小惑星に着陸せよ!(KAC20229)

つとむュー

小惑星に着陸せよ!

 二〇三五年九月。

 小惑星探査機ハヤブタ三号から送られて来る映像を、研究者やエンジニアたちが息を飲んで見つめていた。

 映し出されているのは小惑星シャングリラ。

 ハヤブタ三号は、わずか五十メートルの距離まで近づいている。


「コンウェイ切り離し、送信します。三、二、一、ゼロ!」


 リターンキーを打つ音が管制室に響く。

 地球からシャングリラまでの距離はおよそ三憶キロ。この命令が実行されるのは三十分後だ。


「頼むから、無事に着陸してくれ!」


 俺は両手を胸の前で組み、目をつむって宇宙空間に祈りを捧げる。

 コンウェイというのは、ハヤブタ三号に取り付けられた小型探査機。ハヤブタ三号の着陸に先行して、シャングリラの地表探査を行う使命を担っている。ハヤブタ三号の着陸、ひいてはプロジェクト全体が成功するかどうかは、このコンウェイの探査結果にかかっているのだ。

 俺はそのコンウェイの着陸装置の設計を担当していた。


「ちゃんと機能してくれよ、肉球……」


 そう、コンウェイの着陸装置には特別な機能が取り付けられていた――



 ◇



 時は五年前に遡る。

 打ち上げを翌年に控え、探査計画は大詰めを迎えていた。

 が、コンウェイの着陸装置はまだ完成していなかったのだ。


 小惑星シャングリラの表面はゴツゴツした石に覆われている。

 探査機を壊すことなく着陸するには、ショックを吸収する仕組みが求められていた。

 難しいのは、ただショックを緩和すればいいのではないということ。

 というのも、シャングリラの重力は地球の八万分の一しかないからだ。反発係数が高すぎると、地面に跳ね返されて宇宙空間に放り出されてしまう。


 ――ゴツゴツした岩場に対応でき、しかもあまり反発しない着陸装置とは!?


 この難題への挑戦を命じられたのが俺。

 しかしすぐに行き詰まり、開発から一年が経過した時点でもアイディアすら得られていなかった。

 早く設計図を書かないと、打ち上げには間に合わない。

 これは俺だけの問題ではなく、コンウェイ運用チーム全体の問題となる。

 だから俺は、部長にネチネチと嫌味を言われ続けていた。


「全く、猫の手も借りたいってのによ」


 こっちだって一生懸命やってんだよ。

 それを猫の手だなんて!


 叫びそうになった俺だが、その時ひらめいた。

 そうだよ、部長の言う通り猫の手を借りてやろうじゃないか!

 猫は高いところから落とされても、ピタリと着地することができる。肉球と関節の柔らかさがクッションの役割を果たしているからだ。

 しかも猫の手の機能はそれだけではない。隠していた爪を出せば、地表の岩石を採取することだってできる。


 こうしてようやく、コンウェイの設計図が完成したのだ。



 ◇



 コンウェイ切り離しの命令を発信してから二時間後。

 ようやくコンウェイからの映像が送られてきた。

 着陸に成功していれば、ゴツゴツした岩場が映し出されるはず――が、送られてきたのは真っ暗な宇宙空間の映像。光を反射するシャングリラと母船のハヤブタ三号が、どんどんと遠ざかっていく。


「なんだよ、着陸に失敗してるじゃねぇか」


 部長が俺を睨みつける。


「おかしいですね、テストではちゃんと機能していたのですが」

「あの猫の手が?」

「そうです。機能的には完璧でした」

「ところで訊くが、猫の足は付けたのか?」

「付けてませんよ」

「ええっ、付けてないって!? なぜ?」

「あんなのは飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよ」

「だからだよ、失敗したのは!」


 こうして俺が開発した肉球は、今も宇宙空間を飛び続けている。

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