サキュバスがエッチすぎて悩みがあるんだ
沙希亜と凛音とのデートから数日が経過した。
二人と新たな関係になったわけだが、表向きでは翆は沙希亜と付き合っていると学校では認識されている。
どうしてあんなやつが、どうして沙希亜が、なんてことを考えているような目を向けられるが翆は一切気にしなかった。
「なんつうか、俺たちも小清水さんと仲良くなれたのは嬉しいんだよ」
「そうだな。このクラス……いや、学校の中でも一番の美少女だもんな」
「そうよねぇ。アンタたちもニヤニヤしてるし」
「男の子って分かりやすいね」
翆の目の前で友人たちがそう言った。
舞と来夏が言ったように沙希亜と話をする時の仁と道明はそれはもうニヤニヤしている。
異性が見たら気持ち悪いと思ってしまうような表情だが、沙希亜も彼らが翆の友人だからというのが大きいらしい。
「ふふ、翆君の友人だもの仲良くはしたいものね」
翆の腕を抱くようにして沙希亜はそう言った。
教室という色んな人の視線に晒される場所ではあるのだが、もはや沙希亜にとってこうして翆に引っ付いているというのは当たり前になっているらしい。
「翆ったら果報者ね。こんなに想ってくれる子そうそう居ないんじゃない?」
「本当だよね。私も沙希亜さんがこんな風に一人の男の子に甘える姿なんて想像できなかったもん」
「……あぁそれは俺も思うかな」
来夏の言葉に翆は頷いた。
「今まで知ってた沙希亜ってなんかこう……高嶺の花っていうのは当たり前なんだけどどこか気が強そうって言うか、意志が強そうな子だと思ってたからさ」
「あら、そんな風に思われてたのね」
女友達と話をする姿はよく見ていたが、男子と話をする姿は本当に見なかった。
沙希亜は男子高校生が傍に居るには刺激が強すぎるほどの色気を放っているが、その雰囲気が誰よりも大人っぽくて一回り成長が早いようにも見えていたのだ。
「でも沙希亜がとても可愛い子だってのはたくさん知れたよ。なんというか、こんなに綺麗で可愛い人が現実に居るんだなって思ったくらいだ」
「……♪♪」
沙希亜は何も言わず翆の肩に頭を置いた。
舞と来夏は二人のやり取りを微笑ましく見つめ、仁と道明はやっぱりぐぬぬっと悔しそうに見ている。
「アンタたちそんな風に見てるけど小清水さんのこと好きなの?」
「単純に翆がこんな美少女にモテてるのがムカつく」
「翆は友人だ……友人だけど許せねえ」
そう言われてもなと、翆は困ったように苦笑した。
とはいえ彼らも本気で翆に対してマイナスな感情を抱いているわけではなく、嫉妬は当然あるが友人の恋路は素直に祝福しているのだ。
「翆君には色んな部分を知られてるものね。普段の私もそうだし、ベッドの上の私だって……きゃっ♪」
「っ……」
「わわっ!?」
完全に誤解を生む……否、誤解ではないのだが沙希亜の言葉は果たして友人たちにどんな想像をさせたのか。
「さてと、それじゃあそろそろ私たちは戻ろっか」
「うん。またね二人とも」
「じゃあな」
「……翆ぃ!」
「はいはい……」
何だかんだ騒がしくも楽しい友人たちだ。
翆にとって彼らは高校からの付き合いだが、不思議なくらいに彼らとは当時すぐに仲良くなったなと感慨深くなる。
仁と道明はチラッと目が合ったのをきっかけに翆から話しかけ、舞と来夏は席が近くなった時に話して仲良くなったのである。
「……翆君の今の表情、とても良いわね」
「え?」
「昔を思い浮かべているようなそんな顔がとても素敵。いつも素敵なんだけど♪」
ニコッと微笑んで彼女はそう言った。
今もこうして沙希亜とイチャイチャしている姿は当然のように嫉妬の視線を雨のように浴びているが、彼らは彼女が人ならざる者であることを知らない。
知られたら困ることではあるが、彼らが知って翆だけが知っているという事実も優越感の一つだった。
「なあ沙希亜」
「なあに?」
「俺さ、沙希亜と繋がっているから分かるんだ」
繋がっている、それは物理的なことではなく契約のことだ。
沙希亜と契約をしてから数日が経っているが、日が経てば経つほど沙希亜との繋がりはどんどん強くなっていく。
だからこそ、沙希亜が翆から離れることが出来ないと心の奥底でいつも思っていることすらも伝わっている。
「……沙希亜は……っ」
「??」
その先に続く言葉を沙希亜は首を傾げて待っている。
翆にとって彼女はもう手放せない存在で、凛音にも同じことが言えるのだが……ちょっとだけ翆は強い言葉を使ってみることにした。
「沙希亜は俺だけの女の子だ。絶対に手放さない」
「あ……」
色々と話を聞いたが、基本的にサキュバスは押しが強いのでどちらかというと今のようなセリフは彼女たちからというのが多いらしい。
だからこそ、逆に男である翆にそう言われるとどうなるか……その変化は彼女の雰囲気で現れた。
「あぁ……っ……もう翆君。私今あなたの声で飛んじゃいそうになったわ♪」
「飛ぶ……あ、そういうことか」
頬を紅潮させた彼女が口にした飛ぶという言葉、その意味に気付いた翆はかあっと頬を赤くした。
ちなみに二人が顔を赤くしてひそひそと話をする姿は当然見られており、一体教室で何をしているんだと言いたくなるような姿だった。
「先生来るわね。それじゃあ私も離れるわ」
腕に感じていた柔らかさが離れていった。
残念だなと思いつつも、これで気分が落ち着くなと安心したのも確かだった。
そんな風に沙希亜に僅かにでも想いを寄せる男子たちに見せつけるように、翆は彼女とイチャイチャしていた。
普通ならこんな風に引っ付くようなこともなさそうだが、やはりサキュバスということで愛する人の体温と香りに出来るだけ包まれたいのかもしれない。
「今日は翆君のお家に行きたいわ」
「分かった」
デートをすることは決めていたが、沙希亜が家に来ることになった。
明日も学校なので泊まるようなことは流石にない……とも言い切れないのが彼女たちである。
夜寝るときには傍に居なかったのに、朝になったらいつの間にか隣で寝ているなんてことも普通になっていた。
「ほら翆君! 早く行きましょ♪」
「あぁ」
ギュッと沙希亜に腕を抱かれて下駄箱を出た。
しかし、その段階で沙希亜を呼び止める声があったのだ。
「小清水先輩! ちょっとお時間よろしいですか!!」
声を掛けてきたのは後輩の男子だった。
彼は傍に翆が居るというのに全く気に掛けていない様子で沙希亜しか見ていない。
「おい、彼女は俺の――」
「俺、ずっと前から……はれ?」
好きでした、とでも言おうとしたのか分からないが後輩は突然ボーっとしたようにフラフラしだした。
そして翆と沙希亜から視線を外し、そのまま背を向けて歩いて行った。
「……もしかしてサキュバスの力?」
「え? 何のこと? 私、不快なモノは目に入れたくないしすぐに忘れるの」
「あ、はい」
纏う沙希亜の圧に翆はちょっと怖くなった。
それからは翆もさっきのことを聞くようなことはせず、最初から無かったことだと思うようにしたのだった。
「姉さんも呼んでいい?」
「え? もう終わったのかな?」
「うん。今日は朝のうちに終わったらしくてね。ずっと今日は翆君のことを想ってしてたみたい」
「……………」
それってつまり、溜まったものを解放されると暗に言っているのと同じではと翆は訝しんだ。
とはいえ翆の体にも最近信じられない変化が起きている。
それは単純に翆の性欲も彼女たちに引っ張られるように強くなっているのだ。
(……それに何回しても疲れないし……って俺の馬鹿! こういうことを考えるから逆に意識するんだろうが!!)
まあ、こういうことを一ミリでも考えた時点で沙希亜たちサキュバスには気付かれてしまう。
現に隣を歩く沙希亜はその瞳に期待を乗せて翆を見つめている。
そんな視線を受けて彼女たちの期待に応えないと、そう意気込むのもまた翆の大きな変化の一つだった。
「最近恋しく思うことがあるんだよ」
「何が?」
「……もう一人でする気一切起きなくてさ。それがちょっと寂しい気もしてる」
「あぁ……私と姉さんの存在が大きいのかも」
一人でするためには興奮しないといけない。
しかし、どんなにエッチなものを目にしても全く昂らないのである。どうしてもそういった性の対象を沙希亜や凛音と比べてしまって物足りないのだ。
「私たちサキュバスがエッチすぎてごめんなさい」
その謝り方は斬新だねと、翆は肩を震わせて笑った。
【あとがき】
翆君、大変で贅沢な悩みを抱えているみたいです。
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