一章 夜半の逢瀬②
翌日の夜、沙夜は少し
……昨日の
取り越し苦労だったのならば、それで良い。さすがに今日はもう来ないだろうと思っていた時だ。門が開く音が聞こえた気がして、沙夜は動かしていた針を止めた。
「……?」
このような夜更けに父が訪ねて来たことは無い。耳を
足音の一つは父のもので
「沙夜よ、わしだ」
やはり、父だったようだ。
「……あの、お父様。申し訳ございません……。昨日、新たに仕立てを
「ああ、そのことではない。昨日、言っただろう。明日を楽しみにしているといい、と。お前に
「……は、い?」
許嫁、という言葉の意味は分かる。それは確か、
「待ちに待った成熟の日がやっと来たのだ。
父の話はちゃんと頭に入ってきているというのに、理解することは出来なかった。
思わず、
「この者はわしの弟の
父の命令はいつだって絶対だと分かっている。それでも頭の中は
「さぁ、清宗よ。後は任せたぞ」
「はい、
もう一つの影が父へと言葉を返した。その取り
「良い、良い。お前はわしにとっても息子のようなもの。……どちらが上の立場なのか、沙夜にしっかりと教えてやりなさい」
父はそれだけ伝えると、さっさと沙夜の前から去っていった。その場に残ったのは自身の許嫁と紹介された「清宗」という男だけだ。
「初めまして、許嫁
まるで
「っ……」
するり、と中へ入ってきたのは
「思っていたよりも
清宗は沙夜の姿を上から下まで
「……っ、はっ……」
声を出したいのに何故か
「そんなに
「私の、夫……」
浅い息を
「そうだとも。『いとし子』の夫として私は選ばれたのさ。だが、世の慣習に
清宗はにこやかに
……「いとし子」……? この方は、一体何を言っているの……?
よく分からない言葉だったが、そのことについて思考する
「さぁ、さっそく
清宗は膝を進め、沙夜へと手を
……
「ははっ、照れているのかい。
清宗は沙夜の反応を楽しんでいるように見えた。沙夜が怯えることで、支配していると思っているのだろう。
震える足を何とか動かし、沙夜は清宗が入って来た御簾とは反対方向の場所から、転がるような勢いで
しかし、
「おっと、つい踏んでしまったが、
心配するような物言いをしながらも、清宗は沙夜の
「初めてのことに
「っ……!」
清宗は沙夜を簀子の
……嫌っ……。
何とも言い
「ほら、君の瞳を私にじっくりと見せてくれ。……ああ、何と
確かに沙夜の宵闇色の瞳は夜空がはめ込まれたような色をしており、父や使用人達の黒い瞳とは違う。それを清宗がうっとりと見つめてくるのが酷く気持ち悪かった。
清宗は沙夜の帯の結び目を手慣れたようにするりと引いた。
……生きていても……こんなに
何もかもに絶望して思考が閉じかけた時、頭に一つの声が浮かんでくる。
──沙夜。
心に浮かんだのは、たった一人。──玖遠だけだった。
「た……け、て……」
沙夜は最後の力を
「助けてっ……。玖遠様っ──!」
心からの
「っ!? 何だ……!?」
それまで余裕の表情を浮かべていた清宗は
「──沙夜に、何をしている」
「なっ……
土煙の中から青白い火の玉が飛んできたと思えば、沙夜に
何が起きたのか分からず、身体を起こそうとしたが手が
「──沙夜。……沙夜っ、大丈夫か?」
「……えっ?」
降って来たのは耳慣れた声だった。その
「君が俺を呼ぶ声が聞こえたが……。この男に何もされていないか?」
「その、声は……。まさか……玖遠様……?」
沙夜は
それまで月を覆っていた雲が
だが、何よりも
「……直接、顔を合わせるのは初めてだったね」
問いかけに答えるように彼の表情が少しだけ
「玖遠、様……」
いつか、ほんの一瞬だけでもいい、会いたいと思っていた相手が目の前にいる。込み上げてくるものがあった沙夜は、先程までの
「本物の、玖遠様……」
「……そうだよ」
「でも、今日は……約束の日ではないのに……」
「君が成人する日に祝わないと意味がないと思って、会いに来たんだ。……でも、沙夜に
玖遠はどこか気まずそうに
「桜の枝を
「そんなっ……。お気持ちだけで十分です……! それに玖遠様にお会い出来たことが、何よりも
「沙夜……」
玖遠は表情を
「──大きな音がしたが、一体何事だ!?」
「……さっきの轟音で気付かないわけがないか」
玖遠は
そういえば先程の
……まさか、この大きな穴を玖遠様が一人で開けたというの……?
とてもではないが
やがて、開いた門から
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