閑話 皇太子殿下とお妃様  クルセリム視点

 私はクルセリム・ムイニード。階位は男爵だ。


 皇太子殿下にお仕えして皇太子府で官僚として働いている。元々は現在の皇太子殿下であるセルミアーネ様ではなく、その前に皇太子でいらしたカインブリー殿下にお仕えしていたのだが、殿下のご薨御に伴い、新しく皇太子殿下になられたセルミアーネ様の部下に、そのままなったのである。


 カインブリー様は豪放磊落を絵に描いたような方で、皇帝陛下に体格も性格もよく似ていらした。我々は当初、それまで働いていた役所から推薦を受けてカインブリー様の皇太子府に配属されたのであるが、直ぐにそのお人柄に魅了され、殿下に心酔し絶対の忠誠を誓う様になったのである。


 ところが、そのカインブリー様が突然ご病気になり、明日をも知れぬご容体になってしまった。我々は驚き、何とか回復して頂こうと毎日毎日、全能神と長寿健康の神に祈ったものだ。しかし、殿下は一向に回復せず、皇太子府の機能は停止し、このままでは帝国の皇統が途絶えてしまうと誰もが怖れ慌てていたその時、セルミアーネ様が次期皇太子として我々の前に現れたのである。


 我々は驚いた。セルミアーネ皇子など聞いた事が無かったからだ。何でも皇帝陛下の庶子であり、これまでは騎士として生活をしていらしたという事で、この度の事態を受けて皇族に復帰されたという事であった。


 正直、我々は戸惑った。見も知らぬ皇子にお仕えする事に戸惑ったのだ。しかし、定期的にカインブリー様のお見舞いをしていた官僚の長から「皇太子殿下はセルミアーネ様を宜しく頼むとの仰せだった」と言われ、カインブリー様のおそらくは最期の(非常に認め難い事ではあったが)お願いを叶えるべく、我々はセルミアーネ様にお仕えし始めたのだった。


 セルミアーネ様は髪の色や長身なところはカインブリー様と似ていらっしゃったが、やや細身で、顔立ちは女性のように美麗だった。時に貴族らしからぬほど大声で笑い、部下の肩を平気で叩くなど粗野な部分もあるカインブリー様に対し、物静かで部下に対しても態度が丁寧なセルミアーネ様は全然違うタイプであり、我々は最初は戸惑った。皇太子府の雰囲気がガラッと変わったからである。


 皇太子代理になられたセルミアーネ様はそれまで騎士だったという事で、皇太子業務に関する知識も経験も無かった。書類仕事をほとんどやっていなかったとの事で、印の押し方、サインの仕方も分からない有様だったのだ。それなのに皇太子府の業務は待った無しで押し寄せてくる。正直私はセルミアーネ様にはご同情申し上げたし、同時にこの方が皇太子になってしまって大丈夫なのかと不安にも思ったものである。


 だが、セルミアーネ様は非常に勤勉で、しかも他人に分からない事を聞くことに躊躇が無く、周囲の者にどんどん分からない事を尋ねてはそれを自分の知識にし、驚くべき程の速さで仕事を覚えて行った。私が殿下の長所であると思ったのは集中力と、どんなに仕事が慌ただしくなっても冷静さを失わない事だった。皇太子府には時には緊急の要件が入り、直ぐに決断を下さなければならない事もあるのだが、セルミアーネ様はどんな時も冷静でしかも瞬時に判断を下された。


 皇太子府の面々は、最初はカインブリー様を慕うあまりセルミアーネ様に良い感情を持っているとは言えなかった。セルミアーネ様など聞いた事が無い。本当に皇子なのか?カインブリー様のご病気に付け込んで皇太子の座を乗っ取ろうとしているのでは?などと言う者もあったのだが、セルミアーネ様のお人柄に触れると共にそういう意見は聞こえなくなっていった。


 セルミアーネ様は物静かであったが、武勇には非常に優れていた。皇太子殿下は一日一度、騎士団の訓練に参加する。連絡係としてお供してその様子を見ていればわかるが、剛勇で知られたカインブリー様に勝るとも劣らずセルミアーネ様は強かった。戦いぶりはカインブリー様によく似ていて、血のつながりを感じられたものだ。


 似ているところは部下に対する気の使い方も同じだった。とにかく部下をよく見ているのだ。部下が体調を崩したり、何か困っていたりすれば必ず声を掛け、労わる。ただ、やり方は異なった。カインブリー様は「どうした!二日酔いか!」などと言いながら肩を叩く。セルミアーネ様は「無理をするな」と静かに諭してくださるのだった。


 そうしてセルミアーネ様が皇太子代理となって半年ほど後、ついにカインブリー様が薨去された。皇太子府には激震が走った。何人かは悲しみのあまり卒倒したほどだ。私も泣きに泣いた。官僚の何人かは辞任を申し出たが、ほとんどの者は引き続きセルミアーネ様の所で働く事を選んだ。将来への打算はもちろんあったが、すでにセルミアーネ様が我々の心を掴んでいたからだ。


 そのセルミアーネ様はカインブリー様が亡くなられても涙を流される事は無かった。私はセルミアーネ様はカインブリー様の事を強く慕っていらしたのを知っていたので意外に思ったものである。しかし、セルミアーネ様はポツリとこう呟かれたのだ。


「兄上は、私が泣いても喜ぶまい」


 それを聞いて、私にはセルミアーネ様がカインブリー様の事を本当によく理解し、慕っていたのだなと分かった。確かに、実はあの方は自分のせいで部下が悩んだり悲しんだりすれば気に病むタイプだった。豪放磊落な態度をしていらしたが繊細な所もあったのだ。セルミアーネ様の言葉を聞いて私もカインブリー様の死を嘆くのを止めた。


 立太子され皇太子殿下になられたセルミアーネ様は、その頃には業務にもすっかり慣れ、仕事のやり方に独自色が出てきた。カインブリー様は勤勉とは言えず、仕事を溜め込んでは一気に片付けるタイプだったが、セルミアーネ様は仕事を一つ一つ片付けるタイプだった。反面、一つの事に拘るとなかなか次に取り掛かれないところがあり、一つの案件に引っ掛かって業務が停滞する事があった。そういう時は、その案件を後回しにする事をご提案しなければならなかった。


 ご自分に知識と経験が足りない事を十分にご承知で、実に気軽に「これが分からないのだが」と仰る。上位貴族は名誉を重んずるあまり見栄を張る方も多いのだが、セルミアーネ様にはそういう傾向は皆無だった。教えて差し上げると「ありがとう」と微笑んでお礼を下さる。


 騎士として実務に就かれていたからか、帝都の内外の事情にお詳しく、資料を読んで「これは古い」「これは間違っている」と自ら訂正なさる事があった。その資料に基づいて決められた事があれば、わざわざ皇帝府まで出向いて、皇帝陛下に談判してまで訂正、撤回を求めていた。セルミアーネ様に言わせれば、帝都から一歩も出ないで広大な帝国を統治するなど無理なのであって、平民からの報告を鵜呑みにするだけではなく官僚諸君も実際に帝国の各地へ出向き自分たちで調査を行うべきではないか、と仰っていた。


 私も貴族の端くれ(子爵家の次男)なので帝都を出た事が無く、セルミアーネ様の仰る事がいまいち理解出来なかったのだが、セルミアーネ様が次々と資料を訂正して行くのを見て、確かに届けられた資料のみを見て判断を下す危険性は理解出来た。


 そしてセルミアーネ様は物静かだが、意外と帝国統治について熱い考えを持っているようだという事も分かった。カインブリー様は皇帝陛下のお決めになった事には一度も異議を唱えなかったが、セルミアーネ様は自分の考えと異なる場合は、皇帝陛下に執拗に反対し、実際に陛下に決定を撤回させた事もあった。


 特にセルミアーネ様が立太子当初から拘っていたのは流通についてで、帝国がその広大さの割に貧弱な街道網しか持たず、領地の境での多額の関税や山賊の横行などの要因で流通が滞りがちな事を嘆いていらっしゃった。これは殿下が帝都の市場を何度となく訪れた時や、街道を旅した時に感じた事が元になっていたそうで、ここを改善して流通を活性化して物資が帝国中を安全に自由に行きかう様になれば帝国はもっともっと発展するだろうと仰っていた。


 だが、セルミアーネ様の提案に対して皇帝府の大臣の動きは鈍かったようで、殿下が何度か大臣たちに対して怒っていたのを見た事がある。「皇帝府の大臣達は商業の事を知らな過ぎる」と仰っていた。帝国はその成り立ちからして非常に農業を重視して商業を軽視する傾向があるのだった。結局この問題についてセルミアーネ様が本格的に取り組めるようになったのはずっと後の事になる。


 さて、セルミアーネ様のお妃様。つまり皇太子妃殿下はラルフシーヌ様だった。銀色の髪と金色の瞳を持つ物凄く美しい方で、お出ましになるだけでも周囲の空気が明るくなるような圧倒的な存在感を持つ方だ。


 なんで私がそんな事を知っているのかと言えばお会いした事があるからだ。男爵辺りの下位貴族は普通、皇太子妃殿下とお会いする事など出来ない。実際、カインブリー様の早くに亡くなったお妃様には皇太子府の官僚の誰もお会いした事など無い。


 ところがラルフシーヌ様は何度か皇太子府を訪れたのである。何でも見学がしたいとか、ここにある資料が見たいなどと仰ったそうである。侍女を二人だけ連れて気軽な調子で入ってこられ「皇太子妃ラルフシーヌです。いつも夫を助けて下さってありがとうございます」などとフワリと微笑まれ、我々のする仕事を興味深く見て回り、書庫から資料(帝国内の害獣図鑑だった)を出してきて目を輝かせて読まれていた。


 非常に気安い雰囲気で、我々皇太子府の官僚は概ね好感を抱いた。その明るい雰囲気がカインブリー様を思わせた事もある。セルミアーネ様がラルフシーヌ様を溺愛されている事は見ていれば明白で、セルミアーネ様の表情はいつもより柔らかく、妃殿下がいる時にはそのお側をまったく離れなかった。


 だが、ラルフシーヌ様がお出ましになるのは皇太子府だけでは無かった。セルミアーネ様は一日に一度騎士の訓練に参加されるのだが、何とその騎士の訓練場にもラルフシーヌ様が見学に現れたのである。しかも驚くべきことに、私が目撃したそれが最初なのでは無かったようである。騎士の誰もがラルフシーヌ様を見ても何も驚いていなかったのだ。


 ラルフシーヌ様は紫色のドレスを身に纏い、華麗な宝飾品で身を飾るという優美な格好をしながら、むさくるしい騎士たちが吠え声をあげつつ剣を撃ち合う訓練風景を楽しそうに微笑みながら眺めていた。椅子に座り、手を膝の上に行儀良く重ねてはいたが、その手がピクッ、ピクッと動いていて、目が輝きつつキョロキョロと動いている。ラルフシーヌ様に日傘を差し掛ける侍女やラルフシーヌ様の横に立っている騎士団長などは完全に呆れ顔で、セルミアーネ様も困った顔をしていらっしゃったが、これ以降も私はたまにしかセルミアーネ様のお供をしないのに、何度かラルフシーヌ様を見掛けた。


 セルミアーネ様は他の部署から上がって来る案件以外に、たまに自分でどこからか案件を持って来て私達官僚に処理や準備を依頼する事があった。例えばどこかの領地に山賊が現れ困っているので、騎士団派遣を依頼するとか、領地同士の諍いが発生しているので仲裁のためにその領主たちを招いて話を聞くための夜会の開催準備だとか、跡継ぎのいない貴族への養子の斡旋をどこそこの貴族に頼んで欲しいなど、非常に細々した案件が多く、そんな案件をどこから持ってくるのかと思っていたのだが、セルミアーネ様が言うにはそれらはラルフシーヌ様が社交で聞いた要望や意見を自分で検討した後、セルミアーネ様に処理してくれるよう要望してきたものなのだという。


 何でもラルフシーヌ様は面倒見が良く、下の者からの要望をしっかり受け止めるタイプなのだそうだ。皇太子妃には政治権限がほとんど無いので、受けた要望は夫のセルミアーネ様に伝えるしか無いのだが、そのセルミアーネ様はどんなに忙しくてもラルフシーヌ様から受けた要望は最優先で決裁した。放置などしたらラルフシーヌ様が怒るから、と仰っていた。私は失笑しかけたが、殿下の目が思いの他真剣だったので口をつぐんだ。


 そんなある時、またラルフシーヌ様案件だという事で、私にセルミアーネ様が一つの案件の処理を依頼して来た。皇族資産からの融資依頼である。


 それはサラマイト子爵という小さな領主が困窮しているので、何とか助けられないかとその本家筋であるコーライト伯爵夫人がラルフシーヌ様にお願いしてきたという話だった。ラルフシーヌ様はその話に同情されて、セルミアーネ様にお願いをしてきたのだという。


 こうした場合、本来は帝国の貴族向けの融資機関である紋章院銀行があるのでそこからの融資を受けるのが筋である。しかしながら紋章院銀行の融資には結構な額の利子が発生する。なので既に困窮しているのであれば、融資を受けるのは難しだろう。それが分かっているからサラマイト子爵は正規のルートでない融資先を探していたのだと思われる。


 皇族資産からの融資というのは皇帝陛下のお慈悲により皇族の資産から貸し付けるもので、利子が無い。ただ、この融資は本来は大貴族が領地で公共事業を行ったり、隣国から侵攻を受けた時の復興費用にするために融資を受けるためにあるものだ。ただ、歴代の皇帝陛下が愛人に貢ぐために使ったり、お気に入りの側近の領地整備のために融資するために使ったりと私的に使う場合も多かったため、今回の場合に使っても問題があるとまでは言えない。ただ、私は何か引っ掛かるものを感じた。


 私はとりあえず案件を保留にした。そしてセルミアーネ様に相談の上、紋章院に向かった。紋章院は帝国中の貴族の様々な記録を扱っている部署である。機密情報だらけなので普通の官僚は入る事すら許されないが、皇太子府の官僚であれば話は別である。ただし厚い扉で区切られたその区画に入れば、傍にぴったりと紋章院の官僚が付き、勝手な行動は許されない。私はサラマイト子爵とコーライト伯爵の記録、特に資産の動向についての記録を出してくれるよう依頼した。もちろん、セルミアーネ様の委任状を出してだ。紋章院は紋章院銀行を管理しているので、帝国貴族の資産の流れを把握している。普通の帝国貴族は余程の理由が無い限り、資産を紋章院銀行に預けるものだからだ。もちろんそんな記録は皇族以外には閲覧出来ないが。


 調べてみると私の勘は当たっていた。サラマイト子爵が困窮しているのはその通りだったが、コーライト伯爵はかなりの資産を有しており、サラマイト子爵に十分融資を行える資産状況だったのだ。これはおかしなことだ。自分で融資が出来る状況なのに行わず、皇族の慈悲にすがろうとするなど。私は皇太子府に戻ってセルミアーネ様に報告をした。


「どう思う?」


 セルミアーネ様は少し眉を顰めながらお尋ねになった。


「要するにコーライト伯爵は自分の資産でサラマイト子爵を助けるのをケチったという事でございましょう。金には汚い伯爵だと以前聞いた事があります」


 それが私の引っ掛かりの原因だった。私も下位貴族の社交に出る事があり、その際に耳にした噂だった。


「なるほど。それにしても、なぜラルフシーヌに依頼してきたのだろうな?」


 言いながら目が鋭くなっている。多分、理由は殿下にも分かっているのだろう。


「皇太子妃殿下が下の者にお優しいのを知って、妃殿下を欺いたのでしょう」


 セルミアーネ様の表情がふっと消えた。私は背筋がゾクッと震えた。セルミアーネ様の切れ長の瞳が名状しがたい輝きを放っている。私が初めて見たセルミアーネ様の怒りの表情だった。


「・・・ラルフシーヌは優しい。彼女が下の者に優しいのは美徳だ。その彼女を欺き、彼女を傷付ける者は許せないな」


 平坦な声だった。私は思わず姿勢を正しながら言った。


「そ、その通りです!」


「報いを受けて貰わなければなるまいな」


 そしてセルミアーネ様はニヤーっと笑った。それはそれは恐ろしい笑顔だった。私はそのお顔を見て、セルミアーネ様に対する認識を新たにした。この方はお優しいだけの方ではけして無いと。


 程無くしてサラマイト子爵に対する皇族資産からの融資の許可が出て、サラマイト子爵は民間からの借金を返済して困窮を脱したようだった。皇太子府には子爵からのお礼の書簡が届き、それを見せたらラルフシーヌ様は嬉しそうにしていらしたとセルミアーネ様が仰っていた。


 同時期に、コーライト伯爵の元に一つの命が届いていた。


 それは帝国軍がコーライト伯爵の領地で演習を行うので、対応の準備をするようにとの命令だった。皇太子セルミアーネ殿下自ら騎士団他を率いてコーライト伯爵領に赴き、大規模な軍事演習を行うというのである。このような演習は良く行われる事で、けして珍しい事では無いが、直轄地以外の場所で行われる事はあまり無い事だった。理由としては今回はコーライト伯爵領にある珍しい岩山地帯を使いたいということになっていた。


 コーライト伯爵は驚いただろうが、皇太子殿下自ら率いる軍の演習を引き受けるのは名誉な事でもあるので、伯爵は謹んで命令を受けた。


 一カ月後、セルミアーネ様は三万もの軍勢を率いて当地に到着した。出迎えのために領地に赴いていたコーライト伯爵はその軍勢の数を見て仰天したらしい。何しろ遠征軍に匹敵する規模の大軍勢だ。セルミアーネ様は今回は法主国軍が攻めて来た時のための予習の機会にしたいとして、遠征軍を編成するのと同じく兵士を招集する事までしたのである。実際にこれは後に法主国軍が本当に侵攻してきた時に、迅速に招集を行うことが出来て役に立ったので、殿下が嘘を言った訳では無い。


 そして遠征軍は当地で実戦演習を行った。・・・一カ月に渡って。


 セルミアーネ様曰く、自分には大軍を指揮した経験が無いので、様々な戦術を入念に確認する必要があったとの事で、これも別に嘘ではない。後の侵攻時にセルミアーネ様は実に見事に帝国軍を指揮されて法主国軍を撃ち破ったと聞いているので、この演習は本当に役に立ったのだろう。


 問題はこういう場合、演習が行われている領地の領主が帝国軍の糧食や滞在場所を負担するのが慣例だ、という事である。つまりコーライト伯爵は一カ月に渡って三万もの帝国軍の滞在費用の負担を強いられたのだ。


 コーライト伯爵領の総人口は十五万人くらいである。そこにその五分の一もの帝国軍が一カ月に渡って居座ったのだ。これは酷い。セルミアーネ様は伯爵の現地屋敷に滞在し、毎日毎日夜会を開かせる事までしたという。ちなみにセルミアーネ様は酒を水のように吞んでしまう大酒豪だ。この時は伯爵屋敷の酒蔵を空にするまで吞んだらしい。


 コーライト伯爵としては抗議の声を上げたいところだっただろうが、セルミアーネ様はそれとなく先の融資の件を持ち出し、伯爵の資産詐称を知っている事を匂わせ、皇太子妃に対する詐欺ではないか?と詐欺ならば罪に問わねばならないな?と脅して黙らせたそうな。


 結局、帝国軍が引き上げた頃にはコーライト伯爵の資産は大幅に目減りしたらしい。それでもコーライト伯爵の資産からすれば破産まではいかないくらいに抑えたのだとセルミアーネ様は嘯いていた。本当だろうか。後で社交で聞いたところではコーライト伯爵はすっかり大人しくなり、下位貴族の間では何があったのかと不思議がられていた。


 この一件で私は、セルミアーネ様はラルフシーヌ様のためなら手段を選ばない事と、意外に策士であるという事の二つを知ったのだった。この二つについては、私がそれ以降長くセルミアーネ様にお仕えする間、ずっと気に留めていなければならなかった。何しろ二つが結びつき、更にラルフシーヌ様の暴走まで絡んだ時には大変な事になると後に思い知ったからである。

 

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