どっちに悪戯をする?

「乾杯」

「乾杯!」


 サキュバスが経営するバーで璃々夢とルージュは落ち合った。

 すぐにカウンター席に座って酒を頼み、二人の話題は最初からずっと翆に関することだった。


「あの子、本当に凄いわね」

「でしょう? 流石私の娘たちが惚れた男の子だわ」


 酒のつまみに、というわけではないが翆から採取した体液のデータを記した紙がテーブルに広がっていた。

 ほぼ全ての項目が高水準で纏まっており、まるでサキュバスを幸せにするために産まれてきたのではないかと思わせるほどの数値だった。


「璃々夢の娘たちはこれから安泰ね。時々翆を貸してくれないかしら」

「貸すのは無理でしょう。せめて一緒にが関の山だわ」


 一緒なら良いんだとルージュは笑った。

 今王子様とお姫様二人は何をしているのかしらと璃々夢は呟いたが、彼女の予想に反して三人は既に眠りに就いている。

 翆としても体が火照り興奮の冷めない夜ではあるが、人という存在では計り知れないほどの色気を放つ二人を抱きしめながら安眠中だ。


「璃々夢、娘さんのこともそうだけど翆のこと守ってよね?」

「分かってるわよ。私もあの子のことはとても気に入っているし、母親である私にお恵みをくれた恩もある」


 それは以前に少しばかり翆との関係を持ったことだ。

 本番はしていないものの、たったあの数分の中で今までの吸精を遥かに超える結果を璃々夢の身に刻んだのだ。

 沙希亜たちほどではないが、璃々夢もサキュバスなので性的欲求は常に抱えているようなものだが、そんな欲求がこれでもかと抑えられるほどに翆は美味しかった。


「……はぁ♪」


 思い出すだけで璃々夢は甘い吐息を零す。

 周りに居るのはサキュバスばかりで誰も気に留めはしないし、ルージュもやれやれと苦笑したがその気持ちは痛いほど理解できた。

 最初に会った時と今日で翆と義務的な関係を持ったが、繋がった瞬間に義務感をあっさりと塗り替えるほどの愛が溢れ出したのだ。


「本当に羨ましいわ。私の方が早く出会いたかった」


 きっと翆と出会ったサキュバスなら誰もがそう思うとルージュは確信した。

 だからこそ、こうして一時の幸せに浸るだけでなく彼という存在をこれからもサポートし守り続けて行かなければならないと誓った。


「ねえ璃々夢、私ね……普通に翆を落そうとしたわ」

「ふ~ん」

「でも無理だった」


 そう、義務を塗り替える愛は彼をもっと欲しくなった。

 ルージュも翆から見れば恐ろしいほどの美人でサキュバスらしいエロさを醸し出しつつ、性格も優しい魅力的な女性に見えるだろう。

 だからこそ、サキュバスの本能に従ったが最後まで翆はルージュに落ちなかった。

 彼はサキュバスとしているというのにずっと自我を保ち続け、沙希亜と凛音を想い続ける強い意志を見せ続けていた……そして気付けばルージュの方が敗北していた。


「本当に良い男だわ彼は」

「そうね。それは本当にそう思うわ」


 本人が聞いていたら間違いなく赤面する内容の話を二人は続けた。

 翆のことはもちろん、お互いの近況なども話しながら彼女たちは酒と共に時間を潰すのだった。




 さて、そんな風に大人組が酒を飲みながら雑談に花を咲かせている時のことだ。


「……あ?」


 翆はそっと目を覚ました。

 目を開ければ滅多に見ることのない豪華なシャンデリアが目に入り、次いで甘すぎるほどの香りが鼻孔を擽った。

 翆に抱き着くように沙希亜と凛音が眠っており、彼女たちは規則正しい寝息を立てていた。


「……ふむ」


 顔をズラし、沙希亜と凛音を順に見た。

 美しい寝顔は言わずもがな、世の男がこぞって求めるであろう暴力的なスタイルはやっぱり目の毒だ。

 目が覚めたばかりでボーっとしていた頭が一気に覚醒し、二人を求めようとする男の部分に力が入る。


「……ったく、ゆっくり寝かせてくれよ」


 それでも大分心は穏やかで慣れてきたことが窺えた。

 ただ……沙希亜と凛音は決して目を覚ましたわけではないのに、彼女たちは翆の興奮が高まったことを直感で感じ取ったのか眠りながら手をサワサワと動かしている。


「……………」


 たとえ眠りながらでも、意識がなくても愛する存在が興奮していたら慰めようとするサキュバスの本能が働いているわけだ。


「……じゃまぁ」

「ズボン……うざい」


 どうやら目的の場所を隔てるズボンの存在が忌々しいらしく、二人は寝言でそんなことを呟くのだった。

 時計を見ればまだ深夜の一時過ぎということで、翆はちょっとだけ……本当にほんの少しだけ悪戯をしたくなった。


「二人がこうやって触ってくるなら俺だって……ねぇ?」


 触ってくるのならばこっちだってお触りしてもよかろうと、そう思って翆はまず沙希亜の豊かな胸に手を置いた。

 柔らかさだけでなく弾力も素晴らしく、ちょっと指で押しても跳ね返ってくるかのようだ。


「……ぅん」


 甘い吐息を零す沙希亜に目を向けながら、翆はもう少しと呟いて更に先端を弾くようにした。

 ぴくっと震えた沙希亜の反応に翆は面白くなったのか、更に時間を使って悪戯を遂行していく。


「……これはあかん」


 しばらく続けたのだが、沙希亜は眠りながらも色気を漏れ出していく。

 決して起きてはいないはずなのに凄まじいなと思った翆だが、そこで沙希亜とは反対側から強い視線を感じてそちらに目を向けた。


「あ……」


 凛音が目を開けていた。

 ぷくっと頬を膨らませているのは怒っているようにも見えるが、同時にどうして私には悪戯をしてくれないんだと非難しているようにも見える。


「……それじゃあ」


 一旦沙希亜への悪戯を止め、凛音も眠っている体で悪戯をすることに切り替えた。

 沙希亜以上の膨らみに手を当てた瞬間、凛音は満足したように微笑み寝るフリをすることにしたようだ。


「……大きいなぁ。柔らかいなぁ」

「♪♪」


 そんな感想を口にすれば頬が緩みそうになっているのが良く分かる。

 それからしばらく凛音に悪戯をしていたが、今度はまた沙希亜の方から強い視線を感じてしまった。


「……あ」


 沙希亜が目を開けていた。

 彼女も凛音と同じように翆を見つめており、これじゃあ無限ループじゃないかと翆はため息を吐いた。

 まあこうなったのも全て翆が片方に悪戯をしたからなので、この状況を収めるためにも翆はもう少し頑張らないといけないようだ。


 こうしてサキュバスの故郷での夜は過ぎて行った。

 またいつここに来ることがあるかは分からないが、翆にとっては複雑ながらも愛する恋人たちの故郷ということで良い思い出になったのは間違いなかったのだ。

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