第57話 新年を祝う夜会


控室から移動して、この場に立つと余計に緊張が増した気がした。

ゆっくりと息を繰り返して、呼吸を整える。

大丈夫、何も問題はないはず。


そんな風に心の準備をしていると、後からここに来た陛下に声をかけられる。


「アンジェ、大丈夫か?

 緊張しているみたいだな。準備はいいかい?」


「はい、陛下。」


夜会の会場へと続く、王族だけが入場する大扉の前で陛下を待っていた。

この新年を祝う夜会は、私とジョーゼル様の結婚のお披露目の場でもある。


そのため、今日は陛下と一緒に最後に入場することになっている。

ハインツ様が婚約者のユリエルをエスコートしたため、

ゼル様は王妃マリア様をエスコートして先に入場している。

ゼル様の両親として、キュリシュ侯爵夫妻も王族席に近い場所にいるはずだ。


「…アンジェのことは娘のように思っていたが、

 まさか本当に義娘になるとはなぁ。」


「私も陛下にはお父様の次に可愛がっていただいたと思っていますが、

 お義父様になるとは思っていませんでした。」


「だよなぁ。」


心底そう思っていそうな声に思わず笑ってしまう。

陛下が臣下の娘を可愛がるというのは、普通ではありえない。

いくらお父様が宰相だとしても、一人の令嬢だけを特別扱いしてしまったら、

その令嬢を次の王妃にするつもりだと思われてしまう。


だけど、私に関してはそれはありえない。

いくら陛下が私を気に入ったとしても、運命の相手に選ばれるとは限らないし、

もし選ばれたのが王子だとしても、そこには陛下の力は関係ない。

王女が一人も産まれなかったこともあって、

私は可愛がるのにちょうど良かったのだと思う。


それでも、お父様と同じように、

温かい目でずっと見守ってくれていたことに感謝している。


「さて、そろそろ行こうか。」


「はい。」


大扉が開かれ、広間へと陛下の入場が知らされる。

本来なら陛下がエスコートして入場することで、

このものは王族の一員になるのだと示すことになるのだが、

私が陛下の手を取るのは弾いてしまうために無理だった。

仕方がないので形だけのエスコートをしてもらい、陛下の隣を進む。


ゆっくりと紫の重厚なドレスを踏まないように慎重に歩く。

ただでさえ着慣れないドレスで歩くのは気を遣うが、

それ以上にこのドレスを着て歩くのは緊張する理由があった。


はじめて王族として夜会に出席するにあたって、このドレスを用意された。

王家特有の色は金なのだと思っていたが、本来は金ではなく紫だそうだ。

そのため王家に嫁ぐものがお披露目で着るのは紫のドレスだという。

布地と型が決められているそうで、代々のお妃がこのドレスを着ている。

伝統のドレスに身が引き締まる思いだった。



王族席に着くと、すぐにゼル様が私の隣へと並ぶ。

周りを見渡すとすぐ近くにお父様がいて、心配そうに私を見ていた。

その隣には叔母様たちがいて、ケイン兄様の横にはダイアナが寄り添っていた。

少し離れたところにはユミールがリュリエル様といるのが見えた。


陛下と一緒に私が入場したことで騒がしかった広間が少しずつ静かになっていく。

完全に静かになったところで、陛下が貴族たちへと報告をする。



「皆のもの。今日は新年を祝うとともに、喜ばしい報告もある。

 このリスカーナ国で二十二年ぶりに王族の婚姻が結ばれた。

 第二王子のジョーゼルとルードヴィル公爵家のアンジェだ。

 ジョーゼルたちの結婚を祝ってくれ!」


おおおといううなりのような響きが聞こえた。

広間中の貴族からお祝いの言葉が述べられる。

その熱量におされそうになりながら、ゼル様と祝福を受け取る。


「ジョーゼル、アンジェ、幸せになるんだよ。」


「はい、兄上。」


「ジョーゼル様、アンジェ、結婚おめでとうございます。」


「ふふ。次はハインツ兄様とユリエルの番ね。

 一年後を楽しみにしているわ。」


すぐそばまで来ていたハインツ兄様とユリエルからお祝いの言葉をもらっていると、

それを陛下とマリア様が楽しそうに笑って見ている。


ジャンヌ様が帰国してから、ようやくマリア様は公の場に出てこれるようになった。

夜会にも出るようになると、陛下のマリア様への熱愛ぶりがよくわかった。

マリア様はそれに嫌な顔することなく、いつも楽しそうにしている。

お似合いの二人には、ジャンヌ様がいた頃の大変さが少しも感じられない。


ようやくリスカーナ国に安寧が訪れた。そんな感じがした。



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