第2話 ドライフラワー
ドライフラワーが流行っている。
正確には、恐らく流行っていると思う。タピオカが数年前に大流行していた時ほどの確信はない。
またテレビで紹介されている。
これは我が家でも、あのタピオカが流行った時、タピオカミルクティーなるものを試した時のように、ドライフラワーを購入してみる時が来たのかもしれない。
妻もそう思ったのか、お互いテレビから視線を逸らし、顔を見合わせた。
しかし、私達夫婦は購入に踏み切らないだろう。
ジレンマがあるのだ。
私が、アパートでひとり暮らしていた大学生の頃。
とある理由での短期間の賃貸契約で冷蔵庫はあるが、洗濯機はない生活を送っていた。洗濯は、コインランドリーに行けば十分だった。そういえば、ここ数年でコインランドリーがえらく増えた気がする。そのおかげで洗濯には困らない。
恋人だった妻もそのアパートによく泊まりに来ていた。そして、よく洗濯も一緒に行った。早めに起きて、洗濯物を回しに行き、近くのパン屋さんで好きなパンを買い、かじりながら出来上がりを待つ。
そんな待ち時間がお互い好きだった。
洗濯が終われば、乾燥へ。
乾燥待ちは、コインランドリー置いてある雑誌を読みながら待った。旅行雑誌、芸能雑誌、インテリア雑誌、テキトーにただただ読んで待つ。
偶々、読んでいた雑誌に「ドライフラワーは、風水では死んだ花であり、風水的にあまりよくない」とあったのだけはよく覚えていた。妻も印象に残っていたらしい。
このことが、私達夫婦がドライフラワーの購入に踏み切れない理由で、いつもこの話をして振り出しに戻る。
特別、風水を信じている二人ではない。ただ、よくないと言われているものを飾ることが何となくこそばがゆいのだ。
とある妻の休日。
我が家のルール通り、昨日のうちに予定はばっちりたててある。
新しくできたマフィン屋さんに行く。マフィン専門のお店は実に珍しい。
先日、ネットでお店を見つけ、妻と行くために目を付けておいた。
車を走らせる。建物を抜けると海が広がっている。今日も海がきれいだ、と妻はご機嫌。妻は海が好きで、私たちは今、海に近い街に暮らしている。
マフィン屋までは、およそ30分。何を買おうか、どんな味のが売っているのか、話は弾む。
車を近くの駐車場に止めて、お店へ。お店は住宅街から伸びる細い道を抜け山に入っていく辺りにあった。ダークブラウンの木材と白い壁面のシックな佇まい。中は、カフェにもなっているようだ。
このご時世、間隔をとって並ぶよう、白いビニールテープで位置が決められていた。
レジ横のショーケースにマフィンが、その横の冷蔵ショーケースにも何かあるようだが、レジから4番目に並んだ私達にはよく見えなかった。
列の横の大きなテーブルには、焼き菓子や手芸品、そして、ドライフラワーも販売していた。折角だからと、焼き菓子も選び、列が進むのを待つ。
切り出したのは、妻だった。
「ドライフラワー、綺麗だね。」
「うん、やっぱり流行っているのかな。」と私。
こうなると、いつものパターンである。「風水では、死んだ花で飾るのはよくない」というオチまでまっしぐらだ。
結局、買わない、それが私達である。
しかし、おもむろにドライフラワーに伸びる手が見えた。
それは、ひとつ前に並んでいた御婦人だった。
マフィンは、6種類の味があり、プレーン系とフルーツ系を2つずつ購入した。冷蔵のショーケースのフルーツサンドやショートケーキ、チーズケーキも魅力的だったが、次回購入しようということになった。
あのドライフラワーは、御婦人自身に購入したのだろうか、それとも誰かへのプレゼントだろうか。そもそも、私達の話は聞こえていたのだろうか。
距離は、人ひとり分ぐらいだった。もちろん、店中に聞こえる程の大きな声で話していたわけではない。ただ、聞こえない距離ではなかった、、、と思う。
あのドライフラワーは何処に飾られるのだろうか。
徒然で日々 久利生 慧 @tuna1069
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