気まぐれSS (SS集)

小鳥遊 蒼

エイプリルフール〜期限切れの嘘〜

 あれは、僕たちが高校2年生になろうという春のこと。

 あの日もいつものように、我が家の如く彩乃あやのが僕の家でくつろいでいたんだったと思う。ココアを淹れてほしいと言われ、台所に立っていたときに彩乃が話しかけてきたから、彩乃はリビングかダイニングにいたのだろう。テレビを見ていたような気もするから、リビングの方だったかな。

 火にかけていた牛乳がぼこぼこと音を立て始め、ココアの粉末が入った缶を手に取ったときだった。


「そういえば、わたし、彼氏できた」


 あまりに唐突な報告に、ココアの缶を落としそうになった。確か、すんでのところでキャッチしたんだったと思う。

 火を止めると台所から顔を覗かせ、彩乃を見た。この時の僕はきっとマヌケな顔をしていたのだろう。目を見開き、口をぽかんと開けたその表情があまりにもおかしかったのか、彩乃は遠慮もなく笑い転げた。


 カチリと時計が鳴る。

 12:00————


「なーんてね。嘘でーす」


「今日は何の日でしょう?」と、まだ笑いがおさまらないのか、目尻の涙を指で拭っていた。

 僕は彩乃から目を逸らし、壁にかけてあるカレンダーに目をやる。カレンダーは『3月』の日程を教えてくれていた。


「違う違う!」


 彩乃はズカズカと壁に近寄ると、『3月』を破り取った。そして、『今日』を指差す。


「今日から4月です! ということは?」


「……エイプリルフール?」


「その通り!」


 ドヤ顔で鼻を鳴らす。

 この時の僕はおそらく、マヌケ面を笑われたことが気に障っていたのだろう。してやったり、と満足げに胸を張る彩乃を見つめながら、僕のいたずら心に火がついた。


「彩乃、残念なお知らせなんだけどね」


「何?」


「エイプリルフールっていうのは、4月1日の午前中に嘘をついて、午後にはネタバラシをしないといけない」


「うん、知ってるよ。だから、正午きっかりにネタバラシしたじゃない」


 彩乃の返事に僕は頷く。


「そう、それでね。エイプリルフールにはもう一つ、ルールみたいなものがあって。エイプリルフールについた嘘っていうのは、嘘をついた人の人生の中で絶対にんだよ」


「え……?」


 みるみるうちに見開かれていく目に、僕は必死に笑いを堪えた。


「それも、嘘?」


「嘘じゃないよ。嘘は午前中までにつかないと、でしょ?」


 僕の言葉に、彩乃は小さく「どうしよう」と呟いて、俯いてしまう。

 けれど、次の瞬間にはパッと顔を上げ、その表情は暗いものではなかった。


「解決方法があるよ!」


「解決方法?」


「うん。孝祐こうすけのお嫁さんにしてもらう!」


 彩乃は満面の笑みを浮かべてそう言った。

 そろそろネタバラシをしようと思っていたのに、こんな不意打ちを食らってしまうなんて。僕がカッコつけようと仕込んでおいた美味しいところを、全て持っていかれてしまった。


「どう、かな?」


 伺うように見つめる目に、僕は頷いた。

 はにかむように笑った笑顔を、僕はいまだに覚えている。



 いつか僕の嘘がバレたら、その時はまた何か別の方法を考えようと思っていた。

 けれど、10年経った今も、彩乃は僕がついた嘘を知らない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

気まぐれSS (SS集) 小鳥遊 蒼 @sou532

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ