翆と沙希亜、そして凛音
「……なんか凄い頑丈な作りだな」
夜、庁舎からホテルに移動した翆は窓ガラスをコンコンと叩きながら呟いた。
今日は一日夜を明かし、明日の昼前にはここを発って翆にとっての元居た場所に戻る予定だ。
「ま、これくらいしないともしかしたらがあるからね」
「うんうん。絶対に力で抉じ開けられないようにする必要があるの」
翆の傍には当たり前のように沙希亜と凛音が居た。
璃々夢だけは別の部屋なのだが、これも全て璃々夢の計らいだ。
「……ラブホって行ったことないけど、なんかこんな感じなんだろうなぁ」
どれだけ金が掛かるんだと恐ろしくなるくらいに立派な部屋だ。
三人で寝ても全然余裕があるキングサイズのベッド、天井には心なしかハート形を象ったシャンデリアなど……さっきも言ったが、翆は当然ラブホテルに入ったことはないのだが、それを連想させるには十分すぎる室内だ。
「てか、抉じ開けられないってどういうこと?」
翆がそう聞くと凛音が教えてくれた。
「男が居るからって侵入して誘拐されたりを防ぐ意味もあるの」
「……やっぱりそういうのがあるのか」
そうしてあの牢獄に囚われたサキュバスのようになるわけだ。
ちなみに彼女のような存在が後を絶たないのは問題ではあるのだが、サキュバスだからこそ体から滲み出る魔力のようなものがあるので地の果てまで逃げたとしても最後は捕まるらしい。
「あんな風にはなりたくないわね。あんなの拷問だわ拷問」
「私と母さんは見てないけどそんなに凄かったの?」
凛音の言葉に沙希亜はブンブンと首を振った。
その必死な様子は絶対にそのような目には遭いたくないと恐れるような感情も垣間見えた。
「だって外界との接触はもちろん、貞操帯まで付けられてたのよ? そんな極限とも言える状態で翆君の匂いを嗅がされるって地獄よ地獄!」
サキュバスとしての感性は分からないので翆はそこまでなのかと思うが、凛音には思いっきり伝わったみたいだ。
「それは困るね……私なら死んじゃうかもしれない」
どうやらサキュバスにとっては死刑に近いのかもしれない。
既に夕飯は済ませており後は風呂に入って寝るだけだが、まあ沙希亜と凛音が同室ということもあって普通に風呂などが済ませられるとは思えなかった。
「二人は風呂どうする?」
「翆君、一緒に入りましょう」
「翆君、一緒に入ろうか」
「あ、はい」
当然のようにお風呂を三人で済ませた。
体を洗う時も頭を洗う時も、更には浴槽に浸かっている時も必ずどちらかの手が翆に触れていた。
当然翆として二人と風呂ということもあるし、何よりサキュバスの故郷に居るということでそれはもう大変だ。
風呂を出た後、沙希亜と凛音はとても満足した様子でベッドに横になった。
「あ~幸せ」
「故郷で翆君と愛し合える喜びぃ♪」
「あはは……」
二人の様子に苦笑しながら翆は朝からのことを思い出した。
まず車の中で、そして着いてから庁舎の中で、更にルージュとそして今も……普通なら絶対に限界が来るはずなのに翆はまだまだ元気だった。
それもこれもルージュに話を聞いたが、やはりサキュバスとの相性が良すぎると男としての機能が更に活性化するらしい。
(……流石にしないと落ち着かないわけじゃないけど、もう少し落ち着きたい気分ではあるよなぁ)
サキュバスである彼女たちと残りの人生を共にする覚悟は決めているが、これから先もこうだとするとちょっと怖さもある。
けれどその怖さも刺激的なスパイスになりそうだと思える部分が、翆がサキュバスの彼女たちに染まってきた証でもあるのだろう。
「翆君?」
「どうしたの?」
「いや……っ!?」
一旦考えていたことを忘れ、翆は二人に視線を向けた。
大きなベッドの上で二人は着崩れた浴衣を着ているのだが、帯も解けており本当にいやらしい姿を醸し出している。
二人の間にちょうど一人分入れるスペースが確保されているので、そこに翆に来てほしいということだ。
「さあ翆君」
「おいで?」
頬を赤くし、ペロッと舌を出した二人が手招きをしてくる。
まるで更なる夢にご招待だと暗に告げているかのようで、翆はやれやれと思いながらも吸い寄せられるようにその場に飛び込んだ。
「ふふっ、流石に今日はもうしないわよ」
「あまり疲れるのもどうかと思うからね」
ホッとしたような、ちょっと残念だったような……翆はそこまで考えて自分の方が節操ないじゃないかと苦笑した。
両サイドから香る甘い匂いと体に伝わる柔らかさ、それをもっと感じたくて二人の体の下に腕を差し入れ、しっかりと抱き寄せた。
「……ここは天国かもしれない」
正に王様になった気分だった。
高いホテルのベッドの上、二人の美女を抱き寄せる今に酔いしれそうになるが別に誰も文句は言わないだろう。
公言も出来ないが、事情を知る人からすれば翆は正に英雄みたいなものだ。
サキュバスと永遠を誓うというのはそういうことであり、しかも二人となるとそれ以上だ。
「俺は今日、二人と正式に結ばれたわけだけど……」
「そうね」
「そうだね」
サキュバスの幸せ制度については問題なく受理をされ、恐るべきスピードで関係各所に翆と彼女たちの関係は伝えられた。
まだまだ表の世界……つまり翆の父や母には伝えられないが、サキュバスたちの中では既に翆は二人と結婚をしたという認識だ。
「翆君……みんなで幸せになりましょう」
「翆君……ずっとずっと、みんな一緒だよ」
「あぁもちろんだ。どこまでも二人と一緒に居るよ」
まあこれからが大変だろうが、とは今は言わなかった。
これから先もずっと、このエロの化身とも言えるサキュバスの二人と過ごしていくことは苦労もあるだろうし、それ以上に気持ちの良い幸福な時間を際限なく与えられることになる。
(……俺、大丈夫かなぁ)
決してそんなことはないだろうが、せめてダメ男にだけはならないようにと翆は心を強く持つことをここに誓った。
(姉さん、翆君をドロドロに溶かしましょうね)
(もちろんだよ。私たちはもう彼から離れられないから)
しかし、二人のサキュバスは画策する。
もうお互いの関係を阻むものはなにもない、だからこそ今以上にサキュバスと女の魅力の全てを持って沼に引きずり込むことを彼女たちは考えていた。
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