第28話 ノエルとの交渉
「今日ノエルさんたちが反乱を起こす、と聞いたのですが、それをやめることはできませんか?」
顔が知られているならば、と思い切ってニールが切り出すと、ノエルはわずかに眉をしかめた。
「……貴方がたは国王側の人間ですよね? ならば、今の国内がどうなっているのかよくわかっているはずです」
やはりこちらが国王側の人間だということはすでにばれていた。そして、確かにノエルの言う通りだ。
ローベルト国王は呪いがかかっていたとはいえ、この数か月の間国民を苦しめるような悪政を行ってきたのだ。キリルにはどの程度のものだったかはよくわからないが、反乱が起きるほどである。もしかしたら税金のことだけではなかったのかもしれない。
「税金の引き上げだけじゃない、ほんの少し国王の話をしただけで牢に入れられる。しかもその公開処刑が二週間後だ! それを黙って見過ごせと!?」
激昂したノエルの発した言葉にキリルが絶句し、ニールは黙って俯いた。
ここまでのことが起きていたのかと、キリルは今更ながらに知る。やはり税金のことだけではなかったのだ。
ユリウスやエリオット、そしてニールはすべてを知っていて、あえてキリルに教えるようなことをしなかったのだろう。
それはきっと彼らの優しさだ。税金だけの話ではないと知ったら、キリルが深く傷つくのではないかと心配したから。
もしかしたら、キリルを反乱軍に入れさせないためという理由もあったのかもしれないし、反乱軍側につけば国王側が不利になると考えたのかもしれない。
その辺りの詳しい事情はわからないが、今はそんなことを考えている場合ではない。
ローベルト国王の呪いは無事に解けて、反乱を起こす必要がなくなったのだ。それをきちんと話して納得してもらわなければならない。
キリルがそう考えていると、俯いていた顔を上げたニールが改めてノエルをまっすぐに見据えた。
「……信じてもらえないかもしれませんが、国王陛下は呪いをかけられていました」
「……呪い?」
ノエルが訝し気に右側の眉を上げる。
「はい。呪い自体は昨日無事に解くことができました。だから今日の午後にはこれまでの悪政を詫び、税金を元に戻し、公開処刑もなかったことにする旨の御触れが出される予定だったんです」
「そんな夢のような話が信じられるとでも?」
ノエルの睨みつけるような視線に黙っていられず、キリルは反射的に立ち上がった。
「確かに信じられないかもしれません! でもおれたちは実際にエルデの洞窟に行って、【アウローラの鏡】を取ってきて……だから……!」
「……キリル様」
顔を真っ赤にして懸命に言葉を紡ぐキリルの背中を、宥めるようにニールがそっと優しく撫でる。と、キリルがはっと我に返った。
「っ……ごめん」
キリルはそんなニールについカッとなってしまったことを詫びつつ、椅子に座り直した。満足したように頷いたニールが、またノエルに向かって話し出す。
「これは本当の話です。どうにか信じてはもらえませんか?」
ニールの説得の言葉にノエルは少し前屈みになると、太腿の上に乗せた両手を組んだ。どうやら、ニールの言葉を素直に信じるべきかどうかを考えているらしい。
その間、キリルは必死に心の中で祈っていた。
どうにかノエルが『わかった』と首を縦に振ってくれるのを。ここで頷いてもらえないと、もう後がないということはよく理解していた。
しばらくしてようやく組んでいた手を解いたノエルは、顔を上げ静かに言った。
「……ニールさんの顔に免じて、今は信じてみましょう」
その言葉にキリルとニールが安堵する。だが、ノエルはこう続けた。
「……ですが、御触れを出すだけでなく、きちんと国王から国民に対してお詫びをして頂きたい。『誠意』を見せてもらいたいのです」
「……『誠意』、ですか。具体的にはどのような?」
ニールが問うと、ノエルは大きく溜息をついてみせた。
「それは国王自身に考えて頂きたい。仮に本当に呪いがかけられていたのだとしても、これまでしてきたことの罪悪感くらいはあるでしょう? そしてその『誠意』が私たち国民の納得のいかないものであった時は……わかりますね?」
「……反乱を起こす、ということですか」
「そうです。期限は明日いっぱい、その間に『誠意』を見せてください。もし見られなかった場合は、日付が変わるのと同時に行動を起こします」
「……わかりました。『誠意』が認められた時は当然、反乱軍は解散して頂けるんですね?」
「もちろん」
ノエルの大きな頷きに、ニールはひとつ息を吐く。
「これから城に戻って国王陛下に掛け合います」
椅子から立ち上がり、鋭い視線でノエルを見下ろした。
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