閑話 カリエンテ侯爵家の事情  ヴェルフェルム視点

 私はヴェルフェルム・カリエンテ。カリエンテ前侯爵だ。つまり現皇妃陛下ラルフシーヌの父である。


 ・・・私の評判があまり良くないのは知っている。なんでも「娘を育てられないから田舎に隠した」とか「侯爵ともあろう者が娘を最下級の貴族である騎士の嫁にした」とか「それまで散々皇帝に楯突いた癖に娘を皇族の嫁に差し出した」とか「セルミアーネ殿下を利用するために保護して隠していた」とか、まぁ、色々散々な言われようではある。


 全てが嘘では無いが、誤解も多い。その辺をちょっと語って行こうかと思う。


 末の娘のラルフシーヌが生まれた時に、侯爵家が金銭的に苦しかったのは本当である。ちょっと子供が多過ぎた上に、全員が健康に成人してしまったのが原因だった。しかも全員が私の愛妻であるブラウディアとの子供だ。皆可愛いし疎かに扱えない。惜しみなく教育や社交に金を掛けた結果、本来は裕福な筈の侯爵家の財産は大幅に目減りしてしまった。


 しかもこの頃、長男である次期侯爵は嫡男を得ていた。侯爵家の跡取りだ。私は喜んでこの孫にもしっかりとした教育を施す事を決意した。更に私の長女は、大恋愛の末にエベルツハイ次期公爵との結婚が決まりつつあった。傍系皇族であるエベルツハイ公爵家との婚姻関係は大慶事である。私は勿論喜んで娘を祝福し、盛大な結婚式を挙げさせてやろうと決意した。


 ラルフシーヌが生まれたのはそんなタイミングだったのである。


 当時私は四十二歳、ブラウディアは四十一歳である。ラルフシーヌは非常に遅く生まれた娘なのだ。因みに一つ前に生まれた娘であるヴェルマリアとは五歳差だ。ヴェルマリアが生まれた段階で侯爵家に子供が過剰な事は分かっており、これ以上の子供は無理だとして私と妻は子作りを止めていたのだ。愛する妻との関係を断つのは辛い事だった。四十を過ぎ、もう良い加減子供は出来難くなったのではないか?と私と妻は関係を再開した。するとすぐさまラルフシーヌが出来てしまったのである。


 ラルフシーヌは生まれた時から可愛い赤子で、私も良い歳であったからそれはもう孫のように可愛くて可愛くて仕方が無かった。勿論最初は、きちんと養育して行くつもりだった。


 しかしながら侯爵家の財政を見ればそれが難しいのは明白だった。嫡男の養育もだが公爵家への嫁入りには多額の持参金がいる。既にかなり苦しい侯爵家にまた新たに娘を一人前の貴婦人に育てる費用が無い事は誰の目にも明らかだったのである。


 この時、長男の次期侯爵は「私の子供は私が何とかするからラルフシーヌをきちんと育てましょう」と言ってくれたし、長女は自分の結婚を諦めても良いとまで言って、末の妹のラルフシーヌについて気遣ってくれた。家の子供達は皆弟妹思いだ。それは嬉しい事だったが、流石に侯爵家嫡男の教育、公爵家への嫁入りに比べれば、六女の教育費用の重要度はどうしても下がる。結局、私はラルフシーヌを一人前の貴婦人にする事を諦めざるを得なかった。


 娘を一人前に出来ないと生まれた時から分かっている場合、貴族が取る方法はいくつかある。一番多いのは下位の家に養子に出す事だ。我が侯爵家には歴代が作った分家が沢山ある。そのどこかに養子に出す事はそう難しくはない事だった。


 だが、養子に出す際には養育費の補償と持参金を持たせるのが普通である。しかしこの時、公爵家への嫁入りのために長女に持たせる持参金は私が皇族からの融資をお願いしなければならない程の額であった。そのため、ラルフシーヌのための持参金をこの時は用意出来無かったのである。


 他の方法としては神殿に巫女として入れるという方法がある。しかし、正直これはあまり外聞の良いものではない。侯爵家ともあろうものが娘を育てられないと宣言するようなものだからだ。それに神殿に入れると娘とは縁が切れてしまう。私はこれもすぐに断念した。


 他には成人まで育てて帝宮の侍女にするという方法が考えられたが、成人まで侯爵家に相応しく育てるのなら嫁に出すのとあまり変わらない教育費用が掛かってしまう。なのでこれも断念した。


 そうなるともう残る方法は、娘を領地で育てる事しかなかったのである。これは領地持ちの貴族の間ではたまに見られる事だ。つまるところ領地に送って社交界から切り離す事でその存在を隠すのである。社交界から切り離しているので教育が行き届いていなくても悪評が立たないし、領地でちゃんと育てていますよ、と言えるので神殿に入れるよりは外聞が良い。領地で育てた後に平民に落とすか、帝都に連れ帰って下位の貴族に嫁に出すかはその家の都合次第となる。


 流石に侯爵家ともあろうものが、娘をただ平民落ちさせるのは外聞が悪い。なので、私はラルフシーヌは領地との繋がりを強めるために平民の有力者に輿入れさせる、と最初から周囲には説明していた。実際そのような例は多くの領地で見られるから、私の説明は特に疑問に思われなかったようだ。


 もっとも、領地に隠し平民にする事自体が、侯爵家としてはあまり外聞の良いものではないため、基本的には社交界ではラルフシーヌの存在を内緒にしなければなければならない。そのため「可哀想だ」と当初は妻も長男も長女も反対した。しかし私にはこの時、一つの考えがあったのである。


 私は実はその頃、引退を考えていたのだ。


 私は皇帝陛下の即位時、陛下ではなく陛下の弟宮を皇帝に推していた。これは陛下が優れた将軍であり、弟宮は病弱だが優秀な政治家になれると思ったからである。陛下が将軍として軍を率いるのが好きな事も知っていた。弟宮が即位し、陛下は将軍として弟宮を補佐するのが一番だと思ったのだ。


 しかし、結局は皇太子殿下であった陛下が即位した。こうなると、意図はともかく私は陛下に逆らった事になる。私は陛下の政権から遠ざけられた。カリエンテ侯爵家の格は下がり、社交界における地位は低下した。陛下に近い貴族からは私は反体制派と見做され、敵視された。反対に陛下に不満を持つ者からは慕われるようになったが。


 こうした政界や社交界での扱いに、私は疲れていた。私はそもそも、政治も社交もあまり好きではない。好きなのは領地経営で、領地が豊かになり、領民が喜ぶのを見るのが好きだった。なので本来は年二回で良い領地での魔力奉納に三回も四回も行った年がある。


 私は好きでもない政治や社交を止めて領地経営に集中したいと思っていたのだ。つまり、息子に侯爵家を譲り、私は領地に引っ込んで、領地経営をやろうと思っていたのである。ラルフシーヌが生まれた年には息子は二十二歳。嫡男も生まれたし、すぐには無理でも、数年引き継げば跡を継がせても問題無いだろう。


 引退して田舎暮らしをする事にはブラウディアも賛成だった。彼女も社交に疲れていたし、元々田舎が好きで領地の侯爵屋敷に滞在する際には、現地の庭師の妻と仲良く散策するような飾らない女性だったからだ。


 ただ、領地に隠遁すると、せっかく沢山作った子供達にほとんど会えなくなるのが気にかかるところだった。私も妻も子供が好きだったから、寂しくなるな、と思ったのだ。


 そう、そういう時に領地にラルフシーヌが居ればどうだろうか。私達が領地に隠遁すれば領地に隠したラルフシーヌと同居して可愛がる事が出来るし、ラルフシーヌが成長して領地の平民の嫁になってもいつでも会える。これなら私達が領地に引き籠っても子供が恋しくならないだろう。


 私がそう言うと、妻は納得した。結局、ラルフシーヌは一歳の誕生日直後、私達が領地に奉納に向かう際に領地に連れて行く事となったのである。


 カリエンテ侯爵領の現地代官はランバート・キックス男爵だ。元は領地の侯爵邸の庭師だったが、非常に優秀な男だったので、私が引き上げて男爵にして代官とした。この時はまだ三十歳そこそこだったと思う。


 私がラルフシーヌを預けるというとランバートは目を丸くした。私はラルフシーヌはここで平民に嫁に出すつもりである事、なので平民として育てて良い事、私達も数年の内に引退してこの屋敷に住み、その際は同居する事を伝えた。ランバートはいつも通り飄々とした態度で了承した。


 キックス男爵夫妻には子供がおらず、夫人はラルフシーヌを見て嬉しそうに目を潤ませていた。ブラウディアは寂しそうではあったが、男爵夫人とは仲が良かったし、乳母に預けるより信頼出来ると自分を納得させたようだった。


 こうして、ラルフシーヌは領地に隠された。カリエンテ侯爵家の子女の数は十人だと、帝国貴族社会は長い間認識する事になる。


 さて、私はラルフシーヌの為にも、数年くらいて引退して領地に引き篭もるつもりだった。しかし、これがそうもいかなかったのである。


 それは息子、娘を全員独立させるのが大変だったからである。


 長男は跡継ぎだから良いとして、あと四人の息子は家を持たせて独立させなければならない。男爵にするなら簡単だが、まさか侯爵家の男子を男爵にするわけにもいかない。帝宮の侍従にしても良いが、私の息子達は揃ってがさつなところがあり、侍従には向かないと思われた。


 なので私は次男は伯爵として、三男は子爵として分家を立てさせた。分家を立てると簡単に言ってしまったが、これが大変で、領地を名目上分割する許可を皇帝陛下から頂き、新たな家を立てる事を紋章院に申請し、登録費用を払い最少資産を紋章院銀行に入れなければならない。費用も時間も大変掛かる。


 四男五男についてはどうしようかと思っていたが、幸い婿に欲しいという伯爵家、有力な子爵家があって、それぞれ婿に出す事が出来た。しかしこれにも持参金を始めとした多額の費用と時間が掛かった。


 娘達は更に大変で、プライドの高い侯爵家令嬢である娘達は、私が持ってくる縁談に簡単には首を縦に振らなかった。何しろ長女は公爵家の嫁になったのだ。負けたくなかったのだろう。次女などは伯爵家との縁談を打診した私に向かって「お父様は私が可愛くないのですか!」と叫んだものだ。いや、有力な伯爵家だから悪く無い縁談だったのだが。


 次女と三女を侯爵家の次期当主の嫁に出来たのは僥倖だったと言って良い。これは長女がエベルツハイ公爵家の次期夫人となり、嫁入り先の侯爵家が、公爵家との繋がりを欲した事が大きい。我が家の姉妹が皆仲良しだったのも良かった。我がカリエンテ侯爵家は社交界での地位を落としていたので、その事が無かったら侯爵家同士の縁組みは難しかっただろう。


 四女は有力な伯爵家当主に嫁入りさせる事が出来たが、五女のヴェルマリアの嫁入りは難航した。伯爵家以上への嫁入りは難しく、子爵へ嫁に出すことを考えたのだが、ヴェルマリアが嫌がったのだ。


 結局ヴェルマリアは我が家の分家であるために大分格が劣る、ラフチュ伯爵家へ渋々嫁入りする事になる。


 娘を嫁入りさせるための交渉、決まれば婚姻契約の為の各種手配。結婚式の準備と様々な嫁入り道具の手配。資金繰りの手配。これが毎年のようにだ。私も妻も各方面へと駆けずり回るハメになり、引退するなどとても言い出せる状況では無くなったのである。


 私達が引退出来ないでいる間に、ラルフシーヌはスクスク育ってしまった。これがまた愛くるしい娘で、しかも天真爛漫。年に二回くらいしか領地に行かれない私達にも良く懐いてくれた。私達はラルフシーヌが可愛くて仕方がなく、毎回お土産を沢山持って行くと共に、早く引退してラルフシーヌと一緒に暮らしたいと思ったものだ。


 しかし引退出来ないまま、ラルフシーヌが十三歳になる年になってしまった。貴族の子女はこの年に皇帝陛下にお披露目して陛下から指輪を授かる。そして初めて一人前の貴族として認められるのだ。逆に言うとこのお披露目で指輪を授からないと平民に落ちる事になる。


 私は、ラルフシーヌは平民に嫁にやる気でいたので、お披露目に出す気はなかった。お披露目に出してしまえば他の貴族に存在が知れてしまい、領地に隠していたことまでバレてしまう。


 しかし、ブラウディアはラルフシーヌを貴族として成人させてやりたいと主張した。妻は末の娘でこれまでの娘と一味違う育ち方をしたラルフシーヌを溺愛するようになっていた。私もラルフシーヌが可愛いのは同じではあったし、場合によっては下位貴族辺りと結婚させるような事が起きないとも限らないと思ったので。結局ラルフシーヌを帝都に連れて帰ってお披露目に出す事にした。


 ただ、最初から分かっていた事ではあるが、ラルフシーヌは貴族的な振る舞いが一切出来ず、歩き方も立ち方もまるっきり平民と同じであった。食事も手掴みで食べてしまう。平民として育てたのだから当たり前である。領地で一緒にいる時には見なかったふりをしていたそういう振る舞いも、皇帝陛下の前に出すのであれば大問題となる。


 おまけに初めて見る帝都に興奮して馬車から飛び出して行ってしまった時には肝を冷やした。幸いすぐに見つかったが、こんな野生児を皇帝陛下の前に出すのはどうかと、お披露目に出すか出さないかで私と妻は散々悩んだ。


 しかし、屋敷でラルフシーヌをドレスに着替えさせると、これが見違えるほど美しい姫となった。そして少し作法の教師を付けて学ばせると、すぐにカトラリーの使い方は覚えたし、立ち方、歩き方も改善が見られた。これなら一日くらいはなんとかなるかと、結局私はラルフシーヌをお披露目に出す事にした。してしまったのだった。


 運命のお披露目会。ありとあらゆる意味で忘れられない事件となったそのお披露目会に、私と妻は紺色のドレスを身に纏ったラルフシーヌと乗り込んだ。そして帝宮のエントランスホールで、運命そのものがラルフシーヌの前で跪いたのである。


「本日、あなたのエスコート役を賜りましたセルミアーネと申します。よろしければ私に右手をお預け下さいませんか?」


 ・・・その後の事は知っての通りである。


 誓って言うが、私はその騎士セルミアーネがまさか皇子であるなど知らなかった。知っていればラルフシーヌを嫁になどやっていない。え?逆ではないかって?平民として育てていた娘を皇子の嫁にするバカがどこにいるのか。


 ラルフシーヌは領地で自由に育っているし、領地が好きだという事も何度も聞いて知っていた。なので私は最後までラルフシーヌを貴族に嫁入りさせるか、平民の嫁にするかどうか迷っていた。平民に嫁入りした方が、娘にとって幸せなのではないかと思ったからだ。


 しかしながら、妻や娘はセルミアーネ様を非常に推してきた。非常な好青年で、どうも只者ではない雰囲気が当時からあったようだ。そして私も見たが、皇太子殿下や騎士団長が非常に高く評価している様だった(真実を知れば当たり前の事ではあったが)。優れた騎士は出世し易い。もしも騎士出身で子爵、果ては伯爵になる素材であれば、確かに逃すのは惜しい。


 そして決め手の一つはランバートの一言だった。領地に行った時、私と話しながらラルフシーヌについてランバートは「お嬢様には領地は狭すぎるかも知れません」と言ったのだ。どうも領地代官の仕事もあっという間に覚えてしまい、それでも暇を持てあましているのだという。非常に優秀らしい。


 言外にもっと広い世界に連れて行ってあげて欲しい、と奴は言っていた。それで私はラルフシーヌを帝都に戻す気になったのだった。


 ラルフシーヌとセルミアーネ様を結婚させる事に、私は完全に満足していた訳では無かった。私達はラルフシーヌが結婚した直後に念願の引退をしていて、やはりラルフシーヌには領地に居てもらいたかったと思ったし、騎士に嫁入りさせた事については親戚からも色々言われた。しかし、様子を見に行ったヴェルマリアから「随分と楽しそうでしたよ」と聞いて、まぁ、あの娘が幸せなのならば良いか、と納得はしていた。


 それがまさか、あんな事になろうとは。


 私と妻の引退引きこもり計画は、セルミアーネ様の皇子復帰とラルフシーヌの皇族入りという驚天動地の大事件によって延期を余儀無くされた。それどころでは無くなった。カリエンテ侯爵家は一族揚げての大騒ぎになり、前侯爵夫妻の私たちもそれはそれは大変な事になった。


 すぐに皇太子殿下は薨去され、セルミアーネ様が皇太子殿下になり、なんとあの野生児だったラルフシーヌは皇太子妃になった。私も妻も何が起こっているのか分からないと何度も目を擦ったものである。


 結局私と妻が領地に隠遁出来たのは、ラルフシーヌがカルシェリーネ殿下を産んでからだった。私達にとっても孫ではあったが、何しろ皇孫なので、どう接して良いか分からなかったものである。この頃には現カリエンテ侯爵の嫡男も結婚して子供も産まれていて、ラルフシーヌを盛り立てるカリエンテ侯爵一族の体制も固まり、ついでに言えばラルフシーヌも野生児の面影も無いくらい立派な皇太子妃になっていた。これなら安心という事で、私達は領地に出発したのである。ラルフシーヌは私達をしきりに羨ましがり「父ちゃん母ちゃんにくれぐれも宜しく」と言っていた。


 私と妻は領地でまず使用人を集め、領地屋敷を整備した。侍女や侍従で希望する者は連れて来ていたが、下働きなどの人数が足りなかったからだ。現地代官のランバートが声を掛ければすぐに集まった。


 そうして集まった使用人は何しろ田舎の者であるので、貴族が何であるか侯爵が何であるかも良く知らない。私たちにも気さくに声を掛けてきた。私達も田舎に来てまでお高く止まる気も無いので。すぐに私は現地住民と気安い関係となった。


 衣服も現地の服に変え、ランバートを共にして領都を歩けば、領民は我々に気軽に声を掛け、食事や酒宴に誘ってきた。最初は戸惑ったがすぐに慣れた。妻も庶民服に着替えてランバートの妻と連れ立って近所の農家に出掛けておっかなびっくり農作業を手伝ったりしているそうだ。


 そういう時に、ラルフシーヌの噂、というか武勇伝は良く耳にした。それはもう無茶苦茶な事を色々しでかしていたらしく、誰もが話しながら苦笑いし、呆れ、そして懐かしんでいた。「また会いてぇなぁ」と言う者も多かったが、皇妃となるラルフシーヌはおそらく一生帝都から出られまい。私はラルフシーヌに可哀想な事をしてしまった、と思った。


 私はもちろん領主代行の仕事があるので毎日遊び歩いている訳ではない。魔力を奉納し、領地を整備する計画を立て、収税の計画を立てる。特にラルフシーヌが何をしでかしたのか、隣国のフォルエバーが併合されてしまい、長男である現侯爵は慌てて三女を嫁に出し、フォルエバーを事実上カリエンテ侯爵領に編入していた。そのため、フォルエバーの開発計画も立てなければならなかった。


 私とランバートはしばしば屋敷で顔を突き合わせてそれらの領地経営のために話し合った。それは領地経営について考えることが好きな私にとっては、大変楽しい時間であった。大抵酒が入るのだが、ランバートは酒がほとんど呑めない。少しでも呑むと泥酔してすぐに寝てしまう。


 しかし、寝てしまう直前に、奴は本音を話す。


「お屋形様はラルを私の娘にしても良いと仰ったのに」


「いや、そこまでは言ってないぞ。娘のつもりで育てろとは言ったが」


「それなのに、私に一言の相談も無く嫁に出してしまわれるのだから。私と妻がどんなに寂しい思いをしたか」


「だから、それについては何度も謝ったではないか。確かに其方には悪いことをした」


「ですがセルミアーネ様を選ばれたのは、さすがはお屋形様だと思いましたよ。うん。いい若者だった。あれならラルは安心だ」


「そうであろう?」


「しかしですな。一言、私にご相談して頂きたかった」


「だから、悪い事をしたと言っておろうが」


 ランバートはそんなふうに酒が入るたびに、私に対してラルフシーヌの結婚の際に相談しなかった事、勝手に嫁に出した事についての恨み言を延々と述べるのだった。そして最後には決まって「ラルに会いたいですねぇ」と呟きながら寝てしまうのだ。


 もっとも、ランバートはセルミアーネ様とラルフシーヌの即位式の為に私と妻が帝都に一度戻った際、どんなに同行せよと命じてもけして馬車に乗らなかった。ラルフシーヌの誘いの手紙にも断りの返事を書いていた。二度と会わないと、誓っていたのだと思う。帝都で頑張るラルフシーヌに里心を抱かせたく無かったのだろう。私から話を聞いたラルフシーヌは寂しそうな顔をしながらも「父ちゃん母ちゃんらしいわ」と納得していた。ラルフシーヌにとってキックス男爵夫妻は優しくも非常に厳しくもある父母だったそうだ。


 私は即位式が終わってまた領地に帰ると、カリエンテ侯爵領の経営に勤しんだ。ランバートは飄々とした顔をしながら上手にそのサポートをしてくれた。相変わらず酒が入るたびに私の事を詰りながら。


 私が領都をフォルエバー寄りの位置に新たに築く事を考え付き、その計画をランバートに話すと「ラルみたいな事を考えますね。さすがお屋形様」と言って、奴はその計画の調整の為に奔走してくれた。相変わらず掴み所の無い顔をしながら。


 そんなランバートも即位式で立派な皇妃として振る舞ったラルフシーヌの事を話してやると、珍しく顔をくしゃくしゃにして喜んだものである。



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