二十二話 潜入する皇太子妃

 皇太子妃の仕事で社交に次いで重要なのは儀式である。


 毎日一度、お昼前(都合が合わなければ夕方になる場合もある)にある魔力の奉納を始め、色々な儀式が年中ある。新年祭、春の祈年祭、夏の例大祭、秋の豊穣祭などが主なもので、これには皇族全員が参加しなければならない。他にも神や聖霊に捧げものをする儀式が幾つもあり、そういう細かい儀式は大体皇太子夫妻の仕事である。そして皇太子は忙しいので、皇太子妃が単独で行う事が多い。


 この儀式も大変に面倒くさい。毎日の魔力の奉納は魔力放出に慣れない内は大変だったが、この儀式のみは毎日なので服は普通のドレスで大丈夫である。その点では楽だ。ところがその他の儀式は必ず儀式正装着用である。儀典省のお役人が来て間違いが無いかどうか必ずチェックする厳格なものだ。まぁ、儀式なのだからいい加減なのよりは良いのだろうが。これが毎月一回は確実にある。儀式用の作法も大変面倒くさい。それでいて、行う事は大神殿の祭壇で司祭や神官と共に祭壇に捧げものをしてお祈りし、少し魔力を奉納するだけ。これで半日が潰れてしまう。しかしおかげで儀式正装にも儀式用作法にも大分慣れた。こういうのは慣れだ。慣れ。


 私にとってはひたすらに面倒くさくて長くて面倒くさいという感想しか無かったのだが、なぜか私の儀式は評判が良いようだった。大神殿から「皇太子妃殿下の儀式の後は非常に神がお喜びです」と言われたらしい。なんだ?神がお喜びって?


 よくよく聞くと、私が大神殿で魔力を奉納するのは、神殿を訪れ願い事をする平民たちの願いを神に届き易くするために、魔力が無い平民の代わりに魔力を奉納する意味合いがあるらしい。どうやら私が儀式を行った後には神に願いが通り易くなっているらしく、お祈りしたら願いが叶ったとか病気が治ったという者が増えたらしい。え?神殿のお祈りって実際のご利益があるんだ!と不信心な私は驚いたのだが、私の魔力が平民のみんなの役に立つのは嬉しい事だ。それじゃあ、と張り切って奉納しようとしたらセルミアーネに止められた。毎日やる豊穣と守護のための奉納の方が大事なので、神殿の儀式では少ししか奉納してはいけないらしい。


「豊穣と守護の魔力が足りないと、帝国全体で飢饉が起きたり疫病が流行ったりするかもしれない。そうしたら神殿で叶った願いを上書きする程の不幸が帝国に訪れる」


 というのだ。それはもっともだ。私の魔力は多いので、普通に奉納しただけでもこれまでの皇太子妃の奉納よりも多いのだろうとの事。むぅ。せっかく平民のみんなの直接役に立てる所なのに。魔力などどうせ使わないのだからどっちにも全開で奉納すれば良いのでは?と思うのだが、魔力は命そのものなので使い過ぎて必要な生命力まで削って寿命を減らしたら大変だから余裕を見て奉納しなければならないらしい。


 月一の儀式が面倒くさいのだから、年四度の大祭となれば何週間も前から大騒ぎだ。祭りの度に儀式正装を新調し、例大祭などは神殿の中の祭壇を毎年作り直す。全能神のあの男だか女だか分からない(両性具有というらしい)の大きな神像も毎年造り直すのだ。この祭壇と神像は去年の物は下賜されて各貴族が自分の領地の神殿に安置する。カリエンテ侯爵領で私がごくまれにお参りしていた神殿の祭壇と像もそうやって頂いたものらしい。知らなかった。


 皇帝陛下、皇妃陛下に続いてセルミアーネと並んで儀式正装で入場し、同じく儀式正装に身を包んだ上位貴族と帝国の繁栄を願う壮麗な儀式だが、兎に角これが丸一日だ。物凄く疲れる。しかも月一の定型作法とは別に祭り毎に約束事や禁止事項があり、流石に年一回だと何年経っても覚えられずに大変だった。因みに故郷ではお祭りは年に二回、祈年祭と豊穣祭しか無く、父ちゃん母ちゃんが神殿に行っていたのは知っていたが、私は仲間とただはしゃいでいた記憶しかない。


 私の魔力は本当に多いらしく、日々の奉納やお祭りの時の奉納が楽になったと皇帝陛下ご夫妻が喜んでいた。皇帝陛下ご夫妻だけでの奉納だと限界ギリギリまで魔力を絞り出さないといけない感じだったそうで、セルミアーネと私が加わって助かったそうだ「私の寿命も延びるかも知れんな」と皇帝陛下は仰った。魔力を使い過ぎると寿命が減る。冗談では無いので笑えない。


 私はそこで不思議に思ったのだが、私達の魔力が増えた分、沢山全能神に魔力を奉納すれば、その分国土が肥え栄えるのではないだろうか。そう聞いてみると皇帝陛下は首を横に振られた。


「国土が肥え過ぎると、害獣が大きく強くなってしまうのだ。他にも地力を吸って巨大な魔獣が出たりする。安易に魔力を地に注ぎ過ぎると反動が大き過ぎる」


 なので、魔力の奉納は害獣の発生などのバランスを見て、どれくらい奉納するか皇帝陛下が決めているのだという。数年前にはとある伯爵が領地を富ませたくて必要以上に領地に魔力を奉納した結果、竜が出て領都が焼かれてしまったそうだ。


 ということは毎日の奉納頑張り過ぎれば、竜が現れてそれを私が狩れば、一粒で二度と美味しいんじゃない?・・・ダメですよね。分かっていますとも。言ってみただけですよ。


 私は故郷では神を全く信じていなかったが、流石に儀式を繰り返していれば神の存在を信じるようにはなった。私が儀式で奉納をする神は全能神では無く、その一つ下の階級の神である季節神と木火土金水の神様で、全能神みたいによく分からない神と違って役割が明確な神なので親しみ易かったというのもある。



 社交を毎日行う中で、少し疑問に思っていた事がある。


 私は皇太子妃で、貴族女性の最高峰だ。そのため、私が出る社交は社交界でも最高の社交場となる。つまり出席が許される貴族女性は上位貴族に限られる事になるわけだ。私の出る社交に出る事は貴族女性の間ではステイタスと見做されており、出られるというだけで相応の権力を持っているという事になる。


 だが、私は不思議に思っていた。皇太子妃が社交を行うのは、貴族女性から意見要望を吸い上げて皇太子なり皇妃陛下なりに伝え、政治に反映してもらうためだと聞いている。実際、私は既に何回か出席者から聞いた要望や提案をセルミアーネに伝えて実行してもらった事があった。


 なのに、私が出る社交に高位貴族しか出ないのでは、私に要望を伝える事が出来るのが上位貴族だけになってしまうではないか。政治に上位貴族の意見ばかりが反映されてしまう事になる。これは不公平ではないか?


 帝国には上位貴族の何倍もの下位貴族がいるし、なんならその下に平民が貴族の何百倍もいる。そういう人達の意見はどうやって政治に反映されるのだろう?


 私がそう漏らすと、私の末姉のヴェルマリアお姉様が不思議そうな顔をした。ヴェルマリアお姉様はラフチュ伯爵夫人だが、伯爵としては格の低い家で上位貴族だが下位寄りの立場である。


「下位貴族は誰か上位貴族の作った派閥と関係を結んで、その上位貴族に自分の要望を皇族に伝えてもらうのよ」


 下位貴族にも下位貴族だけで行われる社交があり、そこで調整された意見が派閥をまとめる上位貴族に伝えられ、その上位貴族が私達皇族との社交の機会に私達に要望を伝えるらしい。


 実際にはもっと面倒で、下位貴族にも格があるから、同じ格同士の社交でまとめた意見をちょっと格上の社交に出た時に伝えて、みたいに、少しづつ上に上げて行くものらしい。平民も同じで、平民の有力者になると下位貴族の社交に招かれる機会もあるからその時に平民の要望を伝えるそうだ。平民が出られる社交はせいぜい男爵辺りの下位も最下位の社交だから、そこから上に上げるのは大変だろう。


 ちなみにヴェルマリアお姉様は皇太子妃の姉権限で格を飛び越して私の出る社交に参加しているし、こうして社交の合間に二人でお茶を飲む機会もあるので、私に要望を伝え易い立場にある。そのため、親交のある貴族から私に対する意見要望を山ほど預かっているそうで、今や派閥の長に成り上がっているらしい。忙しくて大変よー、と嬉しそうに笑っていた。


 だが、お姉様がその預かった要望を何でもかんでも私に伝え無いように、やはり最終的には上位貴族の伝えたい事だけが私の元に届く訳である。それだとやはり偏るのではないだろうか。私は故郷でも帝都でも平民の仲間が沢山いたが、彼らも年中お上に対して不満や要望を漏らしていた。私は故郷では代官代理みたいな事をしていたから、そういう声を拾い上げて改善に繋げた事が何回かあった。


 何とか平民の声、平民は無理でも下位貴族の声を直接聞く方法は無いものか。私は悩んだ挙げ句にセルミアーネに相談した。セルミアーネは驚いた。


「ずいぶん面白い事を考えるね。ラルフシーヌらしい」


 そう言って上手い方法が無いか一緒に考えてくれた。その結果・・・。



 私はとある子爵が開いた夜会に来ていた。変装して。


 黒いウィッグを被り前髪を垂らして目を隠している。身分はヴェルマリアお姉様の家の分家の男爵の令嬢チェリムということにして。既婚者なのに令嬢を名乗るのには少し抵抗があったが仕方がない。


 本当は、堂々「皇太子妃が来たわよ!」と乗り込みたかったのだが、それはセルミアーネ以下反対多数で実現しなかったのだ。


「貴族の階級社会は皇帝の権力基盤でもあるから、蔑ろにして貴族社会から反感を買ったらダメ」


 という事だった。面倒だが、せっかく高位貴族に上手く受け入れられつつあるのだから、無駄な反感を買う必要はないのは分かる。それに私が堂々乗り込んだら、下位貴族の社交界が大混乱になって意見を汲み取るどころでは無くなるかも知れない。


 お忍びで変装して下位貴族の夜会に潜り込むなんで、余程内緒でやらないとな、朝の抜け出し並みに、と思ったのだが、セルミアーネはちゃんと皇帝陛下と皇妃陛下にお話を通したそうだ。「君が何かしでかした時にフォローしてもらうには事前相談大事」だそうだ。私がやらかす事は前提なのか。


 両陛下は自分達には無い発想にびっくりなさったそうだが、確かに下位貴族の実情を皇族が直接知るのは大事だと分かって下さり、私の微行の許可を下さった。


 陛下の許可さえあれば怖いものは無い。堂々(嘘。一応お忍びなのでこっそり)私は侍女たちに準備を指示した。離宮侍女長のエーレウラは話を聞いても顔色一つ変えず「分かりました」と言って下位貴族相当のドレスや靴を調達してきてくれた。


 私は最初髪は染めるつもりだったのだが。私の身の回り担当のアリエスが強硬に反対したのでウィッグになった。髪を染めると傷むからで「妃殿下の髪が傷んでいるのを上位貴族夫人に見られたら大変です!」とアリエスが譲らなかったのだ。


 そうして、夜会が行われる何とかという子爵のお屋敷、というより邸宅へやってきたのだった。


 小っさ!と私はその邸宅を見て驚いたのだが、よく考えるとそんな事も無かった。私達が以前に住んでいたセルミアーネのお母様の邸宅とほぼ同じ大きさである。私が帝宮の規模に慣れ過ぎたのだ。


 そういえば前のお家にも一応ホールがあったわね。使わなかったから私が勝手に狩り用具の荷物置き場にしていたけど。この邸宅では立派に使われていて、この日は三十人くらいの紳士淑女が着飾って集まっていた。それほど広からぬホールに三十人であるから結構人口密度が高い。


 ダンスするスペースもせいぜい五組も踊れば一杯だろう。あれでは私の好きな激しいダンスは無理ね。隣の人の邪魔になる。


 上位貴族の夜会と違って、なんだか雑然としている。見ているとお作法がかなり適当で、私がしでかしたらエステシアに帰ってから怒られるような不作法も散見される。それが分かるようになったんだから私も成長したものである。話し声も上位貴族のように控えめではなく、かなり大きな声で笑ってる婦人もいた。


 つまりあんまり堅苦しくなく、私としては歓迎出来る雰囲気だった。私は独身という事になっているので、ヴェルマリアお姉様が随伴夫人という事になっていた。独身の令嬢は一人で夜会に参加してはならず、歳上の随伴婦人か兄か弟、もしくは婚約者と来なければならないのだそうだ。


 ヴェルマリアお姉様がホールに入場すると、中にいた者たちが一斉にお姉様に注目した。ヴェルマリアお姉様は格が低いとはいえ伯爵夫人で上位貴族である。この中では最も位が高い。なので全員が一斉に挨拶にやってきた。私はその隙にそこを離れる。気配を消して知らん顔で挨拶の輪から遠ざかる。


 若い令嬢が集まって話に花を咲かせている所や、婦人と思われる集団が大声で笑っている所にさりげなく近づき、混ざる。どうもやはり上位貴族のように常に相手を観察し、自分と相手の地位や距離感を測りつつ、遠回しな会話をする、という傾向は薄いようで、言葉遣いも直接的で相手を真剣に観察するような事もなさそうだ。格好は上等だがやっていることは平民の井戸端会議と同じだな。私は少し懐かしくなった。


 井戸端会議なので話題は家の夫はどうとかあそこの旦那はどうとか、どこそこの息子はどうとかあそこの娘は結婚が近いらしいとか、どこでもネタは同じだなぁというような話が飛び交っていた。まぁ、これは実は上位貴族でも同じで、同じ様な話題をお上品に遠回しにお話するだけだ。こっちの方が分かり易くて私には好ましい。


 そういう話題の中に「どこそこの家は困窮している」とか「〇〇子爵家では領地経営が上手く行かなくて、身分返上の話が出ている」などという深刻な話も出る。後はやはり皇帝陛下に対する不満である。よく聞いたのは「皇帝陛下は子爵身分を増やすことに積極的ではない」という不満だった。


 帝国貴族の階級の内、騎士と男爵階級には領地が付随しない。子爵以上になって初めて領地に封じられる。領地が無い貴族の収入は、騎士なら騎士団に勤務する事で、男爵なら官僚として各省庁に勤務する事で得られる役職手当だけである。領地からの収入がある子爵以上とは大きな差が出る。男爵身分の者としては早く領地をもらって子爵になりたいだろう。


 だが、領地を頂けばその領地を経営しなければならない。この領地経営に失敗する新子爵があまりに多いと聞いた事がある。これは領地を授かると言っても、新たな子爵に与えられる領地は基本的にまだ発展していない土地が与えられるものなので、収穫を得られるようになる前にその土地に人を集め、開墾し、発展させなければならないという事が理解されていないためだという。つまり投資が必要でその資金は国庫から低利子で貸し付けられるのだが、新子爵は投資を惜しんで拙速に利益を求め、結局土地を荒廃させてしまうのだ。


 そういう例があまりに多かったため、皇帝陛下は子爵を増やす事に慎重らしい。しかしそれが子爵になりたい者には不満なのだろう。難しいわね。皇帝陛下の意図を下位貴族に分かってもらいつつ、下位貴族の不満を解消させる方法があれば良いんだけど。


 そんな事を考えながらホールをウロウロしていたら、突然私の前に一人の男性が立ち塞がって声を掛けてきた。


「ハイアット男爵ケディスと申します。御令嬢、一曲お付き合い頂けないかな?」


 ああ、ダンスのお誘いか。それにしてもいきなり通せんぼするとは強引な誘い方ね。私は変装がバレたら困るから踊る気は無かったのだけど、全くダンスをしない令嬢というのもおかしいのかもしれないので、仕方なくこの男性に手を預けた。


「お名前を伺っても?」


「キックス男爵令嬢チェリムと申します」


 性までは考えていなかったので咄嗟に父ちゃんの家名が出てしまった。


「そうですか。ラフチュ伯爵夫人とご一緒だったようですが、ご縁戚ですか?」


「ええ、まぁ、遠縁で」


 私がお姉様と一緒に入場したのに気が付いていたなんて、なかなか目敏いな。


「やはりそうでしたか。ラフチュ伯爵夫人が随伴して下さるのだから、伯爵夫人に可愛がられていらっしゃるのでは?」


「ええ、そうですね。可愛がって頂いておりますわ」


「そうでしたか。そうでしたか」


 男爵は満足そうに言い、踊りながら私に、何とかお姉様と面識が持てるように協力してほしいと言い出した。どうもこの男爵も子爵になりたい口のようだ。


 口利きして上げてもいいが、ここでは私は目立ちたくない。言葉を曖昧に濁していると、男爵は少し残念そうに言った。


「本当はあなたにお願いしなくても、私はラフチュ伯爵夫人とは縁戚になる筈だったんだがね」


 は?どういう意味?私が驚いていると、男爵は少し鼻を上げて自慢げな顔をした。


「ラフチュ伯爵夫人の妹君であるラルフシーヌという方がいるのだがね。私はその方と結婚寸前まで行ったのだ」


 ・・・はい?


「それが途中からどこかの騎士に掻っ攫われてね。せっかく侯爵家と縁戚になれるかもしれない又と無い好機だったのだが、惜しい事をした。侯爵様も私を気に入って下さっていたんだがな」


 ・・・あ!思い出した!セルミアーネが求婚していた時に同時に求婚していてライバルだったとかいう次期男爵!後を継いで男爵になってたのね。


 はー、こいつだったのか。私はしげしげと男爵を観察する。ヒョロんと背が高くて優男。全然弱そう。ミアの方が二千倍くらい強いわ。


 お父様は一回も会って無かったはずだけど?何かお父様が期待を持たせるような事を言ったのだろうか。


「まぁ、かなり奇矯なところのある令嬢だったようだからな。ラルフシーヌ様は。貧乏騎士などに嫁いで今どこでどうしておられるやら」


 ・・・もしかして、セルミアーネが皇太子になった事も私が皇太子妃になった事も知らない?そんな馬鹿な。と思うが、この夜会でも感じたが、下位貴族と上位貴族にの間にはどうも情報に大きな断裂があるようなのである。本当に知らないのかもしれない。


「まぁ、逃した魚を語っても仕方が無い。どうかな御令嬢、私は侯爵様からも見込まれる程の男なのだ。私と付き合ってみないかね?」


 ・・・私がその逃した魚なんだけどね。良かったわこいつが旦那にならなくて。なんか甘ったるい香水付けてるし、なんか踊りながらベタベタ触ってくるし、口を開けば自慢ばかりだし。私はだんだんイライラしてきた。


 その時、曲が切り替わった。私はステップを切り替えて、ゆったりした動きから早く小さな動きに変更する。男爵は驚きながらも付いてきた。良し、しっかり付いてきなさいよ。


 私達が早い動きをしているのを見て、面白がった楽団がどんどん早くてアップテンポの曲を演奏し始めた。望むところだ。私はどんどん動きを激しく大きくして男爵を踊りながら振り回した。


 そんな曲が四つも続いたところで男爵がついに音を上げた。優男顔を汗だらけにしながら這々の体で逃げて行く。へへん。一昨日きやがれってんだ。


 ちなみにあの男爵、どうしようも無い遊び人で有名だそうで。下位貴族でも流石に皇太子殿下と妃殿下の名前を知らない奴はそんなにいない筈との事。


 夜会から帰り、セルミアーネに報告する(優男男爵の事は言わなかった)。私は騎士や男爵で子爵になりたがる者が多いのに、新規子爵を絞っている理由が周知されていないために、皇帝陛下への不満が溜まっている事を話した。


「きちんと説明しておくか、何か対策した方がいいんじゃ無いかしら?」


「対策?」


「結局、褒美にもらった筈の領地が稼ぎを産まない土地である事が問題なのよね?だから、ちゃんと収穫が出る土地を与えれば良いのよ」


「だが、収穫がある土地は、既に何処かの貴族の土地になっている。誰かが投資したからこそ富を産む土地になっているんだから」


「だから、いきなり土地を与えないで、与える予定の土地を五年貸し与えて、その五年で収益が出る土地に出来たら、本当にその土地を与えるというのはどう?出来なければ取り消し」


 セルミアーネは驚いた顔をした。


「それはまた突飛なことを考えたね?」


「そう?だって普通、見習いもさせずにいきなり大事な仕事を任せないでしょ?土地を治めるなんて大仕事をいきなりさせるからいけないのよ。見習い期間がいるわ。出来れば経験豊富な助言者が欲しいわね」


 私が言うと、セルミアーネは納得してくれて、皇帝陛下に提案してくれたようだった。皇帝陛下は閣僚と協議して、新規に子爵に叙爵する者に対しては、五年間土地の開墾の事業を命じ、成功した場合にはその土地を授与する事を定める布告を出した。もちろん、細かい規定や土地経営のアドバイスをする引退貴族を集めた機関の設定や、資金の貸付けについての定めも制定する。


 この決まりによって新規子爵の破産は減ったし、子爵になる事の難しさを知る者が増えて単純に子爵になりたがる者が減って、皇帝陛下への不満は減ったようだった。もちろん、優秀な者はきちんと結果を残して子爵になり、帝国に新たな収益を出す土地と人民を付け加える事になる。


 ちなみに優男男爵は抜けてはいるがそこそこ優秀な経営手腕があったらしく、後にちゃんと子爵になっている。その頃にお姉様がこっそり私とセルミアーネの正体を吹き込んだら、真っ青になって卒倒してしまったそうである。

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