プロポーズの準備中に猫が手を出した結果

れん

単話 ネ、ネコーーーー!!!?

朝から晩まで仕事の毎日。

疲労困憊して迎える週末は体を休めることに費やしている。


「ねぇ……買い物くらい、付き合ってくれても良いじゃない。食材の買い出しだけだからさ」

「あー、うぅ……」

「……はぁ。もう良いわ。一人で行ってくるから」


動けない俺に呆れた彼女が家を出ていく。

お互い就職を機に同棲して早3年。


仕事に慣れて、色々任されるようになってきた結果、仕事が増えて彼女と過ごす時間が減った。


家事は余力があればするが、基本的に先に仕事を終えて帰ってくる彼女に頼り切りで申し訳なくなるが、これも結婚資金とプロポーズのため。落ち着くまで、耐えてほしい。


「ふにゃー」

「おー、華……お前も一緒に寝るか?」


華は彼女の寂しさを紛らわせるために実家からつれてきた愛猫である。


つやつやの毛並みに長いしっぽとむちむちぽっちゃりなまろやかボディーのキジトラのメスで、今年……何歳だっけ。中学時代に拾ってきた雌猫が妊娠して、2回目の妊娠で産まれた子だから……うん。おばあちゃんだな。


ここがペット可物件でよかった。

華が彼女の不満をだいぶ軽減してくれている。猫様々だ。


「華にはずいぶん助けられてるよな。ほんと、ごめんな。実家のほうが広いし、お袋達の世話でのびのびできたと思うんだけどさ」


同棲することを両親に説明した際、華が彼女に甘えたことで緊張がほぐれて、話し合いがスムーズに進んだ。猫好きに悪い人はいない。


「はぁ……買い物くらい付き合える体力つけないとな。いつまでも華に頼るわけにはいかないし」


頭をすり付けてくる華の相手をしながら愚痴をこぼす。


「結婚したら、子供できるだろうし。いろんなところに連れて行ってやりたいし。遊んだり、やること増えるだろうし。今みたいに残業しまくって稼ぐのも難しくなるよな。育児は金もたくさんかかるし……そのまえに、けじめ付けないとと思って、指輪は用意してるんだけどさ……」


指輪は彼女にばれないように、普段開けない押入の中に隠してある。普段言えない感謝の言葉を書いた手紙も何度も書き直して隠してある。清書できたら、こっそり処分するつもりでいるのに、なかなかうまくまとまらないのだ。


手紙と指輪は彼女の誕生日に行ってみたいと言っていたレストランを予約して、そこで渡すつもりなのだ。


「彼女を喜ばせたくて、普段格好悪いところばっかり見せて甘えてばかりだからさ。こういうときくらい、格好付けてみようと残業増やしてこのざま……バカだよな」


華は黙って俺の愚痴を聞いてくれる。

彼女だけじゃなく、俺にとっても癒しで、尊い存在。


「華の手でも借りれたら、彼女の負担を減らせるのかな」


そんな愚痴を言いながら、休みは過ぎていく。


ーーーー


彼と華ちゃんと同棲して、早3年。


結婚を見据えての同棲のはずなのに……この3年間、なにも進展がないどころか、彼は仕事を増やし続けて二人の時間がまったくとれていない。


家事は手伝ってくれるけど、基本は全部私。

仕事が休みの日は寝てばかり……私だって仕事に家事に、華ちゃんのお世話と猫の手を借りたいほど忙しいのに。家事は女の仕事だって思ってるのかしら?


このまま結婚して大丈夫なのか。

正直、不安しかない。


華ちゃんがいなかったら不満爆発して、同棲解除して別れているところだわ。


「行ってくる」

「いってらっしゃい。今日もどうせ残業してくるんでしょ?」


彼の方が私より早く出勤する。

出る前のいつものやりとり。


「……ああ、ごめん」

「そう。わかった」


今日も残業。どうせ遅く帰ってきて、家事も私の相手もしないで風呂に入って、ご飯を食べて寝るだけ。


「はぁ……もう。バカ」


足音が聞こえなくなったところで悪態をつく……あの人は、私の不満に気づいていないのかしら。もう華ちゃんを慰謝料代わりにもらってに別れようかな。


「ふにゃーー」


そんな私の苛立ちを察して、華ちゃんがすり寄ってきてくれた。


「華ちゃん……慰めてくれるの?」


この子は本当に賢くて優しい。

人懐っこくて、初めてあった私にも甘えにきてくれた。


この床につきそうなプニプニお腹がたまらない。私が不機嫌になると目の前で転がって『お腹、撫でて良いのよ? ほら、私で癒されなさいな』と自分からお腹を差し出してくれる。


「ふふ、華ちゃん。今日も失礼します!」


彼がいないとき、華ちゃんのお腹に顔を埋めて猫吸いをするのが、私の最大の癒し。


「すぅーー……んん、ぷはぁーー、たまらん! ほんと、華ちゃんはいい子ね。あいつと違って空気が読めるし。甘やかしてくれるし……もう華ちゃんと結婚したいわ」


粗相もしないし、暴れないし、私たちが留守にしていても大人しく部屋の中で寝て過ごしている。


「ごめんね、華ちゃん。私もお仕事行かないといけないから、帰ってきたら相手してあげるからね」


……いや、逆だな。


彼が相手してくれない分、華ちゃんが私の相手をしてくれているんだ。まったく……猫様に代役をさせるなんて情けない。


いや、素直に甘えたいとか構えと言えない私も悪いか。


「帰りに猫缶を献上させていただきますからねー。今日もいい子でお留守番しててね?」


そう言って私も仕事に向かう。


私は基本残業はしないで業務時間内に全て片付ける主義。残業代より自分の……いや、華ちゃんとの時間を優先したい。


ついでに、彼の世話。


猫の手を借り続ける情けない彼は私たちがいなかったらダメ人間まっしぐらなのだ。


帰りに足らずの食材や日用品を買って、華ちゃん用の猫缶におやつも買っちゃおう。


のんびりしている華ちゃんは遊ぶよりも食べる物やふかふかクッションの方が喜ぶからね。


「ただいま華ちゃーーん……あれ?」


玄関を開けると、いつもなら出迎えてくれる華ちゃんがいない。


「華ちゃん? 華様? あれ、お迎えは? 猫缶におやつ、買ってきたんだけど?」


リビングにいない。

物陰にいる気配もないし、台所にもいない。

窓は施錠されたままだし、残るは……寝室?


「華ちゃん、ここにいる……の!?」


普段開けない押入が開けられて、中に押し込んでいた物が床に散乱している。


「華ちゃん!? え、なんで!!?」


あの温和しい華ちゃんが、押入を荒らすだなんて信じられなかったけど、犯猫は呑気に荒らした現場でお昼寝中。


「はぁ……もう。可愛い顔して寝ちゃって。怒れないじゃない」


仕方がないので片付けよう。

普段癒してもらってるから、これくらいは苦にならない。


「んー? なに、これ」


ラッピングされた小さな箱と、大量の便箋にルーズリーフ。


そこに書かれていたのは……。


ーーーー


残業しようとしたら『お前残業しすぎ。たまには早よ帰って嫁の相手してやれ。愛想尽かされてからじゃ遅いからな……これ、上司命令な?』と追い出された。


まだ嫁じゃないんだけど……たしかに、最近相手をしてやれていないので、素直に家に帰ることにする。


帰りに彼女への貢ぎ物としてケーキと、猫様に献上するおやつも買って、


「ただいまー」


玄関を開けるが、返事がないし、迎えもない。

まだ帰ってきていないとか?

でも、灯りはついてるし……変だな。


「ただいま」


リビングにいないなら、寝室?

もしかして、体調不良とか?


「おーい、ただい……ま」


寝室にはいると押入の中身が床に散乱していて、彼女が熱心に何かを読みながらニヤニヤしている。


猫様は呑気に押入の中でお昼寝中。


「ネ、ネコーーーー!!!?」

「あ、お帰り。早かったね~」


「ちょっ、それ、」

「くふふ、ふふ……これ、なーに?」


彼女が読んでいたのは予想通り、俺が書いた彼女への手紙。


「それは、その……」


「華ちゃんがね、帰ってきたら押入を漁って中で寝てたの。床にこれを散らかしてね」


華よ……お前、なんということを。


「手紙とか、なんていうんだろう。貰ったこと無いから、不思議な感じだね。ラインやメールと違って、手書きだからかな……気持ちがたくさんこもってる。何度も何度も書き直してて、それだけいっぱい悩んでくれたんだろうなって……どれも私が欲しかった言葉がいっぱい書かれてる」


彼女が愛おしそうに紙面を撫でる。

その顔と仕草にドキッとする。


「でも、面と向かって直接言ってくれると、もっと嬉しいんだけど?」


「そ、それは、」


恥ずかしくて言えない。

そう言おうとしたとき、昼寝をしていた華が起き出してきて、指輪が入った小箱をこちらに飛ばしてきた。


まるで『ほら、男でしょ? 猫の手は貸してあげたんだから、きちんと決めなさい』と言っているようだ。


「本当は、誕生日にレストランを予約して言うつもりだったけど……こんな猫の手を借りないときちんとお礼も言えない俺だけど……あなたを愛する気持ちは誰にも負けないから……結婚、してください」


指輪の入った小箱を差し出しながら、プロポーズの言葉を口にする


「……これからは残業減らして、もっと二人の時間を作って、この手紙に書いてる言葉をちゃんと言ってくれて、甘えさせてくれるなら……こんな素直じゃない、わがままな私でも良いなら、よろしく、お願いします」


「あ、ああ……言う! 愛してる!!」

「私も、大好き!!」


胸に飛び込んできた彼女を受け止め、今まで言えなかった言葉を全部伝えた。


猫の手を借りた結果、プロポーズは大成功。

最大の功労猫に、俺達は貢ぎ物を献上した。

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