友人たちに報告
「ふふ、翆君♪」
「……何ですかね沙希亜さん」
結局、腕を抱かれたまま翆は教室に入った。当然そうなるとクラスメイトからは恐ろしいほどの数の視線が突き刺さるわけだ。沙希亜は気にしておらず逆に翆との仲の良さをアピールするかのようにコテンと頭を肩に当てるくらいだ。
それから二人揃って前後の席に座り、沙希亜が背中をトントンと突いたので翆が後ろを振り向いた。彼女はただ目が合うだけでも嬉しいのか、ニッコリと幸せですオーラを醸し出している。
「……翆ぃ!!」
「裏切者がぁ!!」
「……………」
仁と道明が恨み……とまではいかないまでも、沙希亜との仲を見せつけるように現れた翆に対してかなり嫉妬しているらしい。まあ色々と彼らも聞きたいし言いたいのだろうが、何かに怖がるようにビクッと体を震わせている。
「?」
まさかと思って沙希亜に目を向けても彼女は笑ったままだ。
どこか圧を感じさせる笑みな気がしないでもないが、彼女のような美しい微笑みを浮かべる女性が怖いなんてのはあり得ない。きっと仁と道明が怖がったのも別の何かだと思うことにした。
「ちょっと、どういうことなの?」
「そうだよ流石に気になるよ」
男子たちはともかく、舞と来夏は話を聞きに来た。
絶対に話してくれるまで離れないという意志を感じさせるが、それに対して鬱陶しいなどとは思わない。彼女たちは翆にとって大切な友人、それは逆も然りなので何かあるのではと心配をしているのだろう。
「……あ~」
どう答えるべきか翆は迷った。
彼女の秘密を守り、彼女の傍に居ることを約束した。付き合おうだとか結婚しようだとか、よくよく考えれば何も沙希亜に伝えていない。沙希亜だけでなく凛音にも明確な答えを伝えていないことに気付いたのだ。
「私と翆君は――」
だから、沙希亜が何かを口ずさんだがそれを遮るように翆が口を開いた。
「なあ沙希亜、俺たち……付き合おうか」
「将来を……付き合うぅぅぅぅぅぅ!!」
沙希亜の返事は早かった。
彼女は席を立ち、翆の膝の上に座るように抱き着いてきた。全身で喜びを表すかのような彼女の様子とは裏腹に男子の悲鳴が響き渡った。沙希亜はとにかく嬉しいという感情を翆に示したいのか、翆の膝に座ったまま思いっきり腕を彼の背中に回している。更にはその豊満な胸を顔に押し付けていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。流石にいきなり過ぎない!? そりゃ確かに一昨日くらいから妙に仲が良いとは思ってたけどさ!」
「そうだよ! 流石に何か裏があるんじゃないかって思うよ小清水さん!!」
あ、そっちなんだと翆は苦笑した。
ただ苦笑するということはつまり口から息が漏れ同時に震えるということだ。胸の中で感じたその震えに沙希亜の口から艶めかしい声が零れ、その声は翆の鼓膜を震わせ彼を興奮させる。
「さ、沙希亜……ちょっと離れてもらえると」
「……仕方ないわね。イチャイチャするのは昼休みよ!」
また男子の悲鳴が上がった。
一旦体を離した沙希亜だが完全には離れてくれず、自分の椅子を動かして翆の隣に配置した。そうして椅子に座り、朝ここに来た時と同じように腕を組んだ。
「……二人とも、本当に何があったのよ」
「……凄い気になるんだけど」
納得できない様子の舞と来夏を見て翆は仁と道明にも目を向けた。詳細までは話さないとしても、沙希亜とどんな関係なのかだけは伝えておこうと思ったのだ。仁と道明を手招きすると、彼らは相変わらずの嫉妬の視線を浮かべたまま近づいてきた。
身を寄せ合う翆と沙希亜の前に友人たち四人が集まったわけだが、当然翆と特に絡みのないクラスメイトも気になるらしい。中には翆に対して大きな敵意を向ける男子も居るがそれは今は彼にとってどうでもいいことである。
「沙希亜とは色々あったんだ。確かにいきなりで一番驚いているのは俺だけど、沙希亜のことは本当に守りたいって思ってる。だから仁、道明、舞、来夏も友人として今はただ受け入れてくれると嬉しい」
それだけを今は伝えた。
隣で沙希亜は泣きそうなほどに感動した様子だが、すぐに翆から言葉を引き継ぐように四人に対して口を開いた。
「そうね、翆君とは色々あったのよ。それが私が翆君をどうしようもなく好きになった理由なの。私は翆君を心から愛してる。それこそ私の魅力で翆君を離さないって常に考えているくらいには愛してるの。だからどうか、あなたたちの大切な友人である翆君の恋人として認めてほしい。どうかお願いします」
「……沙希亜」
沙希亜は頭を下げた。
別にそこまでする必要はないはずのことなのに、沙希亜は翆の友人たちに対して深く頭を下げたのだ。当然この沙希亜の行動に慌てるのは友人たちの方だ。
「ちょ、そこまでしなくていいってば! でもそっか……翆がねぇ」
「……翆君が彼女持ちかぁ。しかもクラスで一番人気の美少女だよ」
「翆ぃ……!!」
「……小清水さんが翆の……羨ましいぃ!!」
相変わらずの仁と道明に少しだけ翆は安心した。
さて、そんな風に友人たちには沙希亜とのことを伝えたわけだ。しかしここで沙希亜が少し予想外のことを言い出した。
「まあ私も自分の容姿には自信を持っているわ。何度も告白をされたし、常に気持ち悪い視線を向けられていることも理解しているもの」
告白をされ気持ち悪い目を向けられている、その言葉に何人かの男子が目を逸らした。沙希亜は仁と道明を微笑みながら見つめてこう言葉を続けた。
「翆君はとても優しい人よ。こんな私を受け入れてくれたんだもの、私って怒ったりすると凄く怖いんだから」
「え?」
「そうなのか?」
それは翆にとっても初耳だ。まあ人という枠を超えたサキュバスだからこそ怖いという意味なのかと思ったがそうではないらしい。沙希亜は一旦言葉を止め、キッと強く仁と道明を睨みつけた。
「っ!?」
「ひっ!?」
翆と舞、そして来夏に向かなかった沙希亜の強い敵意が二人を射抜いた。仁は一歩下がり、道明に至っては一瞬で涙目に変わるほど今の沙希亜が怖かったみたいだ。
「ね? これくらい私は怖い女なのに翆君は受け入れてくれたのよ」
「……お前」
「……すげえな」
二人から向けられた嫉妬の視線が尊敬の視線に変わるのだった。
「……何したの?」
「ちょっと殺気を込めたのよ。ふふ、ちょっと強かったかしらね」
なるほどと翆は頷いた。
全然納得できないが、どうやらサキュバスは殺気で人を怖がらせることが可能らしい。翆としては殺気なんてものは漫画やアニメだけと思っていたので、実際に現実世界でも存在するんだなと新たな発見をした気分だ。
それから時間は流れて昼休みになり、翆と沙希亜は屋上に居た。
周りに人の目は一切ないのでここで何をしたところでバレることはない。翆としては単に沙希亜と昼を済ませるだけと思っていたが、どうも沙希亜は朝からこのタイミングを狙っていたみたいだ。
「サキュバスって常にエッチなことを考えているの。だからそんな私と二人っきりになったら刺激的な時間が約束されるようなものよ♪」
そう言って沙希亜は翆の股の間に腰を下ろした。
翆は壁に背中を預けているので当然こうなると動けない。沙希亜の体の感触がダイレクトに伝わる中、彼女は何もしなかった。
「ねえ翆君、好きなことして良いのよ?」
「……え?」
顔だけ向けて彼女は言った。
昼休みが終わるまで二十分と少し、沙希亜は翆から何かされることを期待しているらしい。
「……本当に何をしても良いのか?」
「えぇ。何も遠慮はいらないわ。私はサキュバスだもの、そのサキュバスがそう言ったのなら遠慮なんて逆に失礼なんだから♪」
きっと、今学校に通っている生徒たちは全く考えもしないだろう。
自分たちが過ごしている学校の屋上という区画で、淫魔による誘惑がされていることを。その誘惑を受けているのは彼女に愛されたただ一人の男性であり、多くの男子たちが求める彼女の体を好き勝手に触っていることを。
「……これで! これで終わりで良いから!」
「あら、だって凄く苦しそうよ?」
「五分少しで予鈴がなるしさ」
「五分も掛からないわ。サキュバスの技を甘く見ないで翆君♪」
そしてまた二人で教室に戻り、多くの視線に晒されるのもお約束だった。
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