足を踏み入れることが決まった
それをとある男子が目撃したのは偶然だった。
休日ということで学校はなく、その男子は少し買い物がしたくて街中をブラブラとしていたのだ。
しかし、何やらブツブツと文句を口にしていた。
「ったく、なんであんなやつが小清水さんと付き合えんだよ」
それはとても分かりやすい嫉妬であり、誰に向けてのものかは容易に想像が付く。
特に隠すことなく言うならば、彼は沙希亜がすきなのだ。
二年を機に転校してきた超絶美少女に彼は一目惚れをしてしまい、いつの日かこの胸に抱く想いを伝えたいと考えていた。
だが、彼女はクラスでも特に目立つことのない翆の彼女になってしまった。
「くそっ、なんでだよ小清水さん……」
それはお前が何も行動しなかったからだと、簡単に答えが出せるがそれを彼が気付けるわけもない。
まあ行動に移したからといってサキュバスである彼女が彼に振り向くわけもなく、玉砕される未来が決まっているのだから告白をして傷つくよりは遥かに良かったかもしれない。
「……あ?」
さて、そんな風に的外れの嫉妬を抱く彼は見てしまった――通りがかったのはとある喫茶店、その窓からみえたのは翆が女の人と楽しそうに喋っている姿だった。
「……おい、どういうことだ?」
周りに変に思われないように彼は隠れるように翆を見た。
彼が面と向かって喋っている女性、それはあまりにも美しすぎる女性だった。眩いほどの金髪と沙希亜すら凌ぐ暴力的なスタイル、まるで肌を見せつけるかのような服装でその豊かな谷間すらも見えてしまいそうだ。
「……あの野郎!!」
それは彼に宿ったのは怒りだった。
まさか浮気相手なのか、だとしたら沙希亜を泣かせるつもりかと彼は無駄な正義感を抱いた。
相手の女性と楽しそうに喋る様子から親しい仲なのは分かり、当然嫉妬という醜い感情すらも抱いている。
「……やっぱり騙されてたんだ小清水さんは。俺が……俺が助けないと!!」
完全にめんどくさい空気を醸し出してしまった。
だがそれからすぐに彼は知ってしまう……それは無用のものであり、彼にとって翆たちの事情に踏み込めない光景が広がったのだ。
「……え?」
もしかしたらトイレにでも行っていたのか、店の奥から沙希亜が現れ翆の隣に腰を下ろしたのである。
それから三人で楽しそうに会話をする姿が続き、彼は肩を落として呆然とした。
「……なんだよあいつ……何なんだよマジで!」
どうも夢中になっているせいか、彼はそれなりに大きな声を出してイラつきを露にしているので周りから変な目で見られていることに気付いていない。
彼の視線の先で楽しそうに会話をする三人だが、沙希亜がふとした隙を突くように翆の頬にキスをした。
顔を赤くする翆と微笑ましく見つめる女性、沙希亜はもっとイチャイチャしたいと言わんばかりに身を寄せて幸せそうにしている。
「……くそっ」
どんなに嫉妬しても、どんなに悔しくても自分が余計惨めに思えてくる。
彼は舌打ちをしてその場を去ったが、どうも何やら燻る何かを抱えているようだが果たしてどんな形で芽吹くのか、少しだけ不安が残る彼の後姿だった。
「行ったわね」
「そうだね」
「??」
そんな嫉妬に狂いそうになった同級生に見られていたとは知らず、二人の言葉に翆は首を傾げた。
「翆君は気にしなくていいの」
「そうだよ。醜いゴミみたいな嫉妬だから」
「……はぁ」
やっぱり分からなかった。
翆は手元に置かれていたコップを手に取り、美味しい紅茶を喉に通す。
そもそも今日は暇を持て余すはずの休日だったのだが、こうして二人と出掛けているということはデートの約束が入ったわけだ。
「それで、予定を立てたんだけど……」
「……そっか。もう行くのか」
そう、今回はただデートをするわけではない。
サキュバスの幸せ制度、その本契約の為に翆をサキュバスの故郷へと連れて行く予定を話し合うために集まったのだ。
「ちょうど一月後くらいに行こうかなと思ってるけど、翆君はどう?」
「俺は……まあ特に何もないと思うから大丈夫」
少し考えたが特に予定はないと思うので翆は大丈夫だと頷いた。
しかし、ついにこの時が来たかという気持ちだった。
彼女たちの故郷であり人外であるサキュバスのみが住まう地、それは果たしてどんな景色でどんなサキュバスたちが住んでいるのか、色んな意味で翆はドキドキする。
「ドキドキする?」
「それはまあ……」
凛音の問いかけに素直に頷いた。
沙希亜と凛音の二人を恋人にしているとはいえ、璃々夢とも本番無しとはいえ関係のようなものは一度持った。
それは抗いがたいサキュバスの魅力であり、彼女たちのような存在が多く居る場所となると男なら誰だってドキドキするだろう。
「……まあ怖くもあるけどね」
「確かにね。翆君はサキュバスにとって極上だから」
「大丈夫。私たちが守るから。間違っても路上で発情したサキュバスに襲わせない」
路上で襲ってくるのかと不安になるのは当然だった。
もしもサキュバスの故郷に行くとなるとルージュとも出会うことになるかもしれないので、その時はあの時のお礼を言おうかなと翆は思った。
「それじゃあ一月後で決定ね!」
「あぁ」
「……ちょっと不思議な気分。私たちの大切な人を故郷に連れてくなんてね」
凛音の感慨深そうな声を聴いてしまうと、凛音だけでなく沙希亜にもどれだけ強く想われているのかと翆は理解してしまう。
彼女たちと過ごす中でその気持ちは何度も思い知らせているが、やっぱり嬉しいと何度だって感じるほどだ。
「さてと、これから翆君はどうする?」
「え? あぁ俺はどこか行きたいところがあれば付いていくけど」
「本当に? それじゃあ翆君の家に行こうよ」
一瞬考えたが特に問題はないかと頷いた。
これからの予定が決まり翆は彼女たちと喫茶店を出た。
(……どうなるんだろうなぁ)
一月後に決まった彼女たちへの故郷訪問、果たしてどんなことになるのか少しだけ不安と共に期待を抱いて翆はこれからを過ごすことになりそうだ。
「ちなみに私たちの故郷ってね、まあサキュバスばっかだからドスケベな連中の集まりなわけ」
「うん」
「だからどこでしても問題はないわ。まあでも、翆君は嫌よね?」
「……そりゃあね」
「分かってる。私たちとしても翆君の裸を他の女には見てほしくないし、ちゃんとホテルですることにしましょうか」
「うんうん。というか外でやったら絶対何人か無理やり参加してくるからね」
サキュバスってやっぱりサキュバスなんだね、そう問いかけると二人は綺麗なほどに強く頷いた。
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