ニャノ助

一陽吉

それは一つの日常から

 は~~。


 自動車のタイヤ交換。


 面倒くさい。


 自分のならまだしも、母上の自動車までやらなきゃいけない。


 私の軽自動車と違って、母上のは高級車なんだから、業者に頼んでもいいと思うけど、「これも修行です」だって。


 これなら、拳立てふせ百回の方がまだましよね。


 て、あ。


 もう。


 ナットが転がったじゃない。


「ニャー」


 ニャノ助、そのナットを取って。


「ニャー」


 そうそれよ。


「ニャー」


 ブン!


 ちょ、バカ。


 どこ投げてのよ。


 ゴン。


 え、なに。


 コンクリートにあたった音じゃない。


「我が隠形おんぎょうの術を見破るとはさすがだな」


 く、くノ一?


 お手本のような、ベタな格好して現れたけど、それがなんでここに。


「しかし、組手の方はどう──」


 ドスン!


 飛び込んで左手を相手の身体からだにあて、その上から右手を突きあてる技。


 飛竜・重ね当て。


 鎧の上からも威力を通すから、このくノ一が何を装備していてもダメージを与えることができる。


「さすが……、竜神波動の一族。お見事……」


 おっと。


 気を失ったわね。


 とりあえずここに座らせましょう。


 こうして見ると、私と同じ二十歳くらいの子ね。


 胸は大きいけど。


 侵入され、襲撃を受けたわけだから、母上に連絡しよう。


「ニャー」


 ・


 ・


 ・


「──なるほど。いきさつは分かりました」


 母上、微妙に機嫌が悪い。


 まあ、ニャノ助がナットを投げるまで、くノ一の存在に気づかなかったからね。

  

「それで、あなたは門弟になりたいと言うのですね?」


「はい、奥様。私、陽名風ひなかぜ殿に感服いたしました。弟子入りを認めてくださいますようお願い申し上げます」


 このくノ一、腕試しでうちに侵入したみたいだけど、私が倒したら弟子になりたいって言い出したのよね。


 私に権限はないです、て言ったら母上に許可を取ろうとしてる。


 どっちでもいいけど。


「つきましては奥様、こちらをどうぞ」


「これは?」


「偉人が刷られた紙でございます。日の下でまっとうに得たものですのでご安心を」


「あら、あらあらあら。百人はいるわね。いいでしょう。我が門の一員として恥じぬよう働きなさい」


「はは。有り難うございます!」


 え、母上。


 そんなんでいいの?


 いちおう彼女、不法侵入で私を襲おうとしたんだけど。


 まあ。


 いざとなった私より強い母上が何とかするからいいか。


「では陽名風、タイヤ交換の続きを頼みますよ。終わったら、お茶にしましょう」


 ……。


 冷静な顔をして見せてるけど、あれは相当、喜んでるわね。


 てか、そもそも彼女はなんで風呂敷に包んだ現金を持ってたの?


 備えあればうれいなし、てこと?


 うーん。


 謎だわ。


「では陽名風殿、続きをしましょう」


 う。


 胸をあてて抱きついてきた。


 まるで恋人みたいに。


 


 ……。


 仕事柄、忍者と戦うこともあるけど、彼女、私に一目惚れをして追いかけてきて一芝居うった、とか。


 いや、さすがにそれはないか。


 考えても仕方ない。


 なるようになるでしょ。


 ねえ、ニャノ助。


「ニャー」

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ニャノ助 一陽吉 @ninomae_youkich

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