スタンドアップ・ボーイズ! フォースジャンプ

和泉茉樹

スタンドアップ・ボーイズ! フォースジャンプ

     ◆


 少しずつ寒さも緩んできた。

 整備工場ではちらほらと気の早い冬用タイヤからの交換作業の仕事がある以外、平穏な日々が続いた。

 二足歩行ロボットであるスタンドアッパーの整備仕事が主収入で、これは定期的にある。ただ、スタンドアッパーの普及率がやや頭打ちなのが、頭痛の種だ。

 どうしても四輪の自動車の方が使い勝手がいい、というのが動かしがたい現実だった。

 スタンドアッパーは基本的に一人乗り出し、乗り心地は良くない。ついでに免許そのものも自動運転や様々なアシスト機能が付属する自動車よりも取りにくい。

 足音がうるさいと苦情も来る。

 それでもハッキン州はスタンドアッパーが多い街で、それはスタンドアッパーによる多種目競技大会、ハッキンゲームを通年、開催していることによる。このイベントがなければ祖父が経営するシュミット社もとっくに倒産していただろう。

 俺は古い自動車の整備作業を終えて、作業場の隅の荷箱の上に腰掛けたところだった。置きっ放しになっているマグカップを手に取るが、中身のココアは少ない。

 お湯を足すかと思ったそこへ奥から祖父がやってきて、俺の前に立ってタバコに火をつけた。作業場は禁煙と決めているけど、決めたのが祖父なのだから、破るのも自由だろう。

 ムッとした顔で煙を吐き、唸るような声が口から漏れる。

「アホしかいないのか、この街には」

 どうやら俺に愚痴を向けているらしい。

 つい一時間ほど前、就職希望の高校生が二人ほどやってきた。祖父がその相手をしたはずだ。

 ただこの様子だと、それほど有望ではなかったらしい。

「俺も昔はアホだったよ」

 そう言ってはみたが、祖父が勢いよく息を吸ったので、ものすごい音を立ててタバコの先端が灰に変わった。

「アホはアホでも、お前くらい極まったアホは逆に貴重なんだ」

「そんなものかな」

「そんなものだ」

 結局、祖父はタバコを一本吸い終わると、自分の仕事としていたスタンドアッパーの整備に向かった。

 俺も仕事を始めなくちゃな、とマグカップの中身を飲み干し、泥ような味に眉をしかめて立ちあがった。

 冷たいココアほど不味いものはない。

 アホな高校生も、あまりいいものではないだろう。


      ◆


 俺が高校三年生の春先、ハッキンゲームにおける花形、格闘トーナメントの予選の予選が始まっていた。といっても、明確な規定や、リーグ戦、トーナメント戦があるわけではなく、この単発の格闘試合の結果がエントリーの審査に何らかの形で反映される、らしい。

 我が悪友、ダルグスレーンはやる気満々、前回の雪辱を晴らす、と意気込んでいた。

 しかし俺とダルグスレーンは高校三年生で、進学するか、就職するか、決めなくてはいけない時期でもあった。決めなくてはいけないというか、進路を決めて、努力する時期だった。

「俺はまぁ、適当に経営学でも学ぶさ」

 そんな風にダルグスレーンは嘯くが、学力はともかく、比較的、妥当な進路だ。

 奴の家はガスステーションをやっていて、しかし経営は他人に任せている。オーナーと言えば格好がいいが、一言で言えば金持ちだ。

 ダルグスレーンがガスステーション経営にそこまで意欲があるとは誰も思わないだろうし、俺からす見ればそれはポーズだ。実際にはやっぱり他人に店を任せて、こいつも自由に生きるだろうと俺は見ていた。

 俺自身の進路はといえば、スタンドアッパーについて学ぶ職業学校のようなところへ行くつもりだった。二年で卒業できるし、いくつかの資格も取れる。あとは祖父の整備工場で働けばいい。

 ダルグスレーンより明確に、はっきりと俺は家業を継ぐつもりだった。

 祖父は「勝手にしろ」と言ったし、父も母も電話の向こうで了承してくれた。もっとも、祖父は堅気の中の堅気なのに対して、父親は流れの整備士、母親は傭兵で、この二人が俺に堅苦しいことを言えるわけもなかった。

 そんな具合で、俺は俺で、ダルグスレーンはダルグスレーンで、それぞれに勉学に励みつつ、ハッキンゲームへの参加は継続していた。

 ダルグスレーンが言うには、大学入試で一般の試験ではなく、書類や面接、実技などで合否を判定する方式を選んだので、ハッキンゲームでの実績が意味を持つということだった。

 そんな仕組み、聞いたこともないが、あると言うのならあるんだろう。

 ただ、この時の我らがチーム、アイアンバニーは困難に直面していた。

 整備士担当であるシャンツォと、プログラマ担当のマオが同時にウイルス性の風邪に感染し、一週間の隔離生活になったのだ。単発の格闘試合の日取りは五日後である。

「あいつら、俺たちが知らないところでイチャついたんじゃないか?」

 ダルグスレーンが渋い表情になるが、それより機体の整備とプログラムの微調整が問題だった。

「心配するな」

 俺の指摘にダルグスレーンが胸を張る。

「助っ人を用意してある」

 そこへやってきたのが同じハッキン州立第八高等学校の二学年下、一年生二人だった。少年がリー、少女がエスターという名前だ。リーが整備士、エスターがプログラマ役である。

 大丈夫かよ。

 顔合わせの直後、ダルグスレーンに視線だけで問いかけてみたが、ウインクが返ってきた。

 不安しかない。

 それでも時間は流れる。二日間でダルグスレーン(の親父)のスタンドアッパー、パワーウイングⅧ型をセッティングしないといけない。普段使い用の設定ではなく、格闘に適した調整はなかなかコツがいる。

 祖父に言わせればネジの締め方一つでも雲泥の差がある、となる。ちなみに父は「ネジなんか適当に締めればいい。バラけなければいいだよ」と笑っていた。

 とにかく、俺とリーの二人でパワーウイングⅧ型をいじるのだが、何度も何度も指示を確認され、仕上がりを確認され、つまり俺だけが疲れた。

 一度など、危うく基礎骨格の連結部分にある関節パーツがお釈迦になるところだった。

 プログラムの方はどうだろうと思っても、俺は専門じゃないし、どうもエスターは隔離中のマオと連絡を取りつつやっているらしい。

 この間、ダルグスレーンが何をしていたのか。

 食料品と飲み物を買っては届けてきた。それだけだ。

 あっという間にその日はきた。スタンドアッパーによる格闘試合当日。

 俺は念入りに機体の状態をチェックし、エスターとも打ち合わせた。エスターの持っている端末の上のデータでは、一応、うまく仕上がったようだった。

「任せたぜ、オリオン!」

 ダルグスレーンが俺の背中を叩く。

 格闘はお前の担当な、と言われていたが、この時もやっぱり俺が操縦士だった。

 駐機姿勢のパワーウイングⅧ型に這い上がり、操縦シートに座る。ハッチ閉鎖。

 前傾姿勢でグリップを握り、スイッチを跳ね上げていく。モニターが起動し、電子系も立ち上がる。

 差したままになっていたキーを捻る。

 機関、始動。両手のグリップをひねり、出力チェック。問題なし。

 両足のペダルを連続して踏み、機体を直立される。

 あれ……?

 何か違和感があったが、わからない。モニターをチェック。センサーの異常はない。

「エスター、聞こえるか」

 無線をオンにする。すぐ返事があった。

「何かありましたか、オリオン先輩」

「立ち上がった時、違和感があった。もう時間がない。コートに出るけど、そっちでバランサーを再確認しておいて」

「了解です」

 返事は気持ちいいんだけど、どうも頼りないな。

 パワーウイングⅧ型は指定のコートに出た。コートと言っても空き地を区切っただけで、すでにスタンドアッパーがくんずほぐれつ、熱戦を展開していた。客席は離れたところに用意され、歓声や拍手、容赦のないヤジも飛んでいたし、飲み物の容器も宙を舞う。

 パワーウイングⅧ型の正面にはずんぐりした体型のスタンドアッパー、トドロキヤマ〇八年式が立っている。

 重量級の機体で鈍重だが、頑丈さ、タフさでは群を抜いている機種だ。

「エスター、何かわかったか?」

 確認するが、「分かりません」という返事。

 そうこうしているうちに試合開始のブザーが鳴ってしまった。

 今回、パワーウイングⅧ型は打撃に重さを持たせるために、去年のトーナメントとはセッティングを変えていた。だいぶ扱いづらいが、不可能ではない。

 回り込むように前進、左右にステップを踏んで牽制しつつ、側面を狙う。

 トドロキヤマ〇八年式の機動力では対応不能。

 容易に側面を取れた、はずだった。

 強烈な横G。

 危うくシートから吹っ飛びそうになる。

 オートバランサーが反射的に機体を片足で跳ねさせて転倒を防ごうとするが、無理だった。

 肩から地面に落ち、ついにバランサーが深刻な混乱状態に陥る。

「何があった?」

 無線に問いかけながら、俺の両手が即座にバランサーをリセットする入力を打ち込み、マニュアルに変更。

 容赦なくトドロキヤマ〇八年式が掴みかかってくるのを横へ転がって避けようとする。

 瞬間、またも不規則な衝撃が機体を襲う。

 メインスクリーンに警告。左肩が脱臼している。

 そんな馬鹿な。さっき、転倒時に打ったのは右肩だ。その右肩は中度の損傷。なぜ左肩が急に重度の損傷となる?

 起き上がろうとするが、間に合わない。

 俺は操縦席に増設されている降参のためのボタンを、叩き割るように拳を叩きつけて押し込んだ。


      ◆


 結局、あの時はリーの整備不良とエスターのプログラムミスの複合的な事故だと後にわかった。

 あの時は散々だった。あの試合の後、俺は学校で全員に笑いものにされた。ダルグスレーンも普段は平然としているのがあの時だけは不満そのものだった。

 高校生がスタンドアッパーを運用するのは、ハッキン州では特別なことじゃない。大人に混ざって技術を磨いて、そのまま有名大学、有名企業とステップアップしていく奴は大勢いる。

 ただ、全員が飛び抜けて優秀でもないし、秀才でも天才でもない、ということだ。

 俺もそうであったように。

 ただ、さすがに俺も考えを改めた。

 手を借りる相手は、ちゃんと選んだほうがいい。

 例え猫の手でも借りたいときでも。



(了)

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