三十九話 陰謀の後始末

 セルミアーネの捷報が届いてからセルミアーネが帰還するまでには二ヶ月ほど掛かった。国境地帯での後始末しなければならないことが沢山あったからである。


 破られた国境の砦の修復と人員の補充。被害を受けた農村の復興支援と援助の手配。そして荒らされた地域の地力を回復させるための儀式。


 勿論だが、叛逆を企んだマルロールド公爵領もそのままにはしておけない。公爵の家臣は代官を筆頭に全員逮捕して帝都に送る。国境を守っていたマルロールド公爵の私兵も派遣されていた帝国軍も全員捕え、これも帝都に送って取り調べる。代わりの国境警備兵を手配して、とりあえず皇帝陛下の代理人として官僚の男爵の一人を帝都から召喚して当面の領地管理をさせた。


 マルロールド公爵領は広大であり、その肥沃な穀倉地帯は重要である。公爵が魔力を奉納出来ない為に地力が衰えると困るので、暫定的にエベルツハイ公爵の次男、つまり私の長姉の二人目の子が暫定領主に任じられた。魔力的な意味合いで傍系皇族の血が求められたからである。大っぴらにではないがお姉様は喜んでいた。そのままの状態で暫定が取れれば、自分の子が、エベルツハイ次期公爵ともう一人侯爵になれるからである。


 元マルロールド次期公爵は領地にいた所をセルミアーネに捕らえられ、帝都に送られてきた。マルロールド公爵と夫人は屋敷で謹慎という名の軟禁中だが、次期公爵の方は遠慮無く貴人用の牢屋にぶち込んだ。セルミアーネに刃を向けたという叛逆の現行犯だったそうで、そうなれば身分は事実上剥奪である。厳しい取り調べが行われたようだ。


 次期公爵と代官、それと領地、帝都の公爵屋敷の家臣たち。捕らえた捕虜への取り調べで、今回の事件の全容がはっきりとしてきた。


 そもそもマルロールド公爵は帝都での政務が忙しく、年に二回の魔力奉納さえも息子が成人した段階で行かなくなり、夫人と次期公爵に任せきりだったのだという。おかげで領地の経営は公爵夫人の独壇場になってしまっていた。


 マルロールド公爵領は肥沃であり、法主国軍に狙われる事が多い土地だった。その重要さが故に公爵が封じられたのである。しかし、法主国軍が攻め込んでくるのに備える為には、多くの私兵を抱え、国境に多くの砦を維持し、町や村をも厳重に防衛しなければならない。つまり多額の費用が掛かる。


 マルロールド公爵家はそれゆえ、土地の豊かさに比して財政が潤沢とは言えなかった。傍系皇族たる公爵家の体面を維持する為には途方も無いお金が必要である。おまけに前皇太子殿下の頃には皇太子妃がおらず、マルロールド公爵夫人が貴族夫人の頂点だった時代があったのだ。社交の回数は皇太子妃に匹敵するほど増え、それに伴って必要経費は天井知らずに増えた事だろう。


 おまけにマルロールド公爵夫人は金銀細工や宝石に目が無く、費用に糸目を付けずに買い漁っていたらしい。そんな事をすればどうなるか。ただでさえ厳しいマルロールド公爵家の財政は破綻寸前になってしまう。


 公爵夫人は代官に命じて領民に重税を課したがそれでも足りない。公爵夫人は考えた。法主国の備えの為に必要な防衛費を削減すれば。お金が捻出出来るのではないか。


 しかしながら防衛を疎かにして法主国に攻め込まれたら領地に被害が生じ、歳入が減ってしまう。そんな本末転倒の事になったらマルロールド公爵が責任を問われる事態になる。


 ではどうするか。マルロールド公爵夫人は密かに法主国に使者を送り、毎年食糧を贈る代わりにマルロールド公爵領に略奪や侵攻しないという密約を結んだ。他にも国境税を安くし(国境税は国税なので越権行為である)、領地通行税も取らないという約束もした。食糧や通行税が無くなる分よりも防衛費用の方が掛かっていたのである。


 この密約により法主国からの攻撃は無くなったと判断した公爵夫人は、防衛費用を減らした。私兵はほとんど無くし、国境の砦は廃止し町や村の防衛は放棄した。その結果防衛費は激減した。そしてここからマルロールド公爵夫人と法主国の癒着が始まったのである。


 元々、法主国の金銀細工や宝石を好んで購入していた公爵夫人であるから、法主国も取り入り易かっただろう。公爵夫人が便宜を図った為に法主国の隊商はほとんどノーチェックで国境を通過し、他の領地に侵入したところでしばしば山賊と化して帝国内部で略奪を繰り返した。討伐を受けると公爵領に逃げ込み、公爵夫人は「領内で無事に殲滅した」と報告する。


 金銀細工や宝石を貢がれた公爵夫人は気を良くして領内の収穫物を不当に安い値段で法主国に売り、ごまかすために領地に更なる重税を掛けた。おかげでマルロールド公爵領では離散する農家が相次いだが、公爵夫人はそれで生じた減収分を更に重税を掛ける有様だ。


 何とも無茶苦茶な話だが、そんな無茶苦茶がいつまでも続く筈がない。流石に誤魔化しきれなくなってくると、今度は法主国に頼んで領内に侵攻してもらう。村々を襲って法主国が逃げ去った後「法主国のせいで収穫が激減した」と言って皇帝陛下に復興のために国庫からの援助を要請した。


 終いには「攻め込んできました」とだけ報告し、復興援助をせしめていたようだ。実際、以前は侵攻される事も多かった地域だし、皇帝陛下も不思議に思わなかったらしい。何しろ公爵本人は何も知らず、妻の要請を実現するために皇帝陛下に頭を下げていたそうだから。


 マルロールド公爵夫人は自尊心が大きい。それが貴族婦人の中でナンバーワンと持て囃されている内に、どんどん自尊心が膨らんでいったらしい。自分は公爵夫人よりも高みに上るべきだと思い込んだのだ。


 折りしも前皇太子殿下がご病気になった。マルロールド公爵夫人は、これはもう皇子もいない事だし、自分の息子が皇太子になるだろうと期待したらしい。息子が皇太子になれば自分は皇太子の母。いずれは皇帝の母だ。


 ところがここでセルミアーネが登場する。公爵夫人はセルミアーネの事はどうやら知っていたらしいが、所詮庶子であるし、母親は子爵出身。血の濃さが大事な帝国皇帝にはなり得まい。自分と夫が強く反対すれば、セルミアーネは皇太子にはなれないだろうと踏んでいたようだ。


 ところがところが、そのセルミアーネの妃が私だった。カリエンテ侯爵令嬢であるのはともかく、長姉がエベルツハイ公爵夫人だというのが大きかったのである。マルロールド公爵家とエベルツハイ公爵家は不仲であった。そのエベルツハイ公爵家が、夫人の妹が嫁いだセルミアーネとマルロールド公爵家の次期公爵のどちらを皇太子に推すかなど自明の事だろう。皇帝陛下皇妃陛下、エベルツハイ公爵家、そしてカリエンテ侯爵家が一致して推したら流石のマルロールド公爵家にも対抗出来ない。


 マルロールド公爵夫人の野望は潰え、しかも私とそのお姉様方によって女性社交界の勢力図は一夜にして塗り替えられてしまう。マルロールド公爵夫人の自尊心は大きく傷付いた。


 挙句に公爵夫人は私の逆鱗に触れ、徹底的にやり込められた挙句、領地の税率を二割下げる事を約束させられた。何も知らない夫は簡単に承知してしまったが、既に過酷な税を課してもギリギリの財政状況の公爵領でそんな事は出来ない。しかし私は約束が実行されたか確認のために官僚を派遣する事までしたので誤魔化す事が出来なかった。


 破綻寸前の公爵家の財政を回すために公爵夫人は帝都の金融商から借金をして、その年を乗り越え、翌年更に増税して何とか返済しようと考えたようだ。しかしながら私が派遣した官僚から領内の酷税と苛政を聞いた公爵本人は大いに驚き、公爵夫人を叱り、公爵夫人が止めるのも聞かずに税率を更に下げてしまった。


 このままでは金融商に借金が返せず、マルロールド公爵家の財政は破綻する。そんな事になれば流石に公爵本人にも隠しきれなくなる。公爵は夫人に甘いが、公爵家を破産までさせたら大醜聞になる。離縁は必至だ。公爵夫人は窮地に立たされた。


 そこで彼女は法主国から聞いていた侵攻計画を利用する事を考えた。ちなみになぜ侵攻計画を公爵夫人が事前に知っていたのかというと、法主国が「マルロールド公爵領に侵攻されたくなかったら、もっと食料を寄越せ」と脅していたからである。


 公爵夫人は法主国に陰謀を持ちかけた。一つは公爵領を通過しての迂回作戦。帝国軍を不意打ちで挟み撃ちするために、内緒で公爵領内の通過を許すという作戦である。


 もう一つは帝国領内に一部隊を引き入れての撹乱作戦。同時に暗殺者集団を帝宮に引き入れて皇太子一家及びエベルツハイ公爵家を殺し、皇帝陛下は軟禁して、マルロールド公爵家が権力を掌握するという陰謀だ。権力を掌握した暁にはマルロールド公爵領が割譲される約束だったというのだから大盤振る舞いである。


 法主国はその陰謀に乗り、法主国の暗殺部隊をマルロールド公爵夫人に貸し与えたそうだ。マルロールド公爵夫人は私のお忍びを知っていて、先に私を殺しておけば離宮襲撃が容易になると考えて、帝宮の森で私を待ち伏せさせたそうだ。私の強さは知らなかったらしい。


 その時点でマルロールド公爵の帝宮内にある屋敷には、使用人に扮して暗殺者が九人入っていたのだが、私への襲撃に失敗したせいで警備が厳しくなり、結局法主国軍の一部隊を帝都に引き入れて、帝宮に乱入させ、混乱させた上で私とカルシェリーネ、エベルツハイ公爵家を暗殺する作戦にしたのだそうだ。


 正直、既に帝宮内城壁内にまでそんなに暗殺者が入り込んでいたとは予想外だった。内城壁内に入るには厳しい基準があるので油断していた。マルロールド公爵家の威光を最大限悪用したのだろう。セルミアーネの言う事を聞かずにお忍びを続けていたら危なかったかもしれない。流石の私も傷一つ付けられたら危ない毒など想定してないからね。


 だが結局、暗殺者部隊を私への暗殺失敗で七人も減らしてしまったのが失敗の最大要因になった。暗殺者二人では厳しい警備の中目的の人間全員を暗殺するにはとても足りなくなってしまったため、帝国軍の補給部隊を扼すために引き入れた部隊を帝都襲撃部隊に急遽変えたのだが、戦力が過小でそのままでは帝都に乱入しても守備隊にすぐに鎮圧されてしまう。なので山賊を装って帝都の西で活動させ守備兵を誘き出したのだが、その事が私に違和感を持たせる事になってしまった。


 マルロールド次期公爵は早々に領地に入り、法主国軍の手引きをしていたようだ。この男は公爵夫人に輪を掛けて自尊心が大きく、自分こそ皇太子に相応しいのだと思っていたようで、母親の陰謀に積極的に加担したそうである。


 何ともはや、どこからどこまでも同情の余地が無い話で、私は聞けば聞くほど頭が痛くなった。酷過ぎる。これが帝国の貴顕の最上位である傍系皇族たる公爵家の所業だと言うのだから呆れて物も言えないわね。陰謀が何もかも防がれて良かったわよ。こんな阿呆な陰謀で帝国が滅んだら、帝国は世界が終わるまで笑いモノになるところだった。危ないところだった。


 とにかくマルロールド公爵領は酷い状態だったらしく、侵攻にあったバサリヤ侯爵領よりも荒廃していて、国境の防御設備も放棄されて久しかったらしく、復興の手配が大変だったとセルミアーネが言っていた。国境を守るべき帝国軍も公爵夫人と癒着して任務を放棄して給料だけ貰っていたのだとか。もちろんこいつらは軍規違反で全員が処刑された。


 これ以外にも、まずマルロールド公爵の領地代官を始めとする家臣は全員処刑。帝都の公爵家家臣も全員処刑。これには公爵本人の側近で何も知らなかった者も含まれる。私兵も一人残らず処刑された。


 そして公爵夫人と次期公爵を含むその子供たち。二男二女がいたが、これも夫人や夫を含めて全員処刑。その子供達、公爵の孫にあたる者も既に五人いたが、これも連座で全員処刑と決まった。厳しいようだが国家反逆罪、大逆罪、外患誘致罪、その他諸々というのはこれでも生温いと言われた程の巨大な罪なのである。


 平民は絞首刑、貴族は斬首になったのだが、これが生温いという意見があったのだ。平民は八つ裂き、貴族は身分剥奪し、斬首の上で四肢切断して獣に食わせ、墓を作らせないべきだという厳しい意見が上位貴族からは出たのだった。これに対し、皇帝陛下はマルロールド公爵は国家の功臣であり、その功績に免じて罪一等を減じたのだと仰った。実際、マルロールド公爵は非常に有能な方で、皇帝陛下は大変助けられていたのだと後にこぼしていた。


 公爵本人は特に温情が掛けられて、自裁、つまり自殺が命じられた。これほどの罪を家族が起こして処刑で無く自裁を許されるというのは温情も温情、大温情なのである。命令も使者を出すのではなく、外廷に召し出して皇帝陛下自らが伝えたのだという。皇帝陛下のご無念が伝わって来るような話である。公爵は涙を流してご温情に感謝したそうだ。


 もっとも、これらの判決が全て下されたのはちょっと先の話だ。処刑も平民から始まり貴族の処刑は随分後の事になる。



 セルミアーネが凱旋する日は私は朝から準備に追われた。儀式正装を身にまとい、朝一番で帝宮外城壁の塔に登る。塔の前の広場は中央に門に続く道が開けられているが、その左右は人で一杯だ。


 塔には私以外にも皇帝陛下皇妃陛下が侍女侍従と護衛を引き連れていらっしゃる。残念ながらカルシェリーネはお留守番だ。成人の儀式が終わるまでは皇子といえども儀式には出られない。

 

 やがて帝都の奥の方から地鳴りのような音が聞こえてきた。そしてそれが段々と近付いて来る。地鳴りは大きくなりそれは段々と大歓声であることが分かり始めた。


 さらにしばらく待つと。大路の向こうに銀色の輝きが見え始めた。それが次第に形を成し、軍隊の隊列だと分かり始める頃には、帝都中が沸騰したかのような大歓声が渦を巻いて私のいる塔の上まで噴き上げて来ていた。


 今回、凱旋してきたのは騎士団だけだ。平民の軍隊は戦争が終わった段階で順次帰還して解散していたのである。騎士団はセルミアーネが戦後の後始末をするのに付き合って最後まで現地に残っていたのだ。一千人の騎士団が馬を並べ整然と行進する様は壮観だった。


 事前に沿道では花が配られ、人々は騎士達を讃えて花を彼らの頭上に撒いていた。騎士達は誇らしげに手を挙げながら歓声に応えていた。


 一際高い大歓声、特に黄色い歓声を受けていたのは先頭で馬上にあるセルミアーネだった。戦場暮らしで伸びたらしい紅茶色の髪をなびかせ、蒼い瞳を細めて笑うセルミアーネの美貌は帝都の女性の心を鷲掴みにしたようだ。うんうん、家の旦那格好良いよね。


 騎士団は大歓呼を受けながら広場まで進み、塔の前で停止した。そしてセルミアーネ以外は下馬して塔の皇帝陛下と私達に向けて跪く。セルミアーネは馬上で胸に手を当てて頭を下げるだけだ。皇帝陛下は進み出て両手を左右に広げて、騎士団に向けて祝福の祈りを与える。


「天にまします全能神とその愛し子たる武と勝利の神よ。我が栄光ある騎士達の勝利に祝福を。彼らは勇気をもって進み、英知を用いて戦い、困難を潜り抜けて勝利を掴みたり。彼らの勝利に祝福を。帝国の勝利に祝福を与えたまえ!」


 皇帝陛下の声に大歓声と大拍手が起こる。私も皇妃陛下も立ち上がって拍手をする。騎士達は再び騎乗し、大拍手の中を帝宮に入城した。


 謁見の間で勝利の報告が行われ、続けて大広間で戦勝祝賀会が開かれる。この時同時に帝宮城門前の広場では平民達にも酒と料理が振る舞われている。因みにこの戦争では、従軍した平民の兵士にはかなりの額の報償が与えられ、戦死戦傷者には更に手当が施された。狩人協会と私に協力してくれた人たちには帝国から報奨金が出た他に私個人からも多額のお礼を渡した。


 大祝賀会には上位貴族がこぞって出席し、セルミアーネのところに次々とやってきて戦勝を祝いセルミアーネの武勲を讃えた。なにしろ皇太子自らが兵を率い、彼が敵の作戦を看破して敵の伏兵を返り討ちにして大勝利に繋げたことは、この場に招かれている騎士達が現在進行形で声高に語っている。騎士団長などは涙を流してセルミアーネの英知を讃えているほどだ。


 それに対してセルミアーネは苦笑していた。私だけの手柄では無い。ラルフシーヌが知らせてくれたからだ、などと言っていた。私の手紙が切っ掛けで敵の意図に気が付いたのだとしても、セルミアーネの果断な決断が勝利をもたらした事は間違いないので、もっと誇って良いと思うのだが。


 宴の終盤、皇帝陛下が立ち上がり、大広間の中央に進み出た。全員が何事かと陛下に注目する。皇帝陛下は十分に注目を集めると、よく通る重々しい声で言った。


「其方達も見たように、我が息子、皇太子セルミアーネは武勇にも判断力にも優れた名将である。故に、間違い無くこれからも帝国を導き、勝利をもたらしてくれるだろう」


 方々で同意の声が挙がる。皇帝陛下は頷き、言った。


「セルミアーネなら帝国を任せても安心だ、故に、私は近い内にセルミアーネに帝位を譲ろうと思う」


 大広間が水を打ったように静まり返った。


「セルミアーネに帝位を譲り、私は上皇としてセルミアーネを後見する事になろう。皆、新しき皇帝、セルミアーネに拍手を」


 全員が戸惑っていたが、まず皇帝陛下が、次に皇妃陛下が拍手をする。するとお兄さまであるカリエンテ侯爵夫妻、エベルツハイ公爵夫妻も拍手を始め、段々と拍手が増えていき、すぐに大広間が拍手で満たされた。


「新しき皇帝、セルミアーネ!」


「全能神よ、新しき皇帝を守りたまえ!」


 という声も飛ぶ。突然の譲位宣言、突然の祝福にセルミアーネも私も戸惑ったが、一応陛下の譲位の意向は以前から聞いていたので、寝耳に水ではない。セルミアーネは覚悟を決めたのか、陛下に向けて一礼した後、右手を挙げて拍手に応えた。私も拍手をしようとしたが、セルミアーネに手を掴まれて挙げさせられた。まぁ、私も他人事ではない。セルミアーネが皇帝になるなら私は皇妃になるわけだから。私も一応微笑んで、お上品に手を挙げて歓呼の声に応えた。


 こうして、皇帝陛下の譲位とセルミアーネの即位が、上位貴族の同意の元、決定したのであった。


 祝賀会が終わってようやく離宮に帰ってきた。流石にくたびれた。何しろ朝からずっと今日は儀式と社交だ。その間に二回も着替えたし。遠征から帰ってきてそのままなセルミアーネはもっと疲れただろう。


 と思ったのだが、セルミアーネは離宮の居間に入るなり夜会服を着替えもせずに私にがっちり抱きついた。・・・何でしょう?私が一応抱き留めていると、セルミアーネは呻くように言った。


「・・・無事で良かった・・・」


 私は思わず苦笑した。


「その台詞は、戦地から帰ってきたミアに私が言うことのような気がするけど?」


「だって離宮で暗殺者に襲われたんだろう?報せを聞いて驚いた。無事で良かったよ」


 セルミアーネは心配そうに私の頬を撫でる。何というか、素直に心配してくれた事が嬉しい。私はセルミアーネの胸に額を擦り付けながら笑う。


「あなたも、ご無事で何よりでした」


「ああ、君のおかげで勝てたよ」


 二人で視線を合わせて笑いあうと、何だか肩の強ばりが抜けるようだった。どうも私はこう見えても緊張していたらしい。それはそうか。色々あったし。セルミアーネに抱かれてようやく緊張が解けたのだろう。そういえば、結婚以来セルミアーネとこんなに長く離れ離れになったのは初めてだったのだと気が付く。その不安もあったのだろう。


 結局、私が私でいるには、もうセルミアーネが必要不可欠なのだろう。それは別に不快な事では無かった。世界一頼りになる旦那様に頼れるのは、それは誇らしく幸せな事ではないか。


「これからも宜しくお願いしますね?私の皇帝陛下」


「何だい急に」


「一度言ってみたかったのよ。さ、疲れたからカルシェリーネの顔を見たら寝ましょう」


「そうだね。カルシェリーネが私の顔を忘れて無いか心配だな」


「大丈夫よ」


 私は微笑みあって腕を組むと、子供部屋に向けて歩き始めた。




 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る