お遊び終了

「はい、ボス終わりましたよ」


「ありがとう。さすが、私の子は優秀だね」


とボスは手当してくれたサタさんの額にキスをして、少しにやついてから、そのまま去っていった。

サタさんはキスされたところを手で触っては、嬉しさで頬が緩んでいる。

悪魔のコミュニケーションが特質なのか、彼が特別なのかは分からないが、見慣れないもので、反応にも困った。


「リア、今日の晩御飯は何がええ?」


リビングに残されてしまったのは、僕とアムさんとサタさん。ユンさんはいつの間にかにいなくなってた。アムさんが、今のところボスの次に最も話しやすいし、親しみやすい。向こうから声掛けてくれるからかな。


「食べられれば、特に……」


「ほな、ゴキブリやな」


とアムさんに陽気に肩を持たれる。ソファに並んで座っているので、右を向けば、その表情の筋肉の動きまで細々と分かる。もとから細い目をさらに細くしていた。


「まじですか」


と地声よりも少し低い真面目な声で返してしまった。本格的に吃驚すると、人間は凍りついたように固まると思う。キャーっという可愛い声も出せなければ、表情を動かすこともできない。僕の場合はそう。


「アム、それはお前が捕獲して調理して残さず食べろ?俺は作りたくもないし、食べたくもないし、見たくもないからな」


とコーヒーを入れて、優雅に椅子に座って寛いでいるサタさんが、後ろから茶々を入れてきた。


「冗談を真に受けんといてくださいよぉ」


アムさんが嬉しそうに後ろを振り返って、ソファの背もたれに肘を置いて、サタさんを完全に煽っている。


「これも冗談のつもりだったが?」


とサタさんは落ち着いた大人な雰囲気でコーヒーを一口啜る。


「いひひっ、サタさんは顔に出やすいなぁ。見栄はらんでええけど?」


いまだに嬉々として笑っている。この人達も喧嘩っぱやいのか?悪魔はみんなこうなのか?その様子を見ることしかできない僕は不安になってきた。


「そういえばリア、ボスがお前に話があるようだ。お前の自室にいるだろうから、行ってこい」


サタさんはアムさんの煽りを華麗に躱して、そう淡々と話した。


「あっ、はい!」


「リアぁ、行かんといてやぁ。ワイ、サタさんに殺されてまう」


命令を受け、立ち上がった僕の脚に、アムさんが懇願するように抱きついてきた。そう言われてから、脳内で合点がいった。僕をここから掃くために、サタさんはあんな情報を言ったんだと。まさに板挟みだ。


「リア、蹴り飛ばして行っていいぞ」


両方の顔を交互に見ても、一向に答えが出そうにない。誰か、僕以外の第三者がこの答えを無作為に決めて欲しいものだ。そんなことを考えていたら、アムさんの手が操られるように動いてゆく。僕の脚を離して、晴れて自由の身、にはなっていないが、動ける身になった。行け、というようにサタさんがリビングの出口を指さした。


「リアぁ、サタさんに操られとんのかぁああああ」


という断末魔を聴きながら、自室へと向かった。心に罪悪感のような、気がかりになることを残していってくれた。あれは不可抗力だ、と何度も救いを求めて心の内で唱えた。いや、ここはなにも考えないことがベストだ。

自分の部屋のドアを開けるとボスがベットに寝っ転がりながら本を読んでいた。


「お見事だね。ここまで私の心が読めると」


「……サタさんのことですか?」


「うん、あの子とは長い付き合いでね。お互いの気持ちが手に取るようにわかるんだ」


「凄いですね。僕なんか人の気持ちなんてまったくわからないですよ」


と自虐的に笑って見せた。けれど、そんな僕には彼は見向きもしない。


「じゃあ、今の私が思っていることを当ててみて」


会話をしているにも関わらず、尚、ボスは本を読み続けているので、


「……本が面白い?」


と推理してみた。外れた時の保険で、愛嬌も込めて笑いながら。


「ふふっ、少し正解したね。でも本当に思っていることは……」


やっと本を閉じて起き上がって、ベットの縁に座った。僕の目を凝視される。


「君とこうやって会話ができて、とても嬉しいよ」


お得意の柔和な笑顔。笑顔が素敵な人ってのは、誰彼構わずに惹かれてしまうのが、僕の性だ。


「変わった人ですね」


「何でだい?」


不思議そうな顔をして、首を少し傾けながら、はにかむのも、何だかこの人がすると、素敵に見える。


「いえ、何でもないです。それよりも、お話って何ですか?」


「ああ、仕事内容を伝えそびれたと思ってね……」


と俯いて、自分の手遊びをする指を見つめている。その後で、こちらに向き直ったと思えば、「聞きたいかい?」ともったいぶらされた。


「まあ、約束しましたし」


「だよね、人間を殺すことだよ。仕事内容ってのは」


切り替えたように、そう明るく話し始める彼の、内なる悪魔を感じた。

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