第44話 お互いの気持ち
「ゼル様…?」
「ごめん。ようやくちゃんと安心したというか…。
もう二度とあんな風にアンジェを危険な目にあわせたりはしない。
それがアンジェの希望だとしても、俺はもう嫌だ。」
「…心配させてごめんなさい。」
「うん、俺が心配しすぎなのはわかってる。
アンジェ、俺の話を聞いてくれる?
失望させてしまうかもしれないけれど…。」
「ええ。話してください。」
ようやく身体を離してくれたゼル様に、奥にあるベンチへと連れて行かれる。
そのまま座るのかと思ったら、ゼル様にひょいっと抱きかかえられ、
ひざの上に乗せられてベンチへと座った。
「え?…え?」
「ここのベンチは冷たいと思うから。
…大丈夫、しばらくは誰も来ないよ。」
降ろしてくれそうにないゼル様に、
恥ずかしいけれどあきらめておとなしくすることにした。
「アンジェは俺のことを誠実だって言ってくれたけど、
本当はそんなことはないんだ。
俺はフランツ様に連れられてアンジェに会いに行った最初の日、
近くで見るアンジェに見惚れて…恋に落ちた。」
「え?」
「もちろん、婚約していたし、
アンジェが求婚を嫌がっていたのもわかっていた。
俺なんかが出しゃばっても仕方ないって思ってたんだ。
だけど、毎日のようにアンジェに会えるのがうれしくて。
フランツ様を止めなきゃいけないのはわかっていたけれど…。
そうしたらアンジェに会えなくなるから…止めようとしなかった。」
苦しそうに話すゼル様に、ずっとこのことを後悔していたのかと思う。
私が困っていたのを知っていたのに、助けなかったと。
「アンジェがフランツ様のことを嫌っていたのは見てすぐにわかった。
だからいくらフランツ様が言い寄っても大丈夫だろうって。
そんな風に安心して…アンジェに会いに行ってたんだ。最低だろう?」
私がそんなことないって否定しても、多分それほど意味はない。
だって、ゼル様は自分で自分の行為を最低だと思っている。
それでもゆっくりと首を横に振った。
「…心のどこかで思ってた。
アンジェは誰のものにもなっていないから、
いつか俺が婚約を解消される時まで相手がいなかったら、
そしたら求婚しにいけるって。」
「ゼル様…。」
「あんな風に…偶然に運命の相手に選ばれて…舞い上がった。
だけど、俺の気持ちを伝えたら…気持ち悪いって思われるんじゃないかって。」
「そんなことない…。」
きっとあの日にゼル様の気持ちを聞いたら、すごく驚いたとは思う。
だけど、それ以上にうれしかったんじゃないかと思う。
じっとゼル様の瞳を見つめたら、もう一度抱き上げられ、
ベンチの前にゆっくりと立たされる。
「ゼル様?」
不思議がる私の前に、すっとゼル様が跪いて手を取った。
「アンジェ・ルードヴィル様。
ずっとお慕いしておりました。
遠くから見ているだけで、自分の想いを口にできなかった気の弱い男です。
それでも…これからの人生をすべて貴女にささげたい。
そばにいることを許してくれますか?」
しっかりと私の瞳を見つめたまま、想いを告げた後、そっと手に口づけられる。
思いもしなかったゼル様からの求婚に胸がいっぱいになって、涙がこぼれる。
「はいっ。
…私も、気がついたらずっとゼル様をお慕いしていて。
運命の相手にゼル様が選ばれたんじゃなく、
私が選んでしまったんだって…ずっと言えなくて。
きっと…ゼル様になったのは、私がゼル様をお慕いしていたからで…。」
「アンジェ…!」
ぎゅうっと強く抱きしめられ、息が止まりそうになる。
苦しいと思ったのは一瞬で、すぐにゆるめられ、頬に口づけられた。
「泣かないで…。うれし涙だとしても…泣かれると弱い。」
「…はい。ごめんなさい。」
「あぁ、ごめん。やっぱり訂正。
泣いてもいいけど、俺の前だけにして。
こんなに可愛いアンジェの涙、他に見せるのは嫌だ。」
頬だけじゃなく、目蓋や額に口づけられ、ドキドキしすぎて息ができない。
手加減してほしいと思って、軽くにらんだら、ふふっと笑われる。
「そんな顔したら、よけい可愛いだけだ。
アンジェ、目を閉じてくれる?」
「…。」
何をされるのかわかっていたけれど、少し迷った後、目を閉じた。
待つ時間がとても長く感じた。
温かな感触がくちびるに伝わって、すぐに離れた。
終わった?と思って目を開けたら、またすぐに口づけられる。
「…んっ。」
何度も何度も口づけられ、苦しくて倒れそうになる。
「んん!!」
ゼル様の胸をパシパシたたいて、ようやく気がついてもらえた頃には、
もう立っているのも大変な状態になっていた。
「…ごめん。やりすぎた。」
「…。」
「次は…気を付ける。」
次は?また次もあるの??なんて思わず言いそうになったけれど、
思いが通じ合った婚約者なら…きっとこれから何度もあるはず。
そのことに気がついて…その先が待っていることに恥ずかしくなる。
「…嫌だった?」
「…嫌じゃないです…苦しかっただけ。」
「うん、わかった。ごめんね。」
嫌じゃなかった。少しも嫌じゃなかった。とても苦しかったけど。
好きな人とこうしてふれあえるなんて、夢にも思っていなかった。
じわじわとうれしさがこみあげてきて、ゼル様にしがみつくように抱き着いた。
それを笑って抱きしめてくれるゼル様が、やっぱり好きなんだと思えた。
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