囚われのサキュバス
「サキュバスの住む街……恐るべし」
「あはは……」
「まあ慣れる……ううん、慣れても困るかな」
「そうねぇ」
サキュバスの故郷に訪れた翆だったが、彼女たちの放つサキュバス特有の何とも言えない甘い雰囲気に精神はガリガリに削れていた。
庁舎の一角で隠れながら沙希亜と凛音に慰めてもらったわけだが、全く収まりを見せることはなかったのだ。
「……素敵な男ね♪」
「うんうん。羨ましいわぁ♪」
他の女には手を出させない、そう言わんばかりに小清水家の女性たちに守られているが多くの視線が突き刺さっている。
それは決して悪意あるものではなく、心の底から翆という男を求める目をしているので……何と言うか翆としても困っていた。
(……異世界モノの漫画とか読んだ時に女の子数十人に囲まれたりするハーレムに憧れはあったけど……現実はやっぱり違うんだな)
心の底から翆はそう思った。
数多くの女性に囲まれるのは一種のロマンみたいなものだと思っていたが、精神的にもきついし何より肉体が持ちそうになかった。
まあ今でも沙希亜と凛音の二人と未来に続く関係性を構築しているもののそれとこれとは全く話が違った。
「こらあなたたち、お客様を困らせるんじゃないの」
「え?」
突如響いたその声には聞き覚えがあった。
手をパンパンと叩いて現れたのは以前に夢の中で知り合ったサキュバスのルージュだった。
彼女は他のサキュバス職員と同じでかなり際どい服装をしているが、それでも夢で出会った経験があったからか少し安心出来た。
「久しぶり……ってほどでもないわね。こんにちは翆」
「こんにちはルージュさん」
微笑みながら近づいてきた彼女はスッと翆の近くに腰を下ろした。
他のサキュバスには敵意を剥き出しにする沙希亜と凛音だが、彼女にだけはそのような目を向けることはなかった。
「ルージュさん、その節はどうもありがとうございます」
「良いのよ。私も凄く良い思いをさせてもらったからね」
「翆君、素敵でしょ?」
「えぇ凄く! お金払ってでもセフレになりたいくらいだわ」
「っ……」
恥ずかしい内容ではあるが、翆の男の部分を褒められていることと同じなのでちょっと嬉しかった。
沙希亜と凛音を相手する中で、ただの人間だからこそサキュバスを満足させてあげられない不安も少しは会ったのだ。
しかしこのように言ってもらえると更に自信が付いてくる。
「本当に良い男の子を見つけたわね。羨ましいわ」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
ルージュは璃々夢に視線を向けた。
どうも二人は昔からの知り合いというのは簡単に聞いていたが、一体どういう知り合いなのか少しだけ翆は気になった。
「璃々夢も安心するんじゃない?」
「そうねぇ。翆君みたいな素敵な男の子が現れて本当に良かったわ」
だからあまり褒めないでほしいと更に顔が赤くなった。
それから三人には別室でサキュバスの幸せ制度についての書類を諸々書いてもらうことになり居なくなった。
残されたのは翆とルージュのみ、彼女は翆を見てペロッと舌を出した。
「それじゃあ翆、しましょうか」
「……え?」
聞き間違いかと思ったがどうも嘘ではないらしい。
ただでさえ肌を露出させていた服を脱ぎ捨てた彼女はぴょんと飛ぶように翆を押し倒して跨った。
「な、なんでするんです!?」
「したいから……というのは冗談で、最後の試験みたいなものね」
「は、はぁ……」
どうやら本当に必要なことらしかった。
沙希亜たちの許可ももらっているとのことで、若干の背徳さを感じながらルージュとの時間を過ごした。
ベッドの上には元気な翆と限界を迎えてボーっとするルージュが寝ていた。
「流石二人のサキュバスを相手するだけあるわね……単純にサキュバスに対しての耐性がありすぎるっていうか相性が良すぎるのね」
「……そうなんですか?」
「えぇ。質の悪いサキュバスに捕まっても逆に落としそうだし襲われる心配はしなくても良さそうかしら」
いやそれはそれでどうなんだろうと翆は苦笑した。
しかし、こうして話を聞いても悪いサキュバスというのがどうも想像できなかったのだ。
無理やりに男を誘うサキュバスの話は聞いたし、璃々夢が捕まえたサキュバスも目にしたがそこまでの邪悪さは感じなかったからだ。
「そうね。罪を犯して今収監されてる子が居るんだけど見てみる?」
「え? そんなことが出来るんですか?」
「もちろんよ」
どうやら見学のようなことが出来るらしい。
凛音と璃々夢はまだやることがあるらしく、沙希亜と二人でルージュに連れられる形で地下に向かった。
エレベーターを使って地下二階を示す場所に辿り着くと、そこは正に監獄のような光景だった。
「うわぁ……」
「……私も初めて来たけど凄いのね」
石のタイルを敷き詰め牢獄のような場所だった。
よく漫画で見るような地下施設そのもので、犯罪を犯してしまったとしてもこんな場所に閉じ込められたくはないと思ってしまうほどだ。
「こっちに来て」
「……………」
「……………」
ギュッと沙希亜が翆の腕を取った。
沙希亜にとってもどうやらここは言葉を失ってしまうほどの光景みたいだ。
「は~い、元気にしてるかしら?」
「っ……何よクソッタレ。笑いにでも来たの?」
その牢屋に中に居たのは一人のサキュバスだった。
これまた他のサキュバス同様に魅惑的な肢体をしており、並みの男ならすぐに正気を失って襲い掛かってしまうような空気を醸し出している。
ただ……その出で立ちは少し特殊だった。
「目隠しに……鼻にも何か付けてるんですか?」
「えぇ。目は封じて鼻は匂いを嗅げないようにしているの。とはいってもいつもはちゃんと自由にはしてるわよ? ただ翆を連れて来るから男を感じ取れないようにしているの」
「……なるほど」
目と鼻を通じ、手足も拘束されていた。
お尻を地べたに付け、動けないように頭の上で手首を鎖に繋がれている姿はかなりエッチだった。
「男が居るの!?」
「うおっ!?」
ジャラジャラと鎖を揺らすように彼女は体を動かした。
だがしかし、当然両手両足を繋がれているので立ち上がることも出来そうになかった。
「……なんか見てて辛いわね」
「沙希亜」
それは確かに思うと翆も頷いた。
「まあこの子、三人も男性を襲ったから結構重罪なのよね」
「……そうなんですか」
それならば仕方のない処置なのかもしれない。
「ふふっ、ちょっと見てて」
「え?」
「?」
ルージュは牢の中に入った。
そのまま女性に近づいて腰を下ろし、至近距離で囁いた。
「目と鼻は封じられていても口と耳はいつも通り……ふふ、ちょっとどうなるか私も興味があるのよね」
「何を言って――」
ルージュは女性の唇にキスをした。
いきなり何をしているんだと翆と沙希亜は驚いたが、女性に分かりやすく変化が起きるのだった。
「あ……ふわぁ♪」
甲高い声を上げたと思ったらぴくぴくと震え出し、じわっと床を濡らして女性は気を失った。
「……あの」
「何を……」
やり過ぎたかしらとお茶目に笑ったルージュは説明してくれた。
「ほら、まだ私の口にはさっきの名残があってね。彼女はもう随分と長くここに居たから……後は分かるでしょ?」
「……あ」
「そういうことなのね」
取り敢えずそれを口にすることはしなかった。
その後すぐに地下から戻ったが、これもある意味サキュバスの抱える苦悩を垣間見た気がして翆にとっては一つの社会勉強になるのだった。
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