ケーキ
「ただいまぁ」
「ええっ!!ボス、どないしたんですか!?」
ゲームを中断して、アムさんが心配そうに駆け寄った。あれから、僕達はずっとゲームをしてた。そして、キューさんとルゼさんの喧嘩は、一時停戦中だ。
まだ僕が見知らぬ男性、たぶん同居人、に背負われて帰ってきたボスの肘や膝からは血が出ていた。なのに、あの柔らかな笑顔は変わらない。
「あぁ、ちょっと浮かれてて、スキップしてたら派手に転けたんだよ」
「ボスが転けるなんて、珍しいこともあるもんやなぁ」
感慨深いようにアムさんがそう述べているけど、僕が思うに、「転けるのが珍しい」の前に、「大の大人がスキップするのが珍しい」じゃないか?悪魔にとってはこれが普通なの?
「で、そこにちょうど、ユンが通りかかったってわけですか」
実に都合良く、サタさんが現れた。しかも、手には救急セットを持って。転けたのを事前に知っていたかのように。
「おっ、サタァ、ちょうどいいところに来たね。手当てしてくれるかい?」
飼い主の声に反応する犬のように、ボスは嬉しそうに期待の籠った目でそう問いかけた。
「わかりましたよ。まったく手のかかる方ですね」
と言いつつも、サタさん、手当てする気満々だっただろうと、安易に想像つく。
「いつも悪いね」
この部屋に入ってから、一回も口を開かない無口な男性、おそらく「ユン」さん、の背中から降りて、ボスは椅子に座った。そして、手に持っていたビニール袋をテーブルに置く。
「おっ、それ、何が入っとるんっすか?」
アムさんがそのビニール袋におもむろに手を伸ばすと、
「これはもう、ぐしゃぐしゃで食べられないよ」
と人前に見せるのすらも拒むかのように、ボスはそのビニール袋をすぐさま抱きかかえた。
「ボス、食べ物ならば俺がなんでも食いますよ。例え、形が悪かろうと平気です。しかもそれ、見た目的にケーキですか?めっちゃ食べたいです」
ご馳走を目の前にして、期待でいっぱいの笑顔なルゼさん。ボスのフォローというよりは、食欲が勝っている。さっきまで、ポテチ食べてたじゃん。
「うっわぁ、あいつがあんな顔で笑ってんの、気色悪いわぁ……」
キューさんがテレビの前でコントローラーをいじりながらそう呟いた。ゲームしてたのに、ルゼさんの笑顔は見たんだ。
ルゼさんの目がキューさんにロックオン。
「止めなくていいんですか?」
「喧嘩するほど仲がええって言うやろ。日常茶飯事やから気にもとめへんよ」
アムさんにそう諭され、腑に落ちた。
ルゼさんがキューさんの胸ぐらを掴む。物騒だけど、戯れているだけなんだ。悪魔的だ。
「お前……」
「ん、何かぁ?」
キューさんが挑発して笑ってる。
「はぁ、お前と喧嘩すんのもめんどくさい」
とルゼさんはキューさんの胸ぐらを掴むのをやめて、何処かへ行ってしまった。
「何や、つまらんのぅ」
そして、キューさんも不貞腐れて、ゲームをやめて、何処かへ行ってしまった。
「ボス、なんでケーキなんか買ぉてきたん。そんなん、わいらに任せとったらええやん」
アムさんがテーブルに腰かけて、ボスとのお喋りを楽しんでいる。
「んー、これは自分で選んだ方がいいと思ってね。私の気持ちを伝えられるように自分で。まぁ、結局ダメにしてしまったが……」
ボスは自分の失態をひけらかして、苦笑いしながら返答した。
「そない大切なものやったんやなぁ。せやけど、まだ食べれるかもしれへんよ?」
気が緩んでいるボスから、アムさんが袋をヒョイっと奪ってみせた。まるで手品師みたいに。
「あぁ、ちょっと!」
「ボス、動かないでください。やりにくいです」
意地悪くというか、意図的にというか、手当てをしているサタさんがボスの動きを封じた。二人でボスをいじめて楽しんでいるみたい。
ボスは椅子に深く座り直して、顔を手で覆った。何でこの人が「ボス」なんだ?
「おっ、ボス!これ見たってください!保冷剤がケーキを固定しとって、あまり型崩れしてへんですわ」
アムさんがケーキを見せると、ボスは嬉しそうに微笑んだ。始めからこうなるように作られたシナリオみたいに、あの二人の行為を意地悪く感じなくなった。
「アム、冷蔵庫で冷やしといてくれるかい?」
「はーい」
と冷蔵庫にケーキを入れ終わると、アムさんは僕の両肩に後ろから手を置き、僕の顔を見るなり不敵な笑みを浮かべた。何だろう、この感じ。
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