持つユウに対抗できるようになると考えていたの。

そして私は弓を構えた状態で矢を放つと、私に意識を向けるようにリディアが聖杖を私に向かって突き出すような動作を行ったことで、ユウはこちらに攻撃の対象を切り替える。この隙をついて私はさらに攻撃を仕掛けることにした。まずは弓を聖弓から普通の弓に変更させつつ攻撃を行う。そしてユウの攻撃を受け流すためにあえて攻撃を受けて吹き飛ばされた。その際はリリィやリリスさんたちに助けてもらい何とか体勢を整えることに成功する。そこで再び弓の形態に戻した後に聖矢を放つことによって、私の攻撃に反応しようとしていたユウの動きを鈍らせることに成功をする。

(聖弓を普通の弓に変えた時は本当に危なかったけど。どうにか聖矢を当てることに成功したわ。だけどここからどうしたものかしら? リヴァイアアルテの攻撃を防ぐ方法が分からない。あの盾のような防具を突破する術がないとリディアには勝てないという事になりそうだわ)

ただ聖槍の攻撃は【神弓 セイクリッドボウ】の力で回避することに成功していたのよ。それにリディアの武器がユウの持つ聖剣に似ていたとしても聖弓を纏う私が圧倒的に有利だといえる。だってリヴァイアアルテは聖槍としか呼べない聖武具ではないのだ。聖槍とは呼ばれているもののその能力としては聖弓を扱えて当然という事になるのだから。

聖弓による攻撃を何度か繰り返していくうちにユウの表情に疲労の色が見え始め、それに対して私は少しずつではあるが追い込んでいるのを感じる。ただその時にリリアナから連絡が入る。それは聖女サーリアが動き始めたということであり、それによって戦況は一変したのである。

聖女サーリアがユウの前に姿を現した時、ユウは警戒を強めたのだが、それは無理のない反応だと思う。聖女サーリアが【神聖帝国アルフガルド】の聖女だという事が明らかになった時点で、彼女がどういう存在なのかを知っている者がいればユウのように対応を変えることができる。だが知らない者ならば聖槍を手に持っている少女はリディアと同じ立場にある存在であると錯覚してしまいかねないからだ。それくらいサーシャという聖女の存在は脅威なのだ。聖槍という武器を使いこなすというだけではなく、彼女から放たれている闘気が他の者とは明らかに違っていたのである。

(あぁこの人はやっぱり違う。見た目が可愛らしい女の子なのに、その中身は完全に別物だよ。まるで魔物を相手にしているような恐怖感を覚える。これが聖女というものなんだろうか?)

俺はサーシャという少女を見ていると、俺の中にある魔王の記憶が危険信号を発してくる。それほどまでに目の前の少女の存在感は異常で、俺に緊張をもたらすほどの相手だと思わされた。だから俺は少しでも早く決着をつけた方がいいと判断し、サーニャとリリィを援護してもらうために声をかけようとする。しかしそれよりも先にユウに対して言葉を発する少女が現れるのだった。

俺に視線を向けてくる女性。それがリディアと名乗る女性の瞳を見て、一瞬だけその瞳に魅了されそうになるのを我慢した。だがそれも無駄な抵抗に終わる。なぜなら彼女の瞳を見た瞬間に身体の力が抜ける感覚を覚えてしまい動けなくなったからである。

そればかりか俺の心の中で聖女リディの声が聞こえ、聖女リディアの問いかけに応えなければいけないという思考に囚われてしまったのだった。

俺はその声に従って、聖女リディアという女性の言葉に従うことに決める。そして、俺は聖女リディアの指示通りに行動することを決めた。

「リヴァイアアルテの使い方を教えるわ。貴方も既にわかっていると思うけれどリヴァイアアルテには使用者を狂わせる効果があるの。それに魅了の状態異常を与える効果もあってね。その効果は使用時間が長くなるほどに強くなるのよ。だからリディアが使った場合はリディアが倒れるか時間が来るまで解かれることはないわ。それに比べてリリィちゃんの場合はユウ君のことを好きになっていなければ影響が出ることがない。これはユウ君とリディアの力の差によるものかもしれないわね」

リディアの話を聞き終えたリリィは、真剣な表情を浮かべてリディアのことを見ながらリディアの説明を脳内に記憶していく。それからすぐに、俺とリディアは戦いを始め、聖槍を手にした状態のリディアは聖剣を手に持つ俺の攻撃を見事に受け流しながら反撃を行ってくる。

リリアナはリリィの護衛をしてくれるようだが、俺が心配になるくらい彼女は俺の戦いを不安げな表情で見守るだけだった。まぁ仕方ないだろうな。今のリリアナにとってリヴァイアアルテを操り、俺と同じように戦うのは不可能だろうし、それにリディの力をある程度理解しているはずだ。そんな彼女からすれば今のリディは圧倒的な強者であると判断できるはずなのである。

それ故に、リヴァイアアルテの能力を十全に発揮し、さらに自分の意思をはっきりと保ちながら聖槍を使うことが出来るようになったリディアに対してはリリアナであっても太刀打ちできないと理解できるんだろう。

「凄いわユウくんは。私の力を受けて全く平気で耐えきってしまうんだもの」

「聖女様の攻撃もなかなか痛かったよ。さすがはアルフガルドを治める人だけのことはあるよね」

俺が素直にリリィの評価をしていると感じたのか、聖女であるリディアはその美しい顔に嬉しさを滲ませる。

(聖女の笑みってこんなにも破壊力のあるものだったのか。リリアナの笑顔にも似たような感じがあるけど、聖女と呼ばれる人の持つ魅力にはかなわないかもしれない。リヴァイアアルテの影響で俺はおかしくなっているけど冷静になれば、俺は普通に接する事が出来るようになるのか。それともリヴァイアアルテの影響下にあってこの感情のままのリヴァイアアルテを使って戦えば、この世界を滅ぼすこともできるのかもしれないけど)

リヴァイアアルテの影響が抜ければ俺の精神に異常をきたすことなく使うことができる。だが聖槍を手放したり聖弓に変形させたりしても、聖槍の能力を完全に使用できるわけではなく、聖弓に関しても同じことなので結局は使い手であるリヴァイアアルテの能力が反映された状態での使用になってしまうのだ。だからこそ、このリヴァイアアルテと一体化している状態こそが聖槍を扱えるリヴァイアアルテとしての真の姿とも言えるのである。

それを知った俺は聖槍を扱うための訓練を行っていたのだが、どうしても途中で聖剣の方に意識を持っていかれてしまい、うまく扱うことが出来ないでいた。

だから俺はこの場で聖女と本気でぶつかり、聖槍を上手く扱えなくて困っている場合ではないと思い、聖女と本気で戦闘を行う。リディアと聖槍の扱い方の訓練を行いつつ聖弓の扱い方を確認させてもらうことにしたのであった。

ただ、リヴァイアアルテと聖弓を同時に使用することに関して言えば聖女との特訓よりも聖剣を扱える勇者であるアルヴィンと戦った方が遥かに効率がいいと気がついたので彼に協力をお願いすることにした。するとアルヴィはすぐに承諾してくれたので二人で訓練を始める。

だがここで聖槍を持つリディアが立ちはだかり、アルヴィンとリディアの勝負が始まったのである。最初は互角といった様子を見せていたが、途中からリディアの実力が上がっていることに気づく。

俺はその様子を見守っていたのだが、リディアの動きに翻弄されているように見えるが、よく観察してみるとしっかりと防御している。そしてその動きに合わせて、少しずつではあるが攻撃に転じていたのだ。それは今までリリィやリリアナと共に戦った経験があったからこそ、アルヴィンはリディアの動きを徐々に捉えることが出来ていたのだと俺は気づくことができた。

そうでなければリディアの動きについていけないだろうと思えるほどだったからだ。そしてその攻撃を受けるたびに聖槍によって削られる鎧は破損していったのだが、彼はそれでも諦めずリディアに立ち向かっているのを見て俺は心が熱くなる。

そんな彼のことを見ているとリディアの隙を見つけることが出来たようで、そこを狙って攻撃を仕掛けた。ただその瞬間にリディアの目が鋭くなり、その目からは強烈な威圧感を俺は受けることになったのである。その瞳には魅了が発動している時特有の色があり、聖槍の効果に俺は苦しめられてしまう。

「あら、聖槍とリヴァイアアルテを使いこなしていると思っていたんだけど。その程度では聖槍とリヴァイアアルテの本当の恐ろしさを知らないようね。でも安心して。今からそれを教えてあげるわ」

リディアはそういうと同時に俺に対して距離を詰めると、聖槍による一撃を放ち俺を吹き飛ばす。その際に受けたダメージは決して少なくはなく、聖女の持つ聖武具の攻撃力の高すぎる性能が身に染みてわかったのである。

(聖槍は聖武具の中でも特殊な聖槍だけど聖剣と同じかそれ以上に強いぞ。あの槍の一撃で俺はここまでボロボロになったんだからな)

聖武具と聖武器の違いは、聖武具の方が強力な武器であり。聖武器の場合は聖武器と同じような効果を発揮する武器という事になっている。そのため、聖武器の場合は武器の威力ではなく、その武器が持つ特殊能力が強力だという特徴がある。だから俺は油断せずリヴァイアアルテに魔力を注いでいくと、リヴァイアアルテから膨大な量の水が放たれた。その水を浴びただけで身体はどんどん冷えていき、そして聖女であるリディアが放つ水の魔法とは比べ物にならないくらいの勢いの冷たさが俺を襲った。

(くそっ、体が凍らされていく!これではまともに動くことができないし息をするのもつらい!このまま放置されていると本当に危ない気がする。早くなんとかしないと。リディアの方はまだ余裕そうなのに俺の方は限界を迎えそうだし、それに今は【神聖帝国アルフガルド】の姫騎士という肩書きを持っている女性もこちら側に味方してくれているんだ。ここは絶対に負けられないところだな)

俺はこのピンチの状況を打破するための行動を考えながら、必死になって体を温かくしようと火属性と風属性の混合魔術を使用する。それによって体の芯まで冷やされた状態から回復することに成功してホッとするのも束の間、リヴァイアアルテは更にその威力を強めてきたのである。

俺に纏わりつく水を氷に変化させて聖女に向かって投げつけるが、その全てを聖槍の一振りでかき消されてしまう。

俺自身もどうにか対抗しようと思っているのだが、やはりその力は強大すぎて聖女を相手にしている状況では俺の身体は思うように動かなかった。

そして俺は、ついに意識が遠くなっていき、その場に倒れてしまったのである。

*****

「あれ?どうしてこんなところで倒れているんだ俺は?」

「あぁユウ君、大丈夫だったのね!」

「ちょっとユウさん!?何勝手に一人で無茶な戦いをしているんですか!!聖女と戦うならまず私たちに相談をしてほしいですよ!!!心配したんですよ!!」

「えっとごめんなさい。なんかいきなり聖女と遭遇することになってしまって」

サーニャたちの元に戻った瞬間になぜかお怒りモードな彼女たちに怒られてしまった。だが俺のことを心配していただけなので素直に謝ることにした。リディアとの戦闘でダメージを受けていたため少し疲れてしまっていたので、そのまま寝転がったままで話をすることに決めて休憩をすることにした。

(俺としては聖槍を手に入れたわけだし、リヴァイアアルテと一体化している状態なら勝てると思って戦いを挑んだだけだったんだよな。それなのになんであんな結果になってしまったんだろうか?)

聖槍を手にしてから俺は自分が強くなると確信して、実際に強者と呼ばれる人たちと互角以上の戦いを繰り広げることができた。だから今回もきっと問題なく勝てるだろうと思い聖女と戦いに向かったのだ。だが現実は厳しいもので俺が意識を失うほど一方的にやられることになった。そのことに俺は疑問を覚え、その原因を探るべく戦いの記憶を辿っていく。

だがその時に突然現れたリディアの瞳を見つめ、そこから発せられた強い魅了の力を受けて動けなくなったところから戦いが始まったことを思い出し、そこで俺はリディアの魅了の眼差しに捕まってしまったことに気づいたのである。

そしてその後からの出来事を思い出すが、俺はそこで聖女の圧倒的な実力を体験することになった。

(リディアとの戦いの中で、俺は何度も窮地に陥ったはずだ。聖槍を手にした状態で、聖女の強さを実感させられることばかりだった。だがそれでも俺はリディアを追い詰めることができた。だからリヴァイアアルテとの一体化を行ったことで聖槍と聖弓を同時に扱えるようになり、そしてリディアと聖槍と聖弓での戦闘もそれなりにこなすことができるようになってきていたはずなんだ。それなのになぜこんな結末を迎えることになってしまうのか全くわからないよ。確かに今回はリヴァイアアルテに意識を奪われる前にリディアの攻撃を防いでいたはずなのに)

俺のリディアへの敗北の理由が全く分からなかった。聖女と呼ばれるリディアと俺は今まで一度も戦ったことがないので実力を測ることが出来ない。だからこそ、このリディアには絶対に聖槍と聖弓で同時に戦うべきだと思い戦闘に入った。その結果は俺の敗北に終わったのであるが。その理由は俺自身には全くわからなかった。

(そもそもリヴァイアアルテは俺の意思を完全に支配できているわけではないからね。リヴァイアアルテが俺に対して命令をして戦わせたり、何かしらを強要させるようなことは一切しないんだ。むしろその方が俺のためにもなると思っているらしいし。だからこそリヴァイアアルテと一体化しても、聖槍と聖弓を使うことができているわけで。もし完全にリヴァイアアルテの支配下に置かれるようなことがあったらそれこそリヴァイアアルテを暴走させかねない危険な行為だと思うしね。だからこの一体化はそこまで気にする必要もないと思っていたんだけど、どうやら違うのかもしれないな)

リヴァイアアルテの能力にまだ慣れていないせいもあるのだが、それが原因で負けた可能性を考えてみるが。それに関しては聖女相手に簡単に倒せるなどと考えるほうが間違いだということが理解できたのだ。だから俺はその件については考えることは止めた。それよりも俺は、なぜリディアがこのタイミングでこの場に現れたのかという疑問のほうが強かったのである。

俺はその点を考えるためにリディアの様子を注意深く観察すると彼女はリヴァイアアルテの瞳を見て、その視線をこちらに向けている。すると、その瞳には魅了の効果が込められており、俺はまた囚われてしまいそうになるが、ここでクロネが聖弓で攻撃を仕掛けたことで我に帰ることができた。

その攻撃はリディアに当たることは無かったが、リディアはその場から離れると俺の方を向いて言う。

「あら、今の攻撃で私を捕まえようとしてくれたのね。嬉しいわ。それにあなたがユウさんの言っていた新しい仲間なのかしら。私はリディア=ルミースよ。初めまして。そしてよろしくね」

そう言って挨拶をする聖女だが、その口調から察するに、聖女はリリィたちを知っている様子であり、俺の予想が正しければ彼女も転生者の可能性が高いように思えた。

(もしかしたらリリアナのように他の世界の出身で、俺と同じように前世の名前を持っているという可能性があるな。とりあえず俺は、聖槍とリヴァイアアルテを使って戦うしかない。聖槍は神を滅するために生まれたと言われている槍だから、聖女が相手でもその力を使えば勝機が見えると思うんだけど)

リディアの魅了の瞳によって俺が一時的に操られていたが、今はその状態は治っている。俺は聖女とリヴァイアアルテを両方使えるようになったことにより聖槍に認められたのだと思い嬉しかった。

リヴァイアアルテに認められたからと言って油断することは許されないが、俺がリヴァイアアルテを上手く扱うことができれば聖槍を使いこなしたとしても勝機は見えるはずである。

聖女であるリディアには俺の聖剣である聖剣と聖杖を使うべきなのだが、リヴァイアアルテで攻撃を仕掛けても彼女に通用しそうな感じはなかった。そのため、俺が狙うのは一つだけ、聖剣であるリヴァイアアルテによる一刀のみである。ただその狙い方は難しいものになるのだが、俺は聖剣が持っている特殊技能を最大限に利用しないといけないと思っている。

(あの技ならきっと通用する。いや、確実に仕留められるだろう)

俺は確信を持ってそう考えていた。だがその為には聖女に隙を作らせる必要があったのだが、それは簡単ではなかった。そのため、どうやって彼女の気を惹くかを考えていたのだ。

だがリディアも俺の考えに気づいたようでリディアも動き出す。

(くそっ、さすがは聖女というところか。俺の行動から考えを予測しているんだろうな。聖女である彼女が使う武器は基本的に短剣と聖盾のみだな。それ以外の武器を使わずに戦うということは、俺に対して遠距離攻撃を持っていないということも示しているからね。だからこそ接近戦で挑めば勝てるはずなんだ)

俺は覚悟を決めるとすぐに聖槍を構え、リディアと距離を詰めて攻撃を繰り出した。リヴァイアアルテとの融合によって得られる力がどれほどの力を発揮するのか確認もしながら、まずは槍術スキルと身体強化魔法を使用した状態で攻撃を仕掛けることにした。そして槍と魔法を駆使して攻撃を繰り出すが聖女の短剣に阻まれてしまい、俺は反撃を受けることになるが、どうにかそれを耐え切ったのである。

そして俺はそこで一度聖槍に魔力を送り込むのをやめると、そのまま聖槍で聖女を突き刺そうとする。だが聖女は、聖槍に込められた俺の殺気に気づき回避を行う。

聖女も俺の行動を読もうとしていたようだが、残念ながらその目論見が外れたようである。そしてリディアは俺が追撃を仕掛けようとしたところで急に転移を行い姿を消したのであった。

俺は目の前で起こったことを一瞬で把握することができなかったが、それでも冷静に聖女の姿を捜す。

そして俺の背後に気配を感じたので振り返ろうとしたその時、背後にいたリディアが俺に抱きつき拘束してきたのである。

そのことに俺は驚くが、同時にその行動に嫌な予感を覚えていた。

そしてその直感の通り、リディアは俺の体を触ってきたのである。

(くそっ、やっぱりそうきたか。まさかこんなにあっさりと罠にかかるなんて。聖女の俺に対する魅了の瞳の効果も薄れてきていたし、少し警戒していたんだけどな。だがこれで聖女の実力がわかった気がするよ。リヴァイアアルテの加護を受けている俺でさえ聖女の魅了の瞳には逆らえなかったというのに、どうしてリヴァイアアルテと融合した状態の俺が負けてしまうんだ。だがリディアはどうして俺の身体を自由にできたんだ?もしかして聖女の持つ聖剣が関係しているとか?だとしたらかなり厄介な代物じゃないか)

リヴァイアアルテが持つ能力の効果はリヴァイアアルテと俺しかわからないことであり、それが他人にまで影響を及ぼすとなると非常に危険な存在であることがわかる。だがリヴァイアアルテと融合している状態であるならリディアがどんなことを行おうと、対処することが出来るだろう。

(リヴァイアアルテの能力は俺が一番知っているはずだからね。この状態になった以上は俺がやられる心配はないだろう。あとは俺の仲間やサーシャたちの身が安全であることを確認しなければいけないけど。どうしようかな?)

この場でリディアを倒してしまえば、それでこの場の安全を確保できる。だがそれを行った場合、リディアに魅了をかけられてしまった仲間やリヴィア、クロナたちが無事で済むかどうかわからないのである。そして仮に俺を倒した後で仲間やクロナたちを洗脳してしまう可能性もあるため迂闊に動くことはできない。

「ねぇ、あなたってユウさんよね。こんなにも綺麗になってしまって別人みたいに見えるけれど、顔がユウさんのままだったのでわかりました。私の愛した勇者様と同じ顔をしてらっしゃいますからね。それに、あなたが聖槍に認められたことは、私が見た聖女だけが使える予知で知っていたのよ。その予知では聖女と貴方との戦いも見えていましたから、その通りに動けばあなたは倒せると確信しています。だから大人しく捕まってください。そうしたら仲間たちには手を出さないと約束いたします。聖女として、その約束は絶対に守るつもりですよ」

リディアはそう言うが、この場でリディアの言葉を信用することは絶対に出来ない。だからこそリヴァイアアルテの力を全開にして戦うことにしたのだ。

俺の体に密着しているため、いつでもリヴァイアアルテに意識を奪われそうになるのだが。それを防ぐために聖槍の特殊技能を使って抵抗し続けるのは、かなりの苦痛であったが、この場面でリヴァイアアルテに取り込まれるようなことがあったら大変であると俺は思い必死に堪え続けていた。

「リヴァイアアルテ、悪いが俺の意識を奪ってくれ。そうしないとこの勝負には勝つことができない。リヴァイアアルテ、お前ならわかるだろう?」

俺がそう叫ぶと、突然聖槍が反応を示すのだった。すると俺の中にリヴァイアアルテの精神が入ってくるような感覚に襲われたのである。

(リヴァイアアルテ、君はいつもそんな風に考えていたのかい? 僕は君が聖女を操り仲間を殺すとは思ってもいなかったんだよ。聖槍を扱える僕ならば聖女を操ることなど容易いだなんて言っていたじゃないか)

俺は心の中でリヴァイアアルテに語りかける。その声を聞いたリヴァイアアルテは驚いた様子で答えるのだ。

(馬鹿を言うでない!お主は今までに妾の能力がどれほど恐ろしいものだったのか全く理解できていなかったということなのか。聖槍が認めた存在でなければ聖槍はまともに扱えぬのじゃぞ。その聖槍を使いこなすことが出来ている時点で、リリアスが操られているという可能性も考えるべきなのかもしれん。リリアスの瞳はリヴァイアアルテを封じる効果があるからのう。リヴァイアアルテの魅了の力は、相手がリヴァイアアルテに心を預けている状態でのみ発動することができるのじゃ。その条件があるゆえに、聖槍に認められなければその力を使うことが出来ないんじゃ。つまり、今のお主に聖女を従わせる力はないのじゃよ。リリアナがお主に惚れているのは確かだが、それでもまだ足りなかったのだろう)

リヴァイアアルテが説明を終えると俺の心にリリアナの声が響いてきた。

(マスター、私を呼んでくれたんですか?嬉しいです)

その声は普段よりも嬉しそうな様子であった。そしてリリアナも俺と同じようにリヴァイアアルテによって操られていたが、今はその影響から抜け出しているようだった。

(あぁ、リヴァイアアルテに操られてはいたが。その前に俺は、リヴァイアアルテが操れるように、リヴァイアアルテを召喚して操っていたんだ。そして今、聖槍を取り込んだことで、リヴァイアアルテを完全に支配下に置くことに成功したから、こうしてリヴァイアアルテと話をできるようになったというわけだ。そして、聖女がリディアだということがわかったのは俺が彼女をリヴァイアアルテで攻撃したときだよ。そのときに、リヴァイアアルテが教えてくれたからわかったことだ。リヴァイアアルテが俺に情報をくれないのはわざとじゃないのか? だから、もしかしたら今回のようなことも起こるのかもしれないと思っていた。そしてリヴァイアアルテはリヴァイアアルテで何か企んでいるのではないかと考えていたんだ)

(私はそんなつもりはなかったわ。本当にただリヴァイアアルテを使って聖槍が使えればよかっただけだったのよ。だけど結果としてはそういう風になっただけであって。今回は聖女とリヴァイアアルテがお互いに相性が良くなくて上手く支配できなかっただけ。それに聖女に宿る聖剣は特殊な剣のようね。その剣のせいで聖女に近寄るだけでリヴァイアアルテは侵食されるみたい。まぁリヴァイアアルテが完全に復活すればリヴァイアアルテの影響もなくなるから、その辺の問題はもうないでしょうけどね。それよりも問題は、聖女を殺さずに無力化することだと思うわ。聖女は強いけど、それでも今のリヴァイアアルテを使えば何とかなると思うから安心していいわ)

リヴァイアアルテの話を聞く限りでは俺も安心することができた。聖女の身体を支配して殺すなんてことは、流石にやりたくはないからな。

だが、どうやって彼女を捕まえるかというのが問題なのだ。俺もどうにかして捕まえようとするが、どうにもうまくいかないのだ。俺は何度も聖槍にリヴァイアアルテの力を込めるが、その都度リディアはリヴァイアアルテの力で俺の力を弱めて対抗してくる。

「どうしてですか? なぜ、私の力が通用しないのでしょうか? いくらあなたのリヴァイアアルテが強力とはいえど。私に勝てるはずがないのに。なんで勝てる見込みのない勝負を続けるのですか? それに、先ほどからリヴァイアアルテがリディアの体に馴染もうとしているみたいですね。それなら私の勝ちになるはずなのですが」

聖女は自分の勝利を信じ切って疑わないようである。そして俺がどれだけ攻撃をしても、彼女の体は無傷のままであった。そのことに対しリディアが不思議がっており、俺はそれに違和感を覚え始めていた。

(リヴァイアアルテ。君の能力はリヴァイアの力を操りそれを増幅させることだったよね。それは俺の身体を支配することが出来るくらいに強力なものだったんだ。だが俺にはリヴァイアの加護がありその力は通じなかったというわけだな。もしかするとリヴァイアが俺に与えた能力が聖女の魅了の力に負けたということなのかもしれないな。だが俺の場合はそれで納得がいったけど、他の皆にはリヴァイアの加護は与えられていないはずだよね。その辺りについてはどうなっているんだろう? もしかして俺以外の人物になら、リヴァイアの力を使うことができるとか?)俺はそう考えたが、リヴァイアアルテは首を振って俺の考えを否定した。

「残念ながら、私の能力ではリヴァイアアルテの能力を他者に貸すことなど出来ない。それが可能だとしたら私がもっとリヴァイアアルテの力を有効に使いこなせているということになるものね。リヴァイアアルテは確かに私の願いを聞いてリヴァイアの力を操ってくれている。だけどそれだけで聖剣に勝つことなんて不可能なのよ。だからきっとあなたはリヴァイアアルテが力を開放しきっていないのに戦っているから、本来の力を発揮しきれていなんだ。あなたは聖槍を手に入れたと思っているようだけれど、その実、まだリヴァイアアルテの力の半分程度しか手に入れていないのよ。だから聖剣が持っている聖剣としての力を、あなたが扱うことはできない。聖剣が扱えるようになるのはまだまだ先の話よ」

その言葉を俺は聞いたときに愕然としてしまう。まさか俺の想像している以上にリヴァイアアルテの持つ能力に欠点があるとは思ってもいなかったからだ。だがよく考えてみればそれも仕方ないことだろう。聖剣が普通の武器としての能力を持っているわけではない。リヴァイアアルテが持つ特別な能力にリヴァイアアルテを封印するための能力があるというだけだ。そのためリヴァイアアルテの力を解放したときにはリヴァイアの力を扱えて当然であり、それ以外の能力は聖槍に宿ったリヴァイアの加護による恩恵でしかないのだ。だからこそ聖女はリヴァイアアルテに聖槍が乗っ取られたと思い込んでいるのだ。だから自分の聖槍で俺を倒せないのに驚き焦り、その結果として彼女は俺に聖槍を奪われることを恐れたのだ。

「そう、聖槍さえ取り込めば貴方が私に敵う道理はないのに。聖槍を取り込んでしまったのだから私に従う他なかったのに、貴方はそれをせずに抵抗し続ける。そのことに苛立ちを感じていました。だけど聖槍と聖女を融合させて新たな力を手にするという計画に失敗はつき物です。だから貴方の抵抗を許します。でも絶対に諦めないでください」

そう言って聖女リデアの瞳から俺に魔力が流し込まれると、突然体が重くなり始めるのだった。俺が苦しんでいる様子をみてリリアナたちは驚いているようだったが、その隙に俺はリディアとサーリアを引き剥がすことに成功していた。

(リヴァイアアルテ、お前の言う通りだった。俺はもう少しで聖槍に取り込まれるところだったんだ。聖女が操られているというのは間違いじゃなく本当だったんだな。だが、そのおかげでお前の力を最大限に活用できるように俺はなったんだ。聖槍のおかげでお前の能力を完全に引き出せるようになったんだ。これからはお前も遠慮せず使ってもいいぞ)

俺が心の中でリヴァイアアルテに語りかける。リヴァイアアルテはそれを受け入れるかのように心の中で笑みを浮かべた。

そして俺は意識を失ったふりをしてその場に倒れた。すると俺に抱きついていたため、サーヤがすぐに心配そうな声を出して駆け寄ってきた。リディアがリヴァイアアルテに取り込まれないようにと必死になって抵抗したため、かなり疲労してしまったのだ。

そして聖女はそんな俺たちを放置することに決めたようで何も言わずにその場を去っていったのである。それからしばらくしてからリディアたちもこちらに近づいてきて、俺のことを起こそうとしてくれた。俺はしばらく気を失っていたが、目を覚ましてゆっくりと起き上がるとリヴァイアアルテのことについて彼女たちに伝えることにした。その方が後々都合がいいと思ったからである。そして俺は聖槍の力を得たこととリリアナやリームが無事であることを伝えるとほっとした様子を見せていた。

(聖女は結局、何しに来たんだ? 俺達を倒しに来たのか、それともリリアナと会話をしたいのか。目的がわかんないんだが)

俺はリヴァイアアルテに質問を投げかけてみる。だがその問いに対しては答えてくれないようだった。

そして俺はとりあえずみんなにお腹が空いてないかを尋ねてみると全員おなかをすかしていると答えたため。俺は食事を用意するように店の店主に伝えたのであった。俺はその間に今後の行動を考えるためにリディアに尋ねることにする。

(聖女の目的はおそらく聖剣を手に入れることだと思うんだ。だからリヴァニアを襲って聖女が聖女の剣とリリィの聖槍を手に入れたと思わせることができたら聖女は俺達のところに姿を現すと思う。そこで俺は奴を倒してリヴァイアアルテの力を開放してやる)(私は別に構わなくてよ。ただ、聖女の実力はリヴァイアアルテよりも少しだけ上回っているから注意したほうがいいわよ。聖槍を手に入れてから時間が経ちすぎているから聖槍の力は完全に掌握できないけど、その辺は聖女も同じようなものだからね。リヴァイアアルテにリヴァイアの加護を与えると聖女にも加護が移るけど、それでもその加護が聖剣を上回ることはない。だから、リヴァイアアルテの力を全て開放すればリヴァイアアルテの加護を持つ者が三人いれば勝てるはずよ。だから聖女を無力化するためにはまずはリヴァイアアルテに力を与えることが大切だと思うわ。それに聖剣も手に入れておきたいのよ。あの子は今なら私の力を受けやすいはず。つまり私が宿ることができる器の候補になるというわけなの。聖女が私の力を制御できなくても、私が力を抑えれば何とかできるでしょう)

リヴァイアアルテの説明を受けて俺はその作戦を採用することに決めた。だがまずはその前に、サーヤたちにリヴァイアの加護を与えなければならない。そのためには一度リヴァイアに会いに行かなければならなかったのだ。そのことに関してはリディアたちに相談すると俺がやりたいことを理解して快く協力してもらえることになった。そのため俺は安心してリヴァイアのもとに向かうのであった。

俺達が向かった先は水精霊リヴァイアが住まう場所。そこに俺はリヴァイアの眷属である水の龍に乗り向かっていく。その途中途中で他の魔物に襲われるが特に苦戦すること無く撃退していくのであった。

そしてリヴァイアの元にたどり着いたときリヴァイアが突然現れて俺の前に立ったのだった。

「よく来たな人間。私が呼んだから来てあげたけど、本当に感謝しろよ。私の力で助けてほしいっていうから力を貸すことにしたんだぞ。でも私も忙しいんだ。あまり長く滞在することは許されない。早く用件を言うんだな」

俺に急ぐように促してくるリヴァイアにリディアが説明を行う。

リヴァイアは最初俺の事を疑っていたが俺の言葉を聞くうちに納得していき協力してくれることになる。そのかわりリヴァイアは何か対価を要求することはなかった。そのかわりに俺は聖槍を使って俺が考えた通りに動くことができるように指示を出すことに成功する。そして聖剣も手に入れることが決まったので、聖剣を手に入れるための話し合いが行われた。その話をリヴァイアも聞きたがったため俺は聖剣について説明をするのであった。その話を聞いた後にリヴァイアが提案を出してきた。それは聖女の剣は俺の作った剣の方が扱いやすく強いのではないかというものだった。だが聖剣が普通の武器ではなく聖剣なので俺が作った武器では簡単に負けてしまうかもしれないということで、リヴァイアの提案を断ることに決めてしまった。リヴァイアが不機嫌そうな態度を取るが、聖女の武器がリヴァイアの加護を受けたものである以上聖女にはリヴァイアアルテが宿った聖槍があるのだから、そうそう負けることがないと判断したのだ。俺の言葉を信用していないようだったのだが一応了承してくれたようである。その後は雑談をしているうちにリヴァイアが疲れて眠ってしまった。

俺達は眠りにつくリヴァイアに毛布をかけてあげるとそのままリヴァイアに別れを告げたのだった。

その後、俺とリディア、サーヤの三人で話し合った結果、俺とリリアナでリリィを助けにいこうという事になった。そして俺の従魔として仲間になっていたクロナは、俺と行動を共にするのではなく、別の目的で動いてもらうことに決まった。俺はそのことに驚きを隠せなかったのだが、リリアナが俺のためにも動いていることを聞いて俺は黙って彼女を見つめていた。彼女は自分の意志をはっきりと言葉にして語れるようになっていた。その成長に喜びを感じていたのだ。そんなこともあり、俺とリリアナでリリスを救出しようと計画することを決めた。そしてリヴァニアが攻めてくる日が近づいたら俺はサーヤと合流して彼女と行動を共にすることになっていたのだ。

そしてついに聖女が俺達に仕掛けてきて、戦いが始まってしまう。最初は俺一人で戦おうと思っていたのだが、なぜかリームも一緒に戦うと言い出した。その理由がわからない俺はリームを説得しようとすると、リヴァイアの力を得て成長した今の俺ならば大丈夫だと、俺と一緒にいたいという彼女の気持ちを無下にすることができなかったのだ。リームに俺の考えを伝えると彼女もそれを理解してくれたようだった。

俺がリームと戦うことになってすぐに彼女は俺と同じような黒い装備を身に纏い始めたのだ。そのことに驚いた俺にリームはこう言った。

「これはリヴァイア様の加護が込められた武具だからです」

その言葉を俺は信じた。リヴァイアに聞いてみたかったがその余裕がなかったからだ。そして戦闘が開始されると俺は聖槍と融合して聖槍の力を解放した状態になり聖槍を巧みに操って聖槍の力を十全に引き出していた。俺が本気になったことによりリームは苦戦を強いられているようだったが俺が優勢だった。しかしリームはあきらめずに立ち向かってくる。そんな時に俺はリームの動きに違和感を覚えた。なんだろう。俺の感覚的に動きがよくなっている気がしたのだ。

そのことに疑問に感じた俺にリリィから念話が届く。

【どうですかマスター。この新しい装備のお味は】

俺はリリィの声がしたことに驚いたもののすぐに状況を把握してリリィに対して答える。

(すごいぞリリィ!リヴァイアの加護の力と俺の聖槍の力の二つの力がうまく合わさって今までにないくらいの強敵になってきている。だけどその力を使いこなすために俺の頭の中をずっと流れ続けている。リヴァイアが言っていたのはこのことだったんだな)

俺が心の中でそう答えた瞬間。俺の目の前に迫ってきていたはずのリームの体が消えたのである。俺は必死にリームの姿を探そうとするといきなり後ろから衝撃が走る。その攻撃に反応できなかった俺はリームの一撃を食らい地面を転がるように飛ばされていった。俺は吹き飛んだ勢いを利用して立ち上がると体勢を立て直す。

(どういうことだ。どうして後ろにリームがいる?さっきまでは前にいたはずだ。俺は間違いなく聖槍の力を使っていたはずなんだが)

俺が動揺している間にまた俺に近づいてきているのが見える。俺は聖剣を抜きながら考えるが何も思い浮かばない。すると今度は上から気配を感じ俺は上空を見た。そこには巨大な剣を振りかざしているリーダの姿があった。その姿を確認した直後俺は横に飛んでなんとか剣の攻撃を避けることに成功した。

(なるほどな。わかったぞ)

俺は冷静になってリーシャの行動を考えるとなぜこのような状況になってしまったのかを把握することができた。そして俺はリディアにリヴァニアに聖女に聖女が連れてきている兵士や冒険者、それと魔物が混ざっている軍勢が来ていることを伝えるように頼むと俺はリリィとクロナを連れてリリィの家に向かうことにした。

(やっぱり俺一人じゃリヴァイアと互角の戦いはできないよな)

俺は内心ではリヴァイアと対等の力を使えたらどれほどいいかと考えていたのだが、現実は厳しいものであった。

俺はリヴァイアの加護のおかげで聖槍を使うことができていたが、聖槍は使いこなせているとは言えなかった。そして俺はリリアナのことも考えつつリヴァイアに話しかける。

「リヴァイア」

するとリヴァイアは返事をしてくれた。そして俺の話を聞くリヴァイアの顔はかなり嬉しそうな顔になっている。そしてリヴァイアは聖女を倒すのに協力してほしいと言う。リヴァイアも俺のことは信頼してくれているらしく、リヴァイアの方も協力することを約束してくれた。これで聖女との戦いは楽になるとリヴァイアは考えているようであった。だが問題は聖女だ。聖女の強さを考えれば俺とリヴァイアで戦ったとしても、簡単に倒せるとは思えない。そのため俺はある人物に助けを求めることにした。

俺の従魔で聖槍を持った聖女とも互角以上に戦える相手であり俺の友人であるリヴァイアとリリアナ。そして何よりも頼りになる人物であるあの人を頼ろうと俺は考えていたのだ。そして俺の頼みを快く受け入れてくれることになった。俺は安心してその場所に向かった。

「それで、その聖女と戦っているという男を助ければいいのだな。わかった」

俺は目的地に着くなりそう言ってくれた人にお礼を言いつつ頭を下げた。その人は俺の知り合いの人だ。そして俺はお願いをしてリヴァイアと二人でその場を離れてもらうことにした。

俺はリヴァイアに指示を出して聖女の相手をしてもらうようにすると、リヴァイアはあっさりと承諾してくれた。

そしてリヴァイアとリヴァイアの配下たちには、サーヤが待つ場所に案内してくれるように俺は伝えるとサーヤたちの元に向かおうとした。

だがその俺に声がかけられた。俺は声のする方を見る。するとそこには見覚えのある人物が立っているのが見えた。俺はその人物を見て驚く。なぜならそこに立っていたのは勇者と聖騎士の格好をしている人物がいたからだ。その二人がここにいるということは、おそらく聖女がこの場所に来たということなのだが、どうしてこんなに早くここに来ることができたんだろうか。俺は不思議でならなかった。

だがその二人の登場によりリヴァイアの相手ができる人がやって来たことに安堵した。俺はリヴァイアの方を向くとリヴァイアの方は俺の言いたいことが分かってくれていたようでうなずいてくれた。リヴァイアもリヴァイアの部下たちも全員で協力して戦えば聖女相手に引けを取ることはないと思ったのだ。そして俺は二人に事情を説明する。俺とリヴァイアが全力で戦うのだからリヴァイアに加勢するために急いでほしいと告げる。その言葉を聞いてすぐにリヴァイアが動く。

俺もその行動に合わせるように走り出した。俺とリヴァイアが同時に動いたことにより俺が聖女を引きつけることに成功する。俺達が動き始めるとすぐに勇者と聖女はこちらの動きに反応した。そして俺は聖女に攻撃を仕掛けるためにリヴァイアに聖槍の力を貸してもらいつつ俺は聖槍の融合を解除して、普通の槍の形に戻した状態で攻撃をすることにした。

俺の攻撃は聖剣に阻まれてしまったがそれでも聖槍に秘められた力が開放されているのが俺にはわかるので、俺はさらにリヴァイアの加護の力を解放する。リヴァイアが使っている加護は『女神の寵愛』と言ってあらゆる能力を増幅させることができる能力のようだ。その力は凄まじく俺は自分の体に力が溢れてくるのを感じていた。そしてその力を聖剣に宿らせると俺もリヴァイアと一緒に聖剣に攻撃を仕掛ける。そしてその攻撃に聖女は反応できていなかった。そして俺達の攻撃を受け続ける聖剣は徐々に傷がついていくのが確認できた。それを感じた俺と聖槍に一体化していたリヴァイアはさらに力を解放しようと集中していく。

その俺達にリヴァイアの配下たちが援護するように俺とリヴァイアの背中を守ってくれるように陣を組んでくれた。俺はそれをありがたく思う。リヴァイアが聖槍に加護の力を与え続けてくれたおかげで、聖剣に負けないほどの力を手にすることができたのだと実感していたのだ。俺は自分の手に握られている聖槍を見るとリヴァイアの加護によって黒く変色しているように見えた。俺はリヴァイアにそのことについて感謝の言葉を伝えると、彼女は気にしないでも構わないと答えてきた。

「私達リヴァイア様とリヴァイア様の仲間を守れ」

俺のその命令を受けて俺の眷属たちが動いていく。俺とリヴァイアが本気を出せる場所を作るために戦ってくれているのだ。そしてリリィがリヴァイアに加護の力を貸すことも申し出てくれているのがわかったのでリヴァイアに伝えると喜んでくれたようだった。これでより一層強力な力を使えるようになったのだろう。

それから俺達は連携して攻撃を重ねていく。俺は聖槍を使ってリヴァイアは俺と同じように融合して攻撃を繰り返していた。その攻撃が聖剣にぶつかるたびに大きな音が周囲に響き渡る。そして俺とリヴァイアの攻撃に耐えられなくなったのか、徐々にその攻撃が通っていくようになっていった。その状況の変化を感じ取ったリヴァイアの配下が俺の指示通りに動くことでどんどん聖剣への攻撃が増えていきついに完全に聖剣を破壊することができたのだ。すると俺の目に映ったのは信じられない光景だった。なんとリヴァイアと融合した聖槍の融合が解除されていなくなってしまったのだ。

そして俺はリヴァイアの加護と聖槍がなくなった瞬間。その反動をまともに食らってしまった。その反動とは今までリヴァイアから受け取っていた加護の力が失われてしまい、それと同時に聖槍が手元にない状態での戦闘になってしまったという事だった。そのためリヴァイアから加護の力を借りて戦っていた俺にとってそれはかなりのハンデになった。しかもそれだけではない。リヴァイアの配下たちと聖女の兵士たちの戦いにリヴァイアと俺が介入できなくなったためそちらにも手を回すことができなくなっていた。俺はそんな不利な状態になってしまったがなんとかして耐えなければと思っていた。

そんな俺に対してリヴァイアが加護の力で身体能力を強化してくれているような気がしたが俺はそれがどんな力なのかまではわからない。だが今は少しでも聖女と戦うための武器が必要だ。そんなことを思いながら俺は聖槍をもう一度作ろうとするがどうしても聖槍を作れなかった。その事実にショックを受けている俺の元に聖剣が襲ってきたのである。聖剣は容赦なく振り下ろされていたのであった。

聖剣による攻撃が繰り出されたのを見た俺はリヴァイアの眷属の者たちに攻撃を行うように指示を出す。その攻撃はうまくいき聖剣を持つ聖女の腕に命中していた。

「よくやった!そのままやっつけちゃえ!」

リリィは嬉しそうにそう言うとリリアナも同じ考えなのが俺にはわかった。

俺もなんとかしてやらないとと思っているが聖剣と打ち合った時にかなりダメージを受けていた。それに聖槍を作ろうとしているのにもかかわらず一向に現れる気配がなかったのだ。聖剣に攻撃を受けたので聖女の方を見つめる俺だが、聖女は全く怯んでいない様子を見せていた。むしろ聖女は笑みさえ浮かべて余裕そうにしている。俺はこの場にいる全ての人達を守るために必死になって考えた。

だがその思考は突然中断されることになる。俺はいきなりの事態に対応できずに、その場に座り込んでしまった。

そしてリヴァイアの悲鳴に近い叫び声が俺の耳に届いて来る。俺はすぐにリヴァイアのいる方に目を向ける。そして俺が見たのは、リヴァイアが倒れていてリヴァイアの体からは大量の血が流れ出しているところであった。俺は慌てて回復魔法を使うのだがリヴァイアの状態が治ることはなかったのだ。

その状況を見ている俺とリヴァイアの間に突如として現れた存在が立っていた。その人物は見覚えがあるのだがその人は人間ではなく魔族の王でもあるリリアナであった。

その人物を確認した俺に驚きと同時に、リヴァイアを助けてもらえないかという思いが俺の中で膨れ上がりつつあった。その人物が現れたタイミングで俺は自分のステータスを確認していたのだ。俺の現在のHPの数値は、5800というとんでもない数値を叩き出していてその数字をみて驚いていると俺にさらなる驚きの展開が待っていたのだ。なんと俺が身に着けていた服とローブとサーヤに着せてもらった衣服が光り出した。そして次の瞬間。俺が手に持っていた槍の形に変化したサーヤの服を着せた布と、ニアの作った衣服を包み込んでいた光の中からリヴァイアの加護であるリヴァイアの紋章が描かれた白銀に黒と青の線が引かれた紋章がついた白いコートが出てきたのだ。

そしてリヴァイアが身につけて戦っているはずのリヴァイアの防具一式がそのコートの中に収納される。すると今度はなぜかその防具の色が変化をしたのだ。俺はなぜだかわからなかったが何が起こっているのか理解できた。その証拠にリヴァイアは地面に膝をつけて俺のことをじっと見つめてきた。その表情は苦痛に耐えるようにも見えなくはなかった。

そして俺とリヴァイアは何かに導かれるように自然と手を伸ばしていたのである。

そしてお互いに相手の手を握った俺は確信する。今起きている出来事の全てを理解する。それはリヴァイアも同じように思っていたようで驚いた表情を見せた後に笑顔を見せてくれた。俺はリヴァイアに手を伸ばすとその手が握られたことにリヴァイアは俺の顔を見て嬉しそうな表情をしていた。俺はそんなリヴァイアに向かって優しく笑いかけるとリヴァイアの体が光に包まれたのであった。

その光の輝きは俺に衝撃を与えるものだった。俺は慌ててリヴァイアが心配でリヴァイアのそばに近づく。そしてリヴァイアの様子を確認すると先ほどまで大量に出血して傷ついていた体のどこにも傷口が見当たらない。だがまだリヴァイアが生きているということだけが分かったので安心して息を吐きだしリヴァイアに声をかけるとリヴァイアの瞳に俺が映し出される。その瞳が潤んでいるように俺には見えた。そしてリヴァイアはその顔を俺の体に擦るように動かしてくると俺に体を預けるように力を抜き俺に身を任す。そしてしばらくして俺から離れて立ち上がったリヴァイアは俺に向けて言葉を発する。

「ありがとうございます。クロト様のおかげで命を救われました」

そのリヴァイアの言葉に驚く俺だが俺は自分がしたことを思い出してリヴァイアの言葉に答えることにした。

「いや、俺はリヴァイアを助けたくて行動しただけだから礼を言われるようなことはしていないよ」

「それでも私はクロト様にお礼が言いたいのです」

真剣なまなざしでこちらを見つめているリヴァイアに対して、その意思を否定することができないと感じた俺にリヴァイアはさらに続ける。

「クロト様が私と手を繋いでくれたことにより、私の力を解放することができました。その力は私に力を与えて下さるとともに、私とクロト様との絆をさらに深める効果もあるみたいです。今の私は今まで感じたことのなかった感覚を感じます。それがなんなのかは今ははっきりとは言えませんがいずれわかる日が来ると思います。本当に感謝しています。こんな私のためにそこまでしてくれたことはとてもうれしく思っています。でも一つだけお願いを聞いてください」

リヴァイアの言葉に俺はしっかりと答える覚悟を決めて返事をすることにした。その言葉を聞いていた俺は緊張しながらもリヴァイアの話を聞こうとした。すると彼女は自分の胸元に右手を当ててからその手を自分の頭上に持ち上げてから再び下ろした。俺はそのリヴァイアの動きが何を意味しているのかをすぐに理解する。俺は自分の首からネックレスのようにぶら下がっていたリヴァイアが身につけていたリヴァイアの紋章が刻まれた青い宝石のような結晶に左手で触れる。

リヴァイアはそんな俺を優しい眼差しで見つめている。その顔を見ると心が安らいでいくような気がして俺自身も落ち着くことができているようだった。そして俺はリヴァイアが俺にして欲しいことが、リヴァイアと俺を繋ぐために必要な儀式なのだという事を知った。そして俺はリヴァイアが言った通りにしたのだ。

その俺の姿を見て微笑んだリヴァイアは嬉しそうに俺を見てくれる。

そのあとに少し照れたような仕草を見せるリヴァイアだったが俺はその姿が可愛いと思いつつ彼女の願いを受け入れることにしたのである。するとリヴァイアは自分の中に宿った力を解放するためにその身に宿しているリヴァイアの加護の力を解放していく。その力の奔流はリヴァイアを中心として広がり俺にも伝わって来たのだ。そしてリヴァイアの体からあふれ出した力によって周囲に広がっていた空間にヒビが入っていきそして壊れていく。俺はそれをただ呆然と見ているしかなかった。だが俺の横にいるリヴァイアは俺の目の前にやってくると両手を俺の首の後ろに回してから俺の唇を奪ったのである。俺はそんな大胆なリヴァイアの行動に驚くがリヴァイアにキスされたのが嬉しいと思ってしまったのだ。俺はリヴァイアとの長い長い接吻が終わるとその身に起きた現象を確認すべく俺は自分に起こった変化を確かめてみる。だが俺の変化というのは特に何も起きていなかったのである。

そんなことを疑問に思っている俺に対して、なぜか俺の背中に回り込んだリヴァイアが背後から抱きつくとリヴァイアは頬を俺の頬に当ててスリスリし始めたのである。その行為はリヴァイアが俺と離れたくないと言わんばかりであり俺としてはとても愛しく感じるのであった。

「えっとリヴァイアさん? どうされましたか?」

「リヴァイアと呼んで下さい!」

「えっとリヴァイア、とりあえず今はこの状況がまずいんじゃないかなと思っているんですけど」

「えっ、そうですか?」

リヴァイアのその発言を聞いた俺はリヴァイアのステータスを確認していた。リヴァイアはそんな俺に対して何か思うことがあったのか自分のステータスを確認できる魔法を俺に見せてくれたのだ。俺はそのステータス画面を見たときに絶句してしまう。そしてその俺の様子をみていたリヴァイアが、そんな俺に問いかける。俺は自分の目に映るリヴァイアのステータスの数値が信じられないものだったのだ。なぜならそこにはSSS+というあり得ないレベルの能力が表示されていたからである。だがそれを見たことで俺はこの世界はレベルの概念が存在しているということを確信することができたのである。

そんな俺はリヴァイアのことを改めて見ると俺の予想通りの人物であるということだけはわかったのだ。リヴァイアはリヴァイアであるのだが、今のリヴァイアには俺の知識の中にあるリヴァイアの特徴がいくつか見受けられたのである。俺がそのことに気づいた時に俺の腕の中で眠っていたリヴァイアの眷属でもあるリヴァイアは、意識を取り戻すといきなり俺のことを押し倒したのだ。そして俺はそんな状況の中どうにかしなければと思うがすでに遅かったようである。

俺は今、仰向けに寝ている状態なのだがその上にリヴァイアが覆いかぶさるようにしてこちらを見つめてきているのだ。しかもなぜかリヴァイアは服を着ておらず生まれたままの姿であった。そしてなぜかわからないが、リヴァイアのお腹あたりになぜか俺とリヴァイアをつなぐように銀色の糸のようなものが伸びていたのだ。リヴァイアは何かを考えているようで真剣な表情をしていたのだが何かを思いついたのか突然笑顔になると俺に向かって話し始めるのであった。

「やっと私の本当の姿を知ることができたわ。それにあなたの体を通して力が流れ込んできたおかげで完全に目覚めたみたいなんだけどね」

「えっとなんの話かな? リヴァイアの加護の力で何かあったって事だよね」

「まぁそうなのだけど、そのことはおいておくことにするわ。それよりも私の加護の力をクロトは使うことができるようになったはずよ。だってクロトの体の中には私の力が注ぎ込まれているはずだもの」

その言葉の意味がわかっている俺は、すぐにその力についてリヴァイアに質問をするのである。

『その力っていうのは何なんだ?』

俺がそう念じるとその言葉が通じたらしくリヴァイアが教えてくれることになったのだ。

「それは私が元々使っていた固有スキルの一部で神格解放と呼ばれるスキルよ。その力を使えば私は本来の力を発揮できるし、あなたはクロトに宿った私の神の祝福の効果を最大限に発揮できるようになるでしょう」

リヴァイアはそこで一度言葉を区切ると話しを続けた。

「本来であれば神格封印がされている状態でしか発動することができないんだけどクロトの場合はその制約が外れてしまっているようなのよ。つまり今の状態なら私と一緒に戦ってくれるということだと思う。クロトさえ良ければなんだけど」

俺はそこまで言われて断る理由はないのでリヴァイアの言葉を受け入れたのだった。するとその時だった、リリアナとサーリヤの戦いが終わるのを見守っていた他の人たちが一斉に戦闘をやめてこちらに近づいてきたのである。俺としてはもう少しリヴァイアとの二人っきりで会話していたかったが、その気持ちを振り払ってみんなと合流するために立ち上がろうとしたのだった。しかし、俺はリヴァイアと手を繋いでいることを思い出したときにはすでに手遅れだった。

俺は立ち上がることができなかったのである。俺はなぜだかリヴァイアと繋がっている部分からリヴァイアに引っ張られるように倒れこんでしまったのだ。










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異世界ダンジョンの歩き方 〜ダンジョンに潜り続ける日々〜 あずま悠紀 @berute00

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