魔法少女の死体を埋める
伊島糸雨
魔法少女の死体を埋める
懐中電灯を片手に深夜の散歩に繰り出したら、河川敷の雑木林に魔法少女の死体があった。
最初に照らしたのはどちらだったか、光は少し震えた後にさっと後方へ引き返した。走ってアパートに戻り、古い毛布とシャベルを握ってから再び並んで元来た道を辿っていく。もう一度振るわれた円形の光は、もう震えてはいなかった。
雑木林に踏み入ると、周囲の細い木々は薙ぎ倒されて、傷ひとつない薄桃色の衣装を中心に夜空が開けていた。目を凝らせば全身からはほのかに燐光が立ち昇っていて、魔法でつくられた身体がゆっくりと
「うん」
左手に光源を掲げながら、二人してしゃがみ込み、具合の良い場所を探して掘り始める。多少の無茶は承知で、けれど私もミサも、文句は一つも溢さなかった。
「……夕方のやつでしょ、これ」
額に滲んだ汗を拭って呟くと、「うん」と頷きが返る。「隣街のだと思う」
アパートのベランダから、空中でチカチカと瞬く光を見た。魔法による空気の乱れ。私たちだから辛うじて知覚できる、魔法少女の戦いの証。こうして私たちが生活を続けている以上は、撃退に成功したのだと思う。人知れず死んでいった魔法少女を礎に時は進んでいく。
彼女たちの存在を知るまで、少女であるうちは無力だと、大人になれば何かできるはずだと思い込んでいた。けれど、実情はもっと複雑で、大人になったがために無力を知ることがあり、少女であるがために力を得て、無茶や無謀に立ち向かえることもあるのだと今は知っている。
「これで何人になる」
「七人」
シャベルを阻む石を掘り起こして脇に放る。死体に這い上がろうとする百足を追い払い、弔いの墓を掘り進む。
最初の一人──サツキは、私たちの共通の友人だった。中学に入ってから親しくなり、帰路も方向が一緒だったので、何かと三人で行動していた。あの子は明るく優しく穏やかで、時折見せるおっちょこちょいなところも魅力に拍車をかけていた。
成長し過去を振り返るたびに、当時は大人びて見えていたその姿が、どこまでも幼いものだと気付かされる。休日、遊んでいる最中にさっと顔色を変え、言い訳もそこそこに駆け出していく様を何度も見ていた。残された二人で顔を見合わせ首を傾げるのもいつしか当たり前になって、部活にも所属しないあの子の生活がどんなものであるか、想像することもなかった。世界のどこかで傷つく人のことを常には想うことができないように、どれほど距離が近くとも、私たちの間には深い断絶が広がっていたのだ。
瓦礫の下敷きになった私とミサを救い出し、瀕死の状態から蘇生して、戦いの末にあの子は命を落とした。損耗が激しく、私たちが見つめる中で光の粒子に攫われて消えていった。最後の言葉は、忘れもしない。
──消えたくないよ。
当たり前の話だった。そうでなければおかしかった。魔法少女に課せられる役割は、たかだか十四、五の未熟な精神が抱えられる献身と自己犠牲を遥かに超えている。変身したまま死ねば、魔力に分解されて死体も残らないのだ。どんな戦いがありどう死んでいったのかも、歴史に刻まれることはない。
魔法少女は
ただ、それでも、私たちだけは──あの子の勇姿を、恐怖を、確かに覚えている。
魔法によって蘇生された私たちは、その日から魔法の影響をうっすらと知覚できるようになった。生かされた代償に大切な友人を失った罪悪感は共通の秘密によって私たちを強固に結びつけ、漫然と同じ道を歩みながら、気がつけば
生き残った時から、魔法少女の戦いを知ると私たちは散歩をして、およそ一年に一度のペースで死体を見つけては、誰に知らせることもなく土に埋めて弔った。彼女たちの存在は公にされず、戦闘の最中に救われた人たちが、朧げにその気配を知るのみだ。人間社会とは別の次元にあって、変身した少女の亡骸を見ることができる人がどれほどいるのか、私たちは知らない。もしかするとあちらにはあちらのルールがあって、私たちの行いは迷惑以外の何ものでもないかもしれない。
魔法少女の死体を埋めること。
およそ自己満足の域を出ない儀式ではあったが、何もしないよりは、そのほうが心も安らいだ。
四苦八苦しながら、どうにか適度な穴を掘り終える。全身には汗が滲み、服には土の匂いがこびりついていた。
一息ついてから、目配せをして死体を毛布で包み、穴にそっと横たえる。後は、周囲に避けた土を被せるだけだ。
「やっぱり、迷う?」
じっと固まる私に彼女が言った。
「……まぁ、そりゃね」私は答えた。「悔しいじゃん、なんかさ」
「もう少女って歳じゃないもんね」
私は頷き、
「肩代わりすることはもうできない。それに、私は老いていけるから」
消えてしまったあの子たちと違って。
成長と老いの苦しみを、こうして存分に味わっている。
「ちゃんと生きてる証拠だよ」
彼女がシャベルを握り、土の山に突き立てる。「生かされたぶん、見送らないと」
「……そうだね」
私も彼女に倣って、シャベルを掴む。「さ、埋めようか」
もう、起き上がらなくても良いように。
私たちは現実と魔法から、少女たちを隠していく。
疲労困憊の四肢を引きずって、緩慢に土手を歩いていく。深夜の格好にしてはあまりにも不審だからと、必然的に人目を避けた道行きになる。帰宅し、シャベルをおいたら着替えてもう一度シャワーを浴びようと二人で話していた。
突然、チカ、チカッ、と上空で光が飛び散って、増大する光の奔流がそのままこちらへと飛び込んできた。顔を上げたときにはもうすぐそこに迫っていて、反射的に顔を覆う。
瞬間、別方向から飛来した光線が
「大丈夫、ですか?」
風が柔らかに吹き付ける。眼前から腕を退けると、降り注ぐ魔法の光の残滓の中、すぐそばに薄紅のドレスを着た少女が立って、心配そうにこちらを見上げていた。そのあどけない顔立ちと装束は、彼女が何者であるかを如実に物語っていた。
「いや……うん、大丈夫」
ミサが答えると「よかったです」と少女は笑った。私は何も言えないまま、希望を知る目だ、と密かに思う。
それぞれの想いのために戦う少女たち。私たちはのうのうと日々を繰り返しながら、彼女たちに世界の命運を託していく。希望を押し付け、彼女たちが秘めた輝きに頼り、私もミサも、いつかまた魔法少女の死体を埋めるのだろう。
それはもしかすると、この子かもしれない。
「帰り道、お気をつけて」
そう言って飛び上がろうとする少女を「ねぇ!」と呼び止める。首を傾げる小さな
「──ありがとう。頑張って。いつか、お礼をしたい」
少し、ぶっきらぼうになったかもしれない。それでも彼女は照れ臭そうにはにかんで、
「はい。いつか、また」
そして高く遠く、跳躍していく。
見上げた先の空で、いくつもの魔法が煌めいては散っていく。彼女たちに、いったい何で報いることができるだろうと考える。私だけの英雄となったあの子と、すべての魔法少女に。
「勝てるといいね」
ミサと目を合わせて、笑う。
「それでもって、また会えるといい」
その時はささやかながら、ケーキでもご馳走しようと思う。
魔法少女が戦っている。
今はただ祈ることだけが、私たちに許されている。
魔法少女の死体を埋める 伊島糸雨 @shiu_itoh
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