渋谷へ行こう

「おい、起きろ」


……ん?


「起きたか、出かけるぞ」


あ、ルゼさん、どう……して?


「ちょっ、ちょっと待って下さい!」


記憶を辿る。あの後、パーティの後、各自の部屋に戻って、それでそのまま寝てしまったのか、確か疲れてたから。服装がそのままだ、靴も履いている。そういえば、渋谷へ行くことになっていたはずだ。そうか、それで……背筋が凍る、遅刻じゃん。


「どうしましょう……僕、お風呂に入ってないですし、髪もボサボサですし……」


自分の失態に泣きそうになりながら、意味もなく座っている布団を叩いた。ボフッと音が鳴る。

顔を近づけて、僕の匂いを嗅ぐルゼさん。本能的に身を引いてしまった。後ろには壁で逃げられないけど。


「臭くないし、髪も帽子かぶれば大丈夫だろ」


めんどくさがって安直に言われた感がある。


「そう言われましても、僕の精神がもつかどうか……」


自分の手の震えを見つめる。こんな身なりが整ってないまま、渋谷なんかに行ったら、刺される、殺される。精神的に。


「じゃあ、一時間遅らすか?」


「あぁ、すいません……お願いします……」


不甲斐なくて、顔から火が出そうで、両手で顔面を覆って、頭を下げた。


「いいけど、次からは気をつけろよ」


と僕の部屋から出ていく無表情のルゼさんに


「はい、本当にすいません……」


再度、頭を下げた。

それから、急いでその後を追うように部屋から出て、お風呂場に向かう。慌てていて、色んなものにぶつかって、落とした気もするが、気にしている余裕はない。



「あれ?ルゼ、行くんじゃなかったの?」


リビングで暇を潰していると、キューに声をかけられる。


「ちょっと予定変更。身なりが整ってないと駄目らしい」


「"そんなんどうでもいいだろ"っていつも蹴ってくんの、誰だっけなぁ?」


嘲笑ぎみに問いかけてくる。この答えは、言わずもがな俺だ。


「一回目はまだ許してやる。二回目以降は許さない」


「あはははは……てか、お前、リアにちゃんと時間言った?」


引き攣った笑い声が聞こえて、遅刻常習犯のキューにも、他人のふり見て我がふり直せ、という言葉があるように、反省して欲しいものだ。と思ったのも束の間、己の失態に気づく。


「……あっ」


「"あっ"じゃねーよ。あーあ、可哀想ぅ、リアが可哀想ぅ」


つくづくキューは俺を煽るのには長けていると思う。


「そもそも途中でお前が話しかけてきたんだろ」


「あれ?そうだったけかぁ。忘れちゃったなぁ!あははっ!」


なんて記憶を飛ばして、笑い飛ばしている。


「ていうか、これからお前がすることの方が可哀想」


「確かに、でも仕事だからさぁ」


と冷蔵庫から取り出してきたヨーグルト片手にソファの隣りに座ってきた。


「じゃあ、うまくいったら、お土産買ってきてやるよ」


「あはっ、俺、ルゼのそういうところ好きぃ」


そうやって肩に頭を置かれるから、照れくさくなってくる。感覚が狂わされる。


「そうか」


「あー、違うよぉ。なんかこう、もっと冗談っぽく受け取ってよぉ」


俺が真面目な感じに言ったことで、恥じたのか、笑いながら謎のダメ出しをされた。


「お前は俺に何を求めてんだ?」


「あははっ、そんなこと言わずにやってみてって」


「めんどくさい」


特にやる必要もやらない必要もないけど、最初は嫌がってみせて、このくだらない会話を少しでも長引かせられたら、なんてことは思った。


「お願い!!一回でいいから!!」


両手を合わせて、強く懇願される。結局、その可愛さにやられてしまう。


「……じゃあ、なんて言えばいい?」


「んー、俺に『好きぃ♡』って言って欲しいなぁ。勿論、冗談でだよ?」


その何気ない最後のひとことが、俺の心を乱させた。俺のクソみたいなプライドや意地みたいなものが働いて、単に困らせたかったのかもしれないけれど、気づいたらこんなことを言っていた。


「キュー、愛してんぞ」


言い終わった後も、恥ずかしさとともに、愛おしさの気持ちが爆発して、ここまで一緒にいられて良かった、という感謝を込めていた。


「……うっ、うわぁ、気色悪ぅ!!鳥肌立ったわぁ!!」


あまりにも長く感じられた数秒間の沈黙を破るように、キューが大袈裟に反応した。両腕を組んでさすって、嫌悪感を露にされる。


「あー、俺に蹴り殺されたい(?)」


自棄になって、まあ、自分が悪いんだけど、八つ当たりしたくなった。今ならば感情に任せて、大量虐殺も夢じゃない。


「それよりもさきに、俺が嬲り殺してあげる♡」


とヨーグルトを口にして、俺を誘惑するかのように、スプーンの端を噛みながら微笑む。何度見ても、魅惑的な良い表情をする。つい、「誘ってんの?」とまた墓穴を掘るところだった。


「死んで、仕事、休みたいんだろ」


「あははっ、バレてたか」


「無理しなくていい、俺がお前の分まで働けばいい」


「……ウザったいんだよ、そうゆうの」


「なに?」


「なんでもないですぅ!もう、仕事するからぁ!」


バタンッ!!と大袈裟にリビングの扉を閉めた。ヨーグルトのゴミ、捨てろよなぁ。

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