ついに繋がる翆と沙希亜

「……ついに来てしまったこの日が」


 翆にとって運命の日がやってきた。

 沙希亜の家にお泊まりすることが決定してからのことだが、沙希亜と凛音は夜に部屋に現れることはなかった。それが彼女たち……いや、正確には沙希亜の我慢のボルテージを上げている気がするので少し怖かった。


「………………」


 実を言うと今日が近づくほどに翆の緊張感は増していった。

 サキュバス一家の家にお泊まりということで怖さはあるが……やっぱり期待のようなものも胸に抱くのは当然だ。一応朝からお邪魔することになっており、これから翆は彼女の家に向かう……予定のはずだった。


「うん?」


 ピンポンと、家のインターホンが鳴った。

 この時間帯の来客はおそらく両親に用だろうと考え翆は気持ちを落ち着けていた。しばらくするとドタバタと騒がしい足音が部屋に近づいてきて翆は首を傾げた。


「ちょっと翆! 今……今!!」


 尋常ではない様子の碧が顔を見せた。

 その慌てように翆も何事かとビックリする。碧は気持ちを落ち着けるように大きく深呼吸をしてからゆっくりと口を開くのだった。


「今翆に用って物凄い美人の女の子が来てるのよ!! もう……もうね色々と凄いんだから!」

「……まさか」


 翆はすぐに部屋を飛び出した。

 そのまま玄関に向かうと、そこに居たのは向こうの家で待っているはずの沙希亜だった。長い銀髪は太陽の光を受けて輝いており、ルビーのような瞳は真っ直ぐに翆だけを見ている。ニットのセーターに包まれた大きな胸は生地も相まってとても柔らかそうで、黒のスカートから覗く太ももは健康的なむっちりさを演出していた。


「おはよう翆君、待ちきれなくて迎えに来てしまったわ♪」

「お、おはよう沙希亜……めっちゃビックリしたんだけど」


 悪戯っぽく口元に手を当てて沙希亜は笑った。

 翆としては確かに驚いたものの、こうして彼女に会えただけで心は嬉しさで溢れてくる。改めて彼女と付き合う、つまり恋人という関係を構築したからこその気持ちだろう。


「翆……その、そちらの美人さんは?」

「あ、そっか……言ってなかったっけ」


 翆はまだ家族に沙希亜のことは伝えていない。

 こちらが俺の彼女だと、そう翆が伝えるよりも早く沙希亜が頭を下げた。まるでお嬢様のような綺麗な姿勢で頭を下げた沙希亜に翆だけでなく碧も見惚れた。


「初めまして、翆君とお付き合いをさせていただくことになりました。小清水沙希亜と申します」

「これはご丁寧にどうも……ってお付き合い!?」


 ぐるりんと首を取れるのではないかと思ってしまう勢いで碧は翆に視線を向けた。翆は頬を指を掻きながらも、隣に立つ沙希亜の肩に手を置いた。ビクンと震えた沙希亜だったが、翆の体に身を寄せるように体を引っ付けた。


「実は一昨日くらいから彼女と付き合うことになったんだ。その……いきなりで驚く気持ちは分かる。俺だってまだ実感できないくらいだからさ。こんなに素敵な女の子が俺の彼女なんてさ」

「翆君……♪」


 一瞬で目にハートを浮かべた沙希亜にやっぱり翆は何か様子が変だなと思った。体をモジモジさせながら何かに耐えるような姿に、翆はなんとなくその理由を察してしまい顔を赤くした。


「そうだったの……翆に彼女さんが。ほへぇ」


 なんとも間抜けな声を碧は出した。

 本来なら父にも紹介したところだが、今日は朝早くから仕事だったらしく家には居なかった。また今度機会があった時に紹介しよう、そう考えたところで沙希亜が更に言葉を続けた。


「今日は翆君がうちに泊まりに来るということで、一日ですがお預かりさせていただきますねお義母様♪」

「……あ、そうよ。今日は友人の家に泊まるって……まさか沙希亜ちゃんの!?」

「あ、あぁ……」


 おそらく碧が考えていた友人とは仁か道明だったはずだ。それなのに実際は女の子である沙希亜の家、それはある意味で碧にとってまたまた驚く要因だろう。何かを考えたのか、碧は翆を手招きした。


「……もういきなりのことで受け止めきれないわ。でも翆、この際だからやめなさいなんて言わないけどちゃんと守るべきことは守りなさい」

「っ……分かってる」

「この年で子供でも出来てみなさい。アンタだけじゃなくて、沙希亜ちゃんまで大変なことになるんだからね?」

「……おう」


 当然この年で間違っても子供が出来てしまったら大変なことになるのは分かっている。それでも翆としては自信が持てない……何故ならこれから向かう場所はサキュバスの巣窟だからだ。


(……どうすればいいんだマジで)


 それは果てしない悩みになりそうだった。

 とはいえ、沙希亜としてもこういうやり取りになることは分かっていたようだ。彼女は大丈夫ですよ口にした。


「全然大丈夫ですよお義母様、あぁこの大丈夫は子供が出来てしまっても問題がないというわけではありません。流石に私も翆君も学生ですから、その辺りのことはちゃんと守りますよ」

「あ、あら聞こえてたの……ま、まあそれなら大丈夫なのかしら?」

「はい♪ 私たちは子供は出来ませんので」


 その言葉に首を傾げたのは翆だった。

 それから碧と別れ、翆は沙希亜と共に彼女の家に向かうことに。その道の途中だがやはり沙希亜の様子がおかしい。ジッと翆の腕を抱いて歩いているが、彼女の体から感じる体温がかなり熱いのだ。


「……はぁ♪」

「っ……」


 吐息一つで周りの空気が一変する。

 まるで空気に色があるのならば、沙希亜を中心にして桃色の空気が漂っているように翆には見えたのだ。その空気は当然のように翆にも充てられ、沙希亜が抱く興奮のようなものがダイレクトに伝わって来るかのようだ。


(……なんだこれ……さっきから心臓がヤバいくらい脈打ってる。しかも……しかもなんでこんなに沙希亜をめちゃくちゃにしたいだなんて思ってるんだ俺は!)


 それは自分でも分からない感覚だった。

 沙希亜のような女の子が恋人というのもあるが、それ以上に彼女は翆の心も体も全てを求めている。つまり翆が何をしたところで彼女は逆に喜ぶし、翆だってそれは同じことだ。


「ごめんね翆君。私、ちょっと自分を抑えるので今精一杯なの」

「……この感じ、やっぱりそういうことなのか?」

「えぇ。たぶん私に影響されているんだと思うわ。姉さんと母さんは夕方にならないと帰ってこない……つまり、夕方まで私と翆君は二人きりなの」


 ドクンと大きく心臓が跳ねた。

 沙希亜は甘い香りと雰囲気を漂わせながら、翆もそれを浴びるようにして彼女の家に向かう。今日初めて翆は彼女の家に足を踏み入れるわけだが、翆は直感していた。


「なんか、この中に入ったらもう後戻りできない気がするよ」

「うふふ♪ ある意味淫魔の巣窟に足を踏み入れるものだものね。よくある漫画だと勇者や冒険者がただのダンジョンと思いきや、淫魔の巣窟に足を踏み入れて搾り取られるだけのタンクにされるのと同じことかしら」

「っ……だから沙希亜は言い方をだな!」

「あはは♪」


 可愛らしい笑顔だが全然翆は安心できない。

 玄関を開けて中に入ると、温かな家族の温もりを感じる造りだった。サキュバスの家とはいっても普通の家と何も変わらない一軒家だ。


「お邪魔しま――」


 ガチャンとドアが閉まり、その瞬間翆は沙希亜に唇を奪われた。

 すぐに差し込まれた舌に勢いは強く、息を吸うのだけでも精一杯になりそうなほどに沙希亜が全てを吸い尽くそうとしてくるかのようだ。


「さあ翆君、翆君も心に仕舞っていた欲望を解き放って? ずっとずっと、私を襲いたかったんでしょう? ほら翆君、目の前にあなたにメチャクチャにされたいサキュバスの女がいやらしく待っているわ♪」


 まるでそれは翆に火を付ける一声だった。

 翆は雰囲気に流されるように彼女の体に手を這わす。翆が好き勝手に触れるたびに沙希亜が嬉しそうな声を漏らし、沙希亜も負けじと翆の体に触れてくる。


「それじゃあまずは部屋に行きましょうか。たぶん夕方までは出ないでしょうね」


 そんな言葉の囁きを最後に、翆は沙希亜の部屋に入って行った。


 そして二人が部屋から出たのは夕方の五時前、凛音が帰宅する少し前のことだ。

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