第4話 初めて誰かに抱き締められて

 わたしのお父さんは、それはもう凄い魔力のある魔術使いだったんだってぇ。

 そんなお父さんは、ただの冒険者だったお母さんに恋をしたらしい。

 それが間違いだった。

 獣人じゅうじん族は他の種族より同族同士の、血に敏感だからねぇ。

 つまり、犬人のお母さんと純血の狐人のお父さんは、どうあってもつりあわなかったんだよぉ。


 だから私は、お父さんの汚点になったんだよね。

 私は運悪く、狐人の癖に犬人に似た容姿で産まれてきたから、混ざり血だって事を隠せなかったんだぁ。

 だから、私が8歳になったあの日、


  お父さんは私達を捨てた。


 もともと一緒には暮らしてなかったし、たまに顔をみるくらいの関係だったから、いつかはこうなると決まっていたのかもしれないなぁ。

 冒険者として旅をしていたお母さんは、その事をあまり気にしていなかったけど、同じ狐人である親に捨てられたという事実は、やっぱり消えてはくれなかったよ。


 それでも私は、冒険者としてのお母さんに育てられた。

 いろんな事を教わり、獣人族では狐人ですらあまり扱えない〟魔法〝だって使えるようになったんだよぉ?

 ずっとお母さんと一緒にいたから、これからも変わらないと思ってたのに。


 15歳の成人の日、私は一人立ちを強制された。


 私は狐人だから、狐人は成人の日に一人立ちするんだって。

 おかしいよねぇ。

 ずっと犬人みたいに暮らしてきたのに、やっぱりお母さんも狐人の私を捨てたんだよ。


 一人になって、どうしたらいいか分からなくなって、本能に従うまま、私は誰かを求めている。

 私の中の狐人血は、私に獣人には珍しい量の魔力と、知識への関心を与えたけれど、やっぱり犬人の血も強くって、私の獣人としての本能は、ほとんど犬人の血に影響されているから。

 だから、仕方なかったんだよぉ?

 自分から群れをつくろうとしない狐人の群れは、ほとんどが家族で構成されているか、一人じゃ生きていけなくなったならず者の集まりの二択だったから。

 家族に入れない私は、ならず者達の群れに入ったるしかなかったんだ。


 混ざり血の私は、どの群れでも地位が一番下でね、いつもボロボロになるまで使い潰されるんだぁ。

 その殆どが、魔物や他の群れへを襲う際の囮役。

 いつも一番危険な目にあって、使えなくなったら捨てられる。

 でも独りは嫌だから、いくつもの狐人の群れを渡り歩いて、いつもいっつも捨てられて。

 バカみたいだよねぇ。


 今回だってそうだ。

 危険な魔物も多い〟アスト森林〝その中心部付近で囮をさせられていた。


 「──ッ、なんでッ?!」


 後ろから二匹の魔物が迫ってくるのを感じる。

 予定では一匹だけのはずなのに、なんで? 分かりきっているよね。

 今回も、捨てられたんだよ。

 最悪な形で。


「一匹ならまだしもッ、ふぅッ…二匹同時じゃ戦っても殺されるッ」


 なんとか魔物からの魔法を避けながら、とにかく全力で走る。

 相手は中級の魔物、一体ならまだしも二匹となると難易度は段違いだ。

 それにぃ、この体じゃぁ、満足に力が出せないからなぁ。


 今回の群れは、ボスが魔術を使える程の魔力を持っていなかった。

 だから、特別魔力量の多い私は、ボスの怒りをかったんだ。

 いつもように囮役、でも上手く成功しても文句をつけられ殴られる。

 ボス一人ならまだしも、ボスの命令で代わる代わる何時間も殴られて心を折られるのだ。

あぁ、でもそれなら、捨てられた今は幸せなのかなぁ?


 そんな事を考えている間に、魔物から少し距離が離れる。

 魔物の縄張りから離れてきてる?

 それなら、一気に離す。


  『獣化』


 私は獣人特有の能力で人型から獣型、狐に姿を変える。

 私は、全ての力を逃げ切る事だけに使い、全力で樹々の間を駆け抜けた。



 ・



 もう、大丈夫、かな?


 もう少しで〟アスト森林〝を抜けるという所で、私は力尽きてしまった。

 もう、一歩も動けないし、私はまた独りになってしまった。

あはは、やっぱり私は、独りぼっちで死んじゃうのかぁ。


 先にある明確な死を本能で感じとり、私はこれまでを思い出す。

 本当、なんでこんなに、まだ生きたいって、思わせてくれないんだろぉなぁ。

 嫌な記憶ばかりに、私はゆっくり目を閉じ、自分の終わりを待つ。


「──Ъ───」


 ん? 私以外の音がする。

 まさか魔物がよってきたのだろうか?

 これ以上痛い死にかたは嫌だなぁ。


「Б、ξЛφθΣ」


 これは、声?

 聞いたことのない言葉だけど、獣人じゃないのかなぁ?

 ッ?! 近付いてくる。

 そして私はゆっくり目を開く。


「ЛθБ?」


 目の前の只人ただびと族が何を言っているのかなんて、もう考えてられなかった。


 子どもだ、只人族の子ども。

 でも、一番印象的だったのは、


 あぁ、こんな汚い私に、手をのばして

くれる人がいたんだ。


 その私を求める小さな手だった。



  ・



 その子に抱き抱えられ私は、家の中に運ばれ布団のあるベッドに下ろされる。


 私を下ろしてすぐ、その子は急いでお皿に水を入れてきてくれた。

 これ、飲んでいいのかなぁ?

 恐る恐る私は水に口を付ける。


「Ъл、БφξΣБθ、ΣЪΣ」


 目の前の子供は、水を飲んでいる私をみて、何かを呟くと、

 ガタッ

 ?! その子はいきなり部屋をとびだし走り去ってしまった。


 あっ、戻ってきたぁ。

 ???!! 水を張った桶をもってきた子供は、私の目の前でいきなりふくを脱ぎ始めてしまう。

 ぇ、えっ、どうして? あっ、もしかして、私が獣人族って気付いてない?

 ただの狐、もしくは犬だとおもわれてるのかなぁ、だから私を拾ったとかぁ?


「ЛΣБξЪΛφЛл、ΛЪБ」


 そんな私の様子を知らず、子供は着替え終わり、何かを呟いて私の方に視線をむける。

 私がおもわず逃げるように目を背けると、


 !!

 子供の手がゆっくりとのばされ、頭に触れている。

 そして、私を優しく撫でていたんだ。

 あぁ、暖かいなぁ。

 優しい手をもっと感じていたくて、ゆっくり目を閉じ、意識を集中させる。

 そうしていると、その子は気遣うように、濡らした布で体を拭いてくれた。


 「ΛЪЛξΣθБ、ΛΣ?」


 しばらくすると、拭き終わったのか、子供が声をあげる。

 少し濡れた私をみて、さらに乾いた布で、もう一度優しく体を拭いてくれた。

 獣化した姿とはいえ、少し恥ずかしいよねぇ。


 そんな私の気も知らずに、

 グゥ~~と、子供のお腹が鳴る。

 子供は、また部屋を出ていくと、今度は干し肉と大きい木の実を持ってきて。

 そして、


「БΛ、ЛЪΣΛθξ」


 食べろと促すようにして、私に肉をくれるんだ。

 正直、あの群れではろくに食べ物を分けてもらえなかったので、私は常に空腹感に襲われていた。

 だから、こんなことをされたら我慢できないわけで。

 私は躊躇なく干し肉にかじりついた。

 ………かじりついたけど、噛めない、当たり前だよねぇ、魔物から逃げるのに力を使い果たしちゃったからさぁ。

 あぁ、お肉、食べたかったなぁ、お腹空いてるのになぁ。


「Л~、ΛθБлЪЛΣ、БιΣБθφЪΛξЪБΛЛ?」


 私がたそがれていると、子供は、干し肉を回収し、代わりに柔らかそうな木の実を渡してくれる。

 ゆっくり口を付けてみると、甘い! 美味しい!!

 なんと言う木の実かは分からないけど、私は啜るようにして、木の実をたべる。


 目の前の子供は、そんな私の様子をみながら、干し肉を食べている。

 すると、干し肉を狙っているとおもわれたのか、


「ΣιЛБ、θЛЪΛΣБξφЪΣΛθБЪ?」


 何かを呟き、自分で噛んだ干し肉を口から出して、私の前に差し出した。

 確かに、これなら硬くはないし、私が噛む必要はないけど………

 いいのかなぁ?

 これじゃぁ、どっちが子供か分からないなぁ。

 私はゆっくりとそれを食べてみる。

 するとその子は、干し肉がなくなるまで、私に肉を食べさせてくれていた。



  ・



 ご飯を食べ終わり、お腹も一杯になると、私もようやく心が落ち着いてきた。

 冷静な思考で辺りをみまわしてみる。

 やっぱりこの家、家族で住んでるんだろうなぁ。

 今はこの子の匂いが強いけど、この部屋の外に、二人分の別の匂いがあるのが分かる。

 この子、これから私を、どうするのかなぁ?

 そんな事を考えている時だった。


 ッ!

 頭上にのばされた手に、一瞬身を強張らせてしまう。

 しかし、想像していた衝撃が襲ってくることはなく、代わりに優しく頭を撫でられる感覚に、遅れて気付く。

 この子は、こんな私の事をいっぱい撫でてくれるんだなぁ。

 この暖かい感覚を覚えておきたくて、やっぱり私は目を閉じる。


「Ъ、ЛΛΣБ」


 小さな声を聞いていると、その子の手が、ゆっくりと私の体を撫でる。

 その優しい手つきに、思わず尻尾を揺らしていると、

 ギシリッ

 ?! その子がベッドに上がってきて近寄ってくる事に、思わず身をすくませてしまった。


「θΣΛлЪБЛξ」


 言葉は分からないけど、声にのせられた優しい想いは分かるから。

 大人しく抱えられ、その子の膝の上にのせられた私は、また優しく頭を撫でられる。

 …いいのかなぁ?

 こんなこと、一度だってされたことなかったから、私はこの子に何を返したら良いか、わからないよ。

 傍に置いていてほしいなぁ、ずっと優しくされたいなぁ。


 あぁ、駄目なのに。

 どうせまた一人になるから、何も期待しない方がいいのに。

 こんな私でも優しくされるだなんて、しらない方がいいのに。

 ずっと傍に居たいなんて駄目なのに。


 ふと、眠そうな声がきこえる。

 その子が何かを呟くと、一瞬で目の前が暗くなる。

 何が起こったのか分からなくて、少し動悸がしている。

 暗いのは、やっぱり怖───

 ─ぁ、優しく撫でられるのを感じる。

 熱が伝わってきて、独りじゃないって分かって、ふぅ、大丈夫。

 それでも、まだ少し怖いから、ゆっくりと子供に身を寄せる。

 そのままその子に撫でられて、しばらくすると小さな寝息がきこえてきた。

 そして私もその寝息に誘われ、本当に久しぶりに、深く深く意識を落とした。



  ・



 しばらくし、ゆっくりと目を覚ます。

 目の前の子供が、まだ眠っている事を確認し、私は獣化の能力を解く。


「んんっ、久しぶりに頭がスッキリしてるやぁ」


 小声で呟くと、元に戻った身長で改めて恩人の子供をみつめてみる。

 ふふっ、本当に小さいなぁ。

 歳はいくつなのかなぁ?

 もしかしたら私の半分もないかもしれない。


「本当、可愛いなぁ」


 今この子が起きたら、どんな反応をするだろうか?

 獣人族の私でも、また撫でてくれるかなぁ?

 ん~、眠っている今のうちにぃ、抱き締めてもいいよねぇ?


 恩人の体を、少し抱き締めてみる。

 やっぱり私よりずっと小さくて、只人族だから、脚や腕に毛が生えていない。

 むしろ尻尾すらも生えてないよねぇ。

 ちょっと不思議だけど、抱き締めてみるとやっぱり暖かい。


「? ΛлΣ?」


 ぁ、しまった、起こしちゃった。

 まさかの出来事に、体を動かせない。

 すると、その子も無意識なのだろう。

 私から少し身を離し、考えてこんでしまう。

 それが

 嫌だった。

 怖かった。

 寂しかった。

 やっぱり、獣人の私は嫌なんじゃないかって。

 また、


  捨てられるんじゃないかなぁって。


 怖かったから。

 だから、


「ぁっ、ごめん、なさい」


 私は、完全にこの子の下になった。


「л?」


 私の恩人が、私をみてくれる。


「ΣлΛ、БиЛЪΣΛБ?」


 何を言っているのか分からない。

 だけど、離したくないよぉ。

 服の裾をギュッと握って、私は必死に訴えかける。


 すると私の恩人は、優しく抱き締め返してくれたんだ。


「!」


「Σ、ΛБξлЛЪΣθ」


 何を言っているのか分からない。

 だけど、優しい言葉だっていうのは分かるから、ゆっくりと抱き締めている腕に力をこめる。

 嬉しいっ、嬉しいっ、嬉しいよ!!

 受け入れて貰えたっ!

 獣人の私を抱き締めてくれた!!


 私の恩人が、何を呟いた。

 顔を見上げると、また何を考え込むように、私をみていないのを感じる。

 あぁ、これ以上求めたら駄目。

 抱き締めて貰えただけで奇跡みたいな事なんだから。

 分かってるのに。


「もっと」


 もっと私をみてよぉ。

 私は卑しく求めてしまう。

 それでも、こんな私を、恩人は優しく包み込んでくれる。

 抱き締めながら、優しく私の頭を撫でてくれるている。

 あぁ、本当、ポカポカするなぁ。


 しばらくして、私を撫でていた手が止まった。

 不安になって見上げてみると、私の体をみつめているのがわかる。

 私の体、群れに置いて貰う代わりに、沢山頑張って傷付いて、穢くなった体。

 恥ずかしい、私が弱い証だから、みせれる体じゃない。

 なのに、


「ΣЪЛБ」


 この方は、私の傷を優しく優しく、撫でてくれるんだ。

 背中にまわしていた手で、ぎゅっと服を握り、胸元に自分の頭を擦り付ける。

 あぁ、もう、嬉しくて泣いた事なんて、今までなかったのになぁ。


 私、この方に嫌われたらどうしよう。

 きっともう、あんな群れを探そうなんておもえないから………

 どうやったらずっと傍に置いていてくれるのかなぁ?

 どうやったら、この方の役にたてるかなぁ?

 どうやったら、捨てられずにいられるのかなぁ?


 〟この方だけには〝捨てられたくないって初めて、心の底から想ったから。


  私の全部を、貰ってほしいなぁ。

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