二十話 神になるということ セルミアーネ視点
ラルフシーヌは頑張っていた。涙ぐましいほど頑張っていた。
あれほど自由を好み束縛を嫌い、森が好きで狩りが好きで、社交が嫌いで貴族が嫌いで作法など投げ捨てて生きていたラルフシーヌが、毎日毎日社交に出てちゃんとこなしているのである。その様子は皇妃陛下が「びっくりするほどちゃんと出来ているわ」と言う程で、社交界では「ラルフシーヌ様はお人形のように美しくて大人しい」と思われていた。あのラルフシーヌが、である。
そんなバカな。人間そうは根本から変われる筈は無い。ラルフシーヌは天蓋付きベッドに入り、侍女達の目から逃れられる時間になると、ぐったりとして私にぎゅーっと抱き着いて、そして一日の不満をぶつぶつ小声で漏らすのが日課になってしまっていた。時には下品な悪罵も飛ぶが、私は聞かないふりをしていた。それでも前の家に住んでいた頃は口より先に手が出たラルフシーヌである。これだけストレスをため込んでいれば私に八つ当たりしても良さそうなものだったが、彼女はそうしなかった。してくれても良かったのに。私が疲れているのを気遣ってくれていたのだろう。
しかしながら日に日にブツブツは長くなる。私を抱き締める力も強くなる。これはあれだ。滅茶苦茶に無理をしている。ストレスを限界近くまで溜め込んでしまっている。これはまずい。大いにまずい。彼女が不憫なのはもちろんだが、ラルフシーヌの事だ、何かのきっかけでこのストレスが爆発すれば何をしでかすか想像も付かない。もしも社交の場で爆発して以前のように大暴れすれば、私の立太子は兎も角彼女が皇太子妃として不適格だと見做されてしまうだろう。そうすれば何もかも台無しになってしまう。大爆発する前に何とかしてあげなければならない。何か息抜きの方法を考えて上げなければ・・・。
普通に外出させて上げられればそれが一番なのだが、それは出来無い。皇太子妃(仮)状態の彼女は社交で貴族たちと顔を繋いでいる最中である。社交に欠席して遊びに行った事がバレたら貴族たちからの心証を落としてしまう。そもそも、今の身分の彼女が公的に外出すると大騒動になってしまう。お忍でも護衛は必須で、そんな状態では彼女の望む気晴らしなど出来はしないだろう。
結論として、彼女を誰もが認める形で気晴らしをしてあげる事は出来ない。という事は後は非公式に、こっそりという事になる。私はラルフシーヌよりも早起きして仕事や勉強を自室でしているから分かるが、大体朝の4時から5時の間は夜勤の使用人たちが交代で入れ替わるため、離宮に人の出入りが多いのである。この中に上手く紛れる事が出来れば離宮を抜け出せるかも知れない。勿論、見つかったら大変な事になるが、ラルフシーヌの技量であればまず心配は無いだろう。
私が脱走を勧めると、ラルフシーヌは驚き、大いに喜んだ。計画を立てているだけでウキウキと楽しそうで、それだけで彼女のストレスも減ったようだった。実際に脱走を試みるために私が騎士の服を調達し、彼女は身軽に天井裏に潜り込んでほんの終日で脱走に成功したようだった。警備計画を見直す必要があるかもしれないな。
それからはもうラルフシーヌは毎日楽しそうだった。毎晩二人きりになると、今日はどこで何をした、ここが面白かった興味深かった、明日は何処へ行ってみようかな、と楽し気に話してくれた。正直、楽しそうなラルフシーヌを見るだけで私はとても癒された。皇太子殿下がいよいよ危篤になられ、皇帝陛下も皇妃陛下も沈痛なお顔をして、帝宮中の雰囲気が重苦しくなる中、ラルフシーヌの生き生きとした顔だけが私を癒してくれたのである。
ちなみにラルフシーヌは朝の内に内城壁を乗り越えて外城壁と内城壁の間の官公庁街にまで行っているらしく、そこで騎士と喧嘩をしたと笑っていた。恐るべき行動範囲だ。脱走していられるのは精々朝の5時から8時。私が起こしに来る侍女に「疲れているようだからもう少し寝かせてあげて欲しい」と誤魔化しても9時までだ。そこまでに帰って来て軍服を脱いで夜着に着替えて寝たふりをしておかなければならない。顔や手足、髪に付いた汚れを拭いてからでないとベッドに上がれないのでその時間も必要なので、そうは出歩ける時間は多くないというのに。
ラルフシーヌの表情は目に見えて明るくなり、夜会でめったやたらと踊りたがることも減った。ご婦人方との会話もスムーズになり、少し楽しそうな様子すら見えるようになってきた。良い傾向である。表情が生き生きするとラルフシーヌはそもそもが美しいし、筋力があるから姿勢も良いので物凄く目立つようになってきた。何しろ着ているドレスは彼女の姉たちが寄ってたかって意見を出して、最新の流行を取り入れて作らせた最高級のドレスだし。宝飾品も最高級の最新の物から帝宮に伝わるアンティークな秘宝まで何でもござれだし、夜会の場では五人もいる全員上位貴族の姉達がラルフシーヌから下賜されたドレスを着て周囲を固めているのである。その存在感は圧倒的だった。
つまりラルフシーヌは社交界の最高峰に君臨し始めたのである。当初は懐疑的な目で見ていた貴族たちも、次第にラルフシーヌを畏れ敬うようになっていった。ラルフシーヌは親分肌で人の頼みのために自分が動く事を全く厭わない。夜会や茶会の席で貴族婦人から要望を受けて自分が納得すると、直ぐに私にその要望を伝えてくるようになった。この場合、彼女ならではの勢いで私を説得するので、私も押されて自分で処理したり関係省庁に申し送ったりする。ラルフシーヌに要望すると直ぐに何らかの動きがあると貴族たちが理解すれば、ラルフシーヌの人望はいやがうえにも上がった。ラルフシーヌは天性の人望がある上、身分の上下を重視しないので誰の話も良く聞く。直ぐに貴族婦人は彼女が出る茶会に出席を熱望するようになり、夜会では彼女に会おうとご婦人方の長い列が出来るまでになった。
これでラルフシーヌが皇太子妃になる事に誰からも異論は出ないだろう。と私が安心し始めたその時に、皇太子殿下がお亡くなりになられたのだった。
私は嘆き悲しんだ。信頼し尊敬し、ずっとお助けして行こうと誓っていた皇太子殿下が亡くなったのである。物凄い喪失感だった。訃報を聞いた時は全身の力が抜けてしまい立ち上がれなくなった程である。皇帝陛下と皇妃陛下はご臨終に立ち会ったそうだが、私はお亡くなりになった後に聞いた。これはそういう規定があるからだったが、残念な事でもあった。
私も悲しんだが皇太子殿下と長く付き合い、腹心であった皇太子府の官僚たちの悲しみと絶望は深く、一人などは知らせを聞いて失神してしまった。それでも業務を止める訳には行かず、私は交代で官僚たちに皇太子殿下に花を手向けに行くのを許した。皇太子殿下がお亡くなりになった翌日、数名の官僚が辞表を提出してきた。私は引き止めたが、その全員が「殿下のお気持ちは嬉しいが、やはり私は皇太子殿下の臣なので」と去って行った。私は自分が皇太子殿下に劣る事を突き付けられたような気がした。
何しろ国政の停滞は許されず、私は悲しみを抱えながら執務をし、立太子式の準備を勧めざるを得なかった。私は多忙を極めたが、殿下が亡くなったのを知ったラルフシーヌが私の多忙を物凄く心配するようになった。「皇太子の業務が大変過ぎるから皇太子殿下はお命を縮めたのではないか」と言って、私が離宮でも仕事をしているのを見ると怒るようになった。ラルフシーヌが私の事を心配してくれるのは嬉しいが、私としては多忙で悲しみが紛れた方が楽だったのだ。
そんなある日、ベッドに入ったラルフシーヌが「魔法が使えるようになった!」と興奮気味に言った。実際、初歩の精霊使役魔法を使って見せ、得意げに笑った。貴族の子供が魔法の教育を受けて直ぐに使えるようになるくらいの稚拙な魔法だが、嬉しそうな彼女に水を差すような事はしない。どうやら脱走中に侍女に教わったとの事だった。
ラルフシーヌは興奮して、もっと強い魔法を使いたいと語っていた。残念だが、彼女にそんな無駄な魔力の使い方をさせる余裕はもう無い。彼女も皇太子妃になったら魔力の奉納があるからで、その事を話したら初耳だと驚いていた。彼女は一々貴族社会では常識とされる事についての知識が無い。
翌日から晩餐が終わって寝るまでの間に魔力について教え、魔力放出の効率的なやり方について話をした。彼女の素晴らしい身体能力からして彼女に高い魔力がある事は予想出来ていたが、案の定皇子である私に匹敵する高い魔力を持っている事が分かった。これなら魔力奉納には問題あるまい。だがラルフシーヌはしきりに高位精霊や神々の力を借りる大魔法のやり方を知りたがった。私がそもそもよく知らなかったのは幸いだった。知っていればあの圧で教えてと迫られたら教えてしまっただろう。彼女はそれを使って大害獣、特に竜と戦いたいと考えているのだ。身に付けたら竜を求めて帝宮から旅立ちかねない。
皇太子殿下の葬式が行われ、私は殿下の棺に付き添った。殿下の死に顔は安らかで、それだけが少し私を救ってくれた。私は皇帝陛下や皇太子殿下が皇族になって欲しいと強く願って下さったのに断り続けた事に後悔の念を抱いていたのだ。自分が今、この状況になったからこそ分かる。皇太子、次期皇帝、そういう立場にある者は周囲に自分よりも地位が下の人間しかいない。孤高で孤独なのである。どんなに信頼出来る部下がいても、どんなに周囲が支えてくれても、対等か対等に近い関係で肩を支えてくれる人間がいないのである。
そんな時に自分の信頼出来る肉親がいてくれればどんなにか力強い事か。それは私がラルフシーヌの存在を非常に頼りにしているから分かる。もしもラルフシーヌがいなければ、私はとても皇太子代理の地位に耐えられないだろう。私が皇族として認められ、皇子として兄弟として、皇太子殿下を親身になって補佐して差し上げる事が出来れば、皇太子殿下は本当に助かっただろう。心が預けられて楽になっただろう。皇太子殿下の寿命ももっと長くなったのではないだろうか。非常に悔いが残る。
皇太子殿下を埋葬するのは帝宮の丘の頂上にある聖堂で、帝国最高の聖地でめったに立ち入りが許されない。私も初めて入る。丘は密林と言えるような森に囲まれていて、それを見たラルフシーヌの目がキラキラと輝いてしまっていた。狩りをしようと忍び込まないのを祈るばかりである。
聖堂には歴代皇族が埋葬されている大ホールがある。いくつもの石棺が並んでいるのは異様な光景であったが、同時に非常に厳粛な空間でもある。この埋葬の間の奥には最奥の間というこの帝国の聖地中の聖地があって、そこには皇帝陛下しか入れない。私は皇帝になったら入る事になるのだろうか。年に一度皇帝はそこに入って全能神との契約の更新を行うのだとか。
皇太子殿下の葬儀が終わって一カ月後、立太子式が行われた。
何しろ立太子式である。皇帝陛下の即位式に匹敵する程の大式典である。皇太子殿下がお亡くなりになる以前から準備は進められていて、衣装の準備や手順の確認などで時間が取られて本当に大変だった。ただ、儀典省の官僚に言わせると、これほどの式典の準備が数カ月だなんて言うのは有り得ない程期間が少ないらしく、本来であれば最低一年。リハーサルを何度か行いたいくらいの所なのだという。実際、本来であれば近隣諸国からも王族の来賓を招く所なのだが今回は見送られた。準備期間が足りなかったからと、皇太子殿下のご危篤を秘する必要があったからである。
当日の朝は身を清め、七枚重ねの重厚な正装を身に纏う。皇帝の青がふんだんに使われている皇太子としてのこの儀式用正装は、帝国創成時、数百年前の様式の衣服なのだという。あまりヒダや皺の無い服の表面に複雑な文様が描かれており、肩や背中に飾り布が垂れ下がっている。基本的に儀式正装にしか残っていない様式である。
ラルフシーヌも同じ様な桃色主体の色使いをされた儀式正装で、華麗な彼女には非常に映える服なのだが、重苦しい上に動きにくいと彼女には不評だった。だが、この儀式正装での歩き方はすり足でゆっくり進んでは立ち止まるという物凄く迂遠な動きを強いられるので、動き難い方が良いのだ。私達に付く侍従や侍女も儀式用の服を着て、それぞれ捧げものや儀式用の旗などを持っている。
大神殿で馬車を降りると式典用の華麗な鎧に身を包んだ騎士の間を、私とラルフシーヌが並び、その周囲を侍従や侍女が旗を立てて囲んだ状態で進む。この時、私達を囲む旗は何故か青では無く赤、というか桃色である。近年ではあまり意識されないが本来皇太子の象徴色は桃色なのだそうだ。そのため私の来ている儀式用正装にも青と同じくらい桃色が使われている。
楽団が儀式用の音楽を奏で、神官たちが箒のような形をした金色の神具を振って空間を清める中を私達はゆっくり進んだ。あのラルフシーヌがよくもまあ我慢している、と横目で見ると、彼女も私を見上げてフフっと笑った。余裕だな。ラルフシーヌが笑っていれば私も何となく余裕が出てくるから不思議だ。
大神殿には上位貴族の当主夫妻が勢ぞろいで待っていた。この式典に出られるのは本当に上位貴族だけで、伯爵家でも格が低いと出られないのだが、親族であるという事でラルフシーヌの兄姉は全員出席していた。この特例の一事をして見ても、私の外戚としてこれからの帝国政界でカリエンテ侯爵家一族が権勢を振るう事は確定である。これでカリエンテ侯爵家が悪徳貴族だったら目も当てられないところなのだが、散々金欠でラルフシーヌに教育が受けさせられないくらい困っていたにも関わらず、領地から過酷な収奪を行わなかったような善良な一族であったのは本当に幸いだった。実際、この一族の人間はラルフシーヌを見れば分かるが非常にさっぱりとしていて、面倒見が良く、家族思いだった。良くもまぁこんな善良な一族が帝国の上位貴族にいたものだ。
儀式のクライマックスは私の全能神への魔力の奉納だった。これ自体はこのところ毎日やっている事なので難しい事は何も無いが、これで万が一魔力が足りなくて全能神との契約が出来ないと私の立太子は天から認められなかった事になってしまうので、私は少し緊張していた。ちらっとラルフシーヌを見ると何だかワクワクしたような顔でいる。私は内心苦笑した。彼女の期待に応えなければなるまい。私は両手を広げた。
「我は偉大なる血を受け継ぐ者なり。天にまします全能神よ、我が祈りに応え、我が血の盟約に応え、我にお力の一端を貸し与えたまえ。我が捧ぐは祈りと命。古の盟約に従いて我が願いを叶えたまえ」
その瞬間、いつもの奉納と違う感覚がした。いつもは自分から放出しなければならないのに、この時は自分の意図しない魔力の流れが生まれ、天に向かって一直線に伸びていく感覚がした。それほど魔力を使っている感覚は無いが、周辺の音が聞こえなくなり、空間が切り離されて自分が天と直接繋がったような錯覚を起こす。
ああ、これが全能神と繋がるということか。私は何となく理解した。行く行くは皇帝として全能神の力をお借りするために、全能神と力の繋がりを造らせて頂く。それがこの儀式だとは聞いていたが、こういう感覚なのだとはやって見なければ分からない。私が魔力を奉納すると、神の力が下りてくる。それが私の中に浸透して、神の力を私が使えるようになるのだろう。
神の実在とその力の意味を私はこの時初めて理解した。人の身には過ぎたこの御力を使ってこの帝国を導き富ませなければならない。その事を自覚して私は初めて自分が皇帝になるという事の恐ろしさを実感した。帝国の皇帝陛下は神の一人であるというのは本当の事だったのだ。
儀式が終わって天から光の粉が降り注いできた時、私は精神的にどこか生まれ変わったような心地がした。自分は皇太子なのだという強い自覚。いずれ神である皇帝になる事になるという重みを受け止めたのだ。それまでどこか戸惑っていたような心持は消え、残っていたのは覚悟と物凄い重責。私は貴族たちの歓呼の声に応えながらも自分が神になるという事に甚大な恐れを抱いていた。だが、その時、ラルフシーヌがそっと寄って来て私に笑顔で囁いたのだった。
「格好良かったわよ。ミア」
なんだかそれで力が抜けてしまった。そうだな。皇帝になったら神になるといったって、私の中身が変わる訳ではない。猿令嬢だったラルフシーヌが誰もが認める皇太子妃になったからと言って中身までが変わらないようなものだ。難しく考える事は無い。自分を見失わなければ大丈夫だ。そして、ラルフシーヌが側にいてくれれば私は自分を見失わずにいられるだろう。
私達は馬車に乗って今度は聖堂へと向かった。聖堂には皇帝陛下と皇妃陛下が待っていた。簡易な祭壇の前には皇太子冠と皇太子妃冠が置かれており、ここではあれを両陛下に授かるのだ。皇帝陛下は私の顔を見てホッとした表情を浮かべていらした。私が無事に全能神と力の回廊を繋ぐ事に成功し、私の覚悟が定まった事が分かったのだろう。
皇帝陛下の前に跪き、誓いの言葉を述べる。
「全能なる神の代理人にして、帝国の偉大なる太陽、輝ける栄光の座、東西南北を統べるお方、剣と天秤の守護者、いと麗しき皇帝陛下よ。私、セルミアーネは皇太子として皇帝陛下と帝国のために全ての力を捧げると誓います」
「私も夫を支え妃として、帝国と皇帝陛下のために全ての力を捧げると誓います」
ラルフシーヌもしっかり誓ってくれた。皇帝陛下は頷くと、私の頭に皇太子冠をそっと載せた。
その瞬間先ほど全能神に繋がったのと同じような感覚がして私は思わず顔を上げる。すると、私の周りに身なりの良い人々が、取り囲んで笑顔で私の事を見ているのを発見して驚いた。先ほどまでは両陛下とラルフシーヌ以外に誰もいなかった筈だ。全員がどことなく似ていて、全員が面白そうに私を見ている。私が視線を横にずらすと、そこに懐かしい顔があった。
「!」
兄上が、元気な時の姿で私を笑いながら見ていた。その横には10代の利発そうな少年がいて、兄上と肩を組んでいる。その前には7歳くらいの金髪の少年がいて、私の事を不思議そうに見上げていた。
呼吸が止まった。私は会った事が無い、私が生まれる前に亡くなった二人の兄君に違いない。私が愕然としていると、兄上は私に「頑張れよ」とばかりに手を上げ、ふっと消えていった。
私が呆然としていると、皇帝陛下はクククっと笑って、言った。
「見えたか?無事に認められたようだな」
「父上、あれは・・・」
「歴代の皇族だ。其方の品定めにいらっしゃったのだ」
後で知ったが、歴代の皇族は神との繋がりが強い一族であるが故に、この聖地に葬られた者はここで聖霊となり、帝国を永遠に守護する存在になるのだという。
という事は兄上も、兄君達も聖霊になり、ここで帝国と私を見守ってくれるという事だ。私は心が温かくなった。
因みにラルフシーヌは「幽霊を見てしまった」としばらく怯えていた。
聖堂を出た私達は帝宮外城壁にある塔に登った。ここから帝都の市民にお披露目をするのである。塔から帝都を見下ろすと、物凄い熱気と歓声が下から湧き上がって来た。帝都の市民が恐らくほとんどが集まって私とラルフシーヌに注目しているのだ。
「皇太子セルミアーネ万歳!」
「帝国に栄光あれ!」
「皇太子妃ラルフシーヌ万歳!」
人々の想いがゴーっと唸りを上げて塔を震わせる。私が手を上げると歓声は更に大きくなり、熱気に私は額に汗を浮かべた。
だが、私は何故か冷静だった。
私は全能神と繋がり神になるという事を知り、兄を含む歴代の皇族が聖霊として帝国を守ってくれている事を知った。同時に、カリエンテ侯爵を筆頭に私を支持し支えてくれる貴族もいるし、皇帝陛下皇妃陛下も私を支えてくれている。
そして誰よりラルフシーヌがいる。彼女は流石に緊張した顔で私を見上げていたが、ニッと歯を見せて笑って私の手を強く握った。
「行きましょう。ミア」
「ああラル、君がいてくれれば大丈夫だ」
私は色んな人、存在に支えられている。私は今や一人ではない。私は自信をもって熱狂する帝国の民衆に大きく手を振り、帝国の皇太子になったのである。
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