Rulership

「それで、リア、君は何の用だい?」


目線をパッと僕に向けられる。ドラマを見ている気分でいた僕は、いきなりドラマに引きずり込まれて、少し気が動転した。


「あっ、それが、テルさんに、会社に来るようにと誘われて……」


話の内容は大体分かっているとでも言うように、ボスはおもむろに部屋の中へと歩みを進める。彼の背中を追って、僕も部屋に入っていった。アンティーク調の椅子に腰掛けたボスが脚を組んでから、


「君はどうしたい?」


と片手を机に頬杖を付いて、余裕そうな顔で聞いてくる。


「僕は、いや、僕はボスの是非を聞きたくて」


「だから、君の意見は?」


僕の意見なんてどうでもいい、失敗するだけだ、と思っている身としては、そのように手のひらを僕に向けて、どうぞ話してください、ってやられるとかなり困り果ててしまう。僕は貴方の指示に全て従うのに、その方が安心なのに。


「……行ってみたいです」


「へえ、嫌になるね。これほどまでに私には惹かれないと」


その頬杖を付いていた手に顎をのせて、僕とは違う方向を見て、考え事に耽けるような横顔を見せられる。


「そんなこと──」


「いいんだよ、正直に話したいんだ」


僕が否定しようとすると、切り替えたように、諦めたように、机に肘を置くのをやめ、手をヒラつかせて、お世辞を言うのはやめてくれ、と伝えてくる。


「だから、そんなこと有り得ないですって!」


その手持ち無沙汰な手を掴んで、僕の苛立ちをぶつけてしまった。後、かなり後悔した。


「ふふっ、じゃあ、どういうことかな?」


蛇に睨まれた蛙の気分。僕の顔を覗き込む、貴方の顔はさっきまで沈んでいたとは思えないほど、嬉々としている。僕が掴んだと思った手は、逆に掴まれていて、今は離してくれない。


「僕は、僕は……」


「何?」


「僕は、貴方の良さを確かめるために敵地へと向かいます」


頬がかなり熱くなり、鏡を見なくても、赤面しているんだと認識できる。貴方は今、どんな顔してるの?


「ぷふっ、ぷははっ、サタァ、今の聞いたかい?」


突然、爆笑された。吃驚して、見つめてしまう。心のざわめきが止まらない。嘲笑?嘻笑?


「聞こえてますよ」


と単調な返事をすると、お茶を入れていたサタさんはそれを途中で放っておいて、何処かへと行ってしまった。


「ふふっ、そうか。ありがたいね。リアがそんなこと言ってくれるなんて。ミイラ取りがミイラにならなければ良いのだけれども」


椅子から立ち上がって、距離を詰められて、貴方は僕の顔を半強制的に自分の方に向かせた。貴方の大きな手が、僕の髪、耳、頬に触れる。


「縁起でもないことを」


見えた、貴方の笑顔は、それとなく不安げだ。それが僕にも伝染して、不安定な心がぐらついた。


「私は君が悪魔のままで戻ってくることを願わせてもらうよ」


そう言うと僕の髪の毛を撫でる。彼自身の心を落ち着かせるように、僕に暗示でもかけるように。そんな貴方を見かねて


「じゃあ、僕がもし天使になったら、貴方が殺してくださいね」


と保険をかけようと提案すると


「リアは何でそんなに死にたがるの?」


なんて寂寥感を漂わせる。


「死にたがって、ないですよ。たぶん」


「……私に殺されたい?」


それは全くの慈愛から出たような言葉だった。心が一瞬で奪われた。記憶に鮮明に刻まれる傷跡のようだ。


「ボス、武器庫からありったけ持ってきました」


サタさんがアメリカの子供が持っているような、ラジオフライヤーの台車に大量に武器を乗せて引いてきた。

その声を聞いてか、ボスが僕に触れていた手をパッと離して、何も悪いことはしていないのに誤魔化すみたいに、急いで椅子に座り込んだ。


「リア、好きなのを選んでいいよ」


目の前には斧、大鎌、銃、チェーンソー、日本刀、サーベル、短刀、レイピア、鉈、など、様々な武器がおもちゃ箱をひっくり返したように置かれている。どれもこれも初めてお目にかかるものばかりで、気になってしまうが、僕に似合いそうなものは、直感的に決まった。


「これにします」


「へえ、グロックか。センスあるね」


正確には、グロック17gen4という種類の銃だと説明されたが、何が何だか僕にはさっぱり分からなかった。とにかくいい銃だと言われて、自然と口角があがる。


「トリガー引けば撃てる銃だから、簡単」


ともサタさんに言われた。ボスが銃弾を入れて、銃の上部分をスライドさせると、これでもう撃てるよ、と軽く投げて渡してきた。ちょっ、危ない。


「撃ってみるかい?」


と近づいてきて、銃の握り方を教えてくれた。けれども、僕の手にはグロックくんが大きくて、指が吊りそうになりながらも何とかトリガーに指が届いた。そんな僕の不格好な様子を見て、貴方はやっぱり楽しそうに笑う。


「ボス、ここで撃たないでくださいよ」


サタさんに釘を刺さされた。


「私の頭蓋骨で受け止めるから」


「もっとダメです」


と言われると、彼はちょっと唇を尖らせて拗ねた様子を見せた。それから、何かを思いついたように、僕は肩を持たれ、外へと連れ出された。


「ミイラ取りはミイラを取ってこないとね」


なんて陽気な声をかけられながら。それって、まさか、いや、そのまさか、僕に天使を殺せ、って言ってるんですか?


「あれ、ジュリちゃん!リアと別れの挨拶でもしてたの?」


「ううん、君とは永遠のお別れをしたいってリアと喋っていたんだよ」


それってやっぱり、殺せってことですよね???

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る