第56話 マリア王妃とリオナ夫人

「ふふ。そんなに緊張しなくていいのよ?」


「そうそう、人払いしているんだし、そんなに気を遣わなくていいの。」


「は、はい。」


新しく王妃になられたマリア様のお茶に呼ばれたと思ったら、

その席にはキュリシュ侯爵夫人もいた。

どうやら二人は仲がいいようで、二人対私のような状況になっている。

王妃と元公妾の二人がこれほど仲がいいとは…。


「私たちが仲がいいのが不思議?」


「…不思議というわけではありませんが、

 仲がいいという話を聞いたことがありませんでしたので。」


「あぁ、そうよね。

 王宮での私の情報は秘匿されていたものね。

 だからリオナの話も出なかったんだと思うわ。

 リオナはね、ハインツの妊娠から出産時までつきそってくれた薬師なのよ。

 ほら、どうしても男性だとつきそってもらうのが困るときもあるでしょう?

 リオナは王宮薬師ではなかったのだけど、特別にお願いしたの。」


「リオナ夫人がつきそいだったのですか。」


それは初めて知った。

マリア様がハインツ兄様を妊娠した時から出産までつきそったというなら、

半年以上ずっと一緒にいたことになる。

そういうことなら、この仲の良さも理解できる。

…ただ、その後でリオナ夫人が公妾になったことは気にならないのだろうか。


その疑問が顔に出ていたのか、マリア様がくすっと笑った。


「陛下の妃と妾が仲良くしているのが気になるのかしら?」


「…。」


さすがにここでそうですとは失礼すぎて言えない。

だけど、マリア様の次の発言で思わず聞き返してしまった。


「リオナに陛下を選んでとお願いしたのは私よ?」


「はい?」


「側妃としてハインツを産んだ後で、ジャンヌ様が身ごもっていた時期だったの。

 でも、身ごもるのが早すぎて、陛下の子じゃないことはすぐにわかったわ。

 私がもう一人産めばよかったのだけど、

 ハインツを産んだ後、子ができない身体になってしまった。」


「マリア様…。」


「もしハインツに何かあったとすれば、ジャンヌ様の子が国王になる。

 陛下の子でないだけじゃなく、この国の貴族の血すら流れていない子にね。

 それだけは避けなければいけなかった。

 だけど、新しい側妃を娶ることを陛下は嫌がって…。」


「陛下はね、マリア以外を抱きたくないって騒いで。

 うるさかったわ~。

 だから新しい媚薬を作って陛下に飲ませたのよ。

 薬が効いている間のことは記憶が無くなるやつをね。

 興奮させて早漏にもなるようにして。

 私としては半年間でたくさん薬を試せて楽しかったのよ。

 陛下はいい実験体だった~。」


…その辺は私が聞いていい話なのかしら。

人払いした理由はこれだったのかも。


「ほらね?

 リオナは昔からこういう人だったから、

 陛下の子を産んでも嫉妬する気にはならなかったわ。

 むしろ、ジョーゼルが産まれてくれたおかげで側妃を娶らずに済んだし。

 私のわがままを聞いてもらって、リオナには本当に感謝しているの。」


「あら。マリアのわがままを聞いただけじゃないわよ?

 ほら、他の高位貴族を相手に選んで、

 その人が結婚後に奥様との間に子が産まれなかったとしたら、

 私が産んだ子をよこせとか言われて揉めそうじゃない?

 そういう面倒なことを避けたかったから、

 相手が陛下っていうのはちょうど良かったのよ。」


それは確かにそうかもしれない。

キュリシュ家の存続のために子を産んだのに、

他家の父親に奪われるようでは意味がない。

陛下が仲裁することもできるだろうが、

家の存続がかかる問題には陛下もうかつには手を出せない。


それが父親が陛下なのだとしたら、奪われる可能性はかなり低い。

もし、万が一ハインツ様に何かあってゼル様が国王になることがあったとしても、

ゼル様が毒殺される可能性がないのであれば、そこまで王宮薬師は必要なくなる。


確かに、一番ちょうどいい相手だったのかもしれない。

マリア様がそのことをお願いしたのだとしたら、もめることもないだろうし。



「…ジャンヌ様がいる時は、

 こんな風にゆっくりお茶を楽しむなんてできなかったわ。」


「ええ、そうね。公妾を引き受けてジョーゼルを産んだ後は、

 私も目の敵にされて…うるさかったわね~。」


「本当に。リオナを呼ぶのも難しくなって退屈になってしまったし、

 でもおとなしくしていろって陛下は言うしで…。」


「陛下は仕方ないわ。マリアに何かあったら王宮ごと破壊しそうだもの。」


「そこまではひどくないと思うわ。謁見室くらいは壊すかもしれないけど…。」


「あの…あまり変わりないと思いますよ?」


「あら、そう?ふふふ。」


楽しそうに微笑むマリア様に、それを見てうれしそうなリオナ夫人。

最初は緊張して始まったお茶会だったが、お二人の話に引き込まれて、

帰るころには笑いすぎて苦しくなるくらいだった。


「二人の結婚のお披露目は新年を祝う会で行うのでしょう?

 結婚前の準備だとか、妊娠についての話だとか困ったらいくらでも聞いて?」


「そうね。アンジュ様はお母様を亡くしているのでしょう?

 私とリオナを母だと思ってくれたらうれしいわ。」


「ありがとうございます。母が一度にふたりも!うれしいです。

 いろいろと頼らせてください。」


「ええ。」


「私たち息子しかいないから、娘ができて…これからが楽しみだわ。」




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