猫の手を借りた結果

天田れおぽん@初書籍発売中

第1話

 猫野土鈴どれい、十六歳。高校生男子。

 もちろん独身。

 ある日。

 学校帰りに、突然に、巨大な竜に襲われた。

 仕方なく猫の手を借りた結果、未だ返却出来ずにいる。

 どこにでもいる男子高校生だ。


「返せないのはタイミングがあるから仕方ないとしてさ。なぜ頭の真ん中に定着するの?」

「ハハハ。そーだよなー。邪魔だろソレ?」

「ウン。学生帽が浮いちゃうからさー。朝礼の時に何度も飛ばれちゃって。おかげで学年主任の先生から睨まれちゃったよ」

「ハハハハハッ。サイナンだなぁー」

「災難いいながら笑ってんじゃん。磯野」

「ワリィワリィ。……ハハハハハッ」


 結局、笑いでしめた磯野の右肩には、猫の手が乗っていた。


「いいなぁ、磯野は。可動式だもん。猫の手だけど、ほぼ猫じゃん。カワイイ」

「いいだろー? 学校にペット連れで来てる気分だぜ。鳴かないし、排せつもしないから、不便はないしなぁー。もっふもふでカワイイだけ」

「いいなぁーーー。僕の猫の手は邪魔な上に、ぶつかったりすると引っ掻くんだよ」

「ありゃまぁ」

「帽子くらいは許してくれるけどさ」

「ああ、猫って狭いトコ好きだからな」

「車に乗り込む時とか、下手にぶつけると引っ掻かれる」

「それは痛い。あの竜もやっつける鋭い爪でか?」

「力は加減してくれるけどさ。それでも痛いよ」


 溜息を吐く僕の後ろから鈴のようにカワイイ声が響いた。


「おはよー」

「おう、東野」

「おはよう、東野さん」

「ふたりとも猫の手、今日も可愛いね」

「そうかぁー」


 ガハハと笑う磯野の横で、僕は消え入りそうな小さな声で「ありがとう」と、言った。

 恥ずかしくて顔を上げられない。

 顔を上げたら、東野さんのカワイイ顔が見られるのに、と、自分にツッコミを入れるけれど。

 僕はうつむいたまま。

 視線の先で東野さんから生えた長い猫の尻尾が揺れるのを見ていた。


 ガヤつく高校の放課後。

 自転車での帰り道。

 周りから同じ学校の奴らが途切れたあたりで磯野が唐突に言う。


「猫野ってば、東野のコト、スキなんだろー」

「えっ? はっ? 何いって……」


 通い慣れた道の上で、僕は自転車ごとコケそうになった。


「告っちゃえばいいじゃん」

「おっ、おいっ。お前ナニ言っちゃってんの?」

「東野、意外と人気あるからさー。早くしないと取られちゃうぜ?」

「もうっ、ナニ言って……ニヤニヤすんなよっ。もうっ」


 僕は照れ隠しで自転車ごと磯野にツッコミを入れるフリをした。

 磯野はそれをヒラリとかわす。

 かわした先にはなんと。

 東野さんがいた。


「うわっ、あぶねぇ!」

 

 磯野は急ブレーキをかけたものの間に合わず、そのままシャドウに突っ込んでいった。


「あぶないっ! 磯野っ!」


 僕は慌てて叫んだ。

 シャドウの切れ目からは、赤い目が覗いているのが見えた。


 ―― 竜だっ! ――


「危ないっ! 磯野くんッ」

 東野さんは尾を伸ばした。竜を真っ二つにすると言われる猫の尾は、器用に磯野の体と自転車をくるりと巻き込むと、そっと歩道に戻してくれた。


「あっありがとうっ、東野っ」

「どういたしまして」

 ニコッと笑った東野さんに磯野が頬を染める。


 ―― チクショー! 磯野めっ。僕がその役、代わりたかったーーー! ――


 だからといって磯野に当たるのも癪だったので、シャドウから覗く赤い目に向けて大きく猫パンチを喰らわした。

 もちろん、頭から生える猫の手を使ってだ。

 赤い目はグハァーとかギャーとかなんか叫んで消えていく。


 ―― ソレが何だって言うんだ ――


 僕は何だかいい雰囲気になっている磯野と東野さんを横目で見ながら溜息を吐いた。



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