二十九話 妹について ヴェルマリア視点
私はラフチュ伯爵夫人ヴェルマリアと申します。皇太子妃ラルフシーヌの姉です。
私はラルフシーヌの五歳上でカリエンテ侯爵家の五女として生まれました。その時は私が最後の子供だろうと思われていたそうです。そうでしょうね。私が生まれた時で母は三十五を過ぎていましたから。まさかその後、四十を過ぎてから子が出来るとは両親も思わなかったでしょう。
それにしても私がカリエンテ侯爵家十人目の子供です。多過ぎます。侯爵家ともなれば子育てに途方も無い費用が必要です。十人も育てたらどんな裕福な家だってたまりません。実際、侯爵家はかなりの金欠に陥りました。そのため、私が五歳の時に生まれたラルフシーヌを侯爵家の令嬢として育てられなくなったのです。
ラルフシーヌが生まれた時の事は朧げにしか覚えていません。確かに生まれたばかりの時に対面して、手を握った記憶はなんとなくあります。しかしその他に記憶がありません、いつの間にかいなくなっていたという感じです。
その後はラルフシーヌについてはほとんど家族の間で話題になった事すらありません。領地にいることは何となく知っていました。お父様お母様が年に二回、領地に行く時に「ラルフシーヌに」とお土産を用意していましたから。ですが子供は誰も領地には行きませんでしたから兄姉の誰もが会ったことがありませんでした。
それが私が十八歳の時です。突然ラルフシーヌがお屋敷に連れて来られたのです。成人のお披露目式へ出席するためでした。お披露目に出ないと貴族として認められないですからね。
何だか大騒ぎしながら連れて来られたラルフシーヌは銀色の髪と金色の瞳を持った物凄く煩い娘でした。大きな声で喋り笑いますし、ドタドタ音を立てて歩くのです。私達はびっくり仰天です。こんな野人のようなのが私達の妹ですって?とても信じられません。
しかしお父様お母様は全くラルフシーヌを叱りません。お母様なぞいつも私には作法について口煩く言うのにです。私は内心不満でした。今なら分かりますけどね。お母様は領地にやるしか無かったラルフシーヌを不憫に思っていたのです。
当時、私は十八歳にもなって結婚が決まっておらず、少し自尊心が傷付いていました。何しろ五女です。いくら侯爵令嬢でもそこまで行くとどうしても良い結婚相手は見つかり難くなってきます。我が家と関係のある上位貴族の数は限られていますし、あまり血が近過ぎる家にも嫁ぎ難いのに、既に姉が四人もいてそれぞれ違う家に嫁いでいれば残りの席が少なくなっても仕方ありません。
しかしそんな時にやって来たラルフシーヌを見て「まぁ、この妹よりは私はまだマシね」と思いました。教育も受けられず領地で放置されてこんな平民のような娘に成り果ててしまったのです。私は結婚出来無いくらいでやさぐれていたのが少し申し訳ない気分になったほどでした。
罪滅ぼしという訳では無いのですが、私は自分が少し前に着ていて気に入っていたので取っておいたドレスをラルフシーヌに貸して上げました。そして、せっかくなので髪も梳かして上げてお化粧もしてあげます。・・・するとどうでしょうこの妹は。なんというか信じられないくらい美しくなったではありませんか。光を絡め取るかのような銀色の髪。ぱっちりとした金色の瞳。少し日に焼けていますが滑らかな頬。全体的な調和が素晴らしい顔立ち。流石は私の妹です。
まぁ、本人は着慣れないドレスに不満そうでしたが。しかしこんなに美人であれば、社交界に出せば男共が直ぐに群がって来そうです。まぁ、私だってそうですけどね。ですがそこから結婚までに行くのが大変なのです。家柄などを考えなければ私だってすぐにも結婚出来たのですよ。本当ですよ?
一カ月ほどラルフシーヌは一応はお作法を教わって、帝宮に出掛けて行きました。私が成人のお披露目で来た紺色のドレスを着て。私は記念のドレスだったので貸すのは嫌だったのですが、お母様に命じられて渋々貸し出したのです。
ところが、帰ってきたらラルフシーヌはご機嫌。ドレスは見る影も無いくらいボロボロ。何ですかこれは!私は激怒してラルフシーヌを滅茶苦茶に叱りつけました。ラルフシーヌは流石に悪いと思ったのか、平身低頭して私に謝っていましたね。一体何が起こったのかは存じませんが、ラルフシーヌは翌朝、慌てて領地に帰されました。後で少し聞いた範囲ではどうもお披露目で問題を起こしたようです。まぁ、お披露目のためだけに帝都に来ていたのです。もう会う事も無いでしょう。私はその時はそう思っていました。
それからすぐに、私は結婚が決まりました。相手はラフチュ次期伯爵です。それを聞いて私は渋りました。ラフチュ伯爵は我が家の分家では無いですか。
分家というのは、我がカリエンテ侯爵家から子供が分かれて立てた家の事です。カリエンテ侯爵領から一部の領地を分与されてその広さに応じて伯爵なり子爵なりを名乗ります。例えば私の次兄は伯爵、三兄は子爵を分家して立てています。ラフチュ伯爵家は二代前に侯爵家から分かれた家です。
しかしながら分家は領地を分与されるとは言っても、正式に分割して与えられるのでは無く、名目上そこの領主となるだけで実際の統治は出来ません。統治は侯爵家が行います。分家はそこから上がった税を受け取るだけです。つまりその領地に独自に何かをする事は出来ませんし、侯爵家から離反する事も出来ません。
つまり分家は侯爵家がいなければ何も出来ない存在なのです。そのため、分家は貴族界では軽く見られがちで、伯爵などと名乗っていても格は正式に領地を持っている子爵よりも低く扱われることさえありました。
そんな分家に嫁に行くなんて。一つ上のお姉様は正式な伯爵家に嫁に行ってます。それに比べてあまりにひどい扱いではありませんか。しかしお父様曰く、これを逃すと子爵家に嫁に行くことになるだろうとの事。侯爵令嬢ともあろうものが、下位貴族に嫁に行く羽目になるよりは、名目上とはいえ一応は上位貴族である分家の方がマシでしょう。年齢も年齢ですし。私は観念して嫁に行き、ラフチュ伯爵夫人となりました。
まぁ、夫は心穏やかな良い方ですし、子供にも直ぐに恵まれる事になりましたから、結婚自体は悪くは無かったと思います。ですがやはり社交界での扱いは侯爵令嬢時代よりも確実に悪化し、私はまたやさぐれました。社交に呼ばれる回数も少ないため、私は実家に度々遊びに来て、お母様や姪や、やはり遊びに来る姉達と過ごしていました。
そうして実家にいると、変な話が聞こえてきました。何でも一人の騎士がラルフシーヌに求婚するために足げく侯爵邸に通っているというお話でした。あんな野人令嬢に求婚してくるなんて物好きな、と思ったのですが、少し興味が湧きました。それに、侍女たちが騒ぐ事には物凄い美男子だという事なのです。お母様と私達姉妹は面白がり、サロンに通して会ってみる事にしました。それが私がセルミアーネ様とお会いした最初です。
最初に見た時にはちょっと驚きました。絵に描いたような美男子です。艶やかな赤茶色の髪に切れ長な青い瞳。麗しい微笑み。長身ですが細身で引き締まった体格で、動作も優雅です。紺色の騎士の制服もお似合いで、お母様もお姉さま方も思わず口を開けて見とれてしまいましたね。
セルミアーネ様はそれから毎日のようにいらっしゃいまして、私はセルミアーネ様を見たくて毎日のように実家に通いました。セルミアーネ様はお声も優しく、お話も面白く、私達カリエンテ侯爵家の女性陣は全員彼の事が気に入ってしまいました。正直、私の愛人にしたいわ~と、この頃は本気で思っていましたよ。夫には愛妾がいるのですから私に愛人がいてもいい訳ですよ。高位貴族婦人が騎士を愛人にするなんてよくある話です。
ですがセルミアーネ様はラルフシーヌに非常にご執心で、どうしてもアレと結婚したいと仰います。あんな野人令嬢のどこが良かったのでしょうかね?ラルフシーヌにはその時、男爵からも求婚があったようでしたが、私達女性陣は断然セルミアーネ様推しでした。お母様もセルミアーネ様が気に入られて、お父様に強く推したようでした。結局それが決め手になったのか、お父様がセルミアーネ様とラルフシーヌの結婚をお認めになり、セルミアーネ様は満面の笑みで私達にまでお礼をおっしゃられて、わざわざ領地にまでラルフシーヌを迎えに行きました。馬車で十日も掛かる領地にまですぐさま飛んで行くなんてすごい行動力です。私は正直、あんな素敵な男性にあれほど想われるラルフシーヌが羨ましくて嫉妬しました。
半月後に何と騎乗で帰ってきたラルフシーヌは相変わらず野人そのものでしたが、風呂に入れて磨き上げると、まぁ、以前に来た時よりも女っぽくなった事もあり、腹が立つほど美しくなっていました。何でしょうか。田舎は食べ物が良いのでしょうか?婚礼の日、侯爵家の格式に合わせた婚礼衣装を着せると、私達もお父様もお兄様方も絶句する程美しく仕上がりました。相変わらずお作法は全然でしたけど。
青い騎士礼服を着たセルミアーネ様とお並びになると、それはもう美男美女で目を細めないと眩しいくらい素敵で、正直私は嫉妬を通り越して羨望を覚えましたね。
そうして二人は結婚して、セルミアーネ様の持っていたという下級貴族のお屋敷で暮らし始めました。私はセルミアーネ様目当てで何度か訪れましたが、小さいけど手入れの行き届いたいいお屋敷でしたよ。セルミアーネ様とラルフシーヌは格好から何から平民と変わらぬ生活をしていて、特にラルフシーヌは何やら毛皮を売って稼いでいるとか理解出来無い事を言っていましたかね。何ですか?毛皮を造るって?毛皮って何から取れるのかしらね?
そうして二人が結婚して一年と少しが経過した頃。私が実家に遊びに行くと。何だか大騒ぎになっていました。何でしょう。私が真っ青になっているお母様に聞いてみると、驚愕の事態が明らかになりました。
騎士だと言っていたセルミアーネ様が、実は身分を偽った皇子であり、皇太子さまがご重態なため皇子に戻られ、皇太子殿下が亡くなられたら皇太子殿下になられるというのです。・・・は?私には理解が追い付かないお話でした。前日に皇帝陛下が上位貴族をお集めになって(こういう時家の辺りの格では上位貴族扱いされていないのが悲しい)発表なさったそうで、既に公式に発表され、確定された事だそうです。何ですかそれは!
それで当然なのですが、昨日の時点でラルフシーヌは皇子の妃となり、皇族の列に加わったのだそうです。・・・は?あの野人令嬢、今では平民同然の格好で毛皮を造っていたあのラルフシーヌが皇族?私は唖然としましたが、侯爵家が大騒動になっている理由は理解しました。私の家は侯爵家の分家です。他人ごとではありません。
数日後、一族会議に呼び出されて庶民服でやって来たラルフシーヌは流石に呆然としていましたね。本人が一番事態の重大さが分かっていないようでした。私達女性陣は頭を抱えました。これはまずいです。これを帝宮にこのまま上げたら我が一族は大恥をかいてしまいます。何しろ皇子の妃、すぐにも皇太子妃になろうというのです。この無作法者が。
皇太子妃というのは、帝国においては皇帝陛下とほとんど同格の権限を持つ皇妃陛下になる予定の方の身分ですから、途方も無く高貴なお方です。神の一人である皇帝陛下の妃になる予定の方ですから、それに相応しい高貴で素晴らしい方がなるべき地位だと、帝国中の誰もが信じています。今の皇太子殿下が妃殿下を亡くされてから、次の皇太子妃殿下がなかなか決まらなかったのも、その地位に相応しい女性など簡単には見つからないからです。本来であれば皇太子妃にすべく、生まれた時から全力でその地位に相応しい貴婦人になるように、一族総出で教育された女性だけがなれる地位なのです。間違ってもこんな庶民丸出しなラルフシーヌになれる地位ではありません。
それなのに作法のさの字も知らないラルフシーヌが帝宮をこの調子でずかずか歩いたらどうなるでしょう。「カリエンテ侯爵家がとんでもない皇太子妃を出した」と笑われるなら兎も角、帝国中から非難される事態になるでしょう。そうなれば皇太子妃のご生家という本来は誉である呼び名は、一転して未来永劫続く悪名になってしまうことになります。そんな事になったらカリエンテ侯爵家は終わりです。分家のラフチュ伯爵家も同じです。カリエンテ侯爵家一族は、名誉に懸けてラルフシーヌの教育を決意致しました。
ラルフシーヌを毎日彼女の屋敷から馬車で連れて来させると、まずは立ち方から教育を始め、厳しく行儀作法を仕込んでいきました。お母様もお姉さま方も私も他人事では無いので必死です。ラルフシーヌも教育の必要性は理解していたらしく、必死に食らい付いてきます。この妹は責任感が強く根性がありますので、並の令嬢なら投げてしまような厳しい教育にも必死に耐えてくれました。どうやらセルミアーネ様とは上手く行っていたらしく、セルミアーネ様と離縁したくないので頑張ると言っていました。
ただ、たまには耐えきれないのか私と口喧嘩になる事もありました。
「いい加減にしてよ!一度に違う事を言われても訳が分からなくなるじゃないの!」
「言葉遣い!そのように感情を表に出してはなりません。同時に違う事をしなければならないのですから仕方が無いでしょう?もう一度やり直しなさい」
「うぐぐぐ、なんで私がこんな目に・・・」
などと唸りながらもすぐに教育に復帰します。良い根性です。姉妹の中で私がラルフシーヌに一番年が近く、しかも一番家格が低くて社交が無くて暇だった(お母様やお姉さまはこの時、事情を知りたがった貴族婦人から社交の招待が殺到して大変だった)事もあり、ラルフシーヌと一番接する時間が長くなり、私達はここで初めて姉妹らしい交流をして仲良しさを得たのでした。
どうにかハリボテレベルですがお作法に形を付けて、ラルフシーヌは離宮に入りました。当然ですが一人にしては置けず、一族の分家から二人の物を侍女として付けてボロが出ないように監視させる事になりました。ですがそれでも心配です。私は相変わらず暇でしたから、ラルフシーヌの住む離宮に足げく通うようになりました。皇族の住む離宮に入るなどラフチュ伯爵家の家格では普通なら一生に一度あるかないかという事件ですが、妃の実の姉でラルフシーヌの許可があれば大手を振って入れます。目に入るものが全て曰くある高級品という離宮区画は本当に素晴らしく、入る度に感動しました。
ラルフシーヌは頑張っていましたが無理をしている事は明白で、心配な私は事細かに話をしてあげて、ラルフシーヌに言って出来るだけ私をお茶会に同席させるようにし、お茶会でも彼女をフォローしてあげるようにしました。まぁ、侯爵令嬢の時にお付き合いがあった上位貴族婦人と久しぶりに会ってお話するのも楽しい事で、私も存分に楽しませてもらいましたけど。
ただ、問題は服や装飾品です。私の家の財政状況では社交の度にドレスを使い捨てる訳にはいかず、同じような財政状況の分家の女性と交換したりお姉さまのお古を貰ったりしていましたが、それにも限界があります。どうしたものかと思っていたところ、ラルフシーヌが自分のお古をくれると言ってくれました。お妃様ともなれば毎日毎日社交に出ますから、最低でも朝夕一着づつドレスのお古が出ます。お妃様が同じドレスを何度も着るなどあり得ません。そういうドレスは友好の証として貴族婦人に下賜したり、忠誠への褒美として侍女に下賜したりするのですが、私にもくれると言うのです。私は有難く頂くことにしました。何しろお妃様のドレスですからどれも最高級品です。私は好き勝手に選んで何着も貰いましたが、流石に新品のドレスを持って帰ったら離宮の侍女長に怒られましたね。
ただ、このラルフシーヌのお古を貰ったのは私だけではなく、公爵夫人を筆頭とした私の姉達も下賜されたドレスをこぞって着る事でラルフシーヌとの繋がりの強さをアピールしました。本来は下位に近い伯爵夫人の私も、ラルフシーヌのドレスを着て社交界で強力にアピールする事で堂々と上位貴族の社交が出来たのです。因みにラルフシーヌはあまりひらひらしたドレスは好まず、スカートも大きく張ったデザインではなくタイトな感じのドレスを好みました。社交界の流行とは少し違いましたので、彼女のお古を着ると周囲からは直ぐに分かったようです。
ラルフシーヌは程無く皇太子妃となり、存在感がどんどん増していきました。心配していた行儀作法も見違えるほど改善され、優雅な動きも出来るようになると、元々があの美しさですから、お茶会でも指の動き一つで耳目を集中させ、視線の動きだけで周囲を魅了するようになっていきました。夜会に出で踊ろうものなら誰もが注目して口数が少なくなった程です。ただ、彼女は激しいダンスを好んだので、踊り手を選ぶと言われていましたね。セルミアーネ様も彼女と踊るのは大変だ、と零していました。
そのセルミアーネ様、皇太子殿下は、相変わらずラルフシーヌを溺愛していらっしゃいました。足げく離宮に通ってラルフシーヌを助ける私に感謝の言葉を下さいましたよ。相変わらず麗しくて素敵でお優しい方で、私を愛妾にして下さらないかなぁ、なんて。いや、嘘ですよ。私既婚ですから無理ですし。分かっていますとも。
ただ、ラルフシーヌには子供がなかなか生まれず、彼女はずっと悩んでいて、後日ですがどうにか妊娠したいのだと相談して来た事があります。私は結婚後すぐに一人目を。ラルフシーヌが皇太子妃になった頃に二人目を妊娠しましてその相談を受けた頃にはもう産んだ後でした。ですから不妊の辛さが分かっておらず「慌てなくても妊娠する時はするし、もしも子供が欲しいならセルミアーネ様に愛妾を娶らせて子供を作らせればいい」などと言ってしまいました。後からラルフシーヌが物凄く苦しんでいた事を知り、悪い事を言ってしまったと後悔したものです。
ラルフシーヌは社交に慣れると共にその個性も出て来ました。私も程無く理解したのですが、彼女は下の者には優しく非常に寛容なのです。そのため、自分が庇護したと思った者に対する攻撃には激しい反応を見せます。ラルフシーヌは皇太子妃になって帝国臣民全員を保護する自覚を持ったらしく、平民さえも慈しむようになっていましたから、平民を馬鹿にしたマルロールド公爵夫人に対して激怒して大変な事になった事があります。あの時は私のとりなしも全然聞かず、私はラルフシーヌを完全に切れさせる危険性を理解致しました。
そして面白い事を言い出しました。下位貴族の社交に潜り込んで下位貴族の要望を聞いてみたいのだと。私は驚きましたが、どうやら自分が上位貴族としか交流せず、上位貴族の要望ばかり叶えているのではないかと気にしているようでした。実際彼女は誰かに頼まれると嫌とは言わない性格で、社交の場でお願いされた事をセルミアーネ様や皇帝陛下に伝えて実現させたことが何度もあります。
私は上位貴族も下位貴族からの要望を引き上げて皇族に相談しているから、けして下位貴族の意見が政治に反映されていない訳では無いと言ったのですが、彼女は納得しません。セルミアーネ様に頼まれた事もあり、私は下位貴族の社交にラルフシーヌを連れて行くことにしました。皇太子妃が下位貴族の社交に出るなんて前代未聞ですから、まさかそのままラルフシーヌを連れて行くわけにはいきませんでした。私は彼女に黒いウィッグを被らせ、侍女長が用意させた下位貴族相当のドレスを着せてラルフシーヌを下位貴族の集まる夜会に連れて行きました。
私は上位貴族でしたが家の格的には下位貴族と同等で、それなのに皇太子妃の姉として離宮に出入りしているという、客観的に見るとなかなか面白い存在でした。そのため、私や夫の元には下位貴族が集まるようになり、私はちょっとした下位貴族の派閥を率いるようになっていました。この派閥はどんどん大きくなり、必然的に私の社交界での発言権も強まって行く事になります。下位貴族とは言え集まった数の力は無視できません。下位貴族がいなければ帝国は立ち行かないのですから。ラルフシーヌに言わせれば、下の者への面倒見が良いのは私も人の事は言えないのだそうで、実際私は下位貴族婦人に頼られると悪い気分はしませんでしたから、彼女たちのために色々ラルフシーヌに要望を伝えていました。ラルフシーヌも下位貴族の要望だからとむげにはしない性格です。下位貴族からの厚い支持は皇妃になってからのラルフシーヌの政治的基盤の一つになって行きます。
ラルフシーヌは私の同伴として出た下位貴族の夜会が気に入ったらしく、何度か連れていかれるようにせがまれました。下位貴族の社交は上位の者ほどピリピリしていませんからね。息抜きにはちょうど良かったようです。もっとも、彼女はもう少し後になると、熊退治に行ったり馬に乗って出かけて行ったり、果ては騎士に混じって戦ったりする事を息抜きだと言っていましたけどね。なんというか、その頃から既に普通の皇太子妃の枠内に収まらなくなっていました。それでいて人一倍皇太子妃としての責任感を持ち、下位貴族の長年の要望だった新規に子爵になる者を増やして欲しいという問題に真摯に向き合い、仮子爵として土地経営をやらせてみるという方法を考え付くのですから本当におかしな妹ですよ。
因みに、ウィッグを被らせて前髪を隠してもラルフシーヌの美貌は隠し切れず、興味を持った男性たちが群がって大変な事になりまして(その中には以前の求婚者だった男爵もいたそうです)正体がバレたら大変なので下位貴族の夜会へのお忍びは数回で終了させました。その頃にはラルフシーヌはもう立派な皇太子妃になってきていて(同時に何かタガが外れ始めていましたが)私の助けは必要無くなっていました。それでも妹は私を頼りにしてくれていまして、私は足げく離宮に通い続けましたけどね。
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