渋谷で遊ぼう

洗い髪をドライヤーの熱風で急速に乾かして、鏡に写る美少年に見蕩れながら、呪文をかけるように「大丈夫、僕は可愛い」と何回も言い聞かせた。


「すいません、お待たせしました」


申し訳なくて、心の中では、何度も何度も全力で謝っているのだけれど、いざ、声に出してそれを言おうとすると、声が震えて、あまりはっきり言えないから、また謝りたくなった。


「ん?あぁ、気にするな。ほら、入れ」


あっけらかんとしているルゼさんは、僕が謝っている内容が何かも忘れているような、そんな雰囲気だった。そして、目の前にあるノートパソコンに「入れ」という指示を僕に下した。


「え、ここにですか?」


「そうだ、出入り口だからな」


薄らとした記憶の渦の中で、過去にボスもそんなことを言っていたような気がした。試しにノートパソコンに手を当ててみると、ビニール袋を挟んで水を触るようなひんやりとしているが、液体そのものに触れられないようになっている、そんな感覚が伝わってくる。浸っているとそのまま手が吸い込まれそうになった。


「うわっ!!」


驚きで手を引っ込めてしまった。手には何とも言えない不思議なじわじわとした残穢みたいなものだけが残る。


「ふっ、大丈夫だよ。ほら」


と軽く笑われて手首を取られて、またノートパソコンの中に手を押し入れられる。怖い怖い無理無理、とルゼさんの顔とノートパソコンを交互にキョロキョロと見た。眉を顰めた泣きそうな表情で訴えかけど、否応なしに腕がノートパソコンに吸い込まれていく。ルゼさんはそわそわ慌ただしい僕とは対照的に、どしっと構えていて特に何も気にしていない様子だ。ノートパソコンを見つめる。絶対に頭とか脚とかが突っかかって、無惨にも取れるだろうと安易に想像できた。頭が入ってしまうと、周囲は真っ暗で、公園に置いてあるドラム缶か何かにハマって、何処からか手を引っ張られるような、そして、飛び出たのはスクランブル交差点。


「な?大丈夫だっただろ?」


ルゼさんが自慢げに口角を上げる。特に彼の能力とかそういうのではないんだろうけど、何故か自慢げだった。

大量の人間がいるスクランブル交差点に投げ込まれたんだ。困惑して混乱して攪拌して、脳内が色とりどりの思考で塗り重ねられていく。

ここで知っている人間(?)はルゼさんだけなので、はぐれないように必死でその腕にしがみついた。


「……はい。でも僕達、周りの人から見たらどうなってんですかね?いきなり飛び出てきた人ってすごい怖いと思うんですけど」


大丈夫を装った大丈夫じゃなさそうな引き攣った笑顔をしている僕は、たぶん、もう、既に、大丈夫、じゃない。乾いた笑い声が息を吐くように漏れた。


「んー、どうだろうな。でも、前にテレビから出たときも驚かれなかったから、違和感補正とか何とかがあるんだろうよ」


「ええ、テレビから出たんですか!?貞子みたい、ですね」


過度の緊張からオーバーリアクションになりつつも、声が震えていそうだ。


「まぁ、そのときばかりは俺の方が怖かったよ。出ていったら、いきなり指さされて笑われたからな」


「確かに怖いですね、それ」


大丈夫じゃない僕を気にしてないというか、気づいていないように、彼は雑談を交わしている。僕としては、気づいて欲しいけど、撃ちたくはない。


「本当、今の時代は便利になったよ。出口がたくさんある」


「あの、出口っていうのは何ですか?」


「んー、例えば、携帯とかノートパソコンとか。あと、鏡とか水もそうだな。要するに光を反射するもの全てが出入り口になる」


「じゃあ、僕の部屋に置いてある鏡も出入り口ですか?」


「うん、そうだな。でも、鏡は入口としてはおすすめしない。思い通りにいかないことが多い。その点、ノートパソコンはマップにピンぶっ刺せば大体上手くいく」


「そうなんですね。そういえば、これからどこ行くんですか?」


「腹減ったから、腹ごしらえ」


心拍数が上がりきったまま、交差点渡り終わった後、近くのビルに入って、お洒落そうなカフェに着いた。席に案内されてメニューを見る。


「ルゼさん、ここ、ほとんどスイーツしかないですよ!」


「ん?それがどうした?」


僕のテンションの高さとルゼさんのテンションの低さがエベレストと日和山くらいの高低差があった。心拍数も熱量ジュールもかなり違う。これじゃあ、僕が一般道で場違いに吹かしている単車みたいじゃないか。


「え、えーと、腹ごしらえならもっとお腹にたまるものの方が……」


段々としぼんでいく声。自己嫌悪というブレーキが重く、のしかかってくる。だが、鼓動は止まらなくて、まさしくスリップ状態だ。


「今日は甘いものをたくさん食べたい気分だからいいんだよ。お前が他のを食べたいなら、この後もう一軒寄るか?」


「あっ、いえ、それは、大丈夫です」


「そうか」


メニューに目を落とす、食べられそうにない。ルゼさんは定員さんを呼ぶと、パフェを五個とその他にパンケーキやプリンアラモードなどの甘そうな食べ物をたくさん頼んだ。僕は体裁よくサンドイッチを一つ頼んだ。定員さんがなんだか苦笑いしてる気がする。


「そんなに食べられるんですか?」


「あ?こんなん余裕だよ」


この見た目で甘いもの好きなんだ。なんか本当に人(?)は見かけによらないな。なんてバイアスがかかっている目で彼を見つめた。

テーブルいっぱいにスイーツが運ばれてくる。そして、次々と胃の中に消えていく。ルゼさんの顔がすごく幸せそう。


「ひとくち食べるか?」


と差し出されたパフェの生クリームとアイスの一部。


「あっ、いえ、んあぁ、やっぱ貰います」


交友を深めるにはどっちの方が良いか悩んだ結果、もらうことにした。


「はい」


「ほぉ、すごく美味しいです!甘いし、冷たくて」


と僕が若干、大袈裟に言うと、ルゼさんは少し微笑んでから、またパフェを食べ始めた。


「ところでさあ、リア。お前は何のためにこっち側に来たの?」


背中に霜が降りた。さっき食べたパフェの一部よりも冷たい。

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