十四話 嫁取り大作戦 セルミアーネ視点
はっきり言うと、私がラルフシーヌを娶る事が出来る可能性は非常に低かった。何しろ貴族最底辺の騎士と侯爵令嬢だ。下手をすると求婚だけで不敬の扱いになるだろう。カリエンテ侯爵が比較的温厚な方であったのは幸いだった。
しかし私は諦める気は毛頭なかった。いよいよとなれば父である皇帝陛下に頼もう。それくらいの覚悟だった。しかしそれは最後の手段だ。私には僅かながら勝算があった。
それはラルフシーヌが満足な教育も与えられずに田舎の領地で育てられ、いずれ現地の平民に嫁に出されるだろうという酷い扱いを受けている割に、カリエンテ侯爵はラルフシーヌを可愛がっているように見えた事だ。彼女の無作法に眉を顰めながらも、彼女の事を非常に心配し、気を配っているように見えた。ほとんど捨て子のような扱いをしていた娘に接する態度には思えない。
おそらく、帝都に連れ帰って接している内に親子の情が湧いたのではないか。あれほど美しい姫に育っているとは思っていなかったのかも知れない。噂によると、ラルフシーヌが起こした騒ぎで侯爵は被害者の親の伯爵に謝罪をしたという。階位の威光を使って高圧的に処理しなかったという事だ。格上の侯爵があえて謝罪する事によって、ラルフシーヌへの反感を弱める効果を狙ったのだと思う。ラルフシーヌが二度と帝都の社交界に出ないならそのような事をする必要は無い。全てラルフシーヌに押し付けて二度と領地から出さなければ良い。そうしなかったのは恐らくもう一回帝都の社交界に出してみたいという心積もりがあるのではないか。
ラルフシーヌは黙って座っていれば非の打ち所がないほど美しい姫である。あれなら社交界で話題になり、良い縁談が殺到してもおかしくない。ラルフシーヌが黙って座っていられればだが。領地の平民に嫁に出すには惜しいと侯爵が考えてもおかしくは無い。領地の平民との繋がりは大事だが、何も娘を下賜する程では無い。格上は無理だとしても有望な下位の貴族に嫁に出し、一族に入れて強固な繋がりを作れば、自分の権勢の強化に繋がる。侯爵はそう考えたのではないだろうか。
そこに僅かながらチャンスがある。私は騎士でギリギリ貴族階級だ。騎士は貴族の血を引いて家が立てられない子弟がなるものだが、そこから手柄を立てれば出世出来る地位でもある。功績を上げ、受勲を繰り返せばその内に子爵身分に上がる事が出来るのだ。子爵になれば領地も授けられるので立派に貴族である。因みに、平民が大功績を上げれば男爵になれるのだが、男爵はそこから上には功績を立てても上がれない。必ず貴族との縁組が必要になる。これは魔力を有する者が貴族であるという暗黙の了解による。子爵から伯爵に上がるにもやはり上位貴族との婚姻という高い壁があるのはこのためである。
私はまだ一介の騎士だが、ここから功績を上げ続ければ子爵になる事が出来る訳である。ここが私の最大のセールスポイントになるだろう。そのためには早急に騎士として功績を上げなければならない。私は募集されていた出征任務(害獣退治や山賊退治である)に片っ端から応募した。上司は私がいきなり積極的になった態度に驚いていたが、やる気があるのは良いことだと激励してくれた。同時に私は訓練にも身を入れた。走り込み、筋肉トレーニング、騎士同士の模擬戦などを義務以上にこなし周囲を驚かせた。特に驚いたのが皇太子殿下だった。
「いきなりどうしたのだ?」
と驚いていたが、同時に非常に喜んで、私を徹底的に鍛えてくれるようになった。熱意と努力と優れた指導で私はどんどん成長し強くなった。丁度成長期だったので身体も大きくなり、力も付いた。一年もすれば皇太子殿下と互角に撃ち合えるようになった。皇太子殿下は事の他喜んだ。二人だけで誰にも聞かれない時には「私の後継者にはセルミアーネがいるから安心だ」とまで言ってくれるようになった。後継者は兎も角、皇太子殿下に認めてもらえるのは嬉しくて、私の修行には熱が入った。
出征して実戦もどんどんこなした。帝都近郊に出たオオツノヘラジカを退治する時は連携のミスから私一人で正面から体長7mもある巨大な鹿の真正面に出てしまったが、慌てず対処して一人で討伐し、騎士団長から激賞された。皇太子殿下も大喜びして下さった。少し遠征して街道を襲っていた山賊退治をした時には、3人を討ち取り2人を捕縛し、首領を生け捕りにする事に成功した。この時は皇帝陛下自ら授与される勲章を受勲した。皇帝陛下は驚き、そして喜んで下さっているようだった。
こうして受勲を繰り返せば子爵になる事が出来るだろう。だが、目的は子爵になる事では無い。カリエンテ侯爵に「セルミアーネは近い将来子爵になるだろう」と思わせる事だった。しかも子爵身分の上位騎士なら功績を上げる機会も多く、子爵としての格もどんどん上がる。そうすれば、侯爵令嬢のラルフシーヌを嫁がせれば私をそれ以上の、上位貴族に出来る可能性すら出てくる。ラルフシーヌを与える価値が出てくるのだ。侯爵にとって自分の強い影響下にある上位貴族を増やす事が出来る機会は見逃せないだろう。
同時に私はカリエンテ侯爵のお屋敷に足げく通った。ほぼ毎日である。
騎士団の勤務が終わってからだから夕方近くが多かったが、休みの日には朝に行く事もあった。花やお茶菓子、遠征した場合は当地の珍しい物を持参してだ。侯爵家に相応しい品を用意しなければならず費用がかさんだが、これは侯爵家に対し「私にはこうして毎日手土産を持参出来る財力がある」というアピールをする意味合いもあったから仕方が無い。
侯爵邸にいきなり行っても普通は騎士が侯爵になど会えない。当たり前だ。なので最初は手土産を置いて執事に言付けるだけの日々が続いた。
しかし私は通いながら門番の兵士や従僕、庭師、侍女などに親しく声を掛け、彼らにもお土産を持って行った。騎士は半分平民みたいなものなので、程無く私は侯爵邸の使用人と仲良くなった。執事に手土産を預けた後に、使用人たちと楽しく話をしたり仕事を少し手伝ったして入り浸る日々が続く内、私の噂が侯爵夫人に届いたらしい。ある日来訪すると、侯爵夫人が会って下さった。勿論計画通りである。
私はラルフシーヌへの求婚の話もしたが、それ以上に皇妃陛下のお話をした。若い頃のお話や、趣味の園芸や、宝飾品の趣味やなどだ。侯爵夫人は私が何故か皇帝陛下ご夫妻の事情に詳し事を不思議には思ったようだが、侯爵夫人として帝宮に上がる事も多い夫人は貴重な情報として私の話を聞いて下さった。そうやって侯爵夫人と仲良くなり、時折見えるラルフシーヌの姉君達とも面識を得て手土産をお渡しした。
私はどうやら女性から美形に見えるらしい。普段は何とも思わなかったが、女性を篭絡するには有効な武器となる。私はきちんと身だしなみを整え、化粧もして、侯爵邸のご婦人方に笑顔を振りまいた。特に侯爵の嫡男の長女令嬢は私に非常に懐いて、彼女には特別な贈り物を持って行ったり、二人で庭園を散歩したりもした。
そうやって侯爵夫人の信頼を得て、いよいよ私は本格的にラルフシーヌを手に入れるための求婚大作戦を開始した。まずは侯爵夫人に私がどんなにラルフシーヌを愛しているかを切々と語り、どうしても彼女と結婚したいのだと訴える。どうして一度しか会ったことが無いラルフシーヌにそれほど惚れ込んだかを尋ねられたので、お披露目式で受けた衝撃を語った。
同時に、私と結婚した時の利益についても語る。私は騎士団長や皇太子殿下に目を掛けて頂いている有望な騎士で、既にいくつか手柄も立て始めているし、もっと頑張って子爵になるつもりだ。ラルフシーヌは平民には勿体ない。せめて子爵になる事が十分見込まれる私と結婚させるべきでは無いか。と、強く主張した。この段階で侯爵夫人の態度から、やはりラルフシーヌを平民に嫁がせるのは勿体無い、しかしラルフシーヌは作法が何も出来ないのでやはり貴族への嫁入りは難しいだろう、と侯爵が考えているのが分かった。私は、私が子爵になれるとしてももう少し先の話なので結婚してから私が持っている屋敷にいる老侍女に教えてもらえば良いし、下位貴族の社交はそれほど作法には煩くないと語った。同時に、私は細心の注意を払って自分の作法が高位貴族に相応しいレベルである事は示した。これは母から厳しく仕込まれたので自信がある。
こういう風に色んな方向から侯爵夫人を攻略した結果「あなたとラルフシーヌの縁談について夫と話してみましょう」と言われるくらいになった。結婚相手を決めるのは父親だが、母親の意見の価値は小さくない。これで侯爵本人との面談が叶えば後は説得するだけだ。勝算はある。私は騎士の任務に精勤すると同時に侯爵との面談が叶う事を期待して侯爵邸へ通い詰めた。
ところがここで私の予想外の事が起こる。何とラルフシーヌに複数の下位貴族から求婚の打診が届いている事が分かったのだ。
どうやらあのお披露目会でのラルフシーヌの態度に感銘を受けたのは私だけでは無かったようだ。特にラルフシーヌに助られた男爵令嬢が感動して下位貴族の社交でラルフシーヌを英雄か聖女であるかのように触れ回ったのだという。そのおかげでラルフシーヌは「下位貴族を蔑ろにしない素晴らしい侯爵令嬢」だと噂されるようになった。このため、下位貴族から侯爵に数件の求婚の打診が入ったらしかった。
特に熱心だったのは助けられた男爵令嬢の兄で、歳は私より一つ上だった。スマートな美形で優男だった。ラルフシーヌなら「弱そう」と切って捨てそうだが、普通の女性受けは良いだろう。この男爵家は彼の父が授爵したばかりの新しい家で、貴族社会の風習を良く知らないために、建前上は全ての貴族階級が参加可能だが、実際は男爵令息と騎士になる子弟は遠慮するのが常識なお披露目式にうっかり参加してしまって令嬢が咎められる結果になったのだが、それを助けたラルフシーヌに惚れ込み、熱心に求婚して来たのだった。
この男爵家は既に非常に資産家で、貴族界に多額の献金をしまくって格の向上を狙っているらしかった。授爵自体も献金で贖ったという評判もあるようだ。しかし、貴族の、というより皇族の血が一つも入っていない平民出身は子爵以上にはなれない。ラルフシーヌへの求婚には侯爵家と婚姻出来れば、子爵以上も狙えるようになる。そういう目論見もあるようだった。
騎士と男爵では身分的には同じくらいだが、どうも資産が段違いにあちらが多いようだった。男爵令息は高価な大量の贈り物を侯爵邸に送り付けているらしい。幸いというかなんというか、男爵令息には侯爵家への伝が無く、男爵の身では簡単には侯爵に面会出来ない。そのため、まだ侯爵にも侯爵夫人にも会えていないようで、そこは私が一歩リードしていた。しかしそのリードも侯爵が贈り物に気を良くして会ってみる気になれば無くなってしまうだろう。侯爵家の財政は私が調べた限りでは、あまり芳しくない。子供が多過ぎたのが原因だと思われた。ただ、ここ何年かは改善していて、それほど金銭に困っているような印象は受けなかった。
求婚者は男爵令息だけでは無く、子爵階級からも何件か打診があったようだった。ただ、こちらは歳がかなり離れていたり、後妻を求めている子爵だったりして、侯爵夫人曰く、まだ若くて初婚のラルフシーヌには可哀想な縁談だから直ぐに断ったようだ。子爵階級から適正な年齢の求婚者が現れたら私も男爵令息も危ない所であったのだが、幸いラルフシーヌがどうも乱暴者で無作法者だという噂が流れたために、上位貴族入りを目指したい子爵家は求婚をためらったらしい。
実はこの噂は私が流した。正確には既に子爵である万人長にラルフシーヌがお披露目でやらかした事を悪い事に絞って吹き込み、社交の場で噂させたのだ。これ以上強力な求婚者が出れば騎士の私には目が無くなってしまう。これ以外にも私は求婚者を増やさないためにあちこちでラルフシーヌの悪評を吹き込んで回った。ラルフシーヌを悪くは言いたくなかったし、効果は未知数だったが、結果的には強力なライバルの登場を抑止出来たようである。
その後もラルフシーヌへの求婚者はパラパラ現れ、領地の方でも平民から何件からか打診があったようだった。私は焦りを募らせたが、ラルフシーヌは一向に帝都に呼ばれる気配は無かったし、侯爵も幾つもある求婚にラルフシーヌの相手を決めかねているようで私にも男爵令息にも会ってはくれなかった。私は足げく侯爵邸に足を運んだ。侯爵夫人は不在で無ければ必ず会ってくれるようになったし、次期侯爵の娘は私が来ると走って来て出迎えてくれた。一度、次期侯爵が出て来て凄い目で睨まれたが私はそ知らぬ顔をした。私が求婚しているのはラルフシーヌなのだからやましい事は何もない。ただし、誤解させる効果は狙った。ラルフシーヌの姉君たちにもギリギリの線で色目を使った。こうしておけば婦人方の夫や父が私の出入りを禁じたがることは分かっていたが、それはすっかり仲良くなったご婦人方が許さないだろう。そうすればどうなるか。彼らは縁の薄いラルフシーヌには特に大きな愛情は無いだろうし「さっさとあの不埒な騎士の嫁にしてしまえ」と私との結婚の後押しをしてくれるのではないだろうかと考えたのだ。
そうやって求婚を始めて二年も経ってしまった。その頃にはラルフシーヌへの求婚者は私と男爵令息に絞られていた。どうやら平民に嫁に出すよりはこの二人のどちらかに嫁がせた方が良かろうとというところまでは来たようだ。資産は男爵令息の方が多いが、熱意は私の方があると見做されているようだし、すっかり侯爵家の婦人方とは仲良くなっていて、他にも軍関係の仕事をしているラルフシーヌの三番目の兄君にもお会いして意気投合もしていた。私はこの頃には功績を複数立てていて、勲章も貰っており、十人長に異例に早い出世も遂げていた。そのため、軍関係者には有望な騎士として名が売れ始めていたのだ。これには騎士団長と皇太子殿下の覚えがめでたいという評判のせいでもある。
最終的に勝負を決めたのはこの騎士団長と皇太子殿下が私を気に入っているという評判だったらしい。この二人は私が皇帝陛下の庶子である事を知っていて、それも加味しての引き立てだったので、結果的には私は自分の生まれを利用してラルフシーヌを勝ち取ったという事になるのかもしれない。
山賊退治で皇帝陛下から勲章を授かった時、その受勲式にカリエンテ侯爵ご夫妻が来ていた。私の首に勲章を掛けた後、皇帝陛下は嬉しそうに肩を叩いて下さった。そして、その後の宴で騎士団長が大きな声で私の功績を喧伝し、実に嬉しそうにこれからが楽しみな騎士だと激賞して下さった。皇太子殿下も少しだが出席されて、私を激励して下さった。この一部始終をカリエンテ侯爵が見ていたのである。当然だが私は見せるように、誇らしげに振舞った。そして騎士団長に頼んで一緒にカリエンテ侯爵に挨拶に向かったのである。騎士団長は私がラルフシーヌに熱心に求婚しているのを知っていたから協力してくれた。
「このセルミアーネはこれから出世する騎士ですぞ!」
と騎士団長はわざとらしいほど私を称賛してくれた。これは後で聞いたのだが、騎士団長は「侯爵家令嬢ならば皇子の妻に相応しい。せっかく殿下が気に入られた相手で身分も釣り合うのだから逃す手はない」という事で色々協力してくれたらしい。実はこの頃、私は何度か皇帝陛下に呼ばれて縁談の打診を受けていた。伯爵家以上の上位貴族の令嬢で、私を皇子に戻す時のための縁談だという事は分かっていたが、私は意中の相手がいると言って断っていた。そのため、皇帝陛下は私が身分低い妻を迎えるのではないかとずいぶん気を揉んでいたらしい。騎士団長には見張るようにと指示が出ていたそうだが、素知らぬ顔で秘密にし通してくれた。
宴の席では社交的な仮面以外全く見せなかったカリエンテ侯爵だが、翌日にいつも通りに侯爵邸に行くと、応接室に通されて、遂に侯爵本人と会う事が出来た。最初の求婚の時に言下に断られてから二年である。侯爵は苦々しそうな顔を隠しもしないで言った。
「ずいぶん執念深く我が屋敷に通ってくれたようだな。女どもを篭絡しおって」
「熱意を認めて頂けたのだと解釈しておきます」
しばらく睨み合った後、侯爵は忌々しそうに言った。
「ラルフシーヌとの結婚を認める。あれほど騎士団長の覚えがめでたいのなら、直ぐに出世するだろう。既に屋敷もあり、資産もあるようだから、ラルフシーヌが苦労する事も無かろう」
私は感動のあまり思わず立ち上がった。
「あ、ありがとうございます!侯爵閣下!」
私は侯爵の足元に跪き、宣誓した。
「私セルミアーネはカリエンテ侯爵令嬢ラルフシーヌ様を妻として、生涯守り抜くことを、幸せにすることを誓います!」
そして額に指で○を描く。侯爵は非常に嫌そうな顔で、私の頭上に聖印を切った。これで私とラルフシーヌの仮婚約が成立した。私は幸せと喜びで目も眩まんばかりだった。侯爵は言った。
「もう少しすれば納税の季節だ。その納税の時にラルフシーヌは帝都に戻す。結婚の予定はそれから考えるとしよう」
しかし私は勢い込んで言った。
「その必要はございません!私は直ぐにカリエンテ侯爵領までラルフシーヌ様をお迎えに上がります!」
「は?侯爵領までは遠いし、費用も掛かるぞ。大丈夫なのか?」
「今回の受勲の休暇と褒賞もありますから大丈夫です。つきましては閣下、婚約の証明に一筆頂けませぬか?領地で婚約を疑われると困ります」
これは侯爵の気が変わって婚約を反故にさせないために文書化させる意味合いもあった。
「それと、今回の休暇は一カ月です。往復半月程度で帰って来るつもりですので、帰ってきたら一週間後には結婚式を行いたいと思います」
「そんなにすぐにか?急ぎ過ぎでは無いか?」
「私は騎士です。帝国を守るためにはそれほど休むわけには参りません、ラルフシーヌ様のためにも精勤して武勲を立て、出世したいですし。ですからお願いします」
「準備はどうするつもりだ」
「私の執事と侍女が対応します。結婚式の場所と規模は下位貴族レベルになりますから、それ程準備に時間は掛かりません。披露宴の準備は侯爵家でお願い致します。ラルフシーヌ様は一度ここに連れ帰りますから、彼女の支度もお願い致します」
私は捲し立て、気迫で侯爵に了承させた。侯爵は目を白黒していたが、了承させてしまえばこっちのものだ。
侯爵から婚約承認の書面を受け取ってから応接室を出て、私は侍女に侯爵夫人への取次ぎを願った。侯爵夫人は笑い出しそうな顔をしながらサロンで私と会ってくれた。
「全て夫人のおかげでございます。ありがとうございました」
「義理堅い事。良いのですよ。あの日に見たあなた達がどうにもお似合いに見えてね。いずれこうなる事を予感していたのかも知れないわ。あの娘をよろしくね。大変だろうけど」
私は侯爵邸を出るとまず母が遺した屋敷に行った。そこにはハマスとケーメラという老夫妻が私の代わりに屋敷を守っている。ハマスは突然の私の来訪に驚き、私が結婚するというと更に驚いた。
「花嫁を迎えたらここに住むので準備を頼む。彼女用の家具だが、使えるものは母の物を使い、足りなければ新たに購入してくれ。それと、寝室に夫婦のベッドも必要だな。手配してくれ。結婚式関係で侯爵家から連絡が来ると思うが対応を頼む」
私は浮かれ気分で二人に指示を出した。二人も私が結婚することに驚き喜んだが、ケーメラが少し心配そうに言った。
「その・・・。両陛下にはお知らせしないで良いのですか?」
両陛下は私の結婚式に出たがるだろうが、そんな事をしたら大変な事態になってしまう。私は首を横に振った。
「必要無い。結婚して落ち着いたら私から連絡するから知らせないで欲しい」
その日のうちに私は旅装を整え、翌日、旅装のまま騎士団に向かい、受勲の休暇を申請する。突然の申請に千人長の顔が曇った。
「まぁ、受勲の休暇は権利だから仕方が無いが、そろそろ納税の時期で街道の警備に人手がいる時期じゃないか。お前に抜けられると少し大変だな。理由は何なのだ。場合によっては時期をずらして欲しい」
私は胸を張って答えた。
「嫁取りです!」
千人長は目をパチクリさせた後、満面の笑みを浮かべた。
「良し!許す!行ってこい!嫁に逃げられるなよ!」
「もちろんです!」
私は騎士団の建物から駆け出すと、馬に飛び乗って帝都の西門を目指したのだった。
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