Internship
「うわっ、吃驚した」
「おはよう、リア。よく寝れたかな?」
朝、目を覚ますと、ボスか、ボス似のあの人か、寝ぼけ眼では識別不可能だが、とにかく、そんな人が僕の部屋の椅子に座っていた。いないと思われるところに人がいるのが、この世で最も恐ろしい。僕は掛け布団を自然と握りしめていた。
「あぁ、はい。それで貴方は」
「当ててみて」
貴方は、どちらですか?と回ってない脳で失礼にも聞こうとしたところを遮るように、僕を試すような笑顔で言われた。じーっとカメラのピントを合わせるように見つめて、ぼやけた視界が実線を捉えたところで、やっと貴方がどちらか分かった。
「……天使の方のボス、いや、ボスは悪魔だから、天使の」
「当たり、テルって呼んでよ」
名前が思い出せなくて、うわの空になっていたところを察されて、名前を言わせてしまった。頭が働いてくれないから、クビにでもしてしまいたい。
「テルさんテルさん、テルさん?ジャックさんじゃなくて?」
刷り込むように復唱している間に、彼の名前を思い出したことで、違和感を覚えた。昨日、ボスはこの人のことをジャックと呼んでいた。
「あぁ、それはジュリちゃんが、君のボスが付けた、私を軽蔑するための愛称。私が彼のことをジャンキーちゃんって呼んでるみたいにね」
「そうなんですね」
この人はこの人で、ボスのことをジュリちゃんと呼んでいる。あの人がジュリちゃんかぁ、いつか呼んでみたい気もするが、随分と遠いいつかだろう。
「それで今日は、英姿颯爽としている我が社に、君を特別にだよ(?)ご招待してあげるために、ここまで遠路遥々、足を運んできたんだ」
「あぁ、それは」
「もちろん、来てくれるだろう?」
テルさんの絶対に僕を会社まで連れていくという、固くて強い意思をまざまざと感じた。ここまであからさまに断りにくいような誘い方をする人はあまりいない。寧ろ、恐怖でしかない。
「んー、その、三時間だけ、待ってくれませんか?」
「は、嫌だけど?」
先程までの営業スマイルを脱ぎ捨てて、借金取りのギャングのような、僕に断わる権利、返答を考える時間さえも与えない。そんなプレッシャーを放っていた。今すぐ行かないと蹴られる、ぐらいには
「い、行っ、」
「ふふっ、嘘々、君の頼みだ。飲み込んであげる」
僕が戸惑っていると、テルさんは手のひら返しをしたように、営業スマイルをまたかぶった。この天使の本心が分からない。天使がこんなにも怖い存在だったとは、初めて知った。
「……あ、ありがとうございます」
「それじゃ、きっかり三時間後、一秒たりとも遅れずに迎えに来るからね」
「あ、はい」
脱力感に包まれて、耳に入ってきた言葉を把握するのに時間がかかる。レコーディングテープを聴くように、巻き戻して、意味を取ると、改めて、ゾッとした。目が覚めた。その頃にはテルさんはもういなくなっていた。
身なりの支度は小一時間で終わった。でも、最も大事な支度がまだ終わっていない。残り一時間四十六分。
「ボス、リアです。ちょっと、お話ししたいことがあって……」
ドアの前で小声で発した練習で、自分の不出来さに、恥ずかしくなってしまって、もう言える気がしない。僕はボスがいる部屋のドアの前を忙しなく往復した。タイムリミットが迫っていると思うと、それだけで妙に焦る焦る。待って、あと一時間切ったじゃん。
「リア、悪いがボスはお前に会いたくないみたいだから帰れ」
「え?」
僕が右往左往していると、いつの間にかにあの部屋のドアが開いていて、中からサタさんが顔を覗かせていた。バレていた、僕がここでうだうだとしていることを。そして……、嫌われている。ボスが僕のことを、僕が、あの時、泣いちゃったから(?)貴方のことを、恐ろしいと思ってしまったから。
「そういうことだから」
と冷酷に閉ざそうとする、そのドアはドイツのベルリンの壁を思わせる。嫌だ。何で?貴方は僕を惹いたのに、僕は貴方に引かれるの?嫌だ。
「待って待って、行かないで!!!」
「何?」
僕が感情を剥き出しにすると、サタさんがウザったるそうな顔で見つめてくる。もうほとんど閉まっているドアを盾にして。
「サタァ、ありもしないことをでっちあげて、私の家族を追い払うのは、やめてくれないか?」
そんな声とともに、サタさんが触れていたドアノブを奪い取ったのか、ドアが放たれたようにふわっと開いた。そしていつも通りの貴方がそこに立っていた。サタさんの背後で、サタさんの肩に肘を置いて。
「けど」
「私はリアに会いたいよ、会いたかったよ」
と斜め下を見つめているサタさんに言い聞かせるように、宥めるような優しい声でそう言ってから、僕と目線を合わせて微笑むんだ。
「ボス、私は貴方の──」
サタさんが決まりが悪そうに言い訳でもしようと、斜め後ろを向こうとしたところで、ボスはその肩を掴んで、身体ごと自分の方へと向き直させた。そのように滑らかに、サタさんを扱う姿は、ボスがサタさんよりも一枚上手なんだと思わせる。
「そうだね、ありがとう。サタはいい子だね」
と彼はサタさんの頭を可愛がるように撫でる。
「ふふっ、そうですか」
撫でられてゴロゴロと喉を鳴らす猫の如く、サタさんは気持ち良さそうに誇らしげに鼻を鳴らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます