閑話 親分の思い出 ペルケッタ視点
あ?何?何を聞きたいって?
ラルフシーヌ?誰だそりゃ、そんな奴の事は知らねぇよ。他を当たってくんな・・・。?え?ダイカン様のとこの娘?
あーあーあーあー。なんだ。ラルの事か。へぇ、親分は本当はそんな名前だったんだな。知らなかったよ。ラルとしか知らなかったからな。俺の名前が本当はペルケッタなのにみんなペタと呼ぶようなもんさ。それで不便無いからな。墓に彫り込む時に間違えなきゃそれで良いのさ。
ああ、ラルの事なら知ってるさ。知ってるなんてもんじゃない。このペタ様は親分ん一の子分だからな。何でも聞いてくれ。まぁ、親分は帝都に嫁に行っちまって、もう何年も会って無いがね。何?あんた帝都から来たんか。おお、どうかね?親分は帝都でも相変わらずかね?そうだろうな。何しろ凄い奴だったからな。親分は。
俺はこの村では子供の頃からまぁ、ちょっとしたもんだったのよ。いわゆるガキ大将でな。結構上の年齢の奴も平気で喧嘩で勝てたからな。それでえばってたわけよ。まぁ、この狭い村で粋がってたわけだ。
そこにやってきたのが近くにある大きな町からやって来たそこのボスだっていうラルだった。既に10人以上の子分を引き連れてな。堂々とやって来るとこの村のボスは誰だと言いやがる。俺は自信をもって出てったね。大人にだって勝てると当時の俺は思ってたからな。
出てったらあれだよ。相手は女だよ。拍子抜けしたね。細くて背も低くて、色も白くてな。銀色の髪を御下げにして頭の上で縛ってたな。自信満々な金色の目でな。不敵に笑ってたね。いや、その当時から可愛い顔だったんだけど、当時はガキだからな。こんな軟弱そうな顔した奴がボスだなんて町の奴は大したことねぇな、と思ったね。
いや、強かったね。強いとかそういう次元じゃ無かったよ。俺はもうコテンパンにやられた。パンチは石のようだし、キックは丸太で打たれたかのようだし、軽々投げられて転がされるし、変な風に手足を固めれれて折れそうになる。俺はもう恥も外聞も無く泣いたね。死ぬかと思ったよ。文字通りボコボコにされて、俺は親分に絶対服従を誓わされた。勿論俺は土下座して誓ったよ。俺はその日からラルの子分になったんだ。
ラルは領地中の町や村を回ってそこのガキ大将と一騎打ちをして勝って、子分を増やしている最中だった。なんでそんな事をしていたのかは知らないな。ガキってのはそういう訳の分からない事をしたがるからじゃないかな。兎に角ラルは無茶苦茶に強くてな。自分よりも何倍も大きな奴に平気で立ち向かって勝ってしまうんだ。それどころか弟がやられたってんで、そのもう大人の兄貴分が出て来てもやっつけてしまった事もあったな。文字通り無敵だったね。
領地中の町や村を回って全員のガキ大将を倒して服従させてしまうと、ラルはなんだかつまらなそうな顔をしてたな。「こんなに男がよってたかって女の私に勝てないなんて恥ずかしく無いのか!」とか理不尽な事を言っていたよ。親分が強過ぎるのがいけないんだよ。ラルは結局人間じゃ弱過ぎるとか言い出してな、森の中に入って熊と戦うようになっちまった。確かまだ成人前に一人で熊を仕留めたんじゃなかったかな。普通ならあり得ないけど。親分ならさもありなんだな。
そんで沢山いる子分を引き連れて、何か面白い事は無いかと領地中を駆け回り、色んな事をしたよ。ほとんどは悪さだな。
狩人が大規模な巻き狩りをしている所に出くわしてな「あの狩りの獲物を横取りしよう」と親分が言い出したわけだよ。どうするのかと言うと、狩人が勢子を使って鹿とか猪とかを追い立てているその先に行って、追われていた獲物を子分の俺たちが誘導してな、親分の前を通るように仕向けて親分が弓で次々と仕留めてしまったんだ。いや、俺も弓は使うが、親分の弓は神業だったよ。打ち漏らしが無かったもの。
そんで獲物が消えてしまった。どうもおかしい、となった狩人集団に向かって「獲物は全部頂いた。欲しければ金を払え」と言ってのける訳だ。狩人は物凄く怒ってたけど、大規模に狩人を動員して獲物が全く無ければ困るから、結局多少の金は払ったんじゃなかったかな?その後豪遊した記憶があるからよ。あんなに鹿や猪狩ったって、俺たちにはもって帰れないし持て余すからな。遊ぶ金さえもらえればそれで良かったんだ。
他にもラルを怒らせた漁師の漁を徹底して邪魔してやった事があるな。猫を数十匹連れて来て、その漁師が作っていた魚の干し物に向けて放つわけだよ。猫は大喜びだ。漁師は怒って猫を追い払おうとするのを邪魔して、結局干し魚は全部ダメになった。その漁師が入れた網を泳いで全部あらぬ方向に流してしまい、魚を全然捕れなくするとかな。最終的にはラルに漁師の奴が泣いて謝ってた。親分は許してやった後、俺たちを使って漁をやり直して、魚を獲ってくれてやってた。ラルはああ見えて漁師なんてギリギリの暮らししてるから、あのまま放置したら飢え死にしてしまう事は分かってたんだな。
牛と豚はどっちが強いかという話になって、やってみようぜ、とラルが言い出した。どうせなら大規模にやろうという事で、子分が一人一頭豚を借りて(無断で)来て、牛の放牧場にどんどん放してみた。いや、まぁ、大騒動だよな。最初はあいつらのんびりしているから何ともなかったんだけど、それをつまらながったラルが鞭で豚や牛の尻を思い切り叩いて回ったからな。この時は収集が付かなくなって結局俺たちは逃げ出してしまった。親分はしこたま怒られたらしい。親分はそういう時に逃げないんだ。悪さはするが責任は取るという奴だ。
他にもガキだから意味のない悪さはたくさんやったよ。ここに池があったら面白いというだけで、人んちの畑をほじって川から水を引いて池にしたりとかな。人数が多いからあっという間に出来てしまうんだ。勝手に池を造られた畑の持ち主は激怒して、これまたラルが一人で怒られていた。次の日全員で一生懸命戻したよ。あれやったおかげで堤防や畑の構造が分かったから俺には無駄じゃなかったけどな。今になって役に立っているよ。
森の木を勝手に切って山の中に秘密基地を造ろうとしてこれまた物凄く怒られた。俺たちが切り倒した木はその近くの村が植樹した木で、何十年か丁寧に育てた後に切って売るための木だったんだ。ガキだからそんな事は知らなかったんだけど、そうやって怒られて世の中には育てている木なんてものがあると学習する訳だ。怒られる事にも意味がある訳だな。誰よりも怒られていたラルは色んな事を学んだと思うよ。一向に懲りなかったけど。
ある時、どうやら山賊が出たらしくて、俺らの仲間の小さい奴が何人か行方不明になった事があった。山賊に攫われた訳だ。それを聞いたラルは見た事も無いくらい怒ってな。子分を総動員して山狩りを始めた。そして山賊のアジトを発見すると、腕の立つ俺や数人を連れてそこへ夜襲を掛けた。
いくら喧嘩が強いったってガキだもの。相手は武装した山賊だ。俺はビビってた。ところがラルの奴は木々の間を猿のように渡って行って、山賊どもがキャンプ地にしていた窪地に真上から突入した。俺たちは驚くと共に親分を見捨てる訳にはいかなくて、仕方なく雄たけびを上げて突入したよ。死ぬかと思ったね。
ラルは容赦なく槍や弓矢で山賊どもに攻撃し、俺たちも棍棒で山賊どもを殴りつけ、大混乱の内にどうにか山賊を全員捕え、攫われたガキどもを救出した。町の兵士に連絡して捕縛してもらって、最終的にその山賊は縛り首になった。兵士たちは驚くより呆れてたね。一応褒めてくれたが「今度そういう事があったら、自分たちで殴りこむ前に我々に連絡するように」と言われた。もっとも話だ。ラルがそんな事を聞いてくれるとは思えないけどな。
兎に角ラルは正義感が強くて、仲間内で弱い者いじめでもしようものなら激怒してやった奴をぶちのめして木から吊るして三日間放置の刑にした。老人やケガや病気で身体が思うように動かなくなってしまった人の畑を率先して手伝ったり俺たちに手伝わせたりしたこともある。勿論、相手が大人だろうが理不尽な事を言われたら一歩も引かない。子供を必要以上に折檻する家に殴りこんでそこの親をぶちのめして分からせたこともある。
俺たちはそんなラルの事が大好きで、本当に慕ってた。親分と一緒なら何でも出来そうな感覚があったし、実際、一緒なら山賊にだって熊にだって負けなかった。一生このまま親分を追い掛けて生きたいと、そう思ってたよ。
だけど成人の13歳になると、俺たちは家の仕事を本格的に手伝わなきゃならない。俺の家は農家で、領主様から大きな畑を預かって人を使って耕している家だ。俺は長男で跡継ぎだったから、覚える事もやる事も山のようにあった。そうなると、親分に毎日のようにくっついて領地中を駆け回っている暇は無くなってしまったんだ。
その頃、親父にちらっと言われた事がある「代官様の所の娘を嫁にする気は無いか?」と。
ラルを嫁に?とんでもない話に俺は目を剝いた。正直俺は、ラルは俺のおっかない親分で、女だとも思えないような凶暴で、何しでかすか分からない爆弾のような人間だと思っていた。あれを嫁にもらう?冗談じゃない。俺は即座に断ったよ。・・・ああ、そうだな。後々大分その事を後悔したよ。
ラルは成人の時に帝都に行ったらしくてお土産に何か貰ったな。一緒に遊び歩けなくなったことを残念がってたけれど、家の仕事を覚えなきゃいけない俺の事情もちゃんと分かっていたから別に怒らなかった。俺と同じようにラルの子分は段々成人になって一緒に遊べなくなってしまった。ラルはずいぶん寂しそうにしていたよ。
成人を迎えてからラルはどんどん女っぽく、美人になっていった。しばらく見ないと「誰だあれ?」と振り返ってしまう程だった。銀色の長い髪が綺麗でな。あの髪は俺たちと駆け回って遊んでいる頃から伸ばしていて「切りたいんだけど母ちゃんが許してくれない」と文句を言っていたっけ。ラルの母ちゃんが正しい。切らなくて良かったよ。
ラルの家はダイカン、代官様といって領主様の代理で色々やっている家だそうだった。何だかお偉いような感じだが、別に偉ぶった所も無い普通のおじさんおばさんがラルの両親だった。流石のラルもおじさんおばさんには頭が上がらず、怒られてションボリしている所をよく見かけたよ。ラルも成人して代官様のお手伝いをしているらしくて馬に乗って色んな所にお使いに行っていたな。その騎馬姿も見惚れる程綺麗でな。遠くに姿が見えるとみんなして声を上げて手を振るんだけど、馬を止めてふふんと得意げに笑って手を上げて、サッと馬に合図をして颯爽と掛け去って行くんだ。格好良くてなぁ。未だに目に浮かぶよ。
相変わらず狩人の真似事、いや、最早本職以上じゃないかと噂される程熱心に狩りもしているらしかったな。赤い毛の大熊を単独で平然と狩ってしまうと家に出入りしている狩人が言っていたっけ。ただ、狩人でもないのにあんなに獲物を狩られると困る様な話はしていたな。ガキの頃なら兎も角俺たちはもう大人で、大人たちのルールを守らなければいけない。ルールに意味がある事は悪戯ばっかりやっていたガキの頃に学んでいる。ラルが知らない筈がない。
実際、それからラルは狩りの頻度を減らしたらしかったな。15歳になる頃には、ラルはいよいよ美人になり、代官様の仕事で必要だからか小奇麗な格好をするようになった事もあり、衆目の一致するところこの領地一の美人と見做されるようになっていたよ。勿論、過去のガキ大将時代の悪事も忘れられてはいなかったが、それでもラルを嫁に欲しいという男はかなり年上からラルより年下まで大勢いた。誰がラルの旦那になるのか、領地中が予想で盛り上がっていた丁度その時分に、あの男がやってきたんだ。
その知らせは衝撃だった。何とラルが帝都に嫁に行くというんだからな。文字通り領地中が騒然としたよ。誰一人驚かない者はいなかった。俺だって驚いた。同時に怒ったね。何だと!俺たちの親分を連れて行こうってのか!ってな。
どうも数日中に領地を旅立つという話だった。俺の所にもお別れの挨拶に来てくれたんだが、ラルは寂しそうに「親に決められたから仕方が無い」と言っていた。その時初めて知ったんだが、ラルの本当の両親は実は代官様では無く、帝都にいるらしい。その帝都の親が結婚を決めたのだという事だった。
確かに結婚は親が決める事だが、ラルが意に添わぬ結婚をさせられるなんて許せなくて俺は怒った。しかしラルは「これを断っても、どうも他の縁談も帝都への嫁入りになるらしい」と言った。それなら今回迎えに来た男に嫁いだ方がマシだと考えたのだそうだ。俺ははらわたが煮えくり返ると共に、そんなのは親分らしくないと思ったよ。親分は相手がどんなに強くても理不尽に従ったりしない女では無かったのかってな。
怒りが収まらなくて町まで出て酒場に入ると、同じように悔し涙を流すラルの子分たちが大勢いた。俺たちはラルに押し付けられた理不尽な結婚に怒り、自分たち子分の不甲斐なさを嘆きつつ呑んだ。そして誰かが言った。
「親分を守らねば!」
「帝都から来た男を追い返せ!」
ぐわーっと俺たちは気勢を上げた。だが、話によると、ラルを迎えに来た男は帝都の騎士だという。騎士というのはお貴族様だそうだ。お貴族様に望まれるなんて流石は親分と思うと共に、お貴族様に何かしたらとんでもない事になるらしいというのは知識としてある俺たちは怯んだ。俺たちはお貴族様なんて見た事は無かったけど、お貴族様に逆らってはならないとはガキの頃から親に繰り返し言われていたからな。
面と向かって出発を阻止したり、闇討ちにしてボコボコにしたりすれば大変な事になるかもしれない。しかし、ラルを連れていかれる訳には行かない。俺たちは考え込んだ。そして思い付いた。そうだ。そう見えなければ良いのではないか、と。
つまり道を通せんぼしたり、ぶん殴ったりすれば問題だが、歓迎するフリをして吞み潰して朝起きられなくして出発させなかったり、酒の席の余興のふりをしてボコボコにする分には問題なんじゃないか。と考えた訳だ。思い付いた時には天才的な考えだと思ったな。
幸い、聞くところによると出発の前の日、ラルの家で送別の宴が行われるらしい。それは好都合だ。
俺たちはラルとの別れを悲しむ女どもを巻き込んで、この計画を進めた。ラルの家で行われる宴をもっと大規模なお祭りにしてしまい、無礼講の雰囲気を作る。そしてそこで帝都から来た男に足腰が立たなくなるくらい呑ませてしまい、記憶が定かでない状態にした後ボコボコにする。これなら流石のお貴族様でも誰にやられたか分からず、責任は問えまい。
いや、今なら分かるぜ。お貴族様にそんな事したら村ごと焼かれてもおかしくないって事は。この領地の領主様は良い人だが、隣の領地から逃げて来た連中はお貴族様の領主様を悪魔のように言っていたからな。
とにかく、俺たちはラルの出発前の日の宴を、親分が止めるのも聞かずお祭りにしてしまった。今考えると、俺たちもラルとお別れしなきゃいけない事は分かっていて、だから盛大に宴を張って見送りたいとも思ってたんだろうな。ここで足止めしても縁談が無くなる訳じゃないから。
女どもは美しいラルの花嫁姿を見たいと熱望していたらしくてな。どっかから立派な花嫁衣裳を調達してきてラルに着せた。それを見て俺たちは驚嘆したよ。女ってのは花嫁衣裳を着れば誰でも五割増しで綺麗に見えるもんなんだが、ラルは元があれだから、物凄い事になった。直視したら目が潰れそうになったよ。世の中にあんなに綺麗なものがあるんだな、って後でしみじみ思ったもんだよ。
そんで、ラルの旦那になるミアとかいう奴が出てきたんだが、これが腹立つほど美男子でな。薄茶色の髪に切れ長の青い瞳で女みたいな顔なんだが、物凄い大男でな。誰かから借りて来た花婿衣装の袖がずいぶん短くて困っていた。ラルを見る視線が柔らかくて優しくて幸せそうでな。ラルもあいつと並ぶのは別に嫌じゃなさそうだった。それを見て俺たちは物凄く腹が立ったな。まぁ、嫉妬だよ。俺たちは結局全員親分に恋をしていたんだろうな。
手始めに二人を手製の祭壇に押し出すまでに酔っ払ったふりをして、ミアを蹴ったり押したり抱き着いたりしたんだが、これが岩を相手にするような感触でな。てんで効いた様子が無い。ムキになって力を入れるとあいつの大きな手がボーンと飛んでくるんだ。それだけで俺たちは吹っ飛んだ。なんだこりゃ。どういう事だ。それなりに力自慢の俺たちは愕然としたな。だけどいくらやっても同じなんだ。これはとても敵わないと思うしか無かったよ。
だが、諦める訳には行かない。こうなれば酔い潰して、それからやっつけよう。そう思って宴が始まったら、俺たちはミアを歓迎するフリをしてどんどん酒を注いでやった。しかもビール、ワイン、蒸留酒を代わる代わるにだ。こういう滅茶苦茶な呑み方が一番酔うからな。
ところがこれも全然ダメ。井戸に注いでやった方がまだしも可愛げがあるくらいだった。とにかく全然酔わないんだ。ラルも途方も無く酒に強かったが、ミアのあれは強いとかそういう次元の話じゃなかった。俺たちはセーブしていたつもり(吞み比べだ、と言いながら俺たちは半分は水を吞んでいたのに)なのに終いにはベロンベロンに酔っぱらってしまった。
その頃には女どももすっかり出来上がってしまって、ラルを抱き締めて泣いていた。「行かないで!」「ラルがいないと寂しい!」女どもは良いよな。素直にそう言って泣けて。俺たちだって泣きたかったよ。だが、男は理由も無く泣けねぇ。結局俺たちは破れかぶれでミアに飛び掛かるしか無かった。
「親分は渡せねぇ!」
いやもう、熊より強いだろあの男。俺は酔っ払ってたとはいえ、渾身のパンチをミアの顔面に命中させた。凄い感触がして「しまった、やっちまったか!」と思ったほどだったのに、これが全然効いて無いんだ。ミアは困ったような顔をして、左手で俺の事を払いのけた。俺は吹っ飛んで転がって、建物の壁に叩きつけられた。何をされたかは分かるのに、なんで俺がこんな風に吹っ飛ばされたのかが分からない。
俺はもう笑うしか無かった。そして思った。この俺よりも全然強い、凄い男にならラルを持っていかれても仕方が無いと。俺はグルグル回る視界の中で困ったような顔をしているミアに向けて叫んだ。多分、俺は泣いていただろうな。悔しくて、それでもこの強い男にラルを託せるのが嬉しくて。
「ラルを!宜しく頼むぞ!」
それっきり俺の意識は暗転した。
翌日、広場で伸びたままだった俺は「ラルが行っちまうぞ!」という叫びに飛び起きた。二日酔いとそれ以外で足元がおぼつかないが、同じようにフラフラヘロヘロしているラルの子分たちと俺は街の境界に駆け付ける。まだ薄暗い中を待っていると、ラルとミアが馬を並べて現れた。紺色おそろいのマントを付けた二人は、もう夫婦のように見えたな。うん。お似合いだったよ。
俺たちはまだ酔っ払っていたから吠えるように口々に別れ何だか未練なんだか怒りなんだか分からないような叫び声を上げた。ミアは困ったように微笑んでいたっけな。ラルはいつものあの得意そうな顔で俺たちをしばらく見下ろしていたが、やがてサッと手を上げて言った。
「みんな!元気でね!」
そして二人は馬を進めて、朝霧の中に消えていった。今のところ、あれが俺が見たラルの最後の姿だな。今でもあの時の笑顔と声と蹄の音は忘れないよ。
ラルは「また直ぐに遊びに来るからね」と言っていたんだが、あれからもう何年も経つけど一度も来ていないな。帝都は遠いからな。仕方が無いが寂しいね。俺はここで一生土地を耕さなきゃいかんから、帝都なんて行ける筈もない。もしかしたらもう一生会えないかも知れないな。
もう一度会いたいかって。そりゃあな。何せ初恋の人なんだろうからな。俺の。おっと、嫁には内緒だぜ。もちろん嫁の事も愛しているとも。でもな、違うんだよ。ラルは。何と言うのかな。俺のあこがれ、子供時代の象徴、そして初恋。全て持って帝都に行っちまったんだよ。だから未練があるんだな。
え?心配はしていないよ。ラルは俺より全然強いからな。何があっても平気さ。どんな困難にぶつかっても正面からぶち抜いて進むだろうよ。むしろあっちで子分になった連中に同情するよ。どうせあっちでも沢山子分を作っているんだろう?ラルは天性の親分だから。子分はラルが無茶苦茶やったら巻き込まれるのが定めだからな。子分の先輩からのアドバイスをするなら、ラルが何かやり始めたら巻き込まれる覚悟をして目を閉じろ、かな。止めるのは無理だよ。止めようとすると大概被害が明後日の方向に拡大する。
それにラルにはミアがいるだろう?あいつくらい強い男はいないよ。それにラルを無茶苦茶愛している事は見れば分かるだろ。どんな時もラルを守ってくれるに違いないさ。あんなに強い夫婦なら、どんなとんでもない事件も事態にも負けないよ。あいつならラルの暴走を止められるかも知れないな。・・・無理か。
もしも帝都に戻ってラルに会う事があったら、そうだな。元気でやっているとだけ伝えてくれればいいさ。帰って来れないなら仕方が無い。結局、ラルにはこの田舎の領地は狭過ぎたんだろうよ。帝都で活躍しているんだったらその内この田舎にまで活躍が聞こえて来るだろうしな。
俺は畑を耕しながらその日を楽しみに待っているよ。
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