古代神将ミケ・トラ・クロ

赤木フランカ(旧・赤木律夫)

力を継ぐ者

 マナカは十八年間の人生の中で、幽霊や妖怪の類が実在すると思ったことはなかった。神や仏といったものにも懐疑的で、村にある尼寺・幽山寺の境内を毎日掃除しているのは、あくまでボランティア活動の実績が推薦入試で評価されるからだ。


 しかし、マナカの目の前には、嫌でも神仏に祈りたくなるような光景が広がっていた。


 今日もマナカは学校帰りに幽山寺に寄って、境内の掃除や寺で保護されている猫たちの世話をしてから家に帰った。だが、家に着いてから寺に生徒手帳を忘れてきたことに気付いた。


 住職が預かってくれていると思うが、朝が弱いマナカは早起きして寺に取りに行くなんてことはできない。日も長くなってきたし、女子高生が出歩いても大丈夫だろう。そう思って幽山寺にやってきたマナカは、寺の門の前で言葉を失った。


 三人……いや、三体の怪物が、寺の御堂を破壊していた。


 一体は十二単を着た女性のようだったが、顔はキツネのもので、帯の下から九本の尻尾が生えていた。たぶん、九尾の狐という妖怪だろう。


 もう一体は陣羽織を着た武者のようだったが、その顔は牛だった。件……というより、ミノタウロスとか牛魔王のような怪物だ。


 最後の一体は山伏の装束を着たトンビの顔を持つ鳥人で、カラス天狗のように背中から翼が生えている。古典の過去問に出てきた、古鳶の怪というやつだろうか?


 狐の怪物が他の二体に指示を出して、お堂の扉をこじ開ける。あのお堂には自治体の文化財に指定された三体の仏像が安置されている。


 その仏像の内の一体、不動明王像が牛の怪物によってお堂の外に運び出される。怪物は明王像を乱暴に地面に打ち棄てると、足を高く上げて踏みつけた。明王像の腕や首がバキバキと音を立てて折れる。


 トンビの怪物も同じように韋駄天像をお堂から持ち出し、懐から取り出した短刀で切り刻む。刀の切れ味を試しているようだ。切り落とされた韋駄天像の頭がゴトリと地面に転がる。


 狐の怪物は二体が嬉々として仏像を破壊しているのを静かに見守っていたが、やがてゆっくりとお堂の中に入っていった。彼女はお堂の真ん中に安置されていた千手観音像を抱えてお堂から出ると、それをゆっくりと地面に横たえた。


「や、止めろ!」


 マナカは思わず叫んだ。三体の怪物が一斉にこちらを向く。とうとうマナカの存在に気付いたらしい。


「おやおや、逢魔が時に人間の娘がここにいるなんてねぇ……」


 狐の怪物が金色の目でマナカを睨む。住職を呼んでくるべきだと思ったが、身体が金縛り状態になって動かない。


剛鬼ゴウキ、潰しておしまい」


 狐の怪物の言葉に、剛鬼と呼ばれた牛の怪物が頷く。


 ドシン、ドシンと足を踏み慣らして、ゆっくりと剛鬼が近づいてくる。マナカは心の中で必死に助けを呼んだ。


(お寺が壊されてるのに、どうして住職は気付かないの⁉ 誰か気付いて! 助けて!)


 マナカの祈りは誰にも通じない。気が付けば、剛鬼は目の前に立ち、二本の太い腕を振り上げていた。


(し、死ぬ……!)


 剛鬼が腕を振り下ろそうとした瞬間、マナカと剛鬼の間に毛の塊のようなものが割り込む。それに驚いた剛鬼が一歩後退ると、すかさずもう一つの毛玉が彼のどてっぱらに体当たりを食らわせた。


 剛鬼がひるんだからか、マナカの金縛りが解ける。


「ぐふっ……貴様ら、もしや⁉」


 剛鬼はマナカの足元を睨む。つられてマナカも足元に目を向けると、三つの毛玉――幽山寺で保護されている三匹のネコがマナカを守るように並んでいた。


「え? ミケちゃん、トラくん、クロちゃん……助けに来てくれたの?」


 マナカの問いに、三毛猫のミケが「そうニャ」と人間の言葉で答える。ネコが人語を発したのが信じられなかったが、今のマナカは助けが来たことの嬉しさの方が大きかった。


 ミケに続いて茶トラ猫のトラが口を開く。


「マナカちゃん、手を貸すニャ!」

「え? 手?」


 マナカはトラが何を言っているのか解らなかった。一方のトラはそんな事お構いなしにジャンプし、マナカの手に噛みつく。


「痛いっ! ちょっと、噛んだらダメでしょ!」


 マナカがトラを叱った時、身体に違和感を覚えた。髪の毛の中から何かが盛り上がってくる。これってもしかして……


 ポケットから携帯電話を取り出し、インカメラで自分の顔を見てみる。携帯の画面には、トラと同じ茶トラのネコミミが生えた自分の姿が映っていた。


「これ、どういうこと?」

(手を――力を貸したんだニャ!)


 頭の中にトラの声が響く。マナカは直感で自分がトラと一体化したことを理解した。


(マナカちゃん、オイラの力で剛鬼を倒すニャ!)

「合点承知!」


 トラの言葉に応え、マナカは剛鬼に向かって突進する。身を低く屈め、渾身のタックルをお見舞いする。低い声で呻き、剛鬼が身をのけぞらせた。


(マナカちゃん、刺叉さすまたを使うニャ!)

「刺叉?」


 剛鬼から一旦距離を取り、マナカは辺りを見回す。すると、地面に横たえられた千手観音像の手から穂先が二股に別れた槍のような武器が飛んできた。


「これか!」


 マナカは走りながら刺叉を掴み、そのままの勢いで剛鬼に向かっていく。対する剛鬼も「その意気や良し!」と闘志をたぎらせて走りだす。


「うおおおっ!」


 雄叫びを上げて剛鬼が拳を突き出す。マナカは間一髪でそれを交わし、剛鬼の懐に潜り込む。


「これでも食らえっ!」


 マナカは大きく振りかぶった刺叉を剛鬼の腹に叩きつける。刺叉の穂先が鎧の胴当てを砕き、剛鬼は血を吐き出した。


「グハッ……おのれ、古代神将めッ!」


 そう言い残し、剛鬼の身体は爆散する。


「剛鬼の次は俺様、神翼シンヨクが相手をしよう!」


 爆炎の中からトンビの怪物が飛び出した。突然のことにマナカは対応が遅れ、膝蹴りをまともに食らってしまった。


「今度はボクが手を貸すニャ!」


 マナカの身体が地面に叩きつけられる直前、黒猫のクロが手に噛みつく。すると、マナカの周りを風が包み込み、落下のショックを和らげた。


(マナカちゃん、神弓を使うニャ!)


 頭の中にクロの声が聞こえ、刺叉の時のように観音像が持っていた弓矢が飛んでくる。


「パワーの次はスピードってことか!」


 弓を掴んだマナカは、空を飛ぶ神翼を狙って矢をつがえる。弦を限界まで引き絞り、矢を放つ。避けられた。


「そんなち方じゃ当たらんさ!」


 神翼はケラケラと笑ってマナカの射た矢を避け、こちらに向かって飛んでくる。その手には先ほど仏像を壊すのに使った短刀が握られていた。


「切り刻んでやる!」


 ギラリと輝く刀身がマナカに迫る。しかし、突然吹いた風がマナカの身体を横に突き飛ばし、神翼の短刀は空を切るだけだった。


「解ってきたぞ! クロくんと一体化すると、風を操って飛べるんだ!」

(そうニャ!)


 マナカは風を纏って境内に生えた松の木の間を飛び、神翼を追う。神翼はマナカを振り切ろうと加速するが、その距離はじりじりと縮まっていった。


「クソッ! なんて速さだ!」


 神翼は反撃しようと後炉を向き、マナカに向かってクナイを投げてきた。だが、それが彼のミスだった。


 マナカは弓の弧でクナイを弾くと、その動作のまま矢を放つ。神翼は後ろ向きに飛ぶ形になっていたため、速度が落ちていた。飛行速度が上乗せされた矢が、神翼の胸に突き刺さる。


「ち、畜生めッ!」


 そんな捨て台詞を遺して、神翼は空中で爆散した。


「残りはあんただけだ!」


 マナカは地上に降り立ち、最後に残った狐の怪物を睨みつける。マナカから分離したクロと、他の二匹も彼女に鋭い視線を投げかけた。


「あたしは銀星ギンセイ! 来なさい、小娘!」


 狐の怪物は手のひらから火の玉を発射してくる。それを避けつつ、マナカはミケに手を噛ませ、観音像の宝剣を手に取る。


「これで、終わりだ!」


 マナカは高くジャンプし、落下のエネルギーを乗せた宝剣で銀星を袈裟斬りにする。


「おのれぇ……人間風情が、千年生きた私たちをッ!」



 銀星が爆発する瞬間、マナカは目を覚ました。怪物との戦いは夢だったのだろうか?


 携帯電話で時間を確認すると、いつもより一時間も速い時間だった。これなら、生徒手帳を取りに行っても間に合うかもしれない。


 マナカはベッドから体を起こし、出かける支度を始める。


 幽山寺に行ってみると、破壊されたはずのお堂は無事だった。三体の仏像もいつものように静かに立っている。


 生徒手帳を受け取るとき、昨日何か変わったことはなかったかと住職に訊いてみた。もちろん、住職は首を横に振った。


 やはり、あれは夢だったのだ。そう思ってマナカが境内を後にしようとした時、後ろから誰かが声をかけた。


「行ってらっしゃいニャ!」


 驚いて振り返ると、そこにはミケ、トラ、クロの三匹がいた。


「まさか……喋った?」


 三匹は何も答えなかった。


――終――

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