四十一話 竜と戦うために

 マルロールド公爵夫人自殺の顛末はこうだ。


 先日、皇帝陛下の処刑命令が出され、明日にも刑場(帝宮内にあるらしい)に引き出されて首を跳ねられる予定だった公爵夫人は、その日侍女を通じてこう願い出たそうだ。


「処刑前に全能神に告解と人生への感謝の祈りを捧げたい」


 理解出来ない願いではない。死に臨む時、人なら誰でも神に縋りたくなるだろう。それを聞いたマルロールド公爵は、妻の願いを叶えてやる事に決め、屋敷を警備している騎士に相談の上で夫人を部屋から出し、礼拝堂まで数人の騎士が囲んで連れて行った。


 もちろん、逃亡や自殺は非常に警戒していた。だが、まさか礼拝堂で生命力を振り絞って死ぬとは予想外だったらしい。なぜか。普通は無理だからだ。


 魔力分以上の生命力を放出する事は、普通は出来ない。魔力以上の生命力を放出するには苦痛が伴うらしい。セルミアーネは一度、奉納を頑張り過ぎて自分の生命力にまで触れてしまい、苦痛のあまり気を失った事があるそうだ。セルミアーネでさえ昏倒する苦痛なのだ。普通は我慢出来ないのである。


 しかし公爵夫人はやってのけた。実家の侯爵家か皇族が残した秘密のやり方があったのかも知れないという話だった。大図書館には魔力の扱いについての秘伝が書き記された本もあるらしく、そこに記してあったのかも知れない。あるいは公爵夫人に意外と根性があり、気合いだけでやり切ったのかも知れない。何しろ幽閉以来、気が触れたようになり、私への怨み言を延々呟いていたらしいから、怨みの力で苦痛を乗り越えたのかも知れない。


 いずれにせよ理由は分からないが公爵夫人は出来ない筈の事をやってのけ、護衛の騎士が異常に気が付いた時には手遅れだった。公爵夫人は物凄い形相で生命力を何もかも奉納し、事切れた。倒れ臥した瞬間、全身が溶け黒い液体と化したというのだから尋常な死に方ではない。生命力を完全に失うと身体さえ人の形を保てなくなるらしい。


 護衛の騎士から公爵夫人の死に様を聞いたマルロールド公爵は事態の深刻さに即座に気が付き、書面に顛末をまとめて皇帝陛下に届けさせたのだそうだ。マルロールド公爵は陛下から自裁を命じられていたが、一族全員の処分を見届けてから死のうと思ってまだ生きていた。それがこの事件であるから、絶望のあまり憤死しかねない有様だったそうだ。


 マルロールド公爵邸は元々離宮の一つである。場合によっては内宮になる可能性もある建物であるから、立派な礼拝堂が付属していた。この礼拝堂から奉納出来るのは基本的には直轄地で、公爵が入った場合は祭壇に領地の印を供えると領地に遠隔奉納出来るようになるらしい。


 しかしながらマルロールド公爵は領地を没収されていて、その時に印を返上している。そのため今、公爵邸の礼拝所で全能神に奉納すると、直轄地の地力が上がる事になるだろうとの事。


 普通なら直轄地は広く、魔力は常に不足気味なので、魔力の奉納は大歓迎なのだが、私が皇太子妃として奉納し始めてからは奉納過剰気味なのだという。私の魔力がどうやら非常に多いからである。自分では分からないのだがどうやらそうらしい。


 皇帝陛下はギリギリのラインを見極めて奉納していらっしゃっていたそうだ。多ければ多いほど地力が満ちて耕地も森も肥えるが、多過ぎると神獣化が起こってしまうからだ。そのため、そこに通常の五十倍もの魔力が奉納されれば、神獣が出るのはほぼ間違い無いと考えられた。


 どんな神獣が出るかは分からない。歴史上いろいろな動物が神獣化して町や村を襲ったらしいので。しかしその中でも伝説上の神獣がいくつかいて、それが大神獣と呼ばれている。


 神獣化は普通は動物がそのまま異様に巨大化するだけであるが、稀に元の動物とは似ても似つかぬ姿に変態する事があるらしい。もしくは元の生き物などおらず、地力がそのまま生き物の姿を取るのだとも。とにかく何の生き物だか分からない、生き物とも思えない、とんでもない神獣。それが大神獣だ。


 例えば、火の鳥と呼ばれる大神獣は、全身が炎で包まれた翼長二十メートルにもなるという鳥で、しかもその口から炎を吐くとうめちゃくちゃな生き物である。これが百年くらい前にどこかの領地で出た時には火の鳥の消滅までに三つの町が灰燼と化したらしい。


 あるいは三百年前に出た大白虎と言われる体長が十メートルもあったという巨大な白い猫っぽい猛獣は、騎士団の方陣を片手で跳ね飛ばし、城壁都市に乱入して火を吐き破壊の限りを尽くしたそうだ。神獣化したキンググリズリーの攻撃を跳ね返した騎士の方陣でも防げない攻撃ってどういう威力なんだろう。


 城亀と呼ばれた体長三十メートルというもはや建造物レベルの大きさの亀は、その図体でありながら一日に数十キロメートルを移動し、その間にあるものは何もかも踏み潰し蹂躙する。おまけにこいつも火を吐く。二百年ほど前に出現した時には、南部にあった侯爵領一つを完全に壊滅させ、砂漠にしてしまった。未だにその砂漠が回復しきれていないのだという。


 そして、大神獣の中でもっとも出現例が多いのが竜である。出現例が多いからといって軽々しく扱えるような存在では無論無い。むしろ出現例の多さから最もよく知られ恐れられている大神獣である。


 見た目は大きなトカゲだが、大きさが頭の先から尻尾の先まで二十メートルくらいもある。そして背中には大きな翼が生え、なんと空を飛ぶ。頭には二本の大きなツノまで生えている。明らかにトカゲではない。


 空を飛んでやってくると、火を吐いて町や村を焼き尽くす。なぜだか知らないが。大神獣は必ず人家を襲うのだ。別に人を食べるところは目撃されていないので、食料を求めての事では無いらしい。大神獣が大暴れするとその地域の地力が激減し、回復するのが大変らしいのだが、これが人家を襲う事と何か関係があるのではないかと言われている。人が住んだり耕したりすると地力が僅かに増えるらしいので、回復させないために人を減らしたがるのではないかというのだ。


 竜は何度も現れた事があるので、騎士団ほか領地の私兵などが何度も戦った事があるのだという。私も故郷で吟遊詩人から竜殺しの狩人の話を聞いて竜の事を知ったのだ。では竜は討伐可能なのかというと、どうやらここ数百年で確実に討伐されたと確認できる例は無いらしい。いくつもある竜殺しの伝説は嘘。空想話だろうとのこと。


 何しろ大白虎と同じで騎士団の攻撃は通じず、竜の攻撃は騎士団の方陣を崩したとのこと。おまけに竜は飛んで火を吐くから、まともに攻撃出来た例の方が少ない。攻撃力は圧倒的で、一つの街を半日で灰にした例もある。


 結論として、大神獣が出たら逃げる、隠れる、やり過ごす以外の方法は無いのだとのこと。大神獣はその身に取り込んだ地力を使い果たせば消滅するので、それを待つしか無いのだという。


 私の性格的にも狩人としてのプライド的にもそんな消極的な方法は嫌だが、実際問題として大神獣に対する有効な攻撃方法を知っている訳でも無いのでは異議も唱え難い。御前会議では調査のために直轄地各地に兵を派遣し、早急に大神獣を発見すること、各領主に最大限の警戒を呼び掛けることだけが決まった。


 大神獣が出なければ良し。出たら迅速に襲われそうな町や村から民衆を避難させる。逃げ回って消滅を待つのだ。


 私は消極的過ぎる作戦に不満ではあるが、黙っていた。しかし離宮に帰るとセルミアーネに念を押されてしまった。


「ラル。絶対に神獣を追い掛けに出てはダメだからね」


「・・・私、そんなに無鉄砲に見える?」


「見える。会議中も神獣の説明を聞く度にウズウズしてたし、消滅を待つ事になったら物凄く不満そうな顔をしていたじゃないか。絶対に飛び出して行ったらダメだよ」


 分かってるわよ。流石に皇太子妃かつ半年後には皇妃になる身で、しかも一児の母なんだから、身一つで飛び出しては行けない事ぐらい。まして大神獣の位置も分からず勝てる算段も無いのに飛び出しても仕方が無い。だから言われるまでもなく飛び出して行く気は無い。


 だがしかし、私は気になってセルミアーネに聞いてみた。


「でも、ミア。やり過ごすのは良いんだけどさ」


「うん?」


「帝都が襲われてもやり過ごすの?」


 セルミアーネが絶句した。え?もしかして考えて無かった?その顔はそんな事はあり得ないと思ってた顔だよね。でも、帝都で過剰魔力の奉納が行われたんだったら、短絡的に考えたら大神獣は帝都を襲うんじゃ無いかしら。


 セルミアーネ曰く、帝都が大神獣に襲われた事は歴史上一度も無いらしい。ただ、過去には十万人規模の侯爵領の領都が襲われた事もあるので、帝都が襲われても何の不思議も無いそうだ。だがしかし皇帝陛下もセルミアーネも、これまで帝都は無事だったのだから今回も無事なのでは無いかと漠然と考えていたらしい。帝都は全能神のご加護が厚い都市だという思い込みもあるのだろう。


「確かにその可能性は考えておくべきだね」


「流石に帝都からは逃げられないよね!じゃぁ、戦うしか無いじゃない!」


 私が思わず目を輝かせると、セルミアーネが頭が痛そうな顔で首を横に振った。


「いや、戦いになるわけが無い。その時は帝国が滅びる時だよ」



 各地に兵が派遣され、調査が行われたが、半月程は何の音沙汰も無かった。大神獣が必ず出るとは限らない、もしかしたら公爵夫人の奉納した魔力はそんなに多く無かったのかもしれない、もしかしたら違う神に奉納したのでは?などという予測もされた。


 公爵夫人が死んで一週間後。マルロールド公爵が処刑された。皇帝陛下は判決を変えるつもりは無かったそうだが、マルロールド公爵本人が「度重なる不祥事を妻が起こしたのに、陛下の慈悲に甘える訳にはいかない」と泣きながら処刑を願ったのだそうだ。上位貴族の間にも示しが付かないと処刑を求める意見も強く、結局皇帝陛下も処刑を命じるしか無かったのだ。これでマルロールド公爵家は消滅し、事件の問題は公爵夫人の置き土産だけになった。


 そして公爵夫人の死から一ヶ月。季節は夏から秋になりつつあった。ここまで大きな異変も無い。私は即位式に向けての準備が佳境に入った事もあり、正直、大神獣が出るかもしれないという話は忘れかけていた。皇帝陛下もセルミアーネも、取り越し苦労で済んだか、とやや安心し始めていたそうだ。


 しかし、それはある日突然起こったのである。


 私はその時、離宮区画でお茶会をしていた。上位貴族夫人七名とのお茶会で、ヴェルマリアお姉様もいらっしゃった。和やかにお話ししていたら、不意に「ドーン」と遠雷のような音が聞こえたのである。


「あら?何かしら?」


 ヴェルマリアお姉様が言ったので私の聞き違いでは無いようだ。


「雷、とは違うような・・・」


「何でしょう?」


 ご婦人方は不思議がったが。正体の分からない事を気にしても仕方が無いと、お茶会に戻った。私も晴れでも雷は鳴るものだしね、とあまり気にせずお茶を飲んでいた。


 そしてお茶会を終えて離宮に戻り、執務用の少しキチッとした服に着替えて皇帝府に行くと、大騒ぎになっていたのだった。皇帝府には既に両陛下とセルミアーネがいて、青い顔をしていた。驚く私にセルミアーネは「最悪の予想が当たった」と言った。


「竜が帝都の西部に現れた」


 何と恐れていた通り大神獣である竜が、帝都の西部、城壁を襲ったのだという。そして城壁を体当たりで吹っ飛ばし、帝都に侵入して炎を吐き、近辺を焼いたが、何故かそこから帝都内部を突き進む事なく帰って行ったのだという。


 おそらく私がお茶会の時に聞いた遠雷は、竜が城壁を吹っ飛ばした時の音だったのだろう。


 被害は甚大で。帝都を守る大城壁は竜の体当たりによって大穴が開き、炎を叩きつけられたその辺りは大火事になっているという。ただ、幸いな事に帝都西部は数十年前に城壁を大規模に広げた区域で、まだあまり人が住んで居なかった所であり、真昼間で帝都中心部の工房や商店に出勤している人も多かっただろうから人的被害は少ないのではないかとの事だった。これが下町が密集している南東部だったらこんなものでは済まなかっただろうという。


 急いで兵士を派遣して消火と被害者の救出に当たらせているが、何しろ竜がいつ戻って来るか知れたものではない。ビクビクしつつの作業になるので遅々として進まないのだとか。大変じゃ無いの!うかうかしていたら人口密集地にまで火が及んで来てしまうかも知れない。一刻を争う事態だ。


 私は提案した。


「兵士たちを安心させるために、現場の警備に騎士団を派遣してはどうでしょう。騎士団がいてくれれば幾分かは竜への恐怖が薄れるでしょう?」


 兵士たちは騎士団の強さを良く知っているからその信頼感は絶大だ。しかしセルミアーネは首を横に振った。


「それは、ダメだ。他の場所に竜が現れた時の対応のために、騎士団は動かせない」


「現在最優先すべきは現場の消火と救出では無いですか。他に出たらそれはその時考えれば良いのです。それと、帝宮の侍女や侍従で精霊魔法が使える者を消火救出に当たらせましょう」


「何だって?」


 帝宮の侍女の中で魔力のあるものは、水を操る魔法が使える者がいる。何度か見たが、かなりの量の水を運べる様だった。あれなら火事の消化に役立つのではないか。


「とにかく、今は消火と救出に全力を尽くすべきです」


 私が強く主張した結果、騎士団の派遣は認められたが、侍女たちの派遣は、侍女達にはそんな大きな魔法は魔力が足りなくて何度も使えないとの事で却下された。むぅ、なら魔力の多い私が行って大魔法を使えば・・・。まぁ、使った事も無いのに無理だよね。


 騎士団が城壁で竜を警戒している事に安心した兵士たちは漸く安心して消火救出活動に従事出来るようになり、夜半には何とか消火に成功したようだ。まだあまり建物が無かったのが幸いした。これが建物が密集している区域であったら・・・。


 私はベックたち私の側近を呼び寄せた。彼らは帝都市街に住んでいる。帝都の状況を知るにはもってこいだ。案の定帝都は大騒ぎになっているそうだ。夜だというのに街路には帝都を逃げ出そうとする連中が溢れているらしい。ただ、逃げる当てのある者は良いが逃げる場所が無い者の方が多い。彼らは混乱し、絶望し、パニックに陥りつつあるそうだ。それは困る。混乱が大きくなり、暴動が起これば、竜の対処に集中出来なくなってしまう。


 私は皇帝陛下とセルミアーネの許可をもらい、帝宮の塔に上った。夜なので松明を何本も立てさせ、侍女に光の精霊魔法を使ってもらい塔の周囲に光を舞わせ、注目を集める。


 何事かと驚く帝都の市民に向け、私は語りかけた。風の精霊魔法を使ってもらい、私の声を増幅して市民に聞こえるようにした。そのために魔法が使える帝宮の侍女を何人か連れてきていた。朝の抜け出しの時にこっそり魔法を使って楽をしていた侍女を覚えていたので指名して呼び出したのだ。


「皆、落ち着きなさい。私は皇太子妃ラルフシーヌ。全能神の愛し子にして、この世における全能神の代理人たる皇帝陛下の代わりとして、皆に伝えます」


 皇太子妃が帝都市民の前に現れる事など滅多に無いし、語りかけることなど皆無だっただろう。市民は驚き、何事かと注目してくれた。私は塔から身を乗り出すようにして、より私の姿が市民から見えるようにした。着てきたドレスは夜でも見えるように明るい黄色。注目を集め、混乱を忘れさせてパニックを収めるのが目的だ。光の精霊を身にまとわりつかせ、松明の光も浴びる私は過去最高に目立っているだろう。


「全能神と皇帝陛下が必ず皆を守ります。帝国無敵の騎士団が、帝都を守ります。あなた達は何も心配することはありません!」


 大嘘である。しかしながら嘘も方便。とにかく市民を安心させなければならない。見ていると、眼下で動く市民の動きが段々少なくなり、パニックが収まって行くのが分かった。よしよし。


「帝都には全能神のご加護があります。邪悪な竜などに全能神のご加護が破れる筈がありません。皆、全能神に祈りを捧げましょう。天にまします全能神よ。我の願いを聞き届けたまえ。我の願いを叶えたまえ。帝都を邪悪な竜より守り賜え。帝都に平安を与えたまえ。神よ、帝国を救いたまえ」


 私が祈ると、市民が次々と跪き、神に祈り始めた。すっかり混乱が収まったのを見て取った私は続けて言った。


「市民の皆に告げます。これから帝宮の門を開きます。希望する者は帝宮の中に避難しなさい。ただし、荷物の持ち込みは認めません。身一つで避難する者のみを受け入れます。食料は支給しますが、酒はありませんよ?それで良ければどうぞ」


 歓声と笑い声が起こる。私が手を振ると、「帝国万歳」「皇太子妃万歳」の声が起こった。もう大丈夫だろう。私は急いで塔を降りた。勝手に約束してしまった帝宮への避難民受け入れを手配しなければならない。


 セルミアーネにお願いする。


「身一つで逃げられるのは、財産の無い庶民だけだから。それほどは来ないわ。食料は備蓄があるはずよね」


 勝手に約束して来た私にセルミアーネは頭の痛そうな顔をしていた。私は説得する。


「そういう財産を持たない庶民の方がパニックになり易いから戦う時に邪魔よ。隔離した方が良いわ」


 セルミアーネは一応納得して受け入れ準備を官僚や兵士に手配してくれた。帝宮は広いので、避難民を数日置いておく事ぐらいは出来るだろう。


 いざとなれば帝宮の中に身一つで逃げられる、と帝都市民が思えることが大事なのだ。竜が襲来した時に逃げ場を失ってパニックにならないし、帝国はいよいよという時には帝宮に保護して守ってくれると市民が考えてくれれば暴動も起こるまい。


 結局、帝都市民の二万人ほどが帝宮に避難してきた。思ったより少ないが、やはり少しでも財産がある者は避難しにくいのだろう。実際にまた竜の襲撃があれば増えるに違いない。しかしながら帝都の混乱は収まったようだ。足下が騒いでいたらまともに戦えない。


 帝宮に市民を避難させる事について、貴族である官僚は理解出来ないという顔をしていたが、私は構わなかった。大事なのは竜に勝つことだ。


 だが、竜に勝とうと思っているのは私だけのようだ。真夜中に開催された御前会議は沈痛な空気に包まれていた。私は憤慨した。


「帝都から逃げる訳にはいかないのですから、戦うしか無いでしょう!いい加減皆様覚悟を決められませ!」


「しかしですな、妃殿下。竜に勝てる筈がございません。ここは一時、皇族方々と上位貴族は帝都から避難した方が」


 私は本気で怒った。


「民を見捨てて逃げようとは、それでもあなた達は誇りある帝国貴族なのですか!恥を知りなさい!」


 目を赤く光らせて吠える私に大臣達が仰反る。


「全能神と地を繋ぎ豊穣を齎すのが皇族の役目であり、帝国を運営するのが貴族の役目であっても、国を形作るのは民です。国民です。それを捨てては国が成り立たなくなります。ましてここは全能神との約束の地、帝都ではありませんか。ここを捨てなどしたら全能神はきっと我々にご加護を下さらなくなるでしょう」


 私の熱弁に皇帝陛下も頷いて下さった。


「確かにそうだな。私は皇帝として流石に帝都は捨てられぬ。帝都の民もな。勝ち目は無くても戦わねばならぬ時はある」


 流石は皇帝陛下。私は嬉しくなった。


「大丈夫です。陛下。竜も生き物なれば必ず倒せます。私が倒します!」


「本音が出ておるぞ」


 皇帝陛下が苦笑したが構わない。そう。帝都の民を守りたいのも本当だが、何よりもあんな巨大な獲物を前にして戦わずして逃げるなど私の狩人の誇りが許さない。それに何しろ伝説上の大神獣なのだ。そうそう出現されても困る代物なれば、今後もう出くわさない可能性の方が高いだろう。千載一遇のチャンス。こんな機会を逃してなるものか。


 だがしかし、竜の攻撃力、防御力が圧倒的なのは確かなのだ。何か方法を考えなければなるまい。ただ闇雲に突っ込むのは賢い狩人のやる事では無い。狩人は獲物の動きを読み、先に動き、罠に嵌め、そして完全に優位な状況を作って獲物を仕留めるのだ。竜を狩る方法を何か・・・。私は考え、ふと、昔セルミアーネが言った事を思い出したのだ。


「み・・・皇太子殿下。殿下は昔、竜を狩るには魔法が必要だと仰いましたよね?」


 私が問うと、セルミアーネは驚いた様子を見せた。


「良く覚えていたな・・・。おとぎ話に近いが、初代皇帝は竜を倒したという伝説があるんだ。その伝説には竜を魔法で倒した、という話があった。真偽のほどは定かでは無いけど」


 むむむ、いや、それは大ヒントなのでは。竜を倒した初代皇帝は魔法を使った。本当か嘘か分からないとはいえ、何しろ貴重な討伐成功の証言だ。おまけに恐らくここ何百年かは誰も魔法を使って竜と戦っていないと思われる。試してみる価値はあるのではないか。


 ただ、戦ったのは全能神から魔力を授けられた初代皇帝だ。魔力は、初代皇帝の血をなるべく濃く継いでいた方が多くなる(後天的に多くなる場合もあるようだが)。という事は祖である初代皇帝は最も多い魔力を誇っていた事だろう。その初代皇帝が使った魔法なのだから、帝宮の侍女が使っているような小魔法では無く、もっととんでもない大魔法だっただろうと思われる。竜を倒すためには初代皇帝陛下とは言わなくても、もっと強い魔法が使える魔力を沢山持った者に魔法を使わせる必要があるだろう。


 ・・・方法は一つしかない。


「高位貴族に戦闘に参加してもらいましょう」


「は?」


 皇帝陛下、皇妃陛下、セルミアーネを始め、出席者が目を丸くした。


「竜を倒すには大魔力が必要です。大きな魔力を持つ高位貴族に魔法を使ってもらいます」


「ま、待って下され妃殿下!た、戦うと言っても、上位貴族は戦う訓練などした事がありませんぞ!」


 私は考えをまとめつつ言った。


「勿論、剣を持って戦うのは騎士の仕事です。高位貴族は後方から魔法を使ってもらいます。高位貴族なら領地への魔力奉納で魔力の放出には慣れているし、後はお借りしたい精霊や神にお願いするだけですから、お祈りと同じでしょう。高位貴族なら魔力の使い方の勉強は一応するのですよね?


 魔法も子供の頃は少し使えるように訓練している筈だ。魔力が勿体ないのと、上位貴族は魔法を使うのが上品でないと考えられているから使わないだけで。


「まず、騎士の攻撃力、防御力を高めるために、剣の神と鋼の神に力をお借りし、風の神に祈念して竜を飛べ無くしたり、雷の神にお願いして竜に雷を落としてもらうとか、土の神に城壁を固くしてもらうとか」


「お、お待ちあれ妃殿下。後方とは言っても・・・」


「黙りなさい!皇帝陛下も私も帝都から引かずに戦うと決めました!それなのに上位貴族は屋敷で隠れて震えているというのですか!帝都が敗れれば全員竜の劫火で焼かれることになるのです!それが嫌なら戦いなさい!」


 すると、エベルツハイ公爵がガッと立ち上がり私に向けて宣言した。


「私も妻も、皇帝陛下に従い、妃殿下の言う通り戦います!」


 続けて長兄であるカリエンテ侯爵も立ち上がり言う。


「妃殿下の言う通り、どうせ戦わねば帝国は滅びるのです。我が家は妃殿下と一蓮托生。やりましょう!」


 次代の帝国貴族ナンバーワンツーが宣言したのである。他の者も積極的にでは無いが参加してくれるだろう。私はセルミアーネを見た。セルミアーネは私の事を冷静な目でジッと見ていたが、やがてコックリと頷いた。


「他人の魔力で騎士団の戦闘能力を底上げ出来るかはやって見なければ分からないが、やってみるしかないな。今のままでは勝てないと分かっているのだから」


 よし!旦那の同意を取り付けたぞ。私がぐっと拳を握っていると、皇帝陛下が立ち上がり、なんと私達に頭を下げた。一同が仰天する。皇帝陛下が家臣に頭を下げる事など普通は無い。


「皆の決意と勇気に、礼を言う。ありがとう。帝都を、帝国を守るために、戦おうでは無いか。私と、皇太子が陣頭に立つ。必ずや全能神は我々をお守り下さるだろう。天にまします全能神よ。我らに勝利を与えたまえ。帝国に勝利を与えたまえ」


「「帝国に勝利を与えたまえ」」


 出席者一同が唱和する。こうして、帝国貴族界が総力を上げて竜を迎撃する事が決まったのであった。



 

 

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