おや、璃々夢の様子が……。
ルージュとの邂逅後、目を覚ました翆はリビングに向かった。
朝食の良い香りと共に何とも言えない甘い香りが漂ってくることについては慣れないといけないなと翆は気を引き締めた。
「あら、おはよう翆君」
「おはようございます」
ちなみに沙希亜と凛音は朝のお風呂に向かった。
『一緒に入る?』
『行こうよ翆君』
二人の美女にそう言われたのは心がグラついたが、流石に二人と風呂に向かうと目覚めの一発以上に乱射させられると思ったのでお断りをしておいた。
沙希亜も凛音も残念そうにしていたが、翆としてもちょっと残念だったかなと思わなくもなかった。
「何を考えているの?」
「っ!?」
ジッと考え事をしていたからか、目の前に来ていた璃々夢に気付かなかった。
顔を上げるとまず目に入るのは恐ろしいほどに大きなバインバインのバスト、翆の意志に関わらず自然と手が伸びそうになるのは男の性欲を刺激するサキュバスの力だろうか。
「触っても良いのよ?」
「……いえ」
「ふふ、耐えたか♪」
かあっと翆の頬が真っ赤に染まった。
どうやら璃々夢には全て見抜かれているらしく、下手に誤魔化そうとしない方が良さそうだ。
どうせ心の内を見透かされるのなら逆に平常心で居ようと決め、翆はジッと璃々夢の胸を見つめて口を開いた。
「……こうして目を離せないのはサキュバスの力ですか?」
「え? 違うと思うけれど」
「……ごめんなさい」
「アハハ♪ 本当に可愛いわね翆君は!」
翆の顔面に二つの柔らかな物体が襲い掛かって来た。
それはボールのような球体だが、決してそのようなものみたいに固くはなく翆の顔を優しく包み込む柔らかさがあった。
エプロン越しにも感じてしまうその柔らかさはもしかしたら沙希亜、そして凛音以上に翆という男を落ち着かせる力を持っていた。
「翆君が沙希亜や凛音と一緒に過ごしていくなら私とも必然的に接する時間は多くなるわ。私としても翆君のことは気に入っている」
少しだけ体を離し、グッと翆の顔に璃々夢は自分の顔を近づけた。
むわっと広がる濃すぎる女の香りと共に、璃々夢から漂う異様な気配は間違いなくサキュバスとしての力が漏れ出している。
「沙希亜や凛音のことを忘れさせるくらいに私に夢中にさせることは出来るけど流石に……ねえ?」
「っ……」
翆は思わず一歩下がった。
目を細めて下唇を舐めるその姿は正に捕食者の目だった。
おそらくだが今璃々夢が口にした言葉に偽りはなく、本気でそうさせることが可能なのだろう。
ただの人では抗えない超常的な力を持ったサキュバス、今翆の体に纏わりつこうとしている何かもそれだと考えられた。
(……それでも俺は……沙希亜と凛音さんと共に居ると決めた!)
踏ん張れ、気をしっかり持て、男を見せろ、そう自分に喝を入れるように翆は強く璃々夢を見つめ返した。
その瞬間、体に纏わりつこうとしていたものが剥がれるようにして翆の体は軽くなった。
「っ!? ……♪♪」
「……え?」
ただ……何故か璃々夢が顔を赤くしたのだ。
強く見つめ返した翆を見て一瞬目を丸くするほどに驚いたのだが、次に彼女が浮かべたのが今の紅潮した姿である。
「璃々夢さん?」
「な、何でもないわ……なるほどね。そういうことかぁ」
一人でブツブツと何かを呟き、先ほどの異様な雰囲気を引っ込めた璃々夢は翆の頬に手を添えた。
そしてそのまま顔を近づけ、チュッと可愛らしいリップ音を立てて翆の頬にキスをするのだった。
「朝の挨拶よ♪」
「そ、そですか……」
そうして璃々夢は朝食の用意に戻るのだった。
翆としては突然のスキンシップに胸をドキドキさせながら、沙希亜と凛音が戻ってくるのを待つことになった。
しばらくすると二人が戻ってきたが当たり前のように気付かれた。
「母さん?」
「……キスでもされたかな」
どうしてこの家の女性はこんなにも勘が鋭いんだ、そう翆は改めて思った。
璃々夢の作ってくれた朝食を食べ終え、その日は何をしようかという話になり翆は沙希亜と凛音の二人と一緒に外に出かけることになった。
「ダブルデートね!」
「……ダブルっていうのは違う気もするけど」
ダブルデートは二つカップルが一緒にデートすることなので意味は違う。
とはいえ、一人の男である翆に二人の女性が寄り添うようにしている光景は果たして周りにどんな目で見られることになるのか……それを翆は改めて街中に出た時に思い知った。
「そりゃそうなりますわ」
黄昏たように翆はそう口にした。
翆を挟むように沙希亜と凛音がその腕を抱くようにして身を寄せている。そのまま街中を歩けば何事かと目を集めるのも仕方なく、何と言っても二人がとてつもない美女故だろうか。
「ふふ、見せつけてしまいましょう」
「そうだよ。これが私たちサキュバスの……はダメだね。大切な人って見せつけちゃおっか」
変に居心地の悪さを感じるのが馬鹿に思えるくらいに二人は自然体だった。
二人がここまで堂々としているのに翆がビビっているわけにはいかないなと、腹の下に力を込めるように翆は気合を入れた。
「まあでも、一番は姉さんの服装でしょ」
「……そうかな。普通だと思うけど」
沙希亜の指摘に翆もうんうんと頷いた。
ゆったりとした体のラインをあまり見せない沙希亜の服装とは違い、凛音の服装はかなり肌を見せるタイプだった。
上の服は胸元が開いたタイプで谷間が見えており、下はホットパンツでむちっとした太ももは眩しささえ感じさせる。
「翆君が好きそうかなって思ったし、私もこういうのが好きだしね」
「……なるほどです」
確かに嫌いではなかった。
沙希亜と違ってギャルのような見た目の凛音らしい服装とも言うべきか、彼女ならこんな風に肌を見せる服装の方が似合う気もしてくる。
「まあでも、本当に似合ってるんだよな凛音さん」
「ありがとう翆君。でもこれだけは覚えておいてね。この服の下の大事な部分を全部見れるのは君だけなんだよ?」
「っ……はい」
耳元に顔を寄せて凛音はそう言った。
街中ということもあって色んな声が聞こえるほどに騒がしいが、そんな周りの音を置き去りにしてしまうような凛音の雰囲気に翆は緊張する。
「むぅ……」
まあそうやって凛音に揶揄われ顔を赤くすると、今度は反対側に居る沙希亜が頬を膨らませるのだ。
仲間外れになんてしない、ちゃんと見ているよという意味を込めて翆は沙希亜の頭を撫でた。
「……チョロいサキュバスだわ私は」
「それは私もだから同じだね。流石姉妹」
それで良いのかと翆は苦笑した。
二人とのやり取りのおかげで周りから集まる視線に対してそこまで何かを思うことはなくなり、いつも通りの姿で翆は二人と時間を過ごすことが出来た。
さて、こうしてサキュバスのことを知った今となっては彼にも気になることがあった。
「……?」
「もう翆君ったら」
「……??」
「ま、気になるよね」
別にガン見しているわけではなく、チラッと翆はさっきからすれ違う女性に目を向けていた。
それは決してその女性が気になるだとか、見惚れたとかそういうことではない。
その女性は人間なのか、それともサキュバスなのか……それが少しだけ気になってしまうのだ。
「ちなみに今すれ違った全ての人は普通の人間ね」
「だよなぁ……」
「まあこの辺りに居るのは私たちくらいだから会うことはないかな。でも、これから先は分からない」
少しだけ真剣な面持ちで凛音はそう口にし、それに対して沙希亜も頷いた。
「そうね。だからこそ、私たちは翆君の傍に居ないと行けないの」
それは守るからという意味が込められていた。
ルージュに教えてもらったタンクとして男を扱うサキュバスの話、もしも沙希亜や凛音が心優しい子でなければ翆もそうなっていた未来があったかもしれない。
「……沙希亜も凛音さんも好きだよ。出会ったサキュバスが二人で良かった」
それは心からの言葉だった。
翆の言葉を聞いた二人は満面の笑みを浮かべて更に身を寄せてきたため、二人の胸が激しく歪んで翆の体に押し当てられる。
当然、そうなるとさっきとは比べ物にならないほどの視線を浴びることになる。
「さあ翆君、どこに行く?」
「そうだなぁ……取り合えずカラオケとかでも」
「いいね。そこでぐんずほぐれつってわけだ」
「いや違いますからね?」
「え……」
「そんな……」
「なんでそんな顔をするんだ!!」
やはり相手は男を手玉に取るサキュバス、翆もまだまだ彼女たちから一本を取るのは至難の業らしい。
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