コミカライズ記念番外編 野人皇妃 四話

 二番目の宿泊場所には十日間滞在した。


 本当はもっといたかったんだけど、仕事の予定の関係上泣く泣く断念したのよ。後二三回虎と戦いたかったんだけどね。


 この地域の代官はかなり箍が緩んでいて、村長や町長に聞き取りをした結果と、代官の出してきた収穫の台帳の数値が全然合わないとか、領民を勝手に土木工事にかり出しているとか、大きな災害を隠蔽していたとか、そういう不正が幾つも発見された。


 私は代官を呼び出して叱責し、場合によっては帝都に出頭させた。セルミアーネが適切な処分をしてくれるでしょう。直轄領の管理は私の仕事だけど、代官の人事は皇帝の領分だ。私の独断で決めるのは良くないだろうと思ったのだ。


 もっとも、それ以外の事は独断で処置したわよ。私は不正が発覚した代官からドンドン財産を没収し、それを領民の生活改善に遠慮無く投入した。元々代官の財産は領民のお金だもの。不正をして溜め込んでいたお金は領民に返すべきよね。


 貴族の「領地」と代官の「管理地」の違いは、貴族の領地も一応は皇帝陛下から預かっているものではあるものの(つまり帝国の土地は全て皇帝の物だという前提がある)、一度授かった領地は貴族が事実上私有し、その土地から上がってくる収益は全て貴族の物になるのに対し、代官の管理地から上がっていた収益は全て皇帝の物であるという事である。


 つまり代官は自分が管理地からの得たものを何もかも一切を皇帝に上納する義務があるのである。その代わり皇帝は代官に俸禄を払う。原則として俸禄の額は管理地が何処であってもどれくらいの収益があっても同じである。税収が多かろうが少なかろうが同じなのだ。


 なので代官の資産はどの代官も似たり寄ったりにならなければおかしいのだが、これが不思議な事に、豊かな管理地を持つ代官は、そうでない代官よりも当たり前のように裕福なのだ。なぁぜなぁぜ?


 勿論不正の結果である。ただ、これまで皇帝はそこまで代官の不正には煩くなかったのは前述の通りだ。皇帝としては直轄領内の事は代官に任せたのだから、余程の事がない限り(あまりの重税に耐えかねて領民が暴動を起こすとか)、代官の不正は大目に見てきたのである。


 その結果が、領民の困窮と肥え太る代官だ。豊かな筈の直轄地の農民、町民が私の故郷よりも困窮しているなんておかしいではないか(カリエンテ侯爵領も貧乏な領地ではないけども)。私はそういう地域を見付けたら、代官に私財の提供を命じて領民の救済を行った。中には抗議してくる代官もいたけど私は断固として抗議をはね除けた。


「民衆の救済は貴族の仕事です。領民の救済は領主貴族であっても義務です。まして皇帝陛下のご領地で民衆が苦しむなどあってはならぬ事。皇帝陛下の僕である貴方が私財を提供するのは当然です」


 実際、領主貴族であっても民草を無用に虐げる者は、皇帝権限及び元老院の議決によって罰せられる。まして代官など皇帝の、皇妃である私の一存で何とでも出来るのだ。その事をちらつかせて、私は代官の私財の没収を断行した。別に嫌ならクビにするだけのことよ? なら大人しく不正に溜め込んだお金を出せば良いんじゃない? と。


 私は没収したお金で困窮している貧民の救済や荒廃しつつあった農地の整備などを行った。もちろん短期間で終わる話ではないので、後日皇妃代理の権限を与えた官僚貴族を送り込んで処置を完了させる必要はあるだろうね。


 そんな感じで十何人もいるこの地域の代官を凹ませて、皇妃の恐ろしさを思い知らせてから、私は宿泊していたお城を出発した。ふむ、なかなか良いお城で気に入ったわ。今度セルミアーネとカルシェリーネと泊まりに来ましょうか。彼と虎退治が出来たら楽しそうだものね。


 と私は上機嫌で南に向かって出発したのだった。


  ◇◇◇


 南に向かえば向かうほど、川を多く目にするようになった。


 帝国は西の方、つまり私の故郷やフォルエバーなんかがある地域が山地や高原で、東に行くに従って低地になる。更に南の方が低い土地になるようだ。


 その証拠に、フォルエバーの奥地に端を発したアリステル河は、カリエンテ侯爵領を通過して西へ向かって流れ、帝都の際を通過してすぐに南へと流路を変え、そのまま進んで南の海へと流れ出る。


 直轄地の南の外れにあたるこの辺りでは、アリステル河は枝分かれして幾つもの細い支流に分かれているのだという。それで、何回も川を渡る事になるのだそうだ。


 細い川であれば橋が架けてあるのでそのまま馬車で渡れば良いのだが、ちょっと太い支流に差し掛かると橋がないため、渡し船に乗ることになる。


 ただ、そういう場合も私は馬車に乗ったままで、馬車ごと船に乗るのだ。皇妃旅行用の馬車をそのまま載せるのだからかなり大きな船が必要で、これは帝都から遥々ここまでやってきて待機しているのだとか。なるほど確かにアリステル河は帝都の横を通っているしね。


 もっとも、そんな苦労をしてもらっておいて申し訳ないのだけど、私は例によってマルメイラと入れ替わって馬車の外にいたんだけどね。だって川の景色が見たかったんだもの。


 アリステル河の上流は懐かしの故郷で、幼い頃は川でよく遊んだわよ。カリエンテ侯爵領でだって本流はかなり大きな川だったのだけど、下流のこの辺まで来ると支流でさえその何倍もの太さの大河になっていて同じ川だと言われてもピンと来なかったわね。色も故郷では澄んだ色をしているのに、ここでは茶色く濁っている。


 ちなみに、帝都から船に乗ってここまで来ることは出来るし、その方が早くて楽ちんだ。当然、今回の旅行でもその案は検討されたんだけど、視察の目的が果たせないからと今回は見送られた、ただの旅行なら船も楽しそうね。


 馬車の外では私は変装の意味もあるので板金鎧で頭から足先までを覆わなければならない。季節的にはもう夏は終わっている筈なのに、この辺りの日差しはまだ真夏のように強い。鎧はチリチリと太陽に焼かれて暑いったらなかった。馬に乗っていれば風が当たるからマシなんだけど。


 船を降りて進むと、周囲の植生も明らかに帝都付近とは違う雰囲気になってきた。木が密集してワサワサと茂っていて、地面もぬかるんでいる。雨が多いのか湿度も高く、あまりの暑さと湿気の不快さに、私は慌てて馬車の中に戻った。馬車の中は侍女達が冷房の魔法を使って冷やしてくれているのだ。


「妃陛下は暑さに弱いのですから、ご無理をなさらないように」


 アリエスが私のお化粧を直しながら嗜めた。私はむぅと唇を尖らす。


 確かに私は暑さには強くない。なにしろ高原育ちなので。帝都の夏でさえ私には暑過ぎるのだ。


 ただそれは、毎日こんな何枚も重ねて着るような重厚なドレスを着ているからでもある。新婚時代に住んでいたお屋敷では、夏場にはワンピース一枚でウロウロしていたので、冷房の魔法なしでも十分過ごせたのだ。


 旅先なんだからワンピース一枚になっても良いんじゃない? とアリエスに提案してみたんだけど、にべもなく却下された。それはそうだろうと思ったけど、年中こんな暑苦しい格好を強いられている私としては、旅先で社交もないならたまには開放感を味わいたいのよね。


 そんな風に進んで、私たちは三番目の宿泊場所に到着した。ここは三百年くらい前までは国境の街だったという所で、街全体がかなりしっかりした城壁で囲まれていた。宿泊するのはその中心にあるお屋敷で、赤っぽい石で造られたやや無骨な印象のあるお城だった。昔は国境として何度か大きな戦争を潜り抜けたのだろうことが窺える。


 ちなみに、その時の南の隣国は滅ぼされており、現在ではハイサイダー侯爵領となっている。海があるのはハイサイダー侯爵領なので、今回の旅行では海には行かれない。残念。私は海を見たことがないので、見てみたかったのだけど。


 お城の中は問題なく整っていて、帝宮から先乗りで来ていた侍女が前乗りで準備してくれていたから、私はすぐにお風呂に入って涼しいお部屋で快適に寝られたわよ。


 ただ、今回は調べさせたのだけど、抜け道はないようだった。実戦的なお城なのだからあってもおかしくないと思うんだけど。ただ、考えてみれば帝宮にも抜け道などない。よく物語などで聞く落城に備えた抜け道というのは空想の産物なのかもしれないわね。


 とにかく、抜け道がないとなると、抜け出して狩りを楽しむにはいくつかの工夫をしなければならないだろうね。マルメイラと入れ替わって、侍女の格好で城外に出て、更に男装して騎士の護衛されながら森に行くとか。


 私がそんな計画を話すとアリエスは呆れ顔になってしまった。


「妃陛下? 別にそこまでして抜け出さなくても良いのではありませんか?」


「いやよ。せっかくこんなに見たこともない獲物が居そうな森に来たのだもの。狩りをしないでは帰れないわ」


 街の城壁の外には鬱蒼とした森が広がっていて、街に向かう街道も森の中を通っていた、非常に豊かな森らしく、獣の吠え声や喧しい鳥の声などが響いていて、私はソワソワして馬車を飛び出さないよう自分を抑えるのが大変だったくらいなのだ。


 これで狩りが出来ないなんて事になったら自分を抑え切れる自信がない。なんとしても狩りをしなければならない。たとえ皇妃としては自重すべきだとしてもだ。


 私が決意して右拳を握っていると、アリエスが首を振りながらこう言った。


「妃陛下。ご安心下さい。狩りの時間はちゃんと確保いたしますから」


 意外な言葉に私は目を瞬いた。


「え? なにそれ?」


「ちゃんと日程の一部に狩りの時間を確保いたしました。半日ほどですが」


 半日なら前回の宿泊場所で抜け出してしたよりも余程長時間狩りが出来る。願ったり叶ったりな話、なのだが。


「いいの?」


 一応、ここには仕事で来ているのである。それなのにそんな公明正大に遊んでしまって良いのだろうか?


「一応は視察、という事になっております。直轄地南端のこの地域に魔力が行き届いているかを調べるために、森の生き物を調査するという名目です」


 魔力が少な過ぎれば動物が少なく、多過ぎれば神獣化を起こした生き物が出るかもしれない。神獣化した獣が出れば、大魔力を持っている私の力が必要になるかもしれない。故に皇妃陛下のお出ましを願う。というシナリオらしい。なるほど。筋は通っている。かなり無理矢理だけど。


 多分、セルミアーネかエーレウラが私に狩りをさせるためになんとか理屈を捻り出したのだろうと思われる。私に我慢させ過ぎて、私が爆発してしまって、護衛もなく勝手に森に入って好き勝手な事をさせないためだろう。


 前回の宿泊場所で狩りが出来たのはイレギュラーな話だったからね。本来は帝都から一番離れたここで私に息抜きをさせる予定だったのだ。流石は夫と侍女長である。私の事が良く分かっている。


 そして私の将来の侍女長は不安しかないというように眉を寄せながら、私に言い聞かせるように言った。


「ですから、皇妃陛下? 抜け出しは止めて頂けますね?」


「はい! わかりました!」


 私は元気よく応えたわよ。私はいつだって返事だけは良いのだ。


 というわけで、私は抜け出しは断念して、四日後に予定されているという狩りの時間を楽しみに、仕事に勤しんだ。


 お城を起点に周辺各地に出向いて視察を行い、代官や町長村長と面会して聞き取りを行った。


 帝都での調査でこの辺りの代官の汚職が一番酷いと聞いてはいたので、そのつもりで見て歩いたのだけど、ちょっと想像以上だった。酷かった。


 この辺りは湿地が多く、麦はあまり育たない。その代わり、米が非常によく実る。そのため、水路を張り巡らせた田んぼが平地を埋め尽くしていて、それは壮観だったわよ。私の故郷は逆に麦しか育たないので、私は田んぼというものをここに来て初めて見た。お米は食べた事あったけどね。


 田んぼというのは輪作や休耕をしなくても良いそうで、だからひたすら米だけを耕作出来るのだそうだ。反面、湿潤過ぎて米以外の作物、芋や野菜を育てることは難しいらしく、他の作物は米を売って買うしかないのだそう。


 それにしたって広大な田んぼが広がっているので、物凄い量のお米が採れているはずだ。しかしそれにしては、視察に訪れた村々の様子がおかしい。


 困窮しているという程ではないものの、全然豊かではない。これほどの収穫量がある農村にしては貧し過ぎる。


「米は麦よりも値段が安いので、仕方がないのです」


 とその村の村長は言った。確かに、帝都では麦から作るパンが人々の主食で、米はあまり目にしない。だから買取り価格が安いのだという説明はもっともらしく聞こえる。


 しかし、ではこれだけの田んぼから採れた米は一体どこに消えてしまうのか? 帝国一の消費都市である帝都には帝国中から物資が集まる筈だ。なら、ここの米ももっと帝都で見かけても良い筈よね?


 私は新婚時代、帝都の市場を毎日歩いていたからその品揃えは知っている。食料品は非常に多様で、確かに米もあったけど、ここでこんなに生産しているとは思えないほど少ない量しか見かけなかったのよ。


 帝都でアレしか見かけないという事は、そもそも帝都には食文化の関係上需要が無いのかもしれないという考え方も出来る。しかし、人口百万を誇る帝都に需要がなければ、ここの米はどこに売るのか。売れないのに作っているのか? という事になるわよね。


 そう。帝都以外に販売ルートがあるとしか考えられないのだ。聞けば、ここの地域で作られた米は代官が一括で買い上げている(その代金から税を徴収する)のだという。その買取価格が安いから、農民が貧しいのである。


 別に、その買取り価格が適正であれば問題はない。しかしながら私にはそうは思われないのである。


 なにしろその村を管理する代官の屋敷は完璧にお城だったからね。私が滞在している無骨のお城とは違って、帝都風の、水堀や池に囲まれ緑あふれた大邸宅。土地の広さの問題もあるけど、帝都の貴族屋敷でもそんなに見ない規模のお屋敷だったのだ。


 私は呆れ果てた。この代官は税はちゃんと皇帝府に納めていたけど、そういう問題ではない。代官は商売してはいけないという規則はないそうだけど、いくらなんでもこれは暴利を貪り過ぎだろう。


 おそらく、農民から安く買った米を、どこかに高く売り払っているに違いない。その差額で財を成しているのだ。この売買が帝都で行われていたなら証拠を掴むのも簡単なのだけど、おそらくそうではない。


 皇帝の目の届かないこの地域で何かやらかしているに違いない。そのカラクリを暴いて証拠を掴まないと。なにしろこの地域の農民は貧しいけど困窮している訳ではない。税もちゃんと納めている。罰して財産を没収するには不正の証拠を掴む必要があるのである。


 私はベック達に命じて調査を行わせた。大掛かりな仕掛けではあったけど、それだけに隠蔽は容易ではなく、不正の情報は簡単に集まった。ふふん。これなら狩りの予定の日までに方が付きそうね。


 気を良くした私は、決定的な証拠を自ら掴むべく、宿泊地のお城を出て不正の根拠地になっているという情報のあった町へと向かったのだった。


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PASH UP! にて毎月第一第三金曜日にコミカライズが更新されます! https://pash-up.jp/content/00002548 それに合わせて更新していきますのでよろしくお願いしますね!

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