走れ猫
イノナかノかワズ
走れ猫
オイラは走っていた。
友との約束を果たすために走っていた。
友はオイラの代わりに王様に囚われている。田舎者のオイラが王様の髭を馬鹿にしてしまったために、オイラは圧政をひく王様に囚われてしまった。そして死刑が決まった。見せしめで処刑されるんだそう。
けど、そもそもオイラは妹の結婚のためのお祝いを買いに王都に来たのだ。
だから、オイラは王様に頼んだ。頼み込んだ。
そしたら王様は言った。オイラの代わりに人質を出せと。
王様は、人間のとある小説の真似をしたい、と言った。
そしてその人質にオイラの友が選ばれた。友が自ら志願してくれた。
そのおかげでオイラは妹の結婚式には間に合った。
だからオイラは王都へと走っていた。この速度なら間に合う。これから死んでしまうけれども、だからこそ友を死なせたくない。
オイラは必死に走った。
けど、予想外の事が起きた。
「……どないすれば……」
俗にいう台風だった。
オイラの体を簡単に吹き飛ばしてしまう大風が吹き荒れていた。豪雨も降り注いでいた。
家から家へ移っていては、間に合わない。街道を通らなければ間に合わない。
どうすれば……
オイラはとある家の軒下で呆然としていた。
と、そこへ大きな影が落ちた。
「どうしたん?」
「んなっ!」
その影は猫だった。黒猫だった。
黄金の瞳がオイラを射貫いていた。
「な、な、な、な、な、な!」
「そう驚くな。こんな悪い天気の中、とって喰おうとは思っておらんや」
黒猫は逃げようとしたオイラを軽々しく掴んだ。
そしてその黄金の瞳にオイラを映した。
「オタク、なんか困っておるん? あ、黙秘権はあらんよ」
「……はい。このままでは、友が、オイラの代わりに友が処刑されてしまうんだ!」
「つまりこの大風のせいで間に合わんと」
「……はい」
黒猫は面白そうに鼻を鳴らした。
オイラとは格も違う立派な髭がぴくぴくと動いた。
「ワイが送ってってやろう」
「……」
「そう警戒せんでええ。オタクには何もせん。対価も取らん。ただ、こんな軒下で一緒になったよしみや」
「……わかりました。どうせオイラに拒否権はないんでしょう?」
「そうともいうな」
黒猫はオイラを口に咥えた。
オイラはだらんと垂れ下がる。
「ほい、いくぞ!」
「……お願いします」
黒猫は豪雨の中、飛び出した。
大風が黒猫を煽るが、黒猫はその軽やかな身のこなしでのらりくらりと街道を進む。時に塀の上を走り、家の屋根の上を走り、線路を走り、最速といわんばかりに黒猫は走った。
オイラはその間、恐怖をしていた。
オイラは猫の手を借りてしまったが、その猫は悪魔ではないかと。
けど、オイラは信じた。猫は嘘つきだけど、オイラには何もしないと、対価は取らないという言葉を信じた。
そして数時間後。
「ホイ、着いたぞ」
そこは大きなビルだ。ガラス張りの高層ビルだった。
黒猫はオイラを地面に置いた。
「イケ、友の代わりに処刑されるんだろ?」
「……はい」
オイラは、猫に頭を下げてそのビルの排水溝へと入った。
そして王都に行った。
王都には多くの民がいた。
たぶん、ここの食堂やらの残飯があるから、多くの民を養えるのだろう。
オイラは走った。
王城へと走った。
そしてそこには友がいた。
王様もいた。
オイラは叫んだ。
「王様っ! オイラは来たぞ!」
「おお、誠か! 誠に来たのか!」
王様は歓喜に尻尾を揺らし、髭を動かした。
たぶん、人間の書物と同じ結果になって嬉しいのだろう。
「では、余は改心するとするか」
そしてオイラも友も処刑されることは、なかった。
Φ
「じゃあな、友よ」
「ありがとう、友」
台風は過ぎ去っていて、オイラたちは高層ビルの前で別れをしていた。
オイラは友に礼をいい、踵を返した。
背中で、またな、と語り。
「た、助けてくれっ!」
「と……………黒猫っ!」
友は黒猫に喰われた。
なんでだ、オイラには危害を加えないと、対価はいらないと!
「おお、オタク、いい顔するな。その顔だ、その顔を見たかったんや」
「お前はっ、お前はっ!」
「うん? どうかしたんや?」
「なぜ、友を、友を!」
オイラは泣き叫んだ。
噛みつこうとしたが、簡単に払われた。
「何でって、都市のネズミやん? 田舎の貧相なネズミなんかより、まるまる太った王都のネズミを食べたいやん? 大丈夫、オタクには手を出さん。オタクのその絶望の顔を見れただけで満足や」
そしてオイラが猫の手を借りた結果、友が猫に喰われた。
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