二人はこうして誓いを立てた

「すぅ……すぅ……」

「……ふふ」

「……良い寝顔だね」


 深夜、真っ暗な部屋の中で眠る翆を見つめる沙希亜と凛音は幸せの中に居た。

 夕飯を終えてすぐに翆をまるで連れ去るように凛音は部屋に連れて行った。凛音については後日という約束だったが、沙希亜が振り撒く幸せオーラに充てられれて我慢が出来なかったのである。


『ええい! 俺も男だ来いよ凛音さん!!』

『っ……素敵♪』


 なんてやり取りがあって翆はそれはもう頑張った。

 一日で二人のサキュバスを相手にしてしまったので、こうしてくたびれて深い眠りに就いてしまったのもおかしな話ではない。


「それで、どうだったの姉さん」

「うん。すっごく良かったよ。心まで満たされるってこういうことなのね」


 沙希亜の問いかけに凛音は満面の笑みを浮かべてそう言った。

 眠り続ける翆の頬に優しく手を当てながら凛音は今までのことを思い返した。サキュバスとして当然そういった行為は大好きなのだが、やはり前にも言ったが義務感の方が強かった。

 それが今回の翆との交わりは気持ち良かったのは当然、更には心まで満たされてしまい完全に翆に落とされてしまった。


「サキュバスってさ、人間を落とす側のはずでしょ。それなのにこんなにも一人の男の子に夢中になるなんてね……これもサキュバスの特性かな」

「でしょうね。絶対にその人を逃がすなって本能が訴えかけて、同時にその人でしか満足できないように体が作り変えられるんだと思うわ」


 二人もサキュバスだが自らの種族の全てを理解しているわけではない。それでも心が示す先に翆が居て、そんな翆を求めているのだから何も間違いはないのだと沙希亜と凛音は思った。


「それにしてもまさか沙希亜にジッと見られながらなんて思わなかったよ」

「仕方ないでしょ。私は翆君にとって一番の奥さんなんだから、姉さんとのことも見届けるのが当然でしょうに」

「……それで参加してたら世話ないけどね」


 実は翆と凛音が愛し合っている時に沙希亜はずっと見ていた。

 沙希亜は凛音の気持ちも分かっていたので翆を独り占めさせていたが、サキュバスである彼女がジッと見るだけで我慢できるわけがなかったのだ。

 それでも翆のことを労わりながら沙希亜も自分にブレーキを掛け、時には翆の精気を復活させる処置すらも行っていた。


「翆君仰天してたわね。まさかいきなり尻尾を咥えさせられるとは思わないでしょ」

「だってこっちじゃまだ出ないんだから仕方ないのよ」


 サキュバスが男性から精気を吸い取るように、逆にサキュバスも相手に精気を送ることが可能だ。沙希亜がやったのは尻尾を咥えさせ、その先端から直接翆に送り込んだのだ。

 別に毒ではないので飲んでも体に悪影響はなく、逆に相性が良すぎるほど回復が早いというメリットが合った。


「母さんだったら出来るんだけど……まあ仕方ないわ」

「そうだね。尻尾からより胸の方が見栄えも良いし翆君もそっちの方が絶対に良さそうだし」


 翆なら絶対に喜ぶと、そんな確信が二人の中にはあった。

 それからしばらく話をしていたが、やっぱり翆は目を覚まさない。それどころか沙希亜の方に体を向けて抱き着いたのだ。


「あ……」

「ふっ、これが正妻の力ね♪」


 羨ましそうにする凛音を笑うように沙希亜はそう言った。

 翆はまるで沙希亜のことを抱き枕か何かと思っているのか、顔を沙希亜の豊満な胸元に押し付けながら気持ち良さそうにしている。

 もうその姿があまりに愛おしすぎて、沙希亜はさっきからきゅんきゅんしまくりだった。


「そう言えば沙希亜はサキュバスの古い友人とは連絡を取り合ってる?」

「全然」

「そうよね。私も何人か連絡は取り合ってるけど……私たちとは正反対だわ」


 サキュバスとは現代に潜んでいる種族になるのだが、もちろん小清水家の女たち以外にもサキュバスは存在している。

 沙希亜と凛音には昔からの知り合いは居るが今も交流が続いているサキュバスはかなり少ない。


「正反対ってどういう意味?」


 沙希亜の問いかけに凛音がスマホを手にある画像を見せた。

 それはサキュバス特有の羽と尻尾を生やした美しい少女と、鎖に繋がれた男性が写っている写真だった。

 これは凛音に直接送られたものではなく、サキュバスたちが作り彼女たちだけが閲覧できる裏サイトのようなものだった。


「……まさかこれって」

「そういうこと。男を餌にしか見てない連中も居るってこと」


 写真に写るサキュバスの女は男性を見下した顔をしており、男性は瞳に光を失くした状態で虚空を見つめていた。

 そこには愛などなく、あるのはただ食料に対する興味と捕まってしまったことへの絶望だった。


「……私たちも翆君を落とそうとはしてたけど、流石にこんなことをしようなんて発想はなかったわ。きっとこの子、近いうちに故郷に連れ戻されるでしょうね」

「そうだね。それに文章も添付されてるけどサキュバスの幸せ制度の許可が下りなかったのもあるのかもしれない」

「それはそうでしょ、こんなのこの男性が望んでいないから当然でしょう」


 サキュバスの幸せ制度、それは既に説明されたことだがもう一つ隠された制約が存在する。

 それはサキュバスからの一方的な気持ちでは許可が下りないのだ。男性から採取した体液を送る工程があり、故郷にそれが送られてあちらでも入念に調べることで、男性がどういった精神状態で出された物かを特定することが出来るのだ。

 翆の場合は二人のことを想っていたからこそ審査は通ったが、おそらくこの男性は無理やりに魅了された状態だったので通らなかったのだと推測出来る。


「沙希亜」


 凛音は真剣な表情で沙希亜に目を向けた。


「母さんも守ってくれると言ってくれたわ。でも私と沙希亜もしっかりと翆君を守らないといけない。複数のサキュバスにこうして好意を寄せられる男性というのは珍しいのもあるし、何より彼の出すモノが極上であることの証よ」

「分かってるわ。匂いと雄の魅力に誘われて近づく輩が居るかもしれない、そういうことなんでしょう?」


 良い男に女は群がるものだが、サキュバスにも同じことが言える。

 沙希亜と凛音、おそらく璃々夢も翆のことを少なからず気に入っている。それだけ翆の雄としての魅力はサキュバスを吸い寄せる力を持っているのだ。

 基本的にこの地域は璃々夢の名前で権利を取っているが、それを守らない輩も出てくる可能性がある……それは警戒しなければならないことだ。


「もしも翆君を奪おうとするなら私にも考えがあるわ」

「そんなの私だって同じだよ。彼に手を出したら……ねぇ?」

「えぇ。許せるわけがないわ」


 殺す、とまでは行かないが後悔はこれでもかとさせるつもりである。


「……う~ん……すぴぃ」

「あら……」

「翆君♪」


 二人がおっかない話をしている中、翆は沙希亜から離れて凛音に抱き着いた。実は起きているのでは、そう思ったがやっぱり翆は寝ている。

 凛音は抱き着いてくれた翆のおかげもあり、恐ろしい表情を引っ込めて聖母のような笑みを浮かべた。


「……あ、そうだ。沙希亜、ちょっと私たちを写真に撮ってくれる?」

「え? どういうこと?」

「大学でしつこい奴に見せるための写真だよ。今なら私の谷間に翆君は顔を埋めてるから顔は見えない。でもお互いに服を着てないから情事の後ってのはバッチリ分かるでしょ?」

「あぁそういうことね。姉さんも大変ね」

「沙希亜だって似たようなものでしょ?」


 姉妹揃ってくくっと笑い、沙希亜は凛音のスマホで写真を撮った。

 ちゃんと翆の顔が隠れていること、凛音の胸の先端が写ってないことを確認して保存するのだった。


「うんバッチリ、私これを待ち受けにしようかな」

「あ、ズルいわ姉さん! 私も同じようにしたいわ!」

「ふふ~ん、今はダメ。翆君は私に抱き着いてるんだから♪」


 それからしばらく、睨み合う姉妹の姿があったそうな。

 ちなみに、サキュバスというのは色んな所に住んでいる。ビックリするようなほどに多いわけではないが、それでも隠れるように潜んでいるのは本当だ。

 もしかしたら翆は他にももしかしたら出会っている可能性がないわけではなく、これから先いくら二人が傍に居たとしても絶対に会わないとは言えないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る