第8話 クレイに到着

 キティの村から山一つを越え、件の町・クレイに到着。確かにキティよりは大きくて人が一杯いるけれど、溌剌として明るい人がきびきび働くキティに対して、死んだ魚の目をした人々が背中を丸めて歩く様は、異様だ。

 扉と屋根は木、壁は漆喰のような白、地面は石畳で統一しているのに、路地裏に押し込んだ糞尿の香りが全てを台無しにしている。歩きながらタバコをふかしたり、酔っぱらいがそこいら辺で用を足すので白は所どころ黄ばんだり黒ずんでいて汚ならしい。

 あまりいい噂を聞かないと濁された意味は、密集した民家の窓から気だるげな女が手を振ったり、意味ありげな眼差しをイヴリース様に送っては袖にされても肩をすくめていた辺りから分かった。恐らく夜の仕事で昼間休んでいる時に、色男を見つけたからからかってやろうという肚だろう。都合よく隣を歩く猫の存在は無視かね。いや、ただ単に視角で見えなかっただけか。

 店はと周囲を見回すと、翻訳能力により「酒屋」、「大衆居酒屋」、「バー」など、酒関係の店ばかり。おしゃれな名前だなと近づけばイヴリース様に肩を掴まれ、振り向くと黙って首を振った。目で(ここも夜のお店?)訴えると、頷いたので自然な動作でそこから二人で離れた。

 何か足が痛いなぁとイヴリース様に訴えると、足を見てくれた。彼の見立てでは「なれない二足歩行で疲れた」らしく、せめてブーツで支えるとか、何らかの対応をした方がいいそうな。

 イヴリース様の提案で、クレイの町で私のブーツ探しが始まった。建物同士の隙間はあってないような密集する家の群れは迷路のよう。土地は広いのに無理くりその十分の一区画に町をねじ込んだようなもんだから、景観なんてあってないようなもの。美しい白壁は淫靡な白粉のよう。ひしめく建物は閨から手招きする女みたいに見ているだけで怖気立つ。

 荒んだ場所では、それ以外の人物は悪目立ちする。特にイヴリース様のような人目で高貴な身分のやんごとなきお方と分かる品の良い人物はなおさら、カモにされやすい。できればだけどね。

 くねくね蛇行する人がギリギリすれ違える路地で、イヴリース様と私の前に屈強な背中があった。急停止すると、後ろにも何人かの気配が。夜通し酒盛りしたのか、酒と酸っぱい汗の臭いと男臭さが黄金比の絶妙な混ざり具合で、嗅覚が強化されてしまった私は臭いで殺されそう。肉球で鼻を塞いでも、路地は路地で糞尿と打ち捨てられたごみの臭いで、最悪の臭いが交響曲を奏でているよう。とりあえずイヴリース様の長い脚の間で鼻を塞ぎ、ならず者らしき人々の視線をかわそうと試みた。

 目の前にいた屈強な背中をした男が私たちを振り替えってじろりと見つめた。改めて見れば、腕の太さは女性の太ももどころか腰回りほどあり、両足は筋肉を捩り合わせた腕より一回りは太い。僧帽筋は鎧のように発達し、首は筋肉にうずもれて一体どこなのやらと悩む。顔は筋肉を考えると以外なほどすっきりと通った鼻筋に、やや鷲鼻気味で、眉はへの字で太い。目は獅子を思わせる鋭さで、筋肉で圧倒され目を見たら失禁しそうな風体だ。

 ごつごつと岩同士をぶつけたような地底から響いて来るような低音で、

「おい兄ちゃん路銀を置いてきな。身ぐるみは剥がさないでやるから、とっととよこせ」

 私たちの後ろにいる何人かが、私を指さして

「兄貴、この猫二足歩行してやがる。売りさばいたら金になるんじゃねぇか?」

 見世物か、まさかの毛皮?やめておくれよ。

 ニャッと悲鳴をあげ、悪臭を忘れてイヴリース様の右ふくらはぎに抱きつく。尻尾は右足首に巻いて、ふるふると首を左右に振って「怖いよ」と示す。

 「お、この猫ひょっとしてケット・シーかい?知能の高さから図星とみた」

 やっちまった!うにゃ?って猫被って分かんない振りすればよかった!!!


 「悪いが、この猫ちゃんは相棒でね。渡すわけにはいかない」

 少ししゃがれたバリトンの声でイヴリース様は私を庇うように前に出た。

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