閑話 妻の妹 ルイッセン視点
私はラフチュ伯爵です。名はルイッセン。妻の名はヴェルマリア。妻の妹がつまり皇太子妃ラルフシーヌ様です。
我がラフチュ伯爵家はカリエンテ侯爵家の分家です。
分家というのは、本家から分かれた家と言う意味なのですが、貴族社会の他の例と同じで、色々複雑な部分があります。
我が家は先々代のカリエンテ侯爵の弟が起こした家です。侯爵家から名目上領地を分けられて家を興しました。名目上というのは、実際には領地を与えられるわけでは無く、分与された体の領地からその分の扶持を頂くだけだからです。
なぜそうなるのかというと、本当に領地を分与してしまうと、当たり前ですがカリエンテ侯爵家の領地が減ってしまうからです。代を重ねる毎に領地を切り取って分けてしまっては本家の勢力が衰える一方になってしまいます。なので、分家は領地を頂く事無く、名目上分与された領地からの収入だけを頂く形になっている訳です。
ですから、分家は本家の家臣という扱いになります。本家が機嫌を損ねれば扶持は打ち切りになり、収入を絶たれた分家は家を維持出来なくなりますからね。本家の意向に逆らうことは出来ません。そして、どんなに頑張ってもそのままでは収入を増やすことは出来ません。領地経営を頑張ることも、領地に魔力を奉納する事も出来ないのですから。
そのため、分家として家を立てた場合、その当主は何かをして出世を試み、分家の地位を脱しようとします。官僚になるか騎士になるかする者もいます。他には本家の行動に協力し、本家から認められて領地を名目では無く本当に分与される事もあります。そうして独自領地を持てば、本家との繋がりはあるにせよ完全な従属関係ではなくなるのです。妃殿下に付けられたエステシアのお家はそのようにして独自領地を持つに至った元分家の伯爵家です。
我がラフチュ伯爵家は私で三代目です。実はこれは非常に珍しい部類で、分家は普通三代も続きませんね。というのは、分家はやはりあまり沢山抱えると本家の大きな負担になりますから、結婚して跡継ぎを作るのを本家に許されない場合が多いのです。あくまで本家のご子息を一時的に分家にするのであって、その子孫には領地を引き継がせないものなのです。
それがどうして我が家は三代目になったのかというと、我が家の初代のラフチュ伯爵は侯爵の次男だった訳ですが、金勘定に長けていて、父親の金庫番のような役目をしていたそうです。そのため、父と兄が当主を務めた侯爵家への貢献が大きく、次代への引き継ぎが認められたのです。ただし、分家のまま。領地を正式に与えるほどでは無かったのか、侯爵家に余裕が無かったのかは分かりません。
私の父も同じ役目を侯爵家に任され、私もそれを引き継ぎました。この時点で三代。私の祖母も母も侯爵家の遠縁の子爵家から嫁を貰っていました。血縁は血縁ですが、大分侯爵家の本家から血が離れてしまっています。
金庫番の家と血縁と離れてしまう事を危惧したカリエンテ侯爵家はその事を解決するために、ラフチュ伯爵家と血の繋がりを深くしよう、と思ったのでしょう。それで侯爵本家の五女であるヴェルマリアが我が家に嫁入りすることになったのでした。
分家に本家の令嬢が嫁入りすることはあまり無い事です。分家は、独自領地が無い事で貴族界では同爵位の家よりも下に見られていますから。領地の無い家など貴族では無いと言い放つ者もおります。見せかけ伯爵。子爵より下。そんな声も聞こえてきます。
ですからヴェルマリアが我が家への嫁入りに大変不満を持っているのは当然でした。随分と嫌がり、ごねて父親であるカリエンテ侯爵を困らせたと聞きます。しかしながら、私は金庫番ですからよく知っているのですが、当時のカリエンテ侯爵家は借金さえしているという大ピンチで、格上や同格のお家への嫁入りはもう難しかったのです。格下の伯爵家に嫁に出すのも難しかった。そういう事情もあっての縁談だったのです。
もっとも、ヴェルマリアはあれで割り切りも思い切りも良いですから、嫁入りが決まってからは不満は言いませんでしたけどね。侯爵家よりも随分小さいお屋敷にも、新しい宝飾品などとんでもないというような懐事情にも溜息を吐くくらいで済ませてくれました。私に対してもしっかり親愛の情を示してくれて、結婚してすぐに子供も出来ました。私は結婚後すぐに父から伯爵家を受け継ぎまして、侯爵家も継承を認めて下さいました。まずは幸せな結婚生活を送らせて頂いております。
ただ、我が家は分家で、カリエンテ侯爵家の家臣である事もあり、私は社交へ出る機会があまりありません。行動派で人付き合いが好きなヴェルマリアにはそれが不満だったようです。
なので彼女は毎日のように実家のカリエンテ侯爵家に通うようになりました。カリエンテ侯爵家の皆様は家族仲が良く、子供の頃は侯爵夫人の元に五人もいる令嬢がいつも集まっていました。なのでヴェルマリアが毎日やってきても夫人は喜んで迎えて下さり、来客と共にお茶を楽しんでいました。ちなみに、カリエンテ侯爵屋敷は私にとっても職場です。私とヴェルマリアは一緒に朝、侯爵邸に向かい、帰りも一緒に帰ってくる事もありましたね。
最初にセルミアーネ様のお話を聞いたのは、侯爵家の家令からでした。
何でも、日参してラルフシーヌ様に求婚をしている騎士がいるというお話でしたね。それはまた無謀な。私はちょっと驚きました。騎士が侯爵令嬢に求婚するなんて普通はあり得ません。不敬であるとして処罰されてもおかしくは無い行為だと言えます。騎士なんて半分平民の扱いですからね。いや、でも上位貴族の三男四男が騎士になる例があるので、それならば無いとは言えませんけど、もしもそうなら縁談が本人では無く実家の方から来るはずですし。騎士本人が侯爵家に図々しく日参するなんてやはりどう考えても異常です。
ちなみに、私はラルフシーヌ様の事は知っていましたよ。何しろ私は侯爵家に成人前から来ております。その割にヴェルマリアと話しをしたのは縁談が成立してからだったのですが。それは兎も角、カリエンテ侯爵家にお生まれになった末娘を、当時現在よりも真っ赤っかだった侯爵家の家計の事情から養育出来なくなり、カリエンテ侯爵領に送って隠したという事情は知っていました。何しろ侯爵家の金庫番ですからね。我が家は。
そのラルフシーヌ様への求婚? どこでラルフシーヌ様の事を知ったのでしょうか? ヴェルマリアに聞いてみると、ラルフシーヌ様は成人のお披露目式の時に一度だけ帝都にお帰りになり、皇帝陛下へのお目通りをしたのだという事でした。その際にどうやらその騎士に見初められたのだそうです。それはまた。
どうもその騎士は随分と美男子だそうでして、ヴェルマリアを含む侯爵家の女性たちが随分気に入ってしまったようでした。ヴェルマリアなどは社交にでも出るようなお洒落をしていそいそと侯爵邸に通うようになっています。愛人にでもする気でしょうか? その時点で我が家には私の愛妾が(親戚の子爵家から頼まれて断り切れなかったのです)一人いて、ここにヴェルマリアの愛人でも加われば、我が家の家計はかなり厳しいことになってきますが。
しかし、これが驚いた事に、カリエンテ侯爵はラルフシーヌ様と騎士との婚姻をお認めになったそうで、私にも侯爵家から結婚式予算の策定と式への出席依頼が来ました。本当に騎士などに嫁に出して良いのかと御屋形様ご本人に確認したい気分になりましたよ。この頃には侯爵家の予算状況はかなり改善していましたからね。これなら同格や伯爵家への嫁入りなら問題なく行える筈です。そんな事を言うとヴェルマリアが悔しがるから言いませんが。
そうして準備を進めて、結婚式の日。私はラルフシーヌ様と初めてお会いしたのです。
ラルフシーヌ様は非常にお美しく、ヴァルマリアが「どうしてあんなに綺麗に育ったのでしょうかね。食べ物が良いのかしら?」と妬んでいました。いや、ヴェルマリアも十分美人なのですがね。そして、やはりお作法は全然出来ていないようで、私は内心「勿体ない。これでお作法が良ければ、お妃を亡くされた皇太子殿下の後妻の地位も狙えたのに」と思ったのでした。……いや、予言したつもりは無かったのですが。
同時にセルミアーネ様にもお会いしました。こちらも聞きしに勝る美男子で、しかも大柄で威厳もありました。騎士と伯爵ですから私の方が圧倒的に身分は上なのに、かなり気圧されたほどです。しかし物静かで穏やかで、所作も優雅。なるほど女性陣が大騒ぎする訳です。ラルフシーヌ様を見る目は愛情に満ち溢れていて、美男美女のお二人が並ぶと目が眩むほどでしたね。
さて、それから暫くは平和でした。ヴェルマリアはセルミアーネ様目当てでラルフシーヌ様がお住まいのお屋敷(騎士がお屋敷を持っているというのはどういうことなのかと私は訝しみましたが)に何度か行ったようですね。カリエンテ侯爵家で代替わりが行われ、我が家は引き続き侯爵家の金庫番の地位を頂きました。カリエンテ侯爵家にとって重要な役職ですから、このままカリエンテ侯爵家の信任を得続け、侯爵家に余裕が出てくれば、正式な領地分与のお話も頂けるでしょう。
そんな事を思って職務に励んでいたある日の事。大事件が起こります。
侯爵邸に出勤すると、侯爵邸の中は蜂の巣を突いたような大騒ぎになっておりました。私が家令に何事かと尋ねると、驚愕の事実が明らかになりました。なんとラルフシーヌ様の夫であるセルミアーネ様が皇族にになられ、その妻であるラルフシーヌ様はお妃様になられるというのです。は? 意味が分かりません。何人かに色々事情を伺って、ようやくセルミアーネ様の事情を理解できました。
それは侯爵家が大騒ぎになるわけです。私だって侯爵家の分家、しかもラルフシーヌ様の実の姉の夫です。他人事ではありませんよ。
職務的にもラルフシーヌ様の入宮に伴うドレスや宝飾品や家具などの費用の手配が嵐のように降り掛かってきまして、私は大混乱です。至急、侯爵領の代官であるキックス男爵に使者を送り、侯爵領の特産品を大量に大至急帝都に送って貰い、それを商人に売り払う事で予算を捻出いたしましたよ。
ヴェルマリアは目を輝かせてラルフシーヌ様の教育に協力していました。ウキウキしています。「だって私は皇族のお妃様の姉になるのよ? 上手くすると離宮にも入り放題になるじゃ無い! 帝宮の離宮になんて入ったことが無いわ! 楽しみ!」との事でした。コラコラ、帝宮の奥深くにある離宮に入ることなど私程度の身分では一生に一度入ることがあるか無いかですから、ヴェルマリアの気持ちはよく分かりますけども。
そうしてラルフシーヌ様は入宮されたのですが、ヴェルマリアは宣言通り、いそいそと頻繁に離宮に通うようになりました。「ラルフシーヌが心配だからー」と言っていましたがどうなのでしょうか。
ただ、ラルフシーヌ様がヴェルマリアに懐き、感謝して下さっている事は確かで、私はわざわざ離宮にまでお招き頂きお礼を頂いた事がございます。ラルフシーヌ様は非常に鷹揚で寛容な方で、私のような下位の者にも気軽に声を掛けて下さいます。
「お姉様にはいつもお世話になっています。ラフチュ伯爵にもお礼をと……、キックス男爵からも伯爵の噂は聞いていましたよ。丁寧で優秀な方ですと」
私は恐縮しきりでした。それにしてもなぜラルフシーヌ様がキックス男爵の事をご存じなのでしょう? 領地でお育ちになった時に交流があったのでしょうか? 私は問われるままにキックス男爵の事についてお答えいたしましたが、その時なぜかラルフシーヌ様は少し目を潤ませておいででしたね。
ラルフシーヌ様にご迷惑をおかけしていないのであれば、ヴェルマリアが離宮に通うのを止める理由はありません。ですが我が家は伯爵家。しかも分家。それほど予算は潤沢ではありません。ヴェルマリアの離宮通いは侯爵家もご承知で、多少は援助があったようですが、それにしても皇族の方の社交に毎日のようにお付き合い出来るほどの予算はありません。具体的には社交毎に代えなければいけないドレスや宝飾品が用意出来ません。
しかし、ヴェルマリアはこれをラルフシーヌ様のお下がりを何着も頂くことで解決してしまいました。簡単に言ってしまいましたがこれは本来大変な事で、何しろ皇族の方がお使いになるドレスですからそれは飛び抜けて最高級である事を意味します。それを下賜されるというのは大変な名誉であると共に、ドレス代をまるっと頂くようなものです。皇族からお金を頂いているのと同じ事なのです。下位に近い伯爵家にそんな過分な援助をして頂くなんて、上位貴族の間で問題になってもおかしくありません。
ですが、カリエンテ侯爵家は今やラルフシーヌ様の実家であるだけで無く、公爵夫人を始めとした上位貴族に姉妹を正夫人として送り込んでいる有力家です。その一族の一員であり、ラルフシーヌ様の実姉であり、ラルフシーヌ様が社交であからさまに頼りにしているヴェルマリアに文句を付けられる者はもういません。下位に近い家の夫人なのに、ヴェルマリアは上位貴族の社交界でかなりの存在感を発揮し始めていました。
ですが同時に、我が家は所詮分家伯爵家ですから、自家で社交を主催する事はほとんどありません。上位貴族の社交に招かれる事もまずあり得ません。せいぜいヴェルマリアのお姉様方が招待してくれるくらいですが、それでも出席するのに二の足を踏んでしまうほど我が家の格は低いのです。低い格の家があんまり上位の家の社交に出ると顰蹙を買います。それなのにヴェルマリアがラルフシーヌ様からお譲り頂いたドレスでも着て堂々出席したらどうなるでしょうか。顰蹙では済まず反感を買うのは目に見えています。ヴェルマリア本人は兎も角、我が家、私は責められる事になるでしょう。
なので私は上位貴族の社交にはほとんど参加はいたしませんでしたが、ラルフシーヌ様が皇族になってからは下位貴族の社交によく招待されるようになりました。下位貴族とは子爵以下の貴族を意味します。私は一応伯爵でしたから、本来であれば下位貴族の社交になど出るべきではありません。しかし、格の低い伯爵家である当家は、悲しいかな下位貴族との方が近いのです。私の部下は男爵が多いですし、その関係もあって私は下位貴族の社交に出るようになりました。
当然ですが下位貴族の者どもは伯爵であり、皇族の縁戚である私とヴェルマリアを招くことで会の格の上昇と、ヴェルマリアのルートを使ったラルフシーヌ様への要望の上申を狙っています。そんな事は百も承知ですが、出ても会場の端っこで小さくなっていなければならない上位貴族の社交よりも、堂々と中心で下位の者の尊敬を集める下位貴族の社交の方が居心地は良く、私とヴェルマリアは積極的に下位貴族の招待に応じるようになりました。
下位貴族の社交は、上位貴族のそれと違ってあまり身分ですとか格ですとかにうるさくありません。何しろ男爵辺りだと実情は庶民そのものである事も少なくありませんし。子爵でも魔力が少なければ土地を肥やすために農民と共に汗水流して農作業に励む者すらいます。ですから庶民的な雰囲気が漂ってさえいるのです。
侯爵家出身のヴェルマリアですからその雰囲気に最初は眉をひそめてはいましたが、適応力というか寛容さがある彼女はすぐにそんな雰囲気にも慣れてしまいました。何しろ皇族の姉で伯爵夫人の彼女は下位の社交では女王様扱いです。すっかり良い気分になって、周囲のお追従にニコニコしています。
ヴェルマリアは面倒見が良い性格で、下の者を虐げず守る所があり、自分の庇護下にある者と認めた者には非常に優しかったのです。そのため、下位貴族の夫人からは随分と慕われるようになりました。慕われればヴェルマリアは更に彼女たちを慈しみ、庇護します。そんな感じで彼女はすっかり下位貴族夫人の巨大な派閥を率いるようになって行きます。
下位貴族とはいえ、数の力は馬鹿に出来ません。そしてヴェルマリアは今や皇太子妃になられたラルフシーヌ様の姉です。ラルフシーヌ様の後ろ盾を得て下位貴族の熱い信望を集めるヴェルマリアは上位貴族夫人も無視出来なくなります。こうなると彼女は堂々とラルフシーヌ様主催のお茶会だけでは無く、上位貴族婦人が開催したお茶会を渡り歩くようになってしまいました。乳母がいるから良いとは言え、少しは我が子の面倒を見て欲しいものなのですがね。
そんなある日、私とヴェルマリアは揃って下位貴族の夜会に出席しました。私がヴェルマリアの手を引いて馬車を降り、屋敷の主人の挨拶を受けていますと、私達の後ろの馬車から降りてきた婦人がさり気なく私たちの後ろに付きました。
? 誰でしょう。その位置に付くということは、彼女が「同伴者」である事を意味します。同伴とは若い貴族の子女が社交に出る時に、親以外の者に連れられて社交に出席する事です。大体、下位の者が上位の方にお願いして格上の社交に出るために「同伴」させてもらう事が事が多いです。
はて、今日の社交に同伴者がいるなどという事は聞いていませんでしたが? ヴェルマリアの独断でしょうか。彼女は下位の者への面倒見が良いですからね。親戚か誰かに頼まれたのでしょう。
「彼女は同伴かい? どこの家の者なのだ?」
するとヴェルマリアは少し目を泳がせました。
「チェリムと申します、家名はちょっと・・・・・・内緒です」
内緒とは? そんな身分不確かな者を同伴して大丈夫なのでしょうか。
そこで私は気がつきました、そういえば今回の社交は下位の社交です。男爵や騎士までいる格の低い社交で、わざわざ私たちに同伴を頼んで出るほどの社交だとは思えません。
それをわざわざ。そういえばこの女性は後ろの馬車から降りてきました。同案者は紹介者と同じ馬車に乗るものです。おかしい。私がその女性に問い正そうとすると、ヴェルマリアが私の腕を引っ張りました。
「あなた! 後で説明しますから!」
小声で怒られました。何だというのでしょう。私はどうも気になってその女性、そこそこ背の高い黒髪の女性を見ました。長めの前髪が顔に影を作っています。
と、その影と前髪の隙間から、金色の瞳がチラッとこちらを見ました、そして面白そうに細められました。
心臓が止まるかと思いましたよ! あの特徴的な金色の瞳は・・・・・・。
見ると、彼女の後ろには家の者では無い侍女が二人。そして、下位貴族の社交にしてはどうも警備の兵が多い気もします。これは、アレです。間違いありません。
私はダラダラと冷や汗をかき始めましたが、ヴェルマリアとチェリムという女性は涼しい顔です。チェリムは私とヴェルマリアが出席者から挨拶を受けている間に抜け出して、歓談を始めてしまいました。
ごく自然に会場に溶け込んでいますが、分かって見れば、他の者よりも姿勢や所作が美しく、存在感は圧倒的です。こ、これは不味いのでは無いでしょうか。
案の定、彼女に惹かれた男性たちが次々とチェリムにダンスを申し込み始めます。
「だ、大丈夫なのか? 踊らせて!」
私はヴェルマリアに言いましたが、彼女はグラスを片手に何でも無いような顔をして言います。
「この間も大丈夫でしたから、大丈夫でしょう」
なんと! これが初めてでは無いようです! 何ということをしてくれているのですか! 確かに同伴の子女がいる場合は婦人だけで夜会に出る事もありますが、問題はそこではありませんよ! 何回こんな事をやらかしたのですか!
「そんなに動揺したらむしろバレますよ。落ち着いて、何くわぬ顔をしていて下さいませ」
・・・・・・何というか、度胸が良過ぎます。ヴェルマリアは勿論ですが、カツラを被ったぐらいで別人に成りすませると思っているラルフシーヌ様もです!
楽しそうに男性を振り回してダンスに興じているチェリムは、そうだと分かってみればラルフシーヌ様にしか見えません。私は上位の社交でご一緒したから分かります。妃殿下はダンスの名手で有名なのです。見なさい、出席者が見惚れてしまっているではありませんか! 下位の者はラルフシーヌ様のダンスを見た事が無いから分からないかも知れませんが、一人でも上位貴族がいたらバレてしまうでしょう。
正直この日は夜会が終わるまで、私は生きた心地が致しませんでしたよ。
後からヴェルマリアに説明を受けたところによると、ラルフシーヌ様は下位の者の意見を知りたいと考え、下位の社交に潜り込むことを思い付き、ヴェルマリアに頼んで実行に移したそうです。
当然、皇太子殿下の御認可があっての事だということで、侍女の随伴の他、警備の強化もしてるのでそれほど心配はいらないとの事でした。私は頭を抱えましたよ。どうしてこんなとんでもない事に許可を出すのですか! 皇太子殿下は!
しかし両殿下のご意向であれば逆らえません。それから何回か、私は変装した妃殿下を同伴するという飲み物の味も分からなくなるような夜会に出る事を強いられたのでした。
幸いな事に、案の定、ラルフシーヌ様の美貌やダンスの上手さが評判になってしまい、注目を集め過ぎた事で妃殿下のお忍びは終了したのでした。妃殿下は残念がっていたそうでしたが、私はこの上無くホッとしましたよ。
もっとも、ラルフシーヌ様のお忍び癖はこの後も収まらず、何かというと離宮を抜け出してアレコレして、その度毎にカリエンテ侯爵家は大騒ぎになるのですが、それはもう少し後のお話しです。
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