それがサキュバスと過ごすということ
夕方になり、先にお風呂を翆はいただいた。
いつもと違う場所だからか妙に緊張したものの、しっかりと沙希亜と頑張った疲れを癒すことができた。
「……乱入されるとか思ったけどないんだな」
サキュバスだからなのか、それとも沙希亜も凛音もエッチだからなのかそう思ったのかは分からないが、少なくともお風呂に入り込んでくるくらいは考えていたが特に何もなくて安心と言うか……少しだけ拍子抜けした翆だった。
「……っていかんいかん。変なことに期待をするな翆!」
まあここはサキュバスの巣窟である。
十七歳の少年であり、人生で初めて女の子との経験をしたのだがそんなことを想像するのもおかしな話ではない。
「お風呂あがりました!」
「あ、お帰りなさい翆君」
「おかえり~、それじゃあ私と沙希亜で一緒に入ろうかな」
翆と入れ替わるように沙希亜と凛音がお風呂に向かった。
姉妹でお風呂に入るのも珍しいような気がするが、それだけ二人の仲が良いということだろうか。
「ふふ、あの子たちったら翆君の体液が染み込んだお風呂に興味津々なのね」
「……あ、そういう」
やっぱりエッチじゃないか、翆は心の中でそうツッコミを入れた。
さて、二人が居なくなったことでリビングには璃々夢と二人っきり、なんとも言えない緊張した時間が幕を開けた。
「翆君、こっちにおいで」
「あ、はい……」
ソファの隣に座るようにと手招きをされたので近づいた。
距離が近づけば近づくほど、璃々夢から感じる色気は凄まじかった。おそらく人間でこれほどの色気を纏うことは確実に不可能だろう。
(……雑誌で見るグラドルとか、あいつらにチラッと見せられたAV女優なんかも目じゃないなこれは)
まあ半端ない色気を醸し出すという点では沙希亜も凛音も相当だが、それ以上にこの璃々夢という母親はヤバいとしか言えない。
翆自身も上手く言葉に出来ないが、ただ見つめられるだけで心臓がうるさいくらいに脈打つほどなのだから。
「ふふ、ごめんね。これでも抑えている方なんだけど、サキュバスとしてのオーラを完全には消し去れないみたい。二人の娘を持つオバサンなのに、外に出たらナンパがしつこいくらいでね」
「なるほど……」
確かにその悩みを持つに値する美貌なのだ彼女は。
そもそも二児の母とは到底思えないほどに見た目は若々しく、それこそ沙希亜たちの姉と言われても疑問に思えないほどだ。
「だって若々しいじゃないですか。その、サキュバスの人って大体そんな感じなんですか?」
「えぇ、基本的に外見は年齢と見合わないわね。翆君も嫌でしょ? しゅわくちゃのサキュバスが誘惑をしてくるのは」
「それは……はい」
少しだけ翆は想像してしまった。
『ほれそこの坊ちゃん、あたしの相手をしてはくれんかね?』
見た目はお婆さんなのに性欲旺盛な女性に迫られたらと考えると、言っては悪いがかなり不気味な絵面になりそうだった。
しかし、今の言葉から察するにサキュバスとはやはり長生きなのだろうかと翆は考えた。人ではない存在なので、人間と同じ寿命ではないのかと。
「結構長生きなんですか?」
「昔はそうだったみたいだけど、今では人と同じくらいかしらね。見た目が若々しいだけでちゃんと体は年齢を刻んでいるから」
「……なるほど」
そこで少し翆は安心した。
もしもサキュバスがかなり長寿な存在だった時、ただの人である翆は必ず彼女たちよりも先に死ぬことになる。そうなった場合、残された彼女たちがそれからも長い時間を悲しむかもしれないと思っていたからだ。
(ま、すぐに忘れて新しい生き方を探すかもしれないけどね)
それはそれで悔しいが、今となっては彼女たちが笑ってくれればそれで良い。
「……翆君はとても優しいのね」
「え?」
ギュッと璃々夢に翆は抱きしめられた。
相変わらずの包容力と甘い香り、温かな体温に包まれて翆の意識は一気に璃々夢に注がれることになった。
「……っていうか俺の考えてることが?」
「えぇ、ある程度は分かるわね。まあでもそこまで見る気はないから安心してほしいわ。でも見えてしまったから、あなたが沙希亜や凛音に向ける優しい気持ちが」
まだ出会ったばかりみたいな部分はあれど、翆にとって彼女たちとの出会いと秘密を知った出来事が強烈過ぎたおかげでこうして早くに気持ちを固めることが出来た。
翆はもう、沙希亜と凛音の全てを受け止める覚悟を固めているのだ。
「……ねえ翆君」
「何ですか?」
「ちょっと、私にも味見させてくれない?」
「はい?」
その瞬間、翆はソファに押し倒された。
長い尻尾によって抑えつけられ起き上がることも出来ず、先ほどから璃々夢の気に充てられていたからか体は興奮を覚えていた。
「なるほどね。この香ばしい匂い……クセになりそうだわ」
「り、璃々夢さん?」
私服ではなくパジャマだからこそ、脱がされるのも一瞬だった。
沙希亜や凛音のように瞳にハートマークを浮かべたリリスに、翆は食われると瞬間的に理解した。
「いただきます♪」
璃々夢の背から沙希亜や凛音とは比べ物にならないほどに大きな翼が現れ、それに包まれるように翆と璃々夢の体を覆い隠した。
そして、少しばかりの時間が経過した頃。
「……あはは、ごめんなさいね翆君」
「俺……俺……」
彼女の母親ともある意味関係を持ってしまったことに翆は頭を抱えていた。
璃々夢から与えられるものに抗えず、必死の我慢も空しく彼女の大きな二つの山の中に開放してしまったのだ。
璃々夢も翆の葛藤は理解しているし大人というのもあってか、申し訳なさそうに翆の頭を撫でている。
「……これもサキュバスだからってことかぁ」
「ふふ、そうね。でも……私も理解してしまったわ。これなら沙希亜と凛音も仕方ないわよね」
頭をポンポンと翆は撫でられ、次の瞬間にはまた抱きしめられた。
沙希亜や凛音よりも大きなJカップのバスト、あまりにも柔らかいそれはまさにサキュバスの母だと言わしめる存在感だ。
「ただいま……ってこの匂い!?」
「……母さん!?」
「あら、気付かれてしまったわ」
速攻で何が起きたかを理解した二人に翆は璃々夢から引き離された。
大人の魅力にサキュバスの妖しさが混じった究極とも言える魅力の罠から救い出された翆、しかし助け出された先はお風呂上がりの沙希亜と凛音である。
(……この家はダメだ。男をダメにする人しか居ない!!)
翆はそんな分かり切ったことに今更気付くのだった。
心底楽しそうにしながらお風呂に向かった璃々夢、残された三人で手伝い合いながら夕飯を作ることになった。
「翆君は座ってても良いのに」
「いや、流石に見てるだけってのは嫌だからさ」
「手伝いをしてくれるだけでも魅力が溢れてる。愛してるよ翆君」
真剣な顔で凛音にそう言われた。
この前から気付いていたことだが、やはり凛音の中で男を褒めるラインがかなりのバグを有している。
翆としてはこれくらいのことは普通だと思っていても、彼女からすればそれは普通ではないらしい。
「……俺さぁ」
「うん」
「なに?」
「ダメになりそうだわ。なんつうか、沙希亜も凛音さんも……璃々夢さんもそうだけど空気から完全に男をダメにする感じなんだよな」
男をダメにする、それはある意味楽な生き方の一歩手前に手招きしている。
しかし、何度も言うが翆はただただ甘えされるのは嫌なのだ。どこまで行っても彼女たちは対等でありたい、守られるだけじゃなく守りたいと思っているのだから。
「ふふ、確かに私たちは翆君をダメにしようとしているわ。でもそれはサキュバスの本能として正しいみたいよ。そうよね姉さん?」
「うん」
「どういうことなんだ?」
そう聞くと、凛音が翆に向かって腕を広げた。
「おいで翆君」
「あ、はい」
まるで璃々夢にされた再現のように凛音に抱きしめられることを受け入れた。
大きな胸に挟まれるようによしよしと頭を撫でられながら、翆は凛音からの言葉を聞くことに。
「サキュバスは男性の精気を吸い取る淫魔、それはよく漫画とかで伝わるモノと大差はないね。でも現代に生きる私たちには翆君も知っての通り、特定の相手を見つけるとその人を愛したくて仕方なくなる特徴があるの」
「はい……それは聞きましたね」
それは既に聞いたことが。
「ある種の一目惚れみたいなもので、どうしようもなくその人しか見えなくなる。そしてその人にも自分しか見てほしくなくなる。つまりそうなると、私たちサキュバスとしては相手の男性を思いっきり依存させて身も心も落とすのが手っ取り早いってことになるの」
「……あ、そういうことか」
沙希亜と凛音にとって、翆のことしか見えずそして翆にも彼女たちのことしか見てほしくないと考えるのならば、一番の手としては何があっても二人の元から離れようと思わないくらいにドロドロに溶かすのが最善手だと言いたいのだ。
「普通なら人間は働いたりしないといけないでしょ? 働かないとお金が稼げないから。でも私たちにそんな常識はない、何故ならサキュバスの幸せ制度によって男性が働かなくてもいいようになってるから」
「……はい」
「無限に近くお金は供給されるし、それでも落ち着かないならサキュバスの故郷を通じてパートナーと共にお金を稼げる仕事ももらえるわ。もちろん、一番はサキュバスを愛してもらうことが前提だから拘束時間はあってないようなものよ」
「ふむ……」
「つまり、私たちを一つの部屋の中で愛しまくることがお仕事ってこと♪」
「……………」
完全に人の世から外れたサキュバスの常識、それはサキュバスが惚れた男性を完全に羽交い絞めにするような制度だった。
まるで夢のようでありながら幸福な世界……ある意味、幸せな牢獄の中とも言えるのかもしれない。
【あとがき】
これでもかと男を溺れさせるような要素を仕入れております。
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