閑話 貴族について エーレウラ視点
妃殿下の侍女長、エーレウラでごさいます。本日は貴族社会の事について少し解説させて頂こうと思います。
貴族というのは、基本的には「初代皇帝陛下の血を引く者」という意味です。貴い血を引く一族という意味ですね。
貴族身分は下から、騎士、男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵と分かれております。この内、公爵は特殊な地位で、皇帝陛下のご兄弟が臣籍降下され、傍系皇族となる時になられる階位です。貴族でありながら皇族でもあるのです。皇族が絶えた場合には皇族に復帰する可能性がありますから、貴族の中でも特に別格です。基本的には続いても二代まで。それ以降は侯爵に階位が下げられ、完全に臣下の貴族となります。
侯爵はそうやって代を重ねて公爵が階位を下げられた家です。現在十二家あります。非常に濃く皇族の血を引く一族ですから、これまた別格なのです。例えば伯爵がどんなに高い功績を残しても、侯爵にはなれません。そのため、侯爵家よりも領地が広く豊かな伯爵家という家が存在します。しかし、どんなに領地が広くても階位で上回る事は出来ないのです。
伯爵はつまり、皇族の近い縁戚では無い貴族の最高位です。騎士や男爵から出世した場合の最高到達地点になるわけですね。他にも公爵侯爵家から分家が立てられて伯爵家が興る場合もあります。
そのような事情により、伯爵はかなり家の数が多いです。上が詰まっていますからね。帝国には数百年の歴史がありますから。伯爵家の称号を持つ家は二百家くらいはあるでしょう。ですので、一口に伯爵と言っても様々な格があります。
伯爵の格はまず領地の大きさの順です。先ほども申しました通り、侯爵家よりも大領を抱える伯爵家もあります。そして皇帝陛下からのご信頼。皇帝府で大臣を拝命している伯爵は格が上がります。血筋も重要です。近い代に皇族からの降嫁があればそれだけで領地差を覆して格が跳ね上がります。それ以外にも派閥の関係、家同士の関係、あるいは人気人望などでも格に差が生じます。当然、これは時期によって変動いたしますから、社交の際はキチンと把握しておかないと大変な事になります。
伯爵までがいわゆる上位貴族です。子爵以下は下位貴族となります。子爵が伯爵に上がるには基本的には伯爵以上との婚姻が必要です。伯爵相当の領地の経営にはかなり大きな魔力を全能神に奉納する必要があります。そのため、大魔力を持つ家と婚姻を結び、貴族の血を濃くする必要があるのです。ただし、そもそも上位貴族の分家の子爵だったり魔力が高いと分かっている場合には婚姻は不要です。
子爵は現在は五百家ほどある筈です。それだけあるのですから子爵と言っても千差万別で、伯爵に匹敵する程の領地の持ち主から、村一つ森一つなどという小領しか持たぬ子爵もいます。子爵の中には殆ど魔力の無い者も少なくありません、その様な場合は魔力が奉納出来ず、地が肥やせません。皇族が帝国全土へ奉納して下さっていますので、全く全能神の加護が無いという事ではございませんが。そのような家はなるべく貴族の血の濃い家との婚姻を急いで有効な奉納が出来るようにしないと、いつまでたっても領地が栄えさせられません。
男爵は貴族社会では最底辺です。なにせ領地がありません。そのため、収入を得る手段が帝宮で官僚として働いて俸禄を貰うしかないのです。そのため、同じく下位貴族と呼ばれながら子爵階級とは大きな差があると見做されています。なにせ平民が大功績を上げると男爵に叙爵されるのです。貴族の血さえ必要条件ではありません。
ただ、男爵という地位は出世し易い地位でもあります。帝宮で官僚として認められれば、出世して子爵に、官僚長にでもなれば伯爵になるのも夢ではありません。勿論、その場合は高位貴族との婚姻が絶対に必要になってきますが(男爵から子爵に上がる時にも、少しでも貴族の血が入っている必要があります)。平民出身の男爵が出世して官僚長になり伯爵になって大臣にまでなった例も過去には本当にあり、伝説として語り継がれています。
最後に騎士です。騎士は貴族なのですが、やや微妙な階位です。というのは、騎士は騎士になる時に「家」を構える必要が無いのです。個人で騎士になれてしまうのです。
ここで「家」について少し説明を致します。家というのは勿論家族の事ですが、貴族でいう「家」とは家名を指します。私であれば「モンベルム伯爵家」という家名です。この家名と紋章を皇帝陛下から認可を頂いて、紋章院に登録する事を「家を立てる」「家を構える」と言います。紋章院に登録されると貴族名簿に載り、その家と家の者達は貴族として認められるのです。
生まれながらの貴族の場合、家の跡を継ぐ場合には登録の必要はありません。既に登録されていますからね。しかしながら跡継ぎで無かった場合、その者はそのままでは貴族名簿に残れず自動的に平民になってしまいます(実家が寛大であれば死ぬまで実家に名を残してくれるでしょうが、普通は兄弟が跡を継いだ時点で家を出されてますね)。それを防ぐには、自分で家を立てるしかない訳です。
しかし、紋章院への登録には階位によって登録費用が発生し、更にその際に紋章院銀行へ階位によって必要額が違う、最小資産を預ける事が必要になります。これは紋章院銀行から融資を行う際の担保になるものです。男爵辺りなら大した額ではありませんが、子爵伯爵ともなればかなりの金額が必要になってきます。おまけに子爵、伯爵には領地も必要です。
侯爵家や勢力の大きな伯爵家であれば、自分の所の領地を名目上分割して「分家」として子供を独立させる手を使います。妃殿下のご実家のカリエンテ侯爵家は妃殿下の次兄と三兄をそれぞれ伯爵、子爵として分家独立させていますね。そういう裕福な家は良いのですが、分ける程の大きな領地が無い場合、そもそもお金もそんなに無い貴族は、長男以外の男子を貴族に残せないという場合が出てきます。
そこで出てくるのが騎士階級です。騎士階級になる条件は、一定以上の魔力があると認められる事です。これをクリアすれば貴族の養子として平民にもなれるそうです。上位貴族の子弟であれば簡単に騎士になれるわけです。そして騎士は登録費用無しで貴族名簿に名前が載り、貴族扱いとなります。個人でなれる上に俸給も出ますし、騎士の寮まであるので生活にも困りません。条件は必ず任務に応じて帝国のために戦う事、そのための訓練をする事だけ。そのため、跡継ぎ以外の上位貴族の子弟で分家が構えられない場合は騎士になる例が非常に多いです。
ただ、そういう子弟の中にも「戦いなんてとんでもない」という方もいらっしゃいます。そういう方や下位貴族の子弟で魔力が必要十分に満たなかった方は男爵位を得て家を立てるしかありません。男爵家を立てる費用はそれほど多くは必要が無いとはいえ、貧乏な子爵男爵辺りでは用意出来無い場合もあるようで、家が立てられなかった場合は貴族身分を持ちながらも、泣く泣く平民として家を立てるしかなくなります。そういう平民落ちした元貴族は平民の中でも特殊な扱いになり、その子孫は帝宮の下働きや官公庁への物資の納入販売のために帝宮への出入りが許されます。ちなみに平民落ちはしても貴族身分を持っている場合、お金さえあればいつでも家を立てる事が出来ますので、平民として儲けて男爵に返り咲く場合もあります。
騎士は害獣退治、山賊退治を始めとした各種任務がありますから、活躍の機会が多く、勲章を受勲するほどの活躍を続ければ子爵になるのもそれほど難しくは無いと聞いています。騎士には魔力が必要ですから既に貴族の血が濃い訳で、婚姻さえ必要ではありません。騎士団長ともなれば伯爵になります。ただ、騎士になった場合、その者一代に限りですが、例え伯爵になっても有事には剣を持って戦わなければなりません。騎士は一生騎士なのです。
さて、ここまで貴族の階位を見てきましたが、実は貴族の身分を持っていながらこれらの階位に含まれない者もいます。つまり家は立てられないけど貴族身分は持っている者達です。
貴族身分を持つ条件とは「成人のお披露目を受け、皇帝陛下から指輪を授かった者」です。つまり十三歳まで貴族身分で育ち、お披露目を受け(皇帝陛下から直接指輪を頂くのは子爵以上ですが、騎士も男爵も指輪は頂けます)指輪を授かればその者は例え家が立てられなくて平民落ちしても貴族身分です。貴族身分があれば帝宮に出入り出来ますし、お金さえあればいつでも貴族の家を新たに立てることが出来ます。
そういう貴族身分持ちには帝宮で働くという道があります。中でもきちんとした教育を受けている場合には、帝宮で侍従や侍女として働く事が出来ます。特に自分では家が立てられない貴族婦人にとっては、帝宮の侍女になる事は結婚以外で貴族身分を維持する数少ない手段です。他ならぬ私も伯爵家の四女として生まれ、成人と同時に帝宮に入って侍女になりました。そういう風にして侍女になった者は帝宮に何百人と働いております。侍従、侍女は貴族身分は持っていますが家を立てられないので貴族名簿には載りませんから貴族としては扱われません。
しかし侍従、侍女が長年働いたり、主人である皇族の方々に信頼されると、家を立てる事が認められる場合があります。私も皇妃陛下に長年の忠誠を認められ、モンベルム伯爵夫人の称号と領地を授けられました。私はその上で実家と相談して子爵家から婿を取り、新たに伯爵家を立てたのです。流石に伯爵位を授けられるのは非常に稀な事ですが、侍女が皇族の方々から「夫人」の称号を授かって自ら家を立てる事はそれほど珍しくはありません。「夫人」の称号を授かるのは侍女出身でもなければほとんどあり得ない事です。そのため、上位貴族の令嬢で、意に添わぬかなり下位との婚姻しか望めない場合は帝宮の侍女になり、自ら家を立てる事を目指す事が多いですね。
これはごくごく稀でほとんど無い事なのですが、フェリアーネ様のように皇帝陛下を始めとした皇族の方に気に入られ、愛人、更には正式に公妾となる場合もあります。これに憧れて帝宮の侍女を目指す者も少なくありません。ですが、まぁ、皇族の方々は身持ちがしっかりしている方が多いですから、私は新人には無駄な夢は見ないようにといつも言っておりますよ。特にセルミアーネ様は色目を使う侍女は直ぐに遠ざけられます。ラルフシーヌ様に見つかったらその侍女の命が危ないですからね。
侍従と侍女は同じ場所で仕事をしているから、恋愛関係になって結婚に至る場合がかなりあります。この時にどちらかの実家が認めれば家を立ててもらい、貴族として結婚出来ますが、そうでない場合は貴族身分を持ちながらも平民として家を立てて結婚します。セルミアーネ様の元のお屋敷を守っていらっしゃるハマルとケーメラがそうですね。帝宮の侍従侍女はある程度の年齢になると帝宮を下がって上位貴族のお屋敷で働く事も多いです。帝宮で厳しく教育された侍従侍女は令息令嬢の教育係として上位貴族に人気があります。こういう場合はかなり高給を頂けますし、主人となった貴族に気に入られれば家を立ててもらえる場合もあります。上位貴族の家で働く執事、従僕、侍女はこのように帝宮から引き抜かれる場合と、親戚の子女が行儀見習いとして働く場合、下位貴族で帝宮には入れなかった者が働く場合があります。
これ以外にも神殿の神官や巫女は魔力が必要なので貴族出身です。ですが、神官や巫女になる場合は生まれてすぐに神殿に預けられる場合が多いそうで、貴族の指輪を持っている事は少ないようです。貴族の指輪を持っていれば神官として出世して司祭くらいになると貴族としてそれなりに扱われます。最高司祭は伯爵相当だと聞きますね。
このように一口に貴族と言っても非常に複雑です。これ以外にも例外的な話は幾らでも転がっていますので、私が聞いても変だな?と思う話はたくさんあります。
私が聞いた話の中で一番変だと思った話は、教育費が無いからと田舎に隠された筈の侯爵令嬢が、いつの間にやら立派な皇太子妃になっていた話ですよ。なんですかそれは。田舎に隠された時点で普通はお披露目されませんから、指輪が頂けず貴族にはなれない筈です。セルミアーネ様は騎士だったのですから侯爵令嬢を嫁に娶れる筈がありません。カリエンテ前侯爵は何を考えて娘を騎士などの嫁にしたのでしょう?上位貴族の間に噂が広まったら醜聞にもなりかねない事です。結婚して二年くらいの間、お二人が庶民生活をしてお金を稼ぐために妃殿下が狩人をやっていた事に至っては、最初から最後まで訳が分かりません。どうしてカリエンテ侯爵家が支援しなかったのでしょう?
どこの何をどうしたら現在の妃殿下が出来上がるのか、私には何度事情を伺っても分かりません。
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