第58話 王宮の夜


夜会の間中、王族席でひっきりなしにお祝いの言葉を受け取った。

当主でもない私が他家の方と話す機会はそれほどなく、

ほとんどの方が挨拶をするのも初めてだった。


王族席に来る際には、当主夫妻だけでなく令息令嬢も一緒に来ることが多い。

もしかしたら王族に気に入られたりするかもと期待するのだろうけど…。

時折、悔しそうな顔の令嬢がいたのは、ゼル様をお慕いしていたのかもしれない。


王命でミリア様と婚約していたとしても、

あの状態なら解消されるに違いないと噂になっていたそうで、

隠れて狙っていた令嬢は多かったと聞いている。

当の本人は全く知らずにいたそうだけれど。



そんな状態で長時間緊張し続けていた私は、

夜会が終わるころには体力が尽きてふらふらになっていた。




公爵家に住む予定ではあるが、こうして公式の行事に出席する時のために、

王宮内には第二王子の部屋と第二王子妃の部屋が作られていた。

夜会が終わってから馬車で公爵家に帰るのも大変なので、

王宮内に泊まれる部屋があるのはうれしかった。



王宮内に与えられた部屋に戻ったのは、もう深夜になってからだった。

くたくたな状態で部屋に戻ると、待機していたミラにドレスを脱がせてもらう。

王宮でも必要以上に気をつかわなくてすむようにと、

この部屋に泊まるときにはミラが公爵家から派遣されてくることになっている。


幼いころから世話をしてくれているミラがいるのといないとでは大違いで、

そのことをわかって手配してくれたのはマリア様だった。

母のように頼っていいと言ってくださったのは本当で、

あれから何度もお会いして、この夜会の準備を手助けしてもらっていた。



重めのドレスから解放されて、湯あみした後はすぐに眠くなるかと思ったが、

緊張したのがまだ続いているのか眠くならなかった。


寝台へと座ってぼんやりしていると、

同じように湯あみを終えたゼル様が部屋へと戻ってきた。


「お疲れ様。疲れただろう?

 寝てても良かったのに、もしかして待っててくれた?」


「無理して待ってたわけじゃないんですけど、なんだか落ち着かなくて。」


「あぁ、王宮に泊まるのは初めてだからね。」



寝台に座っている私の隣へとゼル様が座る。

ゼル様の重みで寝台が沈んで、傾いた私はゼル様のほうへと転がってしまう。


「おっと。」


すぐにゼル様に抱きかかえるように支えてもらったので、体勢を直そうとする。

だけど、その前にゼル様に抱き上げられてしまった。


「え?」


「いや、こんな無防備なアンジェを見たら、離せなくなった。」


「無防備って…。」


そういえば夜着の上は肩からガウンを羽織っているだけだった。

そのガウンも抱き上げられた時に落ちてしまっている。


薄く柔らかい布地の夜着は透けることは無いけれど、身体の線がしっかりわかる。

抱き上げられている腰を撫でるようにされて、ゼル様の胸に顔を押しあてた。

ゼル様のさわり方がなんだかいつもとは違って恥ずかしく感じた。


「…アンジェ、今日が初夜だってわかってる?」


「あ!そうでした!…あぁ、違いますよ?

 嫌だとかそういうことじゃなく、夜会の準備が忙しくって…。

 …ちょっと忘れてただけです。」


「ふふ。アンジェらしい。

 こっちむいて。…嫌じゃない?」


「…嫌じゃないです。

 むしろ、うれし…」


最後まで言うことはできなかった。

唇をふさがれるようなくちづけに翻弄され、そのままゼル様へと身を任せた。


少しも怖くなかった。

ゼル様となら、痛みさえもうれしいとしか思えなかった。


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