四十話 皇妃になるための引継ぎ
セルミアーネへの譲位が決まると帝宮中が大騒ぎになった。何しろ皇帝陛下の譲位による上皇への降位、セルミアーネの皇帝即位が同時に発生するとんでもないイベントである。儀典を司る部門は大張り切りだし、それ以外の部門もやる事はたくさんある。どこもかしこも非常に緊張していた。
勿論だが、セルミアーネの即位に伴って私は皇妃になり陛下と呼ばれる身分になる。帝国において皇妃は皇帝陛下の配偶者ではあるが、皇太子と皇太子妃の関係とは少し違い、単なる妃の枠を超えた存在である。その政治的権力は皇帝陛下に遜色無いくらい大きい。皇帝陛下不在時には皇妃陛下として単独で政治を動かせるくらいである。この場合皇太子が皇帝代行になるのだが、その際の権限は皇妃が皇帝代行を上回るのだ。
これは帝国がその創成期には皇帝陛下も皇太子殿下も戦いの連続で飛び回っていたので、帝都を守り政治を行うのが皇妃になってしまったからだということである。その名残で有事には今でも全ての権力が掌握出来てしまうのだ。このため皇帝陛下が不在では無い状況でも、不在になった時の備えのためにという名目で、皇帝陛下が得られる情報を全て得ることが出来、皇帝陛下が署名する前の法案に目を通す権限を持ち、皇帝陛下の行動に対して「助言」する権限を持つ。立法を司る元老院では単独で議席を持ち、皇帝陛下に対して「反対」と表明する事さえ出来る。
このため皇妃は皇妃室いう専用の執務室が与えられ、そこで自分の側近を使って政務を行う。現在の皇帝陛下と皇妃陛下のように、お互いのご関係が非常に良い場合は単純に政務を向き不向きで振り分けて帝国を運営するだけだが、昔は仲の悪い両陛下が皇帝府と皇妃室で対立して大変な事になった事があるらしい。このように、皇妃室担当の政務はこれ、と決まっている訳では無い。名目上は皇帝陛下と同じだけの執務がこなせなければならない。
そんな事言われたって、やったことが無ければ無理なのだ。皇太子は皇太子時代に少しづつ政務に慣れ自分の側近を形成し、即位するとその側近と協力して政務を行う。ところが皇太子妃は皇太子妃時代は社交塗れだし側近がいないため、皇妃に即位しても側近がいない。そのため政務をやろうとしても出来ない。皇帝の協力で皇帝の側近を分けてもらうか、即位してから一から側近を作る事になる。ここにスタート地点の違いがあるため、皇帝と皇妃には同格に近い権限がありながら、皇帝主導で政務は行われる事になる。おまけに皇妃には社交もある。なかなか政務には集中出来無いのだ。まぁ、歴代の中にはそこから逆転して、皇帝そっちのけで実権を握った方もいたようだが。
私は別に政務は積極的にやりたいとも思っていなかった。そもそも私には娘も皇太子妃もいないため、社交が私の手を離れない。その内出来るだろう子作りにも励む必要がある。そのためそんなに政務は担えないと思っていた。出来てもほんのお手伝いになるだろうと。これは余程の事が無い限り歴代皇妃が同じだそうで、現在の皇妃様は私が皇太子妃になるまで政務に集中出来る状態では無かったので、ほとんど政務はお手伝い程度だったと仰る。
それでも社交の頻度は下がるので、現皇妃陛下がマルロールド公爵夫人を重用したように、私もエベルツハイ公爵夫人であるお姉さまを社交での協力者にして社交界をコントロールする必要があるだろう。私には他にもお姉さまが沢山いるので、女性社交界は私は後ろ盾になるだけで十分コントロール出来るだろう。女性社交界を掌握していればそれは皇妃の強い政治的背景になる。
皇妃陛下は現在まだ軟禁中のマルロールド公爵夫人についてあまり多くは語らなかったが、内宮でのお茶会などでは「良いお友達だった」とは話していた。私とは全然反りは合わなかったが、皇妃様を上と認めて従順に仕え、女性社交界を協力して動かしていた限りにおいては信頼出来る部下であったらしい。まぁ、その頃領地では無茶苦茶やっていたわけだが。ただ、結局は妻が無茶苦茶やっているのを知らずに領地の内政を丸投げしていたマルロールド公爵も悪いのである。そもそもお嬢様である公爵夫人だって領地の内政など結婚するまでやった事も無かったのだろうから。
セルミアーネと私が即位する一年後までにはマルロールド公爵反逆事件の裁判は完了して速やかに処刑や処分が行われる予定である。即位まで掛かると恩赦の話が出てしまう。こんな大事件で恩赦を与えたら大問題になってしまうので、出来れば即位の恩赦は適用したくないとの事だった。
一年後に譲位式及び即位式が決まったので、私はその準備と同時に皇妃陛下からの引継ぎも開始していた。皇妃陛下はさっきも言った通り、あまり多くの政務を抱え込んでは来なかった方だが、それでも皇帝陛下と振り分けて独自に行っている政務があった。それを完全に引き継ぐか、皇帝になるセルミアーネに戻すかを考えなければならない。セルミアーネには当分皇太子がいない(カルシェリーネが十三歳になり成人し、立太子の儀を行うまでは)ため、皇太子が行うべき軍事に関わる業務も当分はセルミアーネが抱える事になるだろう。それを考えると少しでも彼の負担を減らしてあげたいが、私には経験も人材も不足しているからなぁ。
だが、皇妃室に出入りして引継ぎをやっていると、どうも業務の範囲は広いし一々単位が大きいが、故郷で父ちゃんの事を手伝っていた時にやっていたような業務が多い事に気が付いた。考えてみれば当たり前かも知れない。領地経営の大きい版が国家経営だと考えるのなら。そして皇帝直轄地の経営業務は完全に領地経営なので、やっている事はカリエンテ侯爵領とほぼ一緒だ。私がそう言うと皇妃陛下は目を丸くして驚いていた。領地経営の、しかも実務に携わってきた貴族令嬢など普通はいない。
どうやらこれならある程度出来そうだとセルミアーネに伝えると、彼は物凄く喜んでいた。彼も皇帝陛下から引継ぎを受けているのだが、もうどうしようかという程政務の量が多かったのだという。私は特に直轄地経営なら出来ると伝え、私の皇妃室には直轄地経営の部分がかなり回される事になった。・・・マルロールド公爵家と構図が似ているな、マルロールド公爵夫人もこんな風に夫を気遣って領地経営を引き受けたのかも知れないわね。
仕事を引き受けたら人材が必要である。セルミアーネの皇帝府には実務に当たる者として皇太子府からそのまま官僚を連れて行くらしい。彼らは元々前皇太子殿下の部下だったそうだが、現在はセルミアーネに心酔してくれて信頼出来る部下なのだとか。それに加えてセルミアーネは独自に大臣も任命しなければならない。
セルミアーネの皇帝府の筆頭大臣はカリエンテ侯爵、つまり私の長兄となる。これは皇太子時代からセルミアーネを支援していたのだから決定事項であり、これを持ってカリエンテ侯爵家は侯爵家の序列において一番上に出る事になる。これまで五番目だったのだから大出世だ。
私の長姉の夫、エベルツハイ公爵も当然大臣になる。彼は現皇帝陛下の皇帝府でも大臣は大臣だが、マルロールド公爵よりは皇帝陛下の信認が薄く、扱いが低かった。セルミアーネの皇帝府では重視されるだろう。因みに、エベルツハイ公爵家はセルミアーネが即位しても傍系皇族の地位を維持することになった。マルロールド公爵家が無くなって皇族の数が激減してしまったし、セルミアーネにはまだ成人前の子供が一人しかいない。この状態でエベルツハイ公爵家を降下させるのは得策ではないという判断だ。そのため、貴族序列ではエベルツハイ公爵家は並ぶ者の無い一位となり、お姉さまはホクホクしていた。旧マルロールド公爵領はお姉さまの次男にやはり正式に与えられる事になり、イベルシニア侯爵家を立てて独立した。これによりエベルツハイ公爵家の権勢は増したが、荒廃したイベルシニア領地を立て直すためにエベルツハイ公爵家は多大な支援をしなければならないので、良い事ばかりではない。
因みに家の序列ではエベルツハイ公爵家の方がカリエンテ侯爵家よりも上なのだが、大臣序列はカリエンテ侯爵の方が上になったのは、エベルツハイ公爵がそう申し出たからである。エベルツハイ公爵領は帝国の南西部国境にあり、ここは法主国とは違う国家だが法主国の影響下にある国と接しているらしい。現在の関係はそれほど悪くは無いが、油断は出来ない。マルロールド公爵領の有様を見てエベルツハイ公爵は中央の政務よりも領地の事に集中したいと言ったのだそうだ。公爵領は広いからね。その点、カリエンテ侯爵領はお隣のフォルエバー伯爵領も事実上併合して(三女が嫁に行ったそうだ)平和そのもの。信頼出来る代官である父ちゃんに任せておけば領地運営は安心との事で、カリエンテ侯爵は中央の政務に集中するらしい。
余談だが、私は即位に当たって父ちゃんを子爵にして領地を与えようかと考えて手紙で打診したのだが、断られた。懐かしい字で書かれた手紙には「もう年だから」と理由が書かれていた。残念ではあったが、慣れた故郷から離れたく無い気分は分かるし、カリエンテ侯爵も優秀な代官を奪われても困るだろうと、私はその話を断念した。ちなみに即位式に招待したいとの打診も断られた。カリエンテ侯爵やお父様は説得してくれたらしいが、父ちゃんは男爵であるから資格が無い事と、やはり年齢が年齢で長旅がきついからと断ったそうである。非常に残念だが、父ちゃん母ちゃんの控えめな性格を知っていれば納得出来る話ではあった。本当は即位式は口実で、二人の孫に等しいカルシェリーネを抱いて欲しかったのだが。
私には大臣はいらないが官僚が必要だった。だが、下位貴族には知り合いが(お忍びで出掛ける時に会っているので)いない事も無いが、能力が分からない。色々有能で顔が広い者が手伝ってくれると良いのだが・・・。と考えて、私は一人思い付いた。私は手紙をしたためてその男を帝宮にまで呼び出した。
狩人協会のマスター、ベック。本名はベラスケス・マクラルというらしい、は初めて入った帝宮で顔を青くしてダラダラと汗を掻いていた。平民が帝宮に立ち入ることは普通は出来ない。まして内城壁を越えるのは余程の事が無いと有り得ない。彼は平民の中では上流なので結構上等な服を着て来てはいたが、流石に帝宮の格には合わない、かなり浮いていた。だが私はお構いなしに彼に言い放った。
「あなたを男爵にします。それで私の皇妃室で仕事を手伝いなさい」
「はぁ!?」
ベックは素っ頓狂な声で叫んだ。無作法に私の後ろに立つエーレウラが身じろぎしたが、前もって無礼には怒らないように言ってあるので怒鳴りつけるのは自重してくれたようだ。
「あなたにこの間のお礼をしていませんでしたしね。あなたは直轄地の町や村に顔が広そうだし、商人とも繋がりがある。私の求める人材に合致すると判断しました。私の仕事を手伝いなさい」
「ま、待ってくれ!俺にも都合というもんが!」
「次期皇妃からの命令です。聞きません」
と私は強引に彼を男爵にして私の皇妃室の官僚に引き入れた。ついでに彼に他にも適当な人材を見つけるように言い、彼は商人や下級役人の有望人材を引き抜いて連れて来たので、私は全員を男爵にして皇妃室の官僚にしてしまった。平民を男爵にするのは皇太子妃ともなれば簡単なのだ。昨日まで平民だった彼らは目を白黒させながら帝宮に通う様になったが、直ぐに慣れるだろう。男爵である官僚は社交に出る訳では無いので無作法はかなり見逃されるし。
私の大胆な人材起用を聞いて皇妃陛下は仰天したようだが、皇妃陛下も彼らの仕事ぶりを引き継ぎ時に見てその有能さに感嘆したらしい。そりゃそうだ。彼らの知識には血が通っている。お役人一筋の者たちとは違う。ただし、ベックたちはこの頃はまだ本業と兼業だったので(段々専従してくれるようになったが)忙しいわ本業関係者に「お、男爵様だ」なんて揶揄われるわで大変だと言っていた。私は彼らに給金は弾んだが、行動の制限はしなかった。私ならその方が嬉しいと思うからだ。
ベックたちを引き入れたおかげで私の皇妃室の立ち上げの目途は立った。私はセルミアーネが立ち上げ中の皇帝府や現在の皇帝陛下の皇帝府にも通って仕事の引継ぎを行った。皇妃陛下の受けていない範囲まで政務を担当すると決めたからだ。皇帝陛下は面白がっていた。「なかなか規格外の皇妃が誕生しそうだな」などと言っていたが、私が規格から外れているのは何処に行ってもそうだと思っているので今更だ。
皇帝陛下、皇妃陛下は退位すると上皇様、上皇妃様と呼ばれることになる。歴史上、上皇、上皇妃は何度か存在しているそうだ。概ね、新しい皇帝が若過ぎるとか経験が浅いという理由で上皇が後見するために譲位が行われるらしい。上手く行った例の方が多いが、皇帝と上皇が対立して大変な事になった例も何度かあるようだ。
経験不足の私達にとって上皇ご夫妻の後見は有難い。ただ、お二人とも年齢が五十を超えているとは思えない程若々しいので、周囲には「まだそのまま皇帝として皇太子殿下をご教育なされば良いのでは?」という意見も多かった。確かにそれはその通りだと私も思ったので、皇妃陛下に伺った事がある。すると皇妃陛下はお話下さった。
「皇帝陛下がお疲れなので、そろそろ開放して差し上げたいのよ」
現皇帝陛下はご苦労の多い人生だったそうだ。前皇帝のご長男として生まれ、武勇の誉れ高く、誰にも認められる皇太子でありながら、前皇帝ご夫妻は年の離れた弟宮を溺愛したらしい。弟宮は病弱で武芸は出来なかったが頭が良く、弟宮が皇帝になり兄は将軍として国家に貢献した方が良いのではないか?という意見も多かったそうだ(お父様などはそういう意見だったようだ)。
皇帝になったらなったで法主国の度重なる侵攻に苦しめられ、ご長男の戦死という悲劇にも見舞われた。子供が少ない事についても苦慮なされ(でも前陛下は二人しか子供がいないので四人なら多いのだが)、渋々娶った愛妾には先立たれた。期待を掛けていた前皇太子殿下にも先立たれた。更によりにもよって最も信頼していたマルロールド公爵家の反逆である。見た目はお元気だが、実際はがっくりお疲れなのだという。なのでこの辺で一線を退いて頂き、お休みして頂きたいのだとか。
そもそも皇帝陛下は武人であり、若い頃には皇帝では無く将軍のままでいたいと漏らした事もあるとか。皇帝を退き、責任の低い上皇となれば害獣退治や山賊などに出てもあまり問題にはならないだろう。若い頃のように兵を率いて駆け回る機会を作ればお元気になるのではないかと皇妃陛下は考えているようだった。根が狩人の私には大いに頷ける話だった。私はお二人になるべく自由な時間を持ってもらえるように頑張る事を決めた。皇妃陛下も幼い頃からご教育が厳しかったために自由な時間など無かった方だろうから。
そんな風に引継ぎをしながら皇太子妃としての社交にも励む。マルロールド公爵夫人が失脚した以上、既に私は女性社交界においては並ぶ者もいない存在である。皇妃陛下ですらもうすぐ退位なさると分かっているのだから、私の方がもう上の存在として扱われているのだ。全員が私に祝意と敬意を表明し、私ももう皇妃であるかのように振舞わなければならない。
お姉さま方はこれからを見据えて、長姉であるエベルツハイ公爵夫人を盛り立てる姿勢を示していた。公爵夫人は何しろ姉であるし、私もあまり上からは扱えない存在だ。これで長姉がお姉さま風を吹かせるタイプだったら今後の女性社交界の行方が怪しくなるところだったが、この長姉は私が結婚時に帝都に来た時から何故か物凄く私を可愛がってくれて、私が皇太子妃になってからも不思議と低姿勢なのだった。何しろ公爵夫人であるしカリエンテ侯爵の第一令嬢だったので他の人間には傲慢だったり我儘だったりする事もある方なのだが。おかげで私はこの長姉と非常に上手く行っていた。
他のお姉さま方も私を助けてくれる姿勢には変わりが無く、その夫も含めてカリエンテ侯爵一族は皇帝セルミアーネの元大きな勢力を持つようになるだろう。勿論、私の実家ばかり優遇していたら他から不満が出てしまうので、その辺の調整は必須である。故郷で子分を率いていた時も、一部ばかり贔屓すると内紛が起きたからその辺のさじ加減は知っている。
即位式は大式典なので準備は大変だ。なんと即位式のために神殿に新しい社を建てるのだという。この即位の社は作って即位式を行ったら壊してしまう勿体ない代物なのだが、どうしてもそう決まっているので必要なのだという。他にも即位式専用の儀礼正装を作成しなければならないし、神具や祭具を作成し、それを持たせる侍女の衣装も必要だ。神殿の神官や巫女の服も専用で、わざわざ全員分を新調させなければならず、その予算は皇帝が寄付するのである。皇帝府に出入りして皇帝直轄地の管理のために税収やら皇族の溜め込んでいる資産の額だとかを見ているので、この程度の出費で皇族の財政が揺るぐものでは無いと分かってはいても、どうにも無駄遣いに思えてしまうのは私の根が平民だからだろう。
式典のために覚える事も色々あり、私は引継ぎと儀式の準備に大わらわにだった。そのため、マルロールド公爵反逆事件の捜査や処分について気にしている場合では無くなった。そうして事件から半年くらいした頃のこと。
大事件が発生した。
ある日私がまた皇帝府に行き、皇帝陛下の側近の官僚や大臣と色々話していた時の事だった。この時はセルミアーネは皇太子府で自分の仕事をしていた。
その時、侍従が急ぎ足で入って来て皇帝陛下に書簡を手渡した。次期皇妃と言えど、まだ皇帝陛下の業務全てを知って良い訳では無い。なので気にせず持って来てもらった資料に目を通していたのだが、書簡に目を通した皇帝陛下が「なに!」っと大声を上げたので思わず顔を上げてしまった。皇帝陛下は滅多になさらないほど驚きの表情を浮かべて硬直していらした。・・・何だろう。
皇帝陛下は額に汗を浮かべる程狼狽なさり、私の事を見て更に考え込まれた後、控えている侍従に命じた。
「急ぎ、皇妃と皇太子を呼べ!」
侍従が慌てて退室して行く。皇帝陛下は同時に違う侍従に大臣を招集する様にも命ずる。皇族一同と大臣を招集するのだ。余程の事態が起こったに違いない。私は皇帝陛下と共に皇帝府にある会議用の部屋に入った。
しばらく待っていると皇妃陛下が、続けてセルミアーネが入って来た。程無く大臣も勢ぞろいし、着席する。全員が着席すると、皇帝陛下が重々しく仰った。
「この話は極秘とする。口外しないように」
いよいよ尋常では無い。国家運営業務に関わる事は機密が当たり前で、わざわざ改めて仰る事では無い。それをわざわざ念押しするとは。私の隣でセルミアーネが眉を顰めた。
「どうなさったのです?陛下。何が起こったというのです?」
皇帝陛下は厳しい目でセルミアーネを睨むと、言った。
「マルロールド公爵夫人が死んだ」
は?私は驚いた。マルロールド公爵夫人はあの事件の最重要人物で、公爵邸に厳重に軟禁されていた筈だ。屋敷の一室に閉じ込められていると聞いていた。
「先日、私が処分を決定し、数日中には処刑される筈だった」
皇帝陛下が皇帝裁判を行い、あの事件最後の処分として、公爵には自裁、公爵夫人は処刑を命じたのだという。因みにそれ以外、次期公爵を含めた公爵の一族は既に全員処分が言い渡され、既に処刑が終わっていたらしい。私は忙しくて知らなかった。
皇妃陛下が眉を顰めた。
「ということは、処刑で死んだのでは無いのですか?」
お友達と呼んでいた公爵夫人が死んだのだが、皇妃陛下は全く感情を表さなかった。
「そうだ。自殺だ」
皇帝陛下が仰り、大臣たちが呻いた。これは公爵夫人を悼んだのでは無く、処刑の予定を死なれてしまった事に対する懸念の意味である。皇帝陛下がお定めになった処分を課せなかった事は問題だし、自殺は名誉を守る死に方であるため罪人に許してはならないという考え方もある。警備の者は責任を問われるだろう。公爵本人に下された処分にも影響が出かねない。
「自殺されたのも問題だが、最大の問題はそこでは無い」
皇帝陛下は苦悩の色も深い表情で仰った。何だろう。何がそんなに問題なのだろうか。処刑出来なかった事は問題だろうが皇帝陛下の責任では無いし、死なれてしまったものは仕方が無いで終わりなのでは無いだろうか。
しかし、皇帝陛下の次の言葉で一部の出席者の顔色が変わった。
「公爵夫人は公爵邸の礼拝堂で死んだ。意味は分かるか?」
皇妃陛下は悲鳴を上げ、セルミアーネも真っ青になる。・・・私には分からない。一部の大臣も良く分からなかったような顔をしている。皇帝陛下は続けた。
「公爵夫人は礼拝堂で、全能神に全力で魔力を奉納し、魔力以上の生命力をも全て吐き出して奉納し、生命力の枯渇で死んだ」
・・・え?それはつまり?私にはそれでも良く分からない。隣に座るセルミアーネが深刻な顔で私に説明してくれる。
「私達が毎日奉納している魔力は、全能神から授けられた、人間が本来なら持っていない分の生命力である事は知っているね?」
そうね。そう聞いている。
「その量は人間全体が持っている生命力の一割か、多い者でも三割程だ。つまり君が持っている魔力は君の持っている生命力全部の十分の一くらいでしかない。しかも君が毎日奉納しているのはその中の五分の一くらいだろう」
それは知らなかった。という事は魔力を持たない人間でも魔力に相当する生命力をそれだけ持っているという事だ。
「ところが今回、公爵夫人は自分の持っている生命力を全て奉納してしまった。彼女は上位貴族中の上位貴族。魔力も多かった。それを生命力枯渇まで全て奉納してしまったんだ。その量は、君が毎日奉納する分の五十倍以上という事になる」
・・・え?五十倍以上?ちょっとそれはもしかして・・・。
「そ、そんなに奉納したらもしかして・・・、まずいんじゃぁ・・・」
「まずい。物凄くまずい。既に直轄地の魔力は満ち足りていて、ギリギリだった。これ以上奉納すると神獣が出かねないから奉納の量を抑えていた程だった。そこへそんなに一気に魔力を奉納したら・・・」
神獣が出てしまう。しかも大神獣が。
流石の私も「竜が出るかも、狩れるかも!」と喜んでいい場面ではない事は分かった。竜が出て帝都が焼かれたらとんでもないことになる。私は皇太子妃、次期皇妃としてこの問題に対応しなければならないのだ。
確かに皇帝陛下が青くなるのも分かる大事件だった。
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