二章 常夜桜①
「……え?」
沙夜が
「──ん? ……ああ、良かった! 目が覚めたのか……!」
「っ……! く、
きらきらと星が
しかし、昨夜のことを思い出し、
「昨日は本当にすまないっ……。沙夜が俺の手を取ってくれたことがあまりにも
玖遠は両手をぱんっと合わせて、頭を下げてくる。
「い、いえ……。今は特に不調を感じませんし……」
むしろ、久々にゆっくりと
「あ……ありがとうございます……」
こんな風に何気ないことで気遣われるのは初めてで、どうしていいか分からない。
「……ええっと、あの……。ここは……一体、どこなのでしょうか」
「俺が管理している
沙夜は周囲をぐるりと見回した。室内は沙夜が住んでいた小さな屋敷の造りと似ているが、所々は古くても全体的にこちらの方が明るく感じた。
「そして、今日から君が住む場所だ。ちなみにこの部屋は俺と君の寝所だから」
「寝所……」
だが、沙夜はふと思い出した。
「あ、あの……。もしかして……私が寝ている間、ずっと……お傍に……?」
「もちろん、付きっ切りで沙夜を見守っていたに決まっているだろう? 俺のせいで君は不調を起こしたんだから。……それにもう、
何と返事をすればいいのか分からず、沙夜が困惑していると、彼は楽しげな口調で言葉を続けた。
「沙夜は寝顔も
「はいっ、そこまでですよ、玖遠様!
少女の声が響き、
部屋の入り口に立っていたのは、夏虫色の衣を纏っている少女だった。ただし、
丸くて大きな
「おはようございます、沙夜様っ」
「おはよう、ございます……」
「ご気分はいかがでしょうか? 朝餉は入りそうですか? 沙夜様は人間とのことですので、食べやすいようにと山菜の
少女は沙夜の傍まで寄るとその場に座り、両手で持っていた
折敷の上には、山菜の種類は分からないが
「気分は……悪くはありませんが、ええっと……」
迷うような視線を玖遠へと向ければ、彼は小さく苦笑しつつ、少女を手で示した。
「彼女は
「えっ、もしかして耳が出ています?」
「さっきから、ぴょこぴょこ動いているぞ。あと、
「ひゃぁっ、お恥ずかしい……。上手く人間の姿に変化出来たと思ったのに……」
白雪は
「沙夜さえ良ければ、白雪を君の付き人にしようと思っているんだ」
「付き人、ですか?」
「君にとって、ここは知らない場所だ。そんな中で生活するとなれば、何かと不便なこともあるだろう。本当ならば俺が朝から晩までずっと傍にいて、世話をしたいけれど、『頭領』としての仕事もあるからね……」
残念だと言わんばかりに玖遠は小さな
「俺の配下の
「玖遠様のお
朝餉を
「そういえば、玖遠様。
「くっ……。後回しにしたら、八雲の小言が増えるんだよな……。……白雪、沙夜を
「はい、お任せ下さい!」
面倒くさそうな顔で彼は立ち上がり、すぐに
「ふふっ、玖遠様がいつもよりご
彼女の言葉に
白雪に勧められて沙夜は汁物を口に
「温かくて、美味しい、です……」
沙夜の
「……ええと、白雪、さん……?」
「呼び捨てで結構ですよ! 敬語もいりません。私は沙夜様にお仕えする身なので」
「……白雪がこの汁物を作ったの? とても美味しかったわ。ごちそうさまでした」
「ご満足頂けて、良かったです! 作ったのは料理を担当している別の妖なので、そのようにお伝えしておきますね」
すると白雪は身体を
「沙夜様、沙夜様っ。お聞きしてもいいですか?」
ぴょこぴょこと動いている彼女の白い耳が気になりつつも、
「人間が食べる『お
きらきらと希望に満ちた
「……ええ、そういったお菓子があるのは聞いたことがあるわ。油で揚げるお菓子はきっと、『まがり』というものね。
「ほわぁ、美味しそう……。……他にはどのようなお菓子があるのですかっ!」
手の
「ええっと……」
しかし、沙夜自身お菓子を食べたことなど、片手で足りる回数しかない。期待に満ちた瞳を向けられても、満足してもらえる回答は出来ないだろう。
答えに詰まっていると低く
「……こら、白雪。あまり、沙夜を困らせるんじゃない。あと、涎が出ているぞ」
玖遠はやんわりと白雪を
「はっ! 私ったら、美味しそうなお話で、つい……。沙夜様も、
白雪はごしごしと涎を拭きつつ、沙夜に頭を下げる。妖だというから、身構えていた部分もあるが、目の前にいる少女を見ているとそんな気持ちも薄れていく。
「ううん、いいのよ。あなたが楽しんでくれたのなら。……私はあまり美味しいものを知らないから、また今度、白雪が好きな美味しいものを教えてくれる?」
相手を楽しませるための話題を持っていない沙夜が白雪にそう
「そんなことを言われたのは初めてですっ! 私が食べ物の話をすると、
「……白雪は話が長くなる
ぼそり、と玖遠が呟いていたが、白雪には聞こえていないらしい。
彼女は
視界の
「……まぁ、二人が仲良くなったようで良かったよ」
玖遠は
「お喋りの
「私の体調ならば、もう
「では、私はお椀を片付けてきます。沙夜様、また時間がある時にお話ししましょう!」
にこりと笑ってから、白雪は椀が載った折敷を持つと、先に部屋から出て行った。
「それじゃあ、俺達も行こうか」
玖遠が右手を差し出してくる。沙夜がそっと
「ちょっと、
玖遠からの問いかけに、沙夜は正直に頷き返した。
「確かに妖達の中には人間を
そう言って、不敵な
「ん? 沙夜、どうかした?」
「ええっと、その……。まだ実感はないのですが、改めて玖遠様の妻になるのだと思ったら……何だか、胸の奥が
まるで、何度も胸を
「あの、玖遠様。……世間知らずで至らない点もあると思いますが、どうぞ宜しくお願い
もちろん、これから始まる未知の生活に不安がないわけではない。それでも玖遠と白雪が支えてくれるのなら、
沙夜は自分よりも背が高い玖遠を見上げた後、
「……玖遠様?」
「いや、すまない。……思っていたよりも、俺の妻という言葉が胸に
どういう意味だろうかと首を
「っ! く、玖遠様っ? 何を……」
昨夜と同じ仕草とは言え、何となく
「ただの
玖遠から返されたのは目を閉じたくなる
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